US-2 (航空機)
US-2
US-2は、新明和工業が開発した海洋における救難に特化した飛行艇。US-1Aの後継として海上自衛隊が導入している。
Contents
開発の経緯
US-1AからUS-1A改へ
哨戒機からの転用だったPS-1と比べ、救難機として再設計されたUS-1Aは優れた飛行艇であったが、顧客である海上自衛隊からは、離着水時の操縦性、患者輸送環境、洋上救難能力の改善・向上などが要求されていた。
これらの課題に対して、US-1Aの近代化に向けた研究は新明和工業社内で1991年(平成3年)から行われており、防衛庁(現 防衛省)の指名によるUS-1A改開発は1996年(平成8年)10月から新明和を主契約会社、川崎重工業、富士重工業(現 SUBARU)及び日本飛行機(日飛)を協力会社として開始された。
贈収賄事件
ところが1996年のUS-1A改・試作製造分担の決定等に際して、富士重工業が希望する担当部位を有利にしてもらうために中島洋次郎防衛庁政務次官(当時・富士重工の前身の中島飛行機創業者の孫にあたる)に接触、その報酬として500万円が授受された事が発覚し、1998年(平成10年)末に富士重工業の川合勇会長と専務、中島政務次官が贈収賄容疑で逮捕・起訴され、後に執行猶予付き有罪判決を受けた。同年12月15日に防衛庁は制裁措置として、「真に止むを得ない物」を除いて富士重との取引を1年間停止し、初等練習機・遠隔操縦観測システム (FFOS) ・小型爆弾放出装置の研究開発と予算獲得も見送るとした。
US-1A改の開発は、平成10 - 11年度(1998年 - 1999年度)の2年間を「試作担当会社の担当部位の固定につながらない範囲」で、開発継続に必要となる設計などを行うこととし、平成8年度以降の契約における富士重工業の参加については代替の可能性を検討する、とした。結局、富士重工業は担当を外れ、新たに三菱重工業が全体の開発に加わって2000年(平成12年)度から開発が再開された。
新明和は主要部と総組み立てを行った。主協力会社により分担生産が行われ、三菱が外翼・後方ナセル・水平尾翼・方向舵など、日飛が波消板、主脚バルジやエルロンなど[1]、川崎が前部及び中部胴体、垂直安定板、基準翼など[2]を担当した。
この時期に富士重工業では航空自衛隊へ納入した初等練習機T-3が、飛行時間の累積による老朽化で更新されることを見越し、T-7の開発を進めていたが、贈収賄事件でイメージ悪化を懸念した防衛庁が公正な入札をアピールすべく国際競争入札とした。これに対し富士重工業以外にもピラタスがPC-7 Mk.IIで応募したものの、2000年9月にT-7の採用が決定した。この決定に対し、防衛庁が採用理由の十分な説明をしなかった為、ピラタスが不当採用として告訴すると主張するなど、別な騒動も発生した(防衛庁の説明により告訴は見送られた)。
試作機ロールアウト
試作1号機(機体番号 : 9901)は、2001年(平成13年)7月から組み立てが開始され、2003年(平成15年)4月22日にロールアウト、社内試験を経て12月18日に初飛行に成功した。白地に赤を配したカラーリングコンセプトは「丹頂鶴」で、2004年(平成16年)3月24日に防衛庁へ納入された。
試作2号機 (9902) は半年遅れて2002年2月より組み立てられ、2004年春に完成、6月30日に初飛行した。白地に青のカラーリングコンセプトは「刀」で、12月7日に納入された。
これら2機にはそのストライプ塗色から「JAL仕様」「ANA仕様」という通称が新明和社内などをはじめとして使われたこともあった。機体尾部には開発期間中の呼称「US-1A kai」のデザインロゴが描かれていた。
運用
搭乗員
搭乗員は機体を運用する操縦士(機長、副操縦士)、機上整備員(2名)、捜索救難調整官(2名)、航法・通信員(1名)と、機上救護員(2名)、機上救助員(3名)の11名で構成される[3]。
操縦訓練装置
操縦訓練用のシミュレータは洋上での離着水や救助活動に対応しており基本的にはUS-1A用と同じであるが、波のうねりなど着水時の動揺を再現するため動揺装置の上に載っている[4]。
第31航空群の第31整備補給隊が管理しており、US-1A用訓練装置の隣に設置されている[4]。
制式名称決定と試作機の運用開始
試作機は、防衛庁技術研究本部 (TRDI) で各種試験が行われた後、2006年(平成18年)9月29日にXUS-2として海上自衛隊へ移管され、基本試験を行う第51航空隊に配備された(同航空隊は厚木基地に位置するが、機体は岩国にあり、隊員が岩国へと派遣された)。
