ボーイング747
ボーイング747
ボーイング747(Boeing 747)は、アメリカのボーイング社が開発・製造する大型旅客機のシリーズ。ジャンボジェット(Jumbo Jet)の愛称で知られる。世界初のワイドボディ機であり、大量輸送によってそれまで一般庶民にとって高嶺の花であった航空旅行、特に国外旅行の大衆化を可能にした画期的な機体であった。基本設計から半世紀が経過した現在においてもなお大型民間航空機の一角を占めており、最新型として747-8型が生産されている。
Contents
概要
1969年2月に初飛行してから、その後多くの改良を重ねながら現在(2016年7月時点)も生産が続けられているロングセラーの航空機で、エアバスA380が初飛行するまでは最大の民間航空機であった[1]。「ジャンボジェット(Jumbo Jet)」の愛称で呼ばれる。この愛称は、19世紀後半にロンドン動物園やバーナム・アンド・ベイリー・サーカスで活躍した有名なアフリカ象、ジャンボの名前に由来する。
当初ボーイング社では「鈍重なイメージがあるこの愛称は最新鋭機にふさわしくない」としてこの愛称を認めず、「スーパーエアバス」としていた。しかし「ジャンボジェット」が一般に受け入れられていることや、1970年代に「エアバス・インダストリー」社がヨーロッパにおいて航空機製造を開始したこともあり、当初愛称に対して否定的だったボーイング社も公式の場で用いることが多い。
アメリカや日本、アラブ首長国連邦など世界各国の政府首脳専用機に採用され、NASAのスペースシャトル輸送機等にも転用されている。なお、2014年1月現在までの航空会社1社による合計発注機数は、日本航空の113機が最多である。
2014年6月28日に製造機数通算1,500機目の747がルフトハンザドイツ航空へ引き渡された(ボーイング747-8、機体番号:D-ABYP)[2]。また747シリーズの引き渡し数通算1,500機目が日本貨物航空に引き渡された(ボーイング747-8F、機体番号:JA17KZ)。
開発の経緯
1960年代の国際航空路線は、1950年代に開発されたボーイング707やダグラス DC-8など、通路を1本持った乗客数150 - 200人の機体(ナローボディ機)が主力であった。パンアメリカン航空や日本航空、エールフランスや英国海外航空などの各国のフラッグ・キャリアを始めとする主要航空会社はこれらの機体を使用して旅客の獲得競争をしていた。
このような状況の下、パンアメリカン航空は、将来航空需要が右肩上がりになると見込み、当時開発が進んでおり1970年代以降の航空運送における主力になると考えられていたボーイング2707やアエロスパシアル・コンコルドなどの超音速旅客機と並ぶ次世代の旅客機として、従来機の2倍以上(350 - 450人)の乗客を乗せる大型機の開発をボーイング社に要求した。
この頃、ボーイング社はアメリカ空軍の次期戦略輸送機計画[3]受注争いでロッキード社に敗れた直後であり、その計画に充てていた技術、人員共に旅客機に転用することでパンアメリカン航空の要求に応えた。計画当初は現在のA380のような総2階建の旅客機という案も存在した。しかしFAAの「事故の際90秒以内に乗客全員が緊急脱出できること」という条件[4]を達成することが出来ないため、2階客室案は断念された[5]。
なおこの大型機は、旅客機として設計されながら、当時の物流の主流であったコンテナを横2列で積めるような胴体直径とし、それらを前方から積み下ろしすることを考慮して、あえて機首部分を2層構造とし、操縦席および乗員収用部をアッパーデッキにおくという特異な形状の機体となった。これは超音速旅客機の就役の際には貨物機に改修することを見越し、米空軍の次期戦略輸送機計画時の原設計をあえてそのまま残したものである[6][7]。
ただ、当時の航空需要から考えるとこの機体サイズはあまりにも大きく、ボーイング社内にも懐疑的な雰囲気はあった。しかし、パンアメリカン航空の名物会長ファン・トリップの強い意志と、上述の通り将来的に需要が増えると予想される貨物機に転用する見込みにより計画が進められることとなった。
パンアメリカン航空が20機を発注したことが発表されると、同社との競争上の脅威にさらされることになる同国のノースウエスト航空、トランス・ワールド航空や、日本航空、英国海外航空など各国の航空会社からの発注が相次いだ。
しかし、当初はエンジンがカタログスペック上の性能を出せず、最高速度や航続距離に不足が生じた。これは運用上深刻な問題で、機体の重量を軽減してエンジン出力の不足をカバーする措置がとられ、設計の再検討を余儀なくされた。その後、水噴射システムを装備することにより離陸重量の引き上げを行うなどエンジンは強化されたものの、軽量化で生じた脆弱性は、ノーズギア付近の補強をはじめ、様々な改修という形で影響しつづけた。
なお、その後旅客機の主力となると期待された超音速旅客機は、技術上やコスト上の観点から、ボーイング2707のように開発が停止されたり、コンコルドのように各航空会社が発注を相次いで取り消し、その後開発される機体も2010年代に至るまで現れなかったことで、航空運送の主役となることはなかった。
技術的特徴
ボーイング747は一度に多くの旅客を運ぶ超大型機であるため、安全確保のためには当時の最新鋭の技術や新機軸が投入された。また超大型機にもかかわらず従来と同じ飛行場で運用できるように設計された。
安全性
経済性を考慮して、フェイルセーフ(fail safe)を全面的に採用している。これは少々の故障では墜落せず、最寄の飛行場まで安全に飛行を維持できるように配慮した設計を施し、一方で完全な飛行機(セーフライフ)を維持整備するための過大な点検と交換のコストを抑えるための方針であり、747の「信頼性整備方式」による経済性を支えた大きな力である。
- 4基エンジン
- 多くの旅客機が2基のエンジンを備えるのに対し、4基のエンジンを備えることはエンジン故障による飛行不能の可能性が極めて低いと言える。3基のエンジンが停止しても1基のエンジンだけで飛行を続けることが可能であり、各エンジンより油圧を取り出すことにより4系統の独立した油圧システムを実現している。
- 慣性航法装置(INS)
- ジャイロにより空間に対する移動方向を求め、加速度を検出し積分することで自機の位置を算出し、目的地まで飛行するための装置。当時、すでに戦略(巡航)ミサイルの誘導に使われていた技術であったが、民間での使用は初めてだった。747は高価な機体だったため、航法装置にコストを掛けても全体のコストへの影響は少ないとして搭載された。万が一の故障に備え、同時に3基のコンピュータに同じ航法計算をさせそれぞれの算出結果を比較し、多数決によって判定するシステムを採用した。ある1基が他と異なる結果を出しつづけた場合は、故障とみなされ多数決から除外される。
- 油圧・電気系統
- 油圧や電気の系統は2重から4重の冗長性を持たせた。但し、日本航空123便墜落事故では油圧配管が上部に集中している機体尾部が破壊されたため、全ての油圧が失われて墜落につながったとされた。この点は設計ミスとして改修を余儀無くされている。
離着陸
それまでの旅客機は、機体が大型化するたびに離着陸に要する滑走距離が伸び、滑走路の延長が必要であった。747は当時の707やDC-8と同じ距離の滑走路で離着陸できるよう設計された。747が離着陸するには最低でも2500m必要で、安全に余裕を持たせるため3000m以上あると望ましい。
- 強力な高揚力装置
- 主翼後縁の3重隙間フラップ(トリプル・スロッテッド・フラップ)をボーイング727に引き続き採用。主翼前縁は内側がクルーガーフラップで、外側が可変キャンバーフラップ。これらの高揚力装置によって離着陸時の速度を下げることができ、巨大な機体の割に従来機と同等の離着陸速度と滑走距離を得た。
