愛媛オレンジバイキングス
愛媛オレンジバイキングス Ehime Orange Vikings | |
---|---|
愛称 | バイキングス・愛媛OV |
所属リーグ | B.LEAGUE |
カンファレンス | B2 西地区 |
創設年 | 2005年 |
チーム史 |
2005-2014 大分ヒートデビルズ |
本拠地 | 愛媛県 |
アリーナ |
松山市総合コミュニティセンター 愛媛県総合運動公園体育館 |
チームカラー | オレンジ |
運営法人 | ㈱エヒメスポーツエンターテイメント |
代表者 | 河原成紀 |
ヘッドコーチ | リチャード・グレスマン |
公式サイト | http://www.orangevikings.jp/ |
ユニフォーム | |
テンプレート:Basketball kit home and away |
愛媛オレンジバイキングス(えひめオレンジバイキングス 英語: Ehime OrangeVikings)は、愛媛県を本拠地とし、B.LEAGUEに所属するプロバスケットボールチームである。運営母体は愛媛県松山市のエヒメスポーツエンターテインメント[1][注 1]
bjリーグ初年度の2005-06シーズンに大分県をホームタウンとする大分ヒートデビルズとして誕生。2015-16シーズンのみ大分県と愛媛県のダブルフランチャイズ制となり、大分・愛媛ヒートデビルズに変更した。2016-17シーズンよりホームタウンは愛媛県のみとなり、現クラブ名に変更した[PR 2]。
概要
チーム名の「オレンジバイキングス」は愛媛県の代表的な農産物であるみかんと、瀬戸内海の水軍に由来する。チームカラーもオレンジ。チアダンスチームは「オレンジヴィーナス」
2015-16シーズンまでの「ヒートデビルズ」は、別府市の別府温泉の「熱」とファン(ブースター)の熱気、有名な観光スポット「別府地獄めぐり」の「地獄」の番人「閻魔様」ならぬ、鬼=「デビル」をイメージした造語。チームカラーは大分県の県鳥・メジロや特産品のカボスをイメージした「グリーン」(2013-14シーズンより)。大分と愛媛のダブルフランチャイズとなった2015-16シーズンはグリーンに加えて、「オレンジ」も使用しており、大分県内のホームゲームではグリーン、愛媛県内ではオレンジを基調としたユニフォームを着用していた。チームのマスコットキャラクター「DeeDee君(ディーディー君)」は、赤鬼の姿をしている。DeeDee君のほかに、全身黒タイツに身を包んだ謎のキャラクター「Mr.D」がいる。チアダンスチームは「デビルガールズ」。
チームカラー
- 2005-06シーズン〜2008-09シーズン
- デビルズブルー、 黒、 赤
- 2009-10シーズン〜2012-13シーズン
- 黒、 白
- 2013-14シーズン〜
- 緑
- 2015-16シーズン〜
- 緑、 橙
- 2016-17シーズン〜
- 橙
ユニフォームスポンサー
過去のユニフォームスポンサー
- 株式会社 O-RID(ユニフォーム)
- 株式会社日田天領水(胸)
- 大分みらい信用金庫(パンツ)
- 株式会社エーワン(パンツ)
- B-Con Plaza(パンツ)
- みやこプロジェクト(パンツ)
- 大分県(「おんせん県おおいた」キャンペーンロゴ・ユニフォーム胸。資金提供はなし)
- 菅公学生服(ユニフォーム表記は「KANKO」・ユニフォーム背中)
ユニフォームサプライの遍歴
- 2005〜 OZAKI(尾崎商事)※現:菅公学生服
- 2013-2014〜 KANKO
- 2015〜 PENALTY
- 2016 ブル・ファイト
ホームゲームアリーナ
ヒートデビルズ時代の(ただし2013-14シーズン以降はビーコンプラザでの開催はない)。この他、大分県立総合体育館、佐伯市総合体育館、コンパルホール多目的ホール、かんぽの郷宇佐体育館、日田市総合体育館、中津市総合体育館・ダイハツ九州アリーナ、大原総合体育館(豊後大野市三重町)、杵築市文化体育館でも主管試合を行っている。2015-16シーズンの愛媛開催は伊予市しおさい体育館、宇和島市総合体育館、伊予三島運動公園体育館などを使用したが、松山市での開催はなかった。
