ハス
ハス(蓮、学名:Nelumbo nucifera)は、インド原産のハス科多年性水生植物。
地下茎は「蓮根」(れんこん、はすね)といい、野菜名として通用する。
Contents
名称など
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ハスの花托。蜂の巣状(ハニカム構造)に見える |
日本での古名「はちす」は、花托の形状を蜂の巣に見立てたとするのを通説とする。「はす」はその転訛。
水芙蓉(すいふよう、みずふよう)、もしくは単に芙蓉(ふよう)、不語仙(ふごせん)、池見草(いけみぐさ)、水の花などの異称をもつ。
漢字では「蓮」のほかに「荷」または「藕」[1]の字をあてる。
ハスの花と睡蓮を指して「蓮華」(れんげ)といい[2]、仏教とともに伝来し古くから使われた名である[3]。
属名 Nelumbo はシンハラ語から。種小名 nucifera はラテン語の形容詞で「ナッツの実のなる」の意。
英名 Lotus(ロータス)はギリシア語由来で、元はエジプトに自生するスイレンの一種「ヨザキスイレン」 Nymphaea lotus を指したものという。
7月の誕生花であり、夏の季語。
花言葉は「雄弁」。
特徴
原産地はインド亜大陸とその周辺。地中の地下茎から茎を伸ばし水面に葉を出す。草高は約1m、茎に通気のための穴が通っている。水面よりも高く出る葉もある(スイレンにはない)。葉は円形で葉柄が中央につき、撥水性があって水玉ができる(ロータス効果)。
花期は7~8月で白またはピンク色の花を咲かせる[4]。 早朝に咲き昼には閉じる[5]。
園芸品種も、小型のチャワンバス(茶碗で育てられるほど小型の意味)のほか、花色の異なるものなど多数ある。
なお、果実の皮はとても厚く、土の中で発芽能力を長い間保持することができる。1951年(昭和26年)3月、千葉市にある東京大学検見川厚生農場の落合遺跡で発掘され、理学博士の大賀一郎が発芽させることに成功したハスの実は、放射性炭素年代測定により今から2000年前の弥生時代後期のものであると推定された(大賀ハス)。その他にも中尊寺の金色堂須弥壇から発見され、800年ぶりに発芽に成功した例(中尊寺ハス)や埼玉県行田市のゴミ焼却場建設予定地から出土した、およそ1400年から3000年前のものが発芽した例(行田蓮)もある。
近年の被子植物のDNA分岐系統の研究から、スイレン科のグループは被子植物の主グループから早い時期に分岐したことがわかってきた。しかしハス科はそれと違って被子植物の主グループに近いとされ、APG分類体系ではヤマモガシ目に入れられている。
後述するように、人間にとっては鑑賞や宗教的なシンボル、食用などとして好まれる植物であるが、繁茂し過ぎると他の水生生物に悪影響を与える懸念がある。このため手賀沼(千葉県)などでは駆除が行われている。水中の茎を切ると組織に水が入って腐り、再生しなくなる[6]。
利用
食用、薬用、観賞用として湿地で栽培される。
地下茎
地下茎はレンコン(蓮根)として食用になる。日本では茨城県、徳島県で多く栽培されており、中国では湖北省、安徽省、浙江省などが産地として知られている。中国では、すり潰して取ったでん粉を葛と同様に、砂糖とともに熱湯で溶いて飲用する場合もある。
葉
葉については「蓮の葉」を参照。
種子
はすの実(en)と呼ばれる果実(種子)にもでん粉が豊富であり、生食される。若い緑色の花托が生食にはよく、花托は堅牢そうな外見に反し、スポンジのようにビリビリと簡単に破れる。柔らかな皮の中に白い蓮の実が入っている。種は緑色のドングリに似た形状で甘味と苦みがあり、生のトウモロコシに似た食感を持つ。また甘納豆や汁粉などとしても食べられる。
中国や台湾、香港、マカオでは餡として加工されたものを蓮蓉餡と言い、これを月餅、最中、蓮蓉包などの菓子に利用されることが多い。餡にする場合、苦味のある芯の部分は取り除くことが多く、取り除いた芯の部分を集めて蓮芯茶として飲まれることもある。ベトナムでは砂糖漬けやチェー(Chè)の具として食べられる。
また、蓮肉(れんにく)という生薬として、鎮静、滋養強壮作用がある。
芽
果実の若芽は、果実の中心部から取り出して、茶外茶として飲用に使われる。
花
ハスを国花としているベトナムでは、雄蕊で茶葉に香り付けしたものを花茶の一種である蓮茶として飲用する。資料によれば甘い香りが楽しめると言う。かつては茶葉を花の中に挿入し、香りを茶葉に移していた[7]。
茎
- 撥水性の葉と茎がストロー状になっている性質から、葉に酒を注いで茎から飲む象鼻杯(ぞうびはい)という習慣もある。
- ベトナムでは茹でてサラダのような和え物にして食べる。
- 中国のハスの一大産地である湖北省では、春から夏にかけて、間引かれた若茎(葉の芽)を炒め物・漬け物などにして食べる[8]。
- 日本においては食べやすく切った茎を煮物の材料として用いる。
- 産地である秋田県では、茎を用いた砂糖漬けが作られている。