2007年(平成19年)3月12日に、防衛省(同年初に防衛庁から格上げ)にて装備審議会議が行われ、3月16日付けで防衛大臣の部隊使用承認を取得した。1号機は兵庫県の新明和甲南工場にてオーバーホールを受け、その際尾部のロゴが消されて海上自衛隊と記された。その後3月13日に岩国へ送られ、3月17日付けで運用部隊である第31航空群第71航空隊に配備された。同時に制式名称はUS-2となり、3月30日に部隊配備記念式典が行われた。2号機も新明和での改修後に岩国へ配備される。2機は2008年(平成20年)中ごろまで第71航空隊で運用試験が行われ、その後に救難運用に入った。
2009年3月8日、南鳥島で転落事故によって負傷した男性の急患輸送を2号機が行い、US-2による初の実任務出動となった[5]。
量産機の生産と運用開始
量産初号機となる3号機(9903、平成17年度契約)は2008年(平成20年)12月15日に初飛行[6]、2009年(平成21年)2月19日に防衛省へ納入された[7]。4号機(9904、平成19年度契約)は2010年(平成22年)2月24日に防衛省へ納入された[8]。US-1Aの減数後もUS-2の就役により救難飛行艇の7機体制が維持されることになっている。2017年12月に最後のUS-1Aが除籍しUS-2が任務を引き継いだ[9]。
量産初号機である3号機以降は製造当初から海上自衛隊の航空機で近年普及している、低視認性(ロービジビリティ; low visibility)を考慮した濃青色と灰色の洋上迷彩となる。なお、試作機2機の機体塗装についても3号機と同様の洋上迷彩に塗り替えられた。
主な救助例
- 2009年3月7日、南鳥島のアスファルト製造プラントで男性が作業中に転落して手首を骨折する事故が発生、東京都知事からの災害派遣要請により、US-2×1機(71-9902)が岩国基地から出動し、男性を羽田空港へ急患輸送した。これがUS-2配備後初の災害派遣となった。[10][5]
- 2013年6月21日、US-2が救命ボートで漂流していた辛坊治郎と岩本光弘を宮城県金華山沖1,200kmの海上で救助した。辛坊らは「ブラインドセーリング」プロジェクトでヨットで太平洋を横断中だったが、ヨットが浸水したためこれを放棄し救命ボートに移乗して救助を待っていた。厚木基地で救難待機していた2機のUS-2と2機のP-3Cの計4機が出動し対応にあたり、1機目のUS-2は波高が高かったため着水を断念し帰投、2機目のUS-2により着水救助が行われた。救助時の状況は着水限度波高に近いと推定される波高3-4m、風速16-18mであった[11][12]。
調達数
機体番号 | 予算計上年度 | 備考 |
---|---|---|
9903号機 | 2005年(平成17年)度 | |
9904号機 | 2007年(平成19年)度 | |
9905号機 | 2009年(平成21年)度 | 2015年、足摺岬沖で離水に失敗、大破、水没 |
9906号機 | 2013年(平成25年)度 | |
9907号機 | 2015年(平成27年)度 | 補正予算[14]。 |
9908号機 | 2016年(平成28年)度 | 補正予算[15]大破した05号機の代替[16] |
新明和航空機事業部長の深井浩司は、US-2は調達数が不明確で契約が単年度になっていることから部品サプライヤーとの調整などが出来ないため、量産効果を出すため初度費をかけることができず、結果としてコストが下がらないとしている。このため長期契約を防衛省に要求しているという[17]。
事故
2015年4月28日、足摺岬沖で訓練中だったUS-2(9905)が4基のエンジンのうち3基のみを使用した3発離水時に姿勢を維持できず海面に衝突した[18]。エンジン1基とフロートが脱落し、機内に浸水して機首から海中に没した。乗員は救命ボートで脱出したところを近くを航行していたタンカーに救助された[19][20]。 事故直後、機体は海面に浮いており、水没を防ぐため機体と台船をロープで結んでいたが、ロープが外れ水深300mの海底に沈んだ[21]。
同年6月19日に機体の大半が引き上げられ、今後事故原因の解析が進められる予定[22]。
防衛省は事故による減勢に対処するためUS-1A最終号機の後継機として平成27年度補正予算で1機の調達予算を計上した[16]。喪失したUS-2(9905)の代替機は平成28年度補正予算で1機の調達予算が計上された[15]。
