日本選手権シリーズ
日本選手権シリーズ | |
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開催中の大会: 2017年の日本シリーズ | |
開始年 | 1950 |
主催 | 日本野球機構(NPB) |
参加チーム数 | 2 |
加盟国 | 日本 |
前回優勝 | 福岡ソフトバンクホークス(2年ぶり8回目) |
最多優勝 | 読売ジャイアンツ(22回) |
サイト | 公式サイト |
日本選手権シリーズ(にほんせんしゅけんシリーズ、にっぽんせんしゅけんシリーズ、通称:日本シリーズ)は、毎年10月 - 11月ごろに日本のプロ野球のセントラル・リーグとパシフィック・リーグのそれぞれのクライマックスシリーズの勝者が対戦して「日本一」のタイトルを決めるカップ戦である。正式名称はプロ野球日本選手権シリーズ試合。
また、日本シリーズという呼称ではないが1リーグ時代に春季優勝チームと秋季優勝チームが対戦して年間チャンピオンを決める試合もあった。通常は1950年を初回の日本シリーズとし、本項においても1950年以降の試合について述べる。
Contents
運営概要
- クライマックスシリーズから日本シリーズ進出までの道のり(2007年以後)
- (H)-そのステージのホームチーム
- (☆)-隔年でホーム4:ビジター(アウェー)3の配分が異なる。(基本的に第1戦主管球団がホーム4、第3戦主管球団がホーム3の割合)
- 2004-06年まではパ・リーグのみプレーオフ(優勝決定トーナメント)を実施し、その優勝チームと、レギュラーシーズンのみのセ・リーグの優勝チームが日本シリーズ進出
- ゲームは7試合(番勝負参照)で西暦の奇数年はパ・リーグの出場チーム、西暦の偶数年はセ・リーグの出場チームの本拠地で第1・2戦と6・7戦を開催、第3・4・5戦は対戦チームの本拠地で開催する。但し、過去に例外はあった(→#変則的な開催日程)。先に4勝したチームが日本一となり終了、以降の試合は行われない。また、引き分けなどがあり第8戦にもつれこんだ場合、第8戦は第7戦の翌日に第7戦の球場で行い(過去は1986年の1回のみ)、それでもどちらのチームも4勝に満たない場合は、更に移動日を1日挟んで、第3戦 - 第5戦で使用された球場で、どちらかが4勝を挙げるまで試合を行う。
- 雨天等で中止になった場合は、2006年までは移動日を含め全ての日程が順延となっていたが、2007年からは屋外球場で行われる場合の雨天中止時は、第1戦 - 第5戦、および第2戦と第3戦の間の移動日・休養日はその分日程を順延するが、第5戦と第6戦の間の移動日・休養日は原則として設けない事に変更された[注 1][注 2](但し、出場2チームの本拠地が離れていて、当日移動が難しいと判断された場合は移動日を設ける場合がある[注 3])。
- 延長戦は、第7戦までは延長12回まで、第8戦以降は回数無制限(試合時間は一律無制限)が現行のルールである(2018年から)。1966年までは日没まで(但し全試合ナイトゲームで開催された1964年は22時30分以降新しいイニングに入らない)、1967年 - 1981年は17時30分以降新しいイニングに入らない、1982年からは試合開始から4時間半を経過した時点で新しいイニングに入らないとなっていた。しかし、1986年のシリーズが、第1戦が延長14回引き分けで、第8戦まで行われたことをきっかけに、1987年から第7戦までは18回まで、第8戦以降は回数無制限となった。ナイトゲームが開催されるようになった1994年から2017年は、第7戦までは延長15回まで[注 4]に短縮された。サスペンデッドゲームは適用しない。
- 2011年 - レギュラーシーズンで用いられた節電・省エネのための「3時間30分打ち切りルール」は使用しない。2011年の第1試合はデーゲームとなるが、延長は従来通り15回までの打ち切りとする。
- 両チームはシリーズ開始日の前々日までに「出場有資格者選手」(最大40人)の名簿を提出する。公示後はこれを変更することはできない。ベンチ入り選手の人数は公式戦と同じく最大25人で、試合ごとに有資格者の中から選ぶ。
- 指名打者制度は1984年までは採用せず、1985年から隔年による採用(1985年は全試合採用、1986年は全試合採用せず)としていたが、1987年からはパ・リーグの出場チームの本拠地球場でのみ採用されている。
- 審判は6人制が採用される。審判員は日本野球機構(NPB)審判部から選ばれた合計8人の審判員で運営されていたが、2015年から合計7人の審判員で運営される。
- レギュラーシーズンやクライマックスシリーズと異なり、全試合日本野球機構(NPB)主催である。入場料収入の一部は球団に分配され、さらに選手らにも第4戦までのものを基準に分配される[2]。
- 2005年 - 2008年・2011年 - 2013年[注 5]は優勝したチームが、ユーラシア地区(日本・韓国・中国[注 6]・台湾・オーストラリア[注 7]・ヨーロッパ[注 8])のプロ野球ナンバーワンを決定する『アジアシリーズ』に、2009年・2010年は韓国シリーズ優勝チームと戦う『日韓クラブチャンピオンシップ』に日本代表として参加した。
第2次戦力外通告は原則クライマックスシリーズ終了の翌日から日本シリーズ終了の翌日までだが、日本シリーズ出場チームは期限が4日間延長される。
表彰
賞金・賞品は2017年のもの。
- 優勝チーム賞
- 日本野球機構よりペナント、チャンピオンフラッグ、優勝記念品代、内閣総理大臣杯
- 在京民放各テレビ局より賞金、計250万円(日本テレビ・テレビ朝日・TBSテレビ・テレビ東京・フジテレビから50万円ずつ)と共に日本テレビ・テレビ朝日・TBS・テレビ東京からトロフィー、フジテレビより優勝盾
- 最高殊勲選手賞(MVP)
- 日本野球機構よりトロフィー
- NPBパートナー6社(SMBC・コナミデジタルエンタテインメント・大正製薬・日本生命・マイナビ・ローソン)より賞金各100万円(計600万円)
- 敢闘選手賞
- 日本野球機構よりトロフィー
- J SPORTSより賞金25万円 、ミズノより30万円相当の商品券、ベースボール・マガジン社よりサイバーリラックスマッサージチェア(AS-870)、JA夢みなみより、白河産無農薬米「ひとめぼれ」、季節の野菜・果物詰合せ「四季の味」1年分25万円相当
- 優秀選手賞(3人)
- 日本野球機構よりトロフィー
- J SPORTS、文化放送、ニッポン放送、ベースボール・マガジン社より賞金10万円ずつ(1名に40万円ずつ、計120万円)、御幸毛織グループより高級オーダースーツ30万円相当
- ホームラン賞
- 各試合のホームランを打った選手に対して『SMBCデビットホームラン賞』として、SMBCから賞金3万円が贈呈される。
- なお2015年は『ミドすけホームラン賞(『ミドすけ』とは、冠スポンサー・三井住友銀行(SMBC)のマスコットキャラクターのこと)』として、SMBCから賞金3万円と「ミドすけ」のぬいぐるみが手渡されていた。2014年は、SMBC(2011年から2013年まではコナミ)から賞金(5万円)が贈呈された。
- 特別協賛賞
2011年から2013年までは特別協賛(冠スポンサー)のコナミより、上記賞とは別に以下の賞が追加された。
- 「みんなで選ぶコナミ賞」(賞金400万円・2011年は賞金300万円)
- 「ドリームナイン賞」(賞金100万円・2011年は賞金200万円)
- 「BASEBALL HEROES賞」(賞金100万円・2011年は賞金200万円)
- 「パワフルプロ野球賞」(賞金100万円・2012年より)
- 「プロ野球スピリッツ賞」(賞金100万円・2012年より)
「みんなで選ぶコナミ賞」は大会期間中に、コナミの大会特別公式サイト・コナミが携帯電話サイトで展開するソーシャルネットワークゲームサイト『プロ野球ドリームナイン』・アーケードゲーム『BASEBALL HEROES』の成績閲覧ページやゲーム機からのファン投票によって行い、大会終了時の表彰式で表彰選手を発表するものである(2011年は各ゲームからの投票で「ドリームナイン賞」・「BASEBALL HEROES」賞を選んだ)。
出場資格者
- 出場有資格者は、原則として8月31日までに出場球団(すなわち、両リーグクライマックスシリーズ優勝球団)の支配下登録されている選手のうち、その中から40人までを選ぶ。
