百里飛行場
百里飛行場(ひゃくりひこうじょう)は、茨城県小美玉市百里・与沢にある共用飛行場である。
防衛省・航空自衛隊が管理する飛行場であったが、2010年に民間共用化され茨城空港(いばらきくうこう)としての営業を開始した[1][2]。
滑走路と、自衛隊施設の大半は百里にあるが、茨城空港の旅客ターミナルビルは隣の与沢にある。
Contents
沿革
- 1937年(昭和12年):百里ヶ原海軍飛行場として設置(百里原海軍航空隊)。
- 1945年(昭和20年):第二次世界大戦終戦後、満州国などの引揚者の戦後開拓地となる。
- 1956年(昭和31年):航空自衛隊基地の建設が計画される。
- 1966年(昭和41年):航空自衛隊百里基地(航空自衛隊百里飛行場)として設置。
- 1990年(平成2年):日米地位協定第2条第4項(b)の適用施設・区域として在日米軍に新規提供される(施設・区域名:百里飛行場、Hyakuri Air Base, FAC 3187)[3]。
- 1993年(平成5年)
- 6月:小川町(現・小美玉市)が茨城県に対し、「百里基地民間共用化を軸とした小川町の活性化推進に関する要望書」を提出。
- 10月:小川町および同議会からの要望を受け、「百里飛行場民間共用化可能性調査」を県が実施。
- 1995年(平成7年)8月:「百里飛行場民間共用化構想」を県が発表[4]。
- 1996年(平成8年)
- 2000年(平成12年):民間共用化事業として事業化。
- 2008年(平成20年)11月14日:旅客ターミナルビル建設開始。
- 2009年(平成21年):新滑走路完成供用開始、現滑走路の改修工事着手。
- 2010年(平成22年)
- 3月6日:東関東自動車道 茨城空港北IC - 茨城町JCT間開通。
- 3月11日:茨城空港開港、官民共用開始[2]。“開港記念フライト”と称して、スカイマークがこの日限定のチャーター便を東京/羽田便と神戸便で運航。
- 4月16日:スカイマークが神戸線を定期便で運航開始。
- 6月24日:スカイマークが航空自衛隊主導の運航に反発し、神戸線を同年9月から運休させると発表[5]。
- 7月20日:スカイマークは同年9月1日から神戸線を運休し、同年10月1日から再開させると発表[6]。
- 7月28日:春秋航空が上海/浦東線をプログラムチャーター便として運航開始。
- 8月31日:この日をもって当空港唯一の国内線である神戸線を運休。
- 10月1日:スカイマークによる神戸線が運航再開。
- 2011年(平成23年)
- 2月1日:スカイマークが札幌/新千歳線・名古屋/中部線を運航開始[7]。
- 3月11日:東日本大震災。ターミナルビルのつり天井が落下する被害が発生。アシアナ航空のソウル/仁川便が運航停止。
- 3月18日・3月19日:東日本大震災による臨時便として、スカイマークが東京/羽田へ1往復・神戸へ2往復を運航。
- 3月30日:福島第一原子力発電所事故によって発生した放射性降下物による機体洗浄のため、スカイマークの札幌/新千歳線・名古屋/中部線・神戸線を運休。
- 4月3日:スカイマークの札幌/新千歳線・名古屋/中部線・神戸線の運航再開。
- 5月31日:スカイマークの名古屋/中部線を運休。
- 6月1日:スカイマークの札幌/新千歳線を1日1便から1日2便に増便。
- 10月20日:オーストラリアに本拠を置く航空関係の調査会社CAPA(Centre for Asia Pacific Aviation)が茨城空港を「Low Cost Airport of the Year 2011」に選出[8]。
- 2012年(平成24年)
- 2013年(平成25年)
- 2014年(平成26年)
- 2015年(平成27年)1月28日:スカイマークが経営破綻[19]。29日に米子線の運休と札幌(新千歳)線および福岡線の減便を発表[20]。
- 2017年(平成29年)5月4日:タイガーエア台湾が台北/桃園線のチャーター便を運航[21]。当初はファーイースタン航空(遠東航空)が運航する計画だったが、運航会社はタイガーエア台湾に変更された。
- 2018年(平成30年)
民間共用空港
建設の経緯
日本国政府はアジア・ゲートウェイ構想を掲げ、東京の羽田空港や千葉県の成田空港を除いた他の空港における航空自由化によって、アジアや一部の欧米諸国の間で、路線や便数の制約をなくす政策を進めてきた。これにあわせ、日本政府は国際航空運賃を自由化し、チャーター便についての規制緩和を実施してきた。
