差別用語
差別用語(さべつようご)とは、「他者の人格を個人的にも集団的にも傷つけ、蔑み、社会的に排除し、侮蔑・抹殺する暴力性を持つ言葉」[1]のことをいう。差別語(さべつご)とも[1]。
概要
具体的には、特定の属性(国籍、人種、少数民族、被差別階級、性別、宗教、同性愛者、障害者、特定疾患の罹患者、職業など)を持つ人々に対する否定的差別を意図して使用される俗語や表現を指し、侮蔑するための蔑称を含む。差別語と認定されていなくても差別的に使用される表現は「差別語」または「避けられるべき言葉」としてみなされることがあり、言葉によっては議論の結果、「差別語」とされないこともある。また過度な侮蔑は差別的とされる[1]。欧米ではヘイトスピーチといわれ、差別的な言動が問題視され、一部の国では法的に規制されてもいる。
明確な基準があるわけではない上、差別的ととられかねない言葉をマスコミや出版社が広めに差別用語とみなして使用を自粛する場合も多い。差別用語と見なされた言葉は、公共の場では使われなくなってしまうため、マスコミによる一種の言葉狩りであるという批判もある。
禁止されている・あるいは避けるべきものとされていることばをあえて使用して、自らを他人よりも優位な存在(怖いもの知らず・博識・タブーを恐れない等)に見せようとする者はどの社会にも存在するため、差別用語の範囲をめぐっては、守ろうとする者と侵そうとする者とのせめぎあいがどの社会でも広く見られる。
差別用語への対応
差別用語への対応としては、以下のようなものがある。
- 一般に日常会話においては禁句、主要メディアにおいては放送禁止用語として扱われる。
- 差別用語の使用自粛 - 「自主規制」と呼ばれる。
- 差別用語の言い換え - 差別糾弾を表面的に回避する手段の一つとして商業メディアでは差別用語の言い換えが行われており、アメリカ合衆国においてポリティカル・コレクトネスと呼ばれ発展してきた。日本においては、差別用語の一部もしくは全部の言い換えに反対する人々から、この差別用語の言い換えを、言葉狩りや文化破壊として批判されている。また、差別に反対する側からも「単なる言い換えでは、現実を覆い隠すのみ」とした批判がある。
- やむを得ず「差別用語(放送禁止用語)と同じ発音」の言葉を使用する場合、当該の差別用語を連想させないよう、別の言葉に言い換えられることもある。
- 例 - 「米軍基地や軍事施設などの敷地外」は字義的に「基地外」となるが、「きちがい(キチガイ・気違い)」(1975年以降)の連想を避けるよう「基地の外」(きちのそと)と言い換えられる。
- 動植物の標準和名の成分として用いられている語の中にも、差別用語が含まれているとして、改名の動きがある(ザトウクジラ、メクラウナギ、シナモズクガニなど)。
- 規制の違う時代に発表された文学・映像作品についても、再版や放映に際しては、現代的基準で差別用語を書き換える、発言部分の音声を消去するなどの対応が取られたが、近年では、表現の自由やオリジナリティなどの観点から「差別を助長する意図はない」「作品のオリジナリティを尊重する」旨の注釈を加えた上で、オリジナルのまま出版、放送するケースが多い。
差別用語の種類
「差別用語」とされる言葉には、以下のようなものがあげられるが、もともと差別用語ではなかった言葉や、差別と無関係な言葉も含まれることに留意されたい。
- 職業・階級・身分に関するもの(「穢多」、「非人」、「酋長」、「賤民」、「ポリ公」、「木っ端役人」、「乞食」、「ルンペン」、「よつ」、「ぽっぽや」、「雲助」、、「坊主」、「ポンコツ屋」、「ニコヨン」、「百姓・どん百姓」、「山猿」、「土方(どかた)・ドカチン」、「隠亡屋」、「汚穢屋」、「バタ屋」、「株屋」、「中卒」「中二病」など)
- 語感が障害者や身体的欠陥・病気または身体的特徴を連想させるもの(「めくら」(1976年以降)、「つんぼ」、「おし」、「どもり」、「ちんば」、「びっこ」、「ぼっこ(先天性なアポトーシス不全もしくは火傷などにより手指の四指や五指が癒合している状態:手部が棒状になっている意味の差別用語)」(1976年以降)、「かたわ」、「きちがい(1975年以降)」、「片手落ち[2][3]」、「黒ん坊」、「白痴」、「廃人」、「かったい」(ハンセン病患者)、「目眩まし」、「ブラインドタッチ」、「チビ」、「ハゲ」、「おっさん」、「ジジイ・ババア」、「デブ」、「ブス」、「ガイジ」、「チショウ」、「コミュ障」、「パニ障」、「アスペ(アスペルガー症候群の略)」、「糖質(統合失調症)」「池沼」など)
- 相手の家庭環境や家族構成を差別するもの(「 男鰥 」など)
