東洋大学
東洋大学 | |
---|---|
大学設置 | 1928年 |
創立 | 1887年 |
学校種別 | 私立 |
設置者 | 学校法人東洋大学 |
本部所在地 |
東京都文京区白山5-28-20 東経139度44分58.8秒北緯35.723583度 東経139.749667度 |
キャンパス |
白山(東京都文京区) 白山第2(東京都文京区) 朝霞(埼玉県朝霞市) 川越(埼玉県川越市) 板倉(群馬県板倉町) 清水町(東京都板橋区)[1] |
学部 |
文学部 経済学部 経営学部 法学部 社会学部 理工学部 国際学部 国際観光学部 生命科学部 ライフデザイン学部 総合情報学部 食環境科学部 情報連携学部 |
研究科 |
文学研究科 社会学研究科 法学研究科 経営学研究科 理工学研究科 経済学研究科 国際地域学研究科 生命科学研究科 福祉社会デザイン研究科 学際・融合科学研究科 総合情報学研究科 食環境科学研究科 情報連携学研究科 |
ウェブサイト | 東洋大学公式サイト |
東洋大学(とうようだいがく、英語: Toyo University)
1928年に設置。大学の略称は東洋、東洋大。一部では洋大も使用されている。
Contents
概観
大学全体
東洋大学は、1887年に井上円了により創設された哲学の専修学校である私立哲学館が前身となって設立された大学で、仏教系ではないが、歴史的に仏教教育と関係の深い大学である[2]。現在正式な略称は「東洋大」となっているが、かつては「洋大」という略称が正式なものであった。この略称は70年安保紛争時に学生運動勢力が多用したため、現在ではあまり使用されていない。また、2017年度の志願者数は101,180人で国内の大学全体で第6位[3]であり、「生徒に人気の大学」ランキングでは第9位[4]である。
建学の理念[5](校訓・理念・学是)
◆◆建学の精神◆◆
◆◆東洋大学の教育理念◆◆
【自分の哲学を持つ】
多様な価値観を学習し理解するとともに、自己の哲学(人生観・世界観)を持つ人間を育成する。
【本質に迫って深く考える】
先入観や偏見にとらわれず、物事の本質に迫る仕方で、論理的・体系的に深く考える人間を育成する。
社会の課題に自主的・主体的に取組み、よき人間関係を築いていける人間を育成する。
◆◆東洋大学の心◆◆
【他者のために自己を磨く】
自分を磨くのは、人々のためにはたらくことができるようになるためであり、そのことを自覚して
学業に励むのが東洋大学の心である。
【活動の中で奮闘する】
現実社会における活動の中にどこまでも前進してやまないのが、東洋大学の心である。
夜間学部の充実
前身の哲学館は「余資なく優暇なき者」(資産や時間に余裕がない人々)に哲学を学べる場をという趣旨で設立された。そのため、日本の大学で唯一、都心キャンパスに設置した主要学部に夜間学部を設置しており、さらに他大学が夜間学部を閉鎖する中、21世紀に入っても新規設置を続けており、教育格差の是正に貢献している。
教育および研究
都心から郊外へ移転した日本の大学としては日本初の全面都心回帰を実施、主要学部の教育および研究は都心で実施されている。さらに現在でも都心回帰を進めている。
哲学に関する私塾を母体に哲学専門の旧制専門学校を設立し、その後に哲学を中心とする旧制大学へと発展してきたことから哲学に関する学科が多く設置されており、特にインド哲学科と中国哲学文学科は日本の大学では唯一の学科である。さらにサステイナビリティ学連携研究機構において共生哲学分野の研究を担うなど、哲学研究においては日本有数の実績を持っている。
また、国際地域学部に設置されている国際観光学科は、日本で最初に開設された「観光」に関する専門学科である短期大学部観光学科(1963年設置)が改組したものである。
学風および特色
入試ガイドにアニメキャラクターであるムーミンを使用する、日本の大学が主催して行う児童・生徒・学生を対象とした各種イベントの先駆けとなった現代学生百人一首を開催する、毎年新入生に同内容のアンケートを行って継続発表をするなど、ほかの大学が実施していないことを先駆けて実施することが多い。
沿革
大学令による旧制大学昇格が遅れた理由については境野事件も参照。
略歴
1887年に井上円了により哲学館が創設された。その後専門学校令による哲学館大学となり、井上引退後の1906年に東洋大学と改称した。1918年に大学令が公布されると東洋大学もいち早く昇格運動に取り組んだものの、資金不足と学校騒動に悩まされて大学昇格は大幅に遅れた。第二次世界大戦後は仏教団体や経済界からの支援を受けて拡張を続け、現在は5キャンパスに11学部11研究科を設置している。
年表
- 1887年 - 東京市本郷区竜岡町の麟祥院に哲学館創設
- 1888年 -『哲学館講義録』を館外員向けとして発行(文科系講義録としては全国初)
- 1889年 - 哲学館新校舎が東京市本郷区蓬莱町に落成。1月に漢学専修科、4月に仏教専修科を開講