- ベンチ入りメンバーは以下を原則とする。
- 監督1名
- 監督以外のコーチ8名以内
- 選手25名以内
- マネジャー、トレーナー、スコアラー、通訳、広報、用具担当者各1名
- ブルペン捕手の登録は1試合2名までとして、各試合ごとの出場選手名簿に記載する。ただしベンチ入りは不可。[3]
リーグとしての対戦成績
- セントラル・リーグ 35勝
- パシフィック・リーグ 33勝
(2017年終了時点)
通算成績は読売ジャイアンツの9連覇などもあり、セントラル・リーグがリードしているが、21世紀になってからはパシフィック・リーグが12勝5敗とセントラル・リーグを圧倒している(2017年終了時点)。
チーム別成績
- 太字の項目は最多数を表す。球団の列のソートボタンで元の順序に戻る。
- 松竹は大洋(現・DeNA)に、近鉄はオリックスにそれぞれ吸収合併されたため記録としては※特記事項となる。
球団 | 出場 | 優勝 | 敗退 | 試合 | 勝利 | 敗戦 | 引分 | 勝率 | 最新出場年度 | 最新優勝年度 | 決定球場 |
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巨人 | 34 | 22 | 12 | 198 | 109 | 87 | 2 | .556 | 2013年(楽天) | 2012年(日本ハム) | 東京ドーム |
西武(西鉄) | 21 | 13 | 8 | 130 | 68 | 60 | 2 | .531 | 2008年(巨人) | 2008年(巨人) | 東京ドーム |
ソフトバンク (南海・ダイエー) | 17 | 8 | 9 | 99 | 48 | 50 | 1 | .490 | 2017年(DeNA) | 2017年(DeNA) | 福岡ヤフオク!ドーム |
ヤクルト | 7 | 5 | 2 | 41 | 24 | 17 | 0 | .585 | 2015年(ソフトバンク) | 2001年(近鉄) | 明治神宮野球場 |
オリックス (阪急) | 12 | 4 | 8 | 70 | 31 | 37 | 2 | .456 | 1996年(巨人) | 1996年(巨人) | グリーンスタジアム神戸 |
ロッテ (毎日・大毎) | 6 | 4 | 2 | 32 | 17 | 14 | 1 | .548 | 2010年(中日) | 2010年(中日) | ナゴヤドーム |
日本ハム(東映) | 7 | 3 | 4 | 41 | 19 | 21 | 1 | .475 | 2016年(広島) | 2016年(広島) | MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島 |
広島 | 7 | 3 | 4 | 48 | 20 | 25 | 3 | .444 | 2016年(日本ハム) | 1984年(阪急) | 広島市民球場 |
中日 | 10 | 2 | 8 | 60 | 23 | 36 | 1 | .390 | 2011年(ソフトバンク) | 2007年(日本ハム) | ナゴヤドーム |
DeNA (大洋・横浜) | 3 | 2 | 1 | 16 | 10 | 6 | 0 | .625 | 2017年(ソフトバンク) | 1998年(西武) | 横浜スタジアム |
阪神 | 6 | 1 | 5 | 36 | 13 | 22 | 1 | .361 | 2014年(ソフトバンク) | 1985年(西武) | 西武ライオンズ球場 |
楽天 | 1 | 1 | 0 | 7 | 4 | 3 | 0 | .571 | 2013年(巨人) | 2013年(巨人) | 日本製紙クリネックススタジアム宮城 |
近鉄 | 4 | 0 | 4 | 26 | 10 | 16 | 0 | .385 | 2001年(ヤクルト) | 日本一経験なし / 現存しない球団 | |
松竹 | 1 | 0 | 1 | 6 | 2 | 4 | 0 | .333 | 1950年(毎日) | 日本一経験なし / 現存しない球団 |
- 2004年以降シーズン勝率2位以下で日本シリーズに出場したチーム(いわゆる 「下克上」で勝ち上がったチーム)は6例ある(2004年の西武・2005年のロッテ・2007年の中日・2010年のロッテ・2014年の阪神・2017年のDeNA)。そのうち、シーズンの首位チームとは5ゲーム差以内であった4例(2014年の阪神・2017年のDeNA以外)は日本一を達成している。2010年のロッテはレギュラーシーズンの勝率第3位(2.5ゲーム差)ながら、クライマックスシリーズを制して本大会に出場して優勝という記録を残している。2014年の阪神(7ゲーム差の2位)が「下克上」で日本シリーズ出場したチームとしては初の敗退となった。
- クライマックスシリーズが導入された2007年以降、日本シリーズ出場球団がセ・パ両方とも「下克上」であった事例は、2017年シーズン終了時点でまだ起きていない。
- 1973年から1982年にかけてパ・リーグで施行された前後期制時代に、年間勝率が首位ではないチームがリーグ優勝した例は4例(1973年の南海・1975年の阪急・1979年の近鉄・1982年の西武)あり、うち日本一を達成した例は1975年の阪急・1982年の西武である。また1973年の南海は年間勝率が3位であり、それ以外の3例は全て年間勝率が2位であった[注 9]。
- 過去には巨人や西武などの常勝時代もあったが、1990年から1992年の西武3連覇以降は2014年・2015年のソフトバンクまで同一チームの連続日本一がなかった。またセ・リーグ所属球団の日本一連覇は1979年から1980年に広島が連覇したのが最後であり、セ・リーグ球団の日本一連覇自体も巨人と広島のみが成し遂げている[注 10]。
- 現存する12球団において、阪神タイガース・千葉ロッテマリーンズの2球団は、まだ本拠地球場での日本一を達成していない(阪神は1985年・西武ライオンズ球場で、ロッテは1974年・中日スタヂアム、2005年・阪神甲子園球場、2010年・ナゴヤドームでそれぞれ日本一を達成している。なお、ロッテの前身である毎日時代の1950年はまだフランチャイズ制度が未確立であった)。
- 同一チームの本拠地での連勝記録は、1970年第1戦から1973年第5戦にかけて巨人が達成した本拠地10連勝が両リーグを通じて最多、パシフィック・リーグ記録は2011年第7戦以降2017年第6戦まで本拠地9連勝のソフトバンク(継続中)、次いで1987年第2戦-1991年第1戦の西武、および1995年第5戦-2015年第3戦のヤクルトによる本拠地8連勝。
- 同一リーグによる連続日本一は(同一チームではない場合も含む)セ・リーグは9年連続(1965年 - 1973年)で、パ・リーグは5年連続(2013年 - 2017年)が最高である。
- 同一チームの連続日本一の最高記録はセ・リーグは9年連続(巨人1回)であり、パ・リーグは3年連続(阪急1回、西鉄・西武3回)である。
- 2013年に楽天が優勝したことにより、現存する12球団は最低1回は日本一を経験したことになる。なお、出場経験のある消滅球団はいずれも敗退している(セに於ける松竹1回、パに於ける近鉄4回)ため、歴代の日本一球団はいずれも現存する球団になっていることとなる。
- 楽天は1度の出場で優勝したため、日本シリーズ敗退の経験がない唯一の球団になっている。なお、DeNAは2017年に敗退するまで2回以上日本シリーズに出場した球団では唯一の敗退経験のない球団だった。
- 2017年シーズン終了時点で、最も日本一から遠ざかっている広島(33年)と、その次に遠ざかっている阪神(32年)はともに、最後の日本一以後に出場した日本シリーズでは3連続で敗退している(広島は1986・1991・2016年、阪神は2003・2005・2014年)。
- 巨人はセ・リーグで唯一、現存するパ・リーグ6球団全てと消滅した近鉄を加えた7球団と、西武はパ・リーグで唯一、現存するセ・リーグ6球団全てと日本シリーズで対戦している。
- 2015年に優勝した福岡ソフトバンクは、日本プロ野球において史上初めて監督交代を経験した日本シリーズ連覇球団となった(2014年は秋山幸二、2015年は工藤公康)。
