クイズタイムショック
『クイズタイムショック』(QUIZ TIMESHOCK) は、テレビ朝日(旧:日本教育テレビ)がかつて放送していたクイズ番組。通称「タイムショック」。
本項では、そのリメイク版である同名番組と『タイムショック21』、および後継特番『超タイムショック』『ザ・タイムショック』についても記述する。
Contents
概要
1分間に12問、矢継ぎ早に出題されるクイズに何問正解できるかを競う企画がメイン。「機械文明に生きる現代人の頭脳と反射神経をテストする」という趣旨の元に企画された。
スタジオを見下ろせる高さに解答席が据え付けられ、その周囲を秒針の機能を持った60個のランプが取り囲む巨大な時計台と、成績が芳しくないとこの解答席の機構(椅子が回転する、もしくは煙に囲まれる)によって加えられる解答者へのペナルティが番組の象徴となっている。
放送時期により番組名や司会者、番組としての進行が大きく異なる。詳細は後述の各時代についての項を参照。
クイズの基本ルール(1分12問の通常問題)
- 問題は全て1問1答。1分間に12問が連続で出題される。
- 1問あたりの制限時間は問題の読み上げ時間を含めた5秒間。よって実質の解答時間は2-3秒程度であるが、問い読み中に答えが分かった場合は遮って答えてもよい。制限時間が無くなると正解/不正解/タイムオーバーに関わらず即座に次の問題の問い読みが始まる。
- 正解の場合はチャイムが鳴る。不正解時の効果音は基本的になし[1]。
- 誤答・タイムオーバーのほか、解答中に噛んでしまったり、言い直したりした場合も不正解扱いとなる。
- 12問目終了時に(賞金設定がある場合)正解数に応じた賞金を獲得。ただし正解数が少ない場合その場でペナルティが執行される(後述)。
独自の特徴的な問題
解答に瞬発力を必要とする独自の出題形式を逆手に取った、冷静な判断を要する引っ掛け問題やなぞなぞといったユーモアを交えた問題が12問の中に差し込まれる事が多い。
- 出題数を問う問題(代表例:「今、何問目?」[2])。このタイプの問題が出題された時、時計台を見て確認するとカンニング扱いとなり不正解。派生系として「この問題入れてあと何問?」「これまで何問正解した?」「この問題が最後ってウソ?ホント?」なども存在する。さらに「この問題正解したら(間違えたら)あなたは回る?回らない?」のように、本来の正解に関わらずどちらかを選んだ方が得なパターンも存在する(この場合、「回る」が正解ならば正解してもペナルティは受けるため、「回らない」を選んで回らない可能性に賭けた方が得といえる)。
- 直前に出題された問題についての問題。「1問目の答えは何だった?」など。
- いわゆるひっかけ系のなぞなぞ。
- 問題文を読み解くことが難しい問題
- 「昨日のあしたのあさっては?(あさって)」「○○といえば××。では△△といえば??」
いわゆる一般常識を問う通常の問題の中にこれらの変化球的な問題が入る事で、解答者の平常心を崩す狙いがなされている。
- 問題対象の状況によって正解が流動的に変化する問題。
- 「あなたの前の挑戦者はどこの出身?」など
- この場合正解表示は「?」になる。
- 先述の「これまで何問正解した?」「この問題正解したら(間違えたら)あなたは回る?回らない?」もこのケースに該当する。
番組の変遷と歴代司会者
クイズタイムショック(1969年1月 - 1986年3月)
平均視聴率14%、最高視聴率29%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)
レギュラーシリーズ第1期、全888回。
田宮司会の時期の映像は、当時のVTRの規格が2インチで機器・テープ共に高価だったうえ、当時は著作権法などの絡みで番組の資料保存が制約されていた事情もあり、テレビ朝日の映像アーカイブス倉庫に現存する数は少ない。神奈川県横浜市にある放送ライブラリーに保存されている映像は1本も無い。
『超タイムショック』第5回(2009年3月放送分)では、ピーターが出演した山口の初日である第505回(1978年10月5日放送分)および山口最終日である第888回(1986年3月27日放送分)でタイムガールズが3問以下で回転降下する映像が流れた。また、『超タイムショック』第9回(2010年9月24日放送分)でもピーターが出演したため、その際に再びその映像が流された。
オープニングの進行
- 最初に、19:00の時報とともに、スタジオの照明がすべて落とされた真っ暗闇状態が写る。
- そして、ジングルとともにセットの時計台の赤色のランプ(正時の部分)のみが点灯され、出題者の矢島正明が金言・格言の言葉、現代の世相などを語る。この際、必ずといっていいほど最後にオチがあり、観客席から笑いが起こる(ただし、山口時代後期のみ)。なお、この語りの部分は、山口時代末期では端折られた(前述のジングルと同時に後述の番組タイトルが出て、スタジオの照明も点灯される形になっていた)。
- その後、セットの時計の秒部分緑色ランプが一つずつ点き始めテーマ音楽が流れ、番組タイトルと放送回数(クイズタイムショック 第○○○回 と表記。白テロップで表記されていたが、山口時代末期には青色になり、画面奥からズームしてくる映像効果が付いた。)のテロップ表示。この最後で朝日系以外も含めてネット局テロップが出る(特集回や山口時代末期はタイトルとネット局テロップの間にサブタイトルが挿入された)。
- 続くスポンサークレジット(エンディングでもほぼ同じ)では時計のセコンド音(「チッチッチッ」という音)がベースのBGMだった。当時はオリジナルの模様のイラストでのタイトルバックだったが、山口時代の途中から本日の出場者紹介を兼ねた見どころとスポンサークレジットの映像に変わった。
- CM後、田宮時代のオープニングキャッチフレーズは「現代は時間との戦いです!」と言う際にストップウオッチを右手に持ちながら、「さあ、あなたの心臓に挑戦します」でカメラ(つまり視聴者)に向かって右手の人差し指を指し(その後は右手を下ろしていた)、「タイムイズマネー1分間で100万円のチャンスです。果たして超人的なあなたはこの1分間をどのようにして活かすか、クイズ・タイムショック」。田宮は二枚目俳優であるが、まさにその特性を生かしたキャラクターだった。ドラマや映画ではクールでニヒルな役柄だが、タイムショックに関してはドラマや映画とはうって変ってトークが軽快でソフトな司会でもあり、前述のオープニングキャッチフレーズやクイズ開始の際番号スイッチを押した後、「タ〜イムショック!!」コールの際も二枚目俳優らしさをかもし出していた。
- 山口時代のオープニングキャッチフレーズ(前期のみ)は「(いすに座り)時は人を追い、人はまた時を追いかけます。(その後立ち上がって)現代は時間との戦いです。さあ、あなたの心臓に挑戦します。タイム・イズ・マネー、1分間100万円のチャンス。果たして超人的なあなたは、この1分間のチャンスをどのように生かすか、クイズ、タイム、ショック!」と言ってセットの電気がついてスタートした(途中から上記と同じフレーズ「現代は時間との戦いです。さあ、あなたの心臓に挑戦します。タイム・イズ・マネー、1分間で100万円のチャンスです。果たして超人的なあなたは、このチャンスをどのように生かすことができるか、クイズ、タイム、ショック!」(田宮時代に似たフレーズ)に短縮された。ただ、田宮時代との違いとしてはジングルと同時に暗転したスタジオにいる山口にスポットライトが当たって上記のフレーズを言い始める演出のみである。最末期にはリニューアルされ、司会席に座った山口の「さあクイズ・タイムショック、1分間で100万円のチャンスです」となった)。
- 2つ目のCMに入る前、司会者が「さあ、これからの1分間は、テレビの前のあなたに。タイム・ショック!」コールした後、CMに入ったが、山口時代の途中からは4人のアシスタントがタイトルコール後 出題の時に流れる女性の「スタート」ボイスが聞こえてからのCM入りになった。しかしそれらは最末期で影を潜め、普通のクイズ番組のようにありふれたパターンとなった。
- 番組の流れ
- オープニング・提供→CM→司会者の口上→1人目の解答者の挑戦→勝ち抜きチャンピオンの紹介、司会による全問正解の賞品紹介→2人目の解答者の挑戦→アシスタントによるチャレンジ賞、トップ賞の紹介→3・4・5人目の解答者の挑戦→CMジングル→CM→アシスタントによる全問正解の賞品紹介→6・7・8人目の解答者の挑戦(6人目のみ、すでに椅子が上昇済。)→トップ賞決定、賞品紹介→チャンピオン戦→エンディング→CM→提供・エンドタイトル
田宮時代・山口時代の違い
田宮時代
- 司会・アシスタントのテロップが緑色であった(山口時代初期も同様)。
山口時代初期・中期
- 最初のCM明けにジングルが鳴ってから始まった。同時にBGMも若干変更された。解答席もリニューアルした。
- 2つ目のCMの後、男性の「タイムショック!」コールの後に最初のCM明けのジングルが流れてから始まった。
山口時代・後期
- 解答席がせり上がるときに拍手があった。
- 出場者の名前テロップが手書きになり視認性も改善された。
- 1984年頃より、椅子がせり上がる際、椅子の両側に2名配置され、上昇する回答者(椅子)を見上げながら拍手する担当がつく(椅子が上がっている時は袖にはけている)。
- 前半と後半のインターバルのCM前の、山口が「さあ、これからの1分間は、テレビの前のあなたに」と言った後、カメラが時計台に切り替わり、椅子の両端(それぞれ2名ずつ配置)にいるタイムガールズ4人が、キューを出しながら「タイム・ショック!!」とコールし、直後にSEのコーラスがクイズ開始時同様「スタート」とコールするようになった。
- 各問題毎の正解の表示がゴシック体から手書き体へ変更。そのあとに賞金表示がデジタルに変更され、パーフェクトを達成すると〔¥1,000,000〕と同時にフラッシュ表示される演出が施された。
- 2つ目のCMの後、画面真っ暗の状態から司会席の照明が明るくなる演出となった。
山口時代・末期
- 番組タイトル表示などが紺色出しになった。
- 後方のセットが電光掲示板風から報道センターのニューススタジオ風の雰囲気になった。
- 司会者テロップとスタッフ表示が手書き体での表示になった。
- スタッフ表示が、テロップからロールに(下から上へ)なった。
- 解答席のシートの色が(赤から)グレーに変わった。
山口時代・最末期
- 番組開始時の矢島正明の語りが省略された。
- オープニングは司会の山口がアシスタント(アナウンサー)と共に司会席に着席してスタートとなり後方のセットもパソコン等が置かれ、専属のスタッフが一人着席するようになった。また、アシスタントが出場者の紹介フォローもしていた。
- 司会者テロップとスタッフ表示がゴシック体での表示になった。
- スタッフロールが、横向き(右から左へ)に変更。
- CMに入る前のジングルが省略された。
クイズタイムショック(1989年10月 - 1990年3月)
- 司会
- 放送時間
毎週水曜 19:00 - 19:30。当時のこの枠はローカルセールス枠だった。
レギュラーシリーズ第2期。
- オープニングキャッチフレーズは「時間と戦い、時代を知る。24時間戦っているあなたにクイズタイムショック!1分間で100万円のチャンスです」。生島がフリーアナウンサーになって初めてゴールデン枠で担当した番組だった。
- 毎回「○○大会」と称して特定の条件に沿った一般出場者と芸能人が混合で参加していた。1回目は当時のテレビ朝日の番組からの代表による対抗戦だった。
- 企画段階ではタイトルが「クイズタイムショック2」となっていたが、結局は旧版と同様になった。
- 瀬戸内海放送ではエンディングのスタッフロールが終わった後(提供クレジット - 「SEE YOU NEXT TIME」のテロップ)がカットされ、ブルーバックのエンドカードに差し替えられた。
タイムショック21(2000年10月 - 2002年6月)
- 時の番人
- 進行役
- 解説
- 放送時間
毎週月曜 20:00 - 20:54
レギュラーシリーズ第3期。10年半ぶりの復活となっただけではなく、放送時間も復活前の30分から約2倍となる54分番組となった。
- オープニングキャッチフレーズは「タイム・イズ・マネー。 知恵の勇者たちよ、私の与える1分に挑むがよい! タ〜イムショック!」。実質的進行は中山と新山が担当。
- この期間、上記の4人はオリジナル衣装を着用して進行していた。また、中山・新山・北野には「時の番人が作り出したヒューマノイドで、地上世界ではタレントや大学教授として活動している」という設定があった[3]。
- 第1回放送の映像が、横浜市の放送ライブラリーで再視聴可能。
タイムショック(2002年8月 - 2006年9月、2007年10月)
- 司会
- 中山秀征
- 新山千春
- 解説
- 北野大
『21』終了後は、不定期放送となり、タイトルも『タイムショック』のみとなった。その時からは、中山と新山が総合司会を務めており、実質5代目司会者となっている。北野も引き続き解説を担当している。オープニングキャッチフレーズは前代の4人とは別で特にない。
- 初のスペシャル版放送は、2002年8月21日の「全日本!!高校生クイズ王決定戦」であり、芸能人スペシャル版は2002年9月18日から春と秋に放送されるようになった。
- 2006年3月29日放送分は、新山が妊娠中のため、中山に加えユンソナとテレビ朝日アナウンサーの堂真理子が代わりを務め、初の3人体制で進行。
- 2006年9月28日放送分は、新山が1年ぶりに復帰し、中山およびテレビ朝日アナウンサーの矢島悠子と総合司会を務めた。
- 2007年10月3日放送分は、タイトルが再び『タイムショック』のみとなり、内容が「バトルロイヤル」から「芸能界クイズマスター決定戦」に変更、2007年4月の『新タイムショック』と同様、ステレオ放送で放送された。
新タイムショック(2007年4月)
- 司会
- 中山秀征
- 新山千春
- 解説
- 北野大
番組対抗特番としての特別回。『タイムショック21』の第2期に近いルールが採用されており、クイズやゲームで最も良い成績を修めたチームのみが賞金を賭けた「タイムショック」に挑戦できるという形式であった。解説の北野はタイムショックステージ時のみ登場。
