山口百恵

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山口 百恵(やまぐち ももえ、1959年1月17日[1] - )は、日本の元歌手、元女優。戸籍名:三浦 百惠(みうら ももえ、旧姓山口)。

配偶者俳優三浦友和1980年11月19日結婚)。長男はシンガーソングライター・俳優・歌手の三浦祐太朗。次男は俳優の三浦貴大

活動時の所属事務所はホリプロ、レコード会社はソニー・ミュージックエンタテインメントに所属。

以下、氏名の表記は特記を除き「百恵」で統一する。

略歴

生い立ち

東京都渋谷区に生まれる[2]。幼少時を神奈川県横浜市瀬谷区、小学2年生から中学生でデビューするまで横須賀市で過ごした。横須賀市立鶴久保小学校卒業。横須賀市立不入斗中学校[3]時代に、スター誕生!に出場した。日出女子学園高等学校卒業。

芸能界デビュー

1972年12月、オーディション番組『スター誕生!』で、牧葉ユミの「回転木馬」[4]を歌い、準優勝[5][6][7]、20社から指名を受ける。同番組への出演応募のきっかけは、同い年の森昌子がテレビで活躍しているのを見て「自分も森昌子さんのようになりたい」と思ったこと。同番組では、審査員の阿久悠から「あなたは青春ドラマの妹役なら良いけれど歌手は諦めた方が良い」と言われる。

1973年4月、映画としごろ』に出演し、5月21日に同名の曲で歌手としてもデビュー。森昌子桜田淳子と共に「花の中三トリオ」と呼ばれた。デビューのキャッチコピーは「大きなソニー、大きな新人」。1973年5月20日、デビュー曲の発売される前日にさいか屋横須賀店の屋上にあるステージで、地元でのお披露目として「としごろ」を歌う。デビュー曲の「としごろ」は、スタッフの期待以下のセールスに止まったため、第二弾の「青い果実」ではイメージチェンジを図り、大胆な歌詞を歌わせる路線を取った。これは「青い性路線」(「性典ソング」)と呼ばれるようになり[6]、それは1974年の「ひと夏の経験」の大ヒットで大きく花咲くこととなった[8]。年端のいかない少女が性行為を連想させるような際どい内容を歌うという、この「青い性」路線で百恵は絶大な人気を獲得することになる。歌詞の内容は際どかったが、辺見マリ夏木マリ、あるいは1970年代に復活した山本リンダなどのセクシー路線の歌手と違い、百恵は年齢が低くビジュアル面では純朴な少女というイメージだった。歌とビジュアルのギャップ、それに伴うある種の背徳感が、百恵の人気を独特なものにしていったと言われる。これは百恵の芸能人としての資質によるだけではなく、所属事務所やレコード会社による周到なイメージ戦略の賜物でもあった[9]。「ひと夏の経験」を歌っていた時期のインタビューではたいてい「女の子の一番大切なものって何だと思いますか」と質問されたが、百恵は全て「まごころ」で通した[6]

同曲が大ヒットした1974年には文芸作品の名作『伊豆の踊子』に主演し、演技でも評価を得る。この映画で共演した相手役の三浦友和とはグリコプリッツCMでこの年の夏に共演済であった。『伊豆の踊子』は一般公募で相手役を募集したが、このグリコCMを観た『伊豆の踊子』の監督、西河克己が最終選考の中に三浦の書類を入れたと言われている。三浦とはその後もテレビドラマやCMでも共演し、共に絶大な人気を博し、二人は「ゴールデンコンビ」と呼ばれた。

百恵の映画初出演はレコードデビュー前、ホリプロ制作の「としごろ」(和田アキ子森昌子主演・日活)で、新人の顔見せとしての出演だったが、『伊豆の踊子』以降、映画13作で主演。そのうち12作は三浦との共演である。「映画に関するかぎり製作者は彼女をリメイク女優以上に認識していなかった。にもかかわらず西河は『霧の旗』で、驚異的なまでのファム・ファタールぶりを彼女に演じさせた」[10]。しかし1978年にはファンからの声の大きかった初のオリジナル作品『ふりむけば愛』がコンビ出演のグリコCMを撮り続けていた大林宣彦監督の演出で製作され、翌年にもコンビ主演10作品記念としてオリジナル作品『ホワイト・ラブ』が小谷承靖監督で製作された。なお、これらの映画は東宝配給ながらすべて日活撮影所で製作され、監督やカメラマンも西河ら日活出身者が大部分を占めることもあり、往年の日活青春映画、文芸映画の後継的な意味合いも持っている。最後の引退記念作品『古都』もやはり日活製作であり、東宝から長谷川清カメラマンら数名を連れて20年ぶりに日活撮影所に乗り込んだ市川崑監督は、馴染みの薄いスタッフを粘りに粘って叱咤し引退作を撮りあげた。市川監督は以前に何度か自分の作品に百恵の出演を依頼していたが、ホリプロサイドから断られており、この最後の作品で監督を務める喜びを制作記者会見で語っている。

テレビドラマでの初レギュラー出演は1973年10月スタート、大映テレビ制作TBS系の「顔で笑って」。この作品で宇津井健との親子役が始まり、以降宇津井健を公私共に「お父さん」と慕い、後の実際の結婚の際に仲人をお願いしている。1974年10月からはTBSのテレビドラマ赤いシリーズ(いわゆる大映ドラマ)に出演、1作目「赤い迷路」続く「赤い疑惑」「赤い運命」でもやはり宇津井健との親子役。「赤い疑惑」「赤い衝撃」では三浦友和と共演。高い人気を集め、シリーズは6年にも及び、百恵のレギュラー出演作品は「赤い絆」引退記念作品の「赤い死線」まで6作品にもなった人気ドラマとなる。しかし百恵は歌手としての活動に比べて女優としては名作を残していないとの評価もあるが、酒井は「歌手というより女優だった」と百恵の本質を言及している。[1]

1976年 にはブロマイドの年間売上成績で第1位に輝いた。この年リリースされた「横須賀ストーリー」から阿木燿子宇崎竜童夫妻の作品を歌い、新境地を開く[11]。結果として引退まで歌うことになる宇崎夫妻の作品の数々は、大ヒットの連続で、百恵の世界を決定的に形作った。この二人を作家として指名したのは、周囲のスタッフではなく百恵本人だった。