オレンジバイキングス初年度のホームゲームは松山市の松山市総合コミュニティセンター、愛媛県総合運動公園体育館を中心として愛媛県内全域で開催される。会場別試合数は次の通りで2016-17年度は松山市の2会場で半数を開催、残りを県内4市で行った。2シーズン目は2017年10月に国民体育大会が行われる都合上、県総合運動公園での試合がなくなり、松山市内での開催はコミュセン1か所となった。
年度 | 参加クラス | 全体の ホームゲーム数 |
松山市内 | その他 | |
コミセン | 県総合 | ||||
2016-17 | B2 | 30 | 8 | 8 | 伊予 6 伊予三島 2 宇和島 4 大洲2 |
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2017-18 | 20 | 0 | 宇和島 4 伊予 2 伊予三島 4 |
- ※会場凡例
- コミセン - 松山市総合コミュニティーセンターメインアリーナ
- 県総合 - 愛媛県総合運動公園体育館
- 伊予 - 伊予市民体育館
- 伊予三島 - 伊予三島総合運動公園体育館
- 宇和島 - 宇和島市総合体育館
- 大洲 - 大洲市総合体育館
アリーナでの演出
- ヒートデビルズ時代のスタジアムDJはMC MAX(愛媛開催除く)、彼は大分県内の他のスポーツチーム(JFL・ヴェルスパ大分(前HOYO大分)、Jリーグ・大分トリニータのMCも務める)。かつて大分ヒートデビルズに在籍していた相手チームの選手を大き目の声で紹介していた。また、選手がゴールを決めると、選手が事前にリクエストした曲を流していた。例えば、鈴木裕紀がゴールを決めた場合DJ OZMA「純情 〜スンジョン〜」を流す。
歴史
bjリーグ
2005-06シーズン
大分県を本拠とする大分ヒートデビルズとして発足。初年度の2005-06シーズン、ヒートデビルズの布陣ではセンターのヒューズやフォワードのハートマンらが高さのあるフロントラインを構成していた。長距離シュートを得意とするホプキンスもチームの得点源。フォワードの栗野はドラフトで全体1位指名を受けて入団した。
シーズン前半はチーム成績が低迷し、ヘッドコーチのジョワン・オールドハムがシーズン途中で解雇された。代わってアシスタントコーチだった桶谷大がヘッドコーチ代行に就任した。以降はチーム成績が上向いたものの最終的には15勝25敗と4位の仙台89ERSと3ゲーム差がつき、プレイオフ出場を逃した。ガードの鈴木裕紀はスリーポイントシュートの成功率でリーグ首位に立ち、ベスト5に選ばれた。
2006-07シーズン
アンディー・エリスやクリス・エアーといったビッグマンを揃えつつも、ボールを持ったら相手陣内に入って得点を狙う走るバスケを展開している。ゲーム終盤に息切れし、相手に大量失点を許す試合が多かったが、桶谷ヘッドコーチの下、レギュラーシーズン4位でプレイオフ進出を果たす。
プレイオフ・1stラウンド(セミファイナル)では大阪エヴェッサに敗れるも63-69と大健闘を見せ、3位決定戦で新潟アルビレックスBBを下しシーズン3位となった。
2007-08シーズン
シーズンを前にエクソンモービルの元会長、ローレンス・ロールの長男で個人投資家であるビンス・ロールが資本参加。増資した3048株(1株5万円)のうち1700株を取得。発行済み株式(3918株)における持ち株比率は43.4%となり、1816株(46.4%)を所有する矢野裕史社長に次ぐ大株主となる。外国資本による日本国内のプロスポーツチームへの直接出資は初めてとなる。
シーズンは新規参入の琉球ゴールデンキングス、ライジング福岡に初勝利を献上するなど、苦戦を強いられる。大阪、高松が上位争いをしている間に、福岡とのプレイオフワイルドカード争いに巻き込まれる。大分は一時は大きく突き放すが、終盤に失速。福岡が3位でプレイオフワイルドカード争いの座を得た。福岡は高松にも勝ち、ファイナル4に進出した。シーズン終了後、2007-08シーズン終了まで契約を結んでいたヘッドコーチの桶谷大が成績不振と本人の希望により、解任が決定した。
