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小郡市(おごおりし)は、福岡県の中央部に位置する市である。福岡市への通勤率は19.1%・久留米市への通勤率は11.9%(平成22年国勢調査)。広域圏では久留米広域圏、都市圏では福岡都市圏に属している。
Contents
地理
福岡県の南部に位置し南北に細長い形状で、市域は大きく三つに区分される。筑後川水系の支流である宝満川が市域を南北に縦断する平坦な宝満川流域。標高20m前後の東北台地、標高20mから90m程度の西北丘陵地に区分される。市内には南北に国道3号・東西に国道500号が位置し、国道3号に平行して九州自動車道が走り、鳥栖インターチェンジが近接してある。東西に大分自動車道が位置し、筑後小郡インターチェンジがある。市内には西鉄電車天神大牟田線、並びに甘木鉄道の各駅がある。
- 山: 花立山(標高130.6メートル)
- 河川: 宝満川
- 湖沼: 西北丘陵地に複数の溜池が存在する
隣接している自治体
- 福岡県
地名
- 大板井
- 大崎
- 小郡
- 小板井
- 寺福童
- 福童
- 井上(立石村)
- 乙隈(立石村)
- 上岩田(立石村)
- 干潟(立石村)
- 吹上(立石村)
- 松崎(立石村)
- 山隈(立石村)
- 稲吉(御原村)
- 下岩田(御原村)
- 二タ(御原村)
- 二森(御原村)
- 古飯(御原村)
- 大保(三国村)
- 津古(三国村)
- 三沢(三国村)
- 横隈(三国村)
- 力武(三国村)
- 赤川(味坂村)
- 上西鰺坂(味坂村)
- 下西鰺坂(味坂村)
- 平方(味坂村)
- 光行(味坂村)
- 八坂(味坂村)
- 祇園1丁目 - 2丁目(小郡より発足)
- 希みが丘1丁目 - 6丁目(三沢より発足)
- 三国が丘1丁目 - 7丁目(三沢・津古・横隈より発足)
- 美鈴が丘1丁目 - 5丁目(三沢より発足)
- 美鈴の杜1丁目 - 3丁目(2002年、三沢より発足)
- あすみ1丁目 - 2丁目(2015年、三沢より発足)
歴史
沿革
明治維新まで
- 約2000年前 大板井遺跡、小郡若山遺跡等に定住の痕跡
- 4世紀頃 津古生掛古墳、三国の鼻1号墳などの古墳が造られる
- 6世紀頃 三国丘陵・花立山麓に群集墳
- 7世紀頃 上岩田、井上に大寺院。小郡官衙遺跡
- 1359年-筑後川の戦い(大原合戦・大保原合戦)
- 1374年-福童原の戦い
- 1624年-干潟に石井堰築造
- 1647年-稲吉堰築造
- 1668年-有馬豊祐により松崎藩立藩。
- 1672年-松崎陣屋築城
- 1673年-津古堰築造
- 1674年-松崎宿設置
- 1684年-松崎陣屋廃城。松崎藩廃藩
- 1772年-大板井堰築造
明治維新から町村制施行まで
町村制施行から昭和の大合併まで
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、小郡町, 寺福童村, 大崎村, 福童村の一部(字小福童を除く), 大板井村の一部(字車屋前, 上薬, ツル, 今当を除く), 小板井村の一部(字井手ノ前を除く), 上西鰺坂村の一部(字川向)が合併して御原郡小郡村が発足。同時に以下の4村が成立。
- 御原郡
- 御原村 ← 下岩田村, 二森村, 二タ村(ふた), 古飯村, 稲吉村, 小板井村の残部(字井手ノ前)
- 立石村 ← 松崎町, 上岩田村, 井上村, 吹上村, 干潟村, 乙隈村, 大板井村の残部(字車屋前, 上薬, ツル, 今当), 山隈村の一部(今隈名, 花立名)
- 三国村 ← 津古村, 横隈村, 三沢村, 力武村, 大保村
- 御井郡