世界の大都市圏は国際・国内線が乗り入れる基幹空港のほかに、セカンダリー空港を完備してきた。例えばイギリスのロンドンはロンドンシティ空港やヒースロー空港の他、80km圏内にスタンステッド空港やルートン空港、ガトウィック空港があり、ドイツのフランクフルトはフランクフルト空港以外の80km圏外にフランクフルト・ハーン空港がある。
これらは、都心から少し離れているゆえに空いているという利点を活かして、通常の大規模空港では、なおざりにされてしまいがちな格安航空会社や、チャーター便、コミューター航空、あるいはビジネスジェットなど、ニッチな航空需要に合致し、航空史上にも貴重な受け皿となってきた歴史がある。
グローバリゼーションが続く世界では、国際線による旅客者数が増え続け、日本国政府が予想する日本全体の国際旅客数は今後、年間7000万人を超えるとされている。この中で最も国際旅客者の需要増加が見込まれているのは茨城県を含む首都圏であり[24]、その分量は日本全体の4分の3にも達している。
しかしながら、首都圏に於ける既存の空港は、羽田と成田の2つのみで、その処理容量は限界を超え、2010年には超過した旅客者数を捌くため、空港の拡張や発着枠の拡大を余儀なくされていた。さらに、首都圏の北側は最寄り空港まで2・3時間を要するなど、空港空白地帯となっていた。茨城県はこの需要に応える事を首都圏第3の空港[注釈 1]としての茨城空港の整備の意義と位置づけている[25]。
当建設事業では、自衛隊基地の普段使われていない部分を転用するため、同規模の空港では500億円程度かかっていた建設費が半分以下の220億円程度に抑えられた。空港基本施設の建造費のうち3分の1は茨城県が負担した[1]。
なお、開港[注釈 2]前に国土交通省は以下の需要を予測していた。
開港初年度 | 81万 |
---|---|
開港5年後 | 100万 |
民間空港としての諸課題
開港前に、発着料金が成田、羽田の両空港と比較して3割ほど安く抑えられていることに言及し、国際線・格安航空会社の首都圏のターミナルとしての役割が期待されているとした報道[27]もあったが、以下のような懐疑的な論評も複数見られた。
- 同空港は就航路線が一路線も決まっておらず、開港後のビルの採算見通しが不透明な状況で、見切り発車した格好となっていること[28]。
- 百里飛行場は最寄駅である石岡駅・新鉾田駅からは10km以上の距離がある交通不便の地にあり、商業施設等もほとんど存在しないため、百里基地に勤務する航空自衛官からも「陸の孤島」と呼ばれていた。無料駐車場が確保されているため、自家用車利用者にはメリットがあるものの、東京都心から車でのアクセスにも1時間半程度かかることなど、都心との行き来にも時間がかかり、開港時の国内定期便はスカイマークの神戸線(1日1往復)のみに留まっていた。これらのことから、空港近隣在住者以外の利用者にとってこの空港を利用する利点は少なく赤字は必至であり、「税金の無駄遣いである」との指摘が各方面からなされた[29]。
- 年間利用者は20万人前後の見通しで、国が4路線就航の前提で見込んだ約81万人には程遠い。空港ターミナルビルの運営収支も初年度は約2000万円の赤字となる見込みだ[30]。
なお、事前の需要見込みが過大であったことは、開港後の乗降客数推移から明らかになっている(利用状況参照)。
また2015年(平成27年)4月8日には、首都圏在住者にとって利便性の高い成田空港に、格安航空会社用の第3ターミナルが新設され[31]、6月7日には首都圏中央連絡自動車道(圏央道)の延伸により、常磐自動車道と東関東自動車道が結ばれたことで、隣接する成田空港との競合が激しくなることが予想される[32]。
開港後の状況
- 開港1年目(2010年3月 - )
- 開港時は国内線の定期便がなく、国際線もアシアナ航空のソウル(仁川)線のみの危機的状況であったが、2010年6月にスカイマークが神戸線を定期便化(ただし9月は休便)。2010年7月に春秋航空がチャーター便ながら上海(浦東)線の定期運行を開始した。
- 開港半年経過時点でスカイマーク神戸線の搭乗率は75 - 87%と同社線全体でも高い水準に達し[33]、春秋航空による上海(浦東)線についても平均80%という利用状況となった[34]。
