イワシ
イワシ(鰯・鰛・鰮)は、狭義には魚類ニシン目ニシン亜目の複数種の小魚の総称である。
Contents
概要
日本で「イワシ」といえば、ニシン科のマイワシとウルメイワシ、カタクチイワシ科のカタクチイワシ計3種を指し、世界的な話題ではこれらの近縁種を指す。ただし、他にも名前に「イワシ」とついた魚は数多い。古くは女房語で「むらさき」とも呼ばれる。
日本を含む世界各地で漁獲され、食用や飼料・肥料などに利用される。
分類
日本のイワシ
日本の漁獲について言う場合は、この3種を狭義の「イワシ」として扱う[1]。
世界のイワシ
しばしば、マイワシ、ウルメイワシ、カタクチイワシの近縁種がイワシに含められる[1]。マイワシ属、ウルメイワシ属、カタクチイワシ属および、マイワシ属と合わせてマイワシ類とされるサルディナ属を加えた4属の種を以下に挙げる。これらは実際上は「マイワシ」「ウルメイワシ」「カタクチイワシ」として扱われることが多い。
種の分け方には諸説ある(たとえばマイワシ属に1–2種しか認めないなど)が、ITISによった。
- マイワシ属 Sardinops
- マイワシ (Japanese pilchard) Sardinops melanostictus
- オーストラリアマイワシ (Australian pilchard) Sardinops neopilchardus
- ミナミアフリカマイワシ (southern African pilchard) Sardinops ocellatus
- カリフォルニアマイワシ (South American pilchard) Sardinops sagax (Sardinops caeruleus)
- サルディナ属 Sardina
- ニシイワシ (ヨーロッパマイワシ、European pilchard) Sardina pilchardus
- ウルメイワシ属 Etrumeus
- Etrumeus micropus
- ウルメイワシ (round herring) Etrumeus teres
- ホワイトヘッドウルメイワシ (Whitehead’s round herring) Etrumeus whiteheadi
- カタクチイワシ属 Engraulis
- アンチョイタ (アルゼンチンカタクチイワシ、Argentine anchovy) Engraulis anchoita
- オーストラリアカタクチイワシ (Australian anchovy) Engraulis australis
- モトカタクチイワシ (ヨーロッパカタクチイワシ、European anchovy) Engraulis encrasicolus
- ギンイロカタクチイワシ (silver anchovy) Engraulis eurystole
- カタクチイワシ (シコイワシ、Japanese anchovy) Engraulis japonicus
- カリフォルニアカタクチイワシ (Californian anchovy) Engraulis mordax
- アンチョベータ (ペルーカタクチイワシ、anchoveta) Engraulis ringens
英語での分類
マイワシ類、カタクチイワシ類は世界的に重要な魚である(ウルメイワシ類の重要性はやや下がる)が、これらを総称する言葉は日本語以外ではあまり見られない。
英語では、マイワシ類はニシン亜科の数属の小魚と合わせてサーディン sardine と呼ぶ。サーディンは通常「イワシ」と訳されるが、ママカリなども含む。
カタクチイワシ類は、カタクチイワシ科全体をアンチョビ anchovy と呼ぶ。アンチョビは通常「カタクチイワシ」と訳されるが、エツなども含む。
ウルメイワシはラウンドヘリング round herring と呼ぶ。なお、単なるヘリングherring はニシン属のことである。
特徴
海水魚で、沿岸性の回遊魚である。遊泳能力が高く、群れで行動する。
全長は成魚で10cm–30cmほどである
プランクトン食で、微小な歯がある。
体は細長く、断面は円筒形ないしやや側扁(縦長)。背が青く、腹が白い。赤身の青魚である。鱗が剥がれやすい。
名称
