荒木飛呂彦
荒木 飛呂彦 | |
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生誕 |
1960年6月7日(64歳) 宮城県仙台市 |
国籍 | 日本 |
職業 | 漫画家 |
活動期間 | 1980年 - |
ジャンル |
少年漫画 青年漫画 バトル漫画 |
代表作 | 『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズ[1] |
受賞 |
1980年:第20回手塚賞準入選 ※ 荒木利之名義 2006年:日本のメディア芸術100選マンガ部門(『ジョジョの奇妙な冒険』) 2013年:第17回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞(『ジョジョの奇妙な冒険 Part8 ジョジョリオン』) |
公式サイト |
荒木飛呂彦公式サイト 『JOJO.com』 |
荒木 飛呂彦(あらき ひろひこ、1960年6月7日 - )は、日本の漫画家。宮城県仙台市[1]若林区[2]出身。東北学院榴ケ岡高等学校卒、宮城教育大学中退、仙台デザイン専門学校卒。身長169.5cm、体重(2007年現在)61kg、血液型はB型。既婚者で二女の父。本名、荒木利之(あらき としゆき)。
1980年(昭和55年)、「武装ポーカー」でデビュー(本名名義[3])。代表作は『週刊少年ジャンプ』(集英社)1987年1・2号から連載開始された『ジョジョの奇妙な冒険』[1]。同作品は複数の部に分かれ、主人公や舞台を変えながら20年以上に渡って連載され続けており、シリーズ総計122巻(2018年7月現在)、発行部数は1億部(2015年12月時点)[4]。その作風は「王道を行きながら実験的」と評されている[5][6]。
Contents
略歴
中学時代に剣道部に所属[7]。幼少期から「ひとりの世界」に浸るのが好きで、早くから漫画も描いていた。当時は梶原一騎の漫画作品『巨人の星』(川崎のぼる画)、『あしたのジョー』(ちばてつや画)などを愛読[7]、また白土三平の忍者・歴史漫画『サスケ』と『カムイ伝』の理論的な作風に影響を受けた[8]。小説では江戸川乱歩や『シャーロック・ホームズ』シリーズをよく読んでいたという[7]。なお荒木には4つ下の双子の妹がおり、この2人の仲が良かったため、「家族の中で疎外感を抱いていたため、ひとりで何かを楽しむことが余計に好きになったのだと思う」とインタビューで語っている[7][8]。
高校時代はロードレース部に所属[7]。この頃に横山光輝のサスペンス作品を愛読する。特に学生服の主人公が古代遺跡を探検する『バビル2世』は『ジョジョの奇妙な冒険』Part3のモチーフに影響を与えており[7]、インタビューでは「自分の原点」とも述べている[9]。
16歳の時に同い年のゆでたまごが『週刊少年ジャンプ』でデビューしたことに焦りを感じ、高校3年の時に初投稿、以後何度か投稿を重ね、専門学校在学中の1980年(昭和55年)に「武装ポーカー」で第20回手塚賞[10]に準入選しデビュー。
デビュー後は、仙台に在住したまま『週刊少年ジャンプ』で『魔少年ビーティー』を執筆していた。上京後は『バオー来訪者』の短期連載を経て、1987年(昭和62年)より『ジョジョの奇妙な冒険』の連載を開始し、2003年(平成15年)までに6部の物語を執筆する長期連載となった。2004年(平成16年)に同誌にて『ジョジョ』のPart7にあたる『スティール・ボール・ラン』の連載を開始し、連載途中の2005年(平成17年)より月刊誌『ウルトラジャンプ』に移籍。『ジョジョ』シリーズは2010年(平成22年)には通算100巻を達成し、達成後の2011年(平成22年)に『スティール・ボール・ラン』を完結させた後、すぐさま『ジョジョ』のPart8である『ジョジョリオン』の連載を開始し現在に至る。
作風
