三億円事件
三億円事件 | |
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場所 | 東京都府中市 |
座標 | |
日付 |
1968年(昭和43年)12月10日 午前9時30分頃 |
概要 | 約3億円を積んだ現金輸送車が偽の白バイ警察官に奪われた窃盗事件。1975年(昭和50年)12月10日に公訴時効が成立し未解決事件となった。 |
三億円事件(さんおくえんじけん)は、東京都府中市で1968年12月10日に発生した、窃盗事件である。三億円強奪事件ともいわれる。1975年(昭和50年)12月10日に公訴時効が成立し未解決事件となった。
日本犯罪史において最も有名な犯罪の一つにも数えられ、「劇場型犯罪」でありながら完全犯罪を成し遂げたこともあり、この事件を題材としてフィクション・ノンフィクションを問わず多くの作品が制作されている。
Contents
概要
現金輸送車に積まれた東京芝浦電気(現・東芝)従業員のボーナス約3億円(2億9430万7500円)が、白バイまで用意した偽の白バイ隊員に奪われた事件である。三億円強奪事件ともいわれているが、事件のあった日本において、本件犯行は強盗罪には該当せず、窃盗罪となる。
犯人が暴力に訴えず計略だけで強奪に成功していること、盗まれた3億円は日本の保険会社が支払った保険金により補填され事件の翌日には従業員にボーナスが支給されたこと、その保険会社もまた再保険をかけており日本以外の保険会社によるシンジケートに出再していたことから補填された[注釈 1]ために、直接的に国内で金銭的損失を被った者がいなかったという認識、ならびに被害金額2億9430万7500円の語呂から、「憎しみのない強盗」とも言われる。一方で、マスコミの報道被害を受け後年自殺した人物や、捜査の過労で殉職した警察官2名が存在する。
警視庁捜査において容疑者リストに載った人数は実に11万人、捜査した警察官延べ17万人、捜査費用は7年間で9億円以上が投じられる空前の大捜査となったが、1975年(昭和50年)12月10日、公訴時効が成立(時効期間7年)。1988年(昭和63年)12月10日、民事時効成立(時効期間20年)。日本犯罪史に名前を残す未解決事件となった。
この事件以来、日本では多額の現金輸送の危険性が考慮されるようになり、給料等の支給を金融機関の口座振込としたり、専門の訓練を積んだ警備員による現金輸送警備が増加した。
貨幣価値
被害金額3億円は現金強奪事件としては当時の最高金額であった[注釈 2]。これは、平成26年(2014年)の貨幣価値に直すと、消費者物価指数で見れば約3.5倍の約10億円の価値に当たる[1]。また、大卒の初任給を手掛かりにするなら、当時は約3万600円ほどと言われており、2016年の初任給20万3800円と比較すれば約6.66倍となり、約20億円の価値にあたる。その他にも50 - 100億円の価値とする意見もある。いずれにせよ、その後の現金強奪事件では金額こそ本事件よりも強奪金額が多い事件があるが[注釈 3]、貨幣価値においてはいまだ日本最高である。
事件の経緯
1968年(昭和43年)12月6日、日本信託銀行(後の三菱UFJ信託銀行)国分寺支店長宛に脅迫状が届いた。翌7日午後5時までに指定の場所に300万円を女性行員に持ってこさせないと、支店長宅を爆破するというものであった。当日、警察官約50名が周辺に張り込んだが、犯人は現れなかった。
4日後、12月10日午前9時30分頃、日本信託銀行国分寺支店(現存せず)から東京芝浦電気(現・東芝)府中工場へ、工場従業員のボーナス約3億円(2億9430万7500円)の現金が入ったジュラルミンのトランク3個を輸送中の現金輸送車(セドリック)が、府中刑務所裏の府中市栄町、学園通りと通称される通りに差し掛かった。
そこへ白バイ隊員に変装して擬装白バイ[注釈 4]に乗った犯人が、オートバイに被せていたと思われるシートを後方に引っ掛けた状態のまま現金輸送車を追いかけ、現金輸送車の前を塞ぐようにして停車した。
現金輸送車の運転手が窓を開け「どうしたのか」と聞くと、「貴方の銀行の巣鴨支店長宅が爆破され、この輸送車にもダイナマイトが仕掛けられているという連絡があったので調べさせてくれ」と言って、輸送車の車体下周りを捜索し始めた。
4日前に、支店長宅を爆破する旨の脅迫状が送り付けられていた事もあり、その場の雰囲気に銀行員たちは呑まれていた。犯人は、輸送車の車体下に潜り込み爆弾を捜すふりをして、隠し持っていた発炎筒に点火。「爆発するぞ! 早く逃げろ!」と銀行員を避難させた直後に輸送車を運転し、白バイをその場に残したまま逃走した。
この時銀行員は「警察官」が爆弾から遠ざけるために輸送車を退避させたと考え、「勇敢な人だ」と思ったという。しかし、路上に残った発炎筒が自然鎮火したのち、オートバイに詳しい輸送車運転手が残された白バイが偽物と気付いたことから、「警察官」は偽者であり現金強奪事件であることが早くも判明した。
9時50分に伊豆・小笠原を除く東京都全域に緊急配備が敷かれた。奇しくも、この日は毎年恒例の歳末特別警戒の初日であった。警視庁は要所で検問を実施したが、当初は自動車の乗換えを想定していなかった事もあり、当日中に犯人を逮捕することが出来無かった。
多摩農協脅迫事件
三億円事件が起こる前、1968年4月25日から1968年8月22日まで多摩農協へ現金要求や放火予告や爆弾予告をする脅迫が脅迫状・脅迫電話・壁新聞投げ込みで計9回発生した。
この事件は脅迫日が東芝の給料日だったこと、脅迫状の筆跡が12月6日に送られた日本信託銀行への脅迫状の筆跡と同一とされたことから多摩農協脅迫事件と日本信託銀行脅迫事件と三億円強奪事件の3事件が同一犯によるものとされた。
6月25日に多摩農協を脅迫する文章の中では「よこすかせんはひきょうもん」という文言が入った脅迫状を送っている。「よこすかせん」とは脅迫状を送る9日前の6月16日に国鉄横須賀線大船駅で発生した横須賀線電車爆破事件について触れたと言われている。なお、脅迫状作成当時は横須賀線電車爆破事件の犯人は不明だったが、三億円事件発生1ヶ月前の11月9日に純多摩良樹をペンネームとする犯人が逮捕され、三億円事件の公訴時効直前の1975年12月5日に死刑執行された。
