英語学
英語学(えいごがく)とは、言語学の一分野で、現代言語学の方法論に基づき英語が持つ特徴等を理論的に記述する学問のことである。なお英語教育を対象とする学問ではない。
Contents
英語の特徴
- 本来、ゲルマン語は屈折語であるが、英語に限っては孤立語の特徴が顕著に現れるようになった(分析的言語 (Analytic language))。活用体系が崩れ、その代わりに前置詞が発達した。
- ゲルマン語系語彙の使用頻度が高いが、ラテン・フランス語系の語彙も多く用いられ、それらの複合語 (Compound)や派生語 (Derivation) が広く浸透している。
- 綴り字と発音の関係で主要な規則はあるが、それに加えて細かい規則も多い。また規則から外れたものも比較的多い。(フォニックス、大母音推移なども参照)
- 例えば、"ou"の場合、
- "mouse" /maʊs/ '(この"ou"の発音については英語の規則に則っている)
- "rough" /ɹʌf/ '
- "cough" /kɔːf/ '
- "soul" /səʊl/ (英)、/soʊl/ ' (米)
- "soup" /suːp/ '
- 例えば、"ou"の場合、
音声・音韻学
発音
- イギリスでは容認発音 (Received Pronunciation)、アメリカでは一般アメリカ英語 (General American) が伝統的な標準発音とされている。
- 例えばtow [toʊ]と類音で表記される場合でも、実施には、容認発音では[təʊ̯]、一般アメリカ英語では[toʊ̯]などと発音に多少の差がある(→International Phonetic Alphabet chart for English dialects)。なお本稿ではIPA発音表記を用いている。
- コミュニケーションには支障をきたさないが、英語母語話者には以下のような音韻的現象が生じないと違和感を覚えることがある[1]。
子音
英語の子音のIPA表は以下のようになる。
両唇音 | 両唇軟口蓋音 | 唇歯音 | 歯音 | 歯茎音 | 後部歯茎音 | 硬口蓋音 | 軟口蓋音 | 声門音 | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
破裂音 | p b | t d | k g | |||||||
破擦音 | tʃ dʒ | |||||||||
鼻音 | m | n | ŋ | |||||||
摩擦音 | f v | θ ð | s z | ʃ ʒ | h | |||||
接近音 | ʍ w | ɹ | j | |||||||
側面接近音 | l |
- 上記の表中の国際音声記号の/ɹ/の音は、英語学の慣習上は/r/と表記される。
- 音素ではない破擦音: /ts/, /dz/
- j, g の発音で /dʒ/ が用いられる。pleasure, precision などの s の発音で /ʒ/ が用いられる[2]。
母音
英語の母音三角形は以下のようになる。
前舌 | 中舌 | 後舌 | |||
---|---|---|---|---|---|
狭 | i | u | |||
ɪ | ʊ | ||||
半狭 | e | o | |||
ə | |||||
半広 | ɛ | ɜ | ʌ ɔ | ||
æ | (ɐ) | ||||
広 | a | (ä) | ɑ ɒ |
- 英語で /ʌ/ だった発音は現代では実際にはほぼ曖昧母音の/ɜ/もしくは/ɐ/へ変化している[3]。短母音の/ɔ/は現代では、イギリスではほぼ/ɒ/へ(北米では/ɑ/へ)変化している[4]。
- 英語では、母音音素が複数集まって1つの音素として識別される場合が多々ある。
- 現代英語においては、「母音の長さ」すなわち長母音[5](long vowels)と短母音[6](short vowels)と呼ばれる母音の区別の概念は[7]、通常の音声学及び多くの言語(日本語を含む)とはかなり異なっている。
- 現代英語における「母音の長短」の認識の区別は以下の表に示された音の区別を指す。発音記号は類音(en:Help:IPA_for_English)を表記している。
文字 | a | e | i | o | u | oo |
短音で発音 | /æ/ | /ɛ/ | /ɪ/ | /ɒ/ | /ʌ/ | /ʊ/ |
短音 + r で発音 | /ær/ | /ɛr/ | /ɪr/ | /ɒr/ | /ʌr/ | /ʊr/ |
長音で発音 | /eɪ/ | /iː/ | /aɪ/ | /oʊ/ | /juː/ | /uː/ |
