聴覚障害者
聴覚障害者(ちょうかくしょうがいしゃ)とは、聴覚に障害がある(耳が不自由な)人のことである。
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概要
聴覚障害者にはろう者(聾者)のほか、軽度難聴から高度難聴などの難聴者、成長してから聴覚を失った中途失聴者、加齢により聴力が衰える老人性難聴者が含まれる。
ろう者の定義は多義的である。一般には音声言語の基本的習得前に重度の聴覚障害をもち、補聴器の装用を行っても音がほとんど聞こえないか識別困難で、主に手話を使って生活する聴覚障害者をいう[2]。
かつては聞こえに不自由がある人を指す言葉として「つんぼ(聾)」という言葉があったが、現在では差別に当たるとして「聴覚障がい者」「耳の不自由な人(方)」という言葉に改められた。また「つんぼ」は放送禁止用語(放送問題用語)・差別用語とされ、放送や出版物などメディアでの使用の自粛が行われており、日常会話で使われることもほとんどなくなっている。しかし過去の著名な文学作品・映画の作中では用いられており、筒井康隆はこれを龍の耳と書く美しい日本語であるとしている。尚、医学的に聞こえていても言語を理解しない場合も類似的に使用されることがある。 また、現在は「障害」の「害」という漢字も差別に当たるとしてひらがなで「障がい」と表現することが増えている。
漢字の「聾」を分解すると、上記のように「龍」「耳」になることから、日本ではタツノオトシゴが聴覚障害者の象徴として使われており、全日本ろうあ連盟をはじめ、一部の聴覚障害者団体のシンボルマークに用いられている[3]。
原因
聴覚障害の原因には風疹などによる先天性と後天性がある。後者には、病気、薬の副作用(ストレプトマイシンが代表的)、点滴の副作用長期間にわたる重度騒音や頭部への衝撃、精神性ストレスによる突発性難聴、加齢などがある。一般的に、聴覚障害者は聴覚以外に身体的欠陥はないが、重複障害を持つものもある。
分類
聴覚障害のタイプには、伝音性と感音性と混合性がある。伝音性は内耳までの間の音を伝える経路に原因がある場合で、感音性は内耳から奥の聴覚神経や脳へ至る神経回路に問題がある場合である。混合性は伝音性と感音性の2つが合わさったものである。
さらに、両方の耳に同時に症状が現れる両側性難聴とどちらか一方の耳にのみ症状が現れる一側性難聴に分けられる。なお一側性難聴かつ逆側の耳が健聴の場合、日本の現行制度では難聴は存在するが障害者とはみなされない。
聴覚はセンサー機能について述べ、聴力は聞く能力について述べているといえる。つまり、ある特定の聴覚神経が欠けていると、その波長の音は聞こえない。一方、聴力は聞き取る能力が低下したりする場合にいう。大きな騒音環境にいて、一時的に聞こえの能力が低下した場合は聴力低下という。
治療、対処
医師の診断に基づき、主に言語聴覚士によって各種の検査、評価、訓練、指導がなされる。
- 発話訓練
- 生まれつき、または3~5歳までの言語機能形成期に聴覚を失ったり、聴力に低下を来した場合、発話障害を伴う場合がある。しかし、最近の聾学校では性能が発達した補聴器の装用で発話訓練を十分に行うようになっている。このため、昔は聾唖(ろうあ)・瘖唖(いんあ)と呼ばれたが、最近では発話面の障害がないことが多いため聾者(ろうしゃ)と呼ばれることが多い。ちなみに、「聾」・「瘖」は聞こえないこと、「唖」は話せないことを指す。
- 人工内耳
- 聴神経に音が伝わらない場合、内耳の中に電極を挿入して、補聴システムでとらえた音声信号を電気信号に変えて、その電極から聴覚神経へ直接伝える人工内耳が普及してきた。電極の数に制限があり、一方残存聴覚神経にも個体差があるため、電子回路で患者一人一人に合わせた信号補正を行っている。人工内耳の手術後も言語聞き取りのために訓練期間が必要になってくる。
- 補聴器
- 加齢などで聞こえの程度に不自由を生じた場合、補聴器を装用することが多い。そのような場合、特定周波数をとらえる聴覚神経が欠損している場合もあり、補聴器を装用したからといって、健康な状態へ回復するとは限らない。
聴覚障害の程度
程度による区分