- 1896年 - 火災により校舎焼失
- 1897年 - 東京市小石川区原町に新校舎落成(現在の白山キャンパス)
- 1899年 - 中等教員無試験検定の取扱が許可される
- 1902年 - 哲学館事件発生、中等教員無試験検定認可取消
- 1903年 - 私立哲学館大学へ改称。
- 1904年 - 専門学校令による専門学校として認可、大学部(5年制)と専門部(3年制)を開設、それぞれ第一科(漢文学)と第二科(仏教学)を設置。
- 1906年 - 私立東洋大学へ改称
- 1907年 - 中等教育無試験検定の取扱が再認可される
- 1916年 - 女子の入学許可(男子の専門学校として日本初)
- 1921年 - 大学部第一科・第二科を廃し印度哲学倫理学科と支那哲学東洋文学科を設置、専門部第一科・第二科を廃し倫理学教育学科、倫理学東洋文学科、文化学科、社会事業科とする
- 1923年 - 境野事件発生
- 1924年 - 女子が本科生となることを禁じ、聴講生のみを認める方針をとる
- 1928年 - 大学令による東洋大学が認可、大学部および専門部は統合の上、専門学校令による専門部として改組、専門部社会事業科を専門部社会教育社会事業科へ改称
- 1929年 - 大学令による文学部(哲学科・仏教学科・国文学科・支那哲学支那文学科)を開講
- 1930年 - 専門部文化学科を廃止
- 1934年 - 専門部社会教育社会事業科を廃止
- 1937年 - 大倉邦彦を学長に迎え、経営再建を図る
- 1938年 - 文学部史学科を設置
- 1938年 - 十六教授辞職事件
- 1939年 - 専門部に拓殖科を設置
- 1941年 - 学友会を護国会に改組
- 1944年 - 「教育に関する戦時非常措置方策」を受けて、文学部5学科を2学科に、専門部4学科を2学科に縮小
- 1945年 - 空襲により原町校舎に甚大な被害が及ぶ
- 1946年 - 文学部に社会学科を設置
- 1949年 - 新制大学へ移行、文学部(哲学科・仏教学科・国文学科・中国哲学文学科・史学科・英米文学科・社会学科)を開設
- 1950年 - 経済学部、短期大学部を開設
- 1950年 - 大塚日現(獅子吼会開祖)に名誉学長の称号を贈呈
- 1951年 - 文経学部(第2部のみ、国文学科・社会学科・経済学科)を設置
- 1952年 - 文経学部を文学部第2部(国文学科・社会学科)と法経学部(第2部のみ、経済学科・法律学科)に改組、大学院(文学研究科)を開設
- 1955年 - 獅子吼会事件(~57年)
- 1956年 - 法学部を開設
- 1958年 - 大学通信教育放送実験のため、テレビスタジオを開設
- 1959年 - 社会学部を開設、FM放送の試験を実施
- 1961年 - 川越キャンパスを設置、同時に工学部を同キャンパスへ開設
- 1964年 - 通信教育を開始
- 1966年 - 経営学部を開設
- 1977年 - 朝霞キャンパスを設置、同時に文系5学部の1~2年生の授業を同キャンパスで開始。
- 1990年 - 井上円了記念学術センターを開設。
- 1994年 - 工学部に10月入学制度を導入。
- 1996年 - バイオ・ナノエレクトロニクス研究センターを開設。
- 1997年 - 板倉キャンパスを設置、同時に国際地域学部、生命科学部を同キャンパスへ開設
- 2003年 - 白山キャンパスの再開発工事が終了。
- 2004年 - 法科大学院(専門職大学院法務研究科法務専攻)を開設。
- 2005年 - 朝霞キャンパスより文系5学部の1~2年生が白山キャンパスへ移転して文系5学部4年間一貫教育を開始、朝霞キャンパスにライフデザイン学部を開設。
- 2006年 - 白山第2キャンパスを設置して法科大学院と一部の研究機関を移転、東洋大学大手町サテライトを新設して大学院経済学研究科公民連携専攻を社会人大学院として設置
- 2009年 - 板倉キャンパスから国際地域学部を白山第2キャンパスへ移転、生命科学部に2学科増設、総合情報学部を川越キャンパスへ設置、工学部を理工学部へ改組
- 2010年 - 国際地域学部に夜間部を設置
- 2011年 - 創立125周年記念東洋大学総合スポーツセンター竣工、清水町キャンパス[1]を設置。京北中学校・高等学校・京北学園白山高等学校の付属校化、および同校地再開発[6]
- 2013年 - 東洋大学125周年記念館竣工、国際地域学部・法科大学院と一部の研究施設を白山キャンパスに移転。
- 2016年 - 文学部日本文学文化学科と法学部法律学科の通信教育課程について、2018年度以降の学生募集停止を発表[7]。
- 2017年 - 情報系学部および大学院(設置予定)の教育研究活動を赤羽台キャンパスで開始(予定)[8](総合情報学部の赤羽台キャンパス(仮称)へ移転計画は中止)。
基礎データ
所在地
