悪夢

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悪夢(あくむ)とは、眠る時に見る嫌な。もしくは、悪い夢のこと。また比喩表現として、この世のものとは思えない程の悲惨な光景のことを指す場合もある。

現実で凄惨な物を見たり、体験したり、それが原因でPTSDなどになると、夢で何度もそれを体験することがあり[1]、新たな病気に発展することがある。

古くから見られる現象で、小説絵画映画などの芸術の題材としても多数取り上げられている。何らかの精神的なショックや、心理的なトラウマによって引き起こされる場合が多い。悪夢に関する生き物も数多く作られてきた。

心の浄化作用としての悪夢

夢を観る事によって、気持ちが多少なりともすっきりするという浄化作用が起こるという点があり、これは怖い夢や悲しい夢といった悪夢でも、それなりの効用があるとされる[2]。昼間の思い出したくない出来事を解消するため、いわば現実の反動によって悪夢=浄化作用が生じるというのは、通常の悪夢の場合であり、PTSDなどの原因で観るケースは例外とされる。そのため、通常の悪夢は心の健康維持に役立っている(自動的な健康管理)とさえいえ、必ずしも健康的害ではないという。

心的外傷後ストレス障害(PTSD)による悪夢

神経科学者によれば、強烈な恐怖の瞬間は、情動の神経回路に記憶としてくっきり刻まれると考えられている。集団で事件に会った子供の場合は、自分も間もなく死ぬのではないかといった不安をかきたてるような夢を見たり、夢を観るのが恐くて目を見開いたまま寝ようとするなどの変化が見られ、精神科医の間では心的外傷後ストレス障害(PTSD)の典型的な症状として知られている[1]

PTSDでの悪夢は「再体験症状」といい、トラウマとなった不快で苦痛な出来事がフラッシュバックとして夢の中に繰り返し現れることである。このような症状が1ヶ月以上続けばPTSDと診断される[3]

思弁的ではあるが、精神分析学者のジグムント・フロイトは憎むべき不快なはずである体験を反復再現させる戦争神経症(シェル・ショック)の悪夢について、「反復強迫(ヴィーダホールングスツバンク)」と名付けている[4]戦闘ストレス反応も参照)。ただ、「死の衝動」(死の本能)はあくまで彼の仮説である。

治療

PTSDによる悪夢の場合、PTSDそのものを治療することが重要である(治療法については、「PTSD#治療」を参照)。

薬物療法

PTSDにより出現する悪夢に対する治療法として、薬剤を用いた治療が行われる場合がある[5]

非薬物療法

PTSDにより出現する悪夢に対する精神療法として、認知行動療法を基盤とする介入がいくつか存在する(Imagery Rehearsal Therapy、Imagery Rescripting、Exposure, Relaxation and Rescripting Therapyなど)[5]。どの介入法にも共通する内容は、以下の三点である[5]

  1. 睡眠に関する心理教育
  2. 夢の内容や変えたい内容を書き記す(具体的に悪夢のストーリーを書き出し、それを変えて新たなストーリーを記載するなど)
  3. 新しい夢の内容を日々練習する(就寝前に新しい夢のストーリーやイメージをリハーサルするなど)

この治療法は、不眠症に対する認知行動療法(CBTI; Cognitive Behavioral Therapy for Insomnia。「不眠症#認知行動療法」も参照)と組み合わせて用いられることもある[5]。CBTIの主な内容としては、睡眠制限(就寝を無理に早めない)、刺激統制(睡眠を取ること以外に布団・ベッドを利用しない)、睡眠衛生の心理教育(「睡眠衛生」を参照)などがあげられる[5]

また、漸進的筋弛緩法などの、リラクセーション法が用いられる場合もある[5]

薬剤の副作用による悪夢

主にβブロッカーの精神神経系副作用として悪夢が多いと報告されているが、メカニズムは明らかになっていない。

添付文書に悪夢の副作用が記載されている薬剤は以下の通りである。

βブロッカー
抗パーキンソン薬
抗アレルギー薬
向精神薬
その他

ストレスによる悪夢

大きなストレスを与える出来事や日常生活のストレスが悪夢に先行する場合がある[7]。その場合治療者は、ストレスを解消できるよう(「ストレス管理」「ストレス#対処」も参照)、患者をサポートする[7]

