国営放送
国営放送(こくえいほうそう)は、国家によって直接運営されている放送局の形態を指す。また、法律や国家権力により、国民に対し強い情報統制をかけて行われる放送形態のことを指すこともある。
歴史と概説
まだラジオ放送の黎明期だった1920年(大正9年)1月17日、米国海軍省がワシントンD.C.のアナスコティア海軍航空局ではじめた娯楽音楽放送 NOF を国営放送の嚆矢とする[1][2][3]。ワシントンD.C.アナスコティアにある海軍飛行場からNOFのコールサインでレコード演奏だけではなく、ニュース、天気予報、作物市場レポート、有名人の演説番組などを放送した。中でも海軍の軍楽隊による生演奏番組が一番のウリだった。そして放送終了時には星条旗 (国歌)のレコードが流されていた[4]。
1923年(大正12年)1月3日、アナスコティア海軍航空局は本来の航空無線の研究に専念するために、娯楽放送を打ち切った[5]。
現代の国営放送の多くは大国や旧共産圏諸国、ヨーロッパ諸国、開発途上国などに存在し、運営資金は国家から拠出されている。そのため、放送内容は国家の政治的な宣伝(プロパガンダ)、鼓舞と言ったものが多く、国外に向けて国際放送を行っていることが多い。
変り種として、パラオのエコパラダイスFMのように、国内向けになっている局もある。
主な国営放送局
- アメリカ合衆国 - ボイス・オブ・アメリカ(アメリカの声、VOA)・ラジオ・フリー・アジア(RFA)・ラジオ・フリー・ヨーロッパ(RFE)(以上プロパガンダ用)、AFN(在外部隊向け)
- ソビエト連邦(現・ロシア) - モスクワ放送(現・ロシアの声)・ロシア1(RTR)
- フランス - France 24(フランス24)
- 韓国 - 国民放送
- 北朝鮮 - 朝鮮中央放送(国内向け)、平壌放送(朝鮮語のみの海外向け)、朝鮮の声放送(Voice of Korea。朝鮮語以外の言語の海外向け)
- 中華人民共和国 - チャイナ・メディア・グループ(中央広播電視総台)
- 中華民国 - 台湾国際放送
- タイ - 広報局タイ国営放送(NBT。NBTラジオとNBTテレビなど)
- ベトナム - ベトナムテレビジョン・ベトナムの声放送局
- モンゴル - モンゴルの声
他多数。
また、英国放送協会(BBC)などのように、それ自体は公共放送だが、国際放送部門のみは運営資金が国家から支出されているケースもある。
台北(台湾)と北京(大陸)の、またピョンヤン(北朝鮮)とソウル(韓国)の、国営放送による中傷合戦はBCLの間では有名である。
ヨーロッパ諸国の国営放送局のほとんどは、専属のオーケストラ(放送交響楽団)を持っている。
日本の現状
日本では、日本放送協会(NHK)のことを「国営放送」と表現することがある。正しくはNHKは(放送法施行による1950年の電波開放以降)公共放送であり国営放送ではない。しかし、以下のような理由により「国営放送」と表現することがある。NHKでは出演者が「国営放送」発言があった場合、即時、NHKアナウンサーや番組司会者、キャスター等により訂正している。
- 社団法人時代、無線電信法により政府が放送事業を管掌し、受信するに当たっては放送受信許可(現在のNHK受信料の前身)とラジオ受信機の取得許可、2種類を要したこと。なお、戦前の放送事業はNHKの独占事業であった。
- 単なる誤解、もしくは国営放送と公共放送の同一視。
- 放送法第15条に基づき、全国どこでも同じ番組が受信出来るようにすることを義務付けられている。
- 公共放送と国営放送の違いを理解した上でNHKと政府・与党との「距離の近さ」を揶揄する。この文脈では、1955年11月から(55年体制、自公連立)政権を担う自由民主党との距離の近さを問題視していることが多い。小説の形を取っての、また実名を挙げての告発本も著されている(今井彰「ガラスの巨塔」、永田浩三「NHK、鉄の沈黙はだれのために」、堀潤「変身 Metamorphosis メルトダウン後の世界」)。
- NHK放送技術研究所での開発事業に政府補助を受けている。