遺留品
犯人が残した遺留品が120点もあったため、犯人検挙について当初は楽観ムードであった。ところが、遺留品は盗難品や一般に大量に出回っているものであったため犯人を特定する証拠とはならず、大量生産時代の壁に突き当たってしまった。犯人の主な遺留品は以下の通り。
第一現場
府中市栄町3-4の府中刑務所北の学園通り、府中刑務所裏。三億円強奪事件が起きた路上。遺留品には偽白バイが残った。
- ヤマハスポーツ350R1
- 偽白バイ。盗難日は1968年11月19日から20日。当時の警視庁で使用されていた白バイの機種はホンダであり、ヤマハの白バイは存在しなかった。元の色は青。試運転で本番までに428キロの走行履歴があった。ハンドルやシートには誤って塗装した部分をベンジンで拭いたと思われる痕跡が残されていた。
- ハンチング帽
- 大阪市東成区の中央帽子製。第1現場で偽白バイが事件現場まで引きずっていったボディカバーの中から発見されたことから、犯人のものと考えられている。汗を検出すれば、少なくとも実行犯の血液型を特定できたが、楽観ムードによるものからか、鑑定に出す前に刑事同士で交互に被ることで鑑定不能にするミスを犯していた。54個が出荷され、36個の所在が判明。残り18個は立川市の帽子小売店が市内の安値市で販売していたが、誰に売ったかまでは特定できなかった。
- メガホン
- 兵庫県宝塚市の東亜特殊電機製。白バイの広報用スピーカーに見せかけるために取付けられていた。製造番号から5台が出回っていることが分かり、4台まで所在を確かめた。残る1台は東村山市の工事現場で盗難に遭っており、これが犯行に使用された物と思われる。
- クッキー缶
- 白バイの書類箱に見せかけていた。書類箱はカー用品店でも発売されているのに、かなり異なるクッキー缶を使用した上にガムテープで取り付けるという改造方法だったことから、お粗末な白バイ改造とされた。そのため、犯人は白バイに詳しい人物ではなく、素人でも改造できるレベルであることの根拠の一つとされた。クッキー缶のメーカーは明治商事だったが、3万個が流通していたために購入者を追及することを断念した。またクッキー缶を利用していたことから、犯人の甘党説が浮上した。
- 発炎筒
- 脅迫をする際にダイナマイトに見せかけた。横浜市保土ヶ谷区の日本カーリット保土ヶ谷工場製が製造した「ハイフレイヤー5」で、ガソリンスタンド等を中心に4190本売られていた。発炎筒に巻かれていた紙はNHKの「電波科学」昭和43年7月号の付録であるテレビ回路図だった。
- 磁石
- 発炎筒を現金輸送車の下部にくっつけるための磁石2個。「マグネットキャッチ」と呼ばれる建具部品を分解したもの。発炎筒には銅線で巻きつけられていたが、鉄線と比較して透磁率が悪かったため、磁力が充分に働かず発炎筒は現金輸送車にくっつかずに地上に落下してしまった。大平製作所が製造し、4万3240個が流通していた。
- 新聞紙片
- メガホンは、白ペンキで2度塗装されていた。捜査に行き詰まっていたある日、上の塗装がはがれた部分に4mmほどの新聞紙の紙片が付着しているのを発見。地道に新聞紙を調べたところ、1968年12月6日の産経新聞13版11面朝刊婦人欄の「食品情報」という見出しの「品」の字の右下部分の一部であることが判明した。紙片の分析の結果、紙は愛媛県伊予三島市の大王製紙の工場で作られた物と判明。なお一部情報で「インクの具合、印刷状況から輪転機を特定し、その新聞が配達されたのが三多摩地区であることまで絞り込めた」という報道がなされたが間違いである。
- 配部数は13,485部、販売所数は12か所。住民の転出入が激しかったことや、新聞を購読する家が頻繁に変わっていたことから捜査は難航し、2年掛かりでやっと販売所を特定できたが、時すでに遅く配達先の住所録は処分された後であり、この方面での捜査は徒労に終わった。
第二現場
国分寺市西元町3-26の国分寺史跡七重の塔近くの本多家墓地の入口、武蔵国分寺跡のクヌギ林。現金輸送車であるセドリックが乗り捨てられていた場所。遺留品にはセドリックが残った。事件直前に第二現場で濃紺のカローラが目撃されていたことから、犯人はここで、濃紺のカローラに乗り換えたと思われた。逃走車の乗換えを想定していなかったことが、初動捜査で犯人を捕まえられなかった遠因となった。
第三現場
府中市栄町、明星高校近くの空地。犯行前に偽白バイをカバーで覆って停めていた場所。犯行前から無人の偽白バイがエンジンをかけっぱなしのまま置かれていたのが目撃されている。
- レインコート
- 濃紺。蛙脱ぎ(裏返しながら脱ぐことの通称)した状態のままで残されていた。
- 事件翌日に公開されたが、一般層からの反応がほとんどなかった。10年前に製造されたもので、製造した会社は1958年時点で倒産していた。
- この遺留品は様々な情報が錯綜し、すぐに粗末に扱われた。重要な遺留品と認定されたのは事件から3年後のことで、レインコートにはソデ裏にアイロンがかけられた跡があり、また内エリに「クリーニング」のタグの跡を示す白い糸があった。しかし、捜査が遅れたためにこれ以上の発見はなかった。
- 第1カローラ
- 緑色のカローラ、ナンバープレートは「多摩5め3863」。府中市栄町2-12の空き地で発見。盗難日は11月30日から12月1日。半ドアでワイパーは動いたまま、窓は開けっ放しであった。
第四現場
小金井市本町、団地駐車場。第二現場で乗り換えたカローラが、乗り捨てられていた場所。事件から4か月後に判明。遺留品にはカローラと空のジュラルミンケースが残されていた。現金をジュラルミンケースから取り出し移し変えた場所がこの現場である可能性が高いが、団地駐車場という人目につきやすい場所であるため移し変えた場所は別の現場であるという異説もある。しかし団地内の他車も捜査したところ別件の盗難車が複数台発見され、大量の現金を扱うにせよ車両放棄にせよ団地内では他人への関心が薄いことを突いたとする犯人像を補強した。