- 主翼上面スポイラー
- 着陸直後に主翼上面に大きな板が6枚立つ。これがスポイラーと呼ばれる装置で、主翼が発生する揚力を低下させることで車輪ブレーキの効果を高め、加えて空気抵抗によるブレーキ効果を生み、着陸後の滑走距離を短縮する。
客室
- 2階建て
- 元来貨物機を念頭に、操縦席を上部デッキに配置する形で設計されたこともあり、ジェット旅客機としては初の2階建て客室を持つ機体となった。当初2階はファーストクラス乗客用のラウンジとして設定する航空会社が多かった。例えば日本航空は1978年に、ラウンジを改装して「スカイスリーパー」と銘打った完全なベッドになる席を長距離国際線で提供開始した。ただしファーストクラス運賃に加え追加料金が必要だったため[8]利用が低迷し数年後に廃止された。その後ほとんどの航空会社が客席とギャレーとして使用することとなった。現在は、エコノミークラスでは横6席、ビジネスクラスでは横4席で使用されることが多い。階段は初期の機体は螺旋式階段であったが、後に下部が曲がっているものの概ね直線状階段に改められている。-300/-400型では2階客室部分が延長されたことから、位置を少し後ろに移動させたうえで完全な直線階段となっている。また、階段上部に可動式のパーティションが設けられている。メインデッキと比べて天井が低くなるため、2階客席の収納は、初期型の機体は窓側座席横にのみ確保されていた。その後-300/-400型では初期の機体と比べて天井に余裕が出来たため、窓側座席横とオーバーストウェッジの2箇所に収納が確保されている。また、一部の航空会社では地下の貨物室部分に調理場を設けて3階建てとしているほか、多くの政府専用機が機体前部の貨物室部分から機体へ乗り降りが出来るように機体収納式のタラップ(エアステア)を付けるなどの改造をしている。
- 2本通路(ワイドボディ)
- 機体および客室の幅が最大部で6.1メートルと、従来のボーイング707型機(最大部で3.54メートル)やボーイング727型機などのいわゆる「ナローボディ」機に比べ飛躍的に広がった。ボーイング707型機がエコノミークラスで横6席であったのに対し、747では横9席となり、後には短距離路線専用のSRが横10席を採用したことを機に、中長距離路線においても横10席が標準となった。また、客室の幅が広がったために旅客機として世界で初めて通路が1本から2本となっている。ただし、通路が2本となっているのはメインデッキの部分であり、2階席部分となるアッパーデッキは通路が1本となっている。
- 500席超
- 客室の幅や全長が飛躍的に広がったことを受け、日本国内線専用に開発され、日本航空がローンチカスタマーとなったSR-100型では、最大500席を超える座席数を設けることが可能となり、実際に全日空が500席以上を設定した。後に日本航空のみが導入した-300SR型や-100B/SUD型、日本航空と全日空のみが導入した-400D型では2階客室部分が延長され、約550席程度とさらに多くの客席を設けることが可能となった。
活躍
1970年1月にパンアメリカン航空のニューヨーク-ロンドン線に就航し、日本航空やルフトハンザ航空、トランス・ワールド航空やエールフランスなど、初期に注文を行っていた他社にも次々に納入された。しかし当時多くの航空会社にとっては747は市場規模に対して大きすぎて、座席全てを埋めるほどの乗客は無かった。
そこで各航空会社は「空席多数で飛ばすぐらいなら、少しぐらい運賃を下げても席を埋めたほうが良い」と考え、各種の割引制度を設け集客に励んだ。その結果エコノミークラスの運賃が団体割引により大きく低下し、一般庶民が気軽に国外旅行に行けるようになった。現在では、4分の1以上のシートが埋まれば採算に合うといわれている。
また、長い間747に匹敵する旅客機が無く、さらに将来の本命とされた超音速旅客機も種々の理由で実用化できなかったため、長い間国際路線の花形、航空会社の顔(フラグシップ)として世界の空に君臨してきた。なお、生産機種は1991年以後は改良型の747-400に統合され、それ以前のタイプは、全タイプ合わせて724機で生産終了となった。
長期にわたって、キャパシティ、航続距離で他の追随を許さなかったが、1990年代から技術革新による高性能な新型機体が登場したことにより、キャパシティの面ではボーイング777-300やエアバスA340-600にほぼ並ばれて、航続距離ではボーイング777-200LRやエアバスA340-500などに抜かれている。さらに、2005年1月、エアバスA380がロールアウトしたことにより、唯一世界一を保っていたキャパシティでも追い抜かれた。また、形状やエンジンの問題により、747-100/200/300、そして-400も、エアバスA330やA380、ボーイング777、787と比べると燃費の面ではかなり劣る。
航空会社では機体の更新時期が迫っているのに加え、原油価格の高騰で燃費の良い双発機に切り替えたり、さらにボーイング777や767、エアバスA330などの双発機でもETOPSを取得することで長距離洋上飛行が可能になったことや、各国で空港設備が充実したことなどにより、大型機のフライト数を減らして中小型機で多頻度運航する動きが広がっている[9]。
2000年代には、ボーイング747-400を超える大型機としてエアバスA380が開発されることが発表されたが、ボーイング社は747-400の航続距離を延長した747-400ERの製造を開始し、さらに機体を延長してキャパシティを増大させ、新型の低燃費エンジンなどの最新テクノロジーを利用し経済性をさらに高めた新機種ボーイング747-8の製造を正式に決定した。これにより、収益率の高い大型機市場をみすみす他社に譲り続けることはないと考えられている。
現にボーイング747シリーズの旅客型の受注はかつてに比べて少なくなっており、エアバスA380に押され気味であるが、貨物型の受注はA380が受注を全て失ったのに対しボーイング747-8は好調である。経済性はA380と同等である上に、もともと貨物機構想から生まれたこともあり、民間旅客機ではノーズカーゴドアが設置可能なのは747型機のみという利点もある。
派生型
747には -100型、SR型、SP型、-200B型、-300型、-400型、-400D、-400ER、そして現在製造中の-8型など、多数の派生型が存在する。また、アメリカ軍用にE-4などの派生型が製作された。
乗組員は-300以前の型では機長、副操縦士、航空機関士の3名だが、747-400型、-400D型、-400ER型、-8旅客型は機長、副操縦士の2名である。
また貨物機として-200F型、-400F型、-400ERF型、-400LCF型、-8F型があり、これらの他に旅客型から貨物型に改造された型も存在する。さらに、貨客混合型として-200C型、-200M型、-300M型、-400M型も存在する。
-300以前までの機体は、「747クラシック」と呼ばれ、-400シリーズは「ハイテクジャンボ」や「テクノジャンボ」と大別される。システムが異なるため、乗組員の操縦免許も別扱いとなる。LR(Long Range)型という表現もあるが、SR(Short Range)型に対比するうえでの表現であり、特にLR型という派生型があるわけではない。
747-100型
1970年に就航した747の初期モデル。パンアメリカン航空によって同年1月にニューヨーク―ロンドン線に路線就航し、その後同年中にトランス・ワールド航空やノースウエスト航空、日本航空や英国海外航空、ルフトハンザ航空やエールフランス航空などの各国で路線就航した。