長音 + r で発音 | /ɛər/ | /ɪər/ | /aɪər/ | /ɔər/ | /jʊər/ | /ʊər/ |
- 長母音のみ存在する(もしくは長短の差を持たない)母音は、
文字 | a | au | ou | oi |
長音で発音 | /ɑː/ | /ɔː/ | /aʊ/ | /ɔɪ/ |
長音 + r で発音 | /ɑr/ | /ɔr/ | /aʊər/ | /ɔɪər/ |
- 短母音 u /ʌ/ , ur /ʌr/ の発音の多くは現代では /ɜ/, /ɜr/ と発音される(もしくは/ɐ/, /ɐr/)。また短母音 + r が /ɜr/と発音される単語がある(term, bird, attorney など)。
文字 | u | e | i | o |
短音で発音 | /ɜ/ | |||
短音+rで発音 | /ɜr/ |
- /ɒr/, /ɔr/, /ɔər/ の間の発音の差は小さく、区別が必要になることはほぼない。
- j /dʒ/ に続く長音の u (+ r) は /uː/(もしくは /ʊər/)と発音され、/j/は発音から除かれる。l や r に続く長音の u (+ r) の大多数も現在では同様である[9][10]。
- w(および qu, wh)に続く短母音字の a, o はそれぞれ o, u のように発音される。すなわち wa は w + o、wo は w + u のように発音され、war は w + or、wor は w + ur のように発音される。
- ほかにも細かい規則が見られ、例えば salt のように al の部分は多くは長音で /ɔːl/ と発音される[11]。boat, board のように oa/oar の部分は長音の o/or (/oʊ/, /ɔər/)と同じように発音される[12]。
- 綴り字では分からないので単語ごとに発音を覚える以外にないものもある。例えば、
- ow の発音は大多数は /aʊ/ もしくは /oʊ/ だが両者は割合はほぼ同じである。
- o(短母音)の大多数は /ɒ/ と発音されるが、w に続く以外でも /ʌ/ も少なくない(例えば oven, onion, sponge, stomach, front, monkey, money, among)。
- u(短母音)の大多数は /ʌ/ と発音されるが、/ʊ/ も少なくない(例えば bully, bullet, push, full, cushion, sugar)。
- ou, our を /ʌ/, /ʌr/ (/ɜ/, /ɜr/)と短音で発音するものが見られる(例えば country, cousin, trouble, rough, journal, courage)。
- 外来語の発音を踏襲するものも少なくない(例えば machine, casino の i /iː/、soup, acoustic の ou /uː/、crepe の e /eɪ/[13])。
アクセントの無い母音
英語ではアクセントの無い母音は弱化(曖昧化)し「シュワー」/ə/ (/ər/)となる[14]。アクセントの来ない音節の核は曖昧母音になる。日本人にはアに近い音に聞こえることが多い。
母音の発音 | /ə/ |
母音+rの発音 | /ər/ |
単語の中には品詞によって曖昧母音を用いる区別を持つものがある。
- 例:estimate /éstəmèit/(動詞) ↔ estimate /éstəmət/(名詞)
曖昧母音の無音化
最終音節の曖昧母音となる母音字 e などで、子音 /m, n, l, r/ が続く場合に、その曖昧母音が無音化(脱落)する場合がある。この場合、続く子音が音節主音化する。
- 例:label, kitten, often
イギリスでは /r/ の場合には曖昧母音で発音される。
アクセント
日本語などは高低アクセント (en:Pitch accent) の言語であるが、英語は典型的な強弱アクセント (en:Lexical stress)の言語である。
音節
日本語は開音節言語(母音が中心)であるが、英語は閉音節言語(子音が中心)である。音節構造は、[Onset 開始部 + [Nucleus 音調核 (+ Coda 終結部)のようになっている。[音調核+終結部]の部分を韻という。
韻
韻(rhyme)は英語詩できわめて一般的で、ポピュラー音楽の歌詞を含めてほとんど例外なく韻を踏んでいる。例えば、以下はエリック・クラプトンの "Wonderful tonight" の1番である(Copyright 1977 Eric Clapton)。
It's late in the evening.
