フラッグ・キャリア
フラッグ・キャリア(英語:flag carrier)とは、一国を代表する航空会社のことである[1]。[2]
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概要
ナショナル・フラッグ・キャリアとは、「もともと海運用語で国旗を掲げた運送業者」[3]である。外航(国際線)の船舶が、夜間に着岸したときに、国旗を照らし、国籍を明示する慣習からきていて[4]、20世紀に入り航空用語ともなった。明確な定義はないが、「国を代表し、国際線を運航している航空会社のこと。かつては国営など国家主導で育成され、様々な保護を受けた」[5]とされる。2000年時点で世界の70社に各国政府が50%以上出資していた[6]。
船会社の場合
国際海運の原則として、「定期船同盟行動憲章条約(コード条約)」がUNCTAD(1972年)において採決された。コード条約には、政府が国を代表すると承認した定期船会社「ナショナルライン(National shipping Line、当事国海運会社)」があった。ナショナルラインは1国単位なので複数の会社や民間会社も該当した。定期船同盟(海運同盟)は、形骸化後、2008年に完全消滅した[7]。
航空会社の場合
1920年代から1980年代の国際航空の歴史においては、「原則的に1か国1社」[8]の公企業体(かつ唯一の航空会社[9]であることもあった)や、民間会社(アメリカ合衆国[10]と少数のラテン諸国)[11]や半官半民の特殊会社(日本航空、ブリティッシュ・エアウェイズなど)で国策のもとに国際線を運航する航空会社がフラッグ・キャリアとされた。複数国が共同でフラッグ・キャリアを運営(例:スカンジナビア航空やアビアンカ航空)することもある。 現在は自由化が進み、複数の航空会社が国際線を運航しているため、違いは必ずしも明確ではない。 なお、民営化された航空会社(例:日本航空、ブリティッシュ・エアウェイズ、ともに1987年に民営化)は、厳密にはナショナル・フラッグ・キャリアではない[12]と言う意見もある。
歴史
パリ条約(1919年、別名は国際航空条約で、日本を含めた33カ国が参加)締結をきっかけに、欧米諸国では世界各国に散らばる植民地を結ぶ国際航空会社が国家の支援を受け、創設や合併により誕生してゆく。また南米諸国や日本でも、国際航空会社がこの頃誕生した。さらに第二次世界大戦後の1950年代から1960年代にかけて、植民地から脱したアジアやアフリカ諸国をはじめとする新興国が独立国家の象徴ともいえる国際航空会社を誕生させてゆくことになる[13][14]。
1944年のシカゴ条約採択をきっかけに、国際航空路線は二国間協定に基づくものになった。二国間協定には、国籍条項(航空会社はその国の航空会社でなければならない)があり、各1社[15]が政府に指定されていた。1978年にアメリカ合衆国から始まる航空の自由化まで、国際航空はフラッグ・キャリアの全盛期といえた[16]。
その後の航空自由化のあおりを受けて、アメリカ合衆国やペルー、ベルギーなど一部の国では経営破綻による消滅でかつてのフラッグ・キャリアが消滅し存在しない国もあること、1997年に完全自由化がされたEU圏内においては、国内最大の航空会社が他国の航空会社の傘下となっていること[17]、経済規模の大きな国では国際線を新興航空会社(LCC含む)も含めた複数の会社が運航していることもあるため、「ナショナル・フラッグ・キャリアという概念は消えつつある」[8]という意見もある。
「航空業は通常の産業とは異なる特別な存在であるという見方もある。元々、多くの国で航空業が国営企業で政府出資を仰いでいたことからも、この点は明らかだ。多くの国がフラッグ・キャリアを維持しようとしている」[18]という意見もある。実際に、日本やアメリカ、マレーシアやオーストラリアなどでは、国防面や公共交通機関の安定維持などの観点から、フラッグ・キャリアにかかわらず外資や外国人による航空会社の株保有の上限規制を設けており[19][20][21]、法の下でフラッグ・キャリアを含む自国の航空会社が他国の航空会社の傘下になることを防ぎ、自国政府や企業の直接影響下に留まるようになされている国がある。
各国のフラッグ・キャリア
アジア
中東
ヨーロッパ
アフリカ
南北アメリカ
オセアニア
国 | 航空会社 |