登場時には主にエンジンの出力不足の問題から航続距離等が予定性能に達せず、水噴射システムを装備することにより離陸重量の引き上げを行うなど苦労したが、1970年に入りエンジンを順次パワーアップして充分な航続性能を持つようになった。当時-100A型と区別していたが、当初水噴射システムエンジンを装備していた機材の大半はパワーアップしたエンジンに改修されたため、-100A型も-100型と呼ぶようになり型番が統合された。
日本航空は1970年4月に同型機を就航させ、2006年10月までは-100の発展型747-100B/SUD(アッパーデッキ延長型、機体記号JA8170とJA8176)を運用していた。また、原型ともいえる747-100B(JA8164ほか全3機)も運航していたが、これは2006年初頭までに退役した。-100Bは短距離機として-200Bと並行生産されたもので、世界でも日本航空とサウジアラビア航空しか発注していない。日本航空の-100Bは後述のSRの増備機であった。またこのうちの数機が貨物型に改修された。
アメリカでは、パンアメリカン航空、ノースウエスト航空、トランス・ワールド航空が国際線で、アメリカン航空、コンチネンタル航空、デルタ航空、ユナイテッド航空は当初はアメリカ国内路線での活躍にとどまった。
ユナイテッド航空においては当初同社が国内路線のみを主に就航していたものの、1970年代に導入された航空自由化を受けのちに国際線へも進出していった。その後は自社購入機材と併せて、パンアメリカン航空の太平洋アジア路線を購入した際に譲り受けた機材を、成田経由のアジア路線で飛ばしていた。しかし、1970年代初頭にボーイング747を購入したパンアメリカン航空とノースウエスト航空、トランス・ワールド航空、ユナイテッド航空以外の航空会社は、輸送力過剰であることや使い勝手の悪さなどの理由から双発機や三発機へ置き換えた。
特にデルタ航空の場合は短中距離国内線のアトランタ-ダラス-ロサンゼルス線に運用を限定していたため本領発揮にはほど遠く、そのため、新機材の選択をより慎重を要してロッキード L-1011 トライスターが選ばれた。またイースタン航空は、一時パンアメリカン航空からリースして国内線に使用していたものの、輸送力過剰だったため自社がローンチカスタマーとなったロッキード L-1011 トライスターを受領すると返却している。
アメリカン航空の場合は、大西洋路線へ進出を図りDC-10-30とともに活躍をしたものの、結局は輸送力過剰であった事から1980年代初頭には全機が売却された。日本線乗入れに際しては1987年に後述の747SPを中古で購入し、成田-ダラス・フォートワース線に就航させたものの、燃費が悪いことや機内装備の旧退化から1990年代半ばにはMD-11へ切り替えた。またコンチネンタル航空については吸収した格安航空会社・ピープル・エクスプレスが保有していた747をそのまま獲得し国際線機材として復活させ、ホノルルからの成田路線にも就航させていたが、777-224ERの導入などで全機が売却された。
現在、-100型の多くは中古機として貨物機へ転用されているが、耐空時間切れや老朽化による整備費用の高騰などの理由のために、すでにスクラップされたものも多い。
747-SP 型
パンアメリカン航空のファン・トリップ元会長らによる、東京-ニューヨーク無着陸直行便の就航を目的とした機材の開発依頼に応えて、-100型を大幅に短胴化(約70メートル(230フィート以上)の全長を誇る普通の747シリーズに比べ、本型式では56メートル(185フィート)程度と、およそ20%もカットされている)して重量を低減することにより、航続距離の増大をはかったモデル。
"SP"とは、"Special Performance"の略。他のモデルとシルエットが大きく異なる。短胴化によるモーメントアーム減少への対策から、垂直・水平尾翼とも翼端を各1.5メートルずつ延長している。また他の747と違いフラップはシングルスロッテッドで下翼面のフラップトラックが無い。747-SP 型は重量軽減のために胴体を短縮したが、副次的効果として機体がエリアルールに則した形状となり、巡航速度が向上した。ボーイング社自身もこの予想外の効果に驚き、747のSUD(Stretched Upper Deck : 2階部分延長型)開発へとつながっていった。
1976年にパンアメリカン航空の東京-ニューヨーク無着陸直行便に初就航した。生産機数では747シリーズでもっとも少ない45機。羽田空港にデモフライトとして飛来実績があり、日本国政府専用機の候補としてあがったこともあるが、日本の航空会社からの発注は無かった。 また、機体の小型化のために航続距離が長くなったことを生かし、アラブ首長国連邦やバーレーンなどの政府専用機として使われることも多い。
イラン航空は2011年まで、747-SP 型を日本への定期便で運航していた。
747SR-100型
人口が多いにもかかわらず空港インフラストラクチャーが貧弱なために、主要空港の発着数を増やせないことから、1便当たりの乗客が多い路線が多く、しかも短距離であるために離着陸回数が多い日本市場専用に、-100型をベースとして開発された短距離路線専用モデルである。
ボーイング747型機の最大のカスタマーとなりつつあった、日本航空がローンチカスタマーとなり導入された。SRは「Short Range(短距離)」の略であり、当初はボーイング社により「スーパーエアバス」と称されていた。ローンチカスタマーの日本航空と全日本空輸のみが発注している(全日空では「スーパージャンボ」とも呼ばれていた)。なお、広義のSRには前述の-100Bのうち日本航空が導入した機体を含めることがある。
長くとも3時間程度の日本国内路線専用機材のため、ギャレーや便所などの装備の簡略化と数の削減が行われた上に、座席間隔を詰めており、座席をぎりぎりまで詰め込むことにより、全日本空輸によって、導入当時は民間航空史上最多そして世界初の500席仕様が提供された。また、離着陸回数が増大するのに耐えるため機体構造の一部を強化し、疲労破壊に備えて-200型と同様の降着装置への変更や、ブレーキの改良などを行った。最大離陸重量(主に燃料搭載量)を引き下げ、着陸料を低額に抑えている。全日本空輸が導入の際、-200B型では搭載エンジンが選択可能となっており、CF6-50の推力を落とした-45を選択している。
SR-100が国際線に投入されたケースもあり、日本航空では大阪国際空港(伊丹空港)[10]の大阪-グアム線に間合い運用として使われていた。本来国内線用の機材のため、便所やギャレーが少ないことと、フライトタイムが2時間半程度と短くしかも深夜帯のためにアルコール類の提供サービスが行われなかった。
なお日本航空所属の機体番号JA8119は、日本航空115便しりもち事故後に、ボーイングによる後部圧力隔壁の修理ミスが原因で、1985年(昭和60年)8月12日に、単独機としては航空機事故で世界最悪の死亡者数である「日本航空123便墜落事故」を起こしている。
また全日本空輸では、飛行時間が6時間を超える中・長距離路線である東京(成田)-ホノルル線や東京(成田)-シドニー線、名古屋(小牧)-ホノルル線でもSR-100型を運航していた。これらの路線へ投入すべく一部の機材(機体番号JA8156とJA8157)を国際線仕様機へ改造している。エンジンを-200B型と同じハイパワー型のCF6-50E2にスワップして最大離陸重量を引き上げ(-100型と同じ340トン前後へ変更することが可能で、航続距離が7000 - 8000km程度まで伸びる)、機内設備も国際線仕様へと変更するなど大掛かりな改造を行っている。またこれらの改修以前にも、香港やパースなどへの国際線チャーター便に使用していた。なお、SR引退と前後して、両社とも元々国際線用だった-200B型や-100B型を国内線に投入している。