- 2017年にDeNAが出場したことにより、21世紀になってからセ・リーグの6球団は全て1度は日本シリーズに出場したことになった。一方、オリックスは12球団で唯一、21世紀になってから日本シリーズ出場がない。
- 工藤公康は監督として出場したシリーズで全て優勝している[4]。
各年の日本シリーズ
セントラル・リーグ所属チーム | パシフィック・リーグ所属チーム |
成績 | 星取表 | |||||||||||||||||||
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(MVP) | ||||||||||||||||||||
1 | 1950年 | 毎日 | 初優勝 | 4 | 2 | ○ | ○ | ● | ● | ○ | ○ | 松竹 | 湯浅禎夫 | 別当薫 | --- | 大阪球場 | ||||
2 | 1951年 | 巨人 | 初優勝 | 4 | 1 | ○ | ○ | ○ | ● | ○ | 南海 | 水原茂 | 南村不可止 | --- | 後楽園球場 | |||||
3 | 1952年 | 巨人 | 2回目 | 4 | 2 | ○ | ○ | ● | ○ | ● | ○ | 南海 | 水原茂 | 別所毅彦 | --- | 後楽園球場 | ||||
4 | 1953年 | 巨人 | 3回目 | 4 | 1 | 2 | ● | ○ | △ | ○ | ○ | ● | ○ | 南海 | 水原茂 | 川上哲治 | 簑原宏 | 大阪球場 | ||
5 | 1954年 | 中日 | 初優勝 | 4 | 3 | ○ | ○ | ● | ● | ○ | ● | ○ | 西鉄 | 天知俊一 | 杉下茂 | 大下弘 | 中日スタヂアム | |||
6 | 1955年 | 巨人 | 4回目 | 4 | 3 | ○ | ● | ● | ● | ○ | ○ | ○ | 南海 | 水原円裕 | 別所毅彦 | 戸川一郎 | 大阪球場 | |||
7 | 1956年 | 西鉄 | 初優勝 | 4 | 2 | ● | ○ | ○ | ○ | ● | ○ | 巨人 | 三原脩 | 豊田泰光 | 稲尾和久 | 後楽園球場 | ||||
8 | 1957年 | 西鉄 | 2回目 | 4 | 1 | 0 | ○ | ○ | ○ | △ | ○ | 巨人 | 三原脩 | 大下弘 | 宮本敏雄 | 後楽園球場 | ||||
9 | 1958年 | 西鉄 | 3回目 | 4 | 3 | ● | ● | ● | ○ | ○ | ○ | ○ | 巨人 | 三原脩 | 稲尾和久 | 藤田元司 | 後楽園球場 | |||
10 | 1959年 | 南海 | 初優勝 | 4 | 0 | ○ | ○ | ○ | ○ | 巨人 | 鶴岡一人 | 杉浦忠 | 土屋正孝 | 後楽園球場 | ||||||
11 | 1960年 | 大洋 | 初優勝 | 4 | 0 | ○ | ○ | ○ | ○ | 大毎 | 三原脩 | 近藤昭仁 | 田宮謙次郎 | 後楽園球場 | ||||||
12 | 1961年 | 巨人 | 5回目 | 4 | 2 | ● | ○ | ○ | ○ | ● | ○ | 南海 | 川上哲治 | 宮本敏雄 | J・スタンカ | 大阪球場 | ||||
13 | 1962年 | 東映 | 初優勝 | 4 | 1 | 2 | ● | ● | △ | ○ | ○ | ○ | ○ | 阪神 | 水原茂 | 土橋正幸 種茂雅之 |
吉田義男 | 甲子園球場 | ||
14 | 1963年 | 巨人 | 6回目 | 4 | 3 | ● | ○ | ○ | ● | ○ | ● | ○ | 西鉄 | 川上哲治 | 長島茂雄 | 稲尾和久 | 平和台球場 | |||
15 | 1964年 | 南海 | 2回目 | 4 | 3 | ○ | ● | ● | ○ | ● | ○ | ○ | 阪神 | 鶴岡一人 | J・スタンカ | 山内一弘 | 甲子園球場 | |||
16 | 1965年 | 巨人 | 7回目 | 4 | 1 | ○ | ○ | ○ | ● | ○ | 南海 | 川上哲治 | 長島茂雄 | 森下整鎮 | 後楽園球場 | |||||
17 | 1966年 | 巨人 | 8回目 | 4 | 2 | ○ | ● | ○ | ○ | ● | ○ | 南海 | 川上哲治 | 柴田勲 | 渡辺泰輔 | 後楽園球場 | ||||
18 | 1967年 | 巨人 | 9回目 | 4 | 2 | ○ | ○ | ○ | ● | ● | ○ | 阪急 | 川上哲治 | 森昌彦 | 足立光宏 | 西宮球場 | ||||
19 | 1968年 | 巨人 | 10回目 | 4 | 2 | ● | ○ | ○ | ○ | ● | ○ | 阪急 | 川上哲治 | 高田繁 | 長池徳二 | 後楽園球場 | ||||
20 | 1969年 | 巨人 | 11回目 | 4 | 2 | ○ | ● | ○ | ○ | ● | ○ | 阪急 | 川上哲治 | 長島茂雄 | 長池徳二 | 西宮球場 | ||||
21 | 1970年 | 巨人 | 12回目 | 4 | 1 | ○ | ○ | ○ | ● | ○ | ロッテ | 川上哲治 | 長島茂雄 | 井石礼司 | 東京スタジアム | |||||
22 | 1971年 | 巨人 | 13回目 | 4 | 1 | ○ | ● | ○ | ○ | ○ | 阪急 | 川上哲治 | 末次民夫 | 山田久志 | 後楽園球場 | |||||
23 | 1972年 | 巨人 | 14回目 | 4 | 1 | ○ | ○ | ● | ○ | ○ | 阪急 | 川上哲治 | 堀内恒夫 | 足立光宏 | 西宮球場 | |||||
24 | 1973年 | 巨人 | 15回目 | 4 | 1 | ● | ○ | ○ | ○ | ○ | 南海 | 川上哲治 | 堀内恒夫 | 野村克也 | 後楽園球場 | |||||
25 | 1974年 | ロッテ | 2回目 | 4 | 2 | ● | ○ | ● | ○ | ○ | ○ | 中日 | 金田正一 | 弘田澄男 | 高木守道 | 中日スタヂアム | ||||
26 | 1975年 | 阪急 | 初優勝 | 4 | 2 | 0 | △ | ○ | ○ | △ | ○ | ○ | 広島 | 上田利治 | 山口高志 | 山本浩二 | 西宮球場 | |||
27 | 1976年 | 阪急 | 2回目 | 4 | 3 | ○ | ○ | ○ | ● | ● | ● | ○ | 巨人 | 上田利治 | 福本豊 | 柴田勲 | 後楽園球場 | |||
28 | 1977年 | 阪急 | 3回目 | 4 | 1 | ○ | ○ | ● | ○ | ○ | 巨人 | 上田利治 | 山田久志 | 河埜和正 | 後楽園球場 | |||||
29 | 1978年 | ヤクルト | 初優勝 | 4 | 3 | ● | ○ | ● | ○ | ○ | ● | ○ | 阪急 | 広岡達朗 | 大杉勝男 | 足立光宏 | 後楽園球場 | |||
30 | 1979年 | 広島 | 初優勝 | 4 | 3 | ● | ● | ○ | ○ | ○ | ● | ○ | 近鉄 | 古葉竹識 | 高橋慶彦 | 井本隆 | 大阪球場 | |||
31 | 1980年 | 広島 | 2回目 | 4 | 3 | ● | ● | ○ | ○ | ● | ○ | ○ | 近鉄 | 古葉竹識 | J・ライトル | 小川亨 | 広島市民球場 | |||
32 | 1981年 | 巨人 | 16回目 | 4 | 2 | ● | ○ | ● | ○ | ○ | ○ | 日本ハム | 藤田元司 | 西本聖 | 井上弘昭 | 後楽園球場 | ||||
33 | 1982年 | 西武 | 4回目 | 4 | 2 | ○ | ○ | ● | ● | ○ | ○ | 中日 | 広岡達朗 | 東尾修 | 上川誠二 | ナゴヤ球場 | ||||
34 | 1983年 | 西武 | 5回目 | 4 | 3 | ○ | ● | ● | ○ | ● | ○ | ○ | 巨人 | 広岡達朗 | 大田卓司 | 西本聖 | 西武ライオンズ球場 | |||
35 | 1984年 | 広島 | 3回目 | 4 | 3 | ○ | ● | ○ | ○ | ● | ● | ○ | 阪急 | 古葉竹識 | 長嶋清幸 | 山沖之彦 | 広島市民球場 | |||