---|---|
ナウル | ナウル航空[22] |
フィジー | フィジー・エアウェイズ[26] [70] |
オーストラリア | カンタス航空[34][71] |
ニュージーランド | ニュージーランド航空[22][72] |
バヌアツ | バヌアツ航空[22] |
マーシャル諸島 | エア・マーシャル・アイランド[22] |
出典もしくは注記の必要のある航空会社
国 | 航空会社 | |
---|---|---|
日本 | 日本航空 [73][74] | 1953年の「日本航空株式会社法」に規定された、半官半民の特殊会社であり、1972年以降の45/47体制では定期国際線を独占的に運航していた。1987年11月に全株式を東京証券取引所に上場し、完全民営化された。2010年1月19日に会社更生法の適用を申請し破綻後、企業の規模を縮小して経営再建をした。「かつてフラッグキャリアであった」とする文献も複数ある[75][76][77]。2014年、全日本空輸にナショナルフラッグキャリアが交代したという報道もある[78][79][80]。 |
中国 | 中国国際航空 | 『日本の空港2セントレア』(イカロス出版)P.44によれば、「複数のエアラインが国際線に進出している現在でもなお、中国を代表するフラッグキャリアのような見方をされるのは、中国国際航空が、北米、欧州線などの長距離路線を含む中国民航の国際線ネットワークの大半を引き継いだため」としている。航空会社コードや機材の塗装デザインも中国民航時代のものを踏襲しており、スターアライアンスの公式サイトでも「エアチャイナ・リミテッド(エアチャイナ)は、中国のナショナルフラッグ・キャリア」と紹介されている[81]なお、中国国際航空、中国東方航空、中国南方航空は、中国民航から分離された航空会社である。 |
アメリカ合衆国 | 不在 | チャーリィ古庄『航空会社の選び方[海外旅行編]』(エイ出版社)P15によると、パンアメリカン航空亡き後のアメリカでは「フラッグキャリアは存在しない」とされている。アメリカ最大の航空会社はアメリカン航空である。 |
ベネズエラ | コンビアサ航空[22] | フラッグキャリアのVIASA倒産後、2004年に政府が筆頭株主となり、コンビアサを設立した。 |
ブラジル | LATAM ブラジル[30] | ブラジルを代表する航空会社として、フラッグ・キャリアであったヴァリグ・ブラジル航空を傘下にした ゴル航空もある。 |
ロシア | アエロフロート・ロシア航空[46] | 旧ソ連唯一の航空会社だったアエロフロート・ソビエト航空の後身。この他に国営のロシア航空もある。ただし、ロシア国内線での最大手航空会社は民営のS7航空である。 |
カンボジア | カンボジア・アンコール航空 | 2001年にロイヤル・エア・カンボージュが3000万米ドルの赤字を抱え破綻後、政府が51%の出資者となり設立した[82]。 |
イラク | イラク航空[26] | 2010年5月に清算が決まったが、2013年に存続が決まった。 |
ボリビア | LAB航空が2007年3月に運航停止、同社を支援したアエロスール航空[46]も2012年5月に運航停止した。その他に国営のボリビアーナ航空がある。 | |
ミャンマー | 国営のミャンマー・ナショナル航空と同社が出資するミャンマー国際航空がある。 |
現存しないフラッグ・キャリア
国 | 航空会社 | |
---|---|---|
日本 | 大日本航空 | 1945年8月に日本が第二次世界大戦に敗北し、日本を占領した連合国により、日本国籍機による全ての航空活動が停止させられたことを受け解散した。 |
満州国 | 満州航空 | 1945年8月に同盟国の日本が第二次世界大戦に敗北し、それに伴い満州国が消滅した為解散した。 |
台湾 | 民航空運公司 | 航空事故を起こしたことなどから経営不振に陥り1975年に運航を停止した。 |
中国 | 中国民航 | 中華人民共和国国務院直属の民間航空行政機構である中国民用航空総局が運航も行っていたが、1988年に民間航空部門を分割、民営化した。現在でも航空行政を担当する行政機関としては存続している。 |
テンプレート:VSO | エア・ベトナム | 南ベトナムがベトナム戦争に敗北して消滅したため、その混乱の中で消えていった。残った機材は社会主義政権の国営ベトナム航空で使用された。 |