- 東京駅と茨城空港を500円[注釈 3]で結ぶ関東鉄道と茨城県の共同運行による高速バスも盛況となった[35]。2011年2月には、新路線開設に合わせ水戸駅・つくば駅・東京駅からの既存の高速バス・連絡シャトルバスの増便[36]のほか、新たに常陸太田市・ひたちなか市方面からは茨城空港ライナーの乗り入れが発表された[37]。これらのほか、石岡駅と当空港を結ぶバス専用道路の開通とその後の増便[38]などの好適な進化も生まれた。
- 2年目(2011年3月 - )
- 開港1周年の2011年3月11日、東日本大震災が発生。茨城空港も空港ターミナルビルに設置した吊り天井パネルが落下するなどの被害が出た。しかし、滑走路は無事であり、羽田・成田両空港が閉鎖されたため、急遽代替着陸先を決める必要に迫られた86機の航空機のうち、2機のダイバートを受け入れた[39]。震災から3日後の14日には空港ロビーは通常の営業を再開した[40]。
- 3月11日以降、空港復旧後もアシアナ航空のソウル(仁川)線は運休が続き、結局定期便としての運行はなくなった[41]。
- 2011年5月31日、スカイマークの名古屋(中部)線が運休。
- 2012年2月1日、スカイマークが札幌(新千歳)線と名古屋(中部)線の運行を開始。
- 3年目(2012年3月 - )
- 2012年7月 - 9月、直行便としてスカイマークの沖縄(那覇)線が就航。10月以降は神戸経由便として存続。
- 4年目(2013年3月 - )
- 5年目(2014年3月 - )
- 6年目(2015年3月 - )
- 2015年7月25日、中国南方航空が深圳線に週2便で就航。
- 2016年1月30日、中国国際航空が杭州線に週2便で就航。
- 7年目(2016年3月 - )
利用状況
国際線 | 国内線 | 合計 | |
---|---|---|---|
2009年度(3/11 - 3/31) | 7,840 | 666 | 8,506 |
2010年度 | 106,972 | 96,098 | 203,070 |
2011年度 | 55,068 | 238,135 | 293,203 |
2012年度 | 99,490 | 308,649 | 408,139 |
2013年度 | 100,178 | 286,918 | 387,096 |
2014年度 | 119,711 | 418,504 | 538,215 |
2015年度 | 150,650 | 403,700 | 554,350 |
2016年度 | 149,445 | 462,871 | 612,316 |
2015年度の乗降客数(国内線+国際線)は全国91空港中[注釈 4]42位、着陸回数については2,489回(国内線+国際線)で、全国114空港中[注釈 4]60位であった[51]。ターミナルビルの来場者(含 送迎客・見学者)は開港から3年目の2013年に300万人を達成した[52]。
就航路線
国内線
航空会社 | 就航地 |
---|---|
スカイマーク(SKY) | 直行便:新千歳空港、神戸空港、福岡空港、那覇空港
神戸経由便[注釈 5]:那覇空港 |
国際線
航空会社 | 就航地 |
---|---|
春秋航空 (9C) | 中国・上海浦東国際空港(上海) |
タイガーエア台湾 (IT) | 台湾・台湾桃園国際空港(台北)(2018年10月25日をもって運休予定) |
イースター航空 (ZE) | 韓国・仁川国際空港(ソウル)[53] |
就航都市
休廃止路線
- 国内線
航空会社 | 就航地 |
---|---|
スカイマーク(SKY) | 中部国際空港(2014年10月26日から運休中)、米子空港(神戸経由便、2015年2月1日から運休中) |
- 国際線
航空会社 | 就航地 |
---|---|
アシアナ航空 (OZ) | 韓国・仁川国際空港(ソウル、2011年3月12日から無期限で運休中) |
春秋航空 (9C) | 中国・揚州泰州空港(揚州、2016年4月15日から運休中[54])、成都双流空港(成都、揚州経由)(2016年4月15日から運休中[54]) |
中国国際航空 (CA) | 中国・杭州蕭山国際空港(杭州、2016年5月26日から運休中[55]) |
中国南方航空 (CZ) | 中国・深圳宝安国際空港(深圳、2016年8月27日から運休中[56]) |
V エア (ZV) | 中華民国・台湾桃園国際空港(台北、2016年9月20日から運休、その後経営破綻[57]) |
