旧姓
旧姓(きゅうせい)とは、結婚や養子縁組などにより、所属する家族が変更する以前の姓(氏)を指す。夫婦同氏制度に基づいて旧姓が発生する場合がほとんどであり、夫婦別姓制度が導入されている場合は、旧姓の概念は起こらない。日本以外では、ほとんどの国家で夫婦別姓が取り入れられている(詳細は夫婦別姓#各国の状況)。以下、断りのない限り日本の事例について述べる。
概要
日本の民法では、夫か妻のいずれかの姓に統一しなければならないとされる。
2014年度には96%の女性が、結婚を機に姓を変えた。研究者、弁護士、ジャーナリスト等、氏名の一貫性が強く求められる職業が存在するため、氏名の一貫性を保つことが難しくなるとして課題となっている。職場で旧姓を使用することは、会社が許可した場合のみ可能である。そのため、旧姓の通称利用拡大や、選択的夫婦別姓制度を望む声が強くなってきている。
未成年者の親が離婚等して子供が片親の籍に入る場合、それまでの姓は旧姓となる。かつては婚姻関係を終了した場合は旧姓に戻らなければならなかったが、1976年6月に民法が改正され、配偶者側の姓のままでいることが可能となった。
未成年者の母親が再婚した場合、多くが義父の姓を名乗ることになり、それまでの姓は旧姓となる。
養子縁組の場合、養子が養親の姓に改める決まりとなっているので、養子にとって縁組前の姓は旧姓となる。
戸籍の筆頭者が姓を変更する際において成年の子が同一戸籍の姓を変更したくない場合は分籍届を提出すれば、元の姓のままでいることが可能となる。
成人の姓の変更は、自分の意思でなされるのに対し、未成年者の姓の変更は自分の意思でなされないこと、言い換えれば親の都合でなされることには注意しなければならない。
旧姓の通称利用
旧姓を通称として使用することやそれを業務等で認めることを旧姓通称利用というが、業務上の旧姓通称利用は、1988年に富士ゼロックスにおける就業規則改正が始まりで、国家公務員でも2001年から認められるようになった[1]。2010年の時点の産労総合研究所の調査によれば、回答があった192社のうち旧姓使用を認めているのは55.7%、従業員1千人以上の企業で71.8%となっている[2]。
しかしながら、旧姓を通称として用いるための証明として用いることができる書類等は限られる。戸籍謄本を確認する方法、旧姓併記されたパスポートを用いる方法、旧姓利用を許された職場の証明書などを用いる方法などがある[3]。しかし、戸籍謄本についてはプライバシー等の問題や閲覧性の問題がある、パスポートの旧姓併記は必要な事情がある場合にのみ認められ一般に認められるわけではない上ICチップには記載されない[3]、職場の証明書については法的効力を持たない、といった問題がある。そのため、現在、マイナンバーカードや住民票へ旧姓を併記する案も議論されている他、選択的夫婦別姓制度の導入についてもその賛否が議論されている[4]。
旧姓の通称利用における問題点
婚姻時の氏の変更による不利益や損失、アイデンティティの喪失などを回避するための方策のひとつとして考えられる旧姓の通称利用であるが[注 1]、さまざまな問題点も指摘されている[5][6][7]。たとえば、職場・職業によっては戸籍姓しか認められない[5][8][9][10]。国家資格が必要な職業でも、医師など約半数の資格では旧姓使用が認められない[11]。2015年の時点で、民間での旧姓通称利用を認めている企業は65%にとどまる[8][11]。また、 運転免許証、印鑑登録証、健康保険証、パスポート、銀行口座などは旧姓では作ることができない[5][注 2]。さらには、 クレジットカードやパスポートと旧姓の不一致のために、海外のホテルなどの予約ができないことなどもある[6]。また、役員登記もできない。2015年より役員登記で旧姓併記が可能となったが、併記は中途半端で、より一層不便である[12][13]。特許申請は旧姓ではできない[14]。公証役場でのサインは旧姓は認められない[15]。
また、旧姓の通称利用に関しては、そもそも二重の姓を持ち、使い分けるのは不便である、との指摘もある[16][17]。他にも、姓が2つある生活はアイデンティティが2つに分裂するような感覚がある[17]、といった意見も見られる。