- その他(「バカチョンカメラ」)
差別語の歴史
日本
- 1958年6月25日の毎日新聞で大江健三郎は「女優と防衛大生」という文章において防衛大学生を「恥辱」と呼んだ。
- 1962年には日本民間放送連盟が『放送用語』「避けたいことば」が作成される[4]。
- 1969年に左翼でマルクス主義経済学者の大内兵衛が岩波書店の雑誌『世界』1969年3月号で「大学という特殊部落」という論文を発表。部落解放同盟から糾弾され、雑誌は回収され、大内は謝罪した[4]。
- 1970年代
- 1973年にはフジテレビの番組「3時のあなた」で玉置宏が「芸能界は特殊部落」と発言し、番組内で謝罪訂正したが、部落解放同盟から糾弾され、玉置は1973年12月25日の同番組で再度謝罪した[4]。この事件をきっかけにマスコミでは『言い換え集』が作成される[4]。
- 参照: 部落問題
- 1974年にテレビドラマ「新・荒野の素浪人(第22話・くノ一情話)」で「きちがいに刃物」という表現が使われ、これが精神障害者への差別として抗議された[4]。翌年1975年以降差別用語に。
- 1976年には小学館刊の『ピノキオ』のなかで「びっこ・めくら」という差別表現が使用されており、身体障害者への差別を助長すると名古屋の市民によって抗議をうけた[4]。
- 1980年代
1980年代には夏目漱石などの過去の文学作品における穢多という表現などについて抗議がはじまる[4]。アメリカで日本で出版されている「ちびくろサンボ」や黒人マネキンが黒人差別であるとして絶版にいたる[4]。
- 1984年にはトルコ風呂という呼称についてトルコ人留学生から抗議され、社会問題となる[4]。
- 1988年7月24日、渡辺美智雄が「アメリカの黒人は破産してもアッケラカーのカーだ」と発言し、非難される[4]。
- 1989年には浅田彰が『文学界』2月号で昭和天皇の病気治癒を願って皇居で記帳している日本国民を「土人」と読んだ[5]。
- 1990年代
- このような動きのなかで1990年にはカルピスのシンボルマークも使用中止となり、タカラ(現・タカラトミー)も「ダッコちゃん」の登録商標を使用中止とした[4]。
- この年に、『ジプシー』が差別用語となり、山口百恵のシングル『謝肉祭』が自主規制され、2005年のアルバム『コンプリート百恵回帰』の発売による解禁まで、この曲が入っているCD・アルバム・ライブDVDが世に出回らなかった。
- 1991年には手塚治虫のマンガにおける表現や、1995年には「あんみつ姫」において外国人の家庭教師を「ふつうじゃない!人間じゃない!気に食わないと、相手を食べたり、頭の皮をはいだり」と想像するシーンがあり、黒人差別をなくす会から抗議をうけ回収される事件も起きた[4]。
- 1993年には筒井康隆の小説がてんかん差別であるとして抗議をうけた[4]。
- 2000年代
- 2010年代
関連項目
- レッテル
- タブー
- 侮蔑
- 放送禁止用語
- 言葉狩り - ポリティカル・コレクトネス
- 自主規制
- ヘイトスピーチ
- 政見放送削除事件
- 倫理侮蔑 - List of ethnic slurs
- 障害者差別
- 人権擁護法案
- 人権侵害救済法案
- 在日
- 封建主義
- ジプシー
外部リンク
脚注
- ↑ 1.0 1.1 1.2 小林健治 『差別語・不快語』 にんげん出版〈ウェブ連動式 管理職検定02〉、2011年。ISBN 978-4-931344-31-0。
- ↑ 元NHK職員の池田信夫は、「NHKのニュース解説で「片手落ち」という言葉を使ったのはけしからん、と部落解放同盟の地方支部の書記長がNHKに抗議にやってきた。協議の結果、この言葉は放送で使わないことに決まった」と証言している。池田信夫 blog(旧館)2006-11-16「同和のタブー」による。
- ↑ 1988年5月15日付の朝日新聞大阪版投書欄における「許せぬNHK、片手落ち放送」との見出しが部落解放同盟関係者から抗議を受け、以後、同紙でもこの語は禁句となった。(江上茂『差別用語を見直す』花伝社,2007,p.61による。)なお、同書のp.5 - 12では一章を割いてこの語に対する規制問題を扱っている。
- ↑ 4.00 4.01 4.02 4.03 4.04 4.05 4.06 4.07 4.08 4.09 4.10 4.11 4.12 加藤, 夏希 (2010-1). “差別語規制とメディア ちびくろサンボ問題を中心に”. リテラシー史研究 (早稲田大学) (3) . 2014年12月15日閲覧..
- ↑ 『文学界』1989年2月号