超タイムショック(2008年3月 - 2014年9月)
- 司会
- 中山秀征
- 新山千春
- 解説
- 北野大(ただし、決定戦13・14・16には出演せず)
基本的に、2007年10月の『タイムショック 芸能界クイズマスター決定戦』と同様のステージ制による個人戦。決勝戦での新ルールとして「サバイバルタイムショック」が追加された。
ザ・タイムショック(2017年3月 - )
- 司会
- 中山秀征
- 大下容子(テレビ朝日アナウンサー)
2014年の「超タイムショック」休止以来、3年ぶりに復活。「原点回帰」がテーマでロゴは田宮・山口時代のものが踏襲され、田宮初期時代の電光時計と回転椅子を基にアレンジしたものにリニューアルされた。ロゴは大きなキューブに書かれており、各種CG演出やセットの装飾などにもキューブが用いられている。
セットの変遷
企画段階で「どのようにテレビの画面で(スリルとスピードを)どう効果的に出せばいいか」と試行錯誤の末に「めんどうだね、時計の中に人間(挑戦者)を押し込んじまったら」とふともらしたスタッフのつぶやきがヒントとなり、番組のシンボルである「時計台」と「解答席」が誕生したと言う。[4]
司会者席
- クイズ タイムショック(初代)
- 放送開始当初は自動的に出題される方式で、問題を番号で選ぶシステムではなかったため、司会席は質素な箱型であった。[5]
- 1970年頃には出題者の声が収録されたテープレコーダーが組み込まれたタイプに変更されている。
- また放送5年目を迎えた1974年頃には1 - 10までの問題番号を示す表示板と、それを司会者が操作する為のスイッチが設置されたものに変更[6]。問題番号を表示するネオン表示板[7]はテーブルの前面に二段式(上段はオレンジ色、下段はピンク色)の上段は通常消灯され下段には残っている問題番号が点灯しており、司会者がテーブルに設置されたボタンを押す[8][9]事で指定した番号の下段表示が消灯し上段表示が点灯する(下段から上段に数字が移る)。番組後期ではこのボタン押下時にビープ音が鳴るようになった。
- また司会者席後方はスライド投光によってタイトルロゴが浮かび上がるような仕組みになっていた[10](なお放送開始当初はタイトルロゴの下に横一列でスポンサー名が表記されていた)が、1977年頃に質素な白地に変更された。
- 山口時代では司会者席後方に背景セットが設置された。就任から約6年間はアニメーションを繰り返しながら問題開始の「タイム・ショック!」コールと共に番組ロゴが映し出される電光掲示板が設置され、後に左右に緑の縦ライン+TIME SHOCKと赤文字で描かれたセット[11]に変更され、さらに番組末期は報道局風にパソコン等の機器や時計台を映したモニター画面が追加設置された。
- 1984年の正月回ではこの回限定の司会席セットが組まれた。また席の配置は時期によって変更を繰り返している。
- クイズ タイムショック(生島時代)
- 問題番号を表示するネオン表示板はテーブルの前面に1段設置。残っている問題番号が点灯しており、司会者の操作で指定された問題番号が効果音と共に消灯するが、この時同時にショックポイントの抽選がスタートする(後述)。席後方の背景は前期の番組のタイトルロゴが映し出されたのに対して、後期は「QUIZ TIME SHOCK」と書かれた看板に変更された。
- 初期の『ショックポイントクイズ』では席自体が後方の背景の位置から前進して行われていた。
- ザ・タイムショック
- 超タイムショックに似ているが、問題選択はキーパッドで行うようになっている。また、司会席には大量のキューブがあしらわれている。
解答席
1人掛けの椅子が背後に垂直に設置されたリフトによって高く上昇し時計台の中に移動する(生島時代のみキャスター式の椅子が左右後部から移動して解答者が登場する)。イスのデザインは時代によって異なり、田宮時代初期で2メートル[12]、田宮後期-山口時代は3.5メートル、鹿賀・中山&新山時代は3メートル、中山・大下時代は約4メートル[13]。田宮中期〜山口時代および鹿賀・中山・新山時代は出題用のスピーカーが組み込まれていたが、田宮初期および生島版ではイヤホン、中山・大下時代ではヘッドホン(同時対戦時のみ)が付けられていた。
時計台
解答者を囲むように60個の秒針を模した緑のランプが円周状に設置されており、クイズ開始時に全てが点灯、開始後1秒ごとに1つずつ消えていく。問題に正解すると円の外周に設置された秒針5秒分の赤ランプがチャイムと共に点灯する。この秒針ランプと正解ランプのセットがタイムショックにおける時計台である。
- クイズ タイムショック(田宮・山口時代)
- 時計台は解答席の背後に設置。時計台の外周に1 - 12の数字が記されたランプが配置され、該当する問題に正解すると正解ランプと共に赤く点灯する。
- 時計台内部には読み上げられた問題の正解表示、及び現在獲得賞金額を表示するスクリーンがそれぞれ解答席の右に存在した。
- 初代(第1回放送- 1971年位まで)
- 秒針は白熱電球の上にアクリル板をかぶせたようなもので赤の正解ランプと一体型。1 - 12のランプも秒針と一体して四角形だった(最初の赤色の秒針は無かった)。この頃は、時計台中央のくるくる模様はなかった。6桁表示で10万の位までの電光賞金額表示もあった。
- 2代目(1971年位 - 1974年3月)
- 時計台中央にスクリーンが内蔵されスライド投光方式のくるくる模様が浮かび上がるようになる。この模様は週代わりであった。
- 途中から、賞金額表示がスライド映写式に変わる(当初は一回り小さかった)。
- 3代目(1974年4月 - 最終回まで)
- 秒針にハロゲンランプを使用。内部は縦に2本ランプを組み込んでいたため、発光していない中央部が黒い点のように見えるのが特徴。
- 正時にあたる1秒目の秒針のみ他の秒針と異なり桃色となった。
- 1 - 12のランプの形は、1975年頃までは、2代目までのと同じ四角形(ただしランプは懐中電灯の如く、一点に点るタイプだった)だったものの、その後は丸くなった。さらに数字の書体が変わり、12のみ数字そのものが光る形になる。12そのものが光るタイプは1秒目(赤色の秒ランプ)と連動しており、仮に1問目を正解しても12は点灯しなかった。
- スライド映写式の賞金表示は田宮時代末期に解答表示と同じ大きさになった。1984年4月頃からは7桁のデジタル表示に変更。
- 解答表示およびタイトルロゴは1981年までは黒地に白のゴシック体。それ以後は黒地に黄色の手書き風フォントとなる。
- 中央のスライド投光模様は山口時代より一定の絵柄に固定された。
- クイズ タイムショック(生島時代)
- 4代目(1989年10月 - 1990年3月)
- この代より時計台は中央部がくり抜かれた輪の形状となり、解答席はその中および後方に設置される形となった。
- 他の時計台とはレイアウトおよび表示形式が大きく異なり、秒針および正解ランプは開始時に全て消灯、1秒毎に点灯していく。秒針ランプは時計台の最も外周に小さく、その内側に大きく正解ランプが設置された。この正解ランプは問題カウント中は秒針と連動する形で1秒ずつ白色点灯し、正解で5秒分が一気に緑色点灯する(不正解・タイムオーバー時は5秒分消灯)。正解ランプのさらに内側には秒針5個分の大きさの『ショックポイント』ランプが存在(ショックポイントの役割については後述)し、時計台内部には挑戦者の左側に正解表示、右側に賞金額表示を行うモニターが設置されている。
- 視聴者へは「解答者」と右となりの「正解モニター」を全体的に映しており、画面右下に「時計台全体」を映している。これは時計台自体が他のバージョンに比べて巨大で、内周のショックポイントに使用するライトだけでも他のバージョンで言う時計台全部の大きさに相当し、中央部の正解ランプと外周の秒針はさらに大きいため。
- タイムショック21・タイムショック・新タイムショック・超タイムショック(鹿賀・中山&新山時代 )
- 5代目(2000年10月 - 2014年9月)
- 時計台下部が前面にせり出す形で斜めになっている独特のデザイン。空中に設置されているように見せるため支柱が背景に同化した非常に暗い色となっている。また時計台の底辺が人の頭より低く、内部の解答席に座る際は時計台そのものが少し上昇する。
- 秒針ランプには模様が入っており、外周に赤い正解ランプが、内周に青い装飾用ランプ[16]が設置されていたが、2001年1月放送分より正解ランプと装飾用ランプの配置が入れ替わり、内周に正解ランプが設置される形となった。時計台の外に設置された1-12の数字ランプは廃止され、同じ位置に自在に回転する演出用のスポットライトが設置されている。
- 正解表示と賞金表示はCG合成で放送の際に時計台内部に表示するようになり、問題文も同じくCG合成で表示されるようになった。
- 長期間使用された時計台であるため、数回のマイナーチェンジが施されている。レギュラー放送第5期(番組末期の個人戦)では自分で問題番号を選択するための番号ボタンが、『タイムショック』以降は映像を使用する問題のための液晶モニターが右側(解答者からすれば左側)にセットされ、必要時に解答者の目の前に降りてくるシステムが取り付けられた[17]ほか、デモ表示時のみ秒針が緑以外の色に発光する変更が加えられた。
- ザ・タイムショック
- 6代目(2017年3月 - )
- 秒針の配置や全体的なデザインは初代-3代目の時計台に近い。これまでの時計台と比べ全体的に横長のデザインとなっているため時計台内に解答席を2つ並べる事が可能となり、同じ問題に2人の挑戦者が同時に挑戦する形式が登場した(後述)。また秒針にはLEDディスプレイが用いられ、フルカラーのグラデーション表示や1個の秒針を2分割する事で計2分の表示を行うといった変則的な表示が可能となった。秒針から独立する形での正解ランプは存在せず、秒針の内周にあたる一端が赤く(または青く)点灯する事で従来の正解表示を再現している。
- 解答席の配置や時計台外周の回転ライト、CGによる問題・正答例・正解数の表示は先代を踏襲した形となっている。
待機席
挑戦前後の解答者が座っており、解答者の名前と正解数が表示された。時期によって配列の違いがあった。
- 1969年1月 - 1974年頃
- 背景が青色で、上下4段ずつの8人分が配置され、上段の中央にタイトルロゴが表記されていた。[18]
- 放送開始当初は生島時代と同じく、反転リーフ式で獲得賞金額が表記されていた[19]が、途中から正解数に変更された。
- 1974年頃 - 1978年10月まで
- 背景が茶色で、上下4段ずつ(8人の場合。7人の場合は下段が3つ、上段が4つ。)配置された。全問正解者をのぞいて正解数が最も多い解答者の名前プレートが赤く点滅している。トップ賞決定の際は名前プレートが赤く発光し、周りの豆電球で点滅する。「チャンスクイズ」では表示された正解数の上から「○」か「×」が表示された。マイクは上下段とも2つしかセッティングされていなかった。
- また全問正解者および週チャンピオンが待機する「ミリオネアボックス」と「チャンピオンボックス」が新たに設けられたのもこの頃であり、当初は組まれた足場上に設置されたため、階段で上り下りする方式であったが、1977年頃よりスタジオの床へ直に設置されるようになった。
- 1978年10月 - 1986年3月まで
- 席の後部が電飾になっていて、全問正解者をのぞいて正解数が最も多い解答者は名前プレートの点滅に加えて電飾の中間部分が光っていた。トップ賞決定の際は名前プレートの赤色発光と、周りの豆電球の点滅に加えて、電飾の端部分が七色に光っていた。マイクは席の数に応じてセッティングされた。
- 「ミリオネアボックス」と「チャンピオンボックス」は更新されず、位置が左右に入れ替わっているだけに留まった。また1985年より司会者席の真上に変更されたため、階段で上り下りする方式に戻っている。
- 生島時代
- 司会席から真向いの位置に挑戦順を表す1から7までの番号が振られた席が横一列に配置された。席にはサドンデスの早押しクイズ用のボタンが設置されている。また席と席の間にソニー製のコンデンサーマイク『C-38B』(通称・漫才マイク)がセッティングされていた。
各時代共通の番組進行
- ファンファーレ[20]と共に解答者を乗せたイスが時計台を模したスタジオセットの中央に(高所に上昇して、生島時代のみ舞台袖からスライドして)登場する。
- 解答者はまず挑戦する問題(12問1セット)の番号を宣言する。問題番号は基本的に1-10番まで(鹿賀・中山&新山時代以降は放送時期や形式によって変動し、最多で20番まで)存在し、そのうち残っているものの中から1つを選択する形となる。
- 番号の宣言を受けて司会者が進行席に設置された問題番号に対応するスイッチを押し(ザ・タイムショックはキーパッドで問題番号を選び)、「タイムショック!」とコールしてクイズがスタート。
各時代共通の演出
- 「タイムショック」コールの際、司会者は人差し指を前に指すポーズを行う。ペナルティがトルネードスピンの代にペナルティを発動する場合も行うがその場合はこのポーズをする前に指を回す動作を加え、掛け声は「トルネードスピン」となる。
- 田宮・山口・生島・中山は右手、鹿賀・新山は左手の人差し指を前に指していた(ただし、新山は鹿賀時代の初期は右手)。
- 腕の振り方は司会者によって異なり、田宮・山口・生島は人差し指を立てて肘を曲げ横にそらしてから、鹿賀は人差し指を立て、腕を正面に立ててから振る。中山&新山は両手を組んで腰の右側にもっていき、そこから一気に中山は右腕、新山は左腕を突き出す(このとき中山は左手は右腕に、新山は右手を左腕に添えている)。中山&大下時代での中山は、「タイム(初回のみザ・タイム)」と言いながら右手を顔の横に斜めに持って行き、「ショック」の部分で前に振る。
- 生島時代を除くクイズ開始時には「スタート」のコーラスが入ってから1問目の問い読み・カウントダウンが始まる。
- 「スタート」コーラスは田宮時代・山口時代・タイムショック21(鹿賀・中山&新山時代)以降でそれぞれ別の音源が用いられた(特に二代目は鐘の音にしか聞こえない)。
- タイムショック21以降で映像を用いる等の特殊な問題形式に挑戦する場合、鐘の後に形式の説明を行ってからカウントダウンが開始する。
パーフェクト達成