独立した精神障害としての悪夢

他の身体・精神疾患という特定できる理由がないにも関わらず悪夢が高い頻度で生じて重大な障害を及ぼしている場合はDSM-5にて悪夢障害(あくむしょうがい英語: Nightmare Disorder)という睡眠障害の一種と見なされている[8]。ICD-9では「他の非器質性睡眠障害」の一つとされていたがICD-10で独立した診断名となった。

一生に観る悪夢の時間

人間が一生に観る夢は総じて6年間という研究結果もある[9]。つまり、一生で観る夢の半分が悪夢だったとしても3年前後であり、仮に全て悪夢だったとしても6年前後ということになる。人類全体の平均寿命を60代にしても、人生の10%に満たず、夢の半分を悪夢としても人生の5%前後である。

映画
テレビドラマ
詩・小説
ゲーム

悪夢を観させる存在の伝承

  • エムプーサ:ギリシャ神話に登場する夢魔。
  • ハッグ:イギリスの伝承に登場する怪しい老婆。
  • 臨月天光:為永春水の随筆『閑窓瑣談』によれば、悪夢除けのまじないとして、「臨月天光と三度呼ぶ」ことと記されており、悪夢をもたらす鬼神の名とみられ、悪夢を見せた正体の名をとなえることで見破り、吉夢に転換させる意味があったものと考えられる[10]
  • 牛頭馬頭:地獄の使者。厳密には悪夢を見せる能力はないが、『平家物語』の記述において、平清盛の危篤時に二位殿が観た凶夢として登場し、清盛の悪行が酷い為、閻魔庁から邸宅へ迎えに来た旨の話をし、それ自体が悪夢として登場する存在である語りとなっている。

備考

  • 古代日本において悪夢の語意に該当する言葉は、「寝怖(ねおび)る」(恐ろしい夢を見ておびえる)がこれに当たり、『源氏物語』(若紫若菜)にも記述がみられる(寝怖れて泣きじゃくる)。

脚注

  1. 1.0 1.1 ダニエル・ゴールマン著 土屋京子[訳] 『EQ こころの知能指数』 講談社 1996年 ISBN 4-06-208048-6 p.306、いくつか症例を記している。ユダヤ人のホロコーストを生き延びた人々の証言では、半世紀が経ってもPTSD症状の十人中八人が繰り返し悪夢にうなされ、1人は、「アウシュビッツを生き延びて、それでも悪夢を見ないなら、それは人間としてノーマルではありません」と語っている(同書、p.308)。
  2. 渋谷昌三 『3分でわかる心理学 知ってるだけでトクをする!』 大和書房 2005年 ISBN 4-479-79125-6 pp.18 - 19
  3. 貝谷久宣 『よくわかるパニック障害・PTSD―突然の発作と強い不安から、自分の生活をとり戻す』 主婦の友社、2012年。ISBN 9784072816776。
  4. 中野好夫 『人間の死にかた』 新潮選書 9刷1972年 p.135
  5. 5.0 5.1 5.2 5.3 5.4 5.5 大江 美佐里・内村 直尚 (2014). 心的外傷後ストレス障害の悪夢に対するイメージを利用した治療――展望と今後の課題――. 九州神経精神医学, 60, 92-96.
  6. Pharmacist.com 『悪夢を発現する薬剤』[1]
  7. 7.0 7.1 松田 英子 (2012). 睡眠障害に対する行動医学的・心理学的支援の動向. 江戸川大学紀要, 22, 51-57.
  8. 高橋三郎、大野裕、染矢俊幸、神庭重信、尾崎紀夫、三村將、村井佼哉「DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル」、『医学書院』、日本精神神経学会2014年、 397頁。
  9. 参考・ディスカバリーHVチャンネル『ザッ・人体:脳と記憶』番組内解説を一部参考。
  10. 『呪術の本 禁断の呪詛法と闇の力の血脈』 学研 2003年 ISBN 4-05-602951-2 p.193。日本の説話形式の一つに、「化け物問答」があり、正体を見破ることにより、危機を逃れるという流れの派生(例として、化け蟹)。

関連項目