評論家の加藤幹郎によると、高度な技術で過去の作品の引用を行うその作風から荒木をマニエリスムの作家と言い表している[11]。
一方で連載開始時から「人間讃歌」をメインテーマとして掲げる『ジョジョの奇妙な冒険』は「ある意味で少年漫画の王道」と評されており[5]、荒木自身「昔からある少年漫画の伝統を受け継いでいるつもり」と話している[5]。しかし、荒木は「子ども向けに描いたつもりはない」とも発言している。
絵柄
荒木は自身の絵柄についてルネッサンス美術、特にミケランジェロに影響を受けたと公言しており[12]、「ジョジョ立ち」と呼ばれる独特のポージングもイタリア美術が発想の元となっている。また『ヴォーグ』などのファッション雑誌が好きで[13]、1980年代のベルサーチやフランコ・モスキーノなどが『ジョジョ』のファッションのルーツだと語っている[7]。色は紫を好み[8]、カラーイラストでも多用される。絵柄についてはファッション・イラストレーターのアントニオ・ロペス(en:Antonio Lopez (illustrator))(例)やSF・ファンタジー画家のフランク・フラゼッタ、ヨーロッパの漫画家エンキ・ビラルやユーゴ・プラットなどからの影響も指摘されている[12]。 また、絵の特徴やデザインはシンプルなほどよく、車田正美のような極限まで単純化された画面や物語が最高と語っている[14]。
コマ割り
荒木の作品では非対称な変形コマを多用し、ページ全体が歪んで見えるようなコマ割りがしばしば行なわれる。「斜めになったコマ」はそれほど珍しいものではないが、「1ページのコマ割り全体が斜めになっている」のは他にあまり例がない[15]。この変形ゴマは『ジョジョ』Part3後半より使われるようになり次第に頻度が増え、それに従いコマ外の余白が増えていったが、Part7『スティール・ボール・ラン』では全ページがタチキリ(ページの端いっぱいまで絵を入れること)で描かれるようになったため余白が激減した。このタチキリの使用については、Part7の舞台である西部アメリカの広大さを意識して取られた方法ではないかと指摘されている[15]。
台詞回し・擬音
台詞回しはしばしば翻訳調と言われており、荒木も「本を読んだ影響が残っているんじゃあないか」と話している[5]。この「じゃあないか」というのも「じゃないか」に「あ」を加えた荒木独特の口調であり、「じゃあない」、「じゃあないぜ」、「じゃあないのォ?」といったパターンも確認されており、作中の人物の特徴的な言い回しはネット上で改変されて使われることも多い[16]。また、緊迫シーンなどで「ゴゴゴゴゴゴ・・・」「ドドドドドド・・・」や「バーーーン」といった(物理的ではなく)心理的な状態を表現する独特の擬音が使われており、これらはサスペンス映画で使われるような効果音を漫画にも欲しいと思ったことが発想の元になったと述べている[5]。荒木の音楽好きは広く知られており、「ズギュウン」や「ズッギャーン」など、楽器の音をイメージした擬音が多い。なお、登場人物が必殺技の名前を叫ぶのは車田正美の影響である[5]。
キャラクター設定
荒木は漫画を描く上で最も重要な要素を「キャラクター作り」と捉えており[17]、設定の際には履歴や家族構成、所属組織の他、趣味や癖、信条など60近い項目が存在する「キャラクター身上調査書[1]」を用いてそのキャラクターのバックボーンを作り上げる方式を取っている。 また、悪役は前向きな性格にすると決めており、そうしないと「ストーリーが破綻しちゃうんで」と語っている[18]。
ジョジョ立ち
『ジョジョの奇妙な冒険』には登場人物に腰の極端なひねりや回転、奇矯な手足の動きなどを加えた独特のポージングが頻出する。これらのポーズは、荒木が20代のときに『北斗の拳』『リングにかけろ』『キャプテン翼』などの強い個性を持つ当時の『ジャンプ』連載陣の中で自分の独創性を模索していた頃、イタリアの彫刻芸術からヒントを得て作り上げられたものだという[9][16]。エゴン・シーレやグスタフ・クリムトなどの、敬愛する画家が描いた人物そのままのポーズや顔を描く事も少なくない。