12問を全て正解しパーフェクトを達成すると、各時代とも天井から大量の紙吹雪や風船(山口時代後期には紙吹雪のみ)が降りながら席が降下する。鹿賀・中山&新山時代からはパーフェクトや積立金目標に到達した際に天井からの紙吹雪に代わりキャノン砲から大量の紙吹雪と紙テープが発射される。「タイムショック 芸能界クイズマスター決定戦」以降はパーフェクトの演出(この際は電飾とファンファーレのみ)が無くなった代わりに、優勝決定時にキャノン砲から大量の紙テープが舞うのみになった(金文字の「パーフェクト達成」の画面下テロップは表示される)。
ザ・タイムショックでパーフェクト演出が復活し、秒針ランプが虹色に光るようになった。画面下テロップは一つ一つ色の違うキューブに書かれた「P・E・R・F・E・C・T」。
田宮・山口時代のパーフェクト達成者は「ミリオネア」と呼称され、放送開始当初からしばらくは自席に戻っていたが、1974年頃よりチャンピオンボックスの隣にある席(ミリオネアボックスと言った)に案内されていた。
- 田宮時代の最後のパーフェクト達成は、1978年9月14日放送回の第502回「おばあちゃん大奮戦」での1人。山口時代の最後のパーフェクト達成は、1986年1月30日放送回の第880回で5人目・男性の塾教師だった。同回のサブタイトルは「チャンピオンも真っ青!!鬼も笑った全問正解」。なお、この塾教師は7年後の1993年に「パネルクイズ アタック25」でも25枚のパーフェクトを達成している。田宮・山口時代のパーフェクト達成者は延べ50人である。
- 生島時代はパーフェクトは一人も出なかったが、2000年12月4日放送回(鹿賀時代・第8回)にて、山口時代(880回)以来14年11ヶ月ぶりに慶応オッサンチームの1人がパーフェクト達成(初の1000万円獲得)となった。その後、鹿賀時代の「ウエディング2時間スペシャル」でも1組がパーフェクト達成となった。
- パーフェクト達成時の賞金・賞品
- 田宮・山口時代は海外旅行(田宮時代初期はカンタス航空で行くオーストラリア、その後はアマゾン探検、解答者が好きな1箇所選ぶもの(「あなたが選ぶ価値ある旅行バリューツアー」)、ヨーロッパ古城巡り、スイス列車旅行等)と現金を含む総額100万円・ゴールデンカップとスポンサーからの花束が田宮・山口・アシスタントから贈呈される)。
- 生島時代・中山&新山時代(2007年4月)は現金100万円(詳しくは下記)。
- 鹿賀・中山&新山時代(2000年10月 - 2006年9月)は現金1,000万円(カップ・目録代わりに1000万円が入ったケースの鍵が鹿賀から贈呈される)、もしくは賞金の積み立て合計額1000万円(特番では2000万円)。
- 「クイズマスター決定戦」では優勝者に現金200万円、「プライベートタイムショック」では最高で現金250万円。
- 中山&新山時代(2008年3月-)はパーフェクト達成者には現金10万円(目録)、優勝者は積み立て金(目録、いずれも中山から贈呈される)を獲得できる。
賞金・賞品について初期の頃は賞金の上限がなく、パーフェクトを達成した場合は現金100万円に加えて、自動車(加山雄三や勝呂誉は自動車2台を獲得していた)、ギリシャ旅行等がプレゼントされたといわれている。しかし、1971年9月1日に公正取引委員会の取り決めで「オープン懸賞における賞金の上限制限(100万円まで)」ができた後、海外旅行代金を含めた賞金・賞品総額100万円を獲得できる形に変わった。1996年4月からは景品表示法の規制緩和により1000万円まで可能になったため、鹿賀・中山&新山時代から1000万円となったが、現在は上限撤廃されている。
解答中のBGM
クイズ解答中のBGMはどの時代のものもアナログ時計が時間を刻む様子をイメージして作られており、時代によってアレンジが異なっている。
- 田宮版・山口版は山下毅雄作曲。両者はメロディは似ているが、全くアレンジが異なる。
- (田宮・山口が問題番号ボタンを押して)「タ〜イムショック!!」コールの後、「スタート」のジングルが流れる。カウントがスタートすると、ストップウォッチのコチコチ音と打楽器を小刻みに叩く音(山口時代は1秒間を刻む音も)が30秒まで徐々に音量を上げながら続く。30秒を過ぎると3拍子のメロディが始まり半音ずつキーが上がっていく。45秒前後からはさらに緊迫感のある不調和音をあおる旋律に変わる。55秒で最初の打楽器のみの音に戻り、「ジャーン」という派手なファンファーレで1分間が終わる(ただし後述の、椅子が回るペナルティのときは、このファンファーレは出だしこそ同じであるがしおれた感じのものになっていた)。なお、田宮版でもセットの時期によって若干異なっていた。また、チャンピオン戦では、チャンピオンの挑戦が終了した直後、別の不協和音が流れた。
- 生島時代のBGMは前田憲男作曲。「クイズ!!タ〜イムショック!!」コールの後、すぐにカウントがスタートする(「スタート」ジングルは無し)。最初は「チクタクチクタク」の秒針をイメージしたタンバリン風の音が鳴りづける。30秒を過ぎると、緊迫感のある不調和音が鳴り続き(音量と音階が無段階に上がる)、「ジャジャジャン!」というジングル(最初期のみ無し)とともに1分間が終わる。
- 鹿賀・中山&新山(のち中山&大下)でのBGMは安久雄滋作曲。「(ザ・)タ〜イムショック!!」コールの後、鐘が鳴ってスタート。0秒から30秒までは、秒針のイメージ、30秒から47.5秒まで3拍子のメロディが流れ、47.5秒から58秒までは、0.5秒間隔に不協和音が流れ、少しずつ音階が上がっていった(このような類の音楽はかなりの緊迫感を引き出すと言われている)。そして最後の1秒は秒針の音楽になり、59.9秒(最後のランプが消える直前)に大きな音が流れ1分間が終わる。鹿賀時代初期は、この最後の大きな音の上に重ねるように「ビー」という機械音が鳴った。また、問題の種類によっては、全体的に若干のずれが生じることもあった。携帯電話サイトでダウンロード可能。「ザ・タイムショック」の2分間一斉タイムショック及び2人同時エンドレスタイムショックでは、これのアレンジが使われた。
歴代テーマ曲担当
- 山下毅雄(田宮・山口時代)曲の中の「ショック!!」の声は山下本人のものである。なお、田宮時代と山口時代ではアレンジが異なる。
- 前田憲男(生島時代)
- 安久雄滋(鹿賀・中山&新山時代〈タイムショック21〉)
ペナルティ
各時代とも、正解が一定数以下の場合、挑戦者はペナルティを受ける。
- 初代
- 正解数が3問以下だった場合、終了後座っているイスが水平に回転しながら降下する(1問でも正解していれば問題数に応じた賞金を獲得)。
- このペナルティから、解答席は別名「地獄の回転椅子」または「電気椅子」と呼ばれ、「現代のスピードに振り廻された」と言うダメージ的な意味合いを持っていた。[21]
- 番組開始後暫くは、1問も正解できなかった場合のみに椅子が回転落下したが、1969年4月放送分よりルール一部改正でペナルティを3問以下に改めた。
- 収録時、妊婦や体調不良だった解答者に対しては、体調を考慮し成績に関わらず椅子は回さなかった。それ以外の椅子回転回避としては、田宮司会時代、椅子回転による失神者が出たため、以後極度に緊張している解答者の場合は椅子を回さなかったことがある。また山口司会時代の4歳児大会では、3問以下の場合、本人が希望した場合のみ椅子を回すとしていた。
- 生島時代
- 正解数が3問以下、もしくは「ショックポイント(後述)」で不正解になった場合、煙(ドライアイス)が解答者に噴射され囲まれながらキャスター付の椅子が時計台の外に送り出され退場となった。ただし、正解数が3問以下でショックポイントに引っかからなかった場合は賞金を獲得できる。
- 鹿賀・中山&新山時代
- 椅子の回転機構が、従来の水平回転に垂直回転を加え二軸式になり、「トルネードスピン (Tornado Spin) 」[22]と命名された。正解数が5問(鹿賀時代初期は6問)以下の場合、司会の「トルネードスピン」の合図で「Tornado Spin」または「トルネードスピン」の画面下テロップが表示され椅子が水平・垂直両方向[23]に回転しながら地上まで降下[24]、賞金無しとなる(ただし、初期の「ファイナルタイムショック」は1問でも正解すれば、トルネードスピンになっても正解した分の賞金はそのまま獲得できた)。
- 水平回転のみよりもはるかに危険なため解答席のベルトもよりきつくなっている。
- この代から警告音が鳴るようになった。
- なお、「出張タイムショック」のトルネードスピンでは時計の針と同じ軸で回転させていた(フジテレビ『志村けんのだいじょうぶだぁ』の「人間ルーレット」と同形式)。
- ザ・タイムショック
- 正解数がクリアライン以下・上位に入れない・2人同時タイムショック(エンドレス含む)で敗戦した場合、田宮・山口時代同様に座っていた椅子が横回転しながら降下し、椅子に炭酸ガスが噴射される(生島時代を踏襲)[25]。
- トルネードスピンではなくなったため、「トルネードスピン」のテロップの代わりに画面両側に「D・A・N・G・E・R」と表示されるようになった(安全対策はなされているためトルネードスピン程危険ではない)。
各シリーズの独自ルール
クイズタイムショック(田宮・山口時代)
トップ賞の決定
- 12問正解パーフェクト達成を除き[26]最も正解数の多い解答者がトップ賞を獲得し、『トップチャレンジャー』としてチャンピオン戦に挑戦する。
- 2人以上が同点トップとなった場合は同点決勝を行いトップチャレンジャーを決定する。同点決勝の形式は時期により異なるが、司会者のコールは「Take a Chance!」で共通。
- 初期はジャンケン。最初期は解答者同士が行っていたが、途中から司会者のコールに応じてグー・チョキ・パー3つのスイッチのうちどれか1つを押し、電光掲示板に選択した手を表示する志向に変更された。
- 田宮時代末期より○×形式の『チャンスクイズ』。司会者のコールに応じて問題文が読み上げられ、ボタンを押して○×の解答を決定する。得点差が1点以上発生するか、どちらかが押し忘れやタイムオーバーで失格になった段階で決着。
- 田宮時代では同点決勝に敗れた者にも『エース賞』として番組特製の掛け時計などが贈られた。
- 2人以上が同点トップとなった場合は同点決勝を行いトップチャレンジャーを決定する。同点決勝の形式は時期により異なるが、司会者のコールは「Take a Chance!」で共通。
チャンピオン戦
- 先週までの『チャンピオン』と対戦する形で1セットずつ挑戦し[27]、正解数が多い方が勝ち抜き[28]となり、次週チャンピオンとしての出場権が与えられる。
- 初期は敗れるまで無制限にチャンピオンが出場可能であったが、後に5週勝ち抜きでパーフェクト達成時と同じく100万円を獲得して打ち止めという形に改められた。
- チャンピオン戦においてどちらかがパーフェクトを達成した場合も5週勝ち抜き時と同じく打ち止めとなる[29]。
- 打ち止めが発生した場合、翌週は「新チャンピオン戦」として正解数1位が『仮チャンピオン』、2位が『チャレンジャー』として対戦を行う。
- 無制限勝ち抜き制では勝呂誉(俳優)の57人勝ち抜きが最高記録。5週勝ち抜き制で初の5週勝ち抜き達成は山東昭子[30]。
- 賞品の詳細
- 解答者全員に『チャレンジ賞(参加賞)』としてスポンサー商品が贈られた。またトップ賞獲得者には別途スポンサー商品が贈られるため、持ち帰る商品が相当な量になる事がある[31]。
- パーフェクト達成およびチャンピオン防衛・就任の場合記念カップや花束が賞金やその他副賞とは別途に贈られる。
特集回
- 芸能人ゲストや特定の条件の沿った参加者のみが挑戦する特集回が定期的に設けられていた。
- 特集回ではチャンピオン戦は一旦休止(次回以降に持ち越し)となり、トップ賞を獲得する事でチャンピオン勝ち抜きと同様の副賞を得る事が出来た。
- 時にはクイズ以外の内容がメインとなった回もあり、その際はクイズはおまけ程度に扱われていた。
ショックポイント(生島時代のクイズタイムショック)
- 1分間12問のうち何問かに『ショックポイント(別名「地雷」)』が設定されるようになった。このショックポイントが設定された問題で不正解・タイムオーバー・スルーになるとクイズが強制終了され、正解分の賞金全額没収となり、正解数3問以下と同じペナルティを受けながら強制退場。残念賞として煙をモチーフにした「けむりちゃん人形」というぬいぐるみが贈られた(番組初期を除く)。一方でショックポイントを正解できれば副賞としてヘッドホンステレオやワープロなどをポイントに応じて獲得できた。
- ショックポイントが何問目にセットされるかはランダム。時計台の『ショックポイント』ランプがルーレットのように点滅し、解答者が「ストップ」と宣言した時に点灯していた問題にショックポイントが設定される。
- ショックポイントの数は挑戦者によって異なるが、その決定方法は放送時期により異なる。
- 初期は生島が出題する『ショックポイントクイズ』により決定。30秒間に6問の問題に解答し、誤答で最高3つまで増加・2問正解で1つ消滅する。この後にショックポイントのセット、問題番号の選択を順に行う。
- 後期は問題番号ごとにショックポイント数があらかじめ設定されており、問題番号の選択と同時にルーレットで配置を決める形となっていた。各番号にいくつのショックポイントがあるかは番組冒頭に視聴者にのみテロップ表示で示しており、ポイント数の分布は基本的に0個が5箇所、1個が3箇所、2個が2箇所。
- ショックポイントに引っかかると2つのモニターがショックポイントのマークであるウィルスのアニメーションに切り替わり、不正解のショックポイントランプが高速点滅、全ての正解ランプが白色で点滅した。
- 最終の2週では事前にショックポイントを表示し、その後出題される早押しクイズの正解者がタイムショックに挑戦した。またこの形式では全問ショックポイントのYES・NOクイズもあった。
タイムショック21 / タイムショック / 新タイムショック
『タイムショック21』は時期によりルールが頻繁に変更されたため、それに伴いクイズも様々な形式のものが登場した。
レギュラー放送での形式
- 第1期
- 5人1組のチームで出場。以下のステージを順に行い、最後に残った1チームのみが賞金獲得をかけた『ファイナルタイムショック』に挑戦する。