日本航空では-400D型の導入が開始された1990年代に全機材が引退。また全日本空輸も2006年3月10日の鹿児島発羽田行NH624便をもって(機体番号JA8157)が引退。日本の定期便からSR-100型は消えた。なお、元日本航空機の1機(機体記号N911A)は、NASAのスペースシャトル輸送専用機として運用されていた。これは、元アメリカン航空の747-100改造機に次ぐ2機目の機材であった。
その後、これらの2社で使用されていたSR-100の多くは貨物機へと改造され、エバーグリーン・インターナショナルエアーラインズINCやユナイテッド・パーセル・サービス (UPS) がSR-100貨物機 (SR-100-F) ユーザーとなっている。また、日本貨物航空も全日本空輸から購入したSR-100(機体番号JA8158)をSR-100-Fへ改造し(同時に全日本空輸が機体番号JA8157へ施したのと同じパフォーマンスアップを行っている)、中・短距離路線への投入目的でアジア諸国路線に就航させていたが、2006年1月28日のニューヨーク発アンカレッジ経由成田国際空港行KZ115便をもって退役した。また、UPSについても-400Fの導入を決めているため引退は確実とされている。
747-100B/SUD型
-300型のボディに-100B型のエンジンを搭載したモデルで、日本航空が発注したのみでわずか2機しか生産されていない。この稀有な機体は、外見は-300型と同じだが-100型が搭載していたエンジン(JT9D-7A)やその他システムを-300のボディに流用している。そのため、「-100B/SUD」と言う形式が与えられている。
後にJT9D-7Aエンジンが生産中止になると、-300をベースとした日本国内線専用機「-300SR」が増備されることとなった。この機材も日本航空が発注したのみである。
747-200B型
-100型の機体構造を強化して性能を上げたモデル。747クラシックの標準的な旅客機型の機体である。開発当初は747B型と呼ばれていたが、初期型が-100型に名称が整理された時点で-200B型となった。日本では日本航空と全日空が、アメリカではノースウエスト航空、ユナイテッド航空(ただし自社発注機は2機)、パンアメリカン航空、アメリカウエスト航空(ともに中古機を使用)が使用した。
ヨーロッパなどの-200Bユーザは個性豊かで、航空会社によってエンジンメーカーも異なっていた。エールフランス、ルフトハンザ航空、KLMオランダ航空、アリタリア航空はGE(ゼネラル・エレクトリック)製CF6-50E2を、英国海外航空(後のブリティッシュ・エアウェイズ)はRR(ロールス・ロイス)製RB211-524D4、エア・インディア、イベリア航空、アルゼンチン航空、南アフリカ航空はP&W(プラット・アンド・ホイットニー)製JT9D-7Qを装備した。サウジアラビア航空もRB211-524D4を選択したが、-400以降はCF6-80C2B1Fを選択した。
また、イギリス連邦諸国のキャセイパシフィック航空(香港)、カンタス航空(オーストラリア)、ニュージーランド航空はともにイギリス製のRB211-524D4を選択した。キャセイパシフィック航空、サウジアラビア航空、ブリティッシュ・エアウェイズは同じRB-211エンジンを搭載したロッキードトライスターL-1011型を保有していた関係で整備の都合上とされた。またカンタス航空とニュージーランド航空の場合には路線によりブリティッシュ・エアウェイズの乗務員が運航していたこととロンドン・ヒースロー空港での整備の関係であった。
サウジアラビア航空とニュージーランド航空はその後に-400以降のエンジンをCF6-80C2B1Fへ切り替えた。例外はマレーシア航空の747-236Bの2機で、RB211-524を装備している。もともとはブリティッシュ・エアウェイズ向けとして製造されたものの、キャンセルで一年以上もボーイング社で保管していた。マレーシア航空はこれを格安で購入。初の747としてクアラルンプールから欧州へのフライトに備えていた。日本に寄航したのはそれから10年以上後で、ロサンゼルス線寄港便に使用していたが、現在は貨物専用機へ改造された。
そして日本航空が1983年に導入した3機の-200B型は、より自重の重い-300型に搭載されているJT9D-7R4G2を搭載している。 また追加の燃料タンクを搭載し最大離陸重量を引き上げることによって航続距離を11,000km以上に延長。軽量な-200Bのボディにパワーの大きい-300のエンジンを組み合わせることにより、-SP型並みの性能を得ている。 これにより日本航空は、当時最大のライバルだったパン・アメリカン航空の東京 - ニューヨーク直行路線(パンナムは-100SPを使用していた)へよりキャパシティの大きい-200B型を投入し、巻き返しを図ることに成功した。なおその後、同型の仕様機をノースウエスト航空やユナイテッド航空も導入している。
747-300登場後の1984年 - 1986年には就航中の747-200Bのアッパーデッキを-300同様に延長する改造工事がKLMの10機とUTAフランス航空の2機に施工され、-200B/SUDという型式を得ている。
これらの-200Bは、-400の出現などで-200BSF(貨物改造機)への転用改造やチャーター会社への売却が増えており、たとえばアトラスエアではこれらの中古旅客機を購入して貨物機へ改造することも積極的に進めている。このような中古機は老朽化が進み、耐空時間の面でも余裕が少ないという見方も強いことから、残された寿命もそれほど長くはないとも言われているが、タイのオリエント・タイ航空やプーケット航空などの新興航空会社が、このような中古の747-200Bを積極的に導入しているほか、ヨーロッパ、米国などへのチャーター便を運航する航空会社も導入しているため、今後しばらくは運用が続くとする見方もある。
2005年現在、保管中の747-200Bは、ピナルカウンティ、マラーナ飛行場(アリゾナ州)とラスベガス・マッカラン国際空港(ネバダ州)などで合わせるとおよそ30機ほどある。
747-200F型
1969年にルフトハンザ航空の発注により開発された貨物型の機体で、機首部のコクピット前方にヒンジを持つバイザー式貨物扉を装備し、床面に動力式のローディングシステムを装備し、貨物の搭降載作業を簡略化出来るよう改造されている。バイザー式貨物扉および動力式のローディングシステムは以降の各貨物型へと引き継がれる。なお、日本貨物航空が受領したJA8194号機は747クラシックの最終号機でもある。
一方アメリカではパンアメリカン航空、ノースウエスト航空、フライング・タイガー・ライン(1989年、フェデックスに買収された)がこれを採用してきた。現在ではノースウエスト航空、アトラス航空、ポーラーエアカーゴ、UPS、カリッタ・エアが純貨物機または貨物改造機を飛ばしている。日本では、かつてフライング・タイガーが成田、伊丹の他アメリカ軍横田基地などといったアメリカ軍関連輸送にも従事していたことも有名であった。
アジアでは大韓航空(コリアン・エアカーゴ部門)、中国国際航空、チャイナエアライン、キャセイ・パシフィック航空(ブリティッシュ・エアウェイズからの購入機から始まった)、シンガポール航空(9V-SKQのみであとは全て-400貨物型)、サウジアラビア航空が導入している。
日本では日本航空・日本貨物航空が採用した。当時の日本航空の機材にはパンアメリカン航空からの購入機が2機あり、JA8160とJA8165が該当していた。ただし、両者とも747-400F型への置き換えにより、国外に売却された。