2008-09シーズン
このシーズンから国体の成年バスケットボール競技にbj選手にも出場が認められることになり、2008年の大分国体に与那嶺、君塚、佐藤博紀の3選手がbj選手として初めて出場した。結果は1回戦で福島県代表に敗れた。
ヘッドコーチには、桶谷に代わり前シーズンまでプレイングアシスタントコーチ(選手とアシスタントコーチを兼任)だった小川忠晴が就任。フリーエージェントによる移籍で新潟アルビレックスBBから佐藤公威を獲得した。
しかし、財政難から3年続けてドラフト指名を見送り、練習生であったセネガル人選手も日本バスケットボールリーグ2部機構のチームと契約した。また、前年までプレイしていた、三友康平、青木勇人ら日本人選手は他のbjのチームやJBLのチームへ移籍、もしくは現役を引退した。外国人選手もクリス・エアーやアンディー・エリスら前シーズンに在籍した外国人全員がチームを去り、代わりにライジング福岡から移籍したジェフリー・プライスをはじめ、2mを超える長身の選手を揃えた。与那嶺翼をPGに据え、10人という少数精鋭でシーズン開幕を迎えたが、プレイオフに進出した2006-07シーズンの布陣と比べてかなり貧弱な顔ぶれとなってしまった。また、シュート力の低い選手が多く、得点の上がらない一つの要因になった。
前シーズンまでのチームとは一変し、スケールダウンした戦力の大分は富山グラウジーズと滋賀レイクスターズには勝ち越したものの、ライジング福岡に1勝した以外は全敗、特に12月以降は6連敗、9連敗、15連敗と苦戦を強いられた。(この間の連敗を止めた相手はいずれも滋賀だった)得点力が上がらず、平均得点が2桁以上だったのは前出のプライスを含む外国人3人だけ、平均得点でも埼玉ブロンコスや滋賀レイクスターズを2点以上下回った。結果は西地区最下位で、勝ち星も前シーズンの19勝から半分以下の8勝、その過半数の5勝は新規参入チームの滋賀からあげたものだった。
2008-09シーズンは対戦相手よりも財政難、経営難という敵に苦しめられたシーズンであった。2007-08シーズンまでの3年間で約2億円の赤字を計上しているとされ、さらに大口スポンサーのビンス・ロールからの出資も打ち切られている事も判明。チーム経営には予断を許さない状況となり、体育館での練習時間も削られ、遠征には安価な旅客船を使用している。
対策として、レプリカジャージや当日自由席引換券6枚、当日割引券3枚などがついた360°ブースタープロジェクトとして、ブースタークラブ入場者3000人、平均観客動員数3000人を目標とした。シーズン中の2008年12月には、新運営会社の株式会社大分ヒートデビルズを設立し、旧運営会社の大分バスケットボール・コミュニケーションから経営陣も刷新された上で事業が引き継がれた。新会社に引き継いだ初年度の経営は約3500万円の赤字で経営改善は見られたが、未だに経営は苦しい状態である。
2009-10シーズン
慢性的な経営不振で2009-10シーズンのリーグ継続参加も危ぶまれたため、リーグからシーズンチケット販売の差し止め等の措置が採られたが、2009年6月11日に再度新会社を設立して経営権を移すことを前提に継続参戦を認められた。8月に新たな運営会社として「株式会社大分ヒート」に引き継がれ新体制の下、再出発を図る。
ヘッドコーチには元NBAプレイヤーで東芝でのプレー経験もあるブライアン・ロウサムが就任。
新規外国人選手のマイク・ベル、リッキー・ウッズ、レミントン・チャン(シーズン途中で退団)、ラシャード・シングルトンが加入し、インサイドでの豪快なダンクシュートで観客を魅了するバスケスタイルに変貌した。シーズン途中には元大阪エヴェッサのマット・ロティックも加入し、チーム力とアウトサイドの強化も進んだ。
シーズン終盤までプレイオフ進出を滋賀と争い、結局プレイオフ進出はならなかったが、前シーズンの3倍以上となる25勝を上げ、西地区5位でシーズンを終えた。