- 1stStage 『オープニングタイムショック (Opening Time Shock)』
- 1分間10問の問題を1問ごとに順に1人ずつ出題。正解数の多かった上位3チームが次のステージへ。3位が同点の場合は、同点決勝として早押しクイズで決着を着ける。第1回 - 第3回は専用の解答席で行われたが、第4回からは代表者1人がタイムショック席に、それ以外の4人が時計台の前に座って行い、5問以下でトルネードスピン・失格となった。
- 2ndStage 『ビジュアルタイムショック (Visual Time Shock)』
- CGを駆使した映像問題の早押しクイズ。正解した人が抜けていき、5人全員が抜けるとクリア。お手付きの場合、その人のみ問題の解答権を失う。20秒クイズ、60秒クイズがあり、問題のジャンルも様々あった。また、20秒クイズで残り時間10秒以上(60秒クイズでは残り時間40秒以上)での正解の場合「Wチャンス」として正解者ともう1人の2人が抜ける。
- 3rdStage 『データタイムショック (Data Time Shock)』
- 様々なアンケート結果の上位10項目を1分間で解答する。パスは禁止。両チーム同点の場合は、早押しクイズで決着を着ける。
- FinalStage 『ファイナルタイムショック(Final Time Shock)』
- チームの代表者1人が1分間12問のレギュラー問題に挑戦。正解数に応じた賞金をそのまま持ち帰る。
- 第2期
- 『オープニングタイムショック』『データタイムショック』が廃止され2ステージ制となった。
- 『ビジュアルタイムショック』
- 問題形式は第1期と同様。2チームによる3ポイント先取の対決[32]に変更された。
- 『ファイナルタイムショック』
- 1-6番まで用意された1分間12問のレギュラー問題に1人ずつ挑戦し、賞金を積み立てる『リレータイムショック』。6問以上正解で正解数に応じた賞金を積み立てる事が出来るが、1人でも正解数5問以下となりトルネードスピンを食らった段階で積立金は全て没収・失格となる。
- 3人目の挑戦者が終了した段階で現在の積立金を持ち帰るか、さらに5人目まで挑戦を続けるかを選択できる[33]。なお挑戦人数に関わらず積立金が1000万円に到達した段階で打ち止め・1000万円持ち帰り。
- 第3期
-
- 『ビジュアルタイムショック』
- 5-10チームによる1問先取に変更、勝ち抜けたチームから順に『ファイナルタイムショック』に挑戦する形式となった[34]。
- 『ファイナルタイムショック』
- 1チーム5人全員が6問以上正解しなければ積立金を持ち帰る事が出来なくなった。ただし代わりに3人がクリアした段階で100万円の保証金が設定され、4-5人目がトルネードスピンとなっても100万円は持ち帰る事ができる。また問題番号が1-10番に増えた上、ジャンル問題や『12アンサーズ』などの特殊な形式の問題が出題されるようになったため、問題形式を見てからリーダーが代表者を選出する形となった。
- この頃は他にも、トラックに簡易的な時計台と解答席を載せて地方に出張しリレータイムショック[35]を行う『出張タイムショック』や、芸能人4-5人が正解数を競う個人戦『芸能人最強クイズ王決定戦SINGLES』などの企画が放送された。
- 第4期
- 出場者のチームを1つの業種に限定した『(業種名)クイズ王選手権』と題して放送。1回の放送で4チームが出場し、各ラウンド毎にチームの代表1名がタイムショック形式の問題に挑戦。最も正解数の少ないチームが脱落していく。最後に残った1チームの代表者1名が1回限りの『ファイナルタイムショック』に挑戦し、賞金を決定する。
- 出題される形式は1回戦・決勝戦がレギュラー問題、2回戦がジャンル問題(ジャンル指定は直前ラウンドの得点が高い順)。
- 12問パーフェクトを達成した場合、賞金とは別に個人賞として100万円が贈られた。
- 第5期(最終期)
- 『個人戦最強コロシアム』と銘打ち、田宮・山口時代以来となる週をまたいだ勝ち抜き戦を開催。先週までのチャンピオンに事前ペーパーテストを勝ち抜いたクイズ自慢の挑戦者を加えた計10人[36]で正解数を争う。
- ペーパーテスト成績順下位[37]から問題に挑戦し、その時点での最高正解数に到達していれば新たな『ポイントリーダー』としてリーダーズシートに着席、満たなかった場合は退場[38]。ポイントリーダーは自身の最高正解数を更新されてしまった場合退場となる。
- チャンピオン含む全員の挑戦が終了した段階でリーダーズシートに着席していた挑戦者が新たなチャンピオンとして次週参加の権利が与えられ、5週連続で勝ち抜いた場合は打ち止めとなり1000万円が贈られた。
特殊なタイムショック形式の問題
『タイムショック21』第3期以降、時計台と解答席を使用するが通常の1分間12問のタイムショック(レギュラー問題)とは異なる形式の問題が出題されるようになった。
- ジャンル問題
- 『国語』『社会』『芸能』など各ジャンルに特化した問題のみが出題される。
- 12アンサーズ
- 答えが複数存在するクイズ1問に対し12個の正解を1分以内に解答する形式。通常の形式とは異なり1答あたりの制限時間は存在せず、答えの言い直しも可能。不正解の場合はブザーが鳴る。
- ○×問題
- 12問全てが○×問題で出題される。
- 映像問題 / 映像レギュラー問題
- 解答席左手に設置されたモニターの映像を見て解答する形式。出題および1分間のカウントダウンが始まる前に解答方法の説明が読み上げられる場合がある(例:「画面に映る道具の正式名称を答えなさい」)。
- イントロ問題 / ヒットソング
- 曲の一部を聞いてタイトルを答える。こちらもカウントダウン前に解答方法の説明が入る場合があり、その際に曲が発売された年代が指定される等の変則的な指示がなされる事もある。
特番での形式
- 芸能人バトルロイヤル
- 芸能人のみがチームを組んで挑戦する特番放送での形式。主に1人ずつ順番にタイムショックに挑戦し獲得した賞金を積み立てていく『リレータイムショック』形式がベースとなっている。また時計台の解答席を用いないクイズも多いため、以下、時計台を用いる形式の場合は形式名に○マークを示す。
- 2チーム対戦式
- 2001年春 - のルール。両チームが交互に問題番号を指定、まだ挑戦していないメンバーの中から選ばれた代表者1人がクイズに挑戦し、獲得賞金を積み立てていく。先に2000万円を積み立てたチームの勝利となるが、『トルネードスピン』になるとそれまでの積立金は全て没収される。この形式時のみ登場する特殊な問題も多く、さらに勝利チームが敗北チームの積立金を奪い取る直接対決制のクイズも登場した。
- * Wアップ
- 正解数に応じた設定金額が2倍のレギュラー問題。トルネードスピンとなるボーダーライン(5問以下)は変わらない。
- * チャレンジャー指名
- 対戦相手のチームがまだ挑戦していない(かつ不得意でトルネードスピンしてしまいそうな)1名を強制的に指名し、レギュラー問題に挑戦させる。
- * 映像2択問題
- 答えは全てA / Bどちらかの二者択一問題が映像で出題される。アニメタイアップ企画『クレヨンしんちゃんの2択クイズ』でのみ出題。
- * 6問限定映像問題
- 1問あたりの制限時間が10秒の映像問題。問題数の減少に伴い3問以上で賞金積み立て[39]、2問以下でトルネードスピンとなる。アニメタイアップ企画『ドラえもんの世界遺産クイズ』[40]『ドラえもんのタイムマシンクイズ』[41]のみの出題。
- 3人リレー
- 1分間12問の問題に3人が1答ずつリレー形式で解答していく。不正解の場合は次の解答者に解答権が回らない。この3人リレー方式でもレギュラー問題以外に12アンサーズや映像レギュラー問題といった特殊形式が出題された事がある。
- 漢字書き取り
- 1分間12問の漢字が答えとなる問題(熟語の穴埋め、著名人名の穴埋めなど)に、モニターに答えを書き込んでいく形で解答していく形式。この筆記解答形式での12アンサーズ(魚編の漢字を12個書け、など)が出題された場合もある。
- タイマンタイマー
- 2005年9月放送特番より登場した各チームの代表者1名による直接対決クイズ。多答問題1問に対し交互に1名1答ずつ解答していくラリーで形式行われ、正解するまで相手に順番は回らない。クイズスタート時に与えられたトータルの持ち時間60秒を先に使い切ってしまった代表者のチームが敗北となり、勝利チームに積立金100万円を強奪される。
- 100万円争奪全員参加クイズ
- 『バトルロイヤル10』で登場。全チーム全員参加の3択問題を行い、間違った解答者が脱落していく。これを全員脱落した敗北チームが決定するまで繰り返し、勝利チームは敗北チームから積立金100万円を強奪できる。
- ∞(無限大)制リレータイムショック
- 2003年春-2004年秋での団体戦と個人戦が混ざったようなルール。まず参加者30人全員が4択問題に解答し、その問題の正解者のみでリレータイムショックに挑むチームを組む。リレータイムショックではチーム人数×200万円が目標金額に設定された上でクイズに挑戦し、獲得賞金を積み立てていく。積立金が目標金額に達した段階で打ち止めとなり目標金額分の賞金を獲得し、目標金額に達する前に1人でもトルネードスピンとなれば積立金が全て没収され、挑戦終了となる。挑戦が終了したら再び参加者全員が4択問題に解答、次のリレータイムショックの挑戦者を決定する。
- プライベートタイムショック
- 大御所芸能人と仲の良い芸能人5人の計6人がリレー形式でクイズに挑戦する。まずは芸能人5人に対し大御所芸能人に関する問題を5問出題し、1人1問正解で1万円[42]を積み立てる。これを受けて大御所芸能人自らが時計台の解答席に座り自らに関する問題限定の1分間12問に挑戦、6問以上正解すれば正解数に応じた倍率を積立金に掛けた額を獲得できた。
- 高校生大会
- タイムショック21時代に4度『高校生クイズ王日本一決定戦』が開催された。以下に示す内容は4回目のもの。
- 出場条件
- 日本テレビの高校生クイズ同様に同一高校の3人1組チーム(男女混合可)を組んで出場する事。
- 1回戦『24バトルロワイヤル』(8→6校)
- 時計台の前に設置された3段の階段の上に8校24名が横並びで立って行う2択クイズ。問題に対しAかBの選択肢を一斉解答し、間違った解答者のみ階段を1段下りる。3段降りきってしまったメンバーが現れた高校は連帯責任として全員脱落。2校が脱落した時点での生き残りが2回戦に進出となる。
- 2回戦『リレータイムショック』(6→4校)
- 代表者3名が順に時計台の解答席に座り1分間12問の問題に挑戦し、正解数上位4校が3回戦に進出できる。このラウンドで使用する問題は事前に芸能人6人が挑戦しており、その正解数と挑戦後のコメントを参考に問題の傾向を読み取ってどの問題に挑戦するかを選ぶ事ができる。
- 3回戦『敗者決定トーナメント』(4→3校)
- 各高校の代表者1名が1vs1で対決し、勝利校が準決勝に進出する負け残りトーナメント。くじ引きで対戦高校と出題される問題形式[43]を決定して対戦し、最後まで残った1校が脱落。
- 準決勝『映像早押し』(3→2校)
- 全校3人が一斉に挑戦する映像を使った早押しクイズ。正解したメンバーは解答席を抜け、誤答・お手つきはその問題の解答権を失う。3人全員が抜けた先着2校が決勝進出。
- 決勝戦『総当たり3本勝負』
- 1vs1のタイムショック総当たり戦。問題形式は全てレギュラー問題。正解数が多い方が勝利となるが、両代表者が同点もしくはどちらもトルネードスピンしてしまった場合はサドンデスとして勝負を続行する。2勝した高校が高校生クイズ王日本一となり、奨学金として100万円が贈られた。
- 優勝校
- 第1回 仙台第一高校
- 第2回 早稲田高校
- 第3回 金沢泉丘高校
- 第4回 早稲田高校
- 新タイムショック
- 1チーム3人以上(各クイズに参加できるのは3人まで)の6チームが予選クイズ・ゲームを行い、成績トップのチームのみが『タイムショックステージ』に挑戦する。
- 予選・お絵かきステージ
- 代表者1人がお題の絵を書き、残り2人が絵を見てお題を当てる。お題の名前の文字が合計60文字になればクリア。クリアタイムを競うため、クリアチームが出るまでは制限時間60秒、それ以降は現在トップタイムを記録したチームのクリアタイムが制限時間となる。トップタイムを維持した1チームがタイムショックステージ進出。
- 予選・カーリングステージ
- 1チーム3人でカーリングに挑戦し、最も得点が多かったチームがタイムショックステージ進出。
- タイムショックステージ
- 1人ずつレギュラー問題に挑戦し、3人全員がトルネードスピンする事なく賞金を獲得できれば賞金持ち帰り、1人でもトルネードスピンとなった段階で失格・獲得賞金没収。
超タイムショック / ザ・タイムショック
- 20 - 24人の芸能人がクイズ王の座を懸けて個人戦を行う。各ステージ毎に数人を脱落させていく形式で、同点決着が発生した場合は決勝を除き全て早押しクイズでプレーオフを行い勝ち残る挑戦者を決定している。
- 1ブロックにつき2人以上が勝ち抜ける形式の場合、次のステージに勝ち残れる可能性がある挑戦者が座る『暫定席』が勝ち抜け人数分用意され、その時点での成績上位から暫定席に座ることができる(=暫定席の定員を過ぎた挑戦者は失格)。勝ち抜け可能なボーダーライン上に複数人が居る場合、ひとまず該当する全員が暫定席に座るがその状態でラウンドが終了した場合は前述の通りプレーオフとなる。
- 超タイムショック 第1-8回
- 1次予選『同時タイムショック』→ 2次予選『教科別タイムショック』→ 準決勝『レギュラー問題』→ 敗者復活戦『同時タイムショック』→ 決勝『サバイバルタイムショック』
- 超タイムショック 第9回-
- 予選『同時タイムショック』→ 1回戦『ジャンルクイズ』→ 準決勝『レギュラー問題』→ 敗者復活戦『同時タイムショック』→ 決勝『サバイバルタイムショック』
- ザ・タイムショック 第1・2回
- 予選『2分間一斉タイムショック』→ 1回戦『2人同時タイムショック』→ 2回戦『学力タイムショック』→ 準決勝『2人同時エンドレスタイムショック』→ 敗者復活戦(回によって形式が異なる)→ 決勝『サバイバルタイムショック』