1978年の『第29回NHK紅白歌合戦』では紅組トリを務めた。白組の沢田研二と共にポップスでのトリは初。また、10代の歌手が紅白のトリとなったのも百恵が初。その最年少記録は破られていない。所属事務所「ホリプロ」が東京都目黒区に建てた自社ビルは、百恵の成功によるところが大きいことから「百恵ビル」と呼ばれることもある。

1979年には、評論家の平岡正明が『山口百恵は菩薩である』を著すなど、多くの文化人に現代を象徴するスターとして語られた。写真家篠山紀信は百恵のデビュー当時から被写体として何万枚も撮り続けて来たが、度々、印象的な写真を発表し、注目を集めた。1970年代に篠山が最も多く撮影した女性は百恵であり、「それは時代が山口百恵を必要としていたから」とし、百恵を「時代と寝た女」と称した[1]

当時の人気作詞家だった阿久悠は、『スター誕生!』の審査委員長であったが、同番組出身である百恵には作品を一切提供していなかった。その理由のひとつとして、「当時は桜田淳子に(詞を)書いていたから、同系統の歌手には書かないことにしていた」と、阿久自身が述べている[12]。2008年に日本テレビ系で放送されたドラマ『ヒットメーカー 阿久悠物語』では、『スター誕生!』のテレビ予選で百恵に対して阿久が「妹役のようなものならいいけれど、歌はあきらめたほうがいいかもしれない」と評したことで[6]、「そのことに傷ついた百恵は作品の提供を阿久に求めなかった」という話に脚色されているが、あくまでもドラマでの脚色で、阿久自身は著書『夢を食った男たち』で前述のオーディションでのエピソードについて記した上に、自らファンである事実と更に百恵の魅力についてもかつての倉本聰との対談を差し挟んで語られている。

婚約発表・芸能界引退

1979年10月20日大阪厚生年金会館リサイタルで「私が好きな人は、三浦友和さんです」と、三浦との恋人宣言を突如発表する。その後三浦も記者会見で「結婚を前提にして付き合っています」と語った。

そして、翌1980年3月7日には三浦との婚約発表と同時に、「我儘な…生き方を私は選びました。(中略)お仕事は全面的に、引退させて頂きます」と芸能界引退を公表する。その一方で、迫り来る引退を視野に入れた形でのレコードのリリースや公演の予定を発表。1975年ザ・ピーナッツで始まり、1978年に解散のキャンディーズで定着した引退記念興行が大々的に展開されることになった。

引退直前同年9月に刊行された自叙伝『蒼い時』[13]は、複雑な生い立ち、芸能人としての生活の裏面に加え、恋愛や三浦との初体験についても赤裸々につづられており、発売から1か月で100万部を超え、12月までに200万部を超える大ベストセラーになった。同書の仕掛け人といえる残間里江子にも注目が集まった。写真撮影は立木義浩。引退後の翌年1981年に文庫化されている。

1980年10月5日日本武道館で開催されたファイナルコンサート[14]では、ファンに対して「私のわがまま、許してくれてありがとう。幸せになります」とメッセージを言い残し、そして最後の歌唱曲となった「さよならの向う側」で堪えきれずに、涙の絶唱となった[15]。歌唱終了後、ファンに深々と一礼をした百恵は、マイクステージの中央に置いたまま、静かに舞台裏へと歩みながら去っていった。(下記エピソードに関連記事参照)

ファイナルコンサートの翌日である10月6日には、『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ)の引退特集番組が放送された。当番組の司会者だった芳村真理井上順のほか、百恵と同じホリプロ所属の先輩だった和田アキ子、かつて「花の中三〜高三トリオ」として活躍した桜田淳子と森昌子、女性歌手仲間として仲が良かったアン・ルイス岩崎宏美太田裕美小柳ルミ子高田みづえピンク・レディー、男性歌手では「新御三家」の郷ひろみ西城秀樹野口五郎など[16]が、百恵の最後の雄姿を見守っていた。この放送は、後に『山口百恵 in 夜のヒットスタジオ』として2010年6月30日にDVDが発売されている。なお引退直前まで、百恵と親しい間柄でもあった芳村はこの回の放送につき、「いつもはスタッフ達の怒声も飛び交い、賑やかなスタジオであるはずが、この時はとても静かで、感動的だった」「番組の放送が終った後も、皆去るのが辛く、VTRも回しっぱなしでお別れ会が続いた」と放送時のスタジオの様子を語っている。

現役歌手として最後のテレビ生番組出演は、10月13日放送の『山口百恵スペシャル ザ・ラスト・ソング』(日本テレビ、『NTV紅白歌のベストテン』の特別番組として放映)である。

正式な芸能活動の完全引退は、10月15日のホリプロ20周年記念式典で、その時に歌った曲は「いい日旅立ち」である。式典の後同ホテル内において午後8時半過ぎに引退記者会見が開かれたが、記者の多さから開始直後、前列にいた百名近いスチール用カメラマンと後方のビデオカメラマンとの間で揉める場面もあり中断しかねない状態だった。この会見はこの当日放送された『水曜スペシャル特番 山口百恵 今夜 旅立ち!』(テレビ朝日)で番組の終わりに一部生放送され、これが事実上芸能人として現役最後のテレビ生出演となった。

引退時は21歳(22歳の誕生日の約3ヶ月前)で、芸能人としての活動はわずか7年半程だった。引退までにシングルは31作の累計で1630万枚、LPは45作の累計で434万枚を売り上げ、1970年代最もレコードを売り上げた歌手だった[17]

現役時代にはホリプロとの確執があり、『蒼い時』でも意見の相違により社長の堀威夫と衝突があったと振り返っている。当時の制作部長であった小田信吾とともに独立するつもりであったが、ホリプロ側が小田を説得して独立を阻んだため引退を決意したとの見解もある。もし独立が成功していれば三浦との結婚がなかったかもしれず、女優としてその後も活躍していた可能性があったとの見方もある[18]