2010-11シーズン
新ヘッドコーチにエル・ジェイ・ヘップを、アシスタントコーチにトニー・ハンソンを迎える。
選手ではかつて大分に在籍していた青木勇人と三友康平が復帰。外国人ではマット・ロティックの残留が早々に決定。他の外国人は入れ替えをし、デミアン・ジョンソンらが加入。
シーズン途中までプレーオフ圏内の位置を保っていたが、3月に東北地方太平洋沖地震が発生すると、ロティックとジョンソン以外の外国人選手とヘップHCがチームから離脱。残り試合はハンソンACが指揮を執ったが、戦力の落ち込みが激しく、プレーオフ進出を果たすことはできなかった。
2011-12シーズン
オフに再び資金難でシーズン参加が危ぶまれる事態となったため、「想い届けて!プロジェクト」を展開し、ブースターの寄付を募った。そして鈴木や小原ら選手も資金集めに奔走した結果、2011-2012シーズンへの参戦が決定した。不在だったヘッドコーチには鈴木裕紀が現役を引退して就任した。澤岻直人やウェンデル・ホワイトら有力選手を獲得したが、プレイオフ進出はならず。
2012-13シーズン
前シーズンの主力選手の多くが残留したのに加え、FA権の行使による移籍で清水太志郎や波多野和也といった有力日本人選手が加入。アウェイでの開幕戦で浜松戦に95-54で大勝すると3戦目から6連勝しスタートダッシュに成功したが、11月に入ると財政難が表面化する。給与未払いなどの問題に伴って外国人選手と澤岻がチームを離脱、12月1日、2日の琉球戦では特例として日本人選手8人のみベンチ入りして試合を行った(その後、波多野も島根に移籍)。12月3日に運営会社「大分ヒート」はbjリーグ退会を申し入れ、リーグ側もこれを受理。シーズン終了までのチーム運営についてはリーグが11月22日に設立した一般社団法人「テンポラリーゲームオペレーション」(TGO)が引き継いだ[PR 3]。これによって、大分は(一般社団法人を介した間接的なものであるが)bjリーグの管理下に置かれる初のクラブとなった。
主力選手が大量離脱したチームは13連敗を喫するなどプレイオフ進出圏外に順位を落としたが、この間TGOによりバーデル・ジョーンズ3世ら新たな外国人選手の補強が進められると、チームの連携が向上したリーグ戦終盤にはチームタイの7連勝を記録するなど盛り返して西地区8位でシーズンを終えた。
2013-14シーズン
2013年5月1日、大分県バスケットボール協会の有志が新運営会社「バスケで」を設立し、TGOから運営を引き継いだ。その際日本バスケットボール協会側からNBL参加を求めてアプローチをかけていたが、bjリーグ残留を選んだ[3]。メインスポンサーは決まらなかったため、ユニフォームに「おんせん県おおいた」のロゴを掲示する(ロゴ掲示に伴う県からの資金提供はなし)[4]。
高田秀一、大城弘樹、デヴォーン・ジャイルズらと新たに契約を結んで迎えた、大分県立総合体育館での開幕カード・琉球ゴールデンキングス戦(10月5日・6日)は連敗したが、次節橿原公苑でのバンビシャス奈良戦でシーズン初勝利。
大分銀行ドームで開催する予定であった10月25・26日の奈良戦は、開閉式屋根付きとは言え日本プロバスケ史上初めて屋外施設で開かれる公式戦となるはずであったが[PR 4][4][注 2]、台風第27号による強風の影響を受ける可能性があるとして、bjリーグコミッショナーの判断により2試合とも中止となった。なお、25日は開催可能と判断した主催者と両チームのヘッドコーチの協議により試合が行われたが、エキシビションマッチ扱いとなり公式記録には残らない。リーグが開催中止を正式決定したのは試合開始後だったため、選手は試合終了まで公式戦のつもりで試合をしていた[5]。26日は試合中止となった代わりとしてブースター感謝祭を開催した。この試合の代替は大銀ドームでの開催も含め、この段階では調整中だった[PR 5][6]。