- ザ・タイムショック 第3回-
- 1回戦『2人同時学力タイムショック』→ 2回戦『4人バトルタイムショック』→ 準決勝『2人同時エンドレスタイムショック』→ 敗者復活戦『21人一斉タイムショック』→ 決勝『サバイバルタイムショック』
各ラウンドの形式
- 同時タイムショック・一斉タイムショック
- 複数の解答者が、他の挑戦者の解答が聞こえないよう問題読み上げとBGMのみが流れるヘッドホンを着用した上で、同じレギュラー問題を同時に挑戦する。主に予選での対戦順・ブロック分けの決定や敗者復活戦で行われる形式。
- 教科別タイムショック・ジャンルクイズ・学力タイムショック
- 国語・算数・理科…といったジャンル別の問題を1人1つずつ選択し挑戦する。問題形式は基本的に時計台に設置されたモニターを用いる『映像問題』。どのジャンルに挑戦するかを直接選択する場合と、問題番号を選択するまで挑戦ジャンルが分からない[46]場合が存在する。正解数が多い順に数名が次のラウンドに勝ち進めるが、ペナルティを受けた場合は0ポイントとなる。また、超タイムショック最終回以降は上位に入れないだけでペナルティ発動となる。
- 問題ジャンルに混ざって『12アンサーズ』やその派生系(以下に記述)、特殊形式の問題が混ざっている場合があった。
- 『12キーワード』(第11回-)
- 問題のテーマに沿って、モニターに表示された12のキーワードが一部分に含まれるものを答えて暗転させていく(例:次の漢字を使ったことわざ・慣用句を答えなさい)。1つの答えで2つ以上のキーワードを同時に消すことも可能。暗転させたキーワードの数が正解数となる。
- 『12メモリーズ』(第13回-)
- 問題開始前に15秒間表示される12のキーワードを暗記し、カウントダウン開始後に復唱していく(順番は問わない)。第15回以降、問題開始前に20秒間表示されるイラストを覚えてから、その内容を問う問題に答える形式も登場した。
- 『12チョイス』(第15回-)
- モニターに予め表示された12個の答えを用いて1分間12問の問題に解答する。正解できた場合該当の答えは暗転し選択肢が絞り込み易くなるが、不正解の場合は解答した答えも本来の正解も暗転しない。
- 『3ラインクイズ』(第16回-)
- モニターに表示された3ラインの前後の間に当てはまるものを解答していく。
- レギュラー問題ラウンド
- 抽選で決定した相手と1vs1でレギュラー問題の正解数で対決。正解数が多い方が次のラウンドへ進出。
- サバイバルタイムショック
- 決勝戦で行われるサバイバル戦。1人ずつ順番にタイムショックに挑戦し、正解数が設定されたクリアラインを超えればクリアとなり生き残り、下回ればペナルティ発動・失格となり脱落。全員の挑戦が終わった段階で1巡したとみなし、それまでのクリアラインが1問上昇した状態で再び1巡行う。この1巡とクリアラインの上昇を生き残りが1人になるまで繰り返す。
- クリアラインは7問(後に8問)しかし(トーナメントSPでは9問)からスタートし、前述の通り1巡ごとに1問上昇する。
- 第4回まで正解数に応じて賞金が積み立てられ、優勝者のみが他者の積立金含め総取りしたものを優勝賞金として受け取った。
- 2人同時タイムショック
- 2人が同時に時計台に上がり、ヘッドホンをした状態で同じ1分間12問の問題に挑戦する。問題セットは番号1-20までのうち予選成績上位の方が選択。正解数の多い方が勝ち抜け、敗者は椅子が回転し失格となる。
- 2人同時エンドレスタイムショック
- 2人が同時に時計台に上がり、ヘッドホンをした状態で同じ問題に挑戦。どちらかが2回誤答し失格となるまで問題は延々と出題され続ける。相手が失格になるまで持ちこたえる事ができれば勝ち抜け。2人が同じ問題で2回目の誤答をした場合はサドン デスとなり、片方だけが誤答をするまで続行する。
- 問題推理クイズ
- 大部分が虫食いとなった問題文を使った早押しクイズ。問題文の表示後、少し間をおいてヒントとなる画像が表示される。
司会以外の出演者
出題[47]
- 矢島正明 - 1969年1月9日の番組開始より2014年9月の「超タイムショック」まで40年以上一貫して出題を担当。これまで通算延べ10万 - 20万題を読み上げた。1問につき約2 - 3秒の間で問題を読み上げる。初代の800回と最終回には顔出しで登場した。(初代出題担当)
- 宮村優子 - 鹿賀・中山&新山時代の「ビジュアルタイムショック」(見えてくるものは何?など一言のみ)およびそのコーナー内の「ねじれ研究所」「キューブ2000」などや、「出張タイムショック」の出題とナレーションを担当。
- 日暮哲也 - 「ザ・タイムショック」の出題担当。(2代目出題担当)
- 柳沢真由美 - 「超タイムショック」後期以降の映像問題・同点早押し問題の出題担当。
アシスタント
賞品紹介とエンディングのみに出演する担当と回転椅子のシートベルトの開閉を行ったり、花束などの贈呈を行う担当に分けられていた。ただし廣瀬の場合は途中から山口の隣に常時居座るようになっていた。
- 田宮時代
- 山口時代
ほか
- 生島版
- タイムショック21
- 松田樹里(途中降板)
「出張タイムショック」リポーター
『タイムショック21』では「出張タイムショック」というコーナーがあり、リポーターを設けていた。これは、ミニセットを設置したトラックとともに依頼先へ向かいコーナー司会を務めるというものであった。
その他
- 北口光彦(現:北口幹二彦) ※山口時代末期のものまね問題でのものまね担当。
- 熊倉一雄 ※800回記念のみのナレーション。
- キャロル久末 ※生島時代のナレーション。
- 小林一枝 ※生島時代の最終回のオープン大会の早押しクイズの出題を担当。
- 菅野莉央 ※鹿賀・中山&新山時代 初期 - 中期のエンディングのなぞなぞコーナー(視聴者プレゼントコーナー)担当。「時の番人の部屋」という専用セットで鹿賀とともに登場する。
- 村井国夫 ※鹿賀・中山&新山時代 第5期のナレーション。
- バッキー木場 ※中山&新山時代 バトルロイヤル8以降のナレーション担当。
- 田中陽一郎 ※鹿賀・中山&新山時代 第5期の天の声を担当。
賞金
正解数 | 番組開始~1985年9月 | 1985年9月~1986年3月 |
---|---|---|
1 | \1,000 | |
2 | \2,000 | |
3 | \3,000 | |
4 | \4,000 | |
5 | \5,000 | |
6 | \10,000 | |
7 | \20,000 | |
8 | \30,000 | \40,000 |
9 | \40,000 | \60,000 |
10 | \50,000 | \100,000 |
11 | \100,000 | \150,000 |
12 | \1,000,000(海外旅行含む) |
正解数 | 賞金 |
---|---|
1 | \1,000 |
2 | \2,000 |
3 | \3,000 |
4 | \10,000 |
5 | \20,000 |
6 | \30,000 |
7 | \40,000 |
8 | \50,000 |
9 | \60,000 |
10 | \100,000 |
11 | \200,000 |
12 | \1,000,000 |
なお、田宮・山口時代では高校生以下の者が参加した場合には、賞金は現金ではなく図書券にて支払われていた(田宮・山口ともオープニングアナウンスでその旨を告げていた)。
正解数 | 初期 | 中期(第2期 - 第4期) バトルロワイヤル |
個人戦 (第3期・芸能人時) |
個人戦 (第5期) |
最終回 (エクストラステージ) |
プライベート タイムショック |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | \10,000 | \0 | ||||
2 | \20,000 | |||||
3 | \50,000 | |||||
4 | \100,000 | |||||
5 | \200,000 | |||||
6 | \300,000 | \500,000 | \100,000 | \50,000 | \500,000 | 積立金1倍 |
7 | \500,000 | \1,000,000 | \200,000 | \100,000 | \1,000,000 | 積立金2倍 |
8 | \1,000,000 | \2,000,000 | \400,000 | \150,000 | \1,500,000 | 積立金3倍 |
9 | \2,000,000 | \3,000,000 | \600,000 | \200,000 | \2,000,000 | 積立金4倍 |
10 | \3,000,000 | \4,000,000 | \800,000 | \250,000 | \2,500,000 | 積立金5倍 |
11 | \5,000,000 | \5,000,000 | \1,000,000 | \500,000 | \5,000,000 | 積立金6倍 |
12 | \10,000,000 | \2,000,000 | \1,000,000 | \10,000,000 | 積立金10倍 |
トーナメント戦では、優勝者のみ賞金200万円を獲得。
正解数 | 賞金 |
---|---|
1 | \0 |
2 | |
3 | |
4 | |
5 | |
6 | \10,000 |
7 | \30,000 |
8 | \50,000 |
9 | \100,000 |
10 | \300,000 |
11 | \500,000 |
12 | \1,000,000 |
正解数 | 賞金 |
---|---|
1 | \0 |
2 | |
3 | |
4 | |
5 | |
6 | |
7 | \100,000 |
8 | \200,000 |
9 | \300,000 |
10 | \400,000 |
11 | \500,000 |
12 | \1,000,000 |
超タイムショックではパーフェクト達成の場合、別途10万円獲得。優勝者のみ積立金を獲得。また、巡目が進んだことによって失格となる正解数は0円(賞金没収)となる。
芸能人・文化人での全問正解達成者(レギュラー問題)
- 田宮時代
- 加山雄三(1969年7月 - 8月放送分にて、6回出場して12問正解が4回。また最後の挑戦である1969年8月29日放送分にて最高視聴率29.0%を記録した)
- 宗方勝巳(1970年1月1日放送分にて)
- 浜木綿子(1970年1月1日放送分にて)
- 勝呂誉(1970年6月 - 8月放送分にて、11回連続出場して全問正解2回、無制限勝ち抜きルールで57人抜きという快挙をなし得た)
- 砂川啓介・大山のぶ代(1972年2月10日放送分、芸能人夫婦大会にて)
- 土居まさる(1974年10月3日放送、300回記念「特集・司会者ベスト8!」にて)
- 山口時代
- 生島時代
- なし
- 鹿賀時代
- なし
- 中山&新山時代(太字は時計台着席によるパーフェクト達成者[48])
- 山口良一(現「タイムショック」ルール初のパーフェクト達成者)
- 上田晋也(くりぃむしちゅー)
- 高橋英樹
- 宮崎美子
- 山中秀樹(同時タイムショックにて達成)
- 麻木久仁子
- 辰巳琢郎(2008年6月放送分の第1次予選の同時タイムショックと2010年1月放送分の敗者復活戦と決勝1順目と2010年9月放送分の決勝2順目で達成)
- 宇治原史規(ロザン・初登場の2008年6月放送分、2010年1月放送分の準決勝、2010年9月放送分の準決勝 2011年12月放送分の方1回戦と準決勝にて達成2012年12月放送分の2回戦と決勝戦1巡目にて達成)
- 本村健太郎(2009年1月放送分第1次予選の同時タイムショックと2012年1月放送分の敗者復活戦と2012年4月放送分の決勝3巡
目で達成)
- 山根良顕(アンガールズ・2009年3月放送分第1次予選の同時タイムショックで達成)
- ラサール石井(2010年3月放送分第1次予選と敗者復活戦の同時タイムショックで一気に2回達成)
- 中田敦彦(オリエンタルラジオ・2010年3月放送分敗者復活戦の同時タイムショックで達成)
- やくみつる(2012年1月放送分の決勝2順目他にて達成)
- 畠山健(シンデレラ・2011年10月放送分の準決勝と2012年1月放送分の準決勝で達成)
- 載寧龍二(12アンサーで達成)
- 山西惇(2012年4月放送分の敗者復活戦で達成)
- 棚橋弘至(2013年9月放送の予選で)
- 金田一央紀(同上・予選の問題が2度に分かれていたが、2度とも達成)
- ザ・タイムショック時代
エピソード
初代(1969年1月9日 - 1986年3月27日)
この番組は暗転から始まり暗転で終わるという進行だった。
初代司会者田宮は1969年1月9日(第1回放送)から司会を担当。ただ、晩年は躁鬱病に悩まされており、自身から番組降板を申し入れ、1978年9月28日放送(第504回放送分)を持って山口に司会を交代した(その後田宮は、同年12月28日に自殺)。
同じく出場者の中で、北川宣浩が初代では唯一の偉業を達成した。その内容は、1977年(第458回放送分)に5週間連続勝ち抜きを達成して一回目の100万円を獲得、さらにその8年後の1985年(第864回放送分)に行われた「グランドチャンピオン大会」(過去の100万円獲得者を集めて実施)で、今度はパーフェクトを達成して二回目の100万円獲得を決めた。つまり、5週勝ち抜きとパーフェクトの異なる獲得形態で二度も100万円獲得を果たしている。
子供の出場に関しては、夏休みなどに放送された特集「小学生大会」「中学生大会」「高校生大会」「親子大会」などのみしか、原則的に認められていない。またキャロライン洋子は「特集・小学生大会」(放送年月不明)、「特集・中学生大会」(1976年9月2日放送)にそれぞれ出場しており、後者での結果は5問正解。「日本語での出題が聞き取りにくかった、英語だとそれよりいい結果になっていたかもしれない」とコメントしている。