- 白山キャンパス(東京都文京区白山5-28-20)
- 白山第2キャンパス(東京都文京区白山2-36-5)
- 朝霞キャンパス(埼玉県朝霞市岡48-1)
- 川越キャンパス(埼玉県川越市鯨井2100)
- 板倉キャンパス(群馬県邑楽郡板倉町泉野1-1-1)
- 清水町キャンパス(東京都板橋区清水町92-1)[1]
- 赤羽台キャンパス(東京都北区赤羽台1-7-12、旧北区立赤羽台中学校跡地)
象徴
校歌
- 大学歌
- 亜細亜の魂
- 応援歌
- 青春の潮(東洋大学應援歌)
- わかばのもり
- 作詞作曲が不明となっている。この曲も大学スポーツの応援で使用されている。
- 学生歌
- 観想の花
- 作詞作曲が不明となっている。この曲も大学スポーツの応援で使用されている。
- 創立100周年記念歌
- 讃えんかな 東洋大学
- 大学讃歌
スクールカラー
スクールカラーは鉄紺だが、1994年に設定されたコミュニケーションマークは青を基本色、赤を補助色として定めている。鉄紺はスポーツ関係で使用することが多い。また、コミュニケーションマークは学章に変わってさまざまな場面で使用されている。
教育および研究
組織
学部
- 文学部
- 哲学科
- 第1部東洋思想文化学科(2013年、第1部インド哲学科・中国哲学文化学科から改組設置)
- 第1部インド哲学科(2013年、第1部東洋思想文化学科に改組・2004年までは第1部印度哲学科)[9]
- 中国哲学文学科(2013年、第1部東洋思想文化学科に改組)
- 第1部日本文学文化学科[9]
- 英米文学科
- 史学科
- 第1部教育学科[9]
- 英語コミュニケーション学科(2016年度入試をもって学生募集停止)
- 国際コミュニケーション学科(2017年度に英語コミュニケーション学科を発展改組して設置)
- 第2部東洋思想文化学科(2013年、第2部インド哲学科から改組設置、夜間)
- 第2部インド哲学科(2013年、第2部東洋思想文化学科に改組・2004年までは第2部印度哲学科、夜間)
- 第2部日本文学文化学科(夜間)
- 第2部教育学科(夜間)
- 日本文学文化学科(通信教育課程)
- 経済学部
- 第1部経済学科[9]
- 国際経済学科
- 総合政策学科
- 第2部経済学科(夜間)
- 経営学部
- 第1部経営学科[9]
- マーケティング学科
- 会計ファイナンス学科
- 第2部経営学科(夜間)
- 法学部
- 第1部法律学科[9]
- 企業法学科
- 第2部法律学科(夜間)
- 法律学科(通信教育課程)
- 社会学部
- 国際地域学部
- 国際地域学科
- 国際地域専攻
- 地域総合専攻(夜間)
- 国際観光学科[10]
- 国際地域学科
- 国際学部(国際地域学部を改組し、2017年4月開設)
- グローバル・イノベーション学科
- 国際地域学科
- 国際地域専攻
- 地域総合専攻(夜間)
- 国際観光学部(国際地域学部を改組し、2017年4月開設)
- 国際観光学科
- 情報連携学部(2017年4月開設)
- 情報連携学科
- ライフデザイン学部
- 生活支援学科
- 生活支援額専攻
- 子ども支援学専攻
- 健康スポーツ学科
- 人間環境デザイン学科
- 生活支援学科
- 理工学部(2009年、工学部から改組設置)
- 機械工学科
- 生体医工学科
- 電気電子情報工学科
- 応用化学科
- 都市環境デザイン学科
- 建築学科
- 総合情報学部
- 総合情報学科
- 生命科学部
- 生命科学科
- 応用生物科学科
- 食環境科学科(2013年、食環境科学部食環境科学科に改組)
- 食環境科学部(2013年、生命科学部食環境科学科から改組設置)
- 食環境科学科
- 健康栄養学科
大学院
- 文学研究科(全専攻、博士前期課程・博士後期課程)
- 哲学専攻
- インド哲学仏教学専攻(2011年4月、仏教学専攻より名称変更)
- 日本文学文化専攻(2014年、国文学科より名称変更)
- 中国哲学専攻
- 英文学専攻
- 史学専攻
- 教育学専攻
- 英語コミュニケーション専攻
- 社会学研究科(全専攻、博士前期課程・博士後期課程)
- 社会学専攻
- 社会心理学専攻
- 福祉社会システム専攻(2018年4月、開設)
- 法学研究科(全専攻、博士前期課程・博士後期課程)
- 私法学専攻
- 公法学専攻
- 経営学研究科(全専攻、博士前期課程・博士後期課程)
- 経営学専攻
- ビジネス・会計ファイナンス専攻(会計大学院ではない)
- マーケティング専攻
- 経済学研究科
- 経済学専攻(博士前期課程・博士後期課程)
- 公民連携専攻(修士課程)
- 国際学研究科(2018年4月、開設。博士前期課程・博士後期課程)
- 国際地域学専攻
- 国際観光学研究科(2018年4月、開設。博士前期課程・博士後期課程)
- 国際観光学専攻
- 社会福祉学研究科(2018年4月、開設。博士前期課程・博士後期課程)