頭脳戦
荒木の代表作である『ジョジョの奇妙な冒険』は、それまで単純な『力比べ』だけだった少年誌のバトル漫画に心理的な駆け引きやトリックによる『頭脳戦』を導入することで新たな展開をもたらしたと評価されている[19][20]。特にPart3以降に登場する「スタンド」(様々な超能力をヴィジュアル化したキャラクター)の概念は、人物ごとに異なった能力で勝負する「能力バトル」という新形式を日本のバトル漫画全体に普及させた。これらのことから「現在のバトルマンガは全て『ジョジョ』の影響下にあると言っても過言ではない」とも評されている[21]。
作中の「波紋」(呼吸を中心とする特殊な身体技法)や「スタンド」の能力表現は、同郷の先輩である大友克洋が超能力の表現に使っていた「歪む背景」が、不可視であることに不満を持ったことが発想の元となったという[5][8](また「スタンド」に関してはつのだじろう『うしろの百太郎』にも言及している[16])。なお大友の作品に関しては、空間表現や緻密な描写などが大いに作画の勉強になったとも語っている[5]。
また、荒木は週刊少年ジャンプ初連載となる『魔少年ビーティー』の人気が低迷し10回で打ち切られた後、不人気の理由を担当編集者と検討した際、なぜか最終回のアンケート結果だけが好評だったのかを探っていくと、1-9回は高い知能を持つ主人公が肉体派の敵を一方的にやり込める話だが、最終回のみライバルも力ではなく頭脳で対抗するという構図が『スリルとサスペンス』を盛り上げたためではないかと推測しており、この時点で『主人公と敵の頭脳戦』が人気をとれるという考えにいたっていた[22]。
執筆スタイル
荒木は基本的に徹夜をせず、毎朝10時に起床する生活をしており日曜日はネーム、月から木まで作画、金、土は休養(取材)というサイクルの執筆を10年以上続けている[5][23](ただし漫画家を始めた当初は、若さゆえほかの漫画家に闘争心を燃やすあまり徹夜することも多かった、「結局最後は自分との闘いになる」との理由で考えを変えたという)。荒木のこのような規則正しい生活は『週刊少年ジャンプ』で『こちら葛飾区亀有公園前派出所』を長寿連載していた秋本治を見習ってのことで、締め切りも今まで破ったことがないという[23]。
2012年時点でも荒木は手書きにこだわっており、机の上にはパソコンやモニタなどは置いていない[24]が、画材には強いこだわりはなく、ぺんてるの筆ペンとゼブラのGペン、シャープペンシル、下書き用に青鉛筆(キャラクターを描く際のアタリを描く事に用いる。)があれば十分だという。またペン入れには開明書液を使っているほか、30年前に父親が制作した卓上製図板を現在でも使い続けている[25]。下書き前には、青鉛筆をカッターナイフで削る事から始める。これは漫画家デビューの時から行っている行為らしく、「儀式」のようなものであると語る。この行為から、執筆作業への気持ちが入っていく面もあるという。
仕事の開始前には、自分で豆を挽いてコーヒーを淹れるのが習慣だという[2]。
健康
単行本の著者近影は10数年間ほとんど変わらず若々しさを保っており、『ユリイカ』で10年越しにインタビューを行った斎藤環は荒木について「当時と比べてまったくお変わりないですね。むしろ若返ったくらいで驚くばかりです。さすが波紋の使い手というか……」と作品にちなんで驚きを表すも、それに対して荒木は「着実に老化しており、週刊連載が量的にきつくなったから月刊に移った」と語っている[26]。
体力維持のため50歳を過ぎてもジムでのトレーニングや水泳を欠かさず、ご飯はひとめぼれを食べる。また独自の健康法として冬でも冷水のシャワーを浴びるという[27]ものがあったが心臓への負担の考慮から現在はやっていないと述べている[28]。
年譜
- 1960年(昭和35年) - 宮城県仙台市に出生。
- 1980年(昭和55年) - 専門学校在学中に第20回手塚賞に本名で応募した「武装ポーカー」が準入選。