800回記念特集では過去16年の放送で印象に残った場面を織り込み、芸能人挑戦者や、第1回放送が行われた1969年1月9日に生まれた当時高校生の少年、さらには山口が司会者として初めて挑戦した(結果は8問正解)。山口挑戦時の進行は出題者の矢島が担当。山口の挑戦の前にそれまでの解答者の成績とトップ賞の賞品紹介のあと、ナレーターの矢島が番号選択し、すでに解答席に座っている山口が「タイム・ショック!!」とコールし開始した。挑戦終了直後に「800」の文字が書かれたカーテンが、時計台の前に表れるという演出もあった。12問のクイズが終了した後、山口は「何問行った?」と言って結果を確認し、矢島が「8問です」と答えながら、エンディングで初めての顔出しをした。
山口時代最後の3週は特別企画が行われ、1週目(第886回)は珍芸・奇芸を持った子供7人による大会で挑戦後にはそれぞれ持ち芸が披露された。[49]2週目(第887回)では番組に携わった広告代理店・スポンサーの代表7人が挑戦。荏原製作所の女性社員が山口時代最後のトップ賞を獲得した。そして3週目(第888回)では過去に番組に多大な功績を残した人々を迎えての回顧録であった。この回ではタイムガールズの代表、大泉滉、北川宣浩、廣瀬雅子が特別にクイズに挑戦[50]。矢島が第800回以来の顔出しで問い読みをしたが、結果は大泉が1問正解で最後のペナルティ経験者となった。大泉は芸能人大会、700回大会、800回大会の3回出場したが全て3問以下で椅子が回転したが、最終回でも椅子が回転し、4度目のペナルティーを受けた。
生島時代(1989年10月18日 - 1990年3月21日)
3年半ぶりに鳴り物入りで復活したが、真裏に当時全盛期の『ドラゴンボールZ』(フジテレビ)があったため、視聴率も最高で7.0%と低迷し、半年で打ち切られた。 この時期に限り、挑戦者のことを「タイムショッカー」と呼んでいた。 上述のタイムショック独特の問題は出題されず、問題自体の難易度も初代の頃よりは高かった。 毎回特定の条件に沿った挑戦者による「○○○○大会」という志向であり、挑戦者は毎回芸能人と一般人の混成だった。 正解数の多かった挑戦者にはトップ賞が贈られたが、前期は週代わりの品物(高級ブランドによるオーダーメードのジャケットやフグ料理等)、後期は週代わりの行先の海外旅行となっていた。なお、該当者が2人以上の場合は早押しクイズで決着をつけていた。 1989年12月30日放送の懐かしアニメスペシャルの中では「懐かしアニメタイムショック」というコーナーでセット・司会者もそのままで懐かしアニメ問題限定のタイムショックを行った。
最終日は、2週に渡って実施(1990年3月14日・21日)。100人の参加者(殆どが、過去の挑戦者とクイズマニア[51])で一斉早押しクイズを行い、正解した人が挑戦できた。ショックポイントが最初の3問や最後の1問に仕掛けられていたり、遂には12問全てにショックポイントが仕掛けられた問題もあった。また、全問YES・NOクイズが出題される問題(しかも、全て正解がYESというおまけ付き)もあったりと、最終回限定で色々な問題が出題されたが、結局最後まで、生島司会期では1人もパーフェクトは誕生しなかった(11問正解20万円獲得は多かった)。最終回エンディングでは、オフコースの「さよなら」が流れた。生島は番組終了直後、同スタッフが務める『ミュージックステーション』の司会も担当していた(1990年4月13日から1993年9月24日まで)。
この時期は、過去の田宮・山口時代に出場経験がある挑戦者が多かった。
最強クイズ王決定戦シリーズ
「超タイムショック」での19回と「ザ・タイムショック」での3回、計22回での優勝回数は以下の通り。
- 6回
- 宮崎美子(第1回、第12回-第13回、第16回-第17回、ザ・タイムショック第2回)
- 宇治原史規(ロザン)(第2回、第9回-第11回、第18回、ザ・タイムショック第3回)
- 2回
- 本村健太郎(第4回、第15回)
- やくみつる(第8回、第14回)
- 1回
- 麻木久仁子(第3回)
- ピーター(第5回)
- 東貴博(第6回)
- 辰巳琢郎(第7回)
- 金田一央紀(第19回)
- 三浦奈保子(ザ・タイムショック第1回)
クイズの日(2014年3月26日)
- 2014年3月26日19:00-21:48に、「クイズの日 ミラクル9VSQさま!! タイムショックで最終決戦スペシャル」と題して、くりぃむクイズ ミラクル9とクイズプレゼンバラエティー Qさま!!の2番組による対抗戦が行われ、最終ステージでタイムショックが行われた。
- この特番では「ミラクル9」と「Qさま!!」のレギュラー(準レギュラー含む)10人ずつが参加して行ったが、「タイムショック」のパートではそれぞれのキャプテン(ミラクル9=有田哲平、Qさま!!=三村マサカズ)がメンバー4人を指名し、なおかつキャプテンの2名は必ずその4人のうちの1人として回答するというルールのもと、1回戦と4回戦は通常の方式、2回戦と3回戦はジャンル別問題で出題。6問以下0P(トルネードスピン)、7問正解5P、以降1問正解ごとに5Pずつ加算され、12問正解パーフェクトで30Pが加算されるという得点システムで行い、前者2番組を含めた各パートの合計得点でチーム対抗戦の優勝を決めるというものだった。
- このノウハウは同年12月31日に年越し特番として放送され、以後も期首・期末改編時などで放送されている「くりぃむVS林修!クイズサバイバー」という特番に発展した。
タイムショック形式のクイズを行っている・いた番組
番組の登場後、他の番組でもパロディやオマージュされた企画などが登場した。ここではその番組をいくつか紹介する。
テレビ番組内での1コーナー(テレビ朝日)
- 姫TV:「クイズタイム小学生」と題した、タイムショック形式のクイズを実施。司会・問読みはリッキー(ブッチャーブラザーズ)。全裸の女性(AV女優がほとんどだった)が白い7枚のパネルに立って回答。小学校の内容の問題が13問出題され1問間違えるごとにパネル1枚めくられる。1枚でも死守すると商品獲得と「クイズタイム中学生」に挑戦出来る。
- まっ昼ま王!!・濡れてにアワー!!:「ミリオンステージ・金満席」として、タイムショック形式のクイズを実施。
- ちゃんネプ:「時の番人」の扮装をした堀内健が、カップルの男性と共に彼女の寝起きを襲い、彼女に関するタイムショック形式のクイズを行う「寝起きタイムショック」があった。全問正解するとカップルに100万円が与えられるが、5問正解以下だと「トルネードスピン」と称して、彼女が堀内に両足を掴まれて振り回される罰ゲームが執行された(なお、6問以上正解でも、賞金が与えられる)。大抵は、規定正解数の5問に届かず、罰ゲームが執行された。
テレビ番組内での1コーナー(他系列局)
- お笑いマンガ道場(中京テレビ制作):「マンガ・タイムショック」というゲームコーナーで、タイムショック形式でイラストでしりとりをする(「恐怖のしりとりマンガ」と同じ)。60秒以内に書き終わらないと風船が破裂する。ただし、女性パネラーには(成功していないのに風船が破裂しないなど)甘いコーナーだったため、2回しか行われなかった。
- 突然ガバチョ!(MBS):「クイズタイムチョップ」MAKOTO(現・北野誠)が出演のコーナー。1人のゲストが登場し、1分間12問のクイズに挑戦するものだが、北野が時計台セットに張り付けられ(いわゆる「人間時計」)、不正解になると風船が割れ、中に入っている紙吹雪や白い粉が飛び出す。場合によっては北野が粉をかけられることになる。
- 全国高等学校クイズ選手権(日本テレビ):一時期、全国大会の準決勝において、「勝負の1分間クイズ」という名目でタイムショック形式のクイズを実施した。
- アメリカ横断ウルトラクイズ(日本テレビ):「日の出タイムショック」「アヒルタイムショック」「空席待ち列車タイムショック」と題して制限時間付きのクイズを実施。方式は早押しクイズであり、『クイズタイムショック』とはルールがまったく異なる。それとは別に、1つのチェックポイントで複数の形式のクイズをするという企画の中に「クイズショックタイム」というタイムショック形式のクイズがあった。また、ウルトラクイズの上位進出者でタイムショックにも出場した者が多く[52]、タイムショックでも好成績を収めた者が多かった。
- 総天然色バラエティー 北野テレビ(TBS):出題されたお題に瞬時にダジャレで答える、タイムショック風の「ダジャレタイムショック」というコーナーがあった。
- 所さんのただものではない!(フジテレビ):「デジタルピンコンゲーム」というコーナー。間下このみら子ども側のレギュラー陣が出題し、1分間で何問答えられるかというルール。30秒を過ぎた時点でBGMが流れる。最終的にポイントの多い回答者に所さん人形が貰える。
- 特捜!芸能ポリスくん(TBS): 島田紳助司会。第1回戦で「タイムショック・リターンズ」を実施。1分間12問全問正解すると、車がプレゼントされる。大島さと子のみ達成。
- 紳助の人間マンダラ(関西テレビ):特捜!芸能ポリスくんと同時期、1時間全て出演者による「クイズタイムボコボコ」という企画を定期的に放送した。
- クイズ!ヘキサゴンII(フジテレビ):スペシャル限定で「ベルトクイズ!タイムショック!ショック!」というコーナーがあった(タイムショック形式のクイズに、間違える度に早くなるルームランナーに走って耐える要素を追加)。スピードに耐え切れないとプールに落下する。
- フジリコ(よみうりテレビ):1時間以内に多くの店を訪ねて、食べた物が最も少なかった出演者(ココリコと藤井隆の3人)が電気ショックの刑を受けるという「タイム食60」のコーナーがあった。
- リンカーン(TBS):出題されたお題に瞬時に面白いボケを答える、タイムショック風の「ボケタイムショック」というコーナーがあった。
- めちゃ×2イケてるッ!(フジテレビ):2016年9月24日放送分で「クイズメチャタイムショック」が行われた。過去のめちゃイケ関係の問題が1分間12問出題され、8問以下の正解でスピン後、岡村隆史扮する担任が待つ教室に直結と言う演出がなされた。また重盛さと美、ダレノガレ明美、藤田ニコルは3人同時に回転している。なお冒頭で田宮時代の本家オープニング音楽が使われた。その後、セットを流用したコーナー「クイズ自分ショック」では挑戦者となる芸人が約1分間の間に自分に関する問題10問を全問正解すると100万円獲得となるが、10問目では暴露的な問題を出されることになる。全問正解しなければ椅子が回転させられる。
ラジオ番組内での1コーナー
- 三菱ふそう全国縦断・榎さんのおはようさん〜!(TBSラジオ):週2回、「スピードクイズ」というコーナーがあった。タイムショック形式のクイズで正解数に応じて賞金がもらえるが、判定がかなり甘く、答えられないと司会者がどんどんヒントを出していき、最後には答えをそのまま言ってその通り言わせるようなこともあった。
- 中島浩二アワー・THE3P(KBCラジオ<福岡地区のみ放送>):「クイズ・おのぼりさん」電話で参加する対戦クイズで賞金5000円を獲得すると、「クイズ・おのぼりショック」に挑戦する。1分間10問(1問につき6秒)のタイムショック形式のクイズで、全問正解すると4人そろって東京ディズニーランド旅行と副賞の賞金1万円がプレゼントされた[53]。
- さくらいさんとやまうちくん(HBCラジオ<北海道地区のみ放送>):休日限定で「クイズ!ポテトショック」と題したコーナーがあった。タイムショック形式のクイズに挑戦し、その後、パーティーゲームの「ポテトショック」で間違えた問題数のみポテトが引かれる。はずれ2本を引かずクリアーすると賞金9999円を獲得できた。
- カーナビラジオ午後一番!(HBCラジオ<北海道地区のみ放送>):「カーナビタイムショック」一般リスナーが解答者として参加、タイムショック形式のクイズに10問挑戦する。1問当たりの時間は5秒以上ある。賞金は1問正解ごとに1000円、10問全問正解で20000円獲得できる。
放映ネット局
クイズタイムショック(田宮・山口時代 1969年1月 - 1986年3月)
放送開始当初は日本の民放にはまだオープンネット局状態が色濃く残っており、テレビ朝日系列局が少なかったこともあって系列を超えて、また当時は1・2局しかない地域でも、同時ネットされることが多かった。中には、時折所属系列の19時台後半の番組が19時から拡大して放送されたときでも、通常通り本番組をネットして19時半から飛び乗る現象もみられた。TBS系の場合、1975年4月から1984年9月まで木曜19時台がローカル枠であったことも大きかった。
- 系列は放送終了当時(打ち切り時はネット打ち切り時)のもの。
放送対象地域 | 放送局 | 系列 | ネット形態 | 備考 |
---|---|---|---|---|
関東広域圏 | テレビ朝日 | テレビ朝日系列 | 制作局 | 1977年3月までNETテレビ |
北海道 | 北海道テレビ | 同時ネット | ||
青森県 | 青森テレビ | NETテレビ系列 TBS系列 |
1975年3月まで | |
青森放送 | 日本テレビ系列 テレビ朝日系列 |
遅れネット | 1975年4月から[54] | |
岩手県 | テレビ岩手 | 同時ネット | ||
岩手放送 | TBS系列 | 遅れネット | 現:IBC岩手放送[55] | |
宮城県 | 仙台放送 | フジテレビ系列 日本テレビ系列 |
同時ネット | 1969年3月まで |
東北放送 | TBS系列 | 1969年4月から1970年9月まで | ||
宮城テレビ | 日本テレビ系列 NETテレビ系列 |
1970年10月開局から1975年9月まで | ||
東日本放送 | テレビ朝日系列 | 1975年10月開局から | ||
秋田県 | 秋田放送 | 日本テレビ系列 | 遅れネット | 1975年4月から1984年3月まで[56] |
秋田テレビ | フジテレビ系列 テレビ朝日系列 |
同時ネット | 1984年4月から | |
山形県 | 山形テレビ | 1980年3月まで | ||
山形放送 | 日本テレビ系列 テレビ朝日系列 |
遅れネット | 1980年4月から[54] | |
福島県 | 福島中央テレビ | 同時ネット | 1970年4月開局[57]から1981年9月まで | |
福島放送 | テレビ朝日系列 | 1981年10月開局から | ||
山梨県 | 山梨放送 | 日本テレビ系列 | 遅れネット | 1974年3月30日から1986年4月12日まで[58] |