36 | 1985年 | 阪神 | 初優勝 | 4 | 2 | ○ | ○ | ● | ● | ○ | ○ | 西武 | 吉田義男 | R・バース | 石毛宏典 | 西武ライオンズ球場 | ||||
37 | 1986年 | 西武 | 6回目 | 4 | 1 | 3 | △ | ● | ● | ● | ○ | ○ | ○ | ○ | 広島 | 森祇晶 | 工藤公康 | 達川光男 | 広島市民球場 | |
38 | 1987年 | 西武 | 7回目 | 4 | 2 | ● | ○ | ○ | ● | ○ | ○ | 巨人 | 森祇晶 | 工藤公康 | 篠塚利夫 | 西武ライオンズ球場 | ||||
39 | 1988年 | 西武 | 8回目 | 4 | 1 | ○ | ● | ○ | ○ | ○ | 中日 | 森祇晶 | 石毛宏典 | 宇野勝 | 西武ライオンズ球場 | |||||
40 | 1989年 | 巨人 | 17回目 | 4 | 3 | ● | ● | ● | ○ | ○ | ○ | ○ | 近鉄 | 藤田元司 | 駒田徳広 | 新井宏昌 | 藤井寺球場 | |||
41 | 1990年 | 西武 | 9回目 | 4 | 0 | ○ | ○ | ○ | ○ | 巨人 | 森祇晶 | O・デストラーデ | 岡崎郁 | 西武ライオンズ球場 | ||||||
42 | 1991年 | 西武 | 10回目 | 4 | 3 | ○ | ● | ○ | ● | ● | ○ | ○ | 広島 | 森祇晶 | 秋山幸二 | 川口和久 | 西武ライオンズ球場 | |||
43 | 1992年 | 西武 | 11回目 | 4 | 3 | ● | ○ | ○ | ○ | ● | ● | ○ | ヤクルト | 森祇晶 | 石井丈裕 | 岡林洋一 | 神宮球場 | |||
44 | 1993年 | ヤクルト | 2回目 | 4 | 3 | ○ | ○ | ● | ○ | ● | ● | ○ | 西武 | 野村克也 | 川崎憲次郎 | 清原和博 | 西武ライオンズ球場 | |||
45 | 1994年 | 巨人 | 18回目 | 4 | 2 | ● | ○ | ○ | ● | ○ | ○ | 西武 | 長嶋茂雄 | 槙原寛己 | 清原和博 | 東京ドーム | ||||
46 | 1995年 | ヤクルト | 3回目 | 4 | 1 | ○ | ○ | ○ | ● | ○ | オリックス | 野村克也 | T・オマリー | 小林宏 | 神宮球場 | |||||
47 | 1996年 | オリックス | 4回目 | 4 | 1 | ○ | ○ | ○ | ● | ○ | 巨人 | 仰木彬 | T・ニール | 仁志敏久 | グリーンスタジアム神戸 | |||||
48 | 1997年 | ヤクルト | 4回目 | 4 | 1 | ○ | ● | ○ | ○ | ○ | 西武 | 野村克也 | 古田敦也 | 松井稼頭央 | 神宮球場 | |||||
49 | 1998年 | 横浜 | 2回目 | 4 | 2 | ○ | ○ | ● | ● | ○ | ○ | 西武 | 権藤博 | 鈴木尚典 | 大塚光二 | 横浜スタジアム | ||||
50 | 1999年 | ダイエー | 3回目 | 4 | 1 | ○ | ● | ○ | ○ | ○ | 中日 | 王貞治 | 秋山幸二 | 川上憲伸 | ナゴヤドーム | |||||
51 | 2000年 | 巨人 | 19回目 | 4 | 2 | ● | ● | ○ | ○ | ○ | ○ | ダイエー | 長嶋茂雄 | 松井秀喜 | 城島健司 | 東京ドーム | ||||
52 | 2001年 | ヤクルト | 5回目 | 4 | 1 | ○ | ● | ○ | ○ | ○ | 近鉄 | 若松勉 | 古田敦也 | T・ローズ | 神宮球場 | |||||
53 | 2002年 | 巨人 | 20回目 | 4 | 0 | ○ | ○ | ○ | ○ | 西武 | 原辰徳 | 二岡智宏 | A・カブレラ | 西武ドーム | ||||||
54 | 2003年 | ダイエー | 4回目 | 4 | 3 | ○ | ○ | ● | ● | ● | ○ | ○ | 阪神 | 王貞治 | 杉内俊哉 | 金本知憲 | 福岡ドーム | |||
55 | 2004年 | 西武 | 12回目 | 4 | 3 | ○ | ● | ○ | ● | ● | ○ | ○ | 中日 | 伊東勤 | 石井貴 | 井上一樹 | ナゴヤドーム | |||
56 | 2005年 | ロッテ | 3回目 | 4 | 0 | ○ | ○ | ○ | ○ | 阪神 | B・バレンタイン | 今江敏晃 | 矢野輝弘 | 甲子園球場 | ||||||
57 | 2006年 | 日本ハム | 2回目 | 4 | 1 | ● | ○ | ○ | ○ | ○ | 中日 | T・ヒルマン | 稲葉篤紀 | 川上憲伸 | 札幌ドーム | |||||
58 | 2007年 | 中日 | 2回目 | 4 | 1 | ● | ○ | ○ | ○ | ○ | 日本ハム | 落合博満 | 中村紀洋 | ダルビッシュ有 | ナゴヤドーム | |||||
59 | 2008年 | 西武 | 13回目 | 4 | 3 | ○ | ● | ● | ○ | ● | ○ | ○ | 巨人 | 渡辺久信 | 岸孝之 | A・ラミレス | 東京ドーム | |||
60 | 2009年 | 巨人 | 21回目 | 4 | 2 | ○ | ● | ○ | ● | ○ | ○ | 日本ハム | 原辰徳 | 阿部慎之助 | 高橋信二 | 札幌ドーム | ||||
61 | 2010年 | ロッテ | 4回目 | 4 | 1 | 2 | ○ | ● | ○ | ● | ○ | △ | ○ | 中日 | 西村徳文 | 今江敏晃 | 和田一浩 | ナゴヤドーム | ||
62 | 2011年 | ソフトバンク | 5回目 | 4 | 3 | ● | ● | ○ | ○ | ○ | ● | ○ | 中日 | 秋山幸二 | 小久保裕紀 | 吉見一起 | 福岡Yahoo!JAPANドーム | |||
63 | 2012年 | 巨人 | 22回目 | 4 | 2 | ○ | ○ | ● | ● | ○ | ○ | 日本ハム | 原辰徳 | 内海哲也 | 稲葉篤紀 | 東京ドーム | ||||
64 | 2013年 | 楽天 | 初優勝 | 4 | 3 | ● | ○ | ○ | ● | ○ | ● | ○ | 巨人 | 星野仙一 | 美馬学 | 長野久義 | Kスタ宮城 | |||
65 | 2014年 | ソフトバンク | 6回目 | 4 | 1 | ● | ○ | ○ | ○ | ○ | 阪神 | 秋山幸二 | 内川聖一 | R・メッセンジャー | 福岡ヤフオク!ドーム | |||||
66 | 2015年 | ソフトバンク | 7回目 | 4 | 1 | ○ | ○ | ● | ○ | ○ | ヤクルト | 工藤公康 | 李大浩 | 山田哲人 | 神宮球場 | |||||
67 | 2016年 | 日本ハム | 3回目 | 4 | 2 | ● | ● | ○ | ○ | ○ | ○ | 広島 | 栗山英樹 | B・レアード | B・エルドレッド | マツダスタジアム | ||||
68 | 2017年 | ソフトバンク | 8回目 | 4 | 2 | ○ | ○ | ○ | ● | ● | ○ | DeNA | 工藤公康 | D・サファテ | 宮崎敏郎 | 福岡ヤフオク!ドーム |
- 本拠地で優勝した回よりも、敵地で優勝した回のほうがやや多い。
- 原則として最高殊勲選手(MVP)は優勝球団から、敢闘賞は敗退球団から表彰するが、例外として1956年の敢闘賞は優勝した西鉄から選出された。
- 2017年終了時点で、前身球団も含め日本シリーズではまだ実現していない対戦カードは、中日vsオリックス、阪神vsオリックス、広島vsソフトバンク、広島vsロッテ、DeNAvs日本ハム、DeNAvsオリックス、ヤクルトvs日本ハム、ヤクルトvsロッテ、楽天vs巨人以外のセ・リーグ5球団の13通りである。
通算記録
- 参照: 日本シリーズにおける各種記録
ギャラリー
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2008年日本選手権シリーズ、西武vs巨人 内野席(2008年11月9日撮影)
