小笠原方言

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小笠原方言(おがさわらほうげん)は、小笠原群島で話されている日本語方言英語とのクレオール言語という観点からは小笠原語(Bonin English)と呼ばれる場合も存在する。[1]

概説

図1.小笠原群島と周辺の島々

小笠原諸島へは、日本人移民に先立って、欧米人や太平洋諸島先住民族(ポリネシア人ミクロネシア人)から構成される欧米系島民が移民していた。欧米系島民たちは英語ポリネシア諸語(主にハワイ語)、またそれらが混合したピジン言語をコミュニケーションに使っていた。1840年天保11年)に父島へ漂着した「中吉丸」漂流民の記録である『小友船漂着記』には、56の単語が記されており、そのうち英語由来の単語が17語、ハワイ語由来の単語が39語であった[2]。なお、ミクロネシア諸語の影響は現在の小笠原方言にはほとんど残っていないが、南洋踊りで歌われる曲の中にはミクロネシア諸語が使われている曲もある[3]

その後、小笠原諸島へは日本人も移民してきたが、八丈島出身者が多かったため、小笠原方言の成立には八丈方言が強く影響を与えた[4]。また八丈方言以外にも語彙の一部には静岡県遠州弁東北方言関東方言紀州弁四国方言九州方言の影響が見られた[4]

欧米系島民は、小笠原諸島が日本領となってからは、日本に帰化し日本語を学習したが、太平洋戦争後の米軍占領下では英語教育を受けた(ラドフォード提督初等学校)。そのため、彼らの子孫の話す日本語は、英単語やフレーズが英語の発音のまま使われる、挨拶に通常の日本語が使われず独自の形式があるなど、一種のクレオール言語になっている。なお、英単語の発音は18世紀ニューイングランドで話されていた訛りが受け継がれている[1]

一方日本系島民は、太平洋戦争末期から1968年昭和43年)の本土復帰まで、欧米系島民に嫁いだ女性を除いて本土への疎開を強いられていた。その間、日本語標準語や疎開先の方言の影響を受けた可能性があるが、この期間内の方言資料はほとんどない。返還後は急激に標準語化が進み、現在の島民の言葉はほぼ標準語(首都圏方言)となっている。

特徴

明治時代から終戦まで

名詞には英語や大洋州諸語の影響もあるが、そのほかは八丈方言の影響が強かった。以下のその具体例を示すが、特記がない語彙は八丈方言由来である[5][6]。また戦前からの島民のアクセントは八丈方言と共通の無アクセントである[7]

主な語彙
語彙 分類 標準語 備考
あがりやれ 挨拶 いらっしゃい 八丈方言では「おじゃりやれ」
よん 助詞 釘よんひん曲げた(釘を曲げた)
-んなか 助動詞 -ない 書きんなか(書かない)
嬉しきことだらのう 形容詞連体形 嬉しいことだ 八丈方言では「嬉しけことだらのう」
でいちけへびろ 形容詞連体形 新しい着物 でいちけ(新しい)+へびろ(着物)
出掛けたもんどうじゃ 助動詞連体形 出掛けたものだよ 八丈方言では「出掛けとうもんどうじゃ」
めならべ 名詞
かんも 名詞 サツマイモ
おとつい・おどつい 名詞 一昨日 西日本方言由来
スコール 名詞 つむじ風 英語のsquallが由来
バンブル 名詞 サトウキビ 英語のbambooが由来
もよくる 動詞 段取りをする
あつい 動詞 からい 英語のhotが由来
いっち 副詞 一番、最も
よっぴいて 副詞 徹夜で、一晩中 古語関東方言長野・山梨・静岡方言が由来

米軍統治時代から本土復帰直後

  • 英語の慣用表現をそのまま日本語に直訳した表現が存在する。See you againに由来する「また見るよ(=さようなら)」や、take medicineに由来する「薬を取る(=薬を飲む)」など[8]
  • 一人称としてmeを用いる。本来の英語ではmeは目的格に用いるが、小笠原方言では目的格以外でもmeを用いる[8]
  • 英語由来の外来語のなかには、元の英語に近い発音を残すものがある。例えば、shirtのことを日本本土では「シャツ」と言うが、小笠原では「シェツ」と言う[8]
  • 「ミー(Me)らはハイスクール(high school)に行っているときにグアムゴットヒットバイアタイプーン(Guam got hit by a typhoon)だじゃ」(私が高校に行っている時に、グアムは台風に襲われたんだ)[8]