新潟県 | 新潟総合テレビ | フジテレビ系列 テレビ朝日系列 |
同時ネット | 1969年4月から1983年9月まで |
新潟テレビ21 | テレビ朝日系列 | 1983年10月開局から | ||
長野県 | 長野放送 | フジテレビ系列 | 遅れネット | 1973年10月5日から1980年8月29日まで[59][60] |
テレビ信州 | テレビ朝日系列 日本テレビ系列 |
1980年10月5日から、1983年9月25日打ち切り[61][62] | ||
静岡県 | 静岡けんみんテレビ | テレビ朝日系列 | 同時ネット | 現:静岡朝日テレビ、1978年7月から |
富山県 | 北日本放送 | 日本テレビ系列 | 遅れネット | |
石川県 | 北陸放送 | TBS系列 | ||
福井県 | 福井放送 | 日本テレビ系列 | ||
中京広域圏 | 名古屋テレビ | テレビ朝日系列 | 同時ネット | |
近畿広域圏 | 毎日放送 | NETテレビ系列 | 1975年3月まで | |
朝日放送 | テレビ朝日系列 | 現:朝日放送テレビ 1975年4月から、腸捻転解消に伴う移行 | ||
鳥取県・島根県 | 日本海テレビ | 日本テレビ系列 テレビ朝日系列 |
遅れネット | [54] |
岡山県 | テレビ岡山 | フジテレビ系列 NETテレビ系列 |
1969年4月開局から、1974年ごろ打ち切り[63] 現:岡山放送、当時の放送エリアは岡山県のみ | |
広島県 | 中国放送 | TBS系列 | 同時ネット | 1971年3月まで |
広島ホームテレビ | テレビ朝日系列 | 1971年4月から[64] | ||
山口県 | テレビ山口 | TBS系列 フジテレビ系列 テレビ朝日系列 |
1978年9月まで | |
山口放送 | 日本テレビ系列 テレビ朝日系列 |
遅れネット | 1978年10月から[54] | |
徳島県 | 四国放送 | 日本テレビ系列 | 1984年4月から[54] | |
香川県・岡山県 | 瀬戸内海放送 | テレビ朝日系列 | 同時ネット | 1979年3月までの放送エリアは香川県のみ 1979年4月の電波相互乗り入れに伴い岡山県にもエリア拡大 |
愛媛県 | 愛媛放送 | フジテレビ系列 | 現:テレビ愛媛、1969年12月開局から | |
高知県 | 高知放送 | 日本テレビ系列 | 遅れネット | |
福岡県 | 九州朝日放送 | テレビ朝日系列 | 同時ネット | |
長崎県 | 長崎放送 | TBS系列 | 遅れネット | [65] |
熊本県 | テレビ熊本 | フジテレビ系列 テレビ朝日系列 |
||
大分県 | テレビ大分 | フジテレビ系列 日本テレビ系列 テレビ朝日系列 |
同時ネット | |
宮崎県 | テレビ宮崎 | [66] | ||
鹿児島県 | 鹿児島テレビ | 1982年9月まで | ||
鹿児島放送 | テレビ朝日系列 | 1982年10月開局から | ||
沖縄県 | 沖縄テレビ | フジテレビ系列 | 遅れネット | 1974年4月から9月まで[67] |
なお、この元祖のみオープニングではネット局の紹介テロップが流されていた(田宮時代初期 - 山口時代末期まで、番販ネット局を除く、同時ネット局のみ表示された)。また、静岡けんみんテレビ(現:静岡朝日テレビ)は1978年7月1日の開局以降、同時ネットであったにもかかわらず、マイナーチェンジした同年10月5日放送分までネット局の紹介テロップにて表記されなかった。[68]
クイズタイムショック(生島時代 1989年10月 - 1990年3月)
- 系列は放送当時のもの。
放送対象地域 | 放送局 | 系列 | ネット形態 | 備考 |
---|---|---|---|---|
関東広域圏 | テレビ朝日 | テレビ朝日系列 | 制作局 | |
北海道 | 北海道テレビ | 同時ネット | ||
宮城県 | 東日本放送 | |||
福島県 | 福島放送 | |||
新潟県 | 新潟テレビ21 | |||
長野県 | テレビ信州 | テレビ朝日系列 日本テレビ系列 |
||
静岡県 | 静岡けんみんテレビ | テレビ朝日系列 | 現:静岡朝日テレビ | |
石川県 | 石川テレビ | フジテレビ系列 | 遅れネット | [69] |
中京広域圏 | 名古屋テレビ | テレビ朝日系列 | 同時ネット | 現:メ〜テレ |
近畿広域圏 | 朝日放送 | 現:朝日放送テレビ | ||
広島県 | 広島ホームテレビ | |||
香川県・岡山県 | 瀬戸内海放送 | |||
福岡県 | 九州朝日放送 | |||
熊本県 | 熊本朝日放送 | |||
鹿児島県 | 鹿児島放送 |
タイムショック21/タイムショック/新タイムショック/超タイムショック(鹿賀・中山&新山時代)→ ザ・タイムショック(中山&大下時代)
●はスペシャル版ネット局。
放送対象地域 | 放送局 | 系列 | レギュラー時代のネット形態 | 備考 |
---|---|---|---|---|
関東広域圏 | テレビ朝日 | テレビ朝日系列 | 制作局 | ● |
北海道 | 北海道テレビ[70] | 同時ネット | ||
青森県 | 青森朝日放送 | |||
岩手県 | 岩手朝日テレビ | |||
宮城県 | 東日本放送 | |||
秋田県 | 秋田朝日放送 | |||
山形県 | 山形テレビ | |||
福島県 | 福島放送 | |||
新潟県 | 新潟テレビ21 | |||
長野県 | 長野朝日放送 | |||
静岡県 | 静岡朝日テレビ | |||
富山県 | チューリップテレビ | TBS系列 | 遅れネット | |
石川県 | 北陸朝日放送 | テレビ朝日系列 | 同時ネット | ● |
福井県 | 福井放送 | 日本テレビ系列 テレビ朝日系列 |
遅れネット | |
中京広域圏 | メ〜テレ | テレビ朝日系列 | 同時ネット | ● |
近畿広域圏 | 朝日放送テレビ | |||
島根県・鳥取県 | 山陰中央テレビ | フジテレビ系列 | 遅れネット | [71][72] |
広島県 | 広島ホームテレビ | テレビ朝日系列 | 同時ネット | ● |
山口県 | 山口朝日放送 | |||
香川県・岡山県 | 瀬戸内海放送 | |||
愛媛県 | 愛媛朝日テレビ | |||
高知県 | 高知放送 | 日本テレビ系列 | 遅れネット | [73] |
福岡県 | 九州朝日放送 | テレビ朝日系列 | 同時ネット | ● |
長崎県 | 長崎文化放送 | |||
熊本県 | 熊本朝日放送 | |||
大分県 | 大分朝日放送 | |||
宮崎県 | テレビ宮崎 | フジテレビ系列 日本テレビ系列 テレビ朝日系列 |
遅れネット | |
鹿児島県 | 鹿児島放送 | テレビ朝日系列 | 同時ネット | ● |
沖縄県 | 琉球朝日放送 |
山形県では生島時代を除けばYTS→YBC→YTSとタイムショックシリーズは放送された事になる。
スタッフ
クイズタイムショック(1969年1月 - 1986年3月)
- 構成:多村映美(一時期「田村映美」と表記されることもあった)
- 問題作成:企画集団Q(構成担当の多村映美が主宰で『クイズ・チャンス・チャンス』や『象印クイズ ヒントでピント』などの同局におけるクイズ番組の問題作成も担当)
- プロデューサー:杉崎充男、森尚武(企画兼プロデューサー、第1回〜不明)[74]、後藤武彦[75]、小松伸二、松村春彦、下川靖夫、大村正二、北村英一、浅見文吉(末期)、三倉文宏(最末期(末期にはディレクターを担当))ほか
- ディレクター:阿部幸雄、神田光之、武田伸彦ほか
- 田宮時代-山口時代(初期)にはエンディングテロップにおいて、ディレクター・プロデューサーともに「担当」と表記されていた。
クイズタイムショック(1989年10月 - 1990年3月)
- 構成:関秀章
- クイズ作成:グループO.T.O.、高橋一夫、伊藤忠司、岩崎元哉、清水正人
- クイズチェック・リサーチ:菊池一隆彌、五藤百合子、高橋昌道、藤原みち枝
- ディレクター:佐藤彰、平城隆司、河口勇治
- プロデューサー:大村正二
タイムショック21/タイムショック/新タイムショック/超タイムショック/ザ・タイムショック
2018年4月現在
- ナレーション:バッキー木場
- 出題:日暮哲也(2017年3月〜)、柳沢真由美(超タイムショックまではナレーション)
- 構成:中野俊成、竹村武司、水野圭祐
- 問題監修:仲野隆也
- 問題作成(2017年3月〜):豊田治、横山稔、滝口佳世
- TM:福元昭彦(テレビ朝日)
- 美術:山本和記
- モニター:下園拓也(下園→2017年9月〜)、野口一馬
- CGデザイン(2017年3月〜):小林宏嗣、野沢栄二
- RCG:加藤喬、菅野夏木、岸本淳平(菅野・岸本→2017年3月〜)
- 編集:森川隆孝(2017年9月〜)
- MA:宝月健(2017年9月〜)
- 音効:有坂香、中村充
- 技術協力:テイクシステムズ、共立ライティング、IMAGICA、ロッコウ・プロモーション、日放、TSP
- 美術協力:テレビ朝日クリエイト、テルミック
- 編成:瀧川恵・高崎壮太(テレビ朝日、2人共→2017年9月〜)
- 宣伝:西田沙希(テレビ朝日、2017年9月〜)
- TK:多田羅英子
- 衣裳協力:ORIHICA
- リサーチ:伊藤匡、小野塚尚子
- AP:三ツ木景、濱川祐美(濱川→2017年9月〜)
- デスク:小林裕美子(テレビ朝日、2017年3月〜)
- フロアーディレクター:堀脇慎志郎
- ディレクター:小松隼人•、魚地しげる、三浦信一、山泉貴弘•、冨山莉己•、中間拓郎•、柳瀬寿明〇、井筒栄志•、四方田翔平〇(•のつく者→2017年3月〜、〇のつく者→2017年9月〜)
- 演出:郷力大也(テレビ朝日、2017年3月〜)
- プロデューサー:髙橋正輝(テレビ朝日、以前は編成、2017年3月〜)
- ゼネラルプロデューサー:畔柳吉彦(テレビ朝日、2014年秋以降、2007年秋から2009年春までCP、2009年秋から2014年春までP、以前は総合演出担当)
- 制作協力:ZOOM ENTERPRISE、ウインズウイン
- 制作著作:テレビ朝日
過去
- 企画:上松道夫、渡邊健一、テレビ朝日クイズプロジェクト、武居康仁(『タイムショック21』末期より)
- 構成:右近亨、安達元一、中村結美、相澤昇、湊星子、石田雄二郎
- クイズ作家:相川幸男、佐藤允彦、工藤幸、中丸智司、米川榮一、青井曽良、内海邦一、柴田健太郎、森龍介、田中健一、横山龍太、長戸勇人、穂坂知宏、晨原大輔
- ナレーション:下平さやか・市川寛子(テレビ朝日アナウンサー)、今村卓博、飯塚昭三、田中良典、他
- TM:大島秀一(テレビ朝日)
- 美術:中塚宏(テレビ朝日)
- モニター:鈴木久
- CG:グレートインターナショナル
- RCG:占部三四郎、羽田野英治
- 編集:鈴木教文
- MA:津田秀樹
- テーマ曲:安久雄滋
- 技術協力:アーツポート企画
- リサーチ:喜多あおい、羽田正樹(羽田→2017年3月)
- デスク:原利加子(テレビ朝日)
- AP:志波佳代子(テレビ朝日)
- 演出:須藤勝
- ディレクター:本井健吾・倉島章二・増田哲英(テレビ朝日)、植竹克之、松岡浩、藤本創、伊東伸一郎、小峰智、古武直城、山崎敏光、内田雅行、石田夏樹、馬場良仁、長谷川光生、伊藤雄太、大西慶樹、竹前光昭、進藤貴行、坂井宏爾、安納隆仁、本田秀次、中根拓也、石武士、黒田源治、中沖貴広、鈴木恵介、岡村勝久、藤井雅彦、高橋寛之、岡本光弘、奥田隆英(奥田→以前は演出►一時離脱)、白根伸一、石本靖二郎、山口肇、高野徹、熊澤美麗、齋藤拓弘、鈴木剛(熊澤以降→2017年3月)
- フロアーディレクター:米嶋悟志、羽根田梅子、長岡均
- 編成:吉見尚子・森大貴・寿崎和臣・吉村周・池田佐和子・西岡佐知子・大沢解都・須藤なぎさ(テレビ朝日、大沢以降→2017年3月)
- 宣伝:三本真一・西山隆一・佐々木智世(テレビ朝日、佐々木→2017年3月)
- 制作進行:奥村彰浩(テレビ朝日)、竹山知子
- プロデューサー:杉村全陽・小林正(テレビ朝日)、黒木明紀(ノンプロダクション)、上條昌樹(トップシーン)、三浦雅登・太田兼仁(ビー・ブレーン)、三枝英治・神成欣哉(神成→2017年3月のみ)(ZOOM ENTERPRISE)
- チーフプロデューサー:山本隆司(テレビ朝日)、青山幸光(テレビ朝日、以前はエグゼクティブプロデューサー)
- ゼネラルプロデューサー:藤井智久(テレビ朝日、2009年秋から2014年春まで)
- 制作協力:ノンプロダクション、トップシーン、ビー・ブレーン
制作・著作
- テレビ朝日(1977年3月まではNET)
関連グッズ
書籍
- 五秒間クイズ : タイムショック 頭の回転が素早くなる本! (日本文芸社/多村映美編)-1970年に発売。現在は絶版。
- クイズタイムショック 1 - 4(テレビ朝日出版部/多村映美編) - 1977年に第1巻発売。田宮・山口時代に発刊。現在は絶版。
レコード・CD
- クイズタイムショック RECORD GAME(発売元・ワーナーパイオニア)
- 1978年2月リリース。初代司会者・田宮二郎の語りと矢島正明の問い読みの構成。
- (入門コース10ゲーム・中級コース6ゲーム・上級コース4ゲーム・プロフェッショナルコース16ゲーム(映画・演劇、社会・歴史、スポーツ、芸能・音楽各々4ゲームずつ)・エキスパートコース4ゲームの合計40ゲーム+解答用紙を収録。
- (表ジャケット)5週勝ち抜きチャンピオン(天井から紙吹雪と風船が降っている瞬間)をお迎えする田宮・丹羽・タイムガールズと、ストップウォッチを構える田宮の2枚。田宮がチャンピオンと握手し、丹羽が5週勝ち抜き記念のトロフィー、タイムガールズの左側の人が海外旅行の目録、同じく右側の人が花束を持ってそれぞれチャンピオンに手渡そうとしている。
- (裏ジャケット)5週勝ち抜き達成者の周りに、番組のセッティングをするスタッフ。
- オリジナル版 懐かしのTV番組テーマ大全集(CBSソニー)
- 田宮時代のオープニングテーマ(作曲:山下毅雄)が収録されている。