聴覚障害の程度は、医学的にはデシベル(dB)で区分する。デシベルとは音圧レベルの単位であり、音の大きさが大きいほど高い値を示す。これにより健康な場合に対しどれだけ聞こえが悪くなったか(大きな音でないと聞こえないか)が示される。
dB | 聴覚障害 | 聞こえの程度 |
---|---|---|
0 | 聴者 | |
10 | ささやき声 | |
20 | ||
30 | 軽度難聴 | |
40 | 普通の会話 | |
50 | 中度難聴 | |
60 | ||
70 | 高度難聴 | 大声 |
80 | ||
90 | 怒鳴り声 | |
100 | ろう | ガード下での鉄道走行音 |
110 | 地下鉄走行音 | |
120 | ||
130 | 飛行機のエンジン音 |
両耳で70dB以上になると、身体障害者手帳を交付される。40dB前後を超えると「話すのにやや不便を感じる」レベルになる。身体障害者手帳が交付されない40~70dBの人達も含めると、聴覚障害者は全体で約600万人いると言われる。そのうち、約75%は加齢に伴う老人性難聴である。
なお、欧米の聴覚障害判定基準は40dB以上である。
<【参考】騒音(公害)の環境基準。夜間の住宅地は45dB以下。新幹線沿線住宅地は70dB以下。ただし、騒音の環境基準は、正確にはA特性の騒音レベルにより定められており、聴覚を表す音圧レベルはdBHLという単位である。>
平均聴力レベルの計算式
平均聴力レベルは次の計算式で求める。日本国内では労働災害の認定に6分法を用い、健康診断では4分法を用いる傾向が多い。日本国外では世界保健機関『難聴及び聴力低下の予防のためのプログラム (PDH)』が示す4分法を用いられる。
- 3分法
- 平均聴力レベル[math]=\frac{500Hz + 1kHz + 2kHz}{3}[/math]
- 4分法(日本)
- 平均聴力レベル[math]=\frac{500Hz + (1kHz*2) + 2kHz}{4}[/math]
- 6分法
- 平均聴力レベル[math]=\frac{500Hz + (1kHz*2) + (2kHz*2) + 4kHz}{6}[/math]
- 4分法 (PDH)
- 平均聴力レベル[math]=\frac{500Hz + 1kHz + 2kHz + 4kHz}{4}[/math]
コミュニケーション手段
手話・指文字
手話は単なる意思疎通の手段として捉えられていたが、言語脳科学での研究で音声言語と同様に左脳で理解されていることもわかるなど、音声言語と同様に高度な一言語として捉えられるようになった[4]。
手話のほか指文字もコミュニケーション手段として頻繁に使用される[5]。
筆談・空書
聴覚障害者の人は筆記用具を持ち歩いていることが多く、手話等を解さない人とは、正確を期すため筆談をすることが多い。また、「私の代わりに電話をかけていただけますか」と書かれたカードを持ち歩く人もいる。
筆記具がない場合には空間に向かって人差し指で文字を示す空書が用いられる[5]。
読話
口形や唇の形を用いたコミュケーション手段として読唇術の一種である読話がある[5]。
医療と支援
小児の聴覚障害者に対しては、聴力のみでなく言語や発達等も含めた総合的アプローチが取られる。具体的には、医師の診断に基づき、聴力確定に必要な各種の聴覚検査、補聴器のフィッティング、聴覚能言語指導、言語発達の評価が言語聴覚士によってなされる。さらに、新生児、早期乳児 に対する聴覚検査やスクリーニング検査から確定診断に至るまでの保護者の精神面に対する支援も求められている。成人においても、主に言語聴覚士によって、各種の聴覚検査をはじめとして、補聴器適合検査や人工内耳マッピング、各種の訓練やリハビリテーションがなされている。
障害者権利条約
国連では2006年に障害者権利条約が採択され2008年に発効した[6]。障害者権利条約では手話を音声言語と同レベルの言語としており、法制度でも手話を一つの言語として位置づける国が多くなっている[6]。
アメリカ合衆国
ADA
アメリカでは1990年に新法としてADA(Americans with Disabilities Act of 1990)が制定された[2]。アメリカ社会はもともと多民族・多言語・多文化社会であることから、聴覚障害についても障害(disabilities)ではなく違った能力(different abilities)と捉える認識が広まりつつある[2]。
