カリュドーンの猪
カリュドーンの猪(カリュドーンのいのしし、英語:Calydonian Boar)はギリシア神話に登場する巨大な猪。長母音を省略してカリュドンの猪とも表記する。アイトーリアのカリュドーン王オイネウスが生け贄を忘れたために女神アルテミスの怒りを買い、この猪が放たれたとされる。ギリシア全土から勇士が招集され、猪は退治されたが、このことがオイネウスの息子メレアグロスの死につながった。
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概要
カリュドーンの猪の由来については、一般には女神アルテミスが野に放ったとする以上の伝えはない。ストラボンは、この猪をクロムミュオーン地方を荒らした雌猪パイア(エキドナとテューポーンの子ともいわれ、テーセウスによって退治された)の子であるとしているが、他にこの説を採り上げるものがない[1]。イギリスの詩人ロバート・グレーヴスは、その著書『ギリシア神話』のなかで、猪は三日月型の牙を持つことから月の聖獣とされ、同時にアレースの聖獣でもあるとする[2]。
カリュドーンの猪を退治するためにギリシア全土から勇士が集まった。狩りは、犠牲者を出しながらも猪を仕留めることに成功する。しかし、猪退治の功績をだれに帰するかについてメレアグロスと彼の伯父たちとの間で争いとなった。メレアグロスは伯父たちを倒すが、母アルタイアーに呪われ、彼の寿命とされた薪を燃やされて死んだ。
このような英雄たちの集結は、ギリシア神話中でもイアーソーン率いるアルゴナウタイ及びトロイア戦争などでも見られ、物語の登場人物の関連から、時系列的には「アルゴナウタイ」の後、「テーバイ攻めの七将」やトロイア戦争以前に位置する。
この神話は「カリュドーンの猪狩り」として、古代ローマでは彫刻の題材として好んで採り上げられた。後世においても著名な神話のひとつであり、バロック期のピーテル・パウル・ルーベンスやドメニコ・ヴァッカーロ、現代ではパブロ・ピカソなどが絵画や挿絵の題材としている。
研究者の解釈
この物語についてロバート・グレーヴスは、「たぶん有名な現実の猪狩りと、それが原因になって生じたアイトーリアの部族間の仲違いをもとにした英雄伝説だろう」としている。猪によって聖王が死ぬ、というテーマは、同じギリシャのアドーニスの神話の他にもエジプト神話でオシーリスが猪に姿を変えたセトに殺される話があるなど古くからあり、このため、同じ運命によって倒れたさまざまなギリシア都市国家の英雄がこの物語に持ち込まれているとする。
ハンガリーの神話研究家カール・ケレーニイは、その著書『ギリシアの神話 英雄の時代』のなかで、この物語に登場する英雄メレアグロスの死は、早い、不当な死の物語として思い出され、アッティカの石碑の上に一人の若い死者が夢見る狩人として立っている像があれば、それは決まってメレアグロスであるとする。
神話
ここでは主としてアポロドーロス及びロバート・グレーヴスにしたがった。
発端
カリュドーン王オイネウスは、ある夏、オリュンポスの神々の生け贄を捧げる際に、アルテミスを忘れてしまった[3]。ヘーリオスからこのことを知らされたアルテミスは、巨大な猪[4]を地に放った。猪はオイネウスの家畜や作男たちを殺し、農作物に大損害を与えた。オイネウスは使者を遣わしてギリシア全土から勇士を募り、猪を退治した者にはその皮と牙を与えると約束した。
猪狩りの勇士たち
オイネウスの招集に応えて集まったとされる勇士は次のとおり。この名簿には後述するように異同がある。オイネウスは彼らを9日の間饗応した。アポロドーロス(II. VI, 3)によれば、ヘーラクレースはこのときオムパレーの奴隷として仕えていたために参加しなかったという。
- スパルタから、カストールとポリュデウケース
- メッセーネーから、イーダースとリュンケウス