- 冒頭の矢島正明の口上は、「親子連れ、花柄シャツにジーンズはいて、赤いヘアーに色グラス、どっちが親だー!!」というものだった。これは田宮最終出演分(第504回)だと推憶される(田宮時代なので、観客の笑いは無い)。
- 早すぎた奇才・山下毅雄の全貌〜ドラマ編〜(日本クラウン)
- 田宮時代のオープニングテーマ、山口時代のエンディングテーマ(共に作曲:山下毅雄)が収録されている。
- ブロードキャスト・トラックス テレビ朝日編(ユニバーサルミュージック)
- 田宮時代のオープニングテーマとエンディングテーマ(作曲:山下毅雄)が収録されている。
パチンコ
- タイムショック
- 1990年、遊技機メーカー、三共から発売された権利物。
- 開発コンセプトは、この番組が、モチーフ。
- CRAクイズタイムショック
- 2009年9月にエース電研から発売された。
- 大当たり確率が甘めのスペック(1/99.25)で、モチーフは田宮時代。田宮二郎を模したキャラクター「ジロー・タミヤ」を中心に液晶演出が展開される。また矢島正明も、出題やナレーションで参加している。
- 大当たり時の写真が田宮時代の写真が使用され(オープニングの写真も(第504回目の時の)使用)田宮が「現代は時間との戦いです」のセリフを言う映像も流れている。リーチも「タイムショックリーチ」「オープニングリーチ」等と多彩になっている。リーチ突入時に田宮時代のオープニングキャッチフレーズ「現代は時間との戦いです!」と言う際にストップウオッチを右手に持ちながらの映像が流れば激アツとなる。
- タイトルロゴは、初代の並びと同じであるが、書体は『タイムショック21』以降の書体をアレンジしたもので、ロゴの上に横長い丸囲みで「クイズ」、その下に「タイムショック」と書かれたものになっている。
ゲーム
- LSIクイズタイムショック
- 1970年代後半にトイボックスから発売。それまで「クイズマシン∞(無限大)」という商品として販売していたものをテレビ朝日のライセンスを受けたうえで再パッケージしたもの。添付の問題集を見ながら進行してゆく関係上、解答のために与えられた時間は1問当たり10秒であり、問題数は1セット10問である。なお、パッケージに「アダルトゲーム」という表記があるが、これは大人でも十分に楽しめるゲームであることを意味する。
パロディ
- 1983年ごろ放送のフジテレビ『オレたちひょうきん族』の「タケちゃんマン・クイズ番組の巻」でビートたけしがタイムショックのクイズに挑戦するストーリーがあった。結局3問以下の正解で椅子が回るどころか椅子がロケットのように飛んでしまうオチになった。
- さらに1987年頃に放送のフジテレビ『火曜ワイドスペシャル・タケちゃんの思わず笑ってしまいました』で、同番組司会のビートたけし扮する鬼瓦権造が、タイムショックのクイズに挑戦するパロディーコントがあった。これにも本家の矢島が出題ナレーターとして登場している。一問目は鬼瓦がスタッフから手渡されたカンニングペーパーを使ってクイズに解答するが、最初の問題の答えで書かれてあった「カンニング」をペーパーの名前と勘違いしてしまい、以後最後の問題まで本来の問題の答えより1問ずつずれて答えてしまい全問不正解になるというものであった。(ちなみに最後の問題で鬼瓦が答えたのは「(答える)順番間違えないでね。」という断り書きだった。)二問目は矢島が一分近くにわたって長々と問題の前振りを説明するというものであった。
- 1991年頃のフジテレビ『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』の「ふぞろいの林檎たちに愛をこめて・ふぞろいのクイズ番組に愛をこめて」でもタイムショックのクイズに挑戦するストーリーが登場し、内村光良が仲手川良雄と本田修一を2役扮して仲手川が司会者席、本田が回答者席に座ったが本田が全問不正解で椅子が回った。その時の椅子の回転スピードが低速だった。出題は本家の矢島ではなく境鶴丸が担当していた。
- 2006年9月24日にTBS系で放送された『DOORS 2006』において行われたアトラクションの一つ「クイズdeええじゃないか」という、富士急ハイランドの設備の一つ「ええじゃないか」というジェットコースターを借りて実施し、1人ずつ挑戦しタイムショックの要領で1問当たり15秒、全5問クイズに答えるというものだった。
- 2015年10月12日にテレビ朝日系列で放送された『しくじり先生 俺みたいになるな!!』3時間スペシャルで、本番組の5代目MCである新山千春が先生として登場し、自分のブログが主婦層に嫌われるポイントを「クイズチハルショック」としてタイムショック形式で出題。時間・正解ランプCGやBGM、トルネードスピンの表示は全部本番組の物を使用した(タイトルロゴは初代の物を改造して使用)。
脚注
- ↑ ただし生島時代は常に、鹿賀・中山&新山時代以降は『12アンサーズ』など一部の特殊形式の際に不正解のブザーが鳴る
- ↑ 生島時代では出題されなかったが、田宮・山口・鹿賀・中山&新山時代では頻発されている。2009年1月放送分の敗者復活戦では、「再び 今何問目」として1回に2問出題されたことがあった。
- ↑ 当時の番組ホームページ
- ↑ 読売新聞・朝刊1969年5月23日付27面「クイズ作り・あの手この手」より
- ↑ 「この10年」(1978年11月発行、北海道テレビ放送刊)より
- ↑ 「テレビ・メイト」(1975年6月号、NETテレビ広報部発行、20.21ページ)
- ↑ 使われている書体はナール
- ↑ 山口司会時代後半ではボタンを押す場面が時々放送された
- ↑ ボタンの形状は卓上ビデオゲームの操作盤のような形で、残っている問題ボタンが点灯、終了した問題番号は消灯する仕組みであった
- ↑ 「テレビ・メイト」(1975年6月号、NETテレビ広報部発行、20.21ページ)および「この10年」(1978年11月発行、北海道テレビ放送刊)より
- ↑ 山口が番号ボタンを押すと文字が消灯、同時にラインが両端から順番に緑から赤に変化し、山口の「タイム・ショック!」コールに合わせ消灯していた文字が再び赤く点灯する
- ↑ 読売新聞・朝刊1969年5月23日付27面「クイズ作り・あの手この手」より
- ↑ 第2回(2017年9月)放送分で判明。
- ↑ この時用いられた7セグ数字は全て"8"ではなく"1088000"と最低限の金額表示ができるような形となっていた(十万の位が0なのは、賞金に10万円、15万円の"1"か100万円の"0"しかないため)
- ↑ 「6」の表示は小文字の"b"のような表示
- ↑ 特に役割は無く常時発光している
- ↑ ただしこれらのシステムを使用しない回は撤去されている
- ↑ 「チャレンジの軌跡 : new air, on air」(2010年、テレビ朝日社史編纂委員会編)より
- ↑ 『アサヒグラフ』(1969年2月28日号)
- ↑ 山口時代の『落語家特集』回では出囃子が演奏された
- ↑ 読売新聞・朝刊1969年5月23日付27面「クイズ作り・あの手この手」より
- ↑ 公式に名前があるペナルティはこのトルネードスピンだけである。
- ↑ ただし、回転機構の不具合により従来のような水平方向の回転のみになった事がある
- ↑ 妊娠中の女性など身体に影響がある場合は椅子の回転は行わない
- ↑ ただし、該当解答者の敗退を以って全体の優勝者が決定した場合、演出の都合上ペナルティは行わない。
- ↑ 山口時代最末期はパーフェクト達成者も対象
- ↑ 挑戦は最初にチャンピオン、その次にチャレンジャーの順に行う
- ↑ 両者同じ正解数の場合先週までのチャンピオンが勝利した扱い
- ↑ 山口時代最末期ではパーフェクト達成者もトップチャレンジャーとなる為、チャンピオン戦ではパーフェクトを目指しチャンピオンのみが挑戦する形となる
- ↑ 800回記念回より
- ↑ そのため出場者は風呂敷や大きなバッグを持参するように言われたという
- ↑ 芸能人大会では5-8チームによる2ポイント先取の対決
- ↑ 第2期初回のみ積立金持ち帰りか『ビジュアルタイムショック』からのやり直しかを選択
- ↑ この第3期を最後にビジュアルタイムショックは廃止となるが、問題映像が『クイズ!バーチャQ』に流用された
- ↑ 問題番号は1-6、後に1-10で全てレギュラー問題
- ↑ チャンピオンが複数の場合、その分ペーパーテストの通過者が減る仕組み
- ↑ チャンピオンが複数の場合は勝ち抜き数の少ない順
- ↑ 最終回に限り満たなかった場合即トルネードスピンとなった
- ↑ 3問正解で100万円、以後1問ごとに200万→400万→1000万円と続く
- ↑ 2006年3月放送「バトルロイヤル10」
- ↑ 2006年9月放送「バトルロイヤル11」平成元年問題
- ↑ 全員が全問正解で最高25万円
- ↑ トーナメント1回戦では『映像レギュラー問題』『12アンサーズ』が、2回戦では『漢字書き取り』が選ばれた
- ↑ 挑戦の都合上6名ずつに分けて行い、編集で同時としている
- ↑ 第2回までは各グループトップ3名でさらにレギュラー問題を1セット行い、正解数が最も多かった1名が決勝ラウンド復活
- ↑ ただし残っているジャンルに関しては適時司会者が説明するほか、司会者席には何番がどのジャンルかを示すモニターが存在した
- ↑ 田宮時代、山口時代中期までの肩書きは「コンピューター」
- ↑ 解答時の環境が通常と同時タイムショックでは違うため区別。
- ↑ なおこの回では当時12歳だった津軽三味線奏者・上妻宏光も出場。彼がお客様として出演した「徹子の部屋」(2002年11月13日放送分)にてその回の映像が放送された。
- ↑ 「マツコ&有吉の怒り新党」(2017年2月16日放送分)での「記憶調査委員会」にて一般視聴者から「クイズタイムショックの最終回で大泉滉さんが全問不正解だったような記憶があるんですがどうなんでしょうか?」と言った旨の疑問が寄せられ、それに答える形で大泉滉が挑戦して椅子が回るまでのこの回の映像が放送された。
- ↑ 挑戦者の中には、かつて田宮時代にパーフェクトを達成した者がいた。
- ↑ 例えば、北川宣浩は第2回ウルトラクイズの優勝者であり、道蔦岳史も第5回で上位進出している。また、生島時代に第15回優勝者・能勢一幸とともに出場した彼の一橋大学の後輩も第12回で上位進出した男性で、生島時代には第11、12、13回の上位入賞者が多数出場した(内訳は第11回が決勝に進出した1名、第12回が前述の能勢の後輩も含め4名(最上位は第8回でも上位進出した準決勝進出者。また、このうち女性1名が後にタイムショック21にも出場している)、第13回が準決勝に進出した2名でそのうちの一人は現在実業家である秋利美記雄)。この他、タイムショックには出場していないが近年のタイムショックのクイズ作家長戸勇人は第13回の、田中健一は第16回の優勝者である。
- ↑ KBCはクイズタイムショックをネットしていた。
- ↑ 54.0 54.1 54.2 54.3 54.4 1985年9月まで同時ネット。10月以降は5日遅れの火曜19:00からの放送。
- ↑ 放送開始当初はテレビ岩手ではなく同局で金曜17:30からのVTRネット。途中でテレビ岩手に移行。その後ANN系列脱退によりまた同局に再移行でVTRネット。1982年9月まで放送
- ↑ 放送開始当初は同時ネット。
- ↑ 1970年2-3月のテスト放送時も放送。
- ↑ 14日遅れの土曜22:00からの放送。
- ↑ 1973年10月5日、1980年8月29日 信濃毎日新聞 テレビ欄
- ↑ 1日遅れの金曜19:00からの放送。
- ↑ 1980年10月5日、1983年9月25日 信濃毎日新聞 テレビ欄
- ↑ 3日遅れの日曜18:00からの放送。
- ↑ 初期は同時ネット。
- ↑ ただし、1975年10月の4局化まで、広島ホームテレビの編成の都合により一時的に中国放送に放映権を委譲した場合もあり。
- ↑ 1975年4月から1984年9月までは同時ネット。
- ↑ 1975年3月ごろは月曜19:00からの時差ネット。
- ↑ 2日遅れの土曜12:00からの放送。
- ↑ 1978年8月31日時点で20局、1984年時点で27局、最終回時点で27局と表示された
- ↑ 1989年11月~1990年3月、土曜10:00~10:30、1990年3月のみ土曜16:00~16:30に放送。2回分の未放映があると思われる。北國新聞参照。
- ↑ 2013年9月3日放送分の超タイムショック(野球中継のため未放送)は9月7日に時差放送
- ↑ 超タイムショックは山陰放送で放送されたことがある。
- ↑ ザ・タイムショック2018年春は2018年5月12日12:00 - 14:55に放送。
- ↑ 「ザ・タイムショック2017年春」は2017年8月19日14:00 - 16:55に放送。
- ↑ 読売新聞・朝刊1969年5月23日付27面「クイズ作り・あの手この手」参照。
- ↑ 「週刊平凡」1969年32号、46ページ「なぜ、タレントはクイズ番組に強いのか?」参照。
関連項目
- アップダウンクイズ - 1975年3月のネットチェンジまで同じくANN系局で放送。
- パネルクイズ アタック25 - 1975年4月から同じくANN系局で放送。テーマ曲は第1期と同じ山下毅雄による。
- 三枝の国盗りゲーム - 1979年4月から直後に放送。番組終了は第1期終了の1週間前。
- オールスター番組対抗ボウリング大会 - 1980年代に放送されたテレビ朝日系番組対抗特番で、『クイズタイムショック』のメンバーも参加していた。
- クイズ!バーチャQ - 「タイムショック21」時代のビジュアルタイムショックの問題形式が使用されたクイズが存在した。
外部リンク
- テレビ朝日|ザ・タイムショック(番組公式ページ)
- エース電研|CRAクイズタイムショック(公式ページ)
NET→テレビ朝日系列 木曜19時台前半枠 | ||
---|---|---|
前番組 | 番組名 | 次番組 |
クイズタイムショック
(田宮版・山口版) |
鶴ちゃんのおもいっきりポコポコ
(ローカルセールス枠) |
|
テレビ朝日系列 水曜19時台前半枠 | ||
クイズタイムショック
(生島版) |
水曜スーパーキャスト
(19:00 - 20:54) |
|
テレビ朝日 月曜20時台 | ||
タイムショック21
|