イギリス | 英国海外航空 | 遠距離国際線を担当するイギリスのフラッグキャリアとして、パンアメリカン航空やエール・フランスなどと共に知られていた。国内線と近距離国際線を担当する英国欧州航空と合併し、現在のブリティッシュ・エアウェイズとなった。現在は同社がイギリスのフラッグキャリアである。 |
ベルギー | サベナ・ベルギー航空 | 国営航空会社として旧植民地などへの不採算路線を運航せざるを得なかったことなどから赤字体質が続き、2001年に倒産した。一部の路線や機材、従業員は、子会社のデルタ・エアー・トランスポートが「SNブリュッセル航空」(現在のブリュッセル航空)と改名して引き継いだ。 |
スイス | スイス航空 | サベナ・ベルギー航空と資本提携していたが、共倒れになる形で2001年に倒産した。その後子会社のクロスエアがスイス インターナショナル エアラインズと名を変えて営業を引き継いだ。 |
東ドイツ | ルフトハンザドイツ航空 | 戦前から存在していたルフトハンザドイツ航空の後継を称していたが、西ドイツ側の同名企業に裁判で敗れたため、1963年にインターフルークが事業を引き継いだ。 |
インターフルーク | 東ドイツがドイツ連邦共和国に編入されたため1991年に解散し、乗務員や路線はルフトハンザに、機体はドイツ空軍およびアエロフロートに引き継がれた。 | |
スロバキア | スロバキア航空 | 民間投資家グループが1995年に設立し1998年運航開始。2005年にオーストリア航空傘下に入ったが2007年に倒産。事業と従業員の一部はシーグル・エアー(スロバキア)が引き継いだものの、同社も2009年に事業停止し倒産。 |
アメリカ合衆国 | パンアメリカン航空[83][84] | アメリカの航空会社で唯一全世界に路線を持ち、ボーイング707、ボーイング747をいち早く導入するなど、アメリカの先進性や繁栄の象徴、世界の国際線航空会社の盟主的存在であった。しかし、高コスト体質の改革が進む前に航空自由化が進んだために経営が悪化し、1991年に倒産した。 |
ブラジル | ヴァリグ・ブラジル航空 | かつては南米最大級の航空会社、スターアライアンスの一員であり、ヨーロッパや日本にも就航していたが格安航空会社の台頭によって2005年に破産し、格安航空会社のゴル航空に買収された。今後もブランド名としては存続する。 |
ペルー | アエロペルー | 1996年10月2日に起きたアエロペルー603便墜落事故の影響で業績が悪化し、1999年に運航停止に追い込まれた。 |
テンプレート:NGR | ナイジェリア航空 | 国営航空会社であったが、2003年に経営不振で破産した。 |
ソマリア | ソマリ航空 | 1990年のソマリア内戦勃発によって経営が破綻した。 |
ハンガリー | マレーヴ・ハンガリー航空[22][85] | 2012年2月に全便の運行を停止したのち破産した。なお、同社の運行停止後は、格安航空会社であるウィズエアーが同国最大規模の航空会社となっている。 |
脚注
- ↑ 『カタカナ語新辞典』旺文社
- ↑ スターアライアンス公式サイトの中国国際航空の紹介でも"Air China Limited (Air China) is the national flag carrier of China"と紹介されているほか、欧州委員会のサイトでもLOTポーランド航空のことを"national flag carrier LOT"と呼んでいる(State aid: Commission approves restructuring aid for LOT Polish Airlines 欧州委員会プレスリリース 2014年7月29日)
- ↑ 引用:柴田匡平『ブリティッシュ・エアウェイズの経営 民営化・国際展開とアエロポリティクス1981-2000』中央書院 p2
- ↑ 柴田匡平『ブリティッシュ・エアウェイズの経営 民営化・国際展開とアエロポリティクス1981-2000』中央書院
- ↑ 引用:読売新聞朝刊2006-4-25 8項
- ↑ 井上泰日子『新・航空事業論』日本評論社
- ↑ 参考文献:武城正長『海運同盟とアジア海運』お茶の水書房
- ↑ 8.0 8.1 引用:月刊エアライン2008年5月号付録 エアライン用語500