- 1981年(昭和56年) - 『週刊少年ジャンプ』に同作品が掲載されプロデビュー。
- 1982年(昭和57年) - 『魔少年ビーティー』で初連載。(1983年まで)
- 1984年(昭和59年) - 東京へ拠点を移し『バオー来訪者』連載開始。(1985年まで)
- 1985年(昭和60年) - 『ゴージャス☆アイリン』連載開始。(1986年まで)
- 1987年(昭和62年) - 『週刊少年ジャンプ』にて『ジョジョの奇妙な冒険』連載開始。1999年(平成11年)までに5部の物語を執筆。
- 2000年(平成12年) - 『ジョジョの奇妙な冒険Part6 ストーンオーシャン」を連載開始。この頃よりCDのジャケットやTシャツのデザインなど、イラストレーションの仕事も増える。
- 2003年(平成15年) - フランスのパリで初の個展『JOJO IN PARIS』開催。
- 2004年(平成16年) - 『週刊少年ジャンプ』にて『ジョジョ』のPart7にあたる『スティール・ボール・ラン』を連載開始。
- 2005年(平成17年) - 『スティール・ボール・ラン』が『ウルトラジャンプ』へ移籍。
- 2007年(平成19年) - アメリカの科学雑誌『セル』9月7日号の表紙絵を描き下ろす[29]。同誌に論文を掲載した瀬藤光利の依頼によるもので、研究グループが発見したタンパク質分解酵素「スクラッパー」をスタンド風に擬人化したイラストが掲載された。
- 2008年(平成20年) - 川端康成の小説『伊豆の踊子』(集英社文庫)の表紙画を手がける。
- 2009年(平成21年) - フランスの出版社・フュチュロポリスとルーヴル美術館との共同企画『BD(バンド・デシネ)プロジェクト』の一環として、自身初のフルカラー漫画作品『Rohan au Louvre(邦題:岸辺露伴 ルーヴルへ行く)』を執筆。本編公開に先駆け、ルーヴル美術館テーマ企画展:『小さなデッサン展-漫画の世界でルーヴルを』にて表紙案とイメージボードを展示[30]し、2010年(平成22年)に仏語版単行本を発売。日本では2010年(平成22年)に『ウルトラジャンプ』にて日本語版をモノクロ掲載、2011年(平成23年)に日本語版単行本化。
- 2011年(平成23年) - 3月11日、故郷の仙台市が東日本大震災で被災、公式サイトをオープン。『ウルトラジャンプ』にて『ジョジョの奇妙な冒険Part8 ジョジョリオン』を連載開始。ファッションブランド『GUCCI』のブランド設立90周年と自身の執筆30周年を記念して短編のSpur×Gucci×荒木飛呂彦コラボ作品『岸辺露伴 グッチへ行く』をファッション雑誌『SPUR』に掲載、グッチ店舗のウィンドディスプレイも手掛けた。また、達増拓也岩手県知事の発表した『東北復興平泉宣言』のイメージイラストを手がけた[1]。
- 2012年(平成24年) - ジョジョの奇妙な冒険の連載25周年を記念し原画展『ジョジョ展』を仙台と東京で開催、前年の『SPUR』表紙イラストが第3回雑誌大賞グランプリに選ばれた[31]。
- 2012年(平成24年) - 『ダ・ヴィンチ』8月号、『AERA』10月22日号の表紙を自らのポートレイトで飾った。
- 2016年(平成28年) - 第45回ベストドレッサー賞(学術・文化部門)受賞[32]。
- 2018年(平成30年)夏 - 国立新美術館で自身初の個展となる荒木飛呂彦原画展「JOJO 冒険の波紋」を開催[33](予定)
作品リスト
漫画
太字は連載作品。●:『ゴージャス☆アイリン』収録、○:『死刑執行中脱獄進行中』収録、◎:『岸辺露伴は動かない』収録、☆:単行本未収録。
- 武装ポーカー(●1980年、週刊少年ジャンプ (WJ) ) - 第20回手塚賞準入選作。
- アウトロー・マン(●1981年、WJ増刊)
- バージニアによろしく(●1982年、WJ増刊)
- 魔少年ビーティー【読切版】(●1982年、フレッシュジャンプ)
