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日本 > 中部地方 > 新潟県 > 北蒲原郡

ファイル:Niigata KitaKambara-gun.png
新潟県北蒲原郡の範囲(緑:聖籠町 水色:後に他郡から編入した区域 薄黄:後に他郡に編入された区域)

北蒲原郡(きたかんばらぐん)は、新潟県

人口13,973人、面積37.58km²、人口密度372人/km²。(2018年4月1日、推計人口

以下の1町を含む。

郡域

1879年明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記1町のほか、以下の区域にあたる。

歴史

郡発足までの沿革

  • 慶応4年
  • 明治元年
  • 明治2年
  • 明治3年
    • 3月7日1870年4月7日) - 新潟県(第2次)の管轄となる。
    • 7月 - 越後国内で大規模な領地替えが行われ、後の本郡内は新潟県・新発田藩領・村上藩領・黒川藩領・三日市藩領に再編される(管轄は上表参照)。
  • 明治4年
  • 明治初年(12町635村)
    • 網代浜が起立。
    • 水原町が水原村東組・水原村西組・水原村中組に分村。のちに水原町東組・水原町西組・水原村町組にそれぞれ改称(時期不明)。
    • 五十公野村が下町・鍛冶分・上町・小路村・外城村に分村。
    • 里飯野新田のうち幕府領が東飯野新田、新発田藩領が西飯野新田に分村。里飯野新田地先が起立。
    • 本田村のうち新発田藩領の一部が本田村・本田分郷、残部が本田新渡・本田池之端新渡に分立。
    • 堀田村のうち旗本領が下堀田村、新発田藩領が上堀田村に分村。
    • 福永新村が福永新村新田に改称。
  • 明治8年(1875年)(10町626村)
    • 下町・鍛冶分・上町・小路村・外城村が合併して五十公野村となる。
    • 上板山村・下板山村が合併して板山村となる。
    • 高関村新田・中曽根新村新田が高関村(現・新発田市)に、中目村ノ内が中目村(現・新発田市)に、石橋新村が荒川村に、大谷内請新田が大谷内新田(現・新潟市)に、館村新田が館村(現・新発田市)にそれぞれ合併。
  • 明治9年(1876年)(9町620村)
    • 新発田城下のうち士族居住地が新発田本村、町人町が新発田村に分村。
    • 東高畑新田・西高畑新田・白通新田が合併して三賀新田となる。
    • 上金田村が里村に、小荒川村が中条町に、橋本村が牧島村に、西蓑口村ノ内・蓑口村が西蓑口村に、下楯新村が下寺内村にそれぞれ合併。
    • 濁川興野が名目所村に、内島見興野が木崎村に、内島見西興野が早通村に、内島見上興野が鳥屋村にそれぞれ改称。
  • 明治10年(1877年)(7町603村)
    • 則持村・乙次則持村が合併して乙次村となる。
    • 下興野上新田新料・下興野上新田古料・市島請新田が合併して嘉山村となる。
    • 水原町東組・水原町西組・水原村町組が合併して水原町となる。
    • 砂押新田が金沢村に、吉浦村ノ内が吉浦村に、須走村新田が須走村に、天神堂新田が天神堂村に、天王新田新田が天王新田に、樫谷村が坪穴村に、入江端村が黒川町に、大木原新田が鳥瀬新田に、丸山新田が飯塚村(現・新発田市)に、灰塚村が境新村に、石塚村が深町村に、本田分郷・本田新渡・本田池之端新渡が本田村にそれぞれ合併。
    • 佐々木新田が藤寄村に、佐々木上新田が笠郷村に、佐々木下新田が横井村にそれぞれ改称。
  • 明治11年(1878年) - 下興野新田が葛塚村に改称。