- 味坂村 ← 下西鰺坂村, 光行村, 平方村, 八坂村, 赤川村, 上西鰺坂村の残部(字川向を除く), 福童村の残部(字小福童)
- 御原郡
- 1896年(明治29年)2月26日 - 御原郡と御井郡が山本郡と合併して三井郡となる。
- 1921年(大正10年)-中央軌道松崎 - 小郡間開通。
- 1924年(大正13年)-九州鉄道(現・西日本鉄道)福岡 - 久留米間開通。
- 1952年(昭和27年)-保安隊小郡駐屯地開設。
- 1953年(昭和28年)10月1日 - 小郡村が町制施行して小郡町となる。
三井郡小郡町時代
小郡市時代
- 1972年(昭和47年)4月1日 - 市制施行し、小郡市となる。
- 1988年(昭和63年)12月17日 - 一部を朝倉郡夜須町に編入(境界変更)。
- 1992年(平成4年)12月15日 - 久留米市と境界変更。
- 1993年(平成5年)4月30日 - 筑紫野市と境界変更。
- 1994年(平成6年)5月25日 - 筑紫野市と境界変更。
- 1996年(平成8年)2月20日 - 筑紫野市と境界変更。
- 1996年5月17日 - 三井郡大刀洗町と境界変更。
- 1997年(平成9年)2月25日 - 筑紫野市と境界変更。
- 2003年(平成15年)2月14日 - 三井郡北野町と境界変更。
市名の由来
「筑紫小郡」の名は、持統天皇3年6月(689年)、新羅の使者金道那を「餐応した」客館として日本書紀にみられる。小郡市は、往古の筑紫平野の北に位置し、大宰府に近く博多へ通じる交通の要衝を占め、また小郡市中心部(向築地)に当時の官衙跡が発掘され「小郡官衙遺跡」として国の指定を受けている。その軍事的・地理的特殊性から往時の大宰府客館所在地、また地方官庁所在地として小郡の地名が残り、いまに伝えられている。
歴代市長
代 | 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 |
---|---|---|---|
初 | 佐々木敏雄 | 1972年4月1日 | 1975年 |
2 | 佐々木保 | 1975年5月8日 | 1977年 |
3 | 佐藤正成 | 1977年5月15日 | 1981年5月14日 |
4 | 山田幸雄 | 1981年5月15日 | |
5 | |||
6 | 1993年5月14日 | ||
7 | 田篭勝彦 | 1993年5月15日 | |
8 | |||
9 | 2005年5月14日 | ||
10 | 平安正知 | 2005年5月15日 | |
11 | |||
12 | 2017年5月14日 | ||
13 | 加地良光 | 2017年5月15日 |
行政
市長
- 加地良光(1期目)
- 任期:2021年5月14日
市議会
- 定数:18人
- 任期:2022年5月13日
消防
- 久留米広域消防本部
- 三井消防署
警察
国防・災害救助
経済・産業
市内に本社を置く主な企業
市内に事業所を置く主な企業
人口
一貫して増加傾向にあったが、近年は増加率が鈍化している。平成27年度国勢調査の速報値では、人口減少に転じた。
小郡市(に相当する地域)の人口の推移 | |
総務省統計局 国勢調査より |
教育
太字は1町4村合併前から存在する学校
大学
- 九州情報大学(小郡キャンパス)
高等学校
- 福岡県立小郡高等学校 - 1983年開校
- 福岡県立三井高等学校 - 1914年開校
専門学校
- 平岡調理専門学校
中学校
- 市立
小学校
- 私立
- 麻生学園小学校 - 2015年4月1日東明館小学校から校名変更
- 市立
- 味坂小学校
- 小郡小学校 - 1883年開校
- 御原小学校
- 立石小学校
- 三国小学校 - 1891年開校
