放射性炭素年代測定
放射性炭素年代測定(ほうしゃせいたんそねんだいそくてい、英語: radiocarbon dating)は、自然の生物圏内において放射性同位体である炭素14 (14C) の存在比率が1兆個につき1個のレベルと一定であることを基にした年代測定方法である[1]。対象は動植物の遺骸に限られ、無機物及び金属では測定が出来ない。
C14年代測定(シーじゅうよんねんだいそくてい、シーフォーティーンねんだいそくてい)に同じ。単に炭素年代測定、炭素14法、C14法などともいう。
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概要
一般に地球自然の生物圏内では炭素14の存在比率がほぼ一定である。動植物の内部における存在比率も、死ぬまで変わらないが、死後は新しい炭素の補給が止まり、存在比率が下がり始める[1]。この性質と炭素14の半減期が5730年であることから年代測定が可能となる[1]。なお、厳密には炭素14の生成量は地球磁場や太陽活動の変動の影響を受けるため、大気中の濃度は年毎に変化している。また、北半球と南半球では大気中の濃度が異なっている。
放射性炭素年代は、BP(Before PresentもしくはBefore Physics)で表記されるが、これは大気圏内核実験による放射線の影響をあまり受けていない1950年を起点として、何年前と実年代が表記される。
炭素14の由来
大気上層で高エネルギーの一次宇宙線によって生成された二次宇宙線に含まれる中性子と窒素原子核の衝突から、年間7.5キログラム[2]程度生成される。また、核実験や核燃料の再処理によっても大気中に放出されている[3]。生成された炭素14は直ちに酸素と結合し二酸化炭素になり、大気中に拡散する。但し、生成量の年変動は約30%と想定されているが海洋などとの交換により0.6%程度にまで小さくなる[4]。
- <ce>{\it{n}} + ^{14}_{7}{N} -> ^{14}_{6}{C} + \it{p}</ce>
炭素14の減少
炭素14 (14C) は、約5730年の半減期でβ崩壊をして減じていく性質をもっているため、これを利用して試料中の炭素同位体12/14比から年代を推定することができる。測定限界が元の約1/1000である場合、約6万年前が炭素14法の理論的限界になる(実際の測定では、ベータ線測定法の場合は3 - 4万年程度、AMS法では4 - 5万年程度が測定限界)。
- <ce>^{14}_{6}{C} -> ^{14}_{7}{N} + \it{e}^- + \bar{\nu}_e</ce>
生物への移動
二酸化炭素中の炭素14は、光合成によって植物に取り込まれ、食物連鎖で動物にも広まっていく。生物の細胞に定着した炭素14は、光合成で作られた時点から減じていくと見なす。つまり、光合成で取り込まれる二酸化炭素は大気中の炭素14量を反映しているが、生物の活動停止後は炭素14が新たに付加されない。従って、生物の遺骸から試料を得て測定した場合、その細胞に利用された炭素はいつ光合成が行われたかが分かる事になる。樹木の場合は、内側の年輪が古く、外側の年輪が新しく測定される。
歴史
- 1947年にシカゴ大学のウィラード・リビー (Willard Frank Libby) が発見。同氏は1960年にノーベル化学賞を受賞。
- 1952年頃から学習院大学と理化学研究所で研究を開始。
- 1961年 マリー・テーマーズらが液体シンチレーション法を開発。
- 1979年 民間の測定請負会社が設立される。
測定方法
最初に開発された測定法は、炭素14が崩壊する際に発せられるベータ線を計測する方法である。後に、試料中の炭素14を直接数える方法が開発された。
ベータ線計測法
「ガスプロポーショナルカウンティング法」「液体シンチレーションカウンティング法」と呼ばれ、炭素14が電子と反電子ニュートリノを放出して窒素14(14N 普安定同位体の窒素)に壊変するときに放射されるベータ線をシンチレータにより検知して数える方法である。現代の炭素1gでも4 - 5秒に1個しか壊れないので、計測には時間がかかり、試料もグラム単位で必要とされる。
- <ce>^{14}{C} -> ^{14}{N} + \it{e}^- + \bar{\nu}_e</ce>