- 第2カローラ
- 現金を奪った犯人が、現金輸送車から乗り換えた濃紺のカローラ。ナンバー(多摩5ろ3519)から「多摩五郎」のコードネームがつけられた。事件直前に第二現場で目撃されており、事件直後にこの情報を知った警察はこの車の行方を追っていた。車は盗まれたシートカバーで覆われていたため発覚しにくかった。事件から4ヵ月後、小金井市本町4-8の本町住宅B1号の西の空き地で発見された。残された車の中には、空のジュラルミンケースが入っていたことから、犯行に使われたことが特定された。なお、「第2カローラ」は自衛隊の航空写真より事件翌日から団地駐車場に存在したことが判明している。
- ケースの泥
- ジュラルミンケースに付着していた泥を精密検査した結果、警視庁科学検査所の鑑定では現場から4km離れた国分寺市恋ヶ窪の雑木林の土壌と、農林省林業試験場の鑑定では第二現場の土壌が近似していると分析した。この為恋ケ窪付近にアジトがあると見て、徹底的に捜索したが成果は出なかった。
- ホンダドリーム
- 1968年11月9日に盗まれたオートバイ。白バイの車種であるため、犯人は当初このオートバイを偽白バイに改造しようとしたと思われる。盗難後の走行距離が60キロと短い。持ち主によるとこの個体はノッキングしやすい不具合があったという。犯人は試運転でその不具合に気づいたため、別の個体を入手して白バイに改造したと推理された。
- 3台の盗難車
- 第2カローラ以外にも盗まれて小金井市の団地に放置された盗難車が3台(プリンススカイライン2000GT・ブルーバード・プリンススカイライン1500)存在した。車は盗まれたシートカバーで覆われていたため発覚しにくかった。1971年(昭和46年)、工学者の額田巌は、警察の依頼で遺留品の鑑定を行い、2台のカバーシーツの紐結びを比較した。その結び方が異なるため、ブルーバードを盗んだのも三億円事件の犯人だとすれば、この事件は複数犯であると結論している[2]。
- ギャンブル関連品
- 盗難車プリンススカイライン2000GTの中に競馬専門誌2部とスポーツ紙、府中の東京競馬場近くの喫茶店のマッチ、平和島競艇のチラシが残されていた。車の持ち主の身に覚えの無い物から、盗難犯の所持していたものとされた。そのため、犯人像としてギャンブル愛好家説が浮上した。
- 女性物のイヤリング
- プリンススカイライン1500の中から発見された。車の持ち主に覚えが無いことから、盗難犯の所持していたものとされた。犯人グループに女性の存在が浮上した。
脅迫状
銀行に送りつけられていた脅迫状の切手に唾液の痕跡があり、B型の血液型が検出されている。また、脅迫状は雑誌の切り貼りで文字を作っていたが、その雑誌が発炎筒の巻紙に使われた雑誌と完全一致したことから、脅迫状を送った犯人と現金強奪犯が同じであることが明らかになった。
多摩農協脅迫事件と日本信託銀行脅迫事件の両事件で送られてきた脅迫状の文面の特徴として以下の特徴があった。
- 「ウンテンシャ」「イマ一度の機会」など特定の業種が使う言葉を使用
- 語句と語句の間を分ける「わかち書き」の使用
- 強調点に「●―●―●」という記号の使用
- 「オレタチ」「我々」などの複数犯を思わせる記述
- 「コン柱オキバ」など電話関係者の業界用語の使用
- 多摩農協職員の車のナンバーを特定している記述
2つの雑誌
脅迫状と発炎筒には「電波科学」と「近代映画」という2つの雑誌が使われていた。捜査機関は2つの雑誌の読者の性向を絞って犯人を捜査。しかし、「電波科学」はテレビ配線図などを機械改造を望むマニアックな理系読者、「近代映画」は芸能情報を望むミーハーな文系読者と、2つの雑誌の読者の性向は両極端であり、これらの雑誌を置いている書店に聞き込みをしても、2つの雑誌を併読している読者は皆無であった。
その後の捜査で、「電波科学」の読者にとって一番重要だった「配線図」のページが犯行に使用されていたことから、本来の読者であれば違うページを使用したと推理し、捜査撹乱のために全く無作為に2冊の雑誌を購入して犯行に使用したものと結論して、捜査を打ち切った。
実行犯に関する目撃証言
事件の少し前に偽白バイに関する目撃証言が集まっている。11月下旬朝8時頃に府中市の市道を運転された青いオートバイ、12月1日深夜に京王線高幡不動駅近くで一方通行を逆向きに停めてあった青いオートバイが目撃され、二つとも4桁のナンバーが盗難白バイと同じであった。また12月9日午後8時40分には府中市の交差点で不自然なスピードで走行する、本物よりシートが高い白バイとのすれ違いに関する目撃証言がある。
現金強奪前の第三現場ではシートを被せられた白バイの目撃証言が寄せられた。現金強奪10分前の9時20分には何かを狙うように待機する白バイの姿が自宅にいた主婦に目撃されている。また現金強奪30分間前の9時頃に日本信託銀行国分寺支店から50メートル離れた空き地で銀行の出入りを窺う不審なレインコートの男を目撃した人物が4人いる。4人の目撃者によるといずれも身長165センチから170センチで30代くらいの男である。
直接の現金強奪の犯行現場となった第一現場では4人の銀行員の他に府中刑務所の職員、近くにいた航空自衛隊員などの目撃証言者がいた。しかし、これらの目撃者の証言は曖昧だったり勘違いだったりすることもあった。
また、第二現場付近では泥水を車に跳ねられた通行人の主婦がすぐに車のナンバーを控えたところ、盗難された現金輸送車のセドリックだったことが判明している。
国分寺市の造園業者の親子が運転中に乱暴な運転の濃紺カローラとすんでのところで接触事故になりかけ、カローラは猛スピードで国分寺街道方面に消えていった。造園業親子は、カローラの運転手が無帽の若い長髪の男で黒っぽい服を着ていて、助手席は無人だったのを目撃。ジュラルミンケースは見ておらず、車のナンバーを見ていないが、挙動不審な運転や濃紺という目撃証言から、犯人が乗ったカローラ「多摩五郎」であることが確実視されている。