- US-2 9903.JPG
着水後に航行する3号機
(2010年7月19日) - JMSDF 20000ℓ Fuel Truck(Mitsubishi Fuso Super Great) and US-2 in Iwakuni Air Base 20140914-03.JPG
1号機に燃料を補給する20000L燃料給油車(2014年)
機体
防衛庁によるとUS-2は新造機ではなくUS-1Aの改造機(US-1A改)としている。艇体にはほぼ手を加えず以前の設計を踏襲しており、外見はUS-1Aと比べて大きな変化はなく、直線翼を採用した中型の4発プロペラ機であり、一般配置はそのまま踏襲している。一方で運用中に明らかになった問題の解消や新技術の導入など、細かな改良が多数加えられている。
公称で波高3mの海へ着水ができ、50 - 53ノット(時速100km弱)で離水可能な短距離離着陸 (STOL) 性能を有している。60度の深い角度を持つフラップ、翼表面の気流が滑らかに流れるようにする境界層制御装置 (BLC) も受け継いでいる。離着陸用のランディングギアも備え、水中での車輪の出し入れすることでスロープからの基地への出入り能力もある。後脚の格納部は機体の側面にあり、後方に90度曲げて格納する。後脚のタイヤは格納時も側面が露出するタイプである。
後部にある搭乗口はゴムボートの出し入れがしやすいように通常の航空機よりも幅の広い扉を採用している。搭乗口の他にラフトや染色マーカーなど救助器具を投下するため大型の窓が用意されている。
公試性能ではUS-1と比較した場合、離島における救急搬送出動における可能率が130 - 140%となった。
US-1からの主な改良点は
- フライ・バイ・ワイヤの導入
- PS-1は3mの波高でも着水できる強度を有していたが、着水地点などはパイロットの経験則に頼っており、荒波での着水は非常な危険を伴っていた。US-2ではこれを電子的に支援するためフライ・バイ・ワイヤ(FBW)が導入された。パイロットが操縦桿とスロットルに伝えた操縦イメージを、コンピュータ制御によって最も適切な形で各部の運動に実現する。パイロットの負担が軽減され、より安全な着水が可能となる。
- FBWは一般的な航空機と同様に三重化されているが、加えて油圧系も一系統残されている。このため、仮にFBWがすべて機能しなくなった場合でも、US-1を操縦可能なパイロットであれば油圧系を使用することにより大きな違和感無く操縦が可能なようになっている。
- FBWを使用時にも操縦感覚自体はUS-1Aと変わらないため、前述の通り操縦訓練装置もほぼ同等であり、既存のパイロットがUS-2へスムーズに移行出来るよう配慮されている。
- 自動操縦装置
- 自動操縦装置は低速時の安定性を高め、US-1Aには無かった救難任務専用の機能も追加されている。着水時に使用する飛行経路制御 (FPC) オートスロットルが自動操縦装置とリンクしており、着水時においてパイロットは姿勢の保持に専念すれば、安全に着水できる。
- グラスコックピットの採用
- 操縦時にパイロットにとって最も重要な情報を的確に表示するため、アナログ計器中心のUS-1Aから転換し、同時代の旅客機並みのフルカラー液晶画面のグラスコックピットを採用した。液晶画面は正副パイロットの正面に2基ずつ、コンソール中央に2基、その脇に小さな画面も2基あり、合計で8基ある。
- 現代の制御技術では航空機関士は不要であるが、救難時には操縦士が洋上を目視で確認することが多いため、その間スロットル操作を担当する人員が必要なこと、さらに救助機器の操作補助や緊急時に対応する人員も必要なことから、これらを兼務する機上整備員が乗り込むためコックピットは3人体制である(P-1も同様)。
- 航法装置にはGPS1基、慣性航法装置2基のハイブリッド航法システムを装備する。また、航空機監視用のシステム表示用カラー液晶画面が正副操縦席の間に置かれている。
- キャビンの与圧
- PS-1からUS-1Aまではキャビンが与圧されていなかったため、低気圧地帯や高高度を飛行することができず、救助作業や患者搬送に適しているとはいえなかった。最短距離の上空が荒天の場合、晴天地へ迂回するか、患者が危機的な場合は、危険を覚悟で飛び込まなければならないことになり、救難機としての運用に支障をきたしていた。