日本航空が運航していたJA8132など、ごくわずかながらサイドカーゴドアを備えていない機体が存在する。
747-200C型
ワールド・エアウェイズが最初に導入した機体で、貨物・旅客または客貨混合輸送も可能としたいわゆるコンバーチブル機である。機首部にはバイザー式貨物扉やサイドカーゴドアも装備している。生産した機体はそれほど多くはなく大抵は貨物専用機で使用しているところが多い。
747-300型
747SPにおける設計変更から副次的にエリアルールの効果を得た経験を受け、-200型の2階部分を後方に延長したモデル。空気抵抗の増加が少ない割りに座席数を大幅に増やせるため、航空会社に広く受け入れられた。一部の航空会社では、-100型や-200型を改造して-300型のような胴体にしたところもある。このような機体は -100/SUD、-200/SUD(Stretched Upper Deck)と呼ばれ、-300とは区別される。
1982年に初号機がロールアウトした後に、スイス航空(現・スイス インターナショナル エアラインズ。ルフトハンザ・ドイツ航空が買収)へ納入された。後にシンガポール航空(「BIGTOP」の愛称が付いたが全機売却済み)、UTA(UTA、現エールフランス)、日本航空、南アフリカ航空、キャセイパシフィック航空、ヴァリグ・ブラジル航空、マレーシア航空、サベナ・ベルギー航空(2001年に倒産)等へ納入された。
エア・インディアが保有している(かつてタイ国際航空とヴァリグ・ブラジル航空も保有していた)747-300型は、B747クラシックとしては最後期に生産された機体ということもあって-400と同様のフェアリングに変更されている。また747クラシックの特徴であった主翼端のHF帯アンテナも無く(-400と同様に垂直尾翼に移設されている)、エンジンも-400と同じGE社のCF6-80C2を搭載しているため、窓等一部違いはあれど外見上は747-400D型と区別が付かない。このエア・インディアの747-300は、かつて成田空港に定期便として就航していた。また、エア・インディアの同型機は貨客混載機(コンビ型)でもある。このコンビ型はシンガポール航空やKLMオランダ航空でも使用されていた。
747-300SR型
1988年にSR-100型の後継機として日本航空に納入された機体。2階席部分の客室が延ばされたために当時としては世界最大の座席数が設定された。この-300SRは世界でも4機しか生産されておらず、導入した航空会社も世界中で日本航空のみである(その後系列会社のJALウェイズも使用している)。
前述の-100B/SUDと併せて「SR-SUD」と呼ばれることもあった。 機体そのものは-300型だが、日本国内での特殊な運航事情に合わせ-SR100型や後継機の-400D型と同じくボディ補強が施されている。そのため、ベースとなった-300型に比べて機体の自重が重い。
エンジンは、ベースとなった-300と同じJT9D-7R4G2エンジンを搭載する。 そのため、国際線仕様機への改造(最大離陸重量の引き上げ、内装の一部改修等)を施せば中・長距離路線へ投入が可能である。
納入直後からSR-100型のより直接的な後継機となる-400Dの納入が開始されたため、-300SR型は全て中長距離路線就航に合わせた改修を受け、日本 - ホノルル線などで活躍し、2009年7月24日の那覇発東京行JL3946便(機体番号JA8183)をもって有償飛行を終え、日本航空から引退した。
747-400型
-300型までの、いわゆる「747クラシック」の後継機として新世代の技術を投入し開発されたモデルで「ハイテクジャンボ」と呼ばれる。航空機関士を要しない2人乗務が可能となった等で在来型から劇的な進化を遂げた型式である。
外観は-300と比べウィングレットくらいしか大きな相違点がないため(-400Dを除く)、-300も導入していた各航空会社では新型機と印象付けるためもあり、日本航空では「スカイクルーザー」、全日空では「テクノジャンボ」、シンガポール航空では「Megatop」などの愛称が付けられた。なお貨物型の2階部分は―100や―200と同様の形となっている。
1989年にノースウェスト航空が運航を開始し、その後日本航空やシンガポール航空、キャセイパシフィック航空やヴァリグ・ブラジル航空など世界各国の航空会社に導入された。
さらにその後貨物型の-400Fや貨客混載型の-400コンビ、航続距離延長型の-400ER、日本国内線専用の-400Dなどが開発され、ボーイング747ファミリーの中では最多の生産数となる633機を記録した。2009年9月をもって、生産終了をした。
747-8型
-400の後継機として787に似た主翼そして同じエンジンを装備し、わずかに胴体を延長した747の最新モデル。現在747で唯一生産されている型式である。旅客型の-8ICと貨物型の-8Fがある。民間航空機部門では世界最長の航空機である。
747としては初めて旅客型より貨物型の受注が先行した型式である。777-300とエアバスA380との中間程度のキャパシティを持つ機体となった。その容量を生かした内装を施されているが、787に装備された旅客型の客室内加湿システムは導入されていない。
生産終了の可能性
2009年に747-8F(フレイター)、2011年に747-8IC(インターコンチネンタル)がロールアウトしたものの、受注の勢いはかつての747在来型そして747-400に比べてなりを潜めていた。フレイターはそれなりに受注があるもののインターコンチネンタルは787そして777等の双発機の受注が主になっていることもあり、発注航空会社は数えるほどとなっていた。そのような状況を踏まえてボーイング社は2016年9月より減産体制に入ることを予定し、新規受注が得られなければ生産終了の可能性を示唆した[11][12]。もし生産終了が正式決定となれば、747の派生型は747-8で終わることとなり、約半世紀にわたる開発そして生産についに終止符が打たれることとなる。と同時にボーイング社で生産される民間航空機において四発エンジン機が消える。
技術データ
エンジン
- 747-100型
- P&W(プラット・アンド・ホイットニー)製 JT9D-7A型 ターボファン 4基 または
- RR(ロールス・ロイス)社製 RB211-524B2型 ターボファン 4基
- 747-200/300型
- P&W製 JT9D-7R4G2型 ターボファン 4基 または
- RR製 RB211-524D4型 ターボファン 4基 または
- GE(ゼネラル・エレクトリック)製 CF6-50E2型 ターボファン 4基
- 747-400型
- P&W製 PW4062型 ターボファン 4基 または
- RR製 RB211-524H型 ターボファン 4基 または
- GE製 CF6-80C2B5F型 ターボファン 4基
- 747-8型(ダッシュエイト)
- GE製 GEnx-2B67型 ターボファン 4基 のみ
仕様
項目\機種 | 747-100 (初期型) | 747-400ER | 747-8 (最新型) |
---|---|---|---|
全長 | 70.6 m | 70.6 m | 76.4 m |
全幅(翼端) | 59.6 m | 64.4 m | 68.5 m |
全高 | 19.3 m | 19.4 m | 19.5 m |
胴体幅 | 縦 7.85 m ,横 6.49 m | ||
内部キャビン幅 | 6.1 m | ||
翼面積 | 511 m2 | 541 m2 | |
空虚重量 | 162.4 t | 180.8 t | |
最大離陸重量 | 333.4 t | 412.8 t | 440t |
