ラッコ
ラッコ(海獺、猟虎[1]、Enhydra lutris)は、食肉目イタチ科ラッコ属に分類される食肉類。現生種では本種のみでラッコ属を構成する[2]。。
分布
アメリカ合衆国(オレゴン州沿岸部、アラスカ州南岸)、カナダ(ブリティッシュコロンビア州沿岸部)、ロシア東部[3]
模式標本の産地(基準産地・タイプ産地・模式産地)はカムチャッカ(コマンドル諸島とする説もあり)[4]。以前は北海道(日本)から千島列島・カムチャッカ半島・コマンドル諸島・アリューシャン列島・アラスカ半島およびアラスカ南岸・バハカリフォルニア半島(メキシコ)にかけて分布していた[3]。近年ではオレゴン州とカリフォルニア中部にかけてなどの分布が途切れている範囲があり、日本やメキシコでは散発的な記録があるのみとなっている[3]。分布の北限は北極海の氷域で、南限はカリフォルニアとオオウキモ(ジャイアントケルプ)の分布と一致している[5]。
形態
体長100 - 130センチメートル[6]。尾長25 - 37センチメートル[6]。体重オス22 - 45キログラム、メス15 - 32キログラム[6][5]。イタチ科最大種[5]。尾は短く扁平[7][6]。尾の基部には臭腺(肛門腺)を持たない。体毛密度が高く、哺乳類のなかでも最も高い部類に入る。1平方センチメートルあたり10万本以上の柔らかい下毛(綿毛)が密生する[5]。8億本もの体毛が全身に生えている[6]。潜水する時も綿毛の間に空気の層ができることで、寒冷な海洋でも生息することができる[6][5]。これは6cm2の皮膚にヒトの頭髪すべてが生えているのと同等である。全身をくまなく毛繕いするために柔軟な体、皮膚を具えている。体色は赤褐色や濃褐色・黒と変異が大きく、頭部や喉・胸部は灰色や黄白色[6]。吻部には洞毛が密生する。幼獣は全身が黄褐色、亜成獣は全身が濃褐色の体毛で被われる。
吻端の体毛がない裸出部(鼻鏡)は菱形[6]。臼歯は扁平で幅広く、貝類や甲殻類を噛み砕くことに適している[6]。大臼歯は大型で丸みを帯び、固い獲物を噛み砕くことに適している。前肢は小型で、指の境目は不明瞭[6]。爪は引っ込めることができる[6]。後肢は鰭状[7][6]。 水分は海水を飲むことで補い、浄化のため腎臓の大きさはカワウソ類の平均的な大きさの2倍にもなる。
分類
以下の分類はMSW3 (Wozencraft, 2005) に従う[8]。
- Enhydra lutris kenyoni Wilson, 1991
- アリューシャン列島からアラスカ州南部[9]。プリンス・ウィリアム湾からオレゴン州にかけて再導入[9]。模式産地はAmchitka島(アラスカ州)[4]。基亜種と比較して頭骨が短く吻が長いが、亜種E. l. nereisほどではない[4]。亜種小名kenyoniはKarl W. Kenyonへの献名[4]。
- Enhydra lutris nereis (Merriam, 1904)
- カリフォルニア州(Santa CruzからPismo beachにかけて)[4]。以前はチャンネル諸島やバハカリフォルニア(メキシコ)にかけても分布していた[4]。San Nicolas島に再導入[4]。模式産地はSan Miguel島(カリフォルニア州)[4]。頭骨の幅が狭く、吻が長い[4]。
生態
海洋の沿岸部に生息し、主に海岸から1キロメートル以内の場所に生息する[6]。主に岩場が近くにあり、海藻が繁茂した環境に生息する[5]。海岸から10km以内の沿岸域に生息する。陸上に上がることは稀であるが、天候が荒れた日には上がることもある。単独で生活するが[6]、繁殖期にはペアで生活する[5]。休息時には数十頭から数百頭の個体が集合することもある[5]。数十頭からなる群れを形成し、生活する。昼行性で、夜間になると波のない入江などで海藻につかまって休む[5]。生息密度が高く人間による攪乱のない地域では、陸上で休むこともある[5]。夜間になると海藻を体に巻きつけて海流に流されないようにして休む。防寒効果を維持するため、頻繁に毛繕いをし、毛皮を清潔に保っている。幼獣の毛繕いは母親が行う。主に水深20メートルまで潜水するが、水深97メートルまで潜水した例もある[5]。主に52 - 90秒間の潜水を行うが、最長で約4分の潜水を行った例もある[6]。