さらに、通称の利用は二つの名前の管理が必要であり企業の負担が大きくなる[18][11][19]、戸籍上の姓と職場での姓が違うために混乱が生じる[20]、などの指摘もある。
その他、旧姓を通称利用したとしても、法律上ではなく通称というものは本人にとって嬉しいものではない[21]、通称の利用によって夫婦同姓を規定する民法による不利益が緩和される、といった意見もあるがそのようなことはない[22][23][24]、といった議論・主張がある。
一方、これらの様々な問題を回避するために、普段は旧姓を通称として用い、必要に応じて旧姓に戻り旧姓での証明書を得るなどの手続きを行った後再び婚姻する夫婦もみられる。このような目的で離婚・再婚を行うことをペーパー離再婚とよぶ[25]。なお、この場合再婚相手が同じ人物であるため、民法第733条が定める女性の100日間の再婚禁止期間(待婚期間)は適用されない。ペーパー離再婚における離婚期間は事実婚の状況となる。ただ、この場合、離婚期間中に得た証明書等を再婚中に用いることには法律的な問題が考えられる。
日本弁護士連合会は、これらの通称利用の不便を解消する方法として、戸籍に通称を記載し、免許証やパスポート等にも通称を使用できるようにする徹底した通称使用制度も観念上は考えられなくもないが、選択的夫婦別姓制度の導入による解決が合理的[5]、と指摘している。
注釈
参考文献
- ↑ 久武綾子『夫婦別姓—その歴史と背景—』世界思想社、2003年
- ↑ 「夫婦別姓、割れる意見 論議再燃の可能性」、日本経済新聞電子版、2013年5月29日。
- ↑ 3.0 3.1 3.2 「パスポートに旧姓の記載可能だった それはどんな場合に許されるのか」、J-CAST、2015年11月5日
- ↑ 旧姓の使用範囲が拡大へ 住民票、パスポートなども、日経ウーマン、2016年8月8日。
- ↑ 5.0 5.1 5.2 5.3 「選択的夫婦別姓・婚外子の相続分差別 Q&A」日本弁護士連合会
- ↑ 6.0 6.1 6.2 「結婚後も「旧姓」 海外では意外な不便も?」、AERA、2015年10月22日
- ↑ 「どうなる 選択的夫婦別姓」(上)」、読売新聞、2008年3月21日
- ↑ 8.0 8.1 「(教えて!結婚と法律:2)旧姓使用や事実婚、困ることは?」、朝日新聞、2015年11月26日。
- ↑ 「『通称使用に限界』 夫婦別姓の弁護士・中村多美子さん=大分市」、大分大同新聞、2015年12月17日朝刊、19ページ。
- ↑ 松田澄子、「夫婦別姓論をめぐって 」、山形県立米沢女子短期大学紀要 28, 1-8, 1993-12-28
- ↑ 11.0 11.1 11.2 「<社説を読み解く>夫婦の姓」、毎日新聞、2016年1月6日。
- ↑ 「役員登記は妻の姓の『西端』、青野・サイボウズ社長 旧姓・新姓 規則改正で併記可能に」、日本経済新聞、2015年3月7日
- ↑ 「家族と法(上)自分の名前で生きる道 夫婦別姓、事実婚広がる」、日本経済新聞、2015年12月10日朝刊。
- ↑ 「出願等の手続きの方式審査に関するQ & A」、特許庁
- ↑ 「夫婦別姓訴訟 不合理是正を速やかに 」、信濃毎日新聞、2015年11月6日。
- ↑ 「夫婦別姓 最高裁認めず=野口由紀(京都支局)」、毎日新聞、2015年12月29日。
- ↑ 17.0 17.1 「同姓じゃないと家族じゃない?」AERA、2016年2月8日号、pp. 17-19。
- ↑ 「通称使用、企業の理解に限界」、毎日新聞、2016年1月23日。
- ↑ 「『二つの名前』への対応で管理部門の負担増」、日本の人事部、2016年2月15日。
- ↑ 「『再婚』『別姓』最高裁判決 現実とのずれ解消急げ」、中国新聞、2015年12月17日。
- ↑ 「社会的規制と個人の自由」、日本経済新聞、2015年8月21日
- ↑ 「その人らしさ、だれにも」、東京新聞、2015年12月21日。
- ↑ 「『夫婦同姓強制は合憲』判決はなぜ『鈍感』か?」、HUFF POST SOCIETY、2015年12月24日。、
- ↑ 「夫婦別姓 国会議論を」、しんぶん赤旗、2016年1月18日。
- ↑ 渡辺淳一『事実婚―新しい愛の形』、集英社、2011年