11月に入って9日の滋賀レイクスターズ戦(コンパルホール・多目的ホール)から5連勝を記録し、ライジング福岡戦で活躍した高田が週間MVPを受賞。借金を返済した上、その後も勝ち星を積み重ね、12月9日に島根スサノオマジックに88-65で快勝した時点でウエスタン2位にまで浮上した[7]。年末に4連敗を喫したが年明け最初のアウェイ京都戦(福知山)に連勝し、清水太志郎が週間MVPを獲得。
しかし次の試合からは1勝を挟んで6連敗、5連敗と負けが込んだため7位に順位を下げ、シーズン終盤は大阪や高松とプレーオフ圏内の6位を争った。3月21日からの島根戦(ダイハツ九州アリーナ)で後半戦初の連勝を記録。続いて3月30日にアウェイで琉球に勝利(今シーズンアウェイで琉球に勝利したのは東京と大分のみ)。4月2日・3日には10月に中止になったの奈良戦の代替試合[PR 6]が組まれ、元々予定されていた5日・6日の試合と合わせて大分県立総合体育館で奈良と4連戦を行うこととなった。この連戦で下位の奈良を相手に勝ち星を積み重ねてプレイオフ争いで優位に立ちたいところであったが、初戦であげた1勝のみに留まり、逆にプレイオフが遠のく。その後も連敗が続き、4月26日の高松戦(べっぷアリーナ)に敗れた時点でウエスタン8位が決定した。
2014-15シーズン
外国人選手は全員入れ替え。ドラフトで指名した坂東玲央や前群馬の奥本友人を獲得。2シーズン前の主力選手の波多野和也、澤岻直人(開幕後11月)と再契約した。ウエスタン7位となり2006-07シーズン以来8シーズンぶりのプレイオフ出場が決定。プレイオフ・ファーストラウンドではアウェイで2位琉球を相手に第1戦を74-67で勝利。第2戦に敗れた後、第3戦も善戦したが18-23で敗れて敗退した。
シーズン終盤、運営母体のバスケでが経営危機により2014-15シーズンを最後にチームの運営から撤退、愛媛県に設立される新会社へチームを譲渡する方針であることを明らかにした[8]。譲渡後の新チームは2015-16シーズンは暫定的に大分・松山のダブルフランチャイズを採るが、JPBLが開始される2016-17シーズン以降本格的に松山を本拠地とする予定[9]。一方でバスケでは地域リーグを念頭に新チームを設立する方針を示している[9]。
シーズン終了後、在籍したコーチ・選手は高倉佑貴を除き退団した。
2015-16シーズン
前述のとおりダブルフランチャイズ制となり「大分・愛媛ヒートデビルズ」にチーム名を変更した[PR 1]。ホームゲーム26試合のうち10試合を愛媛県内で開催する。運営会社はケービーシートータルサービス。
指導体制・選手陣容も一新し、監督・ヘッドコーチに梅田智之、アシスタントコーチに岡田修が就任。松山市出身の俊野達彦、俊野佳彦兄弟や伴晃生を獲得。その他米倉貴之、飯島康夫、岡本将大、原毅人、天貴涼太、和田幸己、パトリック・サイモン、チェハーレス・タプスコット、トラビス・デロチョウスキーが加入。8月にはアメリカ合衆国・シアトルで合宿を行った[10]。
1月、成績不振を理由に河合竜児を新HCに招聘し、梅田監督、岡田ACは退団した。シーズン途中に、翌シーズンからチーム名を「愛媛オレンジバイキングス」に変更することが決定したため、最終節は「ヒートデビルズ」としての最後のホームゲームをべっぷアリーナで行う予定であったが、熊本地震の影響で中止となった。順位はウエスタン12チーム中10位。
Bリーグ
2016-17シーズン
愛媛に本拠地を完全移転し、「愛媛オレンジバイキングス」にチーム名を変更した[PR 2]。運営会社もエヒメスポーツエンターテイメントに変更。ヘッドコーチは前シーズンに引き続き河合が務める。前シーズン契約していた俊野兄弟や岡本らと継続契約したうえで、新戦力として中島良史、笠原太志、ジョシュア・クロフォード、クレイグ・ウィリアムス・ジュニアらと契約。
B2リーグ開幕戦は9月24日に伊予市民体育館で広島ドラゴンフライズと対戦し、64-108で敗れ、そのまま開幕4連敗。10月7日に松山総合コミュニティセンターで開催された開幕5戦目の鹿児島レブナイズ戦を90-83で制してB2初勝利をあげるとそのまま4連勝した。その後は黒星が先行していたが、2月は月間7勝1敗の好成績で勝率5割に到達。3月11日の奈良戦まで勝利して8連勝を達成した。最終成績では5割に一歩届かず29勝31敗でウエスタン4位。
