田代照勝

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田代 照勝(たしろ てるかつ、1934年6月27日 - 2003年10月8日)は、岡山県出身のプロ野球選手プロ野球審判員。ポジションは投手

来歴・人物

南海高校出身で同級生には三宅秀史がいる。

1953年国鉄スワローズへ入団し、1958年に引退。

1959年からプロ野球審判員となり1968年まで務めた。

審判を辞めた後はうどん屋を営業していた他、一時テレビ神奈川野球解説者も務めていたが、2003年10月8日心不全のため69歳で亡くなった[1]

詳細情報

年度別投手成績

1954 国鉄 4 0 0 0 0 0 0 -- -- ---- 40 8.1 12 1 5 -- 0 5 0 0 8 5 5.00 2.10
1955 13 3 0 0 0 1 2 -- -- .333 183 43.2 46 3 9 0 1 34 1 0 19 18 3.68 1.27
1956 19 7 0 0 0 2 3 -- -- .400 233 55.2 56 2 16 2 3 31 0 0 20 18 2.89 1.30
1957 18 9 0 0 0 3 1 -- -- .750 221 54.1 45 7 15 0 1 34 0 1 22 17 2.78 1.11
1958 2 0 0 0 0 0 0 -- -- ---- 10 2.1 3 0 0 0 0 1 0 0 1 1 3.00 1.43
通算:5年 56 19 0 0 0 6 6 -- -- .500 687 164.1 162 13 45 2 5 105 1 1 70 59 3.22 1.26

背番号

  • 42 (1953年)
  • 15 (1954年 - 1957年)
  • 31 (1958年)

脚注

  1. 田代照勝氏死去 元プロ野球国鉄投手”. 共同通信. . 2003年10月9日閲覧.

関連項目