貝類、甲殻類、ウニ類などを食べる[7]。これらがいなければ魚類を食べることもある[7]。獲物は前肢で捕えることが多い[5]。硬い獲物は歯や前肢を使い、中身をこじあけて食べる[5]。貝類やウニ類は胸部や腹部の上に石を乗せ、それに叩きつけて割り中身だけを食べることもある[5]。このため霊長類を除いた道具を使う哺乳類として紹介されることもある[5]。ただし、他の海獣に比べると泳ぎが上手ではないため、泳いでいる魚を捕らえるのは苦手[10]。海中で獲物を捕らえ、水面まで運んでから食べる。貝類を食べる際には胸部に石や別の貝類を乗せ、それらに貝殻を打ちつけ叩き割ってから下顎の門歯で中身をこじ開けて食べる。サル目を除いた哺乳類では本種のみ道具を使う例が報告されている。亜種カリフォルニアラッコでは道具を使い貝類を割る行動が比較的確認されているものの、主に柔らかい獲物を食べる亜種アラスカラッコでは道具を使って貝類を割ることは稀とされる。なお、動物園などで飼育されているラッコの場合は自然界には無い道具を使用するほかに水槽のガラスに貝殻を叩きつけることも確認されており、日本の豊橋総合動植物公園では強化ガラスを叩きつけすぎて強化ガラスにヒビが入った例も確認されている。また貝類を食べる際の石等の道具や食べ切れなかったアサリ等はわき腹のたるみをポケットにして、しまいこんでおく癖がある。
ラッコが長く生息する海域ではウニが食い尽くされて、主に貝類を捕食するようになるといわれる。そういった生態から漁業被害を訴えられることもあるが、ウニが増えるとコンブなどの海藻が食い尽くされる弊害があり、ラッコが生息することでそれを防ぐ効果もある(キーストーン捕食者の例も参照) 。
繁殖様式は胎生。交尾、出産は海上で行う。春になると雄は雌に交尾のアピールをし、雌の承諾が得られると並んで仰向けになって波間に浮かぶ。雄は交尾の際、体勢を維持するために雌の鼻を噛む。たいていはすぐに治る軽症で済むが、稀に傷が悪化し、食物を食べられなくなることなどで命を落としてしまうケースもある。雄は交尾が済むと別の雌を探しにいき、子育てに参加することはない。 妊娠期間は6か月半から9か月[6]。1回に1頭、まれに2頭の幼獣を産む[7][5]。腹の上に仔を乗せながら、海上で仔育てを行う。幼獣は親が狩りをしている間、波間に浮かんで親が戻ってくるのを待つ。このときは無防備になり、ホホジロザメに約1割の幼獣が捕食されてしまう。幼獣は親から食べられる物の区別や道具の使い方を習う。成長したラッコは気に入った特定の石を保持し、潜る際には錘(おもし)に使う。
呼称
。
属名Enhydraは「水に棲む」、種小名lutrisは「カワウソに似た」の意[1]。
属名 Enhydra は古代ギリシア語: εν 「〜の中で、中に」 + ὕδωρ 「水」の合成[注釈 1]、 種小名 lutris はラテン語で「カワウソ」を意味する lutra より[注釈 2]。 あわせて、おおざっぱに言って、「カワウソのような水中のもの」といった意図の命名であると思われる。
現在の標準和名「ラッコ」は、近世の日本における標準的な本草学名に由来し、さらにそれはアイヌ語で本種を意味する"rakko"にまで起源を辿れる。
その「ラッコ」発音の高低アクセントは頭部にあったが、現在は平坦ないし語尾に付ける事例が多い[注釈 3]。
英語ではsea otter[11](意:海のカワウソ)の名が一般的に慣用されている(1655-1665年初出[11])。。
人間との関係
毛皮が利用されることもあった。18世紀以降にロシア人が東方進出した理由の一つに本種の毛皮採集が挙げられる[5]。
18 - 19世紀の乱獲によってブリティッシュコロンビア州・ワシントン州・オレゴン州の個体群は絶滅した[4]。近年は石油流出による影響(被毛が水を弾かなくなる・それによる低体温症・摂取することによる消化器系の障害など)、漁業による混獲により生息数が減少している[3]。1989年のプリンスウィリアムス湾でのタンカー座礁事故によって原油が流出し、1,016頭以上の本種の死亡が確認されている[5]。悪天候やエルニーニョ現象などの気候変動に伴う食物の変動、およびそれに伴う幼獣の餓死による影響も懸念されている[3]。アラスカやアリューシャン列島ではキタオットセイ・トド・ゼニガタアザラシなどの鰭脚類が減少したことによりそれらを捕食していたシャチが本種を襲うことが増加し、生息数が減少している[3]。カリフォルニアではトキソプラズマなどの感染症の蔓延により生息数が減少している[3]。1977年にカワウソ亜科単位でワシントン条約附属書IIに掲載されている(亜種E. l. nereisを除く)[12]。2004 - 2012年における生息数は125,831頭と推定されている[3]。
- 日本
- 再定着した歯舞群島では1990年代以降生息数が増加し、ここから北海道東岸へ来遊する個体もいると考えられ生息数は増加傾向にある[7]。第二次世界大戦以降は1973年に浜中町で発見例があり、1990年代以降は北海道東岸・襟裳岬でも発見例が増加している[7]。2002年以降に襟裳岬近海で2 - 3頭、2009年以降に釧路川河口で1頭が定着し、浜中町・大黒島・納沙布岬では1 - 2頭の継続的な観察例、2010年に納沙布岬で6頭の観察例がある[7]。一方で1990年代以降は定置網や刺網による混獲も増加し、死亡例も発生している[7]。
- 絶滅危惧IA類 (CR)(環境省レッドリスト)[7]
- E. l. nereis