She's wondering what clothes to wear.
She puts on her make-up and brushes her long blond hair.
And then she asks me, "Do I look all right?"
And I say, "Yes, you look wonderful tonight."
太字の部分の発音が〜airと〜iteというペアになっている。
形態論
形態素
- 自由形態素 (free morpheme)
- 内容語(名詞、動詞、形容詞、副詞)
- 拘束形態素 (bound morpheme)
- 機能語(接辞、決定詞、前置詞、接続詞、補足詞)
- 活用 (inflection/declension) 時制・格・数・性の変化
- 派生 (derivation) 品詞の変化
造語
- 複合語 (Compound) (e.g., grandparent > grand + parent)
- 派生語 (Derivation) (e.g., disagree > dis- + agree) 階層的な構造を有している
- 短縮語 (Contraction) (e.g., fridge > refrigerator)
- 混成語 (e.g., smog > smoke + fog)
活用
- 異音 (Allophone)
- 補足的分布 (complementary distribution)
- "books", "bags", "resources"は、語尾の発音が [s], [z], [ɨz] とまったく異なるが、すべて複数形と認知される。
- 自由変異 (free variation)
- 対照的分布 (contrastive distribution)
- 補足的分布 (complementary distribution)
- 異形態 (Allomorph)
- "looked", "saw", "put"は、活用の仕方がまったく異なるが、すべて過去形 (Past tense)と認知される。
統語論
変形生成文法
品詞
- 名詞 (Noun, N )
- 代名詞 (Pronoun, Pron )
- 動詞 (Verb, V )
- 助動詞 (Auxiliary verb, Aux )
- 形容詞 (Adjective, A または Adj )
- 限定詞 (Determiner, D )
- 冠詞 (Article)
- 前置詞 (Preposition, P )
- 接続詞 (Conjunction, Conj )
- 補足詞 (Complementizer, C )
- 量詞 (Quantifier, Q )
生成文法
語彙目録 (lexicon) にある各品詞が句構造規則 (Phrase Structure Rules) に従って線上に並び文法的に正しい文が生成される(言語には構造がある)。各文の構造の分解には、通常樹形図(階層的構造)が用いられる(紙面が限られている場合、[ ]で単語をくくっていくこともある)。θ理論によって述語が持てる項 (argument) の数、項と述語の関係(意味役割)が規制される。以上の過程を経て、文法的にも意味的にも母語話者によって容認されうる文が生成される。
- 句構造規則 (Carnie 2002: 57) – 言語はいかに線的(一列に並ぶ)かがわかる。
- 構成素 (constituent) 検査 - 後に、Xバー理論で生きてくる。
- 置き換え検査
- 問いかけ検査
- 移動検査
- 接続検査
- 束縛理論 (Binding Theory) - 後に、意味役割理論(θ理論)に置き換えられる。
- Xバー理論 (X-bar Theory)
- 指定部 Specifier - YP
- 付加部 Adjunct - ZP
- 補部 Complement - WP
- 限定詞句 DP - DP → D'; D' → D NP
- 補文 CP(S'に代わる指標)CP → C'; C' → C TP
- 時制句 TP(Sに代わる指標)TP → DP(主語)T'; T' → T VP
- X' = 中間投射(Xは変数;N, A, P, D, V, T, Cのいずれか)
- θ基準
- 拡大投射原理 (EPP) - これによって、仮主語や天候の「it」(虚辞)がなぜ現れるかが証明される。また、これによって英語では必ず主語(TPの特定詞句)の位置に何かが音声的に表出することが義務付けられる。
変形文法
端的にいうと、文は必ずD構造が変形したS構造であるという文法理論。名詞(句)や動詞(句)が句構造規則の枠組みを超えて上下に移動することを説明する理論。
- 疑問文
- 名詞句の移動
- 受動態 (e.g., My mother called me. → I was called by my mother.)