2017-18シーズン
新ヘッドコーチにリチャード・グレスマンが就任。シーズン開幕前の新加入選手は、前仙台89ERSの楯昌宗、元広島ライトニングの冨岡大地、前香川ファイブアローズのチェハーレス・タプスコット(大分・愛媛時代以来2シーズンぶりの復帰)、同じく前香川のニカ・ウィリアムズ、ワシントン州立大学卒のコナー・クリフォード。開幕直後に前群馬クレインサンダーズの矢代雪次郎が加入。
初出場した天皇杯全日本選手権では5回戦でB1の三遠ネオフェニックスを破り 6回戦(ベスト16)まで進出した。
リーグ戦は9月30日の開幕戦で東京Zに82-71で勝利。10月14日のホーム開幕の香川戦での勝利を皮切りに7連勝を記録。11月4日には開幕から12戦無敗だった福岡を93-86で破り、シーズン前半は首位争いに加わった。1月から3月に失速して順位を下げたが、4月は月間6勝3敗と盛り返した。最終結果は33勝27敗の西地区4位。リーグ戦の勝ち越しは愛媛としては初めてで、大分時代を含めても2006-07シーズン以来11シーズンぶりである。個人成績ではタプスコットが得点王を獲得した。
成績
B.LEAGUE
テンプレート:Bリーグのシーズン成績ヘッダ テンプレート:Bリーグのシーズン成績 テンプレート:Bリーグのシーズン成績フッタ
過去のリーグ戦
bjリーグ
年度 | レギュラーシーズン | 最終結果 | HC | 備考 | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
勝 | 敗 | 勝率 | ゲーム差 | 得点 | 失点 | 得失点差 | 順位 | ||||
2005-06 | 15 | 25 | .375 | 16.0(3.0) | 80.3 | 84.3 | -4.0 | 5位 | 5位 | ジョワン・オールドハム →桶谷大(代行) |
bjリーグ初年度 |
2006-07 | 22 | 18 | .550 | 7.0 | 82.6 | 81.2 | +1.4 | 4位 | 3位 | 桶谷大 | ファイナル4出場 |
2007-08 | 19 | 25 | .432 | 12.0(1.0) | 84.3 | 86.4 | -2.1 | 西4位 | 8位 | カンファレンス制導入 | |
2008-09 | 8 | 44 | .154 | 33.0(14.0) | 74.8 | 85.6 | -10.8 | 西6位 | 12位 | 小川忠晴 | |
2009-10 | 25 | 27 | .481 | 9.0(4.0) | 81.2 | 84.4 | -3.2 | 西5位 | 9位 | ブライアン・ロウサム | |
2010-11 | 16 | 32 | .333 | 17.0(7.0) | 76.1 | 80.9 | -4.8 | 西7位 | 12位 | エル・ジェイ・ヘップ →トニー・ハンソン(代行) |
|
2011-12 | 23 | 29 | .442 | 16.0(5.0) | 80.8 | 82.5 | -1.7 | 西7位 | 13位 | 鈴木裕紀 | |
2012-13 | 21 | 31 | .404 | 21.0(7.0) | 75.3 | 83.0 | -7.7 | 西8位 | 14位 | ||
2013-14 | 20 | 32 | .385 | 23.0(4.0) | 73.4 | 75.2 | -1.8 | 西8位 | 16位 | ||
2014-15 | 18 | 34 | .346 | 26.0(-) | 西7位 | 9位 | プレイオフ 地区1回戦出場 | ||||
2015-16 | 16 | 34 | .320 | 24.0(3.0) | 西10位 | 位 | 梅田智之 河合竜児 |
地震で2試合中止 |
ゲーム差は()外は1位、()内はプレイオフ圏との差をそれぞれ表している
天皇杯全日本選手権
- 第93回 - 6回戦敗退(ベスト16)
個人別タイトル
ベスト5
- bjリーグ2005-06 G 鈴木裕紀