結婚

結婚式は1980年11月19日に東京都港区赤坂の日本基督教団霊南坂教会、牧師は飯清、披露宴は東京プリンスホテル・鳳凰の間で招待客1800人が出席して行われた(仲人は大映ドラマで百恵の父親役を数多く演じた宇津井健夫妻、友和側の主賓は東宝社長・松岡功、百恵側の主賓はCBSソニー会長・大賀典雄)。百恵の父親代わりはホリプロ社長・堀威夫。披露宴の司会はメインが岡田真澄、サブが徳光和夫(当時日本テレビアナウンサー)であった。

エピソード

郷ひろみは「アイドル時代にマネージャーや周囲の目を盗み、山口百恵に電話番号を渡したが相手にされなかった。」と語っており、当時既に夫となる三浦と交際し、結婚を意識していた百恵からしたら眼中にもなかったと言われている。

オリコンシングルチャートにおいて、1973年6月4日付でデビューシングルの「としごろ」が75位に初登場してから1981年3月2日付で32枚目のシングルの「一恵」が96位にランクインするまで、405週連続で100位以内にチャートインし続けた[19]

ファイナルコンサートでマイクを置くという演出は振付担当の西条満の考案から生まれ今では伝説的なアクションとしてさまざまな番組などでマネをされている。

引退後

引退後も常にマスコミやファンからの注目を集めているが、一貫して芸能界とは距離を置いており、原則メディア出演はしない[20]。ただし作詞家として作品を提供したことがあり、1982年アン・ルイスに提供した「ラ・セゾン」がヒットしている。一方、マスコミが幾度となく復帰説を書き立てた。

引退直後の1980年の『第31回NHK紅白歌合戦』では「人気アンケート」で4位だったため番組側は出演交渉を行ったが、「既に引退しましたので辞退します」との本人回答となり、出場はなかった[21]2000年の『第51回NHK紅白歌合戦』、2005年の『第56回NHK紅白歌合戦』でも番組側は出演交渉を行ったという(出演はなかった)。

家庭に入ってからは2人の息子をもうけた。キルト作家としても活動する。作品が『東京国際キルトフェスティバル』等の展示会に出品されることもある。

自宅に不審者が押し入る事件も発生したが、大事もなく解決している。友和によれば百恵は、プライバシーが脅かされる生活に「私は、これ以上芸能界にいたことを後悔したくない」と漏らしたという。長男の通園に備えて自動車教習所に通い始めた頃には、教習所の周りを百恵を狙ったカメラマンが囲み、苦悩したという。友和が人権擁護局に助けを求めた翌日には、同局の注意喚起によりカメラマンは一人も来なくなった。しかし長男の入園式の時に同局に対応を要請した際は担当者に断られ、結局マスコミが自宅、園を取り囲んだ中を強行突破する形となり[22]、さらには強引に中にいる子供にレンズを向けたため子供が怯える騒ぎとなった。あまりの横暴に百恵は激怒、車を降りてカメラマンに平手打ちまでしたという。この出来事は翌週の週刊誌各紙に掲載された。

また、ドラマで共演し、自らが「父」と慕う中条静夫が亡くなった際は、葬儀にも出席していた。

節目ごとに多くのベスト・アルバムが発売されている。デビュー30周年にあたる2003年には未発表曲1曲を含む24枚組CD-BOXMOMOE PREMIUM』が発売され、このヒットによりブームが再燃した。

1980年のシングル「謝肉祭」は、歌詞の中で連呼する「ジプシー」という言葉が差別的表現であるとして1990年代後半以降レコード会社が発売を自粛した。このためベスト盤CDやファイナルコンサートのDVD『伝説から神話へ -BUDOKAN…AT LAST-』も不完全な形で発売されるようになった。しかし2005年5月25日発売の『コンプリート百恵回帰』(全曲新アレンジで構成)に収録されたのをきっかけに、2006年1月18日発売のライブCD-BOX『MOMOE LIVE PREMIUM』に納められたファイナルコンサートのCD及びDVDには「謝肉祭」を含むノーカット版が収録された。そして当時のシングル・バージョンも2007年7月20日発売の廉価版CD『山口百恵ベスト・コレクション VOL.2』に収録され、9月30日に『MOMOE PREMIUM』の改訂盤として通信販売限定で発売された『Complete MOMOE PREMIUM』および『MOMOE PREMIUM update』にも収録され完全復活を果たした。

引退25年・ホリプロ創立45年にあたる2005年、百恵の楽曲を使用したトリビュートミュージカル『プレイバックPart2〜屋上の天使』が上演された。

2011年母の日にちなんで2011年度「母が選ぶ理想の母」のアンケートで1位となった(2位は岡江久美子、3位は冨司純子[23]