チャーター便
上海浦東国際空港との間に春秋航空が週6便の定期チャーター便を運航していた(2012年6月23日から定期便化)。これ以外に、旅行会社が日本国内外へのツアーを催行するために用意したチャーター便は開港から2013年6月現在で、累計142便あった[58]。
就航交渉
茨城県知事・橋本昌は、羽田・成田の発着枠がない航空会社に対して茨城空港への乗り入れを働きかけているとし、一方で、茨城開港前の段階で決まっていたスカイマーク社以外の格安航空会社は羽田・成田の発着枠があるためそれら以外のところへの就航決定を発表しにくい様子が伺えるとしていた[59]。このほか、当空港は国内線の就航対策として搭乗率保証制度の導入を検討していた[60]。
茨城空港開港翌月の2010年4月から、スカイマーク社が初の国内線定期便として神戸線の運航を開始した。当初スカイマーク社は航空自衛隊との共用飛行場のために自由に運航ダイヤが組めないことを理由として神戸線を2010年9月1日から9月30日まで運休していたが[5]10月1日から運航を再開し[6]、その後 新千歳空港、中部国際空港、神戸空港、福岡空港、 那覇空港、米子空港と定期便を開設している。
ソウル/仁川線を運航していたアシアナ航空は開港前釜山への週3便程度の運航も計画していたが[61]、実際は週1便どまりであり、東日本大震災以降定期便の運行を中止した。
アシアナ航空以外の国際線については以下のような交渉があったが、2015年3月現在すべて実現していない。
- エアアジア X(マレーシア)[62][63]
- V オーストラリア[64]
- セブパシフィック航空(フィリピン)[65]
- 香港エクスプレス航空[65]
- ジェットスター航空(オーストラリア)[66]
- ビバ・マカオ[67]
- エアアジア・ジャパン(現・バニラ・エア)[68][69]
- BBエアウェイズ(ネパール)[70]
施設
- Ibaraki-airport-terminal,Omitama-city,Japan.jpg
空港ターミナル。
1階は出発・到着ロビー、2階は売店・展望デッキ - Ibaraki-airport prospects deck,Omitama-city,Japan.jpg
展望デッキ。
当初、百里基地施設方向はくもりガラスとなっていた。2014年現在、透明なガラスに改修されている - Ibaraki airport02.JPG
制限区域側から見た空港ターミナルビル。ターミナルと駐機場の間に仕切りが設置されている
旅客ターミナル
茨城空港は新滑走路の南西に旅客ターミナルビルが置かれている。
旅客ターミナルビルは航空機利用に係る諸施設のほか、売店やレストラン、カフェ等が入居している。
空港ラウンジはなく、利用者からはクレジットカード会社等のラウンジの設営が望まれている。
格安航空会社に十分対応できるよう整備され[71]、日本国外の格安航空会社から好意的な評価を受けている[72]。当ターミナルは国際線の入管施設に対応するため、当初の計画から拡大され、延べ床面積が約7800平方メートルとなった[73]。
出発ロビーと到着ロビーは同じ1階に設置され、ボーディング・ブリッジを介さずタラップを使って搭乗する仕組みである。また、駐機場は航空機が自走で旋回できる構造にしている。通常はプッシュバックが必要となるが、この工夫により航空機の地上移動時間が短縮され、かつ航空会社が空港に支払う空港利用料も抑える事が可能な仕様となっているが航空機が自力旋回するため航空機前方に安全間隔をとる必要があり乗客はボーディング・ブリッジ方式からターミナルから離れた航空機まで徒歩で屋外を移動する必要がある[74]。また、繁忙期には駐機場に航空機の駐機が輻輳して安全間隔がとれないこともありその場合にはプッシュバック方式を使用することもある[75]。そのため、需要によって両方の方式を見ることの出来る日本では数少ない空港となっている。
2010年の開港当初、防衛上の観点などから百里基地の中枢部を見渡せないよう、斜めから眺めるときのみ見えなくなる特殊加工のくもりガラスが当空港の展望デッキに設置されていた。当空港は発着する航空機を十分に見たいとの訪問客からの需要に応え、2014年3月11日からこの部分を通常仕様の透明ガラスへ改修し、同年3月17日その工事は完了した。なお当展望デッキは高い脚立を持ち込んでの見学・撮影を禁止している。
滑走路・誘導路