- アテーナイから、テーセウス
- ラーリッサから、ペイリトオス
- イオールコスから、イアーソーン
- ペライから、アドメートス
- ピュロスから、ネストール
- プティーアから、ペーレウスとエウリュティオーン
- テーバイから、イーピクレース
- アルゴスから、アムピアラーオス
- サラミースから、テラモーン
- マグネーシアから、カイネウス
- アルカディアから、アンカイオスとケーペウス、アタランテー
オイネウスの親族
- メレアグロス オイネウスの息子
- テスティオスの息子たち
- オイネウスの妃アルタイアーの兄弟たち。アポロドーロス(I, VII, 10)はテスティオス(アルタイアーの父)の息子にイーピクロス、エウヒッポス、プレークシッポス、エウリュピュロスを挙げるが、このうち誰が狩りに参加したかは特定していない。ヒュギーヌスはプレークシッポス、イーダイオス、リュンケウス(イーダースの兄弟とは別人)が加わったとする。オウィディウスはプレークシッポス、トクセウス[5]の二人としている。
メレアグロスとアタランテー
アルカディアから来たアンカイオスとケーペウスの兄弟は、アタランテーが参加しているのを見て、女と一緒に狩りをするのはご免だといいだした[6]。メレアグロスは、アタランテーを見て彼女を恋するようになっており、文句を言うなら狩りそのものをやめにするといって、彼女の参加を受け入れた。メレアグロスは、すでにイーダースの娘クレオパトラーを妻としていたにもかかわらず、「アタランテーと結婚できる男はどんなに幸せ者だろう」とため息混じりにつぶやき、これを聞いた彼の伯父たち、つまりアルタイアーの兄弟たちは、アタランテーの存在を不吉と見て快く思わなかった。
狩り
狩りは、メレアグロスの案にしたがい、各人が数歩ずつの間隔を置いて半円形を描き、猪がねぐらとする森に入っていった。[7]。バッキュリデースによれば、狩りは6日間つづいた。 猪は飛び出すと、たちまち二人の狩人を殺し、さらに一人を押し倒してその足を不自由にした。猪に襲われたネストールは木に登って難を逃れた。イアーソーンたちが槍を投げつけたが、みな外れ、イーピクレースの槍がかろうじて猪の肩にかすり傷を負わせただけだった。 テラモーンとペーレウスが進み出たところ、テラモーンは木の根につまずいて転んだ。ペーレウスがテラモーンを抱き起こそうとするところへ猪が突進してきた。アタランテーが矢を放つと、猪の耳の後ろに突き刺さり、猪はいったん逃げた。アンカイオスは笑って「そんなことで猪が退治できるものか。俺の腕前を見るがいい」といって猪の前に立ちはだかり、戦斧を振り下ろそうとしたが、猪の方が速く、アンカイオスは腹をえぐられて最期を遂げた。ペーレウスは動転して、投げつけた槍の手元が狂ってエウリュティオーンを殺してしまった。アムピアラーオスが猪の目を射抜くと、猪はやみくもに突進し、テーセウスに突っかかってきた。テーセウスの投げた槍は逸れたが、このときメレアグロスが投げた槍が猪の脇腹を貫いた。突き刺さった槍を外そうと、猪がぐるぐる回っているところをメレアグロスは再び手槍でとどめを刺した。
メレアグロスの死
メレアグロスは猪の皮を剥ぐと、「最初に血を流させたのはあなただ」といい、生皮をアタランテーに贈った。しかし、メレアグロスの伯父たちはこれに腹を立てた。プレークシッポスは、メレアグロスが自分のものにすべき皮をいらないというのなら、オイネウスの義兄弟で最年長である自分によこすべきだと言い立てた。プレークシッポスの兄弟も、最初に血を流したのはアタランテーではなくイーピクレースだったとしてプレークシッポスを支持した。メレアグロスは[8]、激怒して二人の伯父を殺してしまった。