音楽

※最高位はオリコン調べ

※アルバム項目の*印欄はカセット未発売

シングル

# 発売日 タイトル 作詞 作曲 編曲 オリコン
最高位
1 1973年
5月21日
としごろ 千家和也 都倉俊一 37位
2 1973年
9月1日
青い果実 千家和也 都倉俊一 馬飼野康二 9位
3 1973年
11月21日
禁じられた遊び 千家和也 都倉俊一 馬飼野康二 12位
4 1974年
3月1日
春風のいたずら 千家和也 都倉俊一 馬飼野俊一 11位
5 1974年
6月1日
ひと夏の経験 千家和也 都倉俊一 馬飼野康二 3位
6 1974年
9月1日
ちっぽけな感傷 千家和也 馬飼野康二 3位
7 1974年
12月10日
冬の色 千家和也 都倉俊一 馬飼野康二 1位
8 1975年
3月21日
湖の決心 千家和也 都倉俊一 森岡賢一郎 5位
9 1975年
6月10日
夏ひらく青春 千家和也 都倉俊一 穂口雄右 4位
10 1975年
9月21日
ささやかな欲望 千家和也 都倉俊一 馬飼野康二 5位
11 1975年
12月21日
白い約束 千家和也 三木たかし 萩田光雄 2位
12 1976年
3月21日
愛に走って 千家和也 三木たかし 萩田光雄 2位
13 1976年
6月21日
横須賀ストーリー 阿木燿子 宇崎竜童 萩田光雄 1位
14 1976年
9月21日
パールカラーにゆれて 千家和也 佐瀬寿一 船山基紀 1位
15 1976年
11月21日
赤い衝撃 千家和也 佐瀬寿一 馬飼野康二 3位
16 1977年
1月21日
初恋草紙 阿木燿子 宇崎竜童 萩田光雄 4位
17 1977年
4月1日
夢先案内人 阿木燿子 宇崎竜童 萩田光雄 1位
18 1977年
7月1日
イミテイション・ゴールド 阿木燿子 宇崎竜童 萩田光雄 2位
19 1977年
10月1日
秋桜 さだまさし 萩田光雄 3位
20 1977年
12月21日
赤い絆 松本隆 平尾昌晃 川口真 5位
21 1978年
2月1日
乙女座 宮 阿木燿子 宇崎竜童 萩田光雄 4位
22 1978年
5月1日
プレイバックPart2 阿木燿子 宇崎竜童 萩田光雄 2位
23 1978年
8月21日
絶体絶命 阿木燿子 宇崎竜童 萩田光雄 3位
24 1978年
11月21日
いい日旅立ち 谷村新司 川口真 3位
25 1979年
3月1日
美・サイレント 阿木燿子 宇崎竜童 萩田光雄 4位
26 1979年
6月1日
愛の嵐 阿木燿子 宇崎竜童 萩田光雄 5位
27 1979年
9月1日
しなやかに歌って 阿木燿子 宇崎竜童 川口真 8位
28 1979年
12月21日
愛染橋 松本隆 堀内孝雄 萩田光雄 10位
29 1980年
3月21日
謝肉祭 阿木燿子 宇崎竜童 大村雅朗 4位
30 1980年
5月21日
ロックンロール・ウィドウ 阿木燿子 宇崎竜童 萩田光雄 3位
31 1980年
8月21日
さよならの向う側 阿木燿子 宇崎竜童 萩田光雄 4位
32 1980年
11月19日
一恵 横須賀恵[24] 谷村新司 萩田光雄 2位
33 1994年
4月21日
惜春通り 石丸博 川口真 萩田光雄 34位

オリジナル・アルバム

LP&カセット

No. タイトル 発売日 最高位
(LP)
最高位
(CT)
備考
1 としごろ 1973.08.21 55位 - としごろ」収録
オリジナル6曲+洋楽カバー6曲
2 青い果実/禁じられた遊び 1973.12.21 26位 - 青い果実」「禁じられた遊び」収録
オリジナル6曲+邦楽カバー6曲
3 15歳のテーマ 百恵の季節 1974.04.21 7位 - 春風のいたずら」収録
初めて全曲オリジナルで構成
4 15歳のテーマ ひと夏の経験 1974.08.01 3位 - ひと夏の経験」収録
ナレーション入り
5 15才 1974.12.10 8位 - ちっぽけな感傷(新編曲)」収録
全曲間にナレーション入り
6 16才のテーマ 1975.05.01 3位 7位 湖の決心」「冬の色」収録
ナレーション入り
7 ささやかな欲望 1975.12.05 15位 - ささやかな欲望」「夏ひらく青春」収録
8 17才のテーマ 1976.04.21 2位 12位 愛に走って」「白い約束」収録
初の宇崎・阿木作品「木洩れ日」「碧色の瞳」「幸福の実感」収録
9 横須賀ストーリー 1976.08.01 3位 3位 横須賀ストーリー」収録
10 パールカラーにゆれて 1976.12.05 6位 14位 パールカラーにゆれて」「赤い衝撃」収録
11 百恵白書 1977.05.21 3位 11位 初のコンセプトアルバム
全作詞・構成を阿木燿子が担当
12 GOLDEN FLIGHT 1977.08.21 3位 9位 ロンドン録音
イミテイション・ゴールド」の完全別アレンジ収録
13 花ざかり 1977.12.05 7位 21位 秋桜」収録
14 COSMOS(宇宙) 1978.05.01 8位 24位 乙女座 宮」収録
15 ドラマチック 1978.09.01 6位 6位 プレイバックPart2」「絶体絶命」収録
16 曼珠沙華 1978.12.21 7位 7位 いい日旅立ち」収録
自身最大ヒット・オリジナルアルバム
17 A Face in a Vision 1979.04.01 3位 8位 美・サイレント」収録
NHK特集『山口百恵 激写/篠山紀信』用に製作された曲を中心に構成されたアルバム
18 L.A. Blue 1979.07.21 2位 4位 ロサンゼルス録音
19 春告鳥 1980.02.01 5位 8位 愛の嵐」「愛染橋」「しなやかに歌って」収録
20 メビウス・ゲーム 1980.05.21 6位 5位 ロックンロール・ウィドウ」収録
21 不死鳥伝説 1980.08.21 6位 11位 さよならの向う側」収録
LP2枚組「百恵ちゃん祭り」オリジナル・ミュージカルの楽曲で構成されたアルバム(4面目に百恵のサインをプレス)
22 This is my trial 1980.10.21 4位 15位 ラスト・オリジナル・アルバム

テープのみの企画盤

タイトル 発売日 最高位(CT) 備考
青い果実・禁じられた遊び 1973.12.05 - としごろ」と表題シングルのA面・B面6曲に、LP『としごろ』より6曲の全12曲
春風のいたずら 1974.03.21 - 表題シングルのA面・B面、LP『青い果実/禁じられた遊び』より9曲、
LP『としごろ』より1曲の全12曲
ちっぽけな感傷・ひと夏の経験 1974.09.01 13位 表題シングルのA面・B面、LP『15歳のテーマ ひと夏の経験』より8曲の全12曲
ささやかな欲望/白い約束 1975.12.21 9位 LP『ささやかな欲望』に「白い約束」を加え、「ありがとう あなた」をカット