日本
障害者基本法
2011年(平成23年)7月29日、「言語」と規定された改正障害者基本法案が参議院本会議で全会一致で可決、成立し、8月5日に公布された。この改正により、日本で初めて手話の言語性を認める法律ができた[7]。この後、2013年(平成25年)には全国で初めて鳥取県が手話は言語であることを明確に記した手話言語条例を制定[8][9][10][11][12][13][14][15][16][17]されるなど自治体でも動きが出てきている。また平成27年4月に生まれつきの聴覚障碍者として初めて議員当選した家根谷敦子が同年6月22日、明石市議会で初の手話による一般質問を行った[18][19]。
身体障害者福祉法
日本では、身体障害者福祉法によって身体障害者等級を定めている。聴覚障害の程度に応じて以下の等級の身体障害者手帳が交付される。
以下は、「身体障害者福祉法施行規則別表第5号」の「身体障害者障害程度等級表」による。
- 2級
- 両耳の聴力レベルがそれぞれ100dB以上のもの(両耳全ろう)
- 3級
- 両耳の聴力レベルが90dB以上のもの(耳介に接しなければ大声語を理解し得ないもの)
- 4級
- 両耳の聴力レベルが80dB以上のもの(耳介に接しなければ話声語を理解し得ないもの)
- 両耳による普通話声の最良の語音明瞭度が50%以下のもの
- 6級
- 両耳の聴力レベルが70dB以上のもの(40cm以上の距離で発声された会話語を理解し得ないもの)
- 一側耳の聴力レベルが90dB以上、他耳の聴力レベルが50dB以上のもの
同一の等級について2つの重複する障害がある場合は、1級上の級とする。ただし、2つの重複する障害が特に本表中に指定されているものは、該当等級とする。異なる等級について2つ以上の重複する障害がある場合については障害の程度を勘案して、当該等級より上の級とすることができる。5級および7級の欄には記載がない。
また片側のみの難聴(一側性難聴)は等級外となるため、障害があっても制度上は障害者と見なされない。
学校教育法
教育機関
2006年度までは、聾学校が聴覚障害を対象とした特殊教育諸学校として機能していたが、2007年度の特別支援学校制度の開始に伴い、「聴覚障害を教育領域とする特別支援学校」が、聴覚障害者に対する教育機関となった。かつては、聾学校教諭(専修・1種・2種)の免許状の取得が必要であった(実質的には骨抜き規定で、一般の小・中・高の免許状を取得していれば教えることが可能であった)が、特別支援学校教諭免許状の制度が開始されたことにより、同免許の「聴覚障害者に関する教育領域」とする免許に変更され、旧聾学校の免許保有者は、「聴覚障害を教育領域とする特別支援学校教諭免許状」を保有している、と読み替えられる(骨抜き規定である点は、現在も変わっていないが、正式採用後に授与されることは推奨される)。
なお、聴覚障害者に対する教育は聾教育とも呼ばれるが、学校教育法上は「聴覚障害教育」とされ、概念的には、「(心身に障害のある幼児、児童又は生徒の)教育課程及び指導法」を包括したものとなる(この場合の「心身」とは「聴覚」のことを指す)。
聴覚障害教育と教職課程
「聴覚障害を教育領域」とする免許を取得する教職課程を設置した大学は、旧養護学校免許状に相当する「知的障害者に関する教育領域」・「肢体不自由者に関する教育領域」・「病弱者(身体虚弱者を含む。)に関する教育領域」とする3教育領域とする課程設置校に比べると絶対数が少なく(ただし、視覚障害を教育領域とした免許状を取得可能な教職課程を設置している大学に比べると、その数は比較的多い)、大学通信教育でも、「聴覚障害者に関する教育領域」を定めた免許状の課程を設けているのは、全国で1校しか所在しない(当該学校では、旧養護学校相当の3領域も当然ながら取得可能で、(旧)養護学校相当3領域か、聴覚障害を加えた4領域のいずれかの取得を基本とするカリキュラムが組成されている。ちなみに、「視覚障害者に関する教育領域」を定めた課程を設置した通信制大学は皆無である)。
有名な言葉