杉並区内の検問所で「銀色のトランクを積んだ灰色ライトバン」を捕捉したが突破された。これが最後に目撃された犯人の姿といわれる[3]。
捜査
モンタージュ写真による捜査
12月21日にモンタージュ写真が公表された。しかし、これは通常のモンタージュ写真のように顔のパーツを部分的につなげて作成されたものではなく、事件直後に容疑者として浮上した人物(後述する立川グループの少年S)が犯人に似ているという銀行員4人の証言を根拠とした上で、少年Sに酷似した人物の顔写真をそのまま無断で用いたものであった[注釈 5]。なお、捜査本部は実行犯を間近で目撃した4人の銀行員たちを刑事のふりをさせてSの通夜をしていたS宅に招き、Sの顔を面通しをさせて、4人全員がSが実行犯に「似ている」または「よく似ている」と答えている。
後に4人の銀行員は事件3日後の12月13日に銀行内での内輪の報告では警察の聴取とは異なり、犯人の人相記憶に一貫した説明ができなかったり、漠然としていて顔や形の説明ができなかったり、1人は車の窓の柱が邪魔になって実は犯人の顔を見ていなかったと語っていたこと等が判明したことなどから、現金を強奪される際に「キーを差し込んだまま逃げた」「通報が遅れた」というミスを犯した責任感に加えて「犯人の顔も覚えていない」では許されないという重圧から証言に大きなバイアスがかかっていた可能性が浮上した。また、後の警察の補充捜査で、4人の銀行員の目撃証言について4人が同室で証言させられたことで他の銀行員の意見に引きずられやすい雰囲気の中で調書が作成されたこと等の問題点が浮上している。
本来「このような顔」として示す程度のモンタージュ写真を「犯人の実写」と思い込んだ人が多く、そのために犯人を取り逃がしたのではないかという説もある。
1971年に「犯人はモンタージュ写真に似ていなくてよい」と方針を転換、問題のモンタージュ写真も1974年に正式に破棄されている。しかし、その後も本事件を扱った各種書籍などでこのモンタージュ写真が使用され続けており、犯人像に対する誤解を生む要因となっている。
なお、これらの経緯が初めて明らかになったのは、『文藝春秋』1980年8月号における小林久三・近藤昭二の共筆による記事によるものである。
ローラー作戦
事件現場となった三多摩地区には当時学生が多く住んでいたことから、一帯にアパートローラー(全室への無差別聞き込み)を掛けた。警察において被疑者とされた者の数は十数万人に及んだ。事件現場前にある都立府中高校に在籍した高田純次や布施明の名前もあった。もっとも、2人とも事件とは無関係であることが後に判明した。
なお事件自体が、当時盛り上がりを見せていた学生運動の摘発を目的とする強引な捜査の口実として捏造されたとする陰謀論も存在する。
その他の捜査
通常の事件と同様に遺留品などから検出された指紋の照合も行われていた。しかし、上記の通り遺留品はどれも大量生産されていたものだった影響から、照合する指紋の量が多すぎたことや、指紋の照合をした警視庁鑑識課の指紋係員がわずか3人と少数だったため大した効果は得られなかった[4]。
警察は事件当時に盗まれた3億円のうち、番号がわかっていた500円札2000枚分(100万円分)のナンバー(XF227001A~XF229000A)を公表した。
犯人像の推測
この事件の犯人については単独犯なのか複数犯なのかも不明であるが、目撃者や脅迫状の文面や遺留品から様々な犯人像が浮上した。
立川グループの少年
立川グループとは、当時立川市で車両窃盗を繰り返した、非行少年グループである(立川市は府中市に近い)。
少年S
立川グループのリーダー格。事件当時は19歳。
容疑をかけられた状況証拠は以下の通り。
- 「車の三角窓を割り、ドアの鍵を開けてエンジンとスターターを直結する」という車の窃盗手口が同じ。
- 地元出身で土地勘があり、車やバイクの運転技術が巧み。
- 1968年3月に立川市のスーパーで「発炎筒をダイナマイトに見せかけた強盗事件」を起こした仲間と親しい[注釈 6]。
- 父親は白バイ隊員で、白バイに関する知識が豊富。
- 親族以外のアリバイが不明確。
- 事件前に東芝や日立の現金輸送車を襲う話をしていた。
だが、以下のような反証が上げられており、単独犯の場合は犯人ではないことを示した。
Sは事件5日後の1968年12月15日に自宅で父親が購入していた青酸カリで自殺。Sの自殺については、自殺するような人間ではないとの少年Sの仲間の証言や青酸カリが包まれた新聞紙には父親の指紋しかついていなかったことから疑問視する意見がある。
1968年の12月21日にSに酷似したモンタージュ写真が公開された。
その後で警察はSを「シロ」と断定した。
少年Z
立川グループのメンバー。事件当時は18歳。
容疑理由は、事件後に乗用車を購入したり、会社経営をしたりと、金回りがよくなっていた事。そして、少年Sの1 - 3と同じ理由である。
だが、血液型はAB型であり、脅迫状の切手のB型とは異なっている。また筆跡も異なっていた。
警察は、公訴時効寸前の1975年に、元少年Zを最後の容疑者候補とする。1975年11月に別件の恐喝罪で逮捕するが、三億円事件の公訴時効前に釈放された。
ゲイボーイ
以下K。立川グループではないが、少年Sと交際があったゲイボーイ。事件当時は26歳。
Sの親族を除き、Sの事件当日に関する証言をした唯一の人物。Kの証言はSは事件日2 - 3日前から事件前日に自宅の新宿のマンションで一緒に夜を過ごし、明るくなった朝8時頃に自宅を出るのを見送ったと証言した。ただし、朝8時というのは時計を見ていたわけでなく冬における外の明るさで判断としており、雨が降っていたが傘やレインコートを貸した記憶がなかったなど、曖昧な点があった。
また、Kの証言では初めてSと会ったのは事件の20日前なのに夏(少なくとも4か月程度前)に一緒に旅行に行った時に撮影された少年Sの写真を飾っていたことなど不可解な点があった。さらに事件1年後に、外国に移住して、ゲイバーを開店したり、再び日本に戻った時には日本では自宅マンションや2軒目のマンションを購入したり、事件7年後には実家に豪邸を建てたりなど、金回りがよくなっていた。