ベスト・アルバム

LP&カセット

タイトル 発売日 最高位
(LP)
最高位
(CT)
備考
山口百恵ヒット全曲集 1974.11.01 6位 - SQ4チャンネル仕様
DELUXE SERIES 山口百恵デラックス 1975.06.01 21位 - 2枚組「としごろ」〜「湖の決心」までの作品から
全シングルとアルバムからのセレクト。
Best Hits 山口百恵ヒット全曲集 1975.11.01 10位 - 「としごろ」〜「ささやかな欲望」までの全シングルと映画主題歌。
Best of Best 山口百恵のすべて 1976.06.01 26位 - 2枚組、唯一「初恋時代」ソロバージョン収録のLP。「愛に走って」までの作品からセレクト。
Best Hits 山口百恵ヒット全曲集 1976.11.01 7位 - 「パールカラーにゆれて」までの作品からセレクト。
山口百恵 1977.06.21 15位 - 2枚組「夢先案内人」アルバム「百恵白書」までの作品からセレクト。
THE BEST 山口百恵 -百恵物語- 1977.11.01 12位 - A面は「秋桜」までのシングルから7曲。
B面はテレビ・映画主題歌と、この盤の為にセリフと曲で構成された映画「泥だらけの純情」のサウンドトラック、全7曲。
THE BEST プレイバック 1978.06.21 8位 3位 未発表曲「プレイバックPart1」「たそがれ祭り」収録。
「プレイバックpart2」までの作品から、オリジナル・アルバム未収録のB面曲などで構成。
THE BEST 山口百恵 1978.11.01 9位 - 2枚組「絶体絶命」までの全シングルと、アルバム曲からセレクト。
ザ・ベスト 山口百恵 1979.06.21 28位 8位 「横須賀ストーリー」〜「美・サイレント」までの作品からセレクト。
THE BEST 山口百恵 1979.11.01 22位 - 2枚組「しなやかに歌って」までの全シングルとアルバム曲で構成。
Star Legend 百恵伝説 1980.07.21 3位 15位 5枚組「としごろ」〜「ロックンロール・ウィドウ」までの全シングルと、
76年以降の全オリジナル・アルバム曲からセレクトされた60曲を「夢」「花」「炎」「愁」「愛」で構成したメモリアル5枚組アルバム。
カートン・ボックス仕様。11,000円
歌い継がれてゆく歌のように '78〜'80 1980.12.21 44位 46位 2枚組 ファン投票を元に構成されたベスト盤。
「乙女座 宮」〜「一恵」までのシングル、アルバム曲からセレクト。
歌い継がれてゆく歌のように '73〜'77 1980.12.21 85位 60位 2枚組 ファン投票を元に構成されたベスト盤。
「としごろ」〜「赤い絆」までのシングル、アルバム曲からセレクト。
THE BEST Again 百恵 1981.11.01 - - 引退翌年リリースのベスト。
Again 百恵 あなたへの子守唄 1982.07.01 13位 23位 未発表曲「あなたへの子守唄」収録。引退後初の未発表曲発売となった。
「横須賀ストーリー」以降の作品で構成。
PLAYBACK MOMOE 1973-1982 1982.11.21 - - 3枚組 引退後にして初めての全シングルが網羅されたコンプリートシングルLP3枚組。
カートン・ボックス仕様。
3650 Momoe 百惠十年 1983.12.21 - - 3枚組 デビュー10周年記念企画。
シングルヒット、アルバムセレクション、
テレビ・映画主題歌サントラ、の3枚で構成されたベスト盤。カートン・ボックス仕様。

テープのみの企画盤

タイトル 発売日 最高位(CT)
山口百恵ベスト・ヒット 1974.11.21 3位
山口百恵のすべて 1975.07.01 4位
山口百恵全曲集 1976.04.01 3位
山口百恵全曲集 1976.11.01 2位
山口百恵 テレビ・映画主題歌集 1976.12.05 -
山口百恵ベスト・ヒット 1977.04.01 1位
山口百恵全曲集 1977.11.01 3位
PLAY CASSETTE SPECIAL 1978.03.01 27位
山口百恵ヒット全曲集 1978.11.01 3位
山口百恵全曲集 1979.11.01 4位
百恵・純愛 -映画TV主題歌・名場面集- 1980.09.21 42位
山口百恵全曲集 1980.11.01 3位
山口百恵全曲集 1981.11.01 27位
百恵メモリアル VOL.1 1982.05.02 -
百恵メモリアル VOL.2 1982.05.02 74位
百恵メモリアル VOL.3 1982.05.02 46位
山口百恵全曲集 1982.11.21 31位
百恵メモリアル VOL.4 THE MOVIE 1983.05.21 82位
百恵メモリアル VOL.5 THE FINAL 1983.05.21 -
BEST SELECTION 1983.11.01 -
百恵メモリアル VOL.6 BACK-SIDE STORY 1984.07.01 -
BEST SELECTION 1984.11.01 -
BEST SELECTION 1985.11.21 -
山口百恵ベスト・セレクション 1986.11.01 73位

CD (ベスト/編集盤)

タイトル 発売日 最高位 備考
Again 百恵 あなたへの子守唄 1982.10.01 - 同タイトルのLPのCD版。ソニー初のCD発売ラインナップの1枚。
33 SINGLES MOMOE 1983.11.21 - 2枚組、全アナログシングルA面と「曼珠沙華」収録。
山口百恵ベスト・コレクション 1985.04.21
1986.05.21
- 代表的なヒット曲を15曲厳選、85年版はライトケース仕様、