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同左 西武vs巨人 内野席(2008年11月9日撮影)
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同左 西武vs巨人 スコアーボード(2008年11月9日撮影)
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同左 西武vs巨人 表彰式(2008年11月9日撮影)
エピソード
名称
第1回(1950年)から第4回(1953年)については、メジャーリーグベースボールを参考にした『日本ワールドシリーズ』という名称だった。 「日本シリーズ」の読み方については以前は「にほん-」が主流だった。2000年頃から各報道機関ではなるべく「日本シリーズ」を「にっぽん-」と読むように通達が出ている。また、英文名称は「Nippon Series」とされている。
スポンサー
これまで日本シリーズでは大会協賛スポンサーとなる企業・団体がなかったが、2011年から2013年までゲームソフト大手のコナミ株式会社(後のコナミホールディングス株式会社)[注 11]が大会特別協賛スポンサーとなり、大会名も『KONAMI日本シリーズ(西暦年度)(コナミ・にっぽんシリーズ)』として開催された。なお、コナミは過去に2005年-2007年に『アジアシリーズ』に「KONAMI CUP」として特別協賛したことがある。
2014年-2017年は三井住友銀行が冠スポンサーとなり、「SMBC日本シリーズ」として開催される[5][6]。なお、SMBCは本大会特別協賛を機に、2014年10月1日より本大会を主催する日本野球機構の協賛スポンサー「NPBパートナー」の締結を結んだ[7]。
試合開始時刻
かつて日本シリーズは開催される10月頃は冬に向かう時期で寒くなることから、平日であってもデーゲームで試合が開始されていた。
日本シリーズが史上初めてナイトゲームで開かれたのは1964年(第15回)の阪神タイガース対南海ホークスだった。これは東京オリンピックの開催の妨げにならないようにとの配慮で、開会式が予定された10月10日までに全ての日程を消化させることにしていた(本来は第1戦が9月29日、第7戦は10月7日)が、セントラル・リーグの優勝決定が9月30日にずれ込んだため、阪神タイガースが優勝した翌日の10月1日に第1戦、第7戦が東京オリンピック開会式前日の10月9日の予定に変更された[注 12]。だが、第6戦の雨天中止・順延が生じたため結局10月10日に最終戦を開催せざるを得なかった。これが影響してか、シリーズの平均観客動員は歴代最低を記録したため、翌1965年からは元のデーゲーム開催に戻すことにした。だが平日開催ともなると会社や学校を休まない限り試合の観戦が困難となったり、テレビの視聴率の問題にも関わることから1994年(第45回)の読売ジャイアンツと西武ライオンズの対戦では試験的に平日開催の第3-5戦(西武ライオンズ球場)に限りナイトゲームで実施。その評判が高かったこともあって、1995年(第46回)のオリックス・ブルーウェーブ対ヤクルトスワローズの試合以後は全試合に拡大した。
2011年の第1戦は福岡ソフトバンクホークスが進出したことで13時開始となり、1994年の巨人対西武・第6戦以来17年ぶりにデーゲームで行われた[8]が、これは中継権を獲得したフジテレビで同日のゴールデンタイムに『ワールドカップバレー2011』を放送したためである。
2016年に広島が25年ぶりに出場したことにより、現存する全12球団がナイトゲームでの開催を経験したこととなったが、デーゲームで開催された経験がないチームは楽天だけである。現在はドーム球場が広まり、寒さについて問題が少なくなってきたため全試合デーゲームの日本シリーズは1993年で最後になっている。
コールドゲーム
2005年(第56回)の千葉ロッテマリーンズ対阪神タイガース第1戦(10月22日 千葉マリンスタジアム)7回裏1アウト、濃霧のため試合が中断し天気が回復しなかったためそのままコールドゲームとなった。天候災害でのコールドは1953年(第4回)の読売ジャイアンツ対南海ホークス第3戦の8回終了時点で降雨コールドゲームになって以来52年ぶりであるが、濃霧による中断からそのまま試合打ち切りとなったのはシリーズ史上初。
なお、コールドゲームで優勝決定となった試合はこれまで一度もない。
新人監督のシリーズ制覇
新人監督(他球団でも監督の経験なし)のシリーズ制覇は下記の10人。新人監督同士のシリーズも4度行われている。
監督名 | 年度 | 球団 | 備考 |
---|---|---|---|
湯浅禎夫 | テンプレート:Jsy | 毎日 | |
川上哲治 | テンプレート:Jsy | 巨人 | |
藤田元司 | テンプレート:Jsy | 巨人 | 2度目の就任の1年目(1989年)もシリーズ制覇 |
森祇晶 | テンプレート:Jsy | 西武 | 阿南準郎(広島)との新人監督対決。 |
権藤博 | テンプレート:Jsy | 横浜 | |
原辰徳 | テンプレート:Jsy | 巨人 | 伊原春樹(西武)との新人監督対決。 |
伊東勤 | テンプレート:Jsy | 西武 | 落合博満(中日)との新人監督対決。 レギュラーシーズン2位から(パ・リーグプレーオフ突破)のシリーズ制覇。 |
渡辺久信 | テンプレート:Jsy | 西武 | |
西村徳文 | テンプレート:Jsy | ロッテ | リーグ3位から(クライマックスシリーズ突破)のシリーズ制覇。 |
工藤公康 | テンプレート:Jsy | ソフトバンク | 真中満(ヤクルト)との新人監督対決。選手としても一年目で日本一を経験している。 |
変則的な開催日程
開催日程および開催会場が変則的な形となった例は以下の通り。
- テンプレート:Jsyは開催会場を試合ごとに変えて行った。第1戦から明治神宮野球場、後楽園球場、阪神甲子園球場、阪急西宮球場、中日球場、大阪球場の各球場である。この年は4勝2敗で毎日オリオンズが初代王者に輝いたが、第6戦で松竹ロビンスが勝って3勝3敗になった時は第7戦は後楽園球場で行われる予定だった(連戦か、移動日を挟むかの詳細不明)。
- テンプレート:Jsyは第4戦までは通常通りだったが第5戦から第7戦は大阪球場、阪神甲子園球場[注 13]、後楽園球場の順で開かれた。これは当時の規定に「第1、第3、第5、第7試合と第2、第4、第6試合の使用球場は毎年両リーグが交互にこれを指定する。ただし、第1、第2試合と第3、第4試合と第5、第6試合の使用球場はそれぞれ連続して同一地域にある球場を指定する」とあったため。この年の偶数試合の球場指定権はセ・リーグにあり「大阪よりも収容能力の大きい甲子園ならば収益力が高い」との思惑を持っていたが、その思惑は外れ、入場者数は6346人であった。なおこの年は日米野球が2大会組まれた[注 14]影響もあり、本来設けられるべき移動・休養日がなく、2試合ごとに試合当日移動をこなすという強行軍だった。
- テンプレート:Jsy、東映フライヤーズ主催による第5戦とテンプレート:Jsyのヤクルトスワローズ主催の4試合全ては、神宮球場の学生野球開催の都合で、後楽園球場で代替開催した。
- テンプレート:Jsyのロッテオリオンズ主催の第3戦 - 第5戦は施設上の問題もあり県営宮城球場ではなく後楽園球場を使用した[注 13]。
- テンプレート:Jsy、テンプレート:Jsyの近鉄バファローズ主催全ゲームは日本生命球場の収容人数が日本シリーズ開催基準の3万人に満たなかったこと[注 15]、藤井寺球場も照明設備が設置されていなかったことにより当時南海ホークスの本拠地であった大阪球場で代替開催した。
- テンプレート:Jsyは両リーグの出場チームが、本拠地がともに後楽園球場である読売ジャイアンツと日本ハムファイターズだったため、全6戦が同球場で開催された(後楽園シリーズ)。
- テンプレート:Jsyは第1戦は引き分けで始り広島東洋カープが3連勝したが、西武ライオンズも3連勝し第7戦終了時点で3勝3敗1分になってしまったため、急遽第7戦で使用した広島市民球場で初の第8戦以降を行って勝敗を決することとなった。結果は第8戦で西武が勝利し決着がついたが、当時のルールでは第8戦以降も回数無制限ではなく、仮に引き分けならば1日の移動日を設けて西武ライオンズ球場で第9戦以降も行うことになっていた。