巡航速度 | M0.84 | M0.855 (913 km/h) | 旅客 M0.855 貨物 M0.845 |
航続距離 | 9,800 km | 14,205 km (ニューヨーク - 香港) | 旅客 14,815 km 貨物 8,275 km |
貨物容量 | 170.6 m3 (5 パレット + 14 LD1コンテナ) |
158.6 m3 または 137 m3 | 旅客 161.5 m3 貨物 854.3 m3 |
エンジン | P&W社 JT9D型 | P&W社 PW4062型 GE社 CF6-80C2B5F型 |
GE社 GEnx-2B67型 |
推力 | 209 kN × 4基 | 281.57 kN = 63,300 lb(PW4062型) 276.23 kN = 62,100 lb(CF6-80C2B5F型) |
66,500 lb |
乗員 | 3名 | 2名 | 2名 |
乗客(基本) | 3クラス 366名 2クラス 452名 |
3クラス 416名 2クラス 524名 |
3クラス 467名 |
座席数導入例 | JAL国内線-100B退役 563(25+538) |
- | - |
service life(限界機齢)は、20年程度として設計されている。747LR(国際線用)の場合、総飛行時間が6万時間、離着陸回数は20,000回(SRはより強化)となる。
年別売上機数
2013年現在、747シリーズ合計で1526機が引き渡されている[13]。
2013 | 2012 | 2011 | 2010 | 2009 | 2008 | ||||||||||||||
31 | 9 | 0 | 8 | 14 | |||||||||||||||
2007 | 2006 | 2005 | 2004 | 2003 | 2002 | 2001 | 2000 | 1999 | 1998 | 1997 | 1996 | 1995 | 1994 | 1993 | 1992 | 1991 | 1990 | 1989 | 1988 |
16 | 14 | 13 | 15 | 19 | 27 | 31 | 25 | 47 | 53 | 39 | 26 | 25 | 40 | 56 | 61 | 64 | 70 | 45 | 24 |
1987 | 1986 | 1985 | 1984 | 1983 | 1982 | 1981 | 1980 | 1979 | 1978 | 1977 | 1976 | 1975 | 1974 | 1973 | 1972 | 1971 | 1970 | 1969 | 1968 |
23 | 35 | 24 | 16 | 22 | 26 | 53 | 73 | 67 | 32 | 20 | 27 | 21 | 22 | 30 | 30 | 69 | 92 | 4 | 0 |
競合機種
導入した航空会社(一部)
現役
アジア
- 日本貨物航空(フレイターのみ)
- チャイナエアライン
- キャセイ・パシフィック航空(旅客型は2016年10月1日を以て完全退役)
- エアホンコン(-100F、-200Fが退役し、一旦A300-600Fのみのフリート構成になったが、2011年の夏にキャセイパシフィック航空から-400BCFが同社に移籍した)
- 中国国際航空
- 翡翠航空(フレイターのみ)
- 揚子江快航
- グランドスター航空
- 中国南方航空(フレイターのみ)
- マレーシア航空
- シンガポール航空(フレイターのみ)
- サウジアラビア航空
- エル・アル航空
- イエメニア
- シリア航空
- オリエント・タイ航空
- エアインディア
- パキスタン国際航空
- イラン航空
- マハンエア
- エミレーツ航空(フレイターのみ)
- 大韓航空
- アシアナ航空
- CALカーゴエアラインズ(フレイターのみ)
- ドバイエアウイング
ヨーロッパ
- KLMオランダ航空
- カーゴルックス航空(フレイターのみ)
- コルセールフライ
- ブリティッシュ・エアウェイズ
- ルフトハンザ・ドイツ航空
- イベリア航空
- トランスアエロ航空 (退役(?)済み)
- TNTエアウェイズ(フレイターのみ)
- エアアトランタアイスランド航空
- ロシア航空(経営破綻したトランスアエロ航空から取得。運用する9機のうち8機は元日本航空の機体)
北米
- エバーグリーン航空(フレイターのみ)
- カリッタエア(フレイターのみ)
- ユナイテッド・パーセル・サービス(フレイターのみ)
- ワールドエアウェイズ(売却後長らく保有していなかったが、このほど-400BDSFを導入したことから同機の保有が復活した[14])
- アトラス航空
- ポーラーエアカーゴ(フレイターのみ)
南米
オセアニア
アフリカ
- 南アフリカ航空
- TAAGアンゴラ航空
- ロイヤル・エア・モロッコ
- KABOエア
政府関連
退役
アジア
- 全日本空輸
- エア・サイアム(破産)
- プーケット航空
- エアランカ
- ガルーダインドネシア航空(2017年10月退役)
- 中東航空
- フィリピン航空
- トランスメディタレニアン航空
- ロイヤル・ヨルダン航空(L-1011とA340へ置き換えた)
- イラク航空(湾岸戦争以後バグダード国際空港で地上保管されているが、そのまま用途廃棄になる予定である)
- 日本航空(世界最大の保有数を誇り、一時期その数は世界で唯一100機を越えていたが、2011年3月1日のフライトをもって完全退役)
- 日本アジア航空
- JALウェイズ
- オアシス香港航空
- 香港ドラゴン航空
- マンダリン航空
ヨーロッパ
- アリタリア航空(-200をMD-11とボーイング777へ置き換えた)
- スイス航空(-300をMD-11とエアバスA340へ置換えた)
- サベナ・ベルギー航空(破産)
- スカンジナビア航空(-200BをDC-10-30へ置き換えた)
- ブリティッシュ・カレドニアン航空(ブリティッシュ・エアウェイズに吸収)
- エールリベルテ
- ジャーマンカーゴ
- オリンピック航空
- エアリンガス
- タジクエア
- UTAフランス航空(エールフランスに吸収)
- エア・リンガス (-100をA330へ置き換えた)
- エールフランス (2016年1月16日に最終飛行)
- トランスアエロ航空(2015年に経営破綻)
北米
- パンアメリカン航空(破産)
- コンチネンタル航空(-100.-200Bをボーイング777へ置き換えた)
- アメリカウエスト航空
- トランスアメリカ航空
- トランスワールド航空(アメリカン航空に吸収)
- アメリカン航空(-SPと-100をDC-10とMD-11へ置き換えた)
- シーボードワールド
- ブラニフ航空(破産)
- イースタン航空(パンアメリカン航空からリースして使用。後にL-1011へ置換えた)
- ナショナル航空(パンアメリカン航空に吸収)
- フェデラルエクスプレス
- フライング・タイガー・ライン(フェデラルエクスプレスに吸収)
- エア・カナダ(-400をエアバスA340とボーイング777-200ERへ置換えた)
- タワーエア(アメリカ同時多発テロ事件の影響などで運航停止)
- ノースウエスト航空(デルタ航空に統合)
- デルタ航空(自社導入の-100をL-1011へ置き換えた。-400はノースウエスト航空との合併により継承したもので、およそ30年ぶりのDL747フリートが復活。2017年完全退役)
- ユナイテッド航空
- ネーションエア・カナダ
- カナディアン航空(エア・カナダに吸収)
- ハワイアンエクスプレス
- キティホークインターナショナル
南米
- アビアンカ航空(-200をボーイング767-300ERへ置き換えた)