- US-2は前部胴体と中部胴体を再設計し、13mにわたって完全な与圧胴体となった(後部胴体は与圧されていない)。機内気圧を一定に保つことのできる与圧キャビンにより、巡航高度はUS-1Aの1万フィート (3,048m) 程度から2万フィート(約6,100m)まで上昇した。実用上昇限度は3万フィート (9,144m) 以上と言われる。荒天の場合も高高度を飛び越えることが可能となるので、運用の柔軟性が向上した。
- 与圧キャビンの導入により胴体の形状はやや丸くふくらみ、操縦席から主翼付近までの胴体のくびれがなくなっている。
- エンジンとプロペラの換装
- 目的地への急行、高高度飛行の実現のため、エンジンを従来のゼネラル・エレクトリック T64-IHI-10Jターボプロップエンジン(IHIによるライセンス生産)からロールス・ロイスのAE2100J(輸入)へと換装、制御方式もデジタルエンジン制御 (FADEC) とした。これに合わせ、プロペラも推進効率のよいブレード6枚のダウティ・ロートル製のR414に変更した。これらにより、機体重量増にもかかわらず、離水距離は280m(重量43トン時)・着水距離は310m(同)に短縮され、最高速度も増大しながら、燃費はUS-1Aとほとんど変わっておらず、約1000海里進出して、その地点で2時間の活動を行い、無給油で帰還できる航続能力を持つ。
- なお、PS-1/US-1Aより継続して懸案事項であった「左傾左旋」のクセを緩和するべく、エンジンの取付け向きが正面に対し右に3度ずれた向きに配置された。これは気流の解析などで新たに判明したことが、今回新たに対策案として導入されたものである。この対策によりUS-1のエンジンナセルに設置されていた整流フェンスは撤去されている。
- 主翼内にエンジンブレード洗浄用のイソプロピルアルコール混合液が用意され、飛行中でもエンジンを1基ずつ停止し、混合液を吹きかけてブレードを洗浄することができる。
- 材質変更による軽量化
- US-1Aでは機体構造のほとんどがアルミニウム合金であったが、US-2ではフロート・波消板・主翼・前脚格納扉にチタン合金や炭素系複合素材 (CFRP) など新素材を使用している。
- 主翼内燃料タンクはブラダー・セルからインテグラルタンクに変更し、金属とゴムの二重構造から金属のみのタンクへと変更することで、燃料容量増加に伴う航続距離延長と共に、機体重量の軽減を実現し、エンジン転換や与圧キャビン導入に伴う重量増を抑えることに成功した。艇体の軽量化によって、燃料搭載量は2トン増加している。
- 波高計
- US-1Aの荒海への着水を支えてきた世界で唯一の航空機搭載型の波高計は、ペンレコーダーによる海面状況記録(乗員による解析)形から、自動での波高・波長解析型となっている。
- FLIR
- 捜索装備として、新たに三菱電機製の前方監視赤外線 (FLIR) 装置が設置された。前部胴体左舷のドア(水上停泊中にブイ係留を行う扉、左右両舷にある)に、引き込み式ターレットで装着されており、ドアを開けて外に出し、ターレットを回転させて使用する。
- キャノピー
- US-1Aと同じく前2枚、斜め前と側面がそれぞれ1枚の構成だが、US-2では斜め前の窓が大型化し下方への視界が開けている。逆にUS-1Aでは側面窓が曲面で構成され、斜め上方にも視界が開けていたがUS-2では平板となっているため、上方の視界はやや悪化した。
- その他
- PS-1から培った技術として、低速でも十分な揚力を発生させ、超低空飛行と強力なSTOL性能を支える境界層制御 (BLC)、激しい離水・着水に耐える艇底、エンジンや尾翼に海水を飛ばさないように考慮された機能である、キャノピーへの飛沫跳ね上がり防止の波押さえ板、機首に当たる波の勢いを消す波消し溝と波消板、機体側面から波を逃がすスリット(チャイン)、波を横方向へ逃がす出っ張り(カツオブシ)などを備えている。
- US-1Aと同じく機体側面に2カ所の観測窓がある。US-1Aでは機首側のみバブルウインドで尾翼側は平板だったがUS-2では尾翼側もバブルウインドに変更された。
- 特徴的だった機首のセンサーマストは廃された。機首上部にある板状の構造物及び水平の棒状の物は離水角度指示器(通称かんざし)と呼ばれ、離水時に機首角を把握するためのものである。
- 搭乗員数は航法士が通信士を兼務することになり、US-1の12名から11名となった。
- ShinMaywa US-2 20120929-01.JPG
機首前面
- US-2 Rear.JPG
機体後部(2009年10月11日)
