数理物理学

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数理物理学(すうりぶつりがく、英語: Mathematical physics)は、数学物理学の境界を成す科学の一分野である。数理物理学が何から構成されるかについては、いろいろな考え方がある。典型的な定義は、Journal of Mathematical Physicsで与えているように、「物理学における問題への数学の応用と、そのような応用と物理学の定式化に適した数学的手法の構築」である[1]

しかしながら、この定義は、それ自体は特に関連のない抽象的な数学的事実の証明にも物理学の成果が用いられている現状を反映していない。このような現象は、弦理論の研究が数学の新地平を切り拓きつつある現在、ますます重要になっている。

数理物理には、関数解析学量子力学幾何学一般相対性理論組み合わせ論確率論統計力学などが含まれる。最近では弦理論が、代数幾何学トポロジー複素幾何学などの数学の重要分野と交流を持つようになってきている。

研究領域

数理物理学にはいくつか独立した領域があり、特定の時代とおおよそ対応する。偏微分方程式論(及び変分法フーリエ解析ポテンシャル理論、ベクトル解析など)は、数理物理学に最も関連の深い領域であるといえる。これらは(ジャン・ル・ロン・ダランベールレオンハルト・オイラージョゼフ=ルイ・ラグランジュなどによって)18世紀後半から1930年代までに集中して構築された。これらの物理的応用には、流体力学天体力学弾性理論振動理論熱力学電磁気学空気力学などが含まれる。

原子スペクトルの理論、(及び後の量子力学)は、線型代数学、作用素のスペクトル理論、さらには関数解析学などの数学的分野とほとんど同時に発展した。これらは数理物理学の別な領域を構成している。

特殊相対性理論一般相対性理論は、若干異なった種類の数学を必要とする。群論場の量子論微分幾何学において重要な役割を果たしたが、しだいに宇宙論場の量子論の数学的表現としてのトポロジーによって置き換えられた。

統計力学は、より数学的なエルゴード理論確率論の一部と深く関連している。

用語としての'数理物理学'の使い方は、人によって異なることがある。物理学の発展から生まれた数学は、他の関連領域と異なり、数理物理学の一部とはみなされないこともある。例えば、力学系解析力学は数理物理学に属するのに対して、常微分方程式シンプレクティック幾何学は純粋に数学的な領域と考えられている。

著名な数理物理学者

初期の数理物理学の先駆者として、11世紀のイラクの物理学者・数学者イブン・アル・ハイサム(ラテン語名Alhacen、965年-1039年)を挙げることができる。彼の数学的モデルと、それらが彼の著書「光学の書」(1021年)において感覚知覚の理論に果たした役割は、後の数理物理学の基礎となる重要なものである[2]。 他にもこの時代には、アル=ビールーニーやアル=カジニなどが、代数学や精密な計算手法を統計学力学に導入した[3]

17世紀には、イギリスの物理学者・数学者アイザック・ニュートン1642年-1727年)が、物理学上の問題を解くための重要な数学的手法(微分法や、ニュートン法などの数値解析手法)を開発した。また、(光の波動論で知られる)オランダのクリスティアーン・ホイヘンス、天体運動に関する方程式の発見で知られるドイツのヨハネス・ケプラー1571年-1630年)などが活躍した。

18世紀には、スイスの(流体力学や弦の振動などについて業績を残した)ダニエル・ベルヌーイ1700年-1782年)や(変分原理力学流体力学や、その他多くの業績を残した)レオンハルト・オイラー1707年-1783年)が数理物理学を大きく発展させた。また、フランスのジョゼフ=ルイ・ラグランジュ1736年-1813年)は、力学と変分法に関して顕著な業績を残した。

18世紀後半から19世紀初頭のフランスでは、(数理天文学ポテンシャル理論、力学で有名な)ピエール=シモン・ラプラス1749年-1827年)や、力学ポテンシャル理論の発展に貢献したシメオン・ドニ・ポアソン1781年-1840年)、またドイツでは、(磁性の研究を行った)カール・フリードリヒ・ガウス1777年-1840年)や(力学や調和変換に関する業績を残した)カール・グスタフ・ヤコブ・ヤコビ1804年-1851年)などが活躍した。

ガウスは、オイラーとともに三大数学者の一人とされている。彼の非ユークリッド幾何学への貢献は、彼に続くベルンハルト・リーマン1826年-1866年)によるリーマン幾何学の基礎となった。これは後述する一般相対性理論の核心をなすものである。

19世紀にはジェームズ・クラーク・マクスウェル1831年-1879年)がマクスウェル方程式を確立し、同じくイギリスのケルヴィン男爵ウィリアム・トムソン1824年-1907年)は、熱力学に関して本質的な発見を行った。イギリスでは他にもレイリー男爵ジョン・ウィリアム・ストラット1842年-1919年)が音波についての研究を行い、ジョージ・ガブリエル・ストークス1819年-1903年)が光学流体力学の研究を発展させた。アイルランドでは、ウィリアム・ローワン・ハミルトン(1805年-1865年)が力学の研究を行った。ドイツでは、ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ1821年-1894年)が電磁気学波動流体音波の研究で業績を残した。アメリカでは、ウィラード・ギブズ1821年-1903年)による先駆的研究が、統計力学の基礎となった。これらはいずれも、電磁気学流体力学統計力学の基礎を成している。