86年版は通常ケースでジャケ違いの再発売。

百恵復活 1992.02.21 12位 篠山紀信監修、2枚組。
百恵回帰 1992.11.21 49位 アレンジを変え、ボーカルトラックを新たに選び直し製作されたリ・アレンジ盤。
歌い継がれてゆく歌のように -百恵回帰II- 1993.01.21 82位 百恵回帰シリーズ第2弾。
百恵・アクトレス伝説 1993.10.01 - テレビ・映画主題歌、サントラ集。
惜春 譜 1994.07.21 60位 百恵回帰シリーズ第3弾。
百恵クライマックス 1994.12.01 - 2枚組 シングル作品からセレクトされたベストと同曲のオリジナル・カラオケ集の2枚組。
山口百惠ベスト・コレクション〜横須賀ストーリー〜 1995.02.01 - The CD Club専用商品。
百惠辞典 1995.08.02 73位 全シングルA面・B面収録(収録時間の都合で曲によりエンディングがフェイド・アウトされている)。
山口百惠ベスト・コレクションII 〜いい日旅立ち〜 1995.09.01 - The CD Club専用商品。
ベスト・セレクション Vol.1 1997.07.21 - CD選書版ベスト、〜77年までのシングルからセレクト、MD同時発売。
ベスト・セレクション Vol.2 1997.07.21 - CD選書版ベスト、77年以降のシングルからセレクト、MD同時発売。
GOLDEN J-POP/THE BEST 山口百惠 1997.11.21 243位 2枚組
2000 BEST 山口百恵 ベスト・コレクション 2000.06.21 202位 85年リリースの「ベスト・コレクション」と同内容。ジャケ、価格改正。
GOLDEN☆BEST 山口百恵
PLAYBACK MOMOE part2
2002.06.19 114位 LPベスト盤『PLAYBACK MOMOE 1973-1982』のCDリニューアル版。
「謝肉祭」がカットされており、「惜春通り」が新たに収録。
コンプリート百恵回帰 2005.05.25 161位 百恵回帰シリーズ全曲をリマスタリングした2枚組、ハイブリッド盤。
山口百恵ヒット全曲集 -1974年版- 2005.05.25 - 1974年発売の4チャンネル・ステレオ・ベスト盤を初CD化
5.1chハイブリッド盤、SACD層は4.1ch仕様、紙ジャケ仕様、ボーカル別テイクあり。
赤いシリーズ シングル・コレクション 2005.10.19 237位 山口百恵のベスト盤ではなく、赤いシリーズに使われた楽曲のコンピ盤。
山口百恵ベスト・コレクション VOL.1 2007.07.20 - としごろ」〜「初恋草紙」全シングルA面16曲。
山口百恵ベスト・コレクション VOL.2 2007.07.20 - 夢先案内人」〜「一恵」全シングルA面16曲。
MOMOE PREMIUM update 2007.09.30 - CD-BOX『MOMOE PREMIUM』購入者の為のアップデート盤
CD-BOX『Complete MOMOE PREMIUM』に追加収録された作品を収録。2枚組、通信販売のみ。
GOLDEN☆BEST 山口百恵
コンプリート・シングルコレクション
2009.08.19 111位 全シングルにリアレンジのCDシングル曲、B面収録の主題歌等6曲追加
Blu-spec CDと通常盤の2種類発売。
GOLDEN☆BEST 山口百恵
アルバム・セレクション
2013.05.22 - 全オリジナル・アルバム22枚からセレクト、「初恋時代」「プレイバック Part 1」追加収録。
ゴールデン☆アイドル 山口百恵 2015.02.11 38位 全シングルA面・B面を完全収録した4枚組
紙ジャケットシングルサイズ仕様、ボーナストラック「あなたへの子守唄」収録。
GOLDEN☆BEST 山口百恵 日本の四季を歌う 2017.05.24 - 春・夏・秋・冬のテーマごとに9曲ずつ収録。

CD-BOX

タイトル 発売日 最高位 備考
REBIRTH/百恵全集 1984.05.21 - 4枚組
山口百惠全曲集 1993.11.25
2003.10.31
- 10枚組、通信販売のみ
再発時に「謝肉祭」をカット
百惠神話
ONE AND ONLY 1973〜1980
1996.08.21 - 9枚組
百恵伝説II
-STAR LEGEND II-
1999.02.27 95位 5枚組
山口百惠 女優伝説 2000.10.18 - サウンドトラックCD8枚+DVD1枚
MOMOE PREMIUM 2003.06.04 8位 全オリジナル・アルバム22枚
特典ディスク1: オリジナル・カラオケCD(リクエストによる10曲)
特典ディスク2: 未発表曲「東京の空の下あなたは」
山口百恵 22 Original Albums Collection 2005.11.01 - 全オリジナル・アルバム22枚のハイブリッド版CD
初回盤・紙ジャケ仕様をBOXセットにして通信販売
MOMOE LIVE PREMIUM 2006.01.18 36位 全ライブ・アルバムを紙ジャケで復刻
当時の未収録曲も追加収録
ファイナル・コンサートのノーカット完全版DVDをセット
Complete MOMOE PREMIUM 2007.09.30 - MOMOE PREMIUM』の完全コンプリート版
「MOMOE PREMIUM」に未収録のスタジオ録音発売作品を全てプラスした、スタジオ録音作品完全コンプリート
24枚組、通信販売のみ
コンプリート百恵伝説 2008.12.11 - LP-BOX『百恵伝説』とCD-BOX『百恵伝説II』に15曲追加したコンプリート版
6枚組、通信販売のみ

ライブ・アルバム

No. タイトル 発売日 最高位
(LP)
最高位
(CT)
録音日
1 百恵ライブ
-百恵ちゃん祭りより-
1975.10.01 10位 29位 1975.8.30/新宿コマ劇場
第1回「百恵ちゃん祭り」
2 MOMOE ON STAGE 1976.10.21 22位 - 1976.8.29/新宿コマ劇場
第2回「百恵ちゃんまつり」
3 MOMOE IN KOMA 1977.11.01 29位 33位 1977.8.30/新宿コマ劇場
第3回「百恵ちゃんまつり」
4 百恵ちゃんまつり'78 1978.10.21 27位 43位 1978.8.28/新宿コマ劇場
第4回「百恵ちゃんまつり」
5 山口百恵リサイタル
-愛が詩にかわる時-
1979.11.21 42位 56位 1979.10.1 - 2/帝国劇場
初のリサイタルを収録
6 伝説から神話へ
-BUDOKAN…AT LAST-
1980.11.19 3位 11位 1980.10.5/日本武道館
ファイナルコンサートを完全収録(LP3枚組)