もしKがSと共犯であれば、Sが鑑別所にいる間の脅迫書を出すこと、事件関連の30代の男に関する目撃証言や電話の声の証言、第4現場の盗難車に残されていた女性物のイヤリングにもつながる。
警察は捜査を進めるも、Kを「シロ」と断定した。Kは急に金回りがよくなった点について「外国のパトロンがついた」と述べている。
府中市の運転手
府中市に住む運転手であった容疑者は、事件当時は25歳。住まいや過去の運転手の仕事から各現場の地理に精通していること、血液型が脅迫状の切手と同じB型、タイプライターを使う能力を持っていること、友人に送った手紙が犯行声明文と文章心理が似ていること、モンタージュ写真の男と酷似していることなどから12,301人目の容疑者候補として浮上。しかし、脅迫状の筆跡が異なっており、金回りに変化がないことから、警察は慎重に捜査をすることとしていた。
発生から1年後の1969年12月12日、毎日新聞が本人の顔と本名をモンタージュ写真にFの顔を合成するなどして犯人視する報道を展開。このため警察が逃亡を防ぐとの名目で別件逮捕。新聞各社も「容疑者聴取へ」などと実名報道で書き立てる。ところが、本人が場所を記憶違いしていたながらも、事件当日に面接を受けていたアリバイが報道を見た会社の面接担当者からの連絡で証明され、完全なシロとして釈放された。
しかし、警察に容疑者として逮捕されたうえに、新聞各社が犯人扱いで学歴、職歴、性格、家庭環境まで事細かく暴露。このため本人は職を失い一家は離散。さらに、その後も真犯人の見つからない中で、「三億円事件の容疑者として逮捕された」との世間の偏見と、事件に関するコメントを執拗に求めるマスコミ関係者に悩まされ職を転々とし、2008年9月に自殺した[5]。
日野市三兄弟
日野市の電気工事会社を経営する三兄弟。事件当時は上から31歳・29歳・26歳。大きなガレージ風の物置がありオートバイの偽装のための塗装がしやすいこと、次男がオートバイマニアの不良グループに属していたこと、看板店の営業経験があり塗装技術があること、事件前に発炎筒がつけられた車を購入していたこと、兄弟の一人が事件前にハンチング帽を被っていたことが怪しいとされた。しかし、車の発炎筒やハンチング帽が事件のものと異なること、事件の4日後に借金していたことなどが判明。その後も警察は日野市三兄弟を捜査するも事件と結びつかなかった。
不動産会社社員
不動産会社社員。事件当時は32歳男性。事件前に金に困っていたが事件後に金回りがよくなったこと、東芝府中に勤務経験があること、姉が東芝府中に12年勤務していること、自動車の運転が巧みなこと、モンタージュ写真の男と酷似していることが怪しいとされた。しかし、事件当日に杉並区から横浜に車で行く途中で非常検問にひっかかったことからアリバイが出てきたこと、金回りの変化については不動産売買で1600万円を入手したことが明らかになったことから容疑者から外された。
会社役員
以下P。三億円事件から13年前の1955年に銀行員1人を仲間にしたり仲間の1人が刑事を装うなどして、千代田区にある銀行の現金輸送車を襲う計画を仲間3人と実行。この事件ではすぐに逮捕されたものの計画性や発想が三億円事件と類似するものであった。Pは出所後に刑務所の中で知り合った友人に「今度は1年がかりで大きなことをやる」と豪語、三億円事件発生後に土地や住宅や外車を購入して金回りがよくなったため、容疑者として浮上。しかし、金回りに関しては、不動産会社から合法的な資金提供を受けたことが判明した。ハワイへ移住しマンション暮らしをしていたことがわかった。のちにハワイで病死した。
自称三億円事件犯人
時効成立後、三億円事件犯人を自称する人物が何人か登場している。テレビ等で事件が取り上げられることが多いのが原因で時期は事件発生時と同じ12月に集中している。
なお、当時の担当刑事によると事件の際に発炎筒が通常通り点火しなかったが、犯人は通常とは異なる手法で発炎筒を点火させていることが遺留品から判明している。またジュラルミンケースには現金・ボーナス袋のほかにある特殊な「モノ」が入っていたという。発炎筒の特殊な点火手法やジュラルミンケースに留置された「モノ」は一般発表されておらず、捜査関係者と真犯人しか知らないはずである。
事件を扱った主な作品
小説
- 『小説三億円事件』 佐野洋(講談社 1970年) ISBN 4061833847
- 『名探偵なんか怖くない』 西村京太郎(講談社 1971年)
- 『ただいま浪人』 遠藤周作(講談社 1972年)ISBN 4061312456
- 『小説 3億円事件「米国保険会社内調査報告書」』松本清張(『水の肌』所収 新潮社 1978年) ISBN 9784103204077
- 『時効成立―全完結』 清水一行(角川書店 1979年) ISBN 404146305X
- 『白バイと紅薔薇』大下英治(『現代虚人列伝』所収 現代の眼編集部編 現代評論社 1979年)
- 『父と子の炎』 小林久三(角川文庫 1985年)ISBN 4041438187
- 『小説・三億円事件』 斎藤栄(『バイカル号殺人事件』所収 徳間書店 1985年)
- 『死者よ静かに眠れ』 新都達也(三交社 1987年)ISBN 4879198021
- 『夏泊殺人岬』内田康夫(徳間書店 1987年)ISBN 4195683009
- 『三億の郷愁』 清水義範(『「青春小説」』所収 講談社 1989年)
- 『野獣は、死なず』 大藪春彦(光文社 1995年) ISBN 4334725457 - 登場人物の一人が三億円事件の実行犯とされる。
- 『真犯人-「三億円事件」31年目の真実』 風間薫(徳間書店 1999年)ISBN 4198609764
- 『三億円事件~20世紀最後の謎』 一橋文哉(新潮社 1999年) 新潮文庫版 ISBN 4101426228
- 『事件「三億円」』 竹野衆星(文芸社 2001年)ISBN 4835521056