- 社会福祉学専攻
- ライフデザイン学研究科
- 生活支援学専攻(修士課程)
- 健康スポーツ学専攻(修士課程)
- ヒューマンライフ学専攻(博士後期課程)
- 人間環境デザイン専攻(博士前期課程・博士後期課程)
- 理工学研究科
- 機能システム専攻
- 生体医工学専攻
- 電気電子情報専攻
- 応用化学専攻(以上の専攻は博士前期課程・博士後期課程)
- 都市環境デザイン専攻(修士課程)
- 建築学専攻(博士前期課程)
- 建築・都市デザイン専攻(博士後期課程)
- 学際・融合科学研究科(博士前期課程・博士後期課程)
- バイオ・ナノサイエンス融合専攻
- 生命科学研究科(博士前期課程・博士後期課程)
- 生命科学専攻
- 総合情報学研究科(博士前期課程・博士後期課程)
- 総合情報学専攻
- 食環境科学研究科(博士前期課程・博士後期課程)
- 食環境科学専攻
- 情報連携学研究科(修士課程)
- 情報連携学専攻
- 工学研究科(全専攻、博士前期課程・博士後期課程。2014年4月に理工学研究科へ改組)
- 機能システム専攻
- バイオ・応用化学専攻
- 環境・デザイン専攻
- 情報システム専攻
- 国際地域学研究科(全専攻、博士前期課程・博士後期課程。2018年4月に上述の国際学研究科と国際観光学研究科に改組)
- 国際地域学専攻
- 国際観光学専攻
- 福祉社会デザイン研究科(2018年4月に上述の社会福祉学研究科、社会学研究科、ライフデザイン学研究科に改組)
- 社会福祉学専攻(博士前期課程・博士後期課程、2006年に社会学研究科より移管)
- 福祉社会システム専攻(修士課程、2006年に社会学研究科より移管)
- ヒューマンデザイン専攻(博士前期課程・博士後期課程)
- 人間環境デザイン専攻(博士前期課程・博士後期課程)
- 法務研究科
- 法務専攻(法科大学院)
短期大学部
東洋大学短期大学は1950年に夜間帯に講義を行う東洋大学短期大学部として設置された。1963年には1部を設置、1966年には東洋大学短期大学と改称した。 しかし、短期大学を志望する受験生の減少や白山キャンパスの効率利用の観点からまず2001年に観光学科を国際地域学部国際観光学科として改組、2002年には英文学科を文学部英語コミュニケーション学科として、日本文学科を文学部国文学科と統合して文学部日本文学文化学科として、それぞれ改組した。これをもって短期大学は廃止となり、現在東洋大学には短期大学部は設置されていない。
附属機関
かつて大学附置研究所と言う名称であったが、現在は附属研究所・センターと呼んでいる。
- 研究所・研究センター
- 学術研究推進センター
- 産学協同教育センター
- 知的財産・産学連携推進センター
- 人間科学総合研究所
- 現代社会総合研究所
- 東洋学研究所
- アジア文化研究所
- 地域活性化研究所
- 工業技術研究所
- バイオ・ナノエレクトロニクス研究センター
- 計算力学研究センター
- 植物機能研究センター
- 共生ロボット研究センター
- 国際共生社会研究センター
- 21世紀ヒューマン・インタラクション・リサーチ・センター
- 経営力創成研究センター
- 共生思想研究センター
- 木と建築で創造する共生社会研究センター
- 福祉社会開発研究センター
- PPP研究センター
- 生体医工学研究センター
- 「エコ・フィロソフィ」学際研究イニシアティブ
- 先端光応用計測研究センター(2008年度閉鎖)
- 地域産業共生研究センター(2008年度閉鎖)
- アジア地域研究センター(2009年度閉鎖)
- 国際交流センター
- 井上円了記念学術センター
- 生涯学習センター
- 情報システムセンター
- 図書館
- 付属図書館
- 工学部分館
- 朝霞分館
- 板倉分館
- 付属図書館
- 井上円了記念博物館
- 井上円了ホール
- セミナーハウス
- 鴨川セミナーハウス(設置時期不詳)
- 富士見高原セミナーハウス(2004年8月設置)
- 河口湖セミナーハウス(2010年8月設置)
- 箱根保養所
- 以前は只見川(閉鎖時期不詳)、富津(閉鎖時期不詳)、稲取(2004年6月閉鎖)、豊丘(2004年6月閉鎖)、白馬(2009年3月閉鎖)、山中湖(2010年6月閉鎖)にセミナーハウスがあった。また、東洋大学のセミナーハウスは学生・教職員のほか、科目等履修生や卒業生も宿泊することが可能となっている。
研究
21世紀COEプログラム
21世紀COEプログラムとして、1件のプロジェクトが採択された。
- 2003年
- 学際・複合・新領域
- 新機能微生物科学とナノテクノロジーの融合
私立大学学術研究高度化推進事業
文部科学省よりそれぞれの事業分野に関して以下のセンターが採択を受けて研究が行われている。
- ハイテク・リサーチ・センター整備事業
- バイオ・ナノエレクトロニクス研究センター「バイオ・メカ・フォトニクス融合デバイスの研究・開発」