- テンプレート:Jsyは読売ジャイアンツと福岡ダイエーホークスで対戦することとなったが、この3年前の1997年に大規模な国際学術集会の会場を探していた日本脳神経外科学会から貸し出し依頼を受けた福岡ドームが日本シリーズの日程と重なる2000年10月24日から27日までを球団の許可なく貸し出してしまっていた。これは1997年当時ホークスは南海時代から続く20年連続のBクラスであったため、リーグ優勝の可能性が低いと見越してのものである。ところが翌1998年にAクラス入りを果たし、日本シリーズの開催可能性が高まったため球団が日本脳神経外科学会に日程変更を求めたが、各国から2万人以上の人員が集結する大規模な総会であり、すでに様々な関連の手配が終わっていることもあり断られた。そこで中内正球団オーナー代行(当時)がシリーズ開催地のセ・パ入れ替え、シリーズ日程そのものの変更、他のパ・リーグチームの本拠地球場での開催、九州内の他球場での開催等を検討・要請したが、いずれも不可能となった。日本脳神経外科学会側からも一部日程を短縮して時間帯を空けるなどの協力を得られたこともあり、「東京ド・東京ド・福岡ド・休み・休み・福岡ド・福岡ド・東京ド・東京ド」と言う移動日なしの9日間変則日程で行うことが8月21日に発表された。なおシリーズ終了後、球団は開催日程確保を怠ったとして日本プロ野球機構から制裁金3000万円(球団または個人への制裁金として最高額)を科された。
- テンプレート:Jsyは台風14号が接近する恐れがあり、もし10月30日・10月31日のナゴヤドームでの試合が中止となった場合は、本来なら第2・3戦の間の移動日はそのままとし、第5・6戦の移動日を割愛して実質最大5連戦とする日程になるところを、テレビの全国中継が4試合しかない(第1・2・5戦は衛星放送のみ。地上波は県域放送だけ)ことを配慮する形で、第2・3戦の移動日を割愛して最大5連戦として、第5・6戦の移動日はそのままとする日程が設定されたが、台風の影響がなくなったため、この事例はなくなった。
ビデオ判定
- 2015年・第5戦、福岡ソフトバンクホークス・李大浩の打球は左翼ポールの上を通過し、左翼線審はポールを巻いたとして本塁打と判定したが、東京ヤクルトスワローズ・真中満監督から「ファウルではないのか」と物言いがつき、審判団による7分にも及ぶビデオ判定を経て、判定は覆らず本塁打となった。なお、NPBにおいて2010年にホームランを巡るビデオ判定が導入されて以来、シリーズでのビデオ判定は史上初[注 16][9][10]。
- 2016年・第2戦では同年より導入された本塁クロスプレーでのビデオ判定が行われた。6回裏、無死二塁の場面で広島東洋カープ・菊池涼介がバントの構えからバスターに切り替えて打った打球はレフト前へ抜ける。これを見た二塁走者の田中広輔は本塁へ向かった。日本ハム左翼手・西川遥輝から捕手・大野奨太へ際どいタイミングで返球され、球審の白井一行はアウトと宣告した。これに広島・緒方孝市監督がビデオ判定を要求、審判団の協議によりビデオ判定が行われた。その結果、「大野のタッチより先に田中の手が本塁に触れていた」として、判定を覆して田中の生還を認めた[11]。
全試合同一都道府県内での開催
テンプレート:Jsyの開催は両リーグの出場チームが、文京区の後楽園球場に当時本拠地を置いていた巨人と、荒川区の東京スタジアムを当時本拠地としていたロッテであり、全試合が東京都での開催となったため、史上初めて同一都道府県内のみでの開催となった(東京シリーズ)。同一都道府県での日本シリーズはこの1970年と上述のテンプレート:Jsy(後楽園シリーズ)の2例のみ。2015年現在は、2008年にオリックスが大阪府をフランチャイズ[注 17]とし、セ・パ両リーグの球団がともに本拠地を置く都道府県がないため、通常のフランチャイズ制度下では同一都道府県で開催されることはない。
テレビ放送
地上波系列の全国放送
2010年までは基本的にホームゲームの球団が推薦した放送局と直接交渉し、その放送局の属するネットワークにより全国生中継された(通常レギュラーシーズンの放送を頻繁に行う局が推薦され、生放送される)。しかし2010年の日本シリーズで地上波全国中継が実施されない試合が3試合あったことを受けて、2011年は進出球団が放送局を推薦したうえで、テレビ中継協賛スポンサーの広告代理店にその放送局への中継交渉を行う方式をとった[12](それでも、通常レギュラーシーズンの放送を頻繁に行う局が優先的に推薦されることに変わりはない)。これ以降の中継では放送局の番組編成の都合から、試合開始時間が繰り上がる事例が発生している(2011年の第1戦、2016年の第5戦)。
- セントラル・リーグの一部の球団では、読売ジャイアンツ(日本テレビ)、中日ドラゴンズ(CBCテレビ、東海テレビ、テレビ愛知、三重テレビ)、東京ヤクルトスワローズ(フジテレビ)、横浜DeNAベイスターズ(TBS)、といったように特定の放送局に本拠地主催試合の放映権が与えられている。これらの球団が日本シリーズに出場した場合、レギュラーシーズン同様に放映権もこれらの放送局の属するネットワークの系列局が必ず推薦される。特に前2者の球団の場合は新聞社系列故に系列外局に対する締め出しが非常に強く、放映権が与えられていない放送局には日本シリーズの放映権も推薦させないほどの徹底ぶりである。
- 阪神タイガースと広島東洋カープについては各局に放映権がほぼ均等に分配されているが、阪神タイガースの場合はABCに水曜日と日曜日の試合の放映権を優先させており、阪神タイガースが日本シリーズに出場した場合の放映権もそれを踏襲している。従って、セ・リーグ球団の開催試合においては、テレビ朝日・ANNネットワークの系列局が推薦されるのは、阪神タイガースが日本シリーズに出場した場合の水曜日と日曜日の試合、広島東洋カープが出場した場合、東京ヤクルトスワローズが出場し、かつフジテレビが独占しなかった場合の本拠地開催の一部の試合にほぼ限定される。
- 千葉ロッテマリーンズなどパシフィック・リーグの一部の球団が進出した場合、テレビ東京・TXNネットワークの系列局が推薦される場合があり、その場合は系列局が少ないため地上波で生中継を見られる地域は他系列に比べ大幅に少なくなる(セ・リーグ側はこれまで中日ドラゴンズが進出した場合のみに放送権を得ている)。そのため、衛星放送のNHK BS1(以前はBShiも)での放送で補完することになる(テレビ東京系列のBSジャパンでの放送は現状未実施)。
- 過去にテレビ東京は次の試合を放送している
- 1970年・ロッテ対巨人(第3・4試合。第4試合はNHK総合テレビ並列)
- 1974年・ロッテ対中日(第5試合)
- 2003年・ダイエー対阪神(第7試合。制作・TVQ九州放送)
- 2005年・ロッテ対阪神(第2・7試合。但しロッテ4連勝のため第7試合は中止)
- 2006年・日本ハム対中日(第4試合 制作協力・テレビ北海道)
- 2007年・日本ハム対中日(第2・5試合。第2試合は制作協力・テレビ北海道 第5試合はセ・リーグ側のホームゲーム 制作協力・テレビ愛知)
- 2009年・日本ハム対巨人(第7試合 制作協力・テレビ北海道 予定されていたが、前日の第6試合で巨人が優勝を決めたため中止)
- 2010年・ロッテ対中日(第4試合 第1試合=セ・リーグ側ホームゲームもテレビ愛知が放送権を得たが、全国中継せず。仮に第8試合にもつれた場合はテレビ愛知協力による全国放送となる予定であった)
- 2011年・ソフトバンク対中日(第2・5試合 第2試合は制作協力・TVQ九州放送 第5試合はセ・リーグ側のホームゲーム 制作協力・テレビ愛知)
- 2015年・ソフトバンク対ヤクルト(第2試合。制作協力・TVQ九州放送)
- 過去にテレビ東京は次の試合を放送している
- 1970年と1974年は日中の開催で、一部の局ではローカルセールスの時間帯であったことから、特に東京12チャンネルとの結びつきが強い地方局への番組販売(中京圏は本来なら日経資本の中京テレビで中継されるものだったが、UHFの視聴世帯がまだ少なかったため、名古屋テレビで中継。近畿地方は1970年の第3戦と1974年の第5戦は当時クロスネット局の関係にあった毎日放送(MBS)で、1970年の第4戦は当時から東京12チャンネルの準キー局扱いであった近畿放送・サンテレビで中継)にて同時放送が行われた。