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機体下部
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尾翼
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操縦席
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機首の下部
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ランディングギアと後部扉
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AE2100J エンジンとR414プロペラ
各型
派生型や改良型の案も提示されているが、いずれも検討段階である。
- US-1A改
- 開発段階から試作までの呼称。試作機2機 (9901・02) は後にXUS-2を経てUS-2となる。
- US-2
- 量産型 (9903~)
民間向け
US-2は民間転用も計画されているが導入コストの高さが課題となっている[23]ほか、現行の規定で形式証明を取得すると着水時の進入速度が失速速度の130%に制限されSTOL性能を活かした荒海着水が不可能になるという問題がある[24]。
消防飛行艇
2000年代に入り欧米では導入した消防飛行艇が老朽化し始めることから、新明和では更新需要を狙いUS-2を民間向けの消防飛行艇として販売する計画を持っている[25]。。この研究についてはすでにPS-1の5801号機で実験を行っており、データの蓄積は完了している。しかし、海上自衛隊向けの機体のため、日本政府の武器輸出三原則によって当時では輸出することは不可能であり、海外展開は三原則の緩和(あるいは解釈変更)を見越しての計画であった。日本航空機開発協会 (JADC) では、本機開発にあわせて民間転用への開発調査を実施し、消防・監視・離島支援へのニーズがあることを確認した。今後は市場調査および機体構造の検討を予定している[26]。
通常の消防用ヘリコプター約21台が運ぶことができる量に相当する15トンの消防用水と消火器を運ぶことができる。また水面の上を約1分間のタキシングで20秒で15トンのタンクを満杯にすることができる[27]。
2018年2月にはタンクからの放水実験が行われ[28]、8月には消防飛行艇の基礎技術を開発したと発表した[25]。
旅客機型
民間旅客型。貨物室を客室に変更し、乗客38名を収容、ギャレーや化粧室の他、貨物室と荷物スペースも配置できるとしている。
多目的型
目的に合わせ機内を変更することで救難と人員や物資の輸送に対応する多目的型。離島への輸送や医療支援などが想定される。
低コスト型
後継機の検討が行われているが、安価な部品への変更や製造方法の見直しによるコストダウンが目的であり、性能はUS-2と同等となるという。これは政府の財政負担を減らすと同時に、インドや東南アジア諸国への輸出促進や安全保障面での協力強化にもつなげる狙いがある。名称は『US-3』などが想定される[23]。
運用
- 配備中
- 海上自衛隊の救難飛行隊が配備するUS-1Aの後継機として採用。第31航空群第71飛行隊が岩国航空基地と厚木航空基地に分散して救難待機についている。前述のように契約方式により機体価格が下がらないという問題を抱えている。
- 消防庁では近い将来に起こるとされる南海トラフ巨大地震など大規模災害時の消火活動を想定し、総務省消防庁がUS-2改造の消防飛行艇の導入を検討している。しかし飛行艇は現場でヘリとの衝突を回避するため、高い高度を飛行する必要があり、散水による消火効果を疑問視する声もある。また、1機当たり100億円超とみられ、コスト面の課題も大きい[29]。
輸出
防衛省は2011年、US-2について民間転用で必要となる技術情報を開示する方針を固めた。これにより新明和は同機をインドやブルネイへ売り込みを図っている。防衛省・自衛隊は、仕様が民間機と変わらないため武器輸出三原則には抵触しないと判断している[30]。また、武器輸出三原則の定義そのものが2011年12月27日に変更され、敵味方識別装置を搭載しても条件を満たした国には輸出可能となったが、導入コストが問題となっている[23]。