- 1975年のワシントン条約発効時からワシントン条約附属書Iに掲載されている[12]。
毛皮目的の乱獲により、20世紀初頭にはラッコの個体数は絶滅寸前にまで減少した。アラスカではカリフォルニアアシカが乱獲などによって激減したことで、それを主要な捕食対象としていた当海域のシャチが食うに困って対象をラッコにシフトし、これによって90%近くを捕食してしまうという事態も起きた。その後、野生生物に対する意識が保護へと大変換する時代に入ると、以後は生息数を徐々に回復していった。
鰭脚類などと比べると体が小さく皮下脂肪が相対的に薄いため、体毛が油で汚染されることで防寒効果が低下して凍死し、また、体毛の間に蓄えられた空気がなくなり、浮力が減少して溺死したのである。
アワビ、ウニなどを捕食する害獣と見なされることもある。国際条約などで保護動物となっている場合が多いので地域の都合で駆除などができない。
シートン動物記によると、本来は海辺で生活する陸棲動物であり、日光浴をしている群れをごく当たり前に見ることができたらしい。その頃は人間に対する警戒心も無かったため、瞬く間に狩り尽くされてしまい、現在のような生態になったと記されている。
日本では平安時代には「独犴」の皮が陸奥国の交易雑物とされており、この独犴が本種を指すのではないかと言われている。陸奥国で獲れたのか、北海道方面から得たのかは不明である。江戸時代の地誌には、三陸海岸の気仙の海島に「海獺」が出るというものと[13]、見たことがないというものとがある[14]。かつて千島列島や北海道の襟裳岬から東部の沿岸に生息していたが、毛皮ブームにより、H・J・スノーらの手による乱獲によってほぼ絶滅してしまった。このため、明治時代には珍しい動物保護法「臘虎膃肭獣猟獲取締法(明治45年法律第21号)」が施行され、今日に至っている。
現在でも時折、千島列島などから来遊し、北海道東岸で目撃されることがあるが、定着するまでには到っていない。2003年頃から襟裳岬近海に、2010年頃から納沙布岬近海に、それぞれ1頭のラッコが定着したが、ウニなどを大量に食べることから漁業従事者は被害(食害)を問題視している。
ラッコを主題とした作品
- 童話『いたずらラッコのロッコ』 :1968年1月刊、神沢利子著、あかね書房
- 『ぼのぼの』 :いがらしみきお作。1986年より連載中の漫画、および、それを原作とした映画等。
- 映画『ラッコ物語』 :1987年7月公開の東宝映画、永田貴士監督、声の出演 斉藤由貴等。
- 童話 『銀色ラッコのなみだ―北の海の物語』 :1996年5月刊、岡野薫子著、理論社
- 随筆『ラッコの道標-ラッコが教えてくれた多様な価値観』 :2000年10月刊、中村元著、パロル舎
出典
- ↑ 1.0 1.1 増井光子 「ラッコ」『標準原色図鑑全集 20 動物 II』 林壽郎著、保育社、1968年。
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タグです。 「allegra_et_al
」という名前の引用句に対するテキストが指定されていません - ↑ ダーウィンが来た! 〜生きもの新伝説〜259回「 密着!ラッコのぷかぷか生活」
- ↑ 11.0 11.1 “sea otter” (英語). Dictionary.com. . 2010年5月10日閲覧.
- ↑ 12.0 12.1 引用エラー: 無効な
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タグです。 「species+
」という名前の引用句に対するテキストが指定されていません - ↑ 田辺希文 『奥羽観蹟聞老志』 巻之三(『仙台叢書奥羽観蹟聞老志』 仙台叢書刊行会、1928年。海獺の項は上巻81頁)。
- ↑ 里見藤右衛門 『封内土産考』 1798年(寛政10年)頃(仙台叢書刊行会・編 『仙台叢書』 第3巻[1923年]に収録、海獺の項は454頁)。
- Love, John A. (1992). Sea Otters (en). Golden, Colorado: Fulcrum Publishing. ISBN 1-55591-123-4. OCLC 25747993.
- Nickerson, Roy (1989). Sea Otters, a Natural History and Guide (en). San Francisco, CA: Chronicle Books. ISBN 0-87701-567-8. OCLC 18414247.
- Silverstein, Alvin; Silverstein, Virginia and Robert (1995). The Sea Otter (en). Brookfield, Connecticut: The Millbrook Press, Inc.. ISBN 1-56294-418-5. OCLC 30436543.