19世紀末から20世紀初頭には、特殊相対性理論が誕生した。特殊相対論はオランダのヘンドリック・ローレンツ1853年-1928年)、アンリ・ポアンカレ1854年-1912年)らによって先鞭が付けられた後、アルバート・アインシュタイン1879年-1955年)によって完全に明瞭な形で定式化された。アインシュタインはこれを推し進め、一般相対性理論を構成する、幾何学的なアプローチを用いた重力理論に到達した。これは19世紀のガウスとリーマンによる非ユークリッド幾何学に基づくものである。

アインシュタインの特殊相対性理論は、時間と空間のガリレイ変換を、ミンコフスキー空間での4次元のローレンツ変換に置き換えた。また一般相対性理論は、平面上のユークリッド幾何学を、曲率が質量分布によって決まるリーマン多様体上の幾何学に置き換えた。これはニュートンのスカラー重力をリーマン曲率テンソルに置き換えたものである。

20世紀におけるもう一つの革命的成果として、量子力学を挙げることができる。量子力学は、マックス・プランク1856年-1947年)による黒体輻射の研究、及びアインシュタインによる光電効果の研究から生まれた。これは当初、アルノルト・ゾンマーフェルト1868年-1951年)とニールス・ボーア(1885年-1962年)の発見的方法によって定式化されたが、間もなくマックス・ボルン1882年-1970年)、ヴェルナー・ハイゼンベルク1901年-1976年)、ポール・ディラック1902年-1984年)、エルヴィン・シュレーディンガー1887年-1961年)、及びヴォルフガング・パウリ1900年-1958年)らによって発展した量子力学によって置き換えられた。量子力学は、状態の確率的な解釈と、ダフィット・ヒルベルト1862年-1943年)によって導入された無限次元ベクトル空間(ヒルベルト空間)上での自己共役作用素に関する理論に基づいている。例えばディラックは、電子の相対論的なモデルを代数的な構造を用いて構築し、これによって生じる磁気モーメントや、その反粒子であるポジトロンの存在を予言した。

その後の20世紀の数理物理学の発展は、サティエンドラ・ボース1894年-1974年)、ジュリアン・シュウィンガー1918年-1994年)、朝永振一郎1906年-1979年)、リチャード・ファインマン1923年-)、湯川秀樹1907年-1981年)、ロジャー・ペンローズ1931年-)、スティーヴン・ホーキング1942年-)、エドワード・ウィッテン1951年-)らによるところが大きい。

数学的に厳密な物理学としての数理物理学

'数理' 物理学の用語は、物理学上の問題を数学的に厳密な枠組みによって研究し、解決する仕事を指して用いられることもある。この意味での数理物理学には、純粋数学と物理学に共通する広範な領域が含まれる。理論物理学にも関連するものの、この意味での数理物理学は、数学において見られる厳密さと同等に厳密であることを重視する。一方理論物理学は、観測や、理論物理学者(や、より一般的な意味での数理物理学者)による発見直観、近似的な議論の助けを必要とする実験物理学とのつながりを重視する。議論の余地はあるが、厳密な数理物理学はより数学に近く、理論物理学はより物理学に近いといえる。

このような数理物理学は、物理学の理論を拡張し、解明することを目的とする。厳密さが要求されることから、これらの研究者は、理論物理学者が既に解決済みと考えるような問題に取り組むことも多い。しかしながら、(簡単ではないが)このような研究によって、以前に得られた結論に誤りが発見されることもある。

この領域は、(1)場の量子論の厳密な定式化、(2)相転移の理論をはじめとする統計力学、(3)原子・分子物理学との関連を含む非相対論的量子力学(シュレーディンガー作用素)に大別される。

数学的に厳密な物理理論の構築に向けた努力は、さまざまな数学的発展の基礎となった。例えば、量子力学と関数解析学の一部は、相互に影響を与えつつ発展している。量子統計力学の数学的研究は、作用素環論における成果を生んだ。幾何学トポロジーの利用は、弦理論において重要な役割を果たした。これらはほんの一部である。現在の研究に関する文献を調べれば、同様な事例を多数見つけることができる。

脚注

  1. Definition from the Journal of Mathematical Physics.アーカイブされたコピー”. 2006年10月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。. 2005年10月14日閲覧.
  2. Thiele, Rüdiger (August 2005), “In Memoriam: Matthias Schramm, 1928–2005”, Historia Mathematica 32 (3): 271–274, doi:10.1016/j.hm.2005.05.002 
  3. Mariam Rozhanskaya and I. S. Levinova (1996), "Statics", p. 642, in {{#invoke:Footnotes | harvard_citation }}

参考文献

古典

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学部生向けの参考書

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各論

関連項目

外部リンク


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