新明和工業、川崎重工及び島津製作所は2012年4月1日に共同組織を立ち上げ、防衛省などとの交渉や営業に当たることとした。拠点の1つは有力な売り込み先として考えられたインドのデリーに置かれている[31]。2013年3月、新明和工業は輸出のための「民間転用」の手続きをはじめており、防衛省も協力している[32]。
- 2013年5月より、日本とインドの両政府が輸出に向けた協議を行なっている[33]。インドに向けた輸出では機体のみならず、パイロット育成のシミュレータや補給施設建設なども含めたパッケージとして輸出する事も検討されている[34]。インドは海岸線が長く、アンダマン・ニコバル諸島などの島嶼部もあることに加え、中国の海洋進出により北部インド洋におけるプレゼンスを確保するため、 Il-38に代わる哨戒機と救難機を必要としていた。なお同時期に売り込みが行われていたP-1哨戒機に関してはインドへ積極的なセールスは行われず、インド海軍はP-8の導入を決定した。
- 2014年1月、ロイターがインド当局者の話として報道されたところによると、インドは購入する方向でおおむね合意しており、1機あたり1億1000万ドルで、15機を購入する公算が大きいとされる[35]。2014年4月1日には、日本で武器輸出三原則に変わり防衛装備移転三原則が策定されたことを受け、敵味方識別装置などの軍事装備を保ったまま輸出できるようになった。このことは、4月9日の作業部会でインド側に説明された[36]。2014年9月11日、US-2の一部部品の生産をインドで行うことが報じられた。しかし、一部ハイエンドの部品については技術的限界があるとされた[37]。
- 2016年1月6日、インドは海軍向け12機、沿岸警備隊向け3機を導入予定で、最初の2機は輸入、残りは日本のODAの下で現地造船メーカーと新明和の合弁会社で生産したい考えとされた。インドでUS-2の最終組立をした場合、日本に比べて25%コストが削減されると予想されるが、課税の問題に対処する必要がある。また、インド防衛企業関係者が交渉の停滞によりインドネシアがインドより先に生産パートナーとなる可能性があることを発言したことも報じられた[38]。2016年1月30日、インドでの製造を取りやめ12機を日本からの輸入に切り替えたことが報じられた。代わりにオフセットが30%から50%に引き上げられるという。また、将来的に6機以上を追加発注する可能性についても言及された[39]。
- 2016年10月20日、ディフェンスニュースは日本は、1航空機につき1.33億ドルから10%以上の価格の譲歩を行い1航空機あたり1.13億ドルとして交渉が軌道に乗りつつあると報じた[40]。
- 2016年11月5日、インドディアタイムズ紙はインドが日本のUS-2iの水陸両用航空機を取得するためのプロジェクトを復活するとしたことを報じた。購入予定数は12機で沿岸警備隊と海軍がそれぞれ6機ずつ取得する。今後防衛大臣を委員長とする防衛買収協議会(DAC)総会で取り上げられた上で[41]、10~12日に予定されているモディ首相の訪日時に覚書を結ぶ考え。総額は15億~16億ドル(約1600億円)程度と見込まれている[42]。
- 2016年11月7日、防衛買収協議会(DAC)はUS-2の購入について決定を行わなかったことが報じられた。一方で情報源は11月11-12日に予定されているモディ首相の訪問中にこの問題に関していくつかの前進があるかもしれないと述べた[43]。
- 2017年1月7日、idrw.orgはManohar Parrikar国防長官がコストを理由に契約を拒否した後、新明和が民間向けの捜索救助型を提案したと報じた[44]。
- 2017年5月30日、インド海軍では競合機よりも性能が高いUS-2を要求しているが価格の問題により交渉が停滞し、5月8日に稲田朋美防衛相がインドのジャイトリー財務相兼国防相と会談した際、導入の手続きの加速を要求するも返答がないなど、導入は見送られた状態となっている[45]。原因についてインド側の防衛ニーズや導入に関わる意志決定のプロセスなど、交渉に必要な情報について知識や経験が不足していることが指摘されている[45]。
- 2017年7月13日、フィナンシャルエクスプレスはインドがUS-2iのインド海軍への15億5000万ドルの売却に関する協議を復活させると報じた。同紙によると、決定は年末までに予定されているという。情報筋によると、今年後半に予定されている日印首脳会談の前に、これに関する決定が下されることを期待している。海軍の捜索救助の要件が限定されていることから、両国は第三国への輸出の可能性を検討している。東京はまた、インドに対し航空機のスペアパーツの製造とMROの設置を提案している[46]。