- 既存滑走路(03R/21L) - 2,700 m×45 m
- 新設滑走路(03L/21R) - 2,700 m×45 m
- 着陸帯 - 2,820 m×150 m
- 新設滑走路は航空自衛隊百里基地が使用していた既存滑走路の西側に平行に建設された。新滑走路完成後、既存滑走路(2,700 m×45 m:03R/21L)を閉鎖して改修工事が行われた[注釈 6]。
- 連結誘導路 - 165 m×4本(既存滑走路と新設滑走路を連結する誘導路)
- 取付誘導路 - 155 m×1本(新設滑走路と駐機場を連結する誘導路)
- 茨城空港駐機場 - 中型ジェット機用×3、小型ジェット機用×1
航空自衛隊百里基地
百里基地(ひゃくりきち)は、茨城県小美玉市にある航空自衛隊の基地。基地司令は第7航空団司令が兼務する。
埼玉県にある入間基地は地域との協定により、アフターバーナー装備の飛行機の運用ができない(ダイバートを除く)ことから、航空自衛隊が関東地方で戦闘機の運用が可能な唯一の基地(離島を除く)であり、「首都防空の要」ともいわれる。また、国家首脳を招いた各種行事も多数実施されている。飛行群は第7航空団(F-4部隊の第302飛行隊)、偵察航空隊(第501飛行隊、RF-4Eを装備)、航空救難団(百里救難隊、UH-60J、U-125Aを装備)がある。
基地反対派からの用地買収ができず、日本では珍しい「くの字型」の誘導路となっている。同様の例には成田国際空港B滑走路に繋がる誘導路がある。航空自衛隊は、滑走路が破壊された場合には、誘導路からも離陸することを想定しているが、百里基地ではそれが困難である。また、反対派が基地内に所有する飛地(平和公園、平和農園、百里稲荷神社)内に植えた木や「自衛隊は憲法違反」と記された巨大看板が、管制塔から滑走路端への視界を妨げている。なお、この飛地へは壁やフェンスで囲まれた小道が通されており、出入りが可能となっている。
民間でアクロバット飛行を行う飛行チーム、「エアロック」を主催したロック岩崎(岩崎貴弘)が、在官中最後に所属した基地でもある。
- Japan air self defense force Mitsubishi F-4EJ Kai Phantom II 302SQ RJAH.JPG
第302飛行隊のF-4EJ改
- Japan air self defense force Mitsubishi F-4EJ Kai Phantom II 40th anniv. 302SQ RJAH.JPG
F-4EJ改 第7航空団40周年記念塗装機
- Japan air self defense force Mitsubishi RF-4 501SQ RJAH.JPG
第501飛行隊の、RF-4
- RF-4EJ Kai of 501st squadron at Hyakuri Air Base 2007.jpg
偵察航空隊のRF-4
- Japan air self defense force Mitsubishi F-15J 305SQ 20th anniv. RJAH.jpg
第305飛行隊F-15運用20周年記念塗装機
配置部隊
中部航空方面隊隷下
航空総隊直轄
- 偵察航空隊:航空自衛隊唯一の偵察部隊。
- 第501飛行隊(RF-4E、RF-4EJ)
- 基地警備教導隊 - 全国各地の基地を巡回し基地警備に関する教育および調査・研究を担当。
- (航空救難団)
航空支援集団隷下
防衛大臣直轄
航空観閲式・百里基地航空祭
- 1996年から自衛隊大型行事が陸上自衛隊「中央観閲式」、海上自衛隊「観艦式」との各自衛隊持ち回り担当になり航空自衛隊が担当する「航空観閲式」は1996年から3年おきに同基地で行われる。招待者のみが参加できる。
- 航空観閲式が行われない年は、「百里基地航空祭」という名称の航空祭が開催され、各種の航空兵器も数多く展示される。例年、9月頃に開催されるが正確な開催日は間近にならないと公表されない。
- ほぼ毎年行うものは航空自衛隊のF-15戦闘機とF-4戦闘機によるスクランブル発進デモと機動飛行、模擬対地射爆撃、RF-4偵察機による戦術偵察飛行、ブルーインパルスによるアクロバット飛行、UH-60Jによる乗員の降下とU-125の旋回飛行による救難訓練等の飛行展示等。
- 地上展示機は飛行展示機が地上で展示される他にUH-1、CH-47、SH-60J、P-3C、T-7、T-400、C-1、C-130Hなどがある。