- 魔少年ビーティー(1983年、WJ)
- バオー来訪者(1984年 - 1985年、WJ)
- ゴージャス☆アイリン(●1985年 - 1986年、WJ増刊)
- ジョジョの奇妙な冒険(1987年 - 2003年、WJ)
- Part 1 ファントムブラッド(1987年)
- Part 2 戦闘潮流(1987年 - 1989年)
- Part 3 スターダストクルセイダース(1989年 - 1992年)
- Part 4 ダイヤモンドは砕けない(1992年 - 1995年)
- Part 5 黄金の風(1995年 - 1999年)
- Part 6 ストーンオーシャン(2000年 - 2003年)
- Part 7 スティール・ボール・ラン(2004年 - 2011年、WJ→ウルトラジャンプ (UJ) )
- Part 8 ジョジョリオン(2011年 - 、UJ)
- 変人偏屈列伝(初期作画:鬼窪浩久、1989年 - 2003年、スーパージャンプ (SJ)・MANGAオールマン (MA)・UJ)
- 死刑執行中 脱獄進行中(○1994年・2008年(再録)、SJ)
- ドルチ 〜ダイ・ハード・ザ・キャット〜(○1996年、MA)
- 岸辺露伴は動かないシリーズ
- 岸辺露伴は動かない〜エピソード16:懺悔室〜(○・◎1997年、WJ)
- 岸辺露伴は動かない 〜エピソード2:六壁坂〜(◎2007年、ジャンプスクエア・2009年、ジャンプスクエア マスターピース(再録))
- 岸辺露伴 グッチへ行く (◎2011年8月23日発売、集英社「SPUR」10月号・2012年「JOJOmenon」(再録)) - 岸辺露伴のアナザーストーリー・シリーズ。オールカラー読み切り短編作品。
- 岸辺露伴は動かない 〜エピソード5:富豪村〜(◎2012年、WJ)
- 岸辺露伴は動かない 〜エピソード6:密漁海岸〜(◎2013年、WJ)
- 望月家のお月見 岸辺露伴は動かない エピソード4(☆2014年、少年ジャンプ+)
- 岸辺露伴は動かない エピソード7 月曜日-天気雨(☆2015年、ジャンプスクエア)
- 岸辺露伴は動かない エピソード#9 D・N・A(☆2017年、別冊マーガレット)
- デッドマンズQ(○1999年、MA)
- 岸辺露伴 ルーヴルへ行く(2010年、UJ) - 『小さなデッサン展-漫画の世界でルーヴルを』に展示された漫画の再録。
- 徐倫、GUCCIで飛ぶ(☆2012年12月22日発売、集英社「SPUR」2月号) - GUCCI×JOJO 第二弾。オールカラー読み切り短編作品。
単行本
発行は注記のない限り全て集英社。
- ジャンプ・コミックス
- 魔少年ビーティー(全1巻、1984年)
- バオー来訪者(全2巻、1985年)
- ジョジョの奇妙な冒険(全63巻、1987年 - 1999年)
- ジョジョの奇妙な冒険 Part 6 ストーンオーシャン(全17巻、2000年 - 2003年)
- スティール・ボール・ラン(全24巻、2004年 - 2011年)
- ジョジョリオン(既刊18巻、2011年 - )
- 岸辺露伴は動かない(既刊2巻、2013年 - )
- ジャンプ スーパー コミックス(創美社発行、集英社発売)
- 荒木飛呂彦短編集 ゴージャス☆アイリン(全1巻、1987年)
- SCオールマン愛蔵版→YJC-UJ愛蔵版
- 死刑執行中脱獄進行中(全1巻、1999年)
- YJC-UJ愛蔵版
- UJ愛蔵版
- 岸辺露伴 ルーヴルへ行く(全1巻、2011年)
- 集英社コミックス愛蔵版
- 函装版ジョジョの奇妙な冒険・JoJonium(第1期・全17巻、2013年 - 2015年)
- 集英社文庫
- 魔少年ビーティー(全1巻、2000年)
- バオー来訪者(全1巻、2000年)
- ジョジョの奇妙な冒険(既刊50巻、2002年 - )
- オインゴとボインゴ兄弟 大冒険(全1巻、2002年)