ガスプロポーショナルカウンティング法では、炭素14を二酸化炭素のガスに変化させベータ線を計測する。
加速器質量分析 (AMS) 法
1970年代末に開発された分析手法。加速器で炭素14を直接数える方法 AMS(Accelerator Mass Spectrometry = 加速器質量分析計)で、必要な試料量(1mg程度)、測定時間(30分 - 1時間程度)共に大幅に改善され、ベータ線計測法と比較し高精度化・高効率化された。また約6万年前まで測定可能となった。装置の小型化に伴い多くの施設で入手可能なレベルになっている。
年代の誤差
この測定原理を発見したウィラード・リビーは、炭素14の半減期を5568年[5]として計算している。。また、植物が炭素を固定する際に同位体選別と呼ばれる現象が生じ、植物の種毎に試料の炭素14濃度と年代には差異が発生する為、補正が必要である。同位体選別による炭素14の濃度差は、炭素13の濃度を精密に測定することで可能で、最大で400年程度の補正量となる。つまり、古生物の年代の正確な特定には、同じ種の現代の同位体選別量を正確に把握することも求められる。
年代較正
大気中の炭素14量は、宇宙線の変動や、海洋に蓄積された炭素放出事件を反映して変動してきた。そのため、計測結果には誤差が生じる。後述の年縞堆積物および年輪年代により年代の較正が行われる。年輪年代では、およそ12600年程度までの放射性炭素年代値 (BP) と実際の年代の対応表が作られている[6]。年輪年代の及ばない古い年代は、およそ24,000年前までは、サンゴのU/Th(ウラン / トリウム)年代と照合されている。
較正曲線を用いて較正された年代値、つまり、炭素14年代を実際の年代に較正(基準に照らして正す)したという意味であり、西暦1950年を起点とした年数には calibrated(較正済み)を意味する「cal」をつけて「calBP」で表される。あるいは西暦紀元を基準とする場合は「calBC」ないし「calAD」と表す。較正年代は、暦年代 (Calendar year) とも呼ばれ、「実際の年代」という意味である。ちなみに、炭素14年代は「14C BP」となる。
また近年では、δ13Cによって同位体分別を行った後のBP年代値に数学的な統計処理を行い、95.4%確率と68.2%確率の各確率間で、より詳細な確率分布を求める確率法(High-Probability density range)と呼ばれる手法も使用されている。
リザーバ効果
大気圏及び水圏での炭素14濃度分布は、拡散、循環、均衡の影響を受けるため不均一である。中緯度地域の表層海水は大気より400年以上、深層海水は700年から1000年以上古い年代を示す。更に時代と地域により年代差は変動する。また、南半球の大気は北半球と比較し40年古い年代を示す。つまり、南半球の大気を起源とする有機物の場合、画一的に40年を差し引く必要があることになる。
年縞堆積物
穏やかな水底(淡水および海水)に堆積した物質の縞模様のうち、年毎に一定の層序を保ち堆積した物は年縞堆積物と呼ばれ正確な年代を決定できる。主な、採集地は以下である。
特異的な変動
前述の様に炭素14の生成量は、高エネルギーの一次宇宙線の入射量によって変動する。従って、何らかの原因により宇宙線の入射量が増大すると炭素14も多く生成される[7]。過去に地球に入射する宇宙線の入射量が増大していた場合、増大前に生存していた標本は元々の炭素14の含有量が少ないため、計測結果は実際の年代より古く出る。このような変動の痕跡が1956年に伐採された屋久杉の分析から発見されている。発見した名古屋大学の研究グループによれば、西暦774年から775年にかけて急激な増加が有り、この変動は通常の太陽活動に伴う変動の20倍よりも大きく、過去3000年間で最大級の増加を示していた[8]。更に、西暦994にも急激な増加が記録されている[7]。
系統誤差
- コンタミネーション(汚染)
- 自然要因:試料(発掘物)周囲の石灰岩、土壌起源の有機酸、他の植物の根。
- 人為要因:炭素を含むマーカーなどで直接試料にラベリング、殺虫剤、たばこの灰、紙による梱包。
- 汚染除去作業内容が、測定精度を左右している。
- 試料そのものが汚染されている