- 2016年6月、日本経済新聞はタイがP-1とUS-2の取得に興味を示していると報道した[48]。
競合機
救難専用機として設計された飛行艇は現行機でUS-2のみであるが、救難機としても利用できる多用途飛行艇は複数存在している。救難機としてはベリエフ設計局のBe-200やボンバルディア・エアロスペースのCL-415の他、中国航空工業集団公司が開発中のAG-600などがあり、消防機としてはCL-415とAG-600の他、ベリエフ設計局のBe-12P-200が競合機となる。
漫画化
2017年2月発売のビッグコミック増刊号から月島冬二による連載漫画「US-2救難飛行艇開発物語」が全20話の予定で始まっている[50]。
スペック
- 乗員 - 11名
- 全長 - 33.25m
- 全幅 - 33.15m
- 全高 - 10.06m
- 最大離着陸重量 - 47.7t
- 最大離着水重量 - 43.0t
- エンジン - ロールスロイス AE2100J ターボプロップ×4
- 出力 - 4,591shp×4
- 境界層制御 - LHTEC CTS800を使用[51]
- 最大速度 - 315kt=M0.47(約580km/h)
- 巡航速度 - 260kt=M0.38(約470km/h)
- 航続距離 - 4,700km(約2,500海里)
- 巡航高度 - 20,000ft(約6,100m)以上
- 実用上昇限度 - 30,000ft(約9,150m)以上(未公表)
- 離水滑走距離 - 280m(43t時)
- 着水滑走距離 - 310m(43t時)
脚注
- ↑ 日本飛行機株式会社|航空宇宙機器事業部|航空機器構造製品|US-2
- ↑ 分担生産機種(US-2、F-2A/B) | 固定翼機 | 川崎重工 航空宇宙カンパニー(現・航空宇宙システムカンパニー)
- ↑ 海上自衛隊の救難飛行艇US-2 ~引き継がれてきた技術と将来展望~ | 海洋情報 FROM THE OCEANS
- ↑ 4.0 4.1 第31整備補給隊
- ↑ 5.0 5.1 “東京都南鳥島における急患輸送について(最終報)”. 防衛省 (2009年3月7日). . 2015閲覧.
- ↑ 「US-2型救難飛行艇」量産初号機が初飛行を実施 新明和工業 2008年12月16日
- ↑ 「US-2型救難飛行艇」量産初号機を防衛省に納入 新明和工業 2009年2月19日
- ↑ 「US-2型救難飛行艇」量産2号機を防衛省に納入 新明和工業 2010年2月25日
- ↑ “国内最後の機体 救難飛行艇US1A引退 岩国基地”. 読売新聞 (2017年12月14日). . 2017閲覧.
- ↑ “東京・南鳥島で転落事故 2008年に就役した海自「US-2型救難飛行艇」が初の任務出動”. FNNニュース. (2009年3月12日). オリジナルの2009年3月12日時点によるアーカイブ。 . 2015閲覧.
- ↑ “辛坊キャスター危機一髪、ヨット浸水→SOS”. SANSPO.COM (産経デジタル). (2013年6月22日). オリジナルの2013年6月25日時点によるアーカイブ。 . 2013閲覧.
- ↑ 宮城県金華山(きんかさん)南東方沖における人命救助に係る災害派遣について(最終報)防衛省 報道資料
- ↑ 防衛白書の検索
- ↑ 平成27年度補正予算案(防衛省所管)の概要
- ↑ 15.0 15.1 “平成28年度補正予算(第3次)(防衛省所管)の概要”. 防衛省 (2017年2月). . 2017閲覧.
- ↑ 16.0 16.1 平成28年度行政事業レビュー(事業番号:0188-0191) 防衛省・自衛隊
- ↑ 新明和、”安定志向”から海外市場狙い”攻め”の姿勢 – 旅行業界・航空業界 最新情報 - 航空新聞社
- ↑ 海上自衛隊岩国航空基地第71航空隊所属US-2(救難飛行艇)の事故調査結果に係る説明について2015年11月13日山口県報道発表
- ↑ 機首から海中に水没、海自飛行艇引き揚げへ 高知県沖 産気WEST 2015年4月29日
- ↑ 海自US2が離水失敗=4人軽傷、乗員救助-高知沖 時事ドットコム 2015年4月28日
- ↑ “飛行艇US2事故:ロープ外れ機体は海底に ※リンク切れ”. 毎日新聞 (2015年5月1日). . 2015閲覧.