- 死刑執行中脱獄進行中(全1巻、2011年)
- ゴージャス☆アイリン(全1巻、2011年)
- 変人偏屈列伝(鬼窪浩久との共著、全1巻、2012年)
- SHUEISHA JUMP REMIX
- ジョジョの奇妙な冒険(既刊64巻、2001年 - )
- 魔少年ビーティー対バオー来訪者(全1巻、2004年)
- ゴージャス☆アイリン(全1巻、2007年)
- ジョジョの奇妙な冒険 Part 6 ストーンオーシャン(全10巻、2009年)
- 死刑執行中脱獄進行中(全1巻、2012年)
- 集英社新書
- 荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論(全1巻、2011年)
- ジョジョの奇妙な名言集 Part1-3(解説 中条省平、2012年)
- ジョジョの奇妙な名言集 Part4-8(2012年)
- 荒木飛呂彦の超偏愛! 映画の掟(全1巻、2013年)
- 荒木飛呂彦の漫画術(全1巻、2015年)
画集
- JoJo6251 荒木飛呂彦の世界(1993年)
- JOJO A-GO!GO!(2000年)
- JOJOVELLER(2013年)
その他
- 『県立海空高校野球部員山下たろーくん』 寄稿文・イラスト(1988年)
- 『世界デザイン博覧会』 新聞広告 イラスト寄稿(1988年)
- 『ファミコンジャンプII 最強の7人』 モンスター・7大ボスデザイン(1991年)
- 『こちら葛飾区亀有公園前派出所 Kamedas』 イラスト寄贈(1993年)
- SUGIURUMN アルバム『MUSIC IS THE KEY OF LIFE』 ジャケットイラスト(2000年)
- 大塚ギチ、宮昌太朗 『ジョジョの奇妙な冒険II ゴールデンハート / ゴールデンリング』 挿絵(2001年)
- SUGIURUMN アルバム『LIFE GROUND MUSIC』 ジャケットイラスト(2002年)
- 『女王陛下の少年スパイ!アレックスシリーズ』 表紙・挿絵(2002年)
- 『アディダス マンガフィーバー』イラスト(2002年)
- 『こちら葛飾区亀有公園前派出所 超こち亀』 連載30周年特別寄稿 こち亀キャラinアナザーワールド 1ページコラボ(2006年)
- SOUL'd OUT シングル『Catwalk』 ジャケットイラスト(2006年)
- 『UNIQLO CREATIVE AWARD 2006』 Tシャツデザイン(2006年)
- 大亜門 『太臓もて王サーガ』 外伝 1ページコラボ(2006年)
- コミックバンチ増刊号 『北斗の拳』トリビュート・ピンナップイラスト(2006年)
- 『プレステージ』 公開初日プレゼント用ステッカー描き下ろし(2007年)
- 米科学誌『セル』 Volume 130 表紙 (2007年)
- 乙一 『“The Book” jojo's bizarre adventure 4th another day』 挿絵(2007年)
- 集英社文庫『伊豆の踊り子』 表紙(2008年)
- 『NARUTO-ナルト-秘伝・皆の書』 イラスト寄贈 (2009年)
- 『SPUR』2011年10月号 表紙(2011年)
- 上遠野浩平 『恥知らずのパープルヘイズ -ジョジョの奇妙な冒険より-』 表紙・挿絵(2011年)
- 『東北復興平泉宣言』 イメージイラスト(2011年)[1]
- 西尾維新 『JOJO'S BIZARRE ADVENTURE OVER HEAVEN』 表紙(2011年)
- 石川さゆり アルバム『X -Cross-』 ジャケットイラスト(2012年)
- 斎藤環『生き延びるためのラカン』文庫版 カバーイラスト(2012年)
- 美術手帖 2012年 11月号 表紙(2012年)
- 第63回NHK紅白歌合戦 石川さゆり 背景イラスト(2012年)
- JOJO's Kitchen 荒木飛呂彦 パスタを作る - ジャンプLIVE1号企画。(2013年)
