大飯郡
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大飯郡(おおいぐん)は、福井県(若狭国)の郡。若西(じゃくせい)とも呼ばれる。
人口18,445人、面積284.59km²、人口密度64.8人/km²。(2018年4月1日、推計人口)
以下の2町を含む。
Contents
郡域
1878年(明治11年)に行政区画として発足した当時の郡域は、下記の区域にあたる。
- 高浜町の全域
- おおい町の一部(名田庄各町を除く)
- 小浜市の一部(鯉川・岡津・加斗・飯盛・西勢・東勢)
歴史
- 天長2年7月10日(825年7月28日) - 若狭国遠敷郡を割いて大飯郡を建てた[1]。当初は「おほいた」と読まれた。この郡名は統治を管轄していた役所「大炊寮」の諸司田に由来すると言われ、大分郡とは由来を異にする。
近世以降の沿革
- 日置村、青村、上津村、横津海村、関屋村、蒜畠村、六路谷村、高野村、今寺村、小和田村、高屋村、中山村、難波江村、小黒飯村、神野村、神野浦、音海村、上瀬村、日引村、宮尾村、下村、下鎌倉村、上鎌倉村、山中村、下車持村、上車持村、馬居寺村、和田村、岩神村、薗部村、笠原村、子生村、坂田村、立石村、畑村、鐘寄村、中津海村、三松村、高浜村、東勢村、西勢村、飯盛村、本所村、岡津村、鯉川村、長井村、大島村、尾内村、上下村、市場村、下薗村、山田村、芝崎村、岡田村、小堀村、犬見村、野尻村、父子村、万願寺村、広岡村、神崎村、岡安村、笹谷村、鹿野村、小車田村、佐畑村、石山村、福谷村、川関村、安井村、久保村、三森村、川上村
- 明治4年
- 明治8年(1876年)
- 明治12年(1879年)(69村)
- 明治14年(1881年)2月7日 - 福井県の管轄となる。
- 明治15年(1882年) - 三松村が分割して東三松村・西三松村となる。(70村)
町村制以降の沿革
- 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。(8村)
- 高浜村 ← 中津海村、鐘寄村、畑村、立石村、高浜村[2]、薗部村、岩神村、笠原村、子生村、坂田村(現・高浜町)
- 内浦村 ← 上瀬村、日引村、宮尾村、下村、鎌倉村、山中村、神野村、神野浦、難波江村、小黒飯村、音海村(現・高浜町)
- 青郷村 ← 上津村、六路谷村、蒜畠村、今寺村、高野村、中山村、高屋村、小和田村、関屋村、横津海村、青村、日置村、東三松村、西三松村(現・高浜町)
- 和田村 ← 和田村、馬居寺村、上車持村、下車持村(現・高浜町)
- 佐分利村 ← 川上村、三森村、久保村、安川村、福谷村、石山村、小車田村、佐畑村、鹿野村、笹谷村、神崎村、岡安村、広岡村、万願寺村(現・おおい町)
- 本郷村 ← 本郷村、小堀村、岡田村、父子村、野尻村、芝崎村、山田村、尾内村、犬見村(現・おおい町)
- 加斗村 ← 長井村(現・おおい町)、鯉川村、岡津村、本所村、飯盛村、西勢村、東勢村(現・小浜市)
- 大島村(単独村制。現・おおい町)
- 明治24年(1891年)4月1日 - 郡制を施行。
- 明治45年(1912年)4月1日 - 高浜村が町制施行して高浜町となる。(1町7村)
- 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
- 大正15年(1926年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
- 昭和10年(1935年)時点での当郡の面積は160.30平方km、人口は17,560人(男8,529人・女9,031人)[3]。
- 昭和30年(1955年)
- 平成18年(2006年)3月3日 - 大飯町が遠敷郡名田庄村と合併しておおい町が発足。(2町)
変遷表
"「嶺南#沿革」"
脚注
参考文献
- 角川日本地名大辞典 18 福井県
- 旧高旧領取調帳データベース
関連項目
先代: 遠敷郡 |
行政区の変遷 825年 - |
次代: (現存) |