「24時間テレビ 「愛は地球を救う」」の版間の差分
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[[1978年]]、「'''愛は地球を救う'''」をキャッチフレーズとして、日本各地で[[チャリティー]]キャンペーン活動を行う番組として誕生した。年末年始や緊急時などを除いて、通常の放送を休止し[[特別番組]]を終夜放送<ref>当時、終夜放送は緊急時(大規模な[[地震]]、[[台風]]などの自然災害や、[[戦争]]・[[紛争]]、交通[[ストライキ]]など)、ならびに[[近代オリンピック]]のうち、時差の関係で日本時間の深夜に開催されるヨーロッパ・アフリカやアメリカ大陸で開催する場合を除いて行われていなかった。第1回でスタジオ総合司会を務めた巨泉は、「これから24時間、今までやっていた通常の放送をすべてお休みにして、全く白紙に戻して、テレビが一体何ができるのかやってみたい。地球に住む我々が一体何が幸せかをかみしめたい。世の中にいる社会的弱者がテレビを通して役立つかどうか。テレビを通してチャリティーをやりたい」とのスピーチ([https://www.youtube.com/watch?v=_OaXfOJMDAw 24時間テレビ(第1回 (1978))オープニング冒頭部分])をしている。</ref> することは当時としては画期的な企画であり、[[福祉]]をテーマにしたことから実現可能であった。 | [[1978年]]、「'''愛は地球を救う'''」をキャッチフレーズとして、日本各地で[[チャリティー]]キャンペーン活動を行う番組として誕生した。年末年始や緊急時などを除いて、通常の放送を休止し[[特別番組]]を終夜放送<ref>当時、終夜放送は緊急時(大規模な[[地震]]、[[台風]]などの自然災害や、[[戦争]]・[[紛争]]、交通[[ストライキ]]など)、ならびに[[近代オリンピック]]のうち、時差の関係で日本時間の深夜に開催されるヨーロッパ・アフリカやアメリカ大陸で開催する場合を除いて行われていなかった。第1回でスタジオ総合司会を務めた巨泉は、「これから24時間、今までやっていた通常の放送をすべてお休みにして、全く白紙に戻して、テレビが一体何ができるのかやってみたい。地球に住む我々が一体何が幸せかをかみしめたい。世の中にいる社会的弱者がテレビを通して役立つかどうか。テレビを通してチャリティーをやりたい」とのスピーチ([https://www.youtube.com/watch?v=_OaXfOJMDAw 24時間テレビ(第1回 (1978))オープニング冒頭部分])をしている。</ref> することは当時としては画期的な企画であり、[[福祉]]をテーマにしたことから実現可能であった。 | ||
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[[徳光和夫]]は1978年の番組開始以来全ての回に出演している。第3回([[1980年]])から第33回([[2010年]])まで31年連続で総合司会を務めた<ref>第1回([[1978年]])はグランドフィナーレ([[代々木公園]])の進行、第2回([[1979年]])はチャリティーパーソナリティー、第34回([[2011年]])はチャリティーマラソンランナー、第35回([[2012年]])以後はスペシャルサポーターとして参加している。</ref>。 | [[徳光和夫]]は1978年の番組開始以来全ての回に出演している。第3回([[1980年]])から第33回([[2010年]])まで31年連続で総合司会を務めた<ref>第1回([[1978年]])はグランドフィナーレ([[代々木公園]])の進行、第2回([[1979年]])はチャリティーパーソナリティー、第34回([[2011年]])はチャリティーマラソンランナー、第35回([[2012年]])以後はスペシャルサポーターとして参加している。</ref>。 | ||
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2018/8/31/ (金) 21:59時点における版