- 先端光応用計測研究センター
- 学術フロンティア推進事業
- アジア地域研究センター
- 計算力学研究センター
- 社会連携研究推進事業(2004年までは産学連携研究推進事業)
- 植物機能研究センター
- 地域産業共生研究センター
- 共生ロボット研究センター
- オープン・リサーチ・センター整備事業
- 国際共生社会研究センター「環境共生社会の形成方策とその新たな展開」
- 21世紀ヒューマン・インタラクション・リサーチ・センター
- 経営力創成研究センター
- 共生思想研究センター「東洋思想に基づく『共生学』の構築」
- 木と建築で創造する共生社会研究センター
- 福祉社会開発研究センター
学術研究推進センター
- 「エコ・フィロソフィ」学際研究イニシアティブ
- 2005年設立のサステイナビリティ学連携研究機構(IR36)の中で、2006年に新たに設置された協力大学のうち唯一の私立大学であった。東洋大学は「エコ・フィロソフィ」学際研究イニシアティブ(TIEPh)と冠し、環境問題やサステイナビリティに関する「エコ・フィロソフィ」樹立が任務である。
教育
- 現代的教育ニーズ取組支援プログラム
- ものづくりから学生と地域を育てる共生教育-「つくる」をテーマに「持続型共生教育プログラム:川越学」の展開へ-(2007年度採択)
- 大学院教育改革支援プログラム
- 公民連携人材育成プロジェクト(2007年度採択)
学生生活
サークル活動
- 大学内にある公認学生サークルは以下のようなものがある。
- 一部体育会加盟サークル
- 一部体育会に加盟している体育会系の各サークルで第一部の学部に所属している学生が加入している。
- 二部体育会加盟サークル
- 二部体育会に加盟している体育会系の各サークルで第二部の学部に所属している学生が加入している。
- 工学部体育会加盟サークル
- 工学部体育会に加盟している体育会系の各サークルで工学部に所属している学生が加入している。
- 第一文化団体連合会加盟サークル
- 自治会の一つである第一文化団体連合会に加盟している各サークル。以前は公認系のサークルが多数参加する一大勢力であったが、党派色のあるサークルが仕切るなどしたことから他のサークルの反発を招き離脱が相次いだ。現在は練習場の割り当てを協議するために加盟している音楽系・演劇系サークルを中心に40団体が加盟するに過ぎない。
- II部文化団体連合加盟サークル
- 第二部の学部で構成されているサークルが加入できるII部文化団体連合に加盟している各サークル。こちらも離脱が相次ぎ、現在は4団体のみ。
- 工学部文化団体連合サークル
- 工学部に所属している学生が加入している工学部文化団体連合に加盟している文化系の各サークル。
- 届出(公認)サークル
- 大学教員の顧問がおり、所定の書式を届け出れば認可される公認サークルを東洋大学では「届出サークル」と呼んでいる。従来は体育会や文化団体連合に加盟しないサークルの活動を支援するための補完的なシステムであったが、供出金や団体へ加盟することによる義務の増加を嫌う学生サークルがこちらを選ぶことが多くなり、独自の公認システムを取る板倉キャンパスの公認サークルと含めて150以上の団体が存在している。
- 一部体育会加盟サークル
学園祭
学園祭は各キャンパスごとに実施されている。白山祭は、学生運動、ロックアウト等で中断したため、工学祭→こもれび祭より開催回数は少ない。また、文系5学部が都心回帰する前は朝霞祭という名称で白山祭と同時開催であった。
- 白山キャンパス:白山祭
- 朝霞キャンパス:朝華祭(ライフデザイン学部大学祭)
- 川越キャンパス:こもれび祭
- 板倉キャンパス:雷祭(雷電祭、板倉祭)
スポーツ
- 東洋大学硬式野球部は東都大学野球連盟に加盟、2009年春には第二次世界大戦後では初となる東都リーグ五連覇、2011年春には東都リーグ史上初となる春季リーグ戦五連覇を達成している。
- 東洋大学陸上競技部は過去60回以上の箱根駅伝出場歴があり、60回以上出場校で2008年まで唯一、優勝経験がなかったが、2009年の第85回大会で初の総合優勝を往路・復路優勝の完全優勝で達成、2012年には史上5校目となる往路・復路・総合の3記録を全て更新する完全新記録優勝を果たした。
- 東洋大学アイススケート部ホッケー部門は1996年から日本学生氷上競技選手権大会で6連覇を達成しており、2005年現在ではスポーツ新聞では「学生四強の一角」と書かれることが多い。
- 東洋大学相撲部は卒業生に複数の関取がいる。
- 東洋大学ボクシング部はロンドンオリンピック (2012年)日本代表選手に2名選出されている他、卒業生に複数のプロボクサーがいる。
- 東洋大学ラグビー部は2015年現在関東大学ラグビーリーグ戦グループ2部に在籍する。
大学関係者と組織
大学関係者組織
- 東洋大学校友会(同窓会)