歴史
- 1996年(平成8年)10月27日:第1回航空観閲式開催。
- 2001年(平成13年):アメリカ同時多発テロ事件のため航空祭中止。
- 2003年(平成15年)9月21日:イラク戦争開戦と、自衛隊のイラク派遣のため航空祭中止。
- 2004年(平成16年)9月26日:第23回百里基地航空祭開催、アメリカ空軍のアクロバット飛行チームサンダーバーズが南太平洋ツアーの会場として一般公開飛行を行う予定があったが、悪天候のため中止された。
- 2010年(平成22年)7月25日:第27回百里基地航空祭開催。
- 2011年(平成23年)10月16日:航空観閲式開催。悪天候のため、F-15戦闘機の飛行は行われなかった[76]。
(参考文献:三野正洋 『世界の航空博物館&航空ショー』 サック出版部 1999年)
関連画像
百里基地の出動事例
- 2010年(平成22年)7月25日 百里救難隊は、埼玉県防災航空隊の墜落事故に出動して、入間基地に乗員5名および遭難者1名の救助および搬送を行なった[77]。
- 2011年(平成23年)3月17日、東日本大震災に伴う福島原発事故に航空自衛隊百里基地の消防小隊が出動して、原発1号機などに破壊機救難消防車(A-MB-3)よる放水が行なわれた[78]。
交通
鉄道
空港連絡鉄道は無く、最寄駅のJR常磐線 石岡駅、または鹿島臨海鉄道大洗鹿島線 新鉾田駅共に、空港から10km以上離れている。これらの駅と空港間の行き来には下記のバスが利用できる。
バス
県内の主要な駅との間で空港連絡バスが運行されている。関鉄グリーンバスによる水戸駅とのバス路線は、空港を経由して小川駅まで運行される。また、路線車を用いた石岡駅との間を結ぶ空港連絡バスは一部便を除き、廃止された鹿島鉄道線の跡地を利用したかしてつバス専用道(石岡一高下 - 四箇村駅間)を経由する。
東京都心とのアクセス改善のため、東京駅との間に高速バスの運行を、2010年(平成22年)5月27日に開始した。運賃は片道1,200円だが、搭乗客に限って500円に割引される[79][80]。所要時間は東京駅→茨城空港が1時間40分[81]。茨城空港発のバスは航空機の到着時刻に合わせて調整する[81]。
2012年10月1日からは新鉾田駅を結ぶ「茨城空港連絡バス(鉾田ルート)」の運行も始まった。
2013年10月1日からは小美玉市内循環バスの運行も始まった。
- IbarakiairportBus-G044.jpg
鉾田ルート
- Kantetsu Mito200F 0264IBRarr.JPG
東京駅からのバスが到着
- Ibakō Mito200F 0219.JPG
茨城交通も乗り入れる
道路
百里飛行場周辺は道路網が整備されておらず、民間共用を機に改善が進められている。自家用車による空港までの所要時間は水戸市から30分、つくば市から45分を見込んでいる。空港内には、約1,300台を収容する無料駐車場が設置されている。
- 水戸・いわき方面からは、北関東自動車道 茨城町JCT→東関東自動車道 茨城空港北IC→県道144号紅葉石岡線→県道359号茨城空港線。
- 小菅JCT・東京方面からは、常磐自動車道 千代田石岡IC→国道6号→国道355号→県道144号紅葉石岡線→県道359号茨城空港線。この他、石岡小美玉スマートICから国道355号に接続する。
- 東関東自動車道:2018年2月3日に鉾田IC - 茨城空港北IC間が開通した[82]。
- 百里飛行場連絡道路(地域高規格道路)
百里基地航空祭の開催時には、臨時のシャトルバスが石岡駅、羽鳥駅から出ている。自家用車の場合、駐車場が制限されているため、パークアンドライドが推奨されている。
周辺施設
- 茨城空港公園 - 茨城県が建設を進めている都市公園。飛行機の離着陸を見られる公園の整備などが行われている。公園内に茨城県を形取った池がある。
- 茨城空港テクノパーク - 茨城県が企業誘致のために整備した工業団地・産業団地。開港に合わせて分譲中である。
舞台となった作品および撮影が行われた作品
- 松岡圭祐 『ヘーメラーの千里眼』 - 小説
- 史村翔原作、新谷かおる作画 『ファントム無頼』 - 漫画
- 小林源文 『RAID ON TOKYO』 - 漫画
- 『ULTRAMAN』 - 映画、監督:小中和哉
- 『チーム・バチスタ2〜ジェネラル・ルージュの凱旋〜』 - テレビドラマ(第1話)