- ↑ 著:アンソニー・サンプソン、訳:大谷内一夫『エアライン 世界を変えた航空業界』早川書房 p18
- ↑ アメリカ合衆国では、世界中に運航ができる航空会社としてパンアメリカン航空があった。他にノースウエスト航空が太平洋線、トランス・ワールド航空が大西洋線、ブラニフ航空が中南米線と制限を受けた会社はあった。出典:(株)ANA総合研究所[編著]『航空産業入門』東洋経済新報社
- ↑ [著]R.ドガニス [訳]5名『21世紀の航空ビジネス』中央経済社 第7章国有航空会社の行方
- ↑ 月刊エアライン 2009-12」イカロス出版 p.10
- ↑ マレーシア航空の歴史
- ↑ 「42年の歴史、58年の経験」イラン航空
- ↑ 事前決定方式の場合(シングル)、バミューダ方式(例:アメリカ合衆国)では当時からダブルやマルチプルの指定もあった。出典:[著]R.ドガニス [訳]5名『21世紀の航空ビジネス』中央経済社 p30
- ↑ 参考文献: 「航空情報2008年11月号」 酣燈社、伊藤元重+下井直毅『日本の空を問う』日本経済新聞出版社
- ↑ KLMオランダ航空はエールフランスと持株会社方式で経営統合されている。また、スイス インターナショナル エアラインズ、ブリュッセル航空、オーストリア航空は、ルフトハンザドイツ航空傘下である
- ↑ 引用: 伊藤元重+下井直毅『日本の空を問う』日本経済新聞出版社P79
- ↑ 証券保管振替機構「外国人持株比率制限銘柄」
- ↑ 運輸政策研究機構「豪州の運輸事情」
- ↑ シンガポールには無く、逆にエア・カナダには15%(単一投資家)の強い規制がある。引用: 伊藤元重+下井直毅『日本の空を問う』日本経済新聞出版社P86 なお、同書は最重要点に、「どれだけ日本の航空会社が路線を確保できるのかではなく、利用者である国民の利益がどれだけ最大化されるのか」を挙げる。
- ↑ 22.00 22.01 22.02 22.03 22.04 22.05 22.06 22.07 22.08 22.09 22.10 22.11 22.12 22.13 22.14 22.15 22.16 22.17 22.18 22.19 22.20 22.21 22.22 22.23 22.24 22.25 22.26 22.27 22.28 22.29 22.30 22.31 22.32 22.33 22.34 22.35 22.36 22.37 22.38 22.39 22.40 22.41 22.42 22.43 22.44 22.45 22.46 22.47 22.48 22.49 22.50 22.51 22.52 22.53 22.54 22.55 22.56 22.57 チャーリー古庄『エアライン年鑑 2009-2010』イカロス出版にフラッグキャリアの記述あり
- ↑ Ney York Times
- ↑ 24.0 24.1 チャーリー古庄『エアライン年鑑 2009-2010』イカロス出版に「唯一」の記述あり。他にティアラ・エア(アルバ)、トランス・ガイアナ・エアウェイズ、エア・ラロトンガ(クック諸島)、エール・ブルキナもある。
- ↑ オールアバウト
- ↑ 26.00 26.01 26.02 26.03 26.04 26.05 26.06 26.07 26.08 26.09 26.10 26.11 26.12 チャーリー古庄『エアライン年鑑 2009-2010』イカロス出版に「国営など」の記述あり。他にアゼルバイジャン航空、ガーナ国際航空、キプロス航空、マルタ航空もある。
- ↑ Qantas
- ↑ Emirates 24/7 July 31, 2010
- ↑ China Post June 10 2010
- ↑ 30.00 30.01 30.02 30.03 30.04 30.05 30.06 30.07 30.08 30.09 30.10 30.11 30.12 30.13 30.14 30.15 30.16 30.17 30.18 30.19 30.20 30.21 チャーリー古庄『エアライン年鑑 2009-2010』イカロス出版に「代表」の記述あり。他に代表として、エア・ウガンダ、プルナ(ウルグアイ)、エリトリア航空、TACVカーボベルデ・エア、グルジアン・エアウェイズ、ポリネシアン・エアラインズ(サモア)、エアジンバブエ、SVGエア(セントビンセント・グレナディーン)、タジキスタン航空、モルドバ航空、リトアニア航空