- 東洋大学の同窓会は「東洋大学校友会」と称し、1894年に「哲学館同窓会」として結成された。卒業生は原則として全員校友という扱いになる。ただし、校友会費を納入していない校友は校友会組織の代表となる資格や選挙権などがない。校友の会費納付率は高いとはいえないが、学生を対象に寄附講座や学生研究奨励基金なども実施している。
- 一方、校友会館については、校友会報などで度々話題に上っている。1953年に校友会館が建設されたが、その後、学校法人東洋大学の都合により閉鎖された。1966年には現在の甫水会館の土地を購入し新校友会館建設の準備に入ったが、その後管理上の問題および大学への協力の立場から土地を大学に寄付した形をとり、「土地の名義は大学であるが、使用権は校友会とする」契約と「甫水会館建設土地は校友会が法人化の折には返還する」覚書を大学と取り交わし、父兄会(現甫水会)を含めた三者による共有施設として甫水会館が建設されることとなった。2000年には甫水会館が大学の生涯学習センターの拠点として改装され、それまで一般校友に開放されていた宿泊室や会議室がなくなるなど校友会館としての機能が薄れており、将来的な検討課題となっている。なお、「甫水会館」命名の由来は、井上円了が新潟県三島郡浦村(現在の長岡市)の出身であることから浦の字を甫と水(サンズイ)に分けて甫水の号を名乗っており、そこから採られた。
- 職域校友会やサークルのOB会などで「白山会」という名称を使用することがあるが、地域支部が使用していないため、他大学のようにメジャーな名称にはなっていない。
- 東洋大学甫水会(旧父兄会)
- 東洋大学には東洋大学甫水会(旧父兄会)という保護者組織がある。第1部の学生は毎年の授業料とともに会費を徴収しており、第1部はほぼ全学生の保護者が加入している。
大学関係者一覧
施設
キャンパス
東洋大学のキャンパスは白山を中心に4カ所に散らばる。白山から見て朝霞と川越は交通の便が不便であるが、これは都営地下鉄三田線の延伸・東武東上線乗り入れ計画を念頭に置いて校地取得を行ったためである。この計画は凍結されたため、東洋大学ではキャンパス間の交通の便の悪さが懸案のまま残ってしまった。なお、文系5学部を白山へ統合した背景には交通の便の悪さもあるのではないかと学内で発行されている学生メディアが書いている。
白山キャンパス
1897年に本郷区駒込蓬莱町から小石川区原町字鶏声ヶ窪(現在地)に移転した時から存在するキャンパスで、戦前は「原町校舎」と呼ばれていた[11]。
白山第2キャンパス
国際地域学部、法科大学院、国際地域学研究科などで使用されていたキャンパス。既存施設をすべて解体し、延べ約1万9900㎡規模の新校舎を建設する。2015年度より京北中学校、京北高校、京北学園白山高校が使用している。
朝霞キャンパス
文系学部の教養課程を講義するために建設されたキャンパスで現在はライフデザイン学部が使用している。
川越キャンパス
理系学部のために建設されたキャンパス。現在は理工学部と総合情報学部が使用している。
板倉キャンパス
1997年設置のキャンパス。現在は生命科学部、食環境科学部が使用している。
清水町キャンパス
東洋大学総合スポーツセンターが設置されている。
赤羽台キャンパス
2017年に設置予定。新たに情報連携学部[12]を開設する予定。 (総合情報学部は、当地に移転を計画していたが中止となった。)[8]
サテライトキャンパス
サテライトキャンパスとして以下の施設がある。
学生食堂
東洋大学の学生食堂の一つに16階建ての白山2号館に設置されたものがある。周囲に高い建物が文京区役所くらいしかないため、大変に見晴らしが良く、特に夜景を楽しめる学食として学生教職員に親しまれている。またTokyo Walker誌が東京都内の学食を特集した際に夜景がきれいな学食として紹介して以来、学生教職員以外の利用も増えており、安く夜景が楽しめるレストランとしても利用されている。また、白山6号館の地下食堂はテレビ東京系列アド街ック天国白山・千石特集で第5位にランキングされた。
講堂
白山キャンパスには井上円了ホールが設置され、各種学会などが精力的に開催されている。
寮
かつて小石川寮と西片女子寮が存在していたが、現在は廃寮となっている。小石川寮は現在は運動部の合宿所となっている。
対外関係
他大学との協定 (海外)
- 以下の大学と学術交流協定を締結している。
- ダブリンシティ大学
- マールブルク大学
- ルイ・パスツール大学
- マルク・ブロック大学
- ロベール・シューマン大学
- 韓国外国語大学校
- 東国大学校
- 大邱大学校
- 中国人民大学
- 大連外国語大学
- 上海対外貿易学院
- 復旦大学
- 華中科技大学
- 輔仁大学
- ベトナム国家大学ホーチミン校人文社会科学大学
- スラバヤ工科大学
- オレゴン州立大学
- モンタナ大学
- ミズーリ大学セントルイス校
- セントラル・クイーンズランド大学