- 『トップランド1980 紳士エピソード1』 清涼院流水(幻冬舎 2002年)ISBN 4344402235
- 『初恋』 中原みすず(リトル・モア 2002年)ISBN 4898150640
- 『ルパンの消息』 横山秀夫(光文社 2005年)ISBN 4334076106
- 『閃光』 永瀬隼介(角川書店 2006年)ISBN 9784043759026
演劇
- 『四谷諧談』井上ひさし(1975年10月、芸能座で初演。『雨』所収、新潮社、1976年。新潮文庫、1983年。『井上ひさし全芝居 その2』新潮社、1984年)
映画
- 『クレージーの大爆発』(東宝、1969年)監督:和田嘉訓、主演:植木等
- 『銭と肌 巷説三億円強奪事件』 (協立映画、1969年) 監督:福田晴一、主演:久保新二
- 『実録三億円事件 時効成立』(東映、1975年) - 原作:清水一行「時効成立」、監督:石井輝男、脚本:小野竜之助・石井輝雄・主演:岡田裕介、小川真由美
- 『痴漢通勤バス』(にっかつ、1985年)監督:滝田洋二郎、主演:滝川真子、中根徹
- 『ピエタ』(1997年、日活) 監督: 北川篤也、脚本: 高橋洋・主演: 大沢樹生、諸江みなこ、松原智恵子 ※VHSとしてリリースされた際のタイトルは「大強奪 ピエタ」
- 『初恋』(ギャガ・コミュニケーションズ、2006年) - 原作:中原みすず「初恋」、監督:塙幸成、脚本:塙幸成・市川はるみ・鴨川哲郎、主演:宮﨑あおい、小出恵介
- 『ロストクライム -閃光-』(角川映画、2010年) - 原作:永瀬隼介「閃光」、監督:伊藤俊也、脚本:長坂秀佳・伊藤俊也・主演:渡辺大、奥田瑛二、主題歌 DEEP『milestone』
テレビドラマ
- 『悪魔のようなあいつ』(TBS、1975年)原作:阿久悠、上村一夫「悪魔のようなあいつ」、脚本:長谷川和彦、主演:沢田研二
- 『Gメン'75』(TBS、1977年)第86話「パリ警視庁の五百円紙幣」、第87話「冬のパリの殺し屋」、第88話「パリ―紺碧海岸 縦断捜査」、脚本:高久進、西島大
- 『実録犯罪史シリーズ 新説・三億円事件』(フジテレビ、1991年)原作:大下英治「白バイと紅薔薇」、脚本:岩間芳樹、主演:織田裕二
- 『三億円事件〜20世紀最後の謎〜』(フジテレビ、2000年)原作:一橋文哉「三億円事件~20世紀最後の謎」、脚本:矢島正雄、主演:ビートたけし、長瀬智也、松田龍平
- 『時空警察2』(日本テレビ、2002年)脚本:大森寿美男、主演:陣内孝則
- 『ルパンの消息』(WOWOW、2008年)原作:横山秀夫「ルパンの消息」、脚本:水谷俊之、田辺満、主演:上川隆也
- 『完全犯罪ミステリースペシャル 新証言!三億円事件・40年目の謎を追え!』(フジテレビ、2008年)企画:立松嗣章、脚本:田辺満、主演:中村梅雀、山本耕史
- 『刑事一代 平塚八兵衛の昭和事件史』第二夜(フジテレビ、2009年6月2日)脚本:長坂秀佳、吉本昌弘、主演:渡辺謙
- 『クロコーチ』(TBS、2013年)原作:リチャード・ウー、コウノコウジ「クロコーチ」、脚本:いずみ吉紘、主演:長瀬智也、剛力彩芽
- 『都市伝説の女』第2シリーズ4話(テレビ朝日、2013年11月1日)脚本:倉持裕、主演:長澤まさみ
- 『松本清張ドラマスペシャル 三億円事件』(テレビ朝日、2014年1月18日)原作:松本清張「小説 三億円事件「米国保険会社内調査報告書」」、脚本:竹山洋、主演:田村正和
- 『モンタージュ 三億円事件奇譚』(フジテレビ、2016年6月25日、26日)原作:三億円事件奇譚 モンタージュ (渡辺潤)、脚本:大森寿美男、主演:福士蒼汰、芳根京子
音楽
- 『府中捕物控』 ALFIE(現THE ALFEE) - レコード会社側の自主規制により未発売。アルフィーのその後を決定付けることとなる。後に作曲者の山本正之が一部異なる歌詞でセルフカバーした曲を発売。アルフィー自身、滅多に披露しない。その後2014年12月17日発売の『青春の記憶+2』のボーナストラックとして収録されたため、約40年ぶりに日の目を見た。
- 『大・ダイジェスト版 三億円強奪事件の唄』 高田渡、1969年発表。原曲はアメリカ民謡「ジェシー・ジェイムズ」。この曲には一部の歌詞が異なる複数のバージョンがある。
- 『消えた三億円』 エコノミック・アニマルズ、1975年発表。
- 『頭脳警察1』 頭脳警察 - ジャケットに犯人のモンタージュ写真を使用。発売当時、歌詞の過激さも相まって発禁処分となった。
- 『時効』 般若 - この楽曲が収録されているアルバム『内部告発』のジャケットは犯人のモンタージュ写真に般若自身の顔をコラージュしたデザインとなっている。
漫画
- 『悪魔のようなあいつ(漫画版)』原作:阿久悠・作画:上村一夫(1975年、講談社) - 上述のテレビドラマのコミカライズ版。
- 『三大ベストシリーズ《幻の真犯人》消えた三億円』横山まさみち〈『月刊別冊少年マガジン』1970年6月号〉
- 『ドキュメント三億円事件捜査本部』田中司[6]〈『週刊少年ジャンプ』1975年51号(12月22日号)〉- 時効まであと15日!これは…三億円犯人逮捕に命をかける若き刑事・笹本順平の執念のドラマである。
- 『セミ・ドキュメント3億円事件 犯人はやつだ!!』原作:三木孝祐・劇画:門井文雄〈『週刊少年キング』1975年51号〉-
毎朝新聞記者・並木鉄也(25)は、病気療養中の友人で数十社の会社を傘下にもつ園田コンツェルンの御曹子・園田一郎(25)を訪ねるためN県K村にある園田の別荘に赴いた。その理由は3億円強奪事件が彼が9年前に推理小説を書こうとおれに話したストーリーがあまりにも似ていて一般の未公開の情報まですじがきとそっくりであった。 - 『平塚八兵衛捜査記録 ザ・のら犬』原案:平塚八兵衛・劇画:石川球太〈『週刊少年チャンピオン』1975年49号(12月1日号)~1976年2号(1月5日号)〉-
『最後の名刑事』といわれた警視庁刑事・平塚八兵衛の捜査根性を描く実録超大作!!