本土復帰直後の日本人教師と生徒との会話例を一部示す[9][10]

  • 「ユーは何のティーチャーかい?」
  • 東京ベイは、グアムアイランドよりも大きいかい?」
  • 「ミーのパパ、ラストサンディ、カヌーでフィッシング行ったど」

なお、語尾に「かい?」を用いるのは八丈方言の特徴である。

現代

現代でも残る八丈方言や各方言由来の表現や語彙は以下の通りである[11]。なお、アクセントは標準語の影響によって東京式アクセントが用いられている[12]

八丈方言及び各方言由来の主な語彙
語彙 分類 標準語 備考
アカバ 名詞 アカハタ
えずい 形容詞 気持ち悪い 違和感や着心地の悪さを表す。八丈方言由来だが北奥羽方言でも同様の単語がある。
ひざまずく 動詞 正座する
ぶっこちる 動詞 落ちる 八丈方言では「ぶっこてる」
寝らせる 動詞使役形 寝かせる
-だじゃ 文末詞 -だな
炊く 動詞 煮る 西日本方言由来
-れ・-しれ 動詞命令形 -ろ・-しろ 北奥羽方言か九州方言が由来

英語由来の言語もいくつか残っている[12]

英語由来の主な語彙
語彙 分類 標準語 英語 備考
サンドタイガーシャーク 名詞 シロワニ Sand tiger shark
タイガーシャーク 名詞 イタチザメ Tiger shark
グリーンペペ 名詞 ヤコウタケ Green pepe
ウェントル 名詞 12月ごろに見られるアオウミガメ winter turtle
ダンブレン 名詞 ダンプリング dumpling
ガッダム 間投詞 ちくしょう God damn 他人には用いず、柱に足の指をぶつけた時などに自分に対して用いる[13]


また、英語だけでなく、ハワイ語やミクロネシア諸語由来の単語も動植物の名前などに残っている[14][15]

ハワイ語およびミクロネシア諸語由来の主な語彙
語彙 分類 標準語 原語 備考
ビーデビーデ 名詞 ムニンデイゴ wili-wili wがvに転訛
ヌクモメ 名詞 シマアジ nuku mone'u ハワイ語ではカスミアジを意味する
ウーフー 名詞 ブダイ uhu ハワイ語ではアオブダイを意味する
ピーマカ 名詞 を用いた郷土料理 pinika ハワイ語で酢を意味するが、語源は英語の「Vinegar」である。
モエモエ 名詞 性交 moe ハワイ語では睡眠を意味する
プクヌイ 地名 大きい穴 puka nui
フンパ 名詞 オカヤドカリ umpwa ポンペイ語由来

出典

  1. 1.0 1.1 『ニューエクスプレス・スペシャル 日本語の隣人たちⅡ』(白水社・2013年1月)ISBN 9784560086162
  2. ロング p279
  3. ロング p280
  4. 4.0 4.1 ロング p64
  5. ロング pp61-63
  6. ロング pp87-94
  7. ロング p61
  8. 8.0 8.1 8.2 8.3 地域語の経済と社会―方言みやげ・グッズとその周辺― 第309回 小笠原ことばの『Tシェツ』、三省堂ワードワイズウェブ、2014年8月16日更新、2015年2月16日閲覧。
  9. ロング pp69-70
  10. ロング pp301-302
  11. ロング pp75-79
  12. 12.0 12.1 ロング p73
  13. ロング p94
  14. ロング pp284-287
  15. 「小笠原ことば」だって貴重な文化遺産ニュースウィーク2011年8月10・17日号、2011年08月18日更新、2015年2月16日閲覧。

研究文献

  1. ダニエル・ロング編著(2002.09)『小笠原学ことはじめ』(小笠原シリーズ1)、南方新社
  2. ダニエル・ロング、橋本直幸編(2005.05)『小笠原ことばしゃべる辞典』(小笠原シリーズ3)、南方新社

外部リンク

関連項目