- Blindness cuts you off from things; deafness cuts you off from people.(目が見えないことは人と物を切り離す。耳が聞こえないことは人と人を切り離す)イマヌエル・カント(ドイツの哲学者)の言葉(1910年にヘレン・ケラーが英語に訳したものが、彼女の言葉として広まってしまっている。)。
- Deaf people can do anything except hear.(ろう者は聞くこと以外は何でもできる。)キング・ジョーダン
各国の聴覚障害者
- ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン - ドイツの作曲家。
- コンスタンチン・ツィオルコフスキー - ソビエト連邦の科学者、ロケット研究者、数学教師。
- ベドルジハ・スメタナ - チェコの作曲家。
- ガブリエル・フォーレ - フランスの作曲家。
- ルイス・キャロル - 数学者、写真家、片耳中途失聴者。
- ヘレン・ケラー - 盲ろう者。
- トーマス・エジソン - アメリカの発明家、実業家。
- マーリー・マトリン - 女優
- エヴェリン・グレニー - スコットランドのパーカッション奏者・作曲家。
- ダミー・ホイ - 野球選手
- 忍足亜希子 - 女優
- 津田絵理奈 - 女優
- 大橋ひろえ - 女優、サインボーカル、ダンサー。
- 岡田絵里香 - 女優
- 泉宜秀 - 手話講師・脚本家・俳優。
- フジコ・ヘミング - ピアニスト、片耳中途失聴者。
- 石井裕也 - 野球選手。
- 的山哲也 - 元野球選手
- 今村彩子 - 映画監督
- 奥保鞏 - 軍人
- 篠原勝之 – 芸術家、タレント、片耳失聴者。嗅覚も障害を持つ。
- 矢神知樹 - 女子プロレスラー。
- 福島智 – 東京大学教授、盲ろう者。
- やなせたかし – 漫画家。アンパンマンなどで知られている。
- 小笠原恵子 - 女子プロボクサー。
- コロッケ - ものまねタレント、片耳中途失聴者。
- 浜崎あゆみ - 歌手、片耳中途失聴者。
- 山本譲二 - 歌手、片耳中途失聴者。
脚注
- ↑ 障害者に関するマークについて内閣府
- ↑ 2.0 2.1 2.2 本名信行ほか 編 『企業・大学はグローバル人材をどう育てるか』2012年。
- ↑ 全日本ろうあ連盟のマーク解説、東京都聴覚障害者連盟、兵庫県聴覚障害者協会、荒川区聴覚障害者協会のマークについて
- ↑ 本名信行ほか 編 『企業・大学はグローバル人材をどう育てるか』2012年。
- ↑ 5.0 5.1 5.2 本名信行ほか 編 『企業・大学はグローバル人材をどう育てるか』2012年。
- ↑ 6.0 6.1 本名信行ほか 編 『企業・大学はグローバル人材をどう育てるか』2012年。
- ↑ 手話の言語性 法規定なる! 障害者基本法改正案7月29日に成立、8月5日公布(2011.8 全日本ろうあ連盟)
- ↑ 鳥取県手話言語条例
- ↑ 条例の新設理由
- ↑ 手話でコミュニケーション-鳥取県手話言語条例制定-
- ↑ 鳥取県で全国初の手話言語条例が成立!
- ↑ 「手話は言語」条例、鳥取県が制定 全国初
- ↑ 町に手話が広がった―手話言語条例の鳥取県は今―
- ↑ 鳥取県が初の手話言語条例 年度内制定へ検討
- ↑ 全国初の手話言語条例、鳥取県HPに手話コーナー
- ↑ 鳥取県手話言語条例が可決・成立しました
- ↑ 手話に関する基本条例が施行されました。
- ↑ 聴覚障害の明石市議、手話で初の一般質問 通訳者が音声に
- ↑ 障害当事者の声届けたい 明石市議の家根谷さん 東京都北区議の斉藤さんら初の一般質問
関連項目
- ろう者 - 難聴者 - 中途失聴者 - 聴者 - 盲ろう者 - 片耳中途失聴者 - 中途難聴者
- コーダ (聴者) - デフファミリー
- 欠格条項
- ろう文化 - デフリンピック
- 手話 - 手話通訳 - 要約筆記 - 情報保障 - 手話ニュース
- 補聴器 - 人工内耳 - 内耳再生 - 磁気誘導ループ
- 字幕 - 文字多重放送 - クローズドキャプション - リアルタイム字幕放送 - 目で聴くテレビ
- 聴導犬
- 聴覚障害者標識
- 障害者権利条約
- 身体障害者手帳集団不正取得事件