メレアグロスの母アルタイアーは、兄弟たちの死を嘆くあまり、しまっていた箱から薪を取り出して火中に投じた。これは、メレアグロスが生まれたときに3人のモイライが現れ、「かまどの燃え木が燃え尽きるまでは、(メレアグロスは)生きているだろう」と予言した運命の燃え木だった。メレアグロスは突然、体中を焼き尽くすような痛みを感じて苦しみだし、アタランテーの目の前で、なすすべもなく死んでしまった。
アルタイアーとクレオパトラーはメレアグロスの後を追って自殺し、声を上げて嘆き悲しむメレアグロスの姉妹たちは、ゴルゲーとデーイアネイラの二人を除いてアルテミスによってほろほろ鳥(ギリシア語でメレアグリデス meleagrides)に姿を変えられたという[9]。メレアグロスの死に衝撃を受けたアタランテーは、結婚しない誓いを立てた。
異説
狩りの結末についてはホメーロスの『イーリアス』(第9歌)などに別の説が示されている。猪の皮をめぐってテスティオスの息子(アルタイアーの兄弟)たちクーレース人たち(クーレーテスとも)[10]とカリュドーンの間で戦いとなった。この戦いでメレアグロスが伯父を殺したところ、母親のアルタイアーは兄弟が殺されたことを恨み、メレアグロスを呪ったので、彼はこれに憤って家に閉じこもった。敵が城壁に迫り、市民たちが嘆願してもメレアグロスは撃って出ようとしなかったが、妻のクレオパトラーに説き伏せられてついに立ち上がり、武器を取って残る伯父たちを倒した。しかし、このときメレアグロス自身も倒されてしまったというものである[11]。
後日譚
ペーレウス
誤ってエウリュティオーンを殺してしまったペーレウスは、狩りに参加していたアカストスを頼り、イオールコスで罪を浄められた。しかし、アカストスの妻クレーテーイス(アステュダメイアとも)から恋心を寄せられ、これを断ったために恨みを買って殺されそうになる。詳しくは「アカストス」の項を参照。
ヘーラクレースの冥界行き
ヘーラクレースがケルベロスを生け捕るために冥界に入ったとき、亡霊たちがみなヘーラクレースの前から逃げ出すなか、メレアグロスだけは輝く甲冑を身に付けた姿で彼を迎えた。ヘーラクレースはメレアグロスに恐怖を感じて弓を引いたが、メレアグロスは笑って「恐れるな。死者は傷つけられないし、生者を傷つけることもない」と話した。メレアグロスは彼の死につながった狩りについて語り、妹のデーイアネイラが心残りであり、ヘーラクレースに娶ってくれるように頼んだ。このとき、ヘーラクレースは涙を流したが、これがこのギリシア最大の英雄の最初で最後の涙だったという。
主要な原典
カリュドーンの猪について、現存する古典期の資料のなかで主要なものは以下のとおりである。
- ホメーロス『イーリアス』
- 紀元前8世紀中ごろの成立と見られている。第9歌において、ポイニクスがアキレウスにカリュドーンの猪、狩りとその結果起こった戦いについて語る。ここでは、狩りの参加者名やメレアグロスのアタランテーへの恋情、「運命の燃え木」、メレアグロスの死についての言及は見られない。
- オウィディウス『変身物語』
- 紀元前1世紀から紀元1世紀にかけての成立。神々の名前はローマ神話風になっている。第8巻にカリュドーンの猪狩りの物語がある。狩りの登場人物がもっとも多く、狩りの描写やアルタイアーの葛藤について詳述されるが、メレアグロスの妻については言及されない。
- アポロドーロス『ビブリオテーケー』(日本語訳『ギリシア神話』)
- 紀元1世紀ごろの成立と推定されている。第1巻VIIIにおいて、カリュドーン王オイネウスとその息子たち、トクセウス、メレアグロス(カリュドーンの猪狩りを含む)、テューデウス及びテューデウスの息子ディオメーデースについて紹介している。
- ヒュギーヌス『物語集』(日本語訳『ギリシャ神話集』)
- 2世紀末から3世紀初頭にかけての成立と見られる。171話「アルタイエー(アルタイアー)」、172話「オイネウス」、173話「カリュドーンの猪退治にいった者たち」、173A「オイネウスに援助を送った国々」、174話「メレアグロス」にかけて扱う。
