寒川神社
寒川神社(さむかわじんじゃ)は、神奈川県高座郡寒川町宮山にある神社。式内社(名神大社)で、相模国一宮に当たる[1]。 また旧社格では国幣中社に列す[2]。現在は神社本庁の別表神社となっている。
Contents
概要
神奈川県中央南部、相模川河口から約7km遡った左岸の低台地上に鎮座する。古代には相模湾がここまで入り込んでおり、神社からさらに8キロ上流の海老名市国分付近に相模国分寺があった。朝廷からも名神大社として崇敬された。相模国における延喜式内社十三社の中でも、大社とされたのは当社のみである[3]。なお、『寒川(さむかわ)』に『佐無加波』の漢字を当てた例もある[4]。
現在も八方除の守護神として関東一円から参拝者が集まり、正月の三が日にはのべ40万人が初詣に訪れる。なお、新年の幕開けとなる元日午前0時には大太鼓の合図と共に八方除祭・元旦祈祷祭が行われ、近年では迎春ねぶたの初点灯も実施されている。一方、テレビ放送の関係者には古くから「視聴率祈願の神社」として知られ、新番組開始前に参拝を行うとされる[5]。高倉健など、芸能人の参拝者も多い[5]。
祭神
現在の祭神は以下の2柱で、寒川大明神と総称される[6]。
- 寒川比古命 (さむかわひこのみこと)
- 寒川比女命 (さむかわひめのみこと)
2柱とも記紀には記載がなく、詳細は不明[6][7]。 寒川比古命・寒川比女命は、大水上命(おおみなかみのかみ)の御子とする説もある[7]。大水上命は牟弥乃神社(伊勢神宮末社)で祀られるが、この神も大山祇神と同一視されるなど、詳細は不明[8][9]。 寒川大明神は八方除の神とされる。なお、八方除では当社の他にも久伊豆神社などが知られる。
また、祭神については他にも佐河大明神(吾妻鏡十二)、八幡神/八幡大菩薩(諸国一宮神名帳等)[注釈 1]、あるいは菊理媛命(惣国風土記)、澤女神(神名帳考証、神名帳注釈)、素盞嗚命と稲田姫尊(旧神詞記)、大己貴尊(一宮巡詣記)などの諸説がある[1][6]。
歴史
古代、相模川沿い一帯に勢力を持った相模国造がおり、そのうち有力な豪族のいずれかが造営したと推定される。雄略天皇の時期に奉幣され、神亀4年(727年)に社殿建立の記録があるが、公式には『続日本後紀』にて承和13年(846年)9月8日に、仁明天皇から従五位下を授る記録がある[10]。
『延喜式神名帳』では「相模国高座郡 寒川神社 名神大」と記載され、名神大社に列している。また、鎌倉時代の『吾妻鏡』には「一宮佐河大神」と記載があり、相模国の一宮とされたことがわかる。源頼家が誕生した際には、源頼朝より神馬の奉納等があった[1]。以後も北条氏(鎌倉幕府)から崇敬された[1]。 戦国時代以降、相模国を支配した後北条氏や徳川家康(徳川幕府)より社領を認められた[1]。また武田信玄が行軍中に当社を参拝し、自身の纏っていた兜と太刀を安全祈願に奉納した[注釈 2]。
明治4年(1871年)5月、近代社格制度において国幣中社に列した[1]。 大正12年(1923年)9月1日の関東大震災で損傷を受け、昭和2年(1927年)社殿修復を終えた[1]。
神階
- 承和13年(846年)9月、從五位下 (『続日本後紀』)
- 斉衡元年(854年)3月14日、従四位下 (『日本三代実録』)
- 貞観11年(869年)11月19日、従四位上 (『日本三代実録』)
- 元慶8年(884年)9月21日、正四位下
- 延喜16年(916年)正月28日、正四位上 (『扶桑略記』)
八方除
寒川神社からは、二至二分に、それぞれ丹沢の大山、富士山、箱根の神山に日が沈む[11]。
寒川神社が建立された当時(西暦500年~700年)は海水準が高く、寒川神社は直接相模湾に面していたと考えられている[12]。相模国には縄文時代の祭祀跡や遺跡が数多く存在する[13]。寒川神社の起源そのものは、歴史書に登場する以前の古墳時代もしくは以前に遡る可能性もある[14]。
現在の寒川神社は「八方除けの神社」として有名だが、本神社における方位除け信仰は、明治時代後半・大正時代に盛んになったものである[15]。明治維新以降、鬼門信仰が金神崇拝に転じ(金光教等)、祟り神とされた丑寅の金神を国常立尊として信仰する大本教は「世直し運動」として日本社会に影響を与えた[16]。寒川神社における方位除け信仰の起源については、資料の少なさ故に明確なものではないとされる[17]。
境内・参道
本殿及び拝殿の手前には神門がある。参道は当社境内から南に1kmほど進んだJR相模線の踏切近く[注釈 3]にある一之鳥居から始まり、参道途中には二之鳥居(大鳥居)、境内入口には最後の鳥居となる三之鳥居がある[注釈 4]
2001年より新年から2月の節分まで、神門に神話にちなんだ迎春ねぶたが飾られるようになり、夜にはライトアップもされている。 2012年まではその年の干支にちなんだねぶたが飾られていたが、干支が一巡した2013年からは神話ねぶたが飾られている。
- 寒川神社 神門.JPG