- 事業予算などに国会の承認が必要である。
- 政府は、放送法第33条(改正後は第65条)に基づき、特定の事象について重点的に採り上げ報道するようNHKに命令(改正後は要請)出来る(これにより「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」の集会は必ずNHKニュースで採り上げられる)。また、NHK会長・籾井勝人が「領土問題では明確に政府の立場を主張する、それが国際放送の役割。政府が『右』と言っているのに我々が『左』と言うわけにはいかない」と記者会見で発言した。籾井は原子力発電所の問題についても「住民の不安をいたずらにかき立てないよう、公式発表をベースに伝えることを続けてほしい」と現場に対して発言している。この発言の意味についても「事実に基づいて、我々がいろんなコメントを加味せずに伝えていく」。
- 2013年11月に、首相安倍晋三が自身に近いとされる百田尚樹、長谷川三千子、本田勝彦を経営委員に推し、3人は推された通りに就任した。
- 放送終了、放送開始の際、日章旗を放映し君が代を流す(基点放送時は日章旗を放映する)。
- ヨーロッパの国営放送同様にオーケストラ(NHK交響楽団)を持つ(大手メディアで他にあるのは読売新聞社のみ。ただし欧州でも英国放送協会、ドイツ公共放送連盟加盟の各放送局、オーストリア放送協会のように公共放送が放送交響楽団を持つ例は多数存在する)。
また、放送大学については、日本政府が直接運営を行っている訳ではない(学生が納入する授業料で賄われる)ので公共放送に分類される。ただし、旧法人は政府が全額出資する特殊法人だったため、事実上国営放送だった。現法人についても実質的に国の運営下にあり、国から多額の補助金を交付されていることから、国営放送のように捉えられることもある。グリーンチャンネルも、視聴料によって賄われるので民間放送に分類されるが、これを運営する一般財団法人グリーンチャンネル(旧名:財団法人競馬・農林水産情報衛星通信機構)は日本政府が全額出資する特殊法人の日本中央競馬会がほぼ全額(97.5%)を出資しているため、実質的に政府の支配下にある。
2006年、当時の首相・小泉純一郎が「国際情報発信の強化」を指示し、アメリカのVOAのような政府発の国際放送を日本でも導入すべきとの議論が出てきた。この指示に基づき2007年7月9日、対北放送「ふるさとの風」の運営が拉致問題対策本部によって開始された。
2015年1月14日、自民党は“史実と異なる情報が海外で広まっている”現状を踏まえ、日本の立場を正確に発信する「国際放送」の創設をNHKとは別に検討する方針を確認した[6]。また9月には、“テレビの有無(受信契約が自動締結されるか否かが決まる)に関係なく受信料支払いを義務化すべき”とする提言を党の情報通信戦略調査会「放送法の改正に関する小委員会」が行なっている[7]。
脚注
- ↑ C. Austin ”The Romance of the Radio Telephone” Radio Broadcast May,1922 p16
- ↑ 栄谷平八郎 『ラジオ発展史』 1947 通信教育振興会 p48
- ↑ なお米国における民間放送は国営放送に少し遅れ、同年11月2日に開局した、ウェスティングハウス電気製造会社のKDKAである。同社の技術者フランク・コンラッドの設計による。
- ↑ S.R.Winters The Passing of "NOF" As a Broadcasting Station Radio News Mar.1923 pp1741-1742
- ↑ S.R.Winters The Passing Of "NOF" As a Broadcasting Station Radio News Mar.1923 p1623
- ↑ 新型「国際放送」で正しく日本の立場発信 慰安婦など歴史問題…「攻めの情報発信」 NHKと別、自民が創設検討へ 産経新聞2015年1月14日
- ↑ NHK受信料:自民小委が「義務化」を提言 毎日新聞2015年9月24日