- International Student Exchange Program(ISEP)に加盟しているため、ISEP加盟のアメリカ合衆国内の各大学とは相互交換留学を実施している。
他大学との協定(国内)
- 山手線沿線私立大学図書館コンソーシアムに加盟している。
- 経営学部は以下の大学学部と協定関係を持つ。
- サステイナビリティ学連携研究機構協力大学。
- 佛教図書館協会東地区相互利用に加盟している。
- 大学eラーニング協議会に加盟している。
- 「首都大学院コンソーシアム協定聴講生」制度を設けている。ただし、経営学研究科ビジネス・会計ファイナンス専攻、経済学研究科公民連携専攻、学際・融合科学研究科は、本協定に加盟していない。
- 他大学院及び外部研究機関との委託聴講制度、及び研究指導委託制度における協定校及び協定機関は以下の通りである。
委託聴講制度における協定校
- 文学研究科
- 社会学研究科、社会福祉学専攻、及び福祉社会デザイン研究科、全専攻との協定校
- 経営学研究科
- 経営学専攻、及びビジネス・会計ファイナンス専攻の協定校
- 経済学研究科、経済学専攻の協定校
- 工学研究科の協定校
- 東京電機大学理工学研究科
- 研究指導委託制度における研究機関
社会との関わり
哲学堂
中野区にある哲学堂公園はもともと哲学館大学の移転先として確保されていた土地である。創立者である井上円了はこの土地を大学へ譲渡していたが、引退後に大学から買い戻して哲学を感じることの出来る公園として整備をした。こうした関係から、東洋大学では井上円了の遺言に従って以下の概要で哲学堂祭を挙行している。
鉄道駅名
1904年以降の電車の開通までは、交通機関として板橋から万世橋まで往復の乗合馬車があったが、馬車は哲学館前に来ると、「鶏声ヶ窪哲学館前」と乗降客に連呼して知らせたという[13]。
1914~15年頃、曙町停留所を東洋大学前とする学生の働きかけがあったが、千人以上の学生がいなければと東京市から断られた[14]。当時はまだ170~180名程度の学生数にすぎなかった。
戦前から昭和30年代にかけての受験案内や鉄道地図では東洋大学の最寄停留所を曙町としているものが多く、旺文社の『全国大学大観』(昭和30年版)でも「国電巣鴨または水道橋駅より都電にて5分曙町下車」と記されている。
現在では東洋大学白山キャンパスの最寄り駅は都営地下鉄三田線白山駅または千石駅、東京メトロ南北線本駒込駅となっている[15]。
川越、朝霞とキャンパス開設時には東武鉄道へ駅名の変更(鶴ヶ島駅→東洋大川越キャンパス前、朝霞台駅→朝霞東洋大前)を要請したが、いずれも受け入れられなかった。また、営団地下鉄(東京メトロ)南北線開業時にも本駒込駅を東洋大前にするように働きかけたようだが地元地名が付けられた。そのため、板倉キャンパス開設時に「板倉東洋大前駅」という名前の駅が出来たことは東洋大学関係者にとっては悲願達成だったらしく、板倉キャンパス開学式典で当時の塩川正十郎理事長は駅名が付いた喜びを語っていたほどである。
放送通信教育
東洋大学では1950年代後半にテレビジョンを使用した学内教育およびを実現するための研究が行われていた。文学部社会学科の米林富男を中心に大学教育におけるテレビの利用研究が行われていたが、その後遠隔地での大学通信教育にテレビを使用する研究が中心となっていった。1950年代当時、在日米軍が使用していたVHF12チャンネルが返還されるらしいという情報を元に東京証券取引所会員各証券会社は、証券取引に関する情報を東京都内の各証券会社支店へ配信するために日本証券テレビの設立を検討していた。東洋大学では日本証券テレビの空き放送時間帯を利用して大学通信教育を実施しようという計画を持っていた。さらにテレビ放送と同時にラジオ放送による通信教育も検討されており、1958年7月には超短波FM試験電波の割り当て申請を行っている。12月20日に東洋大学に学内放送用のスタジオを設置した際には超短波でテレビ・ラジオともに試験放送の送出可能な設備が設置された。まずは超短波放送からスタート、将来的にはテレビ放送も実施してラジオ・テレビの両面から勤労学生や社会人が学習できる環境を構築しようという壮大なものであった。この構想自体は、各大学の大学教員が教鞭をとり、テレビとFMラジオで講義を実施している現在の放送大学とかなり酷似しているが米林の構想が母体となっているかどうかは不明である。また、米林の論文によれば、将来的には首都圏の各大学が得意とする分野を分担して担当する大学教育放送局を立ち上げる構想もあり、塩狩(北海道)・仙台・大阪・福岡に支局をつくるという具体的なプランまで示されていた。さらに文部省はこの構想に興味を示しており、実際に1958年までの数年間にわたって、研究助成金を出していた。また、郵政省も電波行政の観点から大学による教育放送局に賛成しており、東洋大学と東海大学の試験局には一部補助金も拠出していた。