「イワシ」の語源については各説ある。陸に揚げるとすぐに弱って腐りやすい魚であることから「よわし」から変化したとの説(漢字の「鰯」がこれに由来したとする)のほか、「賎し」や貴族の食べ物ではない卑しい魚という意味で「いやし」に由来するとの説など諸説ある[2]。
藤原京、平城京出土の木簡には「伊委之」、「伊和志」の文字があり、鰯(日本で作られた漢字、国字)の最も古い使用例は、長屋王(684年?〜729年)邸宅跡から出土した木簡である[3]。
イワシを意味する漢字の「鰯」は国字であるが、中国で使用されることもある。中国語でイワシはおもに「鰮魚」もしくは英語の sardine を音訳した「沙丁魚」「撒丁魚」などと表記される。その他、ロシア語のイヴァシー (иваси) も日本語からの借用である。
利用
食用
イワシは、海に隣接する領域をもつほとんどの文化において主要な蛋白源の一つである。日本では刺身、塩焼き、フライ、天ぷら、酢の物、煮付けなどにして食用とする[4]。稚魚や幼魚はちりめんじゃこ(しらす干し)、釜あげ(釜あげしらす)や煮干しの材料になる。欧米でも塩焼き、酢漬け、油漬け、缶詰(アンチョビ)などで食用にされる。水揚げ後は傷みやすいので、干物各種・缶詰・つみれなどの加工品として流通することが多い。
栄養面では、DHAやEPAなどの不飽和脂肪酸を豊富に含む。CoQ10も含まれる。その一方でプリン体も多量に含むため、高尿酸血症(痛風)の患者やその傾向にある者は摂取を控えるように言われることもある。
食用以外
食用以外にも魚油の採取、養殖魚や家畜の飼料、肥料などの用途がある。
漁業
魚種交替
イワシは漁獲量が比較的多く、日本では伝統的に大衆魚に位置付けられる。しかしイワシの仲間は長期的に資源量の増減を繰り返し、マイワシは1988年をピークに漁獲が減少し、値段が高騰した[5]。一方でアメリカ西海岸では漁獲高が上がり、またカタクチイワシの漁獲高も増えている。
年次 | マイワシ | ウルメイワシ | カタクチイワシ |
---|---|---|---|
1955 | 211 | 66 | 392 |
1965 | 9 | 29 | 406 |
1975 | 526 | 44 | 245 |
1985 | 3866 | 30 | 206 |
1995 | 661 | 48 | 252 |
2005 | 28 | 35 | 349 |
このようなイワシ資源変動の原因については諸説があるが、基本的に長期的に資源量に変化があるものであり、乱獲やクジラなどの海洋生物の捕食によるものではなく[7]、長期的な気候変動とそれに伴うプランクトンの増減によるということが今日では通説となっている。
日本のおもな陸揚げ漁港
2002年度
世界の漁獲量
順位 | 分類 | 和名 | 英名 | 学名 | 千トン |
---|---|---|---|---|---|
1 | カタクチイワシ類 | アンチョベータ | anchoveta | Engraulis ringens | 10215 |
8 | カタクチイワシ類 | カタクチイワシ | Japanese anchovy | Engraulis japonicus | 1639 |
11 | マイワシ類 | ニシイワシ | European pilchard | Sardina pilchardus | 1069 |
17 | マイワシ類 | カリフォルニアマイワシ | South American pilchard | Sardinops sagax | 635 |
28 | カタクチイワシ類 | モトカタクチイワシ | European anchovy | Engraulis encrasicolus | 381 |
46 | カタクチイワシ類 | ミナミアフリカカタクチイワシ | southern African anchovy | Engraulis capensis | 286 |
48 | マイワシ類 | ミナミアフリカマイワシ | southern African pilchard | Sardinops ocellatus | 274 |
57 | マイワシ類 | マイワシ | Japanese pilchard | Sardinops melanostictus | 213 |
世界的にはカタクチイワシ類の漁獲が非常に多く、日本産の種でもカタクチイワシが最も多い。