サウンドトラック

タイトル 発売日 音楽 備考
オリジナル・サウンドトラック 伊豆の踊子 1975.02.21 高田弘
オリジナル・サウンドトラック 潮騒 1975.07.21 穂口雄右
オリジナル・サウンドトラック 絶唱 1976.02.25 高田弘
赤い疑惑 -テレビ・ドラマ名場面集- 1976.04.21 菊池俊輔 2005年6月22日に紙ジャケ仕様でCD発売
オリジナル・サウンドトラック 春琴抄 1977.04.21 佐藤勝
オリジナル・サウンドトラック 泥だらけの純情 1977.09.21 高田弘
オリジナル・サウンドトラック ホワイト・ラブ 1979.09.01 広瀬健次郎 主題歌「ホワイト・ラブ」(歌: eyes)
オリジナル・サウンドトラック 古都 1980.12.21 田辺信一

映像作品

タイトル 発売日 備考
山口百恵 激写/篠山紀信 1980.7. NHK特集をビデオ化 (84年 LD、VHD、VHS、βⅡ で再発売) 07年オリジナル版でDVD化
伝説から神話へ
-BUDOKAN…AT LAST-
1980.11.19 ファイナルコンサートを収録 (幾度も編集され発売されたが、現在はノーカット版がDVD化。)
ザ・ベストテン 山口百恵 完全保存版 DVD BOX 2009.12.16 TBS系『ザ・ベストテン』出演全122回よりミラーゲート登場シーン、トーク、歌を7時間収録
プレミアムブックレット付き、5枚組DVD-BOX
オリコンDVDチャート6位
山口百恵 in 夜のヒットスタジオ 2010.6.30 CX系『夜のヒットスタジオ』出演のうち、フジテレビアーカイブスに現存している1975年6月23日〜サヨナラ企画が放送された1980年10月6日までの57回分、5年3か月分の他『スター千一夜』の一部の映像・『ラブラブショー』出演時の映像(三浦友和と共演)を収録(サヨナラ企画は1番組分収録※ピンク・レディーの歌唱部分「絶体絶命」はカット、又「さよならの向う側」歌唱中にピンク・レディーがアップになる部分は他歌手のアップ画像に差し替えられている。)。
「夏ひらく青春」〜「さよならの向こう側」の歌唱シーンの他、OP(司会者トーク)やオープニングメドレー(一部未収録有)、歌唱前のトーク、一部EDと歌謡ドラマ(山口百恵登場シーンのみ)、その他企画なども収録。
プレミアムブックレット付き、6枚組DVD-BOX
オリコンDVDチャート3位、引退アーティストでベスト3入りは初の快挙となる

トリビュート・アルバム

タイトル 発売日 最高位 参加アーティスト
山口百恵トリビュート
Thank You For…
2004.05.19 3位 岩崎宏美辛島美登里サーカスSAKURASoweluつんく
中森明菜birdパフィー福山雅治藤井フミヤ
山口百恵トリビュート
Thank You For…part2
2005.05.25 6位 I WiSHアン・ルイス大橋純子工藤静香ケイコ・リー鈴木雅之
スネオヘアー原田知世三原じゅん子柳ジョージRAG FAIR

他の歌手への提供曲

百恵自身の楽曲の作詞以外に、他の歌手への歌詞提供も行った。

横須賀恵名義

  • 高田みづえ
    • 通りすぎた風(1983年2月1日シングル・谷村新司作曲)※1978年3月ラジオニッポン放送「山口百恵のスーパーライブカンパニー」最終回の公開録音の為に、その公開録音のゲスト「アリス」の谷村新司作曲、山口百恵の歌唱で初公開され、1980年のTV音楽番組「ミュージックフェア」では谷村新司とのデュエットで放送されたのみの未レコード化だった作品を、高田みづえがカヴァーした。
  • 三浦友和
    • LET ME BE LONELY(1980年アルバム「喜・怒・愛」)
    • A・N・TA(1980年アルバム「喜・怒・愛」)

三浦百恵名義

出演

映画

タイトル 公開年月日 監督 共演者 原作 備考
としごろ 1973年4月14日 市村泰一 森昌子   和田アキ子石川さゆり等が出演
百恵は助演
伊豆の踊子[18] 1974年12月28日 西河克己 三浦友和 川端康成 初主演
潮騒 1975年4月26日 西河克己 三浦友和 三島由紀夫
お姐ちゃんお手やわらかに! 1975年4月26日 坪島孝 和田アキ子   『潮騒』の併映作、ワンカットのみ出演
花の高2トリオ 初恋時代 1975年8月2日 森永健次郎 森昌子
桜田淳子
絶唱 1975年12月20日 西河克己 三浦友和 大江賢次
エデンの海 1976年4月24日 西河克己 南條豊 若杉慧
風立ちぬ 1976年7月31日 若杉光夫 三浦友和 堀辰雄
春琴抄 1976年12月25日 西河克己 三浦友和 谷崎潤一郎
泥だらけの純情 1977年7月30日 富本壮吉 三浦友和 藤原審爾
昌子・淳子・百恵 涙の卒業式〜出発〜
1977年11月19日 根本順吉 森昌子
桜田淳子
花の高3トリオ卒業コンサート
ライブ・ドキュメント
霧の旗 1977年12月17日 西河克己 三浦友和 松本清張
ふりむけば愛 1978年7月22日 大林宣彦 三浦友和 ジェームス三木(原案) サンフランシスコ・ロケ
炎の舞 1978年12月16日[25] 河崎義祐 三浦友和 加茂菖子執炎
ホワイト・ラブ 1979年8月4日 小谷承靖 三浦友和 中川美知子(原案) スペイン・ロケ
天使を誘惑 1979年12月22日 藤田敏八 三浦友和 高橋三千綱
古都 1980年12月6日[26] 市川崑 三浦友和 川端康成 引退記念作品、百恵一人二役