『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』(にじゅうよじかんテレビ あいはちきゅうをすくう、英: 24HOUR TELEVISION "LOVE SAVES THE EARTH")
1978年から毎年8月下旬[1] の土曜から日曜にかけて生放送されている日本のチャリティー番組。通称『24時間テレビ』、『24HTV』。
日本テレビ系列(NNN・NNS)30社[2] に沖縄テレビ(フジテレビ系列)[3] を加えた民間放送局31社が共同で主催している。
概要
1978年、「愛は地球を救う」をキャッチフレーズとして、日本各地でチャリティーキャンペーン活動を行う番組として誕生した。年末年始や緊急時などを除いて、通常の放送を休止し特別番組を終夜放送[4] することは当時としては画期的な企画であり、福祉をテーマにしたことから実現可能であった。
視聴者から寄せられた寄付を、国内外の福祉・環境保護・災害復興の支援に役立てる事を目的とした番組であり「本当の主役は(テレビの前の)あなたです」を謳い文句にしている。このキャッチフレーズは2000年代初頭までエンディングで表記されていた[5]。
番組のイメージカラーは黄色。番組のシンボルマークは久里洋二が制作。赤色・黄色・緑色のグラデーションで色付けされた太陽と軌道上を周回する地球をデザインしたものである[6]。
毎年8月下旬の土曜日夜から日曜日夜まで生放送されている(8月最終週の週末に放送されることが多い)。第1回(1978年)の放送時間は土曜日20:00 - 日曜日20:00であり、文字通り「24時間」であったが、その後24時間半→25時間→25時間半と次第に長くなり、第25回(2002年)以降は原則として土曜日18:30 - 日曜日20:54と26時間半に亘って放送されている[7]。
番組内容は毎年設定されるメインテーマに基づき、健常者のみならず、障害者や被災者、難病患者などにも着目し、チャリティーマラソンやドラマスペシャル、ドキュメンタリー、チャレンジ企画などを中心に構成されている。番組内では出演者が応援ソングを歌う場面があり、使用される楽曲は毎年40曲前後にも上る。
メイン会場として日本武道館が使用されているほか、日産グローバル本社ギャラリーや系列各局のイベント会場では、チャリティーオークションなどのチャリティーイベントが開催される。
徳光和夫は1978年の番組開始以来全ての回に出演している。第3回(1980年)から第33回(2010年)まで31年連続で総合司会を務めた[8]。
外部リンク
- 24時間テレビ 「愛は地球を救う」 - 番組公式サイト
- 公益社団法人24時間テレビチャリティー委員会 - 公式サイト
- ↑ 第14回(1991年)のみ7月下旬に実施された。
- ↑ テレビ宮崎はNNSには非加盟。
- ↑ 沖縄県には日本テレビ系列局が無いため、唯一フジテレビ系列のシングルネット局による参加となっている。
- ↑ 当時、終夜放送は緊急時(大規模な地震、台風などの自然災害や、戦争・紛争、交通ストライキなど)、ならびに近代オリンピックのうち、時差の関係で日本時間の深夜に開催されるヨーロッパ・アフリカやアメリカ大陸で開催する場合を除いて行われていなかった。第1回でスタジオ総合司会を務めた巨泉は、「これから24時間、今までやっていた通常の放送をすべてお休みにして、全く白紙に戻して、テレビが一体何ができるのかやってみたい。地球に住む我々が一体何が幸せかをかみしめたい。世の中にいる社会的弱者がテレビを通して役立つかどうか。テレビを通してチャリティーをやりたい」とのスピーチ(24時間テレビ(第1回 (1978))オープニング冒頭部分)をしている。
- ↑ 第15回(1992年)・第16回(1993年)は、当時日本テレビのキャッチフレーズだった「みんなのなかに、私はいます。」が使われた。
- ↑ しかし、番組スタッフはこれを地球と月と勘違いし、社内では「地球マーク」と呼ばれていた。
- ↑ 土曜日19:45 - 日曜日21:34に放送された第27回(2004年)と土曜日18:30 - 日曜日21:09に放送された第35回(2012年)は除く。
- ↑ 第1回(1978年)はグランドフィナーレ(代々木公園)の進行、第2回(1979年)はチャリティーパーソナリティー、第34回(2011年)はチャリティーマラソンランナー、第35回(2012年)以後はスペシャルサポーターとして参加している。