- ↑ 水没の海自飛行艇、1億7500万かけ引き揚げ 読売新聞 2015年6月20日
- ↑ 23.0 23.1 23.2 防衛省、救難飛行艇「US2」後継機の検討本格化 低価格で輸出促進目指す
- ↑ 「航空ファン」No.744 2014年 文林堂 28頁
- ↑ 25.0 25.1 20秒で水補給、山火事を消火 新明和が消防飛行艇 - 日本経済新聞
- ↑ 救難飛行艇US-2の民間転用について - 新明和工業株式会社 平成22年4月23日
- ↑ Firefighting Amphibians | Aircraft | ShinMaywa Industries, Ltd.
- ↑ ヘリ7倍の水タンク…海自US2を改良「消防飛行艇」、新明和工業が開発中(1/2ページ) - 産経新聞
- ↑ 消防庁、消防飛行艇導入を検討 海自の「US2」改造機を想定(1/2ページ) - 産経ニュース
- ↑ “海自飛行艇を民間転用、インド輸出想定 防衛省承認へ”. 日本経済新聞 電子版 (日本経済新聞社). (2011年7月2日) . 2013閲覧.
- ↑ “飛行艇海外売り込み本格化 新明和がインドに営業拠点”. 神戸新聞NEWS (神戸新聞社). (2011年4月28日). オリジナルの2012年5月2日時点によるアーカイブ。 . 2012閲覧.
- ↑ “海自飛行艇 印へ輸出 中国牽制、政府手続き着手”. MSN産経ニュース (産経デジタル). (2013年3月24日). オリジナルの2013年3月24日時点によるアーカイブ。 . 2013-3-24閲覧.
- ↑ “インドに飛行艇輸出へ、政府協議 防衛装備を転用”. 日本経済新聞 電子版 (日本経済新聞社). (2013年5月26日) . 2013-5-27閲覧.
- ↑ “防衛装備をインフラ輸出 政府、経済成長と産業活性化”. サンケイビズ. (2013年8月16日). オリジナルの2013年8月20日時点によるアーカイブ。 . 2013-8-18閲覧.
- ↑ “インド、日本の救難飛行艇購入でほぼ合意 総額16億ドル超も=当局者”. Reuters. (2014年1月29日) . 2014-2-2閲覧.
- ↑ “飛行艇輸出で日印作業部会”. 時事通信. (2014年4月9日) . 2014-4-13閲覧.
- ↑ India Looks To Expand Aerospace Manufacturing Sector
- ↑ Indonesia Could Trump India as Japan’s US-2 Partner
- ↑ No Make in India, US-2 aircraft to be imported in flyaway condition
- ↑ India Resolves US-2 Aircraft Price Issue With Japan
- ↑ India revives project to acquire Japanese US-2i amphibious aircraft worth Rs 10,000 crore - Times of India
- ↑ インド、救難飛行艇12機購入へ 新明和工業が生産
- ↑ GOVT OK’S NEW BLACKLISTING POLICY, RS 80K-CR DEF DEALS
- ↑ Dejected ShinMaywa offers India, Civilian US-2 amphibious for ferry services - Indian Defence Research Wing
- ↑ 45.0 45.1 救難飛行艇輸出が暗礁 インドの熱意冷め頓挫の恐れ 解禁から3年、実績ゼロ(2/2ページ) - 産経ニュース
- ↑ India looks to revive $1.65 bn ShinMaywa US-2i amphibious plane deal with Japan
- ↑ 池田慶太 (2015年3月21日). “自衛隊との協力を加速…インドネシア大統領”. 読売新聞 . 2015-3-21閲覧.
- ↑ Japan, Thailand eyeing arms deal
- ↑ 救難飛行艇「US2」、ギリシャへ輸出検討 防衛装備 初の売却めざす - 日本経済新聞
- ↑ 中国新聞(2017年2月22日) 岩国の飛行艇 開発振り返る 漫画開始 世界唯一の技術紹介
- ↑ CTS800 – Rolls-Royce
参考文献
- JWings No.085(2005年9月号)、No.107(2007年8月号)など各号:イカロス出版
関連項目
外部リンク
- 新明和工業
- 海上自衛隊
- 写真ギャラリー US-2
- 第71航空隊(岩国航空基地)
- 第71航空隊(厚木救難待機)(厚木航空基地)
- 防衛省技術研究本部 - US-1A改の飛行試験(動画もある)
- ビッグコミック「US-2救難飛行艇開発物語」の紹介ページ(第1話の試し読みや動画もある)
- 「US-2救難飛行艇開発物語」公式フェイスブックページ
- 「US-2救難飛行艇開発物語」公式Twitter