- ヴァリグ・ブラジル航空(-200C/-300/-400をMD-11とボーイング777-200ERへ置き換えた)
- ランチリ航空
オセアニア
- アンセット航空(破産)
- オーストラリアアジア航空
アフリカ
- ナイジェリア航空(破産)
- マダガスカル航空(-200をエアバス767-300ERに置き換えた)
- アライアンス航空(消滅)
- アルジェリア航空
- エジプト航空(-300をボーイング777とエアバスA340へ置換えた)
- カメルーン航空
- エールガボン
- エールアフリク
- MKエアラインズ
- オカダエア
- エアマラウイ
- ナミビア航空
政府関連
- カザフスタン
計画のみ
前述の項でも記述した通り、世界の主要航空会社の大半が747型を導入したものの、一部では諸般の事情により予定・計画を見送り、他機種に発注を切り替えた航空会社もある。
特徴ある747
アメリカ
- N7470
- ボーイング747生産第一号機。生産地を称えてシティ・オブ・エバレットの愛称が付けられている。現在はシアトルの博物館で静態保存され、エンジンも取り外されている。ボーイング767とボーイング777のエンジンを第2エンジン部に付け替えて行う「エンジンテストベッド機」として使用された。
- N747PA
- 747初の世界商業フライトに投入されたクリッパーアメリカ(パンアメリカン航空)。1971年 にボーイング747初の人身事故を起こしている。1992年にメキシコに売却、翌年退役後解体された後2000年頃に韓国・南楊州市で再組み立ての上2005年までレストランに利用の後2010年解体[15]。
- N905NA
- NASAがアメリカン航空から購入し、スペースシャトル・オービタを輸送するシャトル輸送機に改造された。購入後は暫くのあいだAALのハイブリッド塗装のままで飛んでいたが、その後NASAのフルカラーに塗り替えられ2014年まで利用され、2015年よりケネディ宇宙センタービジターコンプレックスに実物大シャトル模型「インディペンデンス」を載せた状態で展示されている。アメリカン航空時代はN9668。
- N401PW→N661US
- 747-400生産第一号機。1988年4月に製造後、1年半以上の試験飛行の後、1989年12月にノースウエスト航空に引き渡された。ノースウエスト在籍中の2002年10月9日、下部方向舵の故障で緊急着陸をする重大インシデントを起こしている。2008年にデルタ航空に吸収合併された為、2009年に同社に移管。2015年9月9日に退役。2017年よりアトランタの「デルタ航空博物館」で一般公開開始[16]。
ヨーロッパ
- D-ABYA(二代目)
- 747-8インターコンチネンタルが世界で初の商業フライトに投入した機材。ルフトハンザ・ドイツ航空向け初号機でもあり、フランクフルトからワシントンDCへの記念すべきファーストフライトを実現させた。初代機は747-130(MSN19746/12)で使用されていた。
- G-AWND
- -136。1991年2月、湾岸危機にも関わらずクウェート空港に寄港した際に乗員乗客全員が人質にとられた。その後、人質となった全員は無事解放されたが機体そのものが戦争で破壊されてしまった。BAのこの型式で唯一の全損であった。
アジア
- 9K-GAA
- クウェート政府が導入した747-8IBBJ。政府専用機として導入された例は、-8として政府専用機は初。
日本
- 日本航空
- JA8109
- 1973年に発生した日本赤軍らによるドバイ日航機ハイジャック事件において、JAL機で唯一テロリストに爆破され、活躍が1年弱と短命だった機体。同機の尾翼は比較的状態が良かったため、KLMオランダ航空に売却された。しかし、その機体は4年後のテネリフェ空港ジャンボ機衝突事故でうしなわれた。
- JA8117→N911NA
- JALの747SR1号機。また世界初の短距離仕様747である。引渡し前は垂直尾翼に「SR」と文字が大きくペイントされていた。JAL123便事故の影響で退役した際、NASAがチャレンジャーの事故を受けて1988年に購入、シャトル輸送機に改造。こちらは改造時にNASAの正式塗装となった。
- JA8118
- JAL123便事故の責任を取るかたちで金属疲労試験を目的としてボーイング社へ買い戻された。現在、胴体を輪切りにした一部がロンドンに展示されている(SR引退1号)。
- JA8119
- 1985年8月12日におきたJAL123便事故で墜落。単独の航空機事故としては、史上最多の死亡者数となった。事故原因は、事故調査委員会の発表によれば大阪国際空港でのしりもち事故後のボーイング社による修理が不適切であったため。
- 全日本空輸(ANA)
- JA8096
- 東宝系映画『ハッピーフライト』で使用されたロケ用機体。国内航空業界史上初で15日間、収録目的で無料レンタルされた。また同社の747として「全日空 - All Nippon Airways」の塗装で退役した最後の機体となった。
- JA8955
- 1996年末に、世界で初めてボーイング747-400D(国内線仕様)にウイングレットを取り付け、-400(国際線仕様)に改修された(事例は、JA8957も同様)。
- JA8963
- 日本でのスペシャルマーキング機の嚆矢と言われるマリンジャンボ塗装でロールアウトされた機体。
- JA8966
- ボーイング社最終製造の747-400D型機。全日空61便ハイジャック事件当事機。
- JA8133
- ANA初の4発機。世界で初めて500席以上の座席を配置させた機体。
- JA8147
- 2004年退役後、解体されたが残骸が2005年公開の映画『宇宙戦争』の劇中で墜落した旅客機として使われ、その後ユニバーサル・スタジオ・ハリウッドにて野外展示されている。
- JA8159
- ボーイング社最終製造の747-100SR型機。ANA最後の500席仕様(536席)の747クラシック。ANAがトリトンブルー塗装を発表した後に納入されたにも関わらず、モヒカンブルー塗装として引き渡された。
- 日本貨物航空(NCA)
- JA10KZ
- ボーイング社最終製造の747-400F型機(-4KZF)。
- JA11KZ
- 日本籍登録機では初めての747-8F型機(-8KZF)。
- JA13KZ
- 日本籍の747-8F型機では最初に納入された(-8KZF)。
空軍
- 82-8000/82-9000
- アメリカ空軍所属のアメリカ大統領専用機。2021年頃退役予定。後継機は747-8。
- 20-1101/20-1102(旧JA8091/JA8092)
- 航空自衛隊が運用する日本の政府専用機。導入当初は総理府所属の民間機扱いで「JA8091/JA8092」の登録記号を使用していたが、1992年4月より航空自衛隊に移管となり「20-1101/20-1102」という軍用の機体識別記号となる。2019年頃退役予定。後継機は777-300ER。
主な保存機
- シュパイアー技術博物館 - ドイツ・ラインラント=プファルツ州シュパイアー。元ルフトハンザの747-200を保存。
- ル・ブルジェ航空宇宙博物館 - フランス・パリ。747-100を保存。
- ジャンボホステル - スウェーデン・ストックホルム。747-200を利用した宿泊施設。
- デルタ航空博物館 - ジョージア州アトランタ。747-400生産第一号機(N661US)を保存。2017年3月28日一般公開開始[17][18]。
- Qantas Founders Outback Museum(英語) - オーストラリア。747-200を保存。
- South African Airways Museum Society - 南アフリカ共和国ランド空港(英語)内。747-SP、747クラシックを保存。