その後、超短波FM放送の試験放送自体は実施されたが、日本証券テレビ構想の挫折、郵政省と文部省の方針転換、VHF12チャンネルがなかなか返還されなかったことなどが重なったことからテレビ放送を断念することとなった。当初よりラジオのみの構想であった東海大学がFM東海から実放送局(→FM東京。現在のTFM)へ発展できたとは異なり、テレビ放送を念頭に置いていた東洋大学は構想の縮小を余儀なくされ、学内ケーブルテレビを使用した学内向けの放送授業へ転換することとなった。
夜間学部
東京23区内に所在する大学キャンパスのうち、東洋大学だけが全文系学部において夜間学部を継続して設置している[16]。さらに日本全体で「役割を終えた」として夜間学部を廃止する方向にある[17]中、夜間学部の拡充に努めている極めて珍しい大学となっている。具体的には、2001年には社会学部に第2部社会福祉学科を新規設置した[18]。また、2009年4月に郊外型の板倉キャンパスから都心へ移転した国際地域学部には、移転時点では夜間部が設置されていなかったが、2010年に国際地域学部国際地域学科を2専攻とし、地域総合専攻を夜間部として開設した[19]。
附属学校
現在、以下の学校が東洋大学の附属学校となっている。
過去の附属学校
- 東洋大学附属南部高等学校 - 1977年に閉校、敷地と建物は青森県立南部工業高等学校に。
- 東洋大学第三高等学校 - 準附属校。東洋大学の学園紛争が原因で1974年に提携解消、東海大学と提携し東海大学甲府高等学校に。
- 京北学園白山高等学校
Wiki関係他プロジェクトリンク
関連項目
脚注
- ↑ 1.0 1.1 1.2 公式ページには東洋大学総合スポーツセンターとして紹介されているが、財産目録 (PDF) 上の正式名称は清水町キャンパスである。
- ↑ 大正6年時点での全卒業者中、寺院住職が最も多く、全体の45%を占めていた(『東洋大学創立五十年史』151-152ページ)
- ↑ 「志願者数が多い大学ランキング」トップ100 2017年10月27日 東洋経済ONLINE
- ↑ 「生徒に人気の大学」トップ100ランキング 2017年07月07日 東洋経済ONLINE
- ↑ “The Founding Spirit of Toyo University/建学の理念 | 東洋大学” (日本語). www.toyo.ac.jp. . 2018閲覧.
- ↑ 学校法人京北学園との合併について
- ↑ 東洋大学通信教育課程の学生募集(科目等履修生含む)停止のお知らせ
- ↑ 8.0 8.1 情報系学部および大学院(設置予定)の教育研究活動を赤羽台キャンパスで開始(2017年4月)
- ↑ 9.0 9.1 9.2 9.3 9.4 9.5 9.6 9.7 大学側が通常使用している表記では「第1部」は省略しているが、ここでは文部科学省届出名称に従った。
- ↑ 1963年に日本で初めての短期大学観光学科として設立し、2001年4月に現在の4年制へ。
- ↑ 『東洋大学創立五十年史』 56-57頁
- ↑ [1]
- ↑ 『東洋大学百年史 通史編Ⅰ』966ページ
- ↑ 『東洋大学と学祖井上先生』33ページ
- ↑ アクセス・お問い合わせ|東洋大学
- ↑ 理系では2007年に東京電機大学が未来科学部を設置した際に夜間部を設置しなかったため、東京理科大学がやはり理系としては唯一全学部に設置する存在となっている。
- ↑ 一例として早稲田大学の教材新聞web 早大、夜間社会科学部廃止
- ↑ 東洋大学社会学部沿革
- ↑ 2010年4月、国際地域学科を2専攻体制とし、イブニングコースを開設 - 東洋大学
- ↑ 学校法人京北学園との合併について
参考文献
- 東洋大学『東洋大学創立五十年史』1937年
- 東洋大学八十年史編纂委員会『東洋大学八十年史』1967年
- 学校法人東洋大学『東洋大学報』各号
- 学校法人東洋大学『東洋大学百年史 資料編』1993年
- 学校法人東洋大学『東洋大学百年史 通史編』1993年
- 学校法人東洋大学『東洋大学百年史 部局史編』1993年
- 学校法人東洋大学『東洋大学百年史 年表・索引編』1993年
- 東洋大学社会学部30年史編纂委員会『東洋大学社会学部30年史』1990年
- 学校法人東洋大学「財産目録」(PDF)
- 東洋大学新聞会『東洋大学新聞』各号
- 東洋大学学内メディアKANKAN『KANKAN』各号
- 東洋大学雑誌研究会『キャンパスストリート』各号
- 東洋大学校友会『東洋大学校友会報』各号
- 東洋大学スポーツ新聞編集部『東洋大学スポーツ』各号
- 東洋大学スポーツメディア SIZE UP Products『SIZE UP』各号
- 板倉ニュータウン公式サイト「まちづくり(土地利用計画)」
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