- 大原小学校 - 1972年小郡小学校、三国小学校より分離開校
- 東野小学校 - 1991年大原小学校より分離
- のぞみが丘小学校 - 1999年三国小学校より分離
かつて存在した学校
- 福岡女学院大学-福岡市へ移転
生涯学習
七夕出前講座: 生涯学習・教育の一環として市の事業をテーマとして市職員が出向いて講義し啓蒙を図っている。2004年3月現在、市のホームページから37講座の開催が確認できる。
その他
- 小郡自動車学校
- 小郡特別支援学校
医療
- 嶋田病院
- 協和病院
- 丸山病院
- 本間病院
- 聖和記念病院
- 福岡志恩病院
住宅地
- 宝城団地 面積15ha 計画人口1,550人 1972~1974
- みくに野 面積 26.2ha 計画人口2,400人 1969年~1972年
- みくに野東 面積23.2ha 計画人口2,450人 1972~1975
- 三井団地 面積5.8ha 計画人口830人 1972~1973
- 八重洲団地 面積 5.9ha 計画人口800人 1973~1975
- 三国が丘 面積49ha 計画人口3,700人 1983~1990
- 美鈴の杜 面積18.1ha 計画人口2,100人 2000~2007
- 三沢駅南団地 面積 3.3ha 計画人口 417人 2015~
- 筑後小郡簡保レクセンター跡地団地 面積11.6ha 人口 1,116人 2013~
- あすてらす南団地 面積 3.7 ha 計画人口 445人 2013~
交通
かつて福岡を窓口にした玄海灘が公の外交のルートであったのに対し、民間レベルのルートとしては有明海を用いた。小郡市は海に接しない内陸に位置するが、筑後川の支流である宝満川が交易に用いられた。
空港
- 福岡空港が最寄り。
鉄道路線
市の中心駅は西鉄小郡駅、及び小郡駅(約130m離れている。乗り換え所要約5分)
バス路線
- 西鉄バス
- 西鉄バス佐賀が西鉄小郡駅と鳥栖市のJR鳥栖駅の間を弥生が丘駅・鳥栖プレミアム・アウトレット経由で結ぶ路線バスを運行している。かつては西鉄小郡駅と小郡市内各地や甘木市(現・朝倉市)を結ぶ路線、小郡市北部の住宅地と筑紫野市のJR原田駅・西鉄筑紫駅を結ぶ路線もあったが、すべて廃止された。また、西鉄バス二日市の17番系統筑紫野線の新津古橋バス停は小郡市にある唯一の福岡県内のバス会社のバス停である。
- 小郡市コミュニティバス「七夕ふれあい号」
- 2004年7月1日に運行開始したコミュニティバスである。上記の西鉄バス路線の廃止路線の代替も兼ねて、市内の総合保健福祉センター「あすてらす」を中心に、小郡市内各地に7路線を運行している。運行は西鉄バス佐賀に委託されており、コミュニティバスで使われる車両は鳥栖市の車庫に配置されているため、車両はすべて佐賀ナンバーである。
- 自治会バス
- 西鉄バス路線の廃止などによる交通空白地域で地域の自治会が主体となり運行している。いずれも運賃は無料で、誰でも利用できる。
- ベレッサ号 - 市北部の住宅地の美鈴が丘・希みが丘と原田駅・筑紫野ベレッサ(商業施設)・三国が丘駅を結ぶ(2011年4月1日に運行開始)。美鈴が丘地区は毎週月・水・金曜日、希みが丘地区は毎週火・木・土曜日、いずれも9時台から12時台まで4便を運行する。運賃は無料。
- みはら号 - 市南東部の御原校区と商業施設・病院などを結ぶ(2015年6月2日に運行開始)。火曜日、木曜日、土曜日に運行。「ベレッサ号」で以前使用していた車両を利用している。
- 高速バス
- 市内の大板井バスストップに高速バスが発着する。
道路
原田駅東福童線(通称七夕通り):市内を南北に縦断する原田駅大崎線の2004年3月28日の開通・延伸により利便性が高まった。