郡発足以降の沿革

  • 明治12年(1879年)(7町602村)
    • 4月9日 - 郡区町村編制法の新潟県での施行により、新潟県蒲原郡のうち7町603村に行政区画としての北蒲原郡が発足。郡役所が新発田本村に設置。
    • 会津新村新田が六野瀬村・保田村・渡場村に合併。
    • 土地亀新田下組が下土地亀新田に、土地亀新田上組が上土地亀新田にそれぞれ改称。
    • 下記の同名村が改称される。
  • 明治13年(1880年)(21町602村)
    • 水原町が15町[14]に分町。
  • 明治14年(1881年)(21町591村)
    • 新崎新田の枝郷より須戸新田村が起立。
    • 太田興野新田および太田興野・太田上興野のうち幕府領が合併して太田古屋村となる。
    • 太田上興野新田および太田興野・太田上興野のうち新発田藩領が合併して太田上古屋村となる。
    • 山飯野新田が浦木村に改称。
  • 明治15年(1882年)(21町590村)
    • このころまでに内沼新田地先が内沼に合併。
    • 土橋新村新田が土橋村に改称。
  • 明治16年(1883年)(7町595村)
    • 大月興野新田・大月興野が合併して大月村となる。
    • 水原15町が合併して水原町となる。
    • 境目新村新田が横山町村に、宮内村ノ内が西宮内村に、東飯野新田・西飯野新田が里飯野村にそれぞれ合併。
    • 内沼が内沼村に、万代新田が万代村に、樋ノ入が樋ノ入村に、里飯野新田地先が内沼新村にそれぞれ改称。
  • 明治17年(1884年)(7町601村)
    • 天王新田地先・新川が合併して新川村となる。
    • 沖村新田が東沖村新田・西沖村新田に、沖山新村新田が南沖山新村新田・北沖山新村新田に、関口新村新田が上関口新村新田・下関口新村新田に、西野新村新田が上西野新村新田・下西野新村新田に、蔵野新村新田が上蔵野新村新田・下蔵野新村新田に、牧野新村新田のうち旧・幕府領が中牧野新村新田に、旧・会津藩領が上牧野新村新田・下牧野新村新田にそれぞれ分村。
  • 明治18年(1885年)(8町595村)
    • 金屋新村が金屋村に、三椡が三椡村に、中之通が本田村に、地蔵堂村・松木新村が乙村にそれぞれ合併。
    • 新発田村が新発田町に、鳥穴が鳥穴村に、下早通が下早通村にそれぞれ改称。
  • 明治19年(1886年)(8町582村)
    • 八田新村新田・猿田新村新田が合併して八田村となる。
    • 飯島・飯島新田新田・飯島新田地先が合併して砂山村となる。
    • 二枚橋・蓮潟興野が合併して蓮野村となる。
    • 駒林村新田が駒林村、太田上興野新田地先・太田興野新田地先が太田古屋村に、天王が新川村に、大月興野新田地先・大月が大月村に、狭潟新田が二本松新田に、赤橋新田が浦新田、田貝村新田が田貝村にそれぞれ合併。
    • 別行が別行村に改称。
  • 明治20年(1887年)(8町575村)
    • 住田新村・長崎新村・滝尾村が合併して住田村となる。
    • 榎船渡村新田が榎船渡村に、坂井新村新田が坂井村に、松田新村が上今泉村に、中居新村が上中山村に、山崎新村が下山田村にそれぞれ合併。
    • 福永新村新田が福永新村に、浦ノ入が浦ノ入村にそれぞれ改称。
  • 明治21年(1888年)(8町574村)
    • 内沼新村が内沼村に合併。
    • 新鼻新田が新鼻村に、新鼻三囲が新鼻新田にそれぞれ改称。