得点
- bjリーグ2007-08 アンディー・エリス
- B2 2017-18 チェハーレス・タプスコット
スティール
- bjリーグ2005-06 ジャック・ハートマン
3ポイント成功率
- bjリーグ2005-06 鈴木裕紀
- bjリーグ2007-08 鈴木裕紀
月間MVP
- 2007年2月 マイキー・マーシャル
- 2010年1月 リッキー・ウッズ
- 2012年3月 T・J・カミングス
- 2013年3月 清水太志郎
週間MVP
- 2007年2月16・17日 マイキー・マーシャル
- 2007年3月17・18日 アンディー・エリス
- 2008年2月8-10日 アンディー・エリス
- 2008年3月15・16日 与那嶺翼
- 2008年11月29・30日 ジェフリー・プライス
- 2009年11月14・15日 マイク・ベル
- 2010年1月13-17日 リッキー・ウッズ
- 2010年2月27・28日 リッキー・ウッズ
- 2012年1月20-22日 澤岻直人
- 2012年2月10-12日 T・J・カミングス
- 2013年3月2・3日 清水太志郎
- 2013年11月15-17日 高田秀一
- 2013年12月28日-2014年1月5日 清水太志郎
- 2015年2月6日-8日 トッド・オブライエン
- 2015年11月28日・29日 俊野達彦
スタッフと選手
現行ロースター
脚注
注釈
出典
- ↑ 47SPORTS(愛媛新聞2016年4月7日)
- ↑ 【ヒートデビルズ】新運営会社がスタート 大分合同新聞、2013年5月2日
- ↑ スポーツナビ (2013年4月25日). “バスケ界に一石を投じる大分の挑戦”. . 2013閲覧.
- ↑ 4.0 4.1 “バスケットボール:bjリーグ ヒートデビルズ・ホーム第3節、大銀ドームで試合 来月25、26日に開催 /大分”. 毎日新聞. (2013年9月6日). オリジナルの2013年10月29日時点によるアーカイブ。
- ↑ バスケ屋外公式戦、強風で「幻」に 最後までやったけど 朝日新聞2013年10月25日
- ↑ 【ヒートデビルズ】幻のホーム初白星(大分合同新聞2013年10月26日 同10月27日閲覧)・感謝祭開き「おわび」 ヒートデビルズ(大分合同新聞2013年10月26日 同10月27日閲覧)
- ↑ 【ヒートデビルズ】 攻守で圧倒、快勝大分合同新聞2013年12月9日
- ↑ “バスケ、bj大分を愛媛に譲渡 経営悪化しリーグ撤退”. 西日本新聞. (2015年4月16日). オリジナルの2015年4月17日時点によるアーカイブ。 . 2015閲覧.
- ↑ 9.0 9.1 “男子プロバスケ:大分の運営権譲渡 松山の学校法人関連に”. 毎日新聞. (2015年4月20日). オリジナルの2015年4月21日時点によるアーカイブ。
- ↑ 愛媛新聞2015年10月2日
一次資料
- ↑ 1.0 1.1 “チーム名変更のお知らせ”. 大分・愛媛ヒートデビルズ. (2015年6月30日). オリジナルの2015年7月2日時点によるアーカイブ。 . 2015閲覧.
- ↑ 2.0 2.1 大分・愛媛ヒートデビルズが松山市を表敬訪問します松山市2016年5月24日
- ↑ bjリーグ公式ブログ (2012年12月4日). “大分チーム、一般社団法人によるチーム継続参戦”. . 2012閲覧.
- ↑ “2013-2014 シーズン試合スケジュール”. . 2013閲覧.
- ↑ 10月25日(金)大分vs.奈良 開催試合中止のお知らせ(bjリーグ2013年10月25日 同10月27日閲覧)・10月26日(土)大分vs.奈良 開催試合中止のお知らせ(bjリーグ2013年10月26日 同10月27日閲覧)・2013年10月26日 開催予定試合の中止について(大分ヒートデビルズ2013年10月25日 同10月27日閲覧)
- ↑ 大分ヒートデビルズvs.バンビシャス奈良戦の代替試合決定及び、試合開始時間変更のお知らせ。(2014年3月5日 同5月23日閲覧)