狩りの参加者たちの異同
猪狩りについては、上記のうちアポロドーロス、ヒュギーヌス、オウィデウスが参加者の名簿を書いており、それぞれ異同がある。以下一覧にした。なお、狩りにはオイネウスの義兄弟(メレアグロスの伯父)が参加しているが、上記「猪狩りの勇士たち」節中「オイネウスの親族」で述べたとおり、単に「テスティオスの息子」とされて個々に判然としない場合があるためにここでは割愛した。
アポロドーロス (『ギリシア神話』 I巻 VIII, 2) |
ヒュギーヌス (『ギリシャ神話集』 173話) |
オウィディウス (『変身物語』 第8巻) |
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アカストス | ||
アスクレーピオス | ||
アタランテー | アタランテー | アタランテー |
アドメートス | アドメートス | アドメートス |
アムピアラーオス | アムピアラーオス | |
アルコーン(アレースの息子) | ||
アルコーン(ヒッポコオーンの息子) | アルコーン | |
アンカイオス | アンカイオス | アンカイオス |
イアーソーン | イアーソーン | イアーソーン |
イオラーオス | イオラーオス | |
イーダース | イーダース | イーダース |
イーピクレース | ||
エウペーモス | ||
エウリュティオーン | エウリュティオーン | |
エウリュトス(ヘルメースの息子) | ||
エキーオーン | エキーオーン | |
エナイシモス | エナイシモス | |
カイネウス | カイネウス | |
カストール | カストール | カストール |
ケーペウス | ||
デウカリオーン(ミーノースの息子) | ||
テーセウス | テーセウス | テーセウス |
テラモーン | テラモーン | テラモーン |
ドリュアース | ドリュアース | ドリュアース |
ネストール | ||
パノペウス | ||
パラゴン | ||
ヒッパソス | ヒッパソス | |
ヒッパルモス | ||
ヒッポトオス | ヒッポトオス | |
ヒュレウス | ヒュレウス | |
ピューレウス | ||
ペイリトオス | ペイリトオス | |
ペーレウス | ペーレウス | ペーレウス |
ポイニクス | ポイニクス | |
ポリュデウケース | ポリュデウケース | ポリュデウケース |
メレアグロス | メレアグロス | メレアグロス |
モプソス | モプソス | |
アクトールの息子たち(モリオネ) | ||
ラーエルテース | ラーエルテース | |
リュンケウス | リュンケウス[12] | リュンケウス |
レウキッポス | レウキッポス | |
レレクス |
美術の題材
ローマ期
2世紀中ごろから古代ローマや地中海の主要都市、アテネやギリシャ語圏の諸都市などで石棺(サルコファガス)が作られ、この石棺を飾る浮彫にギリシア神話が題材とされた。「カリュドーンの猪狩り」は、「ヘーラクレースの功業」や「ニオベーとその子供たち」などと並んで好まれた。
バロック期以降
絵画ではバロック時代にギリシア神話の題材の一つとして採り上げられた。代表的なものを以下に挙げる。
- ピーテル・パウル・ルーベンス(1577年 - 1640年)
- 「メレアグロスとアタランテーの狩り」(1617/1628年?)、「メレアグロスとアタランテー」(1635年)
- テオドール・ボイエルマンス(1620年 - 1678年)
- 「カリュドーンの猪を殺すメレアグロス」
- ドメニコ・ヴァッカーロ(1678年 - 1745年)
- 「猪を殺すメレアグロス」(1700年)