- 『総理の密使〜核密約42年目の真実〜』 - TBSドキュメンタリードラマ(2011年2月21日放送:ドラマ内で茨城空港が1969年当時の羽田空港の設定として使われた)
- 『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで! 大晦日年越しスペシャル!! 絶対に笑ってはいけない空港24時』(2011年12月31日 - 2012年1月1日放送、1日貸し切って撮影された)
- 『トリック劇場版 ラストステージ』 - 映画(首都国際空港(Tokyo Metropolitan Airport)として登場)
- [Alexandros]『Waitress, Waitress!』 - PV
事件・事故
アシアナ航空機オーバーラン事故
2010年3月21日11時45分頃、韓国・仁川国際空港発のアシアナ航空168便が、着陸時に滑走路端を約30m越え、過走帯(約60m)に進入するオーバーラン事故があった。
同機は滑走路端を越えて過走帯に進入し、航空自衛隊百里基地が過走帯内に設置していたバリアにぶつかった後に停止した。乗員乗客計93名に怪我はなく、機体の損傷も無かったが、自衛隊が設置したバリアは破損した。同機は停止後、自力でUターンし、駐機場に戻った[83]。
22日昼過ぎに、百里基地から「民間機側の過走帯にタイヤ痕がある」と指摘され、国土交通省百里空港事務所はオーバーランに気づいた。同事務所がアシアナ航空からオーバーランの報告を受けたのは翌23日であった。同社広報は21日に現地事務所に口頭で報告したとしているが、同事務所は報告は受けていないと説明しており、食い違いを見せている。アシアナ航空は原因について「着陸する際に南側にずれてしまった」と説明しているが、同機パイロットは「雨で滑走路が濡れ、止まれなかった」と話している。
また、国土交通省百里空港事務所は発表の遅れについて「事実関係の確認に時間がかかった」としているが、実際は自衛隊側から破損の事実を伝えられて、報告に至った。本件は茨城空港で初の運航トラブルとなった[84]。
東日本大震災の影響
茨城空港開港から1周年となる2011年3月11日に東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が発生し、空港ターミナルビルでも天井パネル落下の被害が生じた。茨城県開発公社は当空港の建設段階で天井パネルの不必要さを指摘し、設計会社である梓設計へこの旨を伝えていたにも関わらず、梓設計は見た目や防・吸音を重視し当パネルを当空港ロビーへ設置していた[85]。
この落下パネルを処理するため、12日・13日はロビーを全面閉鎖、天井パネルを除去し、落下しなかった天井もすべて撤去。大震災発生から3日後に当たる14日には営業を再開、全面復旧した[86][40]。
管轄
脚注
注釈
出典
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- ↑ トーイングカー
- ↑ 野田首相が航空観閲式に出席
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- ↑ 東日本大震災に伴う災害派遣活動 航空自衛隊百里基地広報
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- ↑ 茨城空港〜東京駅間に直行高速バス-航空便発着に合わせ運行 - みんなの空港新聞(2010年5月26日付、2011年2月2日閲覧)
- ↑ 81.0 81.1 茨城空港~東京駅線|高速バスご利用案内|バス情報|関東鉄道|地域のふれあいパートナー
- ↑ “鉾田-茨城空港北が開通 東関東自動車道の8・8キロ”. 産経ニュース (2018年2月3日). . 2018閲覧.
- ↑ アシアナ機オーバーラン、報告は2日後 - 読売新聞(2010年3月24日付)
- ↑ 茨城空港:アシアナ航空機がオーバーラン - 毎日新聞(2010年3月24日付)
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- ↑ 東日本大震災:茨城空港、14日から開港 毎日新聞 2011年3月14日
関連項目
航空自衛隊関連
民間共用空港関連
外部リンク
茨城空港関連
- 茨城空港
- 茨城空港利用促進等協議会
- 茨城県開発公社 - ターミナルビル事業者
航空自衛隊百里基地関連