平塚八兵衛の班が府中本部に来てこのかたその足と耳で集めた情報と実証をもとに彼らは今ここに昭和四十三年十二月十日の犯人の行動を再現しようと試みていた。すべてウラの取れた(証明できた)事実による再現である。
話数 | タイトル | サブタイトル | 掲載号 | 月日 |
---|---|---|---|---|
第1話 | 三億円事件発生の① | 3億円事件発生す!! | 1975年49号 | 1975年12月1日号 |
第2話 | 三億円事件発生の② | モンタージュに疑惑あり!! | 50号 | 12月8日号 |
第3話 | 三億円事件発生の③ | 合同捜査会議 | 51号 | 1975年12月15日号 |
第4話 | 三億円事件発生の④ | ホシは単ボシ三十歳!! | 52号 | 1975年12月22日号 |
第5話 | 三億円事件発生の⑤ | 犯人(ホシ)はこんなヤロウだ!! | 1976年1号 | 1976年1月1日号 |
第6話 | 三億円事件発生の⑥ | 時効前夜 | 2号 | 1月5日号 |
- 『三億円事件奇譚 モンタージュ』 渡辺潤(2010年-2015年、講談社) - 21世紀の日本で父親が三億円事件の犯人であると告げられた少年が事件の真相を探る。
- 『クロコーチ』原作:リチャード・ウー 作画:コウノコウジ(2012年-、日本文芸社) - 汚職警官と新人刑事が三億円事件の真相、ひいては警察に巣食う暗部に挑んでゆく。
パロディ・オマージュ
- 児童書
- 漫画
- 『サザエさん』 長谷川町子 - ノリスケが担当している作家が盗まれた原稿の内容と似ている、泥棒が入った家で三億円を発見するが4月1日だったため巡査に一笑に付される、マスオが家で晩酌中、つまみのイカの燻製を並べて数字をつくり、サザエがそれを見てマスオが何を考えていたかを見抜くなど。当時の新聞掲載の多くの漫画でネタにされた。
- 『バイトくん』いしいひさいち - 三億円事件時効成立の日、警察署に「犯人は俺や!」と名乗る男たちが押し寄せ、さらに出版社に自称犯人が手記の持ち込みに何人も押しかけてくる。
- 『こちら葛飾区亀有公園前派出所』 秋本治 - 12巻「ボーナスはまだか!?の巻」(1978年)両津たちが待ちに待った署のボーナスを積んだ現金輸送車が奪われ(被害金額は1億円に満たない額)、輸送車が両津たちのいる派出所の裏に乗り捨てられた後、両津の推理通りに犯人の痕跡が見つかる挿話となっている。
その他、7巻「ポラロイド!?の巻」(1978年)にもこの事件の犯人を匂わせる記述の人物がいる。 - 『カリュウド』原作:日向葵、漫画:望月あきら - 1巻「特製ジュースをどうぞ!!」 三億円事件時効成立となって捜査本部が解散され、三億円犯人を名乗り出た男がテレビ出演する事になり主人公・北十字良のクラスはその話題で持ち切りだったが、同じく級友の花村清彦は父が捜査員の一人であったが長年の捜査の過労が原因で亡くなった事で犯人に怨みを抱き、復讐を企てる。しかし、その男はメディアに登場して有名になって大儲けしようと企む偽者だった。
- 『1・2のアッホ!!』 コンタロウ - 1巻「よみがえる日の巻」 記憶喪失になった三億円事件の犯人が、時効当日に再現ドラマ撮影で用意していた三億円を全く同じように強奪。時効で難事件から解放されるとホッとしていた三億円事件担当の刑事たちが、再び第二の三億円事件を捜査させられると知り錯乱するギャグ。他に2巻「ああ!スシ初体験の巻」で(はやく銀行に預けよう 盗まれないうちに…)と独白しつつ「三億円在中」と書いたトランクを持って白バイに乗る犯人が1カット出てくる。
- 『サイボーグ009対三億円犯人』 - 001が超能力で犯人を探し出し、009が犯人の自宅に乗り込んで「その(頭脳の)力をもっといいことに使え!」と犯人にお説教する。
- 『スケバン刑事』 和田慎二 - 麻宮サキが最初に担当したのが、この事件と同日に別の場所で起きていた一億円強奪事件。時効も同日だったが、寸前で解決した。
- 『夕焼けの歌』 西岸良平 - 7巻「時効」、主人公が夢をかなえるために現金を盗み海岸近くの松林に隠す。翌日、新聞で自分が盗んだ額が3億円だった事を知った主人公は事件の大きさに驚き使用に踏み切れず、時効後も三億円を隠したまま平凡な生活を送る。
- 『金田一少年の事件簿』 原作:金成陽三郎、漫画:さとうふみや - 「FILE 12 蝋人形城殺人事件」(1995年)、犯人の恋人は三億円事件の首謀犯であり、その恋人を金目当てで殺害した仲間達へ復讐する(テレビドラマ化、アニメ化の際には、四億円事件に変更されている)。ちなみに同シリーズ登場人物である明智健悟の設定は「父親は事件を追い続けた叩き上げ刑事」。
- 『アンラッキーヤングメン』 脚本:大塚英志、作画:藤原カムイ - 三億円事件の首謀者を主人公にした漫画。1968年、4人を射殺している連続射殺魔のN、学生運動から逃げ出して大学を中退した映画監督志望のT、薬学部の学生で革命に情熱を燃やしつつも原爆病に侵されつつあるヨーコ、警察官の息子でゲイボーイの薫らが、Tの書いた映画脚本を現実の犯罪に仕立て上げる。
- 『東京事件』 大塚英志、菅野博士 - 光クラブ事件の山崎晃嗣が、約3千6百万円の債務の返済のために、昭和23年から昭和43年にタイムスリップして三億円事件を犯行。そのままの紙幣では昭和23年では使えないため、かつての友人であった三島由紀夫にダイヤモンドへの換金を依頼する。
- 映画
- 『クレージーの大爆発』(東宝 1969年) - 監督:古澤憲吾、脚本:田波靖男、主演:植木等・ハナ肇とクレイジーキャッツ
- 『喜劇 三億円大作戦』(東宝 1971年) - 原作:箕島忠平、監督:石田勝心、脚本:ジェームス三木・長坂秀佳、主演:田宮二郎
- 『みんな~やってるか!』(オフィス北野 1995年) - 監督:北野武、主演:ダンカン - ファーストクラスの飛行機に乗りたいために、三億円事件や帝銀事件の要領で銀行強盗を図ろうとするが、失敗する。
- テレビドラマ
- 『太陽にほえろ!』(日本テレビ)第177話「海に消えたか三億円」(1975年12月5日放送)〈脚本:畑嶺明、小川英、監督:児玉進)
製菓会社社員の江藤良一(演:関戸純)の妻は自宅が誰かが覗かれていると思い、夫である江藤が確認のために自宅を出た直後、何者かに射殺された。職場での江藤の評判はよく、現場には証拠になるものは残されていなかった。だが、被害者である江藤の指紋が1968年に発生した三億円強盗事件に使用されたカローラに残されていた不明指紋と一致した事で七曲署および特捜本部は騒然となった。[7] - 『Gメン'75』第86話「パリ警視庁の五百円紙幣」[8](1977年1月8日放送)〈脚本:高久進、西島大、監督:鷹森立一)