- Museum of Flight(英語) - ワシントン州シアトル。747-100生産第一号機「シティ・オブ・エバレット」(N7470)を保存。
事故・事件
主な事故や事件
747型は製造数が多いこともあり、多くの航空事故に遭遇している。設計上の欠陥による事故は少なく、操縦ミスや不適切な修理や整備による事故やテロリストによる事件が多い。機体の経年化による事故も起き始めている。
- -121型 1971年 パンアメリカン航空845便、サンフランシスコ国際空港(パンアメリカン航空845便離陸衝突事故)747初の人身事故。
- -100型 1974年 ルフトハンザ航空540便、ナイロビで離陸直後に墜落(ルフトハンザドイツ航空540便墜落事故)。
- KLMは-206B型 パンナムは-121型 1977年 KLM4805便とパンナム1736便 カナリア諸島テネリフェ島のテネリフェ空港で747同士が地上衝突(テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故)。
- -200型 1978年 エア・インディア855便 アラビア海、離陸直後にバンク角が90度に達して墜落(インド航空855便墜落事故)。
- -200B型 1980年 大韓航空015便 金浦国際空港で着陸失敗(大韓航空015便着陸失敗事故)。
- -200B型 1982年 ブリティッシュ・エアウェイズ9便、インドネシア上空で4基全てのエンジンが停止するもその後のエンジンが再起動したため幸い墜落には至らなかった。停止の原因は、火山噴火で上空に漂っていた火山灰をエンジンが吸い込んだことによるもの(ブリティッシュ・エアウェイズ9便エンジン故障事故)。
- -230型 1983年 大韓航空007便 領空侵犯によりオホーツク海でソ連のSu-15に撃墜される(大韓航空機撃墜事件)。
- -200型 1983年 アビアンカ航空011便 マドリードで高度確認ミスにより墜落(アビアンカ航空011便墜落事故)。
- -200B型 1985年 エア・インディア182便 大西洋上空でテロリストにより爆破(インド航空182便爆破事件)。
- SR-100型 1985年 日本航空123便、ボーイング社の圧力隔壁の修理ミスにより金属疲労を起こし、これが機体後部(垂直尾翼尾翼)を破損し群馬県の高天原山(御巣鷹の尾根)に墜落(日本航空123便墜落事故)。
- -200B型 1987年 南アフリカ航空295便 インド洋上で火災により墜落(南アフリカ航空295便墜落事故)。
- -100型 1988年 パンアメリカン航空 103便 通称「ロッカビー事件」 スコットランドでリビア政府関与の元で爆破された(パンアメリカン航空103便爆破事件)。
- -100型 1989年 ユナイテッド航空 811便 太平洋上で貨物扉脱落により飛行不安定(ユナイテッド航空811便貨物ドア脱落事故)。
- -200F型 1991年 中華航空358便(貨物便) 機体整備不良によりエンジンが脱落し墜落(中華航空358便墜落事故)。
- -258F型 1992年 エル・アル航空1862便(貨物便) アムステルダムで金属疲労によりエンジン脱落。隣のエンジンに接触してそれも脱落しアパートに激突(エル・アル航空1862便墜落事故)。
- -100型 1996年 トランス・ワールド航空800便 ニューヨーク州ロングアイランド沖 燃料タンクに引火し空中爆発、空中分解し墜落(トランスワールド航空800便墜落事故)。
- -100型 1996年 サウジアラビア航空763便 デリーにおける空中衝突事故。原因は相手側のカザフスタン航空にあった(ニューデリー空中衝突事故)。
- -300型 1997年 大韓航空801便 グアムでCFITによりグアム国際空港手前の丘に墜落(大韓航空801便墜落事故)。
- -200F型 1999年 大韓航空8509便 (貨物便)ロンドンのスタンステッド空港を離陸後に操縦ミスで墜落(大韓航空8509便墜落事故)。
- -400型 2000年 シンガポール航空006便 台北の中正国際空港 滑走路を間違えて工事車両に衝突(シンガポール航空006便墜落事故)。
- -200B型 2002年 チャイナエアライン611便 東シナ海上空 機体老朽化による金属疲労が原因の空中分解(チャイナエアライン611便空中分解事故)。
- -200B型 2005年 ノースウエスト航空74便 グアム国際空港にて胴体着陸。ノーズギア故障による原因(ノースウエスト航空74便胴体着陸事故)。
- -400F型 2010年 ユナイテッド・パーセル・サービス ドバイ国際空港を離陸後、付近の施設に墜落(UPS航空6便墜落事故)。
事故概略
- 機体損失事故
- 30回、総計2843人死亡。
- 他の原因
- 6回、総計857人死亡。
- ハイジャック
- 29回、総計22人死亡。
脚注
- ↑ ただし、エアバスA380が実機としてロールアウトしたのは2005年であるため、航空史上、20世紀における最大の民間航空機となっている。
- ↑ ボーイング、B747ファミリーの累計生産が1500機を達成…ワイドボディ機で過去最多 レスポンス 2014年06月30日(月) 13時30分
- ↑ これが輸送機C-5Aを生んだ
- ↑ 航空用語辞典 非常口ドア - 日本航空(更新日不明/2018年3月21日閲覧)
- ↑ 佐貫亦男 (1980). ジャンボジェットはどう飛ぶか, ブルーバックス. 講談社. ISBN 978-4061180291.
- ↑ 結果として超音速旅客機の就役はなかったものの、ボーイング777の登場により旅客型の主力の座を譲ることとなった際には、この設計が役立ち、貨物型の受注が好調となっている。
- ↑ 現存の民間旅客機で最前部にあるL1・R1ドアより前にキャビンが設置できるのは747のみだが、この開発経緯による名残であり、また流線形を体感できる部分である
- ↑ スカイスリーパーサービス - JAL(facebook)・2015年10月4日
- ↑ 2000年代に入ってからは、各航空会社の燃費に対する意識がさらに強くなり、A340でさえ燃費が悪い(4発機であるため)としてボーイング777に切り替える航空会社もある。例:エア・カナダ、オーストリア航空など
- ↑ 大阪国際空港は、現在は国内線の基幹空港であるが、当時は名実ともに国際空港であった。
- ↑ 「ジャンボ機」減産、受注なければ「中止決断」
- ↑ Boeing Considers Ending Production of 747(英語版)
- ↑ 『エアライン』2009年3月号、イカロス出版、1974年。
- ↑ 自社発注の-200Cを放出後長らくはDC-10とMD-11が主力だった
- ↑ Historic 747 reaches grim end in South Korea - ロサンゼルス・タイムズ(2010年12月13日)
- ↑ デルタ航空のボーイング747-400型1号機が引退、来年本社の博物館に展示予定 - デルタ航空日本支社ニュースリリース 2015年9月10日
- ↑ デルタ航空のボーイング747-400型1号機、本社の博物館に移動 - デルタ航空日本支社ニュースリリース 2016年5月19日
- ↑ デルタ航空博物館に歴史的な展示「747エクスペリエンス」がオープン - デルタ航空日本支社ニュースリリース 2017年3月29日
参考文献
- 佐貫亦男 (1980). ジャンボジェットはどう飛ぶか, ブルーバックス. 講談社. ISBN 978-4061180291.
- 名機100 別冊航空情報 増補改訂版 2000年 酣燈社 中村光男編
関連項目
外部リンク