ウルメイワシ類は15万トン以下(71位より下)で、種別の統計に表れていない。なお、ミナミアフリカカタクチイワシはモトカタクチイワシと同種とされることが多い。
広義のイワシ
和名に「イワシ」と付く魚はマイワシ、ウルメイワシ、カタクチイワシ以外にも多い。さまざまな小魚の海水魚に名づけられており、生態や特徴などには共通点は薄い。日本以外の言語圏ではイワシの仲間とはみなされていない。
トウゴロウイワシやカライワシなどはイワシに似た沿岸魚だが、オキイワシは外洋を遊泳する大型魚、イトヒキイワシ・ハダカイワシ・セキトリイワシなどは深海魚である。
なお、以下で「全種」とあるのは、一般的な和名がついている種のほぼ全て、ということである。
- ニシン目
- カライワシ目
- ソトイワシ目
- トウゴロウイワシ目
- ニギス目
- セキトリイワシ科 Alepocephalidae - ウケグチイワシ、オニイワシ、クログチイワシ、セキトリイワシ、ソコノコギリイワシ、ツブイワシ、ナメライワシ、ハゲイワシ、ヒレナガイワシ など (全種)
- ソコイワシ科 Bathylagidae - ギンソコイワシ、クロソコイワシ、ソコイワシ、トガリイチモンジイワシ、ネッタイソコイワシ、ヤセソコイワシ など (全種)
- ニギス科 Argentinidae - イチモンジイワシ
- ハナメイワシ科 Platytroctidae - カンタイハナメイワシ、コノハイワシ、ネッタイハナメイワシ、ハナメイワシ、マウルイワシ など (全種)
- ミクロストマ科 Microstomatidae - ギンサケイワシ、クロサケイワシ (全種)
- ハダカイワシ目
- ソトオリイワシ科 Neoscopelidae - ソトオリイワシ、クロゴイワシ など (全種)
- ハダカイワシ科 Myctophidae - オオクチイワシ、カガミイワシ、ハダカイワシ
- ヒメ目
文化
- 鬼は七輪で鰯を焼く煙と臭気を恐れるといい、西日本には節分に鰯の焼き魚を食べる「節分いわし」の風習がある。焼いたイワシの頭はヒイラギの枝とともに「柊鰯」の飾り物にして、門口に掲げておく。また、「鰯の頭も信心から」(つまらないものでも、信仰の対象となれば有り難いと思われるようになるというたとえ。)ということわざがあり、これはかるたの一枚となっている。
- スペインの謝肉祭では、灰の水曜日に「鰯の埋葬(Entierro de la sardina)」と呼ばれる行事が行われる[8]。いわれに関しては諸説あり、マドリードではもともと豚の肉(サルディーナ)をカーニバル男に見立てて葬っていたが、名前にひかれて鰯(サルディーナ)を穴に埋めるようになった。現在、マドリードでは鰯の埋葬は廃れた行事となっているが、ムルシアなどスペイン各所で、さまざまな形で存続している。
脚注
- ↑ 1.0 1.1 浅見忠彦「イワシ」 - Yahoo!百科事典
- ↑ フリーランス雑学ライダーズ編『あて字のおもしろ雑学』 p.48 1988年 永岡書店
- ↑ 神奈川水総研 おさかな情報 さかなのあれこれ 鰯の漢字と地方名
- ↑ 北陸では「こんかいわし」(「小糠/粉糠鰯」)という、頭と内臓を取り除いたイワシを塩漬けにして、米ぬかと塩、赤唐辛子で1年以上漬け込んだ保存食がある。
- ↑ “MONO TRENDY「イワシは大衆魚か高級魚か 日本近海の水温が左右」”. 日経電子版. . 2013年6月25日閲覧.
- ↑ 理科年表平成20年版より
- ↑ 一部に1988年の捕鯨停止による鯨類の増加を減少要因とする意見もあるが、捕鯨禁止以前の時期にも漁獲量が少ない時期があり、捕鯨とイワシの漁獲量の相関関係を見出す事はできない。他の繁殖力が高い動物(レミング、サバクトビバッタ他)にも大繁殖と減少を繰り返す習性がある。
- ↑ 黒田悦子『スペインの民俗文化』<平凡社選書> 平凡社 1992年 第2刷、ISBN 4582841406 pp.213-215,265.
参考文献
- 檜山義夫監修『野外観察図鑑4 魚』改訂版 旺文社 ISBN 4-01-072424-2
- 岡村収監修 山渓カラー名鑑『日本の海水魚』 ISBN 4-635-09027-2
- 浅見忠彦、イワシ類の卵巣卵に關する研究 日本水産学会誌 Vol.19 (1953-1954) No.4 P.398-404, doi:10.2331/suisan.19.398