パリで日本人商社マンが殺害され、現場からは十数枚の五百円紙幣が発見された。その紙幣こそ時効が成立したニセ白バイ警官による三億円事件で奪われた紙幣の一部だった。
第87話「冬のパリの殺し屋」(1977年1月15日放送)
三億円強奪事件の容疑者として小田切警視(演:夏木陽介)らが追っていた坂崎達也(演:西田健)が何者かに暗殺された。恐ろしいナイフを使う謎の殺し屋は坂崎の恋人・霧子(演:范文雀)をも同じ手口で刺殺。一方、殺された日本人商社マンの妹・矢代みさお(演:中島ゆたか)はなぜかパリの下町・ムーランルージュで娼婦として立つ。しかも夫はベネルックス三国をはじめ世界中を転々としている謎めいた男。その男は小田切らがシャンゼリゼで遭遇した日本人・朝吹(演:川津祐介)だった・・・。
第88話「パリ-紺碧海岸 縦断捜査」(1977年1月22日放送)
難航するパリでの捜査中、草野刑事(演:倉田保昭)は謎のフランス人から銃撃を受け通りすがりの男女が負傷した。リシャール刑事(演:ラザロン)は草野を逮捕、事件を知った黒木警視(演:丹波哲郎)は山田刑事(演:藤木悠)を伴ってパリへ飛ぶ。 - 『特捜最前線』第88話「私だけの三億円犯人!」(1978年12月6日放送)〈脚本:塙五郎、監督:天野利彦〉
府中で起きた三億円事件が時効を迎えて数年。専従班の捜査員だった青木が溺死した。彼は三億円事件の新たな手掛かりを見つけたらしい。特命課の船村刑事(演:大滝秀治)は、青木が原島(演:小坂一也)という男を追っていたことを掴む。原島は三億円事件の当日、青木の娘を誘拐した罪で逮捕された男だった。 - 『時効警察』(テレビ朝日、2006年) - 第7話「主婦が裸足になる理由をみんなで考えよう!」に三億円事件をパロディ化した平成三億円事件が登場する。
- 『水10!』-この子誰の子(フジテレビ、2006年) - 直接三億円事件という言葉は出ていないが、「三億円事件」を連想させる台詞が登場する。
- ゴスペラーズのビデオ・DVD『さかあがり』中に、彼らの歴史を特集した報道特別番組『20世紀日本』内でライブを収録したテープが盗まれる描写があるが、その時の手口が三億円事件のパロディ。
- 舞台・演劇
- 『三億円少女』(BS-TBS/アップフロントエージェンシー(現:アップフロントプロモーション)、2010年) - 脚本・演出:塩田泰造、プロデューサー:丹羽多聞アンドリウ、出演:Berryz工房 他
- 三億円事件の犯人は少女だった!?をテーマに現代にタイムスリップしてきた白バイ姿の少女をめぐる淡くて切ない恋の物語。
事件のモデルになったと言われた作品
- 犯人が「東京競馬場」(この事件の現場と同じ府中市にある)に爆弾を仕掛け、擬装パトロールカーで「売上金を積んだ現金輸送車」を襲う物語。三億円事件の犯人がこの小説から着想を得ていた、という報道もあった。また大薮も重要参考人として意見聴取を受ける。
脚注
注釈
- ↑ 再保険により得られた外貨保険金が外貨準備高の増加に寄与したため、日本銀行の財政におけるある側面だけを見れば棚ぼたの利益をもたらしたともいえる。
- ↑ 三億円事件以前の最高額現金強奪事件は1965年9月に発生した青森銀行弘前支店3100万円強奪事件。
- ↑ 現在の現金強奪事件の最高額は2011年5月に発生した立川6億円強奪事件の約5億9953万円。
- ↑ 青のヤマハ・スポーツ350R1(2ストローク2気筒エンジン)を塗装したもの。なお、当時の白バイは、ホンダ・ドリームCP77(CB77の派生車種、4ストローク2気筒エンジン)やホンダ・ドリームCB350(4ストローク2気筒エンジン)などホンダ製が主でヤマハ製は存在しなかった。
- ↑ 事件発生1年前に事故死した人物の19歳当時に撮影された顔写真を遺族に無断で用いたものであった。
- ↑ 当時発炎筒は自動車を使う人間を除き、一般的に知られておらず、また使用された発炎筒は三億円事件のものと同一タイプのものであった。
出典
- ↑ 計算方法は日本銀行の学習用ページ昭和40年の1万円を、今のお金に換算するとどの位になりますか?参照
- ↑ 額田巌 『結び目の謎』 中央公論新社〈中公新書〉、1980年、152頁。
- ↑ 学研ジュニアチャンピオンコース『あの事件を追え』内「三億円強奪事件」の節より。
- ↑ 「世界!仰天ニュース」より。
- ↑ 週刊新潮2008年12月18日号「「3億円事件」で誤認逮捕「モンタージュ写真の男」は今年9月に自殺した!」
- ↑ 著者・田中司のデビュー作であり、本作において田中は「この漫画を書くにあたり、府中の犯行現場をこの目でみての取材をし、7年前からの新聞をすべて調査した上でのぼくのデビュー作です。刑事のひたむきな努力を、力の限りケント紙にたたきつけました」とコメントしている。
- ↑ 当放送は時効成立を5日後に控えた時期であり、番組冒頭のテロップでは「この物語の三億円事件は昭和四十三年十二月十日に起きた実際の三億円事件とは関係ありません」と表示している。本作では大和田伸也が三億円犯人を演じている。
- ↑ ヨーロッパロケシリーズとして三週連続放送。
参考文献
- 『大捜査3億円事件』(読売新聞社会部編 1975年)
- 『三億円強奪事件~ホシを追いつづけた七年間の捜査メモ』 平塚八兵衛 勁文社エコーブックス 1975年 0295-505804-1839
- 『三億円事件 ホシはこんなやつだ』平塚八兵衛 みんと社 1975年
- 『戦後史開封』(産経新聞戦後史開封取材班編 1994年、後に扶桑文庫)ISBN 459402694X
- 『三億円事件の謎』 三好徹 文藝春秋 ISBN 4167121042
- 『三億円事件』 松平健史 木実書房
- 『三億円事件』 一橋文哉 新潮社 ISBN 4101426228
- 『君が犯人だ!―三億円強奪事件 告発』 有川正志 共栄書房 ISBN 476340122X
- 『俺が真犯人だ―府中 三億円事件』 猫屋犬平 日本図書刊行会 ISBN 4773320443
- 『三億円事件を今…』 平岡浩一 文芸社 ISBN 4835525698
- 『刑事一代 平塚八兵衛の昭和事件史』佐々木嘉信著・産経新聞社編、新潮社 2004年 ISBN 4101151717
- 『雨の追憶~図説三億円事件』 むらきけい 文芸社 2005年 ISBN 4286004619
- 『三億円事件と伝書鳩 1968~69』 吉田和明 社会評論社 2006年 ISBN 4784509356
- 『三億円事件の真犯人』 殿岡駿星 勝どき書房・星雲社 2008年 ISBN 9784434121838
- 『別冊宝島 20世紀最大の謎 三億円事件 「真犯人」と追跡者たちの40年』 2008年 宝島社 ISBN 9784796665407