- ジャック=レイモン・ブラスカサ(1804年 - 1867年)
- 「メレアグロスの狩り、あるいはカリュドーンの猪の死」(ボルドー美術館)
- パブロ・ピカソ(1881年 - 1973年)
- 「カリュドーンの猪を殺すメレアグロス 『変身物語』より」(1930年)
脚注
- ↑ ロバート・グレーヴスは、パイアはもともと猪でなく豚であるとし、テーセウスの神話は雌豚の女神デーメーテールの信仰が禁じられたことを示すものとしている。
- ↑ アレースは猪に姿を変えてアドーニスを殺した。また、アレースはメレアグロスの本当の父親とされることがある。
- ↑ グレーヴスによれば、アルテミスに生け贄を捧げなかったヘレーネスの王は、狩りの参加者のひとりアドメートスもそうである。ほかに、プロイトスの伝説でも以下のようなエピソードがある。プロイトスの娘たちがヘーラーによって狂気とされたとき、プロイトスに祈りを捧げられたヘーリオスは、もしアルテミスがヘーラーを説き伏せて娘たちの狂気を直してくれるなら、アルテミスへの捧げものを怠った王たちの名を教えると取引を持ちかけている。アクタイオーンのように、アルカディアやボイオーティアでは王自身あるいはその身代わりが生け贄とされており、アルテミスの求める犠牲は、他のオリュムポスの神々よりずっと過酷であり、古典期に入ってからもおびただしい数の生きた獣を必要としたという。
- ↑ 猪はカリュドーンの紋章。この後に生まれたオイネウスの息子でテーバイ攻めの七将の一人、テューデウスは猪の紋章を付けてポリュネイケースと争った。
- ↑ アポロドーロスは、オイネウスの息子にトクセウスがあり、この物語以前に死んだとしている。
- ↑ ケレーニイによれば、男だけで狩猟に行くのがおそらく古来からの聖なるしきたりだった。
- ↑ グレーヴスは、狩りに参加していたケンタウロスのヒューライオスとロイコスが示し合わせて、最右翼にいたアタランテーを犯そうとしたが、逆に射殺されたとする。
- ↑ ヒュギーヌスによれば、プレークシッポスらが皮を奪おうとしたためにアタランテーはメレアグロスに保護を求め、メレアグロスは仲裁しようとした。
- ↑ グレーヴスによれば、アテーナイのアクロポリスやレーロス島ではアルテミスはメレアグリス、つまりほろほろ鳥として崇拝された。この信仰は東アフリカ起源を持つという。
- ↑ クーレースはアイトーリアのブレウローンの古名。テスティオスはブレウローン王である。
- ↑ 『イーリアス』ではメレアグロスの死は語られていない。
- ↑ ヒュギーヌスではリュンケウスは2人(イーダースの兄弟とアルタイアーの兄弟)とされている。
参考文献
一次資料
- アポロドーロス『ギリシア神話』(高津春繁訳、岩波文庫)
- ヒュギーヌス『ギリシャ神話集』(松田治・青山照男訳、講談社学術文庫) (ISBN 4-06-159695-0)
- ホメーロス『イーリアス(上)』(松平千秋訳、岩波文庫) (ISBN 4-00-321021-2)
- オウィディウス『変身物語(上)』(中村善也訳、岩波文庫)
二次資料
- カール・ケレーニイ『ギリシアの神話』(「神々の時代」・「英雄の時代」、高橋英夫訳、中央公論社)
- ロバート・グレーヴス『ギリシア神話』(上・下、高杉一郎訳、紀伊國屋書店)
- B.エヴスリン『ギリシア神話小事典』(小林稔訳、現代教養文庫) (ISBN 4-390-11000-4)
- 創元社編集部編『ギリシア神話ろまねすく』 (ISBN 4-422-02202-4)
関連項目
- エリュマントスの猪 - ヘーラクレースがアルテミスの領域であるエリュマントスで猪を生け捕ったという神話。「12の功業」のうち4番目に当たる。
- アドーニス - アネモネの由来となったとされる美少年。アレースが猪に姿を変えて殺した。