神門 - Samukawa Shrine-Shinmon lightup.JPG
神門のねぶたライトアップ
(2013年『巳年』) - Samukawa Shrine gateway.jpg
境内の参道 - 寒川神社 一の鳥居.JPG
一之鳥居
神嶽山神苑
神嶽山神苑(かんたけやましんえん)は、本殿裏手の神苑。
「難波の小池(なんばのこいけ)」を中心に、裏山の神嶽山(かんたけやま)を主とする。2009年に開苑した。
- 期間:4月1日より11月30日まで。毎週月曜日は休苑日(祝祭日は開苑)
- 時間:午前9時から午後4時まで(入苑料は無料)
- 茶屋:午前9時30分から午後3時30分まで
- 条件:入苑は本殿で祈祷を受けた者に限る
- 主な見所
- 裏参拝所
- 神嶽山を正中軸より拝する場所。
- 八氣の泉(はっきのいずみ)
- 旧三之鳥居の基礎石から湧き出る泉。
- 直心庵(ちょくしんあん)
- 梅見門と腰掛待合を配する茶室。
- 和楽亭(わらくてい)
- 抹茶と菓子を頂ける茶屋。
- 方徳資料館(ほうとくしりょうかん)
- 「八方除」の資料を展示。
- 難波の小池(なんばのこいけ)
- 本殿の真裏にある神池。
摂末社
- 末社
- 御祖神社 - 神嶽山神苑内に鎮座。
- 宮山神社 - 境内西方に鎮座。宮山地区にあった7社をまとめて祀る。
- 御祖神社 (寒川神社末社).JPG
御祖神社 - 宮山神社 (寒川神社末社).JPG
宮山神社
主な祭事
- 武佐弓祭(正月8日)
- 国府祭(5月5日)
- 浜降古式祭(7月15日)
- 浜降祭(7月第3月曜日)
- 例大祭(9月20日)
現地情報・交通
所在地
拝観時間
交通アクセス
- 鉄道
- バス
- 寒川町コミュニティバスもくせい号(倉見大村ルート)で、「寒川神社参道」バス停下車
- 神奈川中央交通海73系統・相鉄バス綾73系統(共管路線)で、「寒川神社」「寒川神社参道」バス停下車(海老名駅・寒川駅発着)
- 車
- 新湘南バイパス 茅ヶ崎中央インターチェンジから、約15分
- 圏央道 寒川北インターチェンジから、約3分
脚注
注釈
出典
- ↑ 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 1.6 神道大辞典二巻コマ71-72(原本115-116頁)
- ↑ 皇国敬神会編、国立国会図書館デジタルコレクション 「國幣中社寒川神社」 『全国有名神社御写真帖』 皇国敬神会、1922年12月 。
- ↑ 日本の聖地文化208-209頁『寒川神社』
- ↑ 新編相模風土記稿第3輯コマ413
- ↑ 5.0 5.1 日本の聖地文化247-249頁『"こころ鎮め"の聖地』
- ↑ 6.0 6.1 6.2 日本の聖地文化224-226頁『揺れ動く祭神』
- ↑ 7.0 7.1 神道大辞典二巻コマ72(原本116頁)
- ↑ 神道大辞典三巻コマ204(原本337頁)
- ↑ 神道大辞典一巻コマ148(原本249頁)
- ↑ 日本の聖地文化214頁『神階の上昇とヤマトタケルの伝承』
- ↑ 日本の聖地文化208-209頁『寒川神社』
- ↑ 日本の聖地文化97-98頁『西暦五〇〇年/西暦七〇〇年』
- ↑ 日本の聖地文化197-198頁『相模に見る縄文から神社まで』
- ↑ 日本の聖地文化226-228頁〔『相模の古社』の説と本書の立場〕
- ↑ 日本の聖地文化238-239頁『八方除け信仰の神社』
- ↑ 日本の聖地文化262-263頁『「四神相応」と「鬼門」信仰』
- ↑ 日本の聖地文化258-259頁『方位信仰の起源』
- ↑ 18.0 18.1 18.2 日本の聖地文化222-224頁『「国府祭」の「座問答」』
- ↑ 日本の聖地文化233-236頁『国府祭』
参考文献
- 『日本歴史地名大系 神奈川県の地名』(平凡社)高座郡 寒川神社項
- 『藤沢 - わがまちのあゆみ - 』 児島幸多編 藤沢市、藤沢教育委員会 昭和58年
- 鎌田東二 『日本の聖地文化 寒川神社と相模国の古社』 創元社、2012年3月。ISBN 978-4-422-23030-6。
- 国立国会図書館デジタルコレクション - 国立国会図書館
- 神宮司庁古事類苑出版事務所編、「寒川神社」 『古事類苑. 神祇部26』 神宮司庁、1896年 。
- 高座郡教育会編、「第五.寒川神社」 『高座郡歴史』 廣文堂、1909年7月 。
- 佐藤善治郎編 『神奈川県神社誌概説』 神奈川高等女学校学友会、1935年6月 。
- 平凡社編 『神道大辞典 第一巻』 平凡社、1937年7月 。
- 平凡社編 『神道大辞典 第二巻』 平凡社、1939年6月 。
- 平凡社編 『神道大辞典 第三巻』 平凡社、1940年9月 。
- 間宮士信等編、「巻之五十九 高座郡一」 『新編相模国風土記稿. 第3輯 大住・愛甲・高座郡』 鳥跡蟹行社、1885年5月 。
関連項目
外部リンク
- 公式ウェブサイト
- 寒川神社 - 神奈川県神社庁
- テンプレート:神道・神社史料集成