- JOJO's Kitchen 「シュールストレミングを食べてみた!」 - ジャンプLIVE2号企画。(2014年)
- ダーティ・ループス アルバム『ダーティ・ループス~コンプリート・エディション~』ジャケットイラスト(2014年)
- 千住明 アルバム『メインテーマ』 ジャケットイラスト(2015年)
TV出演歴
- NHK 『わが青春のトキワ荘〜現代マンガ家立志伝〜』 1981年5月25日
- フジテレビ721 『週刊少年「」』 2003年4月15日
- スカパー! 『MTV SOUL'd OUT スペシャル』 2005年2月3日、5日、6日、11日
- NHK BS2 『マンガノゲンバ』 2006年7月4日
- GyaO 『溜池Now』(第37回 世界一受けたい!!「ジョジョの奇妙な…」授業) 2007年8月6日配信
- NHK教育テレビジョン 『日曜美術館』「命輝く家族の肖像 ~モーリス・ドニ~ 」2011年10月2日
- NHK教育テレビジョン 『NHK高校講座(芸術・美術)』2012年7月26日
- TBS 『王様のブランチ』2012年10月13日
- フジテレビ 『めざましテレビ』2012年10月16日
- テレビ東京 『サキよみ ジャンBANG!』2012年10月19日
- NHK Eテレ 『SWITCHインタビュー 達人達』「荒木飛呂彦×千住明」2013年4月20日
関連人物
- こせきこうじ
- 荒木が生まれて初めて肉眼で目撃した漫画家はこせきこうじで、手塚賞・赤塚賞授賞式の場であった。荒木はこせきの『県立海空高校野球部員山下たろーくん』第5巻に文章を寄稿しており、同作品について「『ジョジョ』を描く上でどの作品よりも影響を受け、最も尊敬している作品である」「漫画のヒーローは心の底に誰よりも熱い気持ちを持ち、目的を持って成長すればいい、という事を教えられた」と書いている。
- 高橋和希
- 『遊☆戯☆王』の原作者で荒木のファン。『ジョジョ』を見たことが漫画家を目指すきっかけになっており、『遊☆戯☆王』の劇中カードゲーム『マジック&ウィザーズ』の原型は実在するカードゲームと『ジョジョ』の世界観である「スタンド」に由来し、メインキャラのメインカードはスタンドに近い設定で「精霊」と呼ばれている他、世界観は『ジョジョ』のPart3以降を元に製作している(コマ割りや舞台など)。高橋曰くPart3から『ジョジョ』に嵌ったとコメントしている。
- 武論尊、原哲夫
- 『北斗の拳』の原作者と作画担当者。ジャンプ時代の同期で交流も深い。そのため北斗の拳関連の企画に積極的に参加している。
- 宅八郎
- 友人。過去に何度か雑誌で対談している。
- アシスタント
参考文献
- 青土社『ユリイカ』2007年11月臨時増刊号 第39巻第14号 総特集・荒木飛呂彦 ISBN 978-4-7917-0170-4
- 太田出版『QuickJapan』Vol.75 2007年12月 特集・ジョジョの奇妙な冒険 ISBN 978-4-7783-1103-2
- 『杜王新報 特別版』2012年 - 仙台での『ジョジョ展』で販売された新聞形式の冊子。河北新報が紙面作成を担当している。
出典・脚注
- ↑ 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 知事メッセージ 荒木飛呂彦氏によるイラスト
- ↑ 2.0 2.1 杜王新報
- ↑ 「次号予告」『週刊少年ジャンプ』1980年52号、331頁
- ↑ MEDIA GUIDE 2013集英社AD NAVI
- ↑ 5.0 5.1 5.2 5.3 5.4 5.5 5.6 5.7 5.8 斎藤環「書き続ける勇気 荒木飛呂彦インタビュー」『ユリイカ』1997年4月号、135頁-143頁
- ↑ 『QuickJapan』Vol.75、巻頭ページ(文・吉田大助)
- ↑ 7.0 7.1 7.2 7.3 7.4 7.5 7.6 石井洋「人物研究 荒木飛呂彦」『Men's Non-no』2002年7月号、160頁-163頁