- 特に炭素年代測定でいわれているのが、古い炭素を含む化石燃料[11]を使った自動車の排気ガスなどを吸収した植物が、本来あり得ない時代を示す事があることである。状況判断は機械的に出来ず、関係者の恣意、バイアスが入る可能性を排除できない。
実例
日本で最初に測定されたのは、1950年・1955年に調査された夏島貝塚の縄文時代早期の層から出土したカキ殻と木炭であった。1959年3月と6月に、ミシガン大学から杉原荘介に、炭素14年代法による年代値は、貝殻BP9450±400と木炭BP9240±500であったことが報告された。この結果、縄文時代早期は9500年前と初めて測定され縄文土器が世界最古の土器文化である可能性が指摘された。これは日本の考古学者の多くを驚愕させた。また、測定を依頼した芹沢長介らと、大陸で出土した遺物の年代から3000年前と主張する山内清男との間で論争が起きている。
青森県東津軽郡外ヶ浜町の大平山元I遺跡の縄文時代草創期の土器製作時期が、通説より4500年も古い(早い)1万6500年前と1999年4月に発表された。この実年代は、ワシントン大学のスタイヴァーらが炭素14年代を年輪年代や珊瑚年代を使って暦年に換算する国際較正曲線 (INTCAL 98) を使ったものである。また、弥生時代の開始期は通説では紀元前5 - 紀元前4世紀ごろであったが、2003年3月の国立歴史民俗博物館の発表では約500年古い(早い)約3000年前(紀元前10世紀終頃、つまり、九州北部の弥生時代早期が前949年 - 915年から、前期が前810年頃から、中期が前350年頃から、それぞれ始まった。)に遡る結果が出た。2003年5月の日本考古学協会総会での報告は、衝撃、当惑、賛成、反発などとともに拒否、嘲笑などに覆われた。
出典
- 奥村晃史:14C年代の補正と高精度化のための手法 第四紀研究 Vol.34 (1995) No.3 P191-194
- 放射性炭素年代測定の原理と暦年代への換算 群馬大学教育学部 早川由紀夫研究室
- 公文富士夫、河合小百合、井内美郎、野尻湖湖底堆積物中の有機炭素・全窒素含有率および花粉分析に基づく約25,000〜6,000年前の気候変動 信州大学
これらの寒冷期とみられる気候イベントを北欧の各ドリアス期に比較すると、2,000年から3,000年ほど早くなっているようにみえる。
脚注
- ↑ 1.0 1.1 1.2 アリソン 2011 p.71
- ↑ アリソン 2011 pp.70-71
- ↑ 炭素-14 原子力資料情報室
- ↑ ICRRニュース No.41 2000.8.1 東京大学宇宙線研究所 (PDF)
- ↑ 真の値は5730年。
- ↑ 6.0 6.1 水月湖の年縞:過去7万年の標準時計 (PDF) 日本地球惑星科学連合 ニュースレター. November, 2010. Vol.6. No.4. 2010年11月1日
- ↑ 7.0 7.1 三宅芙沙、増田公明ほか、樹木年輪に刻まれた突発的宇宙線イベント 名古屋大学加速器質量分析計業績報告書. v.25, 2014, p.137-143
- ↑ 日本産樹木年輪中の西暦774-775年に おける宇宙線増加の痕跡 名古屋大学 (PDF)
- ↑ 試料の汚染と前処理による汚染の除去 ベータアナリティク放射性炭素年代測定試験所
- ↑ 高橋浩、半田宙子、南雅代ほか、地下水試料の保管と炭素同位体比の経時変化 日本地球惑星科学連合 2015年 AHW24-P07 (PDF)
- ↑ 石油、石炭、ガスなど。
関連項目
参考文献
- 歴博フォーラム『弥生時代はどう変わるか-炭素14年代と新しい古代像を求めて-』広瀬和雄編 学生社 2007年3月 初版 ISBN 978-4-311-30067-7
- ウェード・アリソン 『放射能と理性-なぜ「100ミリシーベルト」なのか』 徳間書店、2011年。ISBN 978-4-19-863218-2。
外部リンク
- 放射性炭素(炭素14)で年代を測る
- 学習院大学年代測定室
- 名古屋大学年代測定総合研究センター タンデトロン年代測定グループ
- 放射性炭素による年代測定の原理
- 放射性炭素年代測定の原理と暦年代への換算 群馬大学教育学部 早川由紀夫研究室
- C14年代測定について 株式会社地球科学研究所
- 中村俊夫:加速器を利用した放射性炭素年代測定 (PDF)
- 年代測定法
- 放射性炭素年代の歴代較正 ベータアナリティク社