町村制以降の沿革

  • 明治39年(1906年)4月1日(4町32村)
    • 聖籠村・蓮野村・蓮潟村および藤井村の一部(藤寄)が合併し、改めて聖籠村が発足。
    • 島崎村・鳥屋村・笹山村および藤井村の一部(横井・笠柳)が合併して木崎村が発足。
  • 大正12年(1923年3月31日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年6月30日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和15年(1940年8月1日 - 鴻沼村が新発田町に編入。(4町31村)
  • 昭和18年(1943年5月1日 - 猿橋村が新発田町に編入。(4町30村)
  • 昭和22年(1947年1月1日 - 新発田町が市制施行して新発田市となり、郡より離脱。(3町30村)
  • 昭和29年(1954年
    • 4月5日 - 松ヶ崎浜村が新潟市に編入。(3町29村)
    • 11月1日 - 南浜村・濁川村が新潟市に編入。(3町27村)
  • 昭和30年(1955年
    • 3月31日(4町15村)
      • 聖籠村・亀代村が合併し、改めて聖籠村が発足。
      • 紫雲寺村・松塚村の一部(藤塚浜)が合併して紫雲寺町が発足。
      • 松塚村の残部(村松浜)が築地村に編入。
      • 中浦村・本田村が合併して福島村が発足。
      • 五十公野村・松浦村・米倉村・赤谷村・川東村・菅谷村が新発田市に編入。
      • 葛塚町・木崎村・岡方村が合併して豊栄町が発足。
    • 4月15日 - 水原町・堀越村・分田村が合併し、改めて水原町が発足。(4町13村)
    • 7月1日 - 福島村が改称して豊浦村となる。
    • 7月20日 - 加治村・金塚村が合併して加治川村が発足。(4町12村)
    • 10月20日 - 加治川村の一部(上城塚・下城塚・塩津・弥彦岡)が中条町に編入。
  • 昭和31年(1956年
    • 3月1日 - 加治川村の一部(早道場・三日市・上小松・下小松・上館・新屋敷・新保小路・金津・茗荷谷・下中・下今泉・館野小路)が新発田市に編入。
    • 9月30日(4町10村)
      • 笹岡村・神山村が合併して笹神村が発足。
      • 中条町・乙村が合併し、改めて中条町が発足。
  • 昭和33年(1958年10月10日 - 笹神村の一部(天神堂・千原)が水原町に編入。
  • 昭和34年(1959年
    • 4月10日 - 佐々木村が新発田市に編入。(4町9村)
    • 7月22日 - 長浦村が豊栄町に編入。(4町8村)
  • 昭和35年(1960年)4月1日 - 安田村が町制施行して安田町となる。(5町7村)
  • 昭和42年(1967年)1月1日 - 築地村が中条町に編入。(5町6村)
  • 昭和45年(1970年11月1日 - 豊栄町が市制施行して豊栄市となり、郡より離脱。(4町6村)
  • 昭和48年(1973年)11月1日 - 豊浦村が町制施行して豊浦町となる。(5町5村)
  • 昭和52年(1977年8月1日 - 聖籠村が町制施行して聖籠町となる。(6町4村)
  • 平成15年(2003年7月7日 - 豊浦町が新発田市に編入。(5町4村)
  • 平成16年(2004年)4月1日 - 水原町・安田町・京ヶ瀬村・笹神村が合併して阿賀野市となり、郡より離脱。(3町2村)
  • 平成17年(2005年
    • 5月1日 - 紫雲寺町・加治川村が新発田市に編入。(2町1村)
    • 9月1日 - 中条町・黒川村が合併して胎内市が発足し、郡より離脱。(1町)

行政

  • 歴代郡長
氏名 就任年月日 退任年月日 備考
1 明治12年(1879年)4月9日
大正15年(1926年)6月30日 郡役所廃止により、廃官

脚注

  1. 小松は1956年東蒲原郡から編入。
  2. これらの地域は2005年中蒲原郡から新潟市に編入後、2007年に北区となったため。
  3. これらの地域は1889年に東蒲原郡に編入。
  4. 領主から年貢免除の特権を与えられた土地。
  5. 中目村の一部として記載。
  6. 6.0 6.1 6.2 6.3 「旧高旧領取調帳」には記載なし。
  7. 水原村東組、水原村西組、水原村中組に分かれて記載。東組・西組が幕府領、中組が旗本領。
  8. 記載は中ノ目新田に含む。
  9. 記載は新発田町村。
  10. 下町、鍛冶分、上町、小路村、外城村に分かれて記載。
  11. 11.0 11.1 記載は真野原新田に含む。
  12. 本田村之内、本田村、本田分郷に分かれて記載。本田村之内は幕府領(水原代官所)・旗本領(溝口双渓)、本田村・本田分郷は新発田藩領。
  13. 浦村、浦村ノ内に分かれて記載。
  14. 古畑町、横町、上町、中町、下町、南新町、北新町、袖ノ葉町、東雲町、新々町、砂押町、柳町、和泉町、諏訪町、外城町。
  15. 15.0 15.1 真野原外新田と次第浜の未開発地。江戸時代から存在するが、「旧領旧高取調帳」には記載なし。本項では便宜的に村数には数えない。

参考文献

関連項目

先代:
蒲原郡
行政区の変遷
1879年 -
次代:
(現存)