脚注
- ↑ また英語母語話者に聞き取り可能のために下記の点などが必要となる。
- 発音記号に忠実な発音
- 子音発音の十分な呼気量(特に日本人の弱い /s/ は対極的)
- 単語間に発音上の間を一切入れない(理由がある場合を除く)
- ↑ フランス語由来の語にも /ʒ/ が用いられるものがある(rouge /ruːʒ/、azure /æʒər/ など)。
- ↑ /ʌr/ も多くは /ɜr/もしくは/ɐr/へ変化している。
- ↑ 日本語にはこの/ɒ/や/ɑ/に相当する音は無いが、日本人には「オ」、条件によっては「ア」のように聞こえる。
- ↑ 英語などゲルマン諸語ではアルファベット中の母音文字名(a, e, i, o, u など)は長音で発音する。
- ↑ 英語では、短母音は必ず後ろに子音を伴う。
- ↑ 英語のフォニックスにおいてもこの区別を「長短(long/short)」と呼び表す。米国では、長母音・短母音の区別を幼稚園から小学校低学年の段階で学習する。
- ↑ しかし、例えば「hood」は短母音 /ʊ/ だが、「post」は長母音 /oʊ/ であったり、ea の綴りの発音はほぼ e に準じており長母音(例えば「cream」)と短母音(例えば「leather」)があるが、これらは単語ごとに長母音・短母音の区別を覚える以外にない。
- ↑ アクセントのない場合は /j/ が残り /juː/ と発音されるものが見られる(例 volume /'vɒljuːm/ ↔ voluminous /və'luːmɪnəs/)。
- ↑ 他の子音に続く長音の u も、presume の -sume のように /uː/ と発音され、/j/が発音から除かれるようになったものがある。
- ↑ ただし alm は /ɑːm/、valve は /vælv/、altitude は /æltɪtjuːd/、Alvin は /ælvɪn/。
- ↑ ただし broad は /brɔːd/、abroad は /əbrɔːd/。
- ↑ 英語の発音には /eː/ や語末の /e/ が無いため、これらの発音は代わりに /eɪ/ となっている。
- ↑ /ɪ, iː, ɛ, eɪ, aɪ/ の弱化母音については発音を区別して /ɪ̈ (ɪ)/ と表すこともある。
関連項目
関連書籍
- Carnie, Andrew (2002), Syntax, Blackwell. (ISBN 0631225447)
- 中島 平三 (1995)『ファンダメンタル 英語学』ひつじ書房 (ISBN 4938669552)
- ...小野隆啓編著(2004)『英語の構造〜その奥に潜む原理』金星堂
- 吉田 孝夫、中田 康行(編)(1997)『英語学の基礎』晃洋書房 (ISBN 4771009449)
- 大槻 博、山本 伸也、平嶋 順子 (2001)『英語の構造と背景』燃焼社 (ISBN 4889780092)
- 奥田 隆一 (1999)『英語観察学』鷹書房弓プレス (ISBN 4803404453)
- 安藤 貞雄、沢田 治美(編)(2001)『英語学入門』開拓社 (ISBN 4758923035)
- 影山 太郎、日比谷 潤子、Brent de Chene (2003) First Steps in English Linguistics くろしお出版 (ISBN 4874242774)
- 江川 泰一郎 (1991)『英文法解説』改訂3版;金子書房 (ISBN 4760820094)
- 浅田 寿男 (1997)『英語学講義』新版;大学教育出版 (ISBN 4887302266)
- 稲木 昭子、堀田 知子、沖田 知子 (2002)『新 えいご・エイゴ・英語学』第2版;松柏社 (ISBN 4775400045)
- 綿貫 陽、須貝 猛敏、宮川 幸久、高松 尚弘 (2000)『ロイヤル英文法』改訂新版;旺文社 (ISBN 4010312785)
- 藤井 健夫、大島 新(編)(1999)『ことばの世界』改訂第2版;大阪教育図書 (ISBN 4271116653)
- 西光 義弘(編) (1999)『日英語対照による英語学概論』増補版;くろしお出版 (ISBN 4874241697)
- 鈴木 寛次 (1996)『英語の本質』郁文堂 (ISBN 4261072157)
- 長谷川 瑞穂、脇山 怜(編)(1998)『英語総合研究』改訂版、研究社出版 (ISBN 4327401196)
- 上野義和、森山智浩、福森雅史、李潤玉(2006)『英語教師のための効果的語彙指導法 —認知言語学的アプローチ—』英宝社 (ISBN 4269660007)