- ↑ Financlai Times August 2 2010
- ↑ New York Times
- ↑ 「シンガポール航空」全日空
- ↑ 34.0 34.1 34.2 34.3 34.4 「こだわりのエアラインガイド改訂版」イカロス出版に「フラッグキャリア」の記述あり
- ↑ 西遊旅行
- ↑ Yahoo!トラベル
- ↑ CNN Money
- ↑ オールアバウト
- ↑ 地球の歩き方
- ↑ Businessweek 2007年9月17日
- ↑ Oman Air
- ↑ Reuters Mar 28, 2010
- ↑ HIS
- ↑ フリーバード
- ↑ Business Traveler
- ↑ 46.0 46.1 46.2 46.3 46.4 46.5 46.6 チャーリー古庄『エアライン年鑑 2009-2010』イカロス出版に「最大」の記述あり
- ↑ 「スペイン運輸事情」運輸政策研究機構
- ↑ 「アリタリア航空」地球の歩き方
- ↑ アマデウス メールニュース Vol.122
- ↑ EUROPA
- ↑ 地球の歩き方
- ↑ 地球の歩き方
- ↑ Business Traveller
- ↑ 阪急交通社
- ↑ "UPDATE 1-Three possible bidders for Polish flag carrier LOT" Reuters
- ↑ スカイチーム・ヘッドライン
- ↑ Croatia Airlines
- ↑ amadeus
- ↑ チャーリー古庄『エアライン年鑑 2009-2010』イカロス出版 P160 に「ルクセンブルクは他の欧州の国と比べて国の規模、面積が小さいので、フラッグキャリアでありながら事業規模は小さい」の記述あり
- ↑ Finalcial Times July 28 2010
- ↑ France 24 16 November 2009
- ↑ Amadeus
- ↑ マイルトラベルなび
- ↑ 阪急交通社
- ↑ BBC News
- ↑ JETRO 2008年06月18日
- ↑ Financial Times
- ↑ 在日カナダ商工会議所
- ↑ Carribbean Net News October 27, 2006
- ↑ スカイゲート
- ↑ Japan ZD Net 2010年7月23日
- ↑ トラベルビジョン
- ↑ 「Bloomberg」2010年1月19日 [1]
- ↑ 「Herald Sun」2010年1月11日[2]
- ↑ 【ジャパン・ブリーフ】日本航空再建は政府主導で 公益財団法人 フォーリン・プレスセンター 2009年11月5日
- ↑ 日本航空 定例記者会見 管財人の発言 2010年4月28日
- ↑ 年収1800万円がリストラで無職に… 解雇に抵抗する日航社員「天国と地獄」 MONEYzine 2010年10月31日
- ↑ 国際線規模、ANA首位 羽田増便、初めてJAL抜く 朝日新聞 2014年6月3日
- ↑ ANA、なぜJAL抜き悲願のトップ目前?政権の意向に左右される航空業界の特性露呈 Business Journal 2014年10月1日
- ↑ 「ナショナルフラッグキャリア」、JALからANAに交代か ANA 政府専用機に続いて「皇室フライト」連続で獲得 J-CASTニュース 2015年7月7日
- ↑ スターアライアンス 加盟航空会社より"Air China"
- ↑ 日本経済新聞朝刊 2009/7/25
- ↑ 著:アンソニー・サンプソン、訳:大谷内一夫『エアライン 世界を変えた航空業界』早川書房 p66、「南米諸国では、パンアメリカンは、アメリカ国務省の付属物であり、アメリカ帝国主義の道具の一つである」の記述あり
- ↑ 柴田匡平『ブリティッシュ・エアウェイズの経営 民営化・国際展開とアエロポリティクス1981-2000』中央書院 p62 中華人民共和国が、パンナムを正真正銘のナショナル・フラッグ・キャリアとみなし、台北(台湾)への再乗り入れを抗議した。
- ↑ ワンワールド
関連項目
et:Rahvuslike lennukompaniide loend fi:Luettelo kansallisista lentoyhtiöistä it:Lista di compagnie aeree di bandiera