- しかし、ナイトゲーム開催以後の6回(試合自体がなかった回は除く 以下同文)の中継は系列局の編成の都合から生放送はTXN系列5局と中京・近畿の独立県域局を視聴できる地域に限られており、2003年は地方局には90分に編集した録画中継版を販売して当日深夜(翌日未明)に放送した局もあったが、2005年以降はそれも行われず、系列のない大多数の県ではTXNの実況を見られない状態となっている(BSジャパン・TX系列のCS(AT-Xや日経CNBC)でも中継されていないため)[注 18]。また系列局はあっても中継局がないなどの理由で視聴できない地域や(特にテレビ北海道)、ケーブルテレビの区域外再放送でも視聴できない地域があることから(技術の問題、地元系列局の反対等)、「全域で放送できなければ放送権を取るな!」という苦情もある。特に2003年や2007年のように、中継権を得た試合が優勝決定戦になるとその傾向が強まる。
- 1999年・ダイエー対中日も一度第7試合をテレビ東京系列(制作・TXN九州)で放送することが決まっていたが、系列局が少ないのと、衛星放送の普及が進んでいない(デジタル放送の開局は2000年12月1日)という理由でANN(九州朝日放送)に移譲したことがあった。しかし、ダイエーが4勝1敗で優勝し、第7戦そのものが開催されなかった。
- また、1998年に日本ハム[注 19]、2001年にダイエーがそれぞれ進出した場合、1998年は第4戦、2001年は第7戦の放送が検討されていたが、優勝を逃したため実現に至らなかった。
- なおANN(NET→ANB→EX)系は1970年代後半のUHF局開局以後1990年代の平成新局の開局ラッシュ時まで、基幹都市から段階を追い、最終的に基幹都市以外の地方系列を増やしているが、系列局が少なかった時代はその推薦をなかなか受けられなかったため中継ができた試合は限られた。特に南海ホークスと結びつきの強いMBSが1975年3月30日の腸捻転ネットチェンジが解消するまではANN(NET)の系列だったことからMBS発の南海戦の日本シリーズの放送は1959年の対巨人戦の第1・2戦[注 20]、南海戦以外では1962年・阪神対東映の第1・6・7試合の3試合のみで、合計5試合に留まった[注 21]。
- また、NHKでも1991年までは主に最速で優勝が決まる第4試合を中心に(例外あり)NHK総合テレビで生中継されていたが、衛星放送の普及による番組編成の見直しから地上波での放送は91年以降行われていない。独占放送は前述・1974年の中日対ロッテ第6戦(ロッテが優勝を決めた試合)を最後に途絶えている。
県域独立局
- 1985年・阪神対西武の第3・5試合がサンテレビ(兵庫県ローカル)で放送された。独立県域局ではネット受け以外で史上初の放送権となったが、この時は第3戦が朝日放送、第5戦はよみうりテレビとの並列放送だったので、独占放送ではなかった。なおこの後2003年・阪神対ダイエー、2005年・阪神対ロッテの2回はサンテレビが主管試合の放映権を得ることはなかったが、兵庫県内ではTXN系のテレビ大阪・テレビせとうち[注 22]が受信できない地域への配慮としてテレビ東京製作のそれぞれパ・リーグ側主管試合(2003年第7試合、2005年第2試合)をネットしている。
- 2010年は第1・2・5試合は全国で地上波の中継が行われなかった。中部日本放送(CBC)が系列局であるTBS系列に優先権があったが、時間帯が『世界バレー』中継と重なったことからTBSは放送権を獲得しなかった。但し、第1戦はナゴヤドームがある愛知県ローカル局のテレビ愛知[注 23]、第2戦は中京広域圏の東海テレビで、第5戦は千葉マリンスタジアムがある千葉県ローカル局の千葉テレビでは放送された。前述・阪神対西武の試合が広域放送(準キー局)との並列だったが、この試合の地上波放送は千葉テレビだけであるため、当初は史上初の「県域独立局独占中継」となる可能性があった。その後、第5戦の中継に関しては、11月3日にCBCが急遽自社制作を実施し東海地方ローカルでの放送を受け持つことになり、千葉テレビ制作の中継が三重テレビにも同時ネットされることとなった[13]が、それでも関東地方では千葉テレビだけでの放送であり、キー局を含め「関東地方テレビ局独占中継」の形となった。
衛星放送
系列局ごとによって対応が異なる。プロ野球中継放送実績の無い放送局は原則として省略する。
CS放送
日本テレビ系列
- 読売ジャイアンツが出場した場合、日テレジータスを通して巨人主管試合を全試合完全生中継と深夜に完全録画中継(地上波同内容)。巨人以外の他球団が出場し、日テレ系列の放送局が放送権を得たケースでは2016年に初めて放送予定が設定された[注 24]。日テレプラス ドラマ・アニメ・スポーツは放送実績なし[注 25]。
テレビ朝日系列
- テレ朝チャンネル2(2012年は朝日ニュースター)で地上波と同じ内容で完全録画中継。なお同じテレビ朝日直轄のテレ朝ch1は編成の特殊性の関係で放送実績なし。更に2011年まではテレビ朝日系製作の試合は、同系列の朝日放送(ABC)傘下のスカイ・エーで放送された[注 26]。
TBS系列
- TBSチャンネル2で地上波と同じ内容で完全録画中継。2013年までは編成の特殊性の関係で放送実績がなかった。(なお、2013年まではTBSニュースバードで同趣旨を行っていた<過去中日・ソフトバンク主催試合で実績あり。但し2011年の一部の試合は地上波での放送は実況を差し替えてあった>が、ニュースバードでの放送は同年度[注 27]をもって終了となっている)。なお、同じJNN系列の毎日放送(MBS)傘下のGAORAでは放送実績なし。
テレビ東京系列
フジテレビ系列
その他 2010年は地上波全国放送が行われない試合があったため、J SPORTSで第1・2・5試合を自主制作(うち、第1戦はテレビ愛知の映像提供を受けて)で放送した。
FOX SPORTS ジャパンは放送実績なし。
BS放送
NHK
- NHK-BSでは1998年・2002年を除いて放送実績がある。特に地上波でテレビ東京系の中継を行う場合は未放送地域へのカバーとして必ず行われる。2009年以降、BSではNHK BS1のみでの放送となり、他BS局では2012年のBS日テレでの録画ダイジェストを除いて放送されなくなった[注 28]。
- BS1 1989年 - 1993年(全試合中継録画)、1994年(第4・6戦。第1・2・3・5戦は中継録画)、1995年(第4戦)、1996年(第3戦)、1997年(第4戦)、1999年(第1・2戦)、2000年(第4・5戦)、2007年(第2・5戦)、2009年(第1・2・3・6戦)、2010年(第1・2・3・4・5戦)、2011年(第2・5・6・7戦)、2012年(第2・3・4戦)、2013年(第2・3・6・7戦)、2014年(第2・3・4・5戦)、2015年(第1・2・3戦)
- BShi 2008年(第1・6・7戦)
- BS1・BShi同時放送 2001年(第2戦)、2003年(第1・2・4・5・7戦)、2004年(第2・7戦)、2005年(第2戦)、2006年(第2・4戦)
日本テレビ系列
- BS日テレでの放送実績なし(ただし2003年(第2戦、第5戦)、2012年(第1戦、第6戦)、2013年(第4戦、第5戦)は1時間のダイジェスト版として放送)。
テレビ朝日系列
- BS朝日で2001年(第1・4戦。後者録画)、2002年(第3戦)、2003年(第3・6戦。後者録画)は完全中継で、また2006年(第3・5戦)、2007年(第1戦)、2008年(第2-5戦)はそれぞれ1時間のダイジェスト版を放送した。
TBS系列
- BS-TBSで2002年(第4戦)、2004年(第5戦)の放送実績がある。
テレビ東京系列
- BSジャパンでの放送実績なし。
フジテレビ系列
- BSフジで2001年(第3・5戦)、2004年(第6戦)の放送実績がある。
その他 BS11・TwellV・FOXスポーツ&エンターテイメント・J SPORTS[注 29]での放送実績なし。
ラジオ放送