- 茎の表皮を細かく裂いて作る糸を「茄絲(かし)」、茎の内部から引き出した繊維で作る糸を「藕絲(ぐうし)」と呼び、どちらも布に織り上げる等、利用される。
象徴としてのハス
ハスの花、すなわち蓮華は、清らかさや聖性の象徴として称えられることが多い。
「蓮は泥より出でて泥に染まらず」という日本人にも馴染みの深い中国の成句[9]が、その理由を端的に表している。
宗教とハス
ヒンドゥー教
古代インドでは、ヒンドゥー教の神話やヴェーダやプラーナ聖典などにおいて、ハスは特徴的なシンボルとして繰り返し登場する。例えば、『バガヴァッド・ギーター』11章で、クリシュナは「蓮華の目を持つ者よ」と美称され、アルジュナは「ハスの上に座す梵天(最高神)を、そしてシヴァ神、あらゆる賢者たち、聖なる蛇たちをわたしは見ます」と語る[10]。
同5章の記述「結果を最高神に任せ執着なく義務を遂行する者は、罪に迷わない。あたかもハスの葉に水が触れぬがごとく」は[11]、後の仏教における「ハス」の象徴的用法と近いものを含む。泥から生え気高く咲く花、まっすぐに大きく広がり水を弾く凛とした葉の姿が、俗世の欲にまみれず清らかに生きることの象徴のようにとらえられ、このイメージは仏教にも継承された。
性典の中では「女陰」の象徴。
多神教信仰から女神崇拝が生まれ、その為、古代インドでは女性に対する4段階の格付けが生まれた。上からパドミニ(蓮女)、チトリニ(彩女、芸女)、シャンキニ(貝女)、ハスティニ(象女)といい、最高位の「蓮女」の象徴としてラクシュミーという女神が、崇拝された(参照:性典『ラティラハスヤ』)。
仏教
仏教では泥水の中から生じ清浄な美しい花を咲かせる姿が仏の智慧や慈悲の象徴とされ、様々に意匠されている。如来像の台座は蓮華をかたどった蓮華座であり、また厨子の扉の内側に蓮華の彫刻を施したりしている。主に寺院では仏前に「常花」(じょうか)と呼ばれる金色の木製の蓮華が置かれている。一方で、仏教国チベットでは標高が高く生育しないため、想像でかかれたのかチベット仏教寺院では日本に比べ、かなり変形し、その絵はほんのり赤みがかった白い花として描かれている。
また死後に極楽浄土に往生し、同じ蓮花の上に生まれ変わって身を託すという思想があり、「一蓮托生」という言葉の語源になっている。
なお、経典『摩訶般若波羅蜜経』には「青蓮花赤蓮花白蓮花紅蓮花」との記述がある。ここでの青や、他で登場する黄色は睡蓮のみに存在する色である。仏典においては蓮と睡蓮は区別されず、共に「蓮華」と訳されている[2]。
密教
密教においては釈迦のみならず、ラクシュミー(蓮女)である吉祥天女を本尊として信仰する吉祥天女法という修法があり、蓮は特別な意味を持つ。
組織の象徴として
日本では、以下の地方公共団体が「市の花」に採用している。
- 愛知県愛西市
- 滋賀県守山市
- 埼玉県行田市 - 古代蓮 - 市の建設工事によって偶然掘り起こされた約1400年から3000年前のものと推定される蓮は、「古代蓮」とも「行田蓮」とも称され、市の花及び天然記念物とされている。
- 千葉県千葉市 - 大賀ハス - 1993年に千葉市花に制定。
ギャラリー
- Nelumno nucifera open flower - botanic garden adelaide edit3.jpg
- Nelumbo nucifera 002.JPG
- Water droplets in lotus1.JPG
- Nelumbo July 2011-2a.jpg
- Nelumbo nucifera qtl1.jpg
- Nelumbo nucifera-IMG 5613.jpg
脚注
- ↑ 新村出、『広辞苑』、岩波書店(1961)
- ↑ 2.0 2.1 中村元、『仏教植物散策』、東書選書(1986)
- ↑ ラーメンや中華料理で用いる「散蓮華」(ちりれんげ。略して単に「れんげ」とも)の名は、その形が蓮華の花びらによく似ていることから、散り落ちた花びらに見立てたもの。ゲンゲを「れんげ草」というのも、一説には花の形が似ているからだともいう。
- ↑ 七十二候・小暑(7月7日ごろ)の次候に「蓮始開(蓮の花が開き始める)」とある。
- ↑ かつて、「ポン」という音とともに開花するという俗説があった。
- ↑ 「ロボットでハス刈り取り/東大大学院開発/大量繁茂の千葉・手賀沼で初実験」『毎日新聞』朝刊2018年7月3日(東京面)2018年7月5日閲覧
- ↑ 新星出版社編集部 『アジアのお茶を楽しむ』 新星出版社、2002年。
- ↑ 湖北特色蔬菜——藕带
- ↑ 北宋の儒学者・周茂叔の著した『愛蓮説』からの引用。
- ↑ “Bhagavad Gita [Chapter 11]”. Telugu Toranam. . 2006年11月4日 UTC閲覧.
- ↑ “Bhagavad Gita [Chapter 5]”. Telugu Toranam. . 2006年11月4日 UTC閲覧.