テレビドラマ

※ゲスト出演は除く

タイトル 放送局 放映期間 備考
顔で笑って TBS 1973年10月5日 - 1974年3月29日
銀河テレビ小説
灯のうるむ頃
NHK 1974年7月8日 - 7月22日
赤い迷路[1] TBS 1974年10月4日 - 1975年3月27日 赤いシリーズ第1作目
赤い疑惑[1] TBS 1975年10月3日 - 1976年4月16日
赤い運命[1] TBS 1976年4月23日 - 10月29日
赤い衝撃[1] TBS 1976年11月5日 - 1977年5月27日 赤いシリーズで初の単独主演
土曜ワイド劇場
野菊の墓
テレビ朝日 1977年7月9日
東芝日曜劇場
美しい橋
TBS 1977年10月2日 石井ふく子プロデュース
赤い絆[1] TBS 1977年12月2日 - 1978年6月9日
風が燃えた TBS 1978年3月6日 日立スペシャル
人はそれをスキャンダルという TBS 1978年11月21日 - 1979年4月17日
日本のおんな 北国から来た女 フジテレビ 1979年4月25日 脚本: 平岩弓枝
土曜ナナハン学園危機一髪
もうさみしくなんかないぞ
フジテレビ 1980年5月3日
花王名人劇場
さらわれたスーパースター
フジテレビ 1980年10月19日
赤い死線[1] TBS 1980年11月7、14日 山口百恵引退記念スペシャルドラマ

NHK紅白歌合戦出場歴

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手 備考
1974年(昭和49年)/第25回 ひと夏の経験 01/25 西城秀樹 トップバッター(1)
1975年(昭和50年)/第26回 2 夏ひらく青春 14/24 三橋美智也
1976年(昭和51年)/第27回 3 横須賀ストーリー 01/24 野口五郎 トップバッター(2)
1977年(昭和52年)/第28回 4 イミテイション・ゴールド 13/24 加山雄三
1978年(昭和53年)/第29回 5 プレイバックPart2 24/24 沢田研二(1) トリ
1979年(昭和54年)/第30回 6 しなやかに歌って 14/23 沢田研二(2)

ラジオ

※放送局はすべてニッポン放送

タイトル 放送期間
山口百恵のモモモモ30分 1974年4月 - 1975年10月
山口百恵のラブリータイム 1975年11月 - 1976年3月
山口百恵と大石悟郎のフォーエバー・フォーク 1976年10月 - 1977年3月
山口百恵のスーパー・ライブ・カンパニー 1977年10月 - 1978年3月
山口百恵のカラフル・ポップコーン 1978年10月 - 1979年3月
山口百恵と宇崎竜童のローリングタウンNo.1 1979年10月 - 1980年3月
山口百恵 夢のあとさき 1980年4月 - 1980年10月

CM

書籍

著書

楽曲解説本

  • 川瀬泰雄『プレイバック 制作ディレクター回想記〜音楽「山口百恵」全軌跡〜』学研、2011年2月25日初版/ISBN 978-4-05-404725-9

脚注

  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 1.6 1.7 1.8 引用エラー: 無効な <ref> タグです。 「prf2」という名前の引用句に対するテキストが指定されていません
  2. 山口百恵…70年代を代表するアイドル、nikkansports.com、2009年1月15日20時35分
  3. 大場弘行 [『おんなの時代:山口百恵さんの「原点」横須賀を歩く』 http://mainichi.jp/articles/20141231/mog/00m/040/014000c]、毎日新聞、2014年12月31日
  4. 後に花の中三トリオを組むことになる桜田淳子も、同年、同じ『スター誕生!』で牧葉ユミの曲「見知らぬ世界」を歌って合格していた。
  5. 百恵はこの時、「発表を聞く前に、私は歌手になれることをはっきり確信していた」という。
  6. 6.0 6.1 6.2 6.3 山口百恵『蒼い時』集英社1981年
  7. この決戦大会出場時の映像は現存していない。
  8. その後千家・都倉コンビが作った楽曲は45曲に及ぶ
  9. CBSソニー(現:「ソニー・ミュージックエンタテインメント」)のプロデューサー酒井政利は第二弾として「青い果実」を出すときに、作詞家の千家和也に対して「より過激な表現」を求めつつ、「中学生にこんな歌詞を歌わせていいのか」と自問したものの、「ストレートに表現することも一つの行き方だ」と思い直したという。
  10. 四方田犬彦『日本映画史110年』(集英社新書 2014年p.199)。
  11. 実際はシングル「横須賀ストーリー」の2ヶ月前に発売されたオリジナル・アルバム『17才のテーマ』に収録の「木洩れ日」「碧色の瞳」「幸福の実感」の3曲で宇崎夫妻の提供曲を歌っている。「横須賀ストーリー」も当初そのアルバム収録用に提供された曲だった。その後、宇崎夫妻の提供曲はシングル、アルバムを合わせると69曲に及んだ。
  12. 日本テレビ『スーパーテレビ情報最前線』 - 「独占公開! 山口百恵 ピンク・レディーの真実“スター誕生”物語」2000年11月20日放送
  13. 巻末のあとがきは百恵自身の万年筆による手書き原稿が印刷されている。
  14. 当日TBSテレビで生放送され、案内役は『ザ・ベストテン』の司会者である久米宏が担当。
  15. 涙がこぼれてもぬぐわず、あごから涙をぽたぽた落とす状態で歌った。
  16. ほか番組のフィナーレ前には五木ひろし研ナオコ沢田研二ら歌手仲間が登場、特にジュディ・オングから花束を受け取る際に百恵は感極まって涙を見せている。また、漫才コンビの青空球児・好児、プロデューサーの酒井政利やディレクターの川瀬泰雄ら仕事仲間の大勢も駆け付けた。
  17. 紙面復刻: 1995年7月13日 (この道 500人の証言185・山口百恵その1)、nikkansports.com、2010年3月30日6時54分
  18. 18.0 18.1 別冊宝島2551『日本の女優 100人』p.94.
  19. オリコン・ウィークリー(編)『小池聡行のオリコンデータ私書箱』オリジナルコンフィデンス、1991年、124-125頁。ISBN 4871310272
  20. 長男出産後の記者会見に夫と共に出席したことはある。その後、フジテレビ3時のあなた』の取材班の取材を受け、その模様が同番組で放映されたことがある。
  21. 合田道人『紅白歌合戦の舞台裏』
  22. 三浦友和『被写体』
  23. 「メディアインタラクティブ」の調査アンケート
  24. 山口百恵のペンネーム。
  25. 多くのデータベースで11月23日公開と記されているが全くの誤りである。
  26. 有楽座にて特別先行上映。全国公開は12月20日から。

関連項目

外部リンク

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