- ↑ 8.0 8.1 8.2 8.3 吉田大助「荒木飛呂彦 12000字インタビュー」『QuickJapan』Vol.75、90頁-98頁
- ↑ 9.0 9.1 まんが天国 マンガのチカラ「荒木飛呂彦先生インタビュー その2」(2009年4月11日時点のアーカイブ)
- ↑ 授賞式の際の映像が1981年(昭和56年)5月25日のNHK特集『わが青春のトキワ荘〜現代マンガ家立志伝〜』にて放送された。この中で手塚治虫は荒木の作品について「大変興味がある」「早く上京して来て下さい。東北出身は少ないから」というコメントを残している。
- ↑ 加藤幹郎「法外なもの、不均衡なもの、否定的なもの」『ユリイカ』2007年11月臨時増刊号、84頁-96頁
- ↑ 12.0 12.1 暮沢剛巳「Stand and Distortion」『ユリイカ』2007年11月臨時増刊号、97頁-103頁
- ↑ まんが天国 マンガのチカラ「荒木飛呂彦先生インタビュー その3」(2009年5月19日時点のアーカイブ)
- ↑ 「男たちの奇妙な愛情!?『ジョジョの奇妙な冒険の平行世界』」『ユリイカ 11月臨時増刊号 総特集☆荒木飛呂彦 -- 鋼鉄の魂は走りつづける』 青土社、2007-11-25。ISBN 978-4-7917-0170-4。
- ↑ 15.0 15.1 イズミノウユキ「ヘヴン・ノウズ・ハウ・ザット・ビジョン・イズ」『ユリイカ』2007年11月臨時増刊号、146頁-172頁。ただし、「斜めになったコマ」の分析自体は「メビウス・ラビリンス」を元にしたもの。
- ↑ 16.0 16.1 16.2 斎藤環ほか「徹底討議 男たちの奇妙な愛情!?」『ユリイカ』2007年11月臨時増刊号、8頁-34頁
- ↑ 『NHK高校講座』2012年7月26日放送『第15回 美術(8) 漫画はやっぱりおもしろい ~人物~』
- ↑ 「男たちの奇妙な愛情!?『ジョジョの奇妙な冒険の平行世界』」『ユリイカ 11月臨時増刊号 総特集☆荒木飛呂彦 -- 鋼鉄の魂は走りつづける』 青土社、2007-11-25。ISBN 978-4-7917-0170-4。
- ↑ 「[少年ジャンプ]というジャンル」『STUDIO VOICE』2008年2月号、INFASパブリケーションズ、20頁-73頁
- ↑ 元長柾木「『ジョジョ』だってインフレする!」『ユリイカ』2007年11月臨時増刊号、106頁-109頁
- ↑ 更科修一郎ほか「JUMP CHRONICLE」前掲『STUDIO VOICE』2008年2月号、36頁-39頁
- ↑ 荒木飛呂彦著 『荒木飛呂彦の漫画術』p99-p102
- ↑ 23.0 23.1 まんが天国 マンガのチカラ「荒木飛呂彦先生インタビュー その1」(2009年3月26日時点のアーカイブ)
- ↑ 2012年の原画展で荒木の仕事机が再現されており、杜王新報にも写真が載っている。
- ↑ 杜王新報 p7
- ↑ 「男たちの奇妙な愛情!? 『ジョジョの奇妙な冒険の平行世界』」『ユリイカ 11月臨時増刊号 総特集☆荒木飛呂彦 -- 鋼鉄の魂は走りつづける』 青土社、2007-11-25。ISBN 978-4-7917-0170-4。
- ↑ 杜王新報 p11
- ↑ 朝日新聞「Be」2013年9月14日
- ↑ Cell - Archive
- ↑ 小さなデッサン展-漫画の世界でルーヴルを(2009年1月31日時点のアーカイブ)
- ↑ 雑誌大賞 第3回受賞作品
- ↑ “『ベストドレッサー賞』に菅田将暉、松下奈緒、『ジョジョ』荒木氏ら”. ORICON STYLE. (2016年12月1日) . 2016閲覧.
- ↑ 同展公式サイト(国立美術館で漫画家の個展を開催するのは手塚治虫が東京国立近代美術館で回顧展を開催して以来28年ぶり2人目且つ、存命中の方の展覧会を開催するのは初めてのことである。)
外部リンク