日本シリーズはNPB主催のため、レギュラーシーズンの放送権の有無に関わらず平等に中継することができる。2012年現在はJRN系列における東京ヤクルトスワローズのホームゲームが該当する。放送権は原則としてシリーズ全試合が対象。
NHKラジオ第1放送とTBSラジオ、文化放送、ニッポン放送は毎年生中継を実施、そのうちニッポン放送は開催球場問わず全試合自社制作となる。
なお、シリーズ期間中はナイターオフ編成のため、レギュラーシーズンとネットワーク編成が異なる上、ネット受けの放送を行わない局も出てくる。また、地元球団がある局では当該球団が出場した場合のみ放送する局もある。
ラジオ大阪は2006年以降、放送は行っていない[注 30]。RFラジオ日本は2013年以降読売ジャイアンツのホームゲームのみ放送[注 31]。また、2017年を以ってTBSラジオがプロ野球中継から撤退したため、レギュラーシーズンでは文化放送・ニッポン放送がJRN系列局への裏送り放送を実施しているが、日本シリーズの対応については現時点では不明。
FMについては、埼玉西武ライオンズが進出した場合のみ、NACK5で放送する。
脚注
注釈
- ↑ 変更当初は、アジアシリーズの日程が迫っていた事が移動日を省く理由とされていたが、同シリーズが開催されなくなった以降の年も、引き続き継続されている。
- ↑ 場合によっては、第1戦・第2戦で中止試合が発生した場合は第2戦と第3戦の間の移動日・休養日は設けない場合もある。→#変則的な開催日程
- ↑ 具体例として、2016年の日本シリーズでは広島対日本ハムとなり、広島・札幌間の当日移動が不可能であるため、移動日を含めすべて1日順延とするとしている。[1]
- ↑ 1994年はデーゲーム・ナイトゲーム併用のため、デーゲームの場合は18回まで(以後デーゲームでの開催は2011年第1戦まで実施されなかった)。
- ↑ 2014年は当初開催予定が、日米野球や韓国野球リーグが仁川アジア大会の関係で中断し11月まで日程が組まれるなどの都合や、開催国・台湾の諸般事情により非開催となった
- ↑ 2011年と2013年は中国が辞退。
- ↑ オーストラリアは2011年から参加。
- ↑ ヨーロッパは2013年から参加。
- ↑ 1973年の年間勝率で首位は阪急・2位はロッテであり、それ以外の年間勝率首位は1975年は近鉄・1979年は阪急・1982年は日本ハムである。
- ↑ パ・リーグ所属球団の日本一連覇も、成し遂げたのは西武(西鉄)とオリックス(阪急)、ソフトバンクの3球団だけである。
- ↑ 同グループではコナミデジタルエンタテインメントがNPBパートナー(オフィシャルスポンサー)を務めている。
- ↑ 仮に予定通り開催されていれば、日本シリーズ史上初の9月開催となるところであった。尚、メジャーリーグでは1918年のワールドシリーズが戦火の影響で9月に繰り上げられたことがある。
- ↑ 13.0 13.1 本来の保護地域以外での越県開催はこの2例のみ
- ↑ 読売新聞社が招待したニューヨーク(現サンフランシスコ)・ジャイアンツの単独チームと、毎日新聞社が招待したアメリカ大リーグ選抜チームによる大会
- ↑ テンプレート:Jsyのセ・リーグ代表・広島東洋カープの本拠地・旧広島市民球場は当時実勢収容人員が24,500人、テンプレート:Jsyのパ・リーグ代表・東北楽天ゴールデンイーグルスの本拠地・Kスタ宮城も28,120人(常設23,451人)で、規定の3万人を下回っていたが、いずれも開催されている
- ↑ 同年9月12日の広島 - 阪神戦(甲子園)において、広島・田中広輔の打球をビデオ判定でボールインプレー(三塁打)としたが、後にNPBがホームランだったと誤審を認めて謝罪した経緯があり、CSならびに日本シリーズではセ・パ両リーグの統括が映像の検証に加わることとなった。
- ↑ 近鉄との合併から3年間(2005年-2007年)は特例措置として阪神(フランチャイズ制度導入後はこの3年間を除き兵庫県のみ)とオリックスが大阪府・兵庫県をダブルフランチャイズとしていた。
- ↑ もっとも、これはテレビ東京系列に限らない。2005年の場合非開催分も含め3試合分をテレビ朝日系列が獲得し(第1・3・6試合)、一方でBS朝日による中継もなかったため、テレビ朝日系列のない県では第1・3戦が見られないという事態が生じた。
- ↑ 日本ハムについてはこれまでテレビ朝日(ANN)系がほぼ独占的に放送(1981年の日本ハム主管3試合はテレ朝独占)していたが、1990年代中盤以後は主に週末のデーゲームを中心にした試合放送が強化されたことを受けて推薦されることが検討されたためである。
- ↑ 読売テレビ、日本テレビ、NETとの4社共同制作・同時放送。そのうち第1戦がMBS主導、第2戦はYTV主導での制作だった。なお後楽園に移ってからの第3・4戦もこの形態だったが日本テレビ主導での放送であった
- ↑ またMBSは先に述べた1970年・ロッテ対巨人第3戦と1974年・ロッテ対中日第5戦の2試合において東京12チャンネルとのネット受けによる中継を行った。
- ↑ いずれも府県域放送であり、兵庫県に中継局が設置できないため(ケーブルテレビ局の再配信はある)
- ↑ 放送時間は18:30 - 20:56。ただし、最大21:00まで延長あり。同じTXNネット局のテレビ大阪にもネットされた(19:00 - 20:54。「土曜スペシャル」を差し替えて放送。延長なし)。なおテレビ愛知では、「出没!アド街ック天国」放送中も、試合終了まで2画面放送を行っていた。
- ↑ 系列の広島テレビが日本テレビと共同で第6戦の放送権を得たため
- ↑ 2014年は第7戦に持ち越された場合に、地上波で放送されることになっていたが、日テレジータス・日テレプラスでの放送については未定となっていた(第5戦で終了したため放送もなし)。また2014年をもって野球中継が終了の為、放送は終了となった。
- ↑ なお、2014年第1回戦はスカイ・エーにて放送
- ↑ 実際は2014年5月までTBSチャンネル・ニュースバード並列で放送
- ↑ 一部試合はNHKワールド・プレミアムでも海外向けに同時放送された実績もある。
- ↑ 2010年にJ SPORTSで放送した当時BS放送は開始されていなかった。
- ↑ 2008年以降、プロ野球レギュラーシーズンの放送も行われていない。
- ↑ 2012年も出場したが放送はなかった。
出典
- ↑ SMBC日本シリーズ2016・NPB公式サイトの開催概要より
- ↑ 巨人過去最高1億円余り 日本シリーズ分配金(47NEWS、2009年11月11日)
- ↑ 2015SMBC日本シリーズ開催概要より抜粋
- ↑ 2015・2017年の福岡ソフトバンクホークス。
- ↑ “今年は「SMBC日本シリーズ2014」に、10・25開幕”. スポーツニッポン. (2014年9月1日) . 2014閲覧.
- ↑ 「日本シリーズ2014」特別協賛社に三井住友銀行(日本野球機構リリース 2014年10月3日閲覧)
- ↑ NPBパートナーに「三井住友銀行」(日本野球機構NPBニュース 2014年10月1日 10月3日閲覧)
- ↑ コナミ日本シリーズ2011 試合開始時間 - 日本野球機構オフィシャルサイト 2011年11月1日
- ↑ 李大浩の2ラン、ビデオ判定 日本シリーズで初
- ↑ 日本シリーズで初ビデオ判定 協議7分も判定覆らず
- ↑ 【日本シリーズ】広島が連勝、勝負を分けたシリーズ史上初リプレー検証…ハムは4安打 スポーツ報知、2016年10月25日閲覧。
- ↑ 日本シリーズ、今年は全試合を地上波で全国中継 産経新聞(2011年11月9日、2011年11月14日閲覧)
- ↑ 「日本S第五戦をCBCが中継へ」(小見出しで「三重テレビも」と記載あり) 2010年11月3日付中日新聞朝刊。
関連項目
- プロ野球中継
- アジアシリーズ
- 日韓クラブチャンピオンシップ
- アジア プロ野球チャンピオンシップ
- 熱闘!日本シリーズ(DVD・VHS)
- 決戦・日本シリーズ(小説)
- ワールド・ベースボール・クラシック
- クライマックスシリーズ
- ファーム日本選手権
- プロ野球1リーグ時代の優勝チーム・試合方式一覧
外部リンク
- 日本シリーズ - NPB.jp 日本野球機構
- 日本シリーズ 視聴率(株式会社ビデオリサーチより)
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