高速道路
- 九州自動車道
- インターチェンジは無いが市内を通っており、その道中には小郡市に入った事を案内する看板がある。(ただし、場所によっては筑紫野市内の筑紫野インターチェンジが最寄りとなる地区もある)
- 大分自動車道
- インターチェンジ: 筑後小郡インターチェンジ
- パーキングエリア: 井上パーキングエリア(鳥栖方面にのみ設置)
- バス停留所: 大板井バスストップ(バス事業者側の呼称は「高速小郡大板井」)
- その他、長崎自動車道内にある鳥栖インターチェンジ(佐賀県鳥栖市)が最寄りとなる地区もある。
一般国道
県道
- 主要地方道
- 一般県道
- 福岡県道・佐賀県道131号小郡基山線
- 福岡県道・佐賀県道132号本郷基山停車場線
- 福岡県道509号塔ノ瀬十文字小郡線
- 福岡県道603号原田停車場津古線
- 福岡県道737号吹上北野線
- 福岡県道738号二森石崎線
名所・旧跡・観光スポット・温泉・祭事・催事
名所・旧跡
- 九州歴史資料館
- 小郡市埋蔵文化財調査センター
- 小郡官衙遺跡
- 七夕神社
- 七夕会館
- 老松宮
- 将軍藤
- 小郡運動公園小郡市陸上競技場 - 市民アンケートによると市内で自慢できる施設の上位に挙げられている
- 小郡市野球場
- 小郡市体育館
観光スポット
- きらめきの塔
- 城山公園
- 松崎桜馬場
温泉施設
- 満天の湯 - 小郡市総合保健福祉センター「あすてらす」内
祭事・行事
小郡市出身の有名人
- 伊藤麻希 (アイドル・LinQメンバー)
- 上杉佐一郎(社会運動家)
- 江口実沙(プロテニス選手)
- 組坂繁之(社会運動家)
- KMC(ヒップホップMC、トラックメイカー、作詞家、DJ)
- 古賀磯次(ヤクザ、道仁会初代会長)
- 佐々木正蔵(明治期の衆議院議員)
- 柴田拓(NHKアナウンサー)
- 高松凌雲(幕末から明治期の医師、赤十字運動家)
- 中島彰吾(プロ野球選手・東京ヤクルトスワローズ所属)
- 中谷将大(プロ野球選手・阪神タイガース所属)
- 中野シツ(元長寿日本一)
- 猶本光(プロサッカー選手・浦和レッズレディース所属)
- 野田宇太郎(詩人)
- 帚木蓬生(小説家、精神科医)
- 帆足和幸(元プロ野球選手・現福岡ソフトバンクホークス打撃投手兼広報)
- 増本藍(ミュージカル女優)
小郡市にゆかりのある人物
課題
北部の三国地区は小郡・筑紫野ニュータウンの開発により、人口の増加が著しい。しかし、南部の味坂、御原地区や東部の立石地区では人口減と過疎化が進み、小中学校の学級数が1学年1クラスになるなど、小郡市における南北問題の克服が今後の課題となっている。また、市内に大きな小売店舗や商店街が無いために商業規模が著しく低いことも今後の課題の一つである。
バス問題
2009年9月1日でプレミアムアウトレット線以外の小郡市内のバス路線が全線廃止になったことを受け、小郡市コミュニティバスの増便を計画しているが、赤字などの経営問題を理由に計画は難しくなっている。
その他
- 市外局番は久留米市と同じ「0942」。かつて津古の一部地域は福岡市と同じ「092」の市外局番に属している時代もあった[注釈 1]。
- 2000年1月実施の市民意識調査によると小郡市で自慢できるものとして上位3位に次のものがあがっている。
- 人に優しい福祉・保健・医療の充実したまち
- 快適な住宅・生活環境のまち
- 企業誘致や地場産業など商工業を中心として発展するまち
- 市内にある七夕神社は730年頃の肥前風土記に記されていることから日本で最も早期から七夕行事が始まったと言われ、「七夕の里」のキャッチフレーズでアピールしている。
脚注
注釈
- ↑ 現在は消滅
出典
関連項目
外部リンク