単葉関数

提供: miniwiki
移動先:案内検索

単葉関数 (たんようかんすう、: univalent function)は、複素解析における用語である。複素平面(ガウス平面)上のある開集合(領域)上で定義された複素関数が単射(1対1写像)である場合、その関数は単葉であると表現し、また、その関数を単葉関数と呼ぶ。正則である必要はないが通常は正則な単葉関数を考察の対象にする。このような正則かつ単葉な関数は、英語ではコンフォーマル(Conformal) であると表現するが[1]、日本語では単に単葉正則であると表現する場合が多いようである。

基本的な性質

定理 (単葉正則関数の基本定理)

f (z) は複素平面のある連結領域 D で定義された正則関数とし、その微分を f′(z) する。

(1) f (z) が D で単葉であれば Df′(z) ≠ 0 である。
(2) D の点 z0f′(z0) ≠ 0 であれば、z0 の近傍 U を、 Uf (z) が単葉になるように選ぶことができる[1]

証明

(1) Df (z) が単葉正則であるが、f′(z) の零点が存在すると仮定して矛盾を導く。

まず、f′(z) の零点の内の一つを任意に選んでz0とする。z0 の近傍 U を、その閉包 [math]\overline{U}\ [/math]コンパクトD に含まれるように選ぶ。

上の仮定の下では、[math]\overline{U}\ [/math]f′(z) の零点の個数は有限である。なぜなら、零点が無限個存在するとすれば、[math]\overline{U}\ [/math]はコンパクトであるからボルツァーノ=ワイエルシュトラスの定理により全ての零点の集合は少なくとも1個の集積点を持つことになり、一致の定理から f′(z) は U で 0 となり、f (z) は単葉正則という仮定に反するからである。

U  上にz0以外に零点が存在する場合は、 U  の内部に、その閉包がz0のみを零点として含む近傍を選んでこれを新たに U と置く(このような操作は零点が有限個であるから可能である)。

g (z) = f (z) − f (z0) と置けば、g (z0) = 0 であり、g′(z) = f′(z) であるからg′(z0) = 0 である。従って、m をある自然数として、g (z) = (zz0)m g1 (z) 、g1 (z0) ≠ 0と置くことができる。

g′(z) = m (zz0)m − 1 g1 (z) + (zz0)m g1′(z) であるから、g′(z0) = 0 であるためにはm ≥ 2 が条件になる。

g (z) は [math]\partial U\ [/math]上で零点を持たず、また [math]\partial U\ [/math] はコンパクトであるから、 [math]\partial U\ [/math] 上の|g (z) | の最小値は正数である。これをα0とし、その絶対値がα0より小さな正数となる複素数αを任意に選べば、[math]\partial U\ [/math]で |α| < |g (z) |であり、ルーシェの定理から U 上で g (z) とg (z) + α の零点の全位数(位数nの零点はn個として数えた零点の総数)は等しく m となる。

h (z) = g (z) + αと置く。 h′ (z) = f′(z) である。h (z0) = α ≠ 0 であり、h′ (z) は Uz0以外に零点を持たないので、 Uh (z) の零点の位数は1である(重根を持たない)。 Uh (z)の位数は m (≥ 2) であるからh (z) は U で相異なる位数1の零点を m 個持つことになる。

f (z) = h (z) − α + f (z0) であるから、f (z) は U で同じ値となる相異なる点を2個以上持つことになり、f (z) が D で単葉であるという仮定に反する。

(2) g (z) = f (z) − f (z0) と置き、z0 の近傍 U を、[math]\overline{U}\ [/math] はコンパクトで、その上では g (z) の零点が z0 以外ないように選ぶ (これは (1)と同じ論議で可能である)。

g′(z0) = f′(z0) ≠ 0 であるから z0g (z) の1位の零点である。

g (z) は [math]\partial U\ [/math] 上で零点を持たず、また [math]\partial U\ [/math] はコンパクトであるから、 [math]\partial U\ [/math] 上の|g (z) | の最小値は正数である。これをα0とし、その絶対値がα0より小さな正数となる複素数αを任意に選べば、[math]\partial U\ [/math]上で |−α| < |g (z) |であり、ルーシェの定理から U 上で g (z) と g (z) − α の零点の全位数は共に1に等しい。

これは |−α| < α0 であれば U 上で α = g (z) となる U の点 z が唯一存在することを意味する。従って、 V = {z | |g (z) | < α0} と置けば、 VU であり、 V と半径α0の開円板は1対1対応することになる。つまり f (z) = g (z) + f (z0)は V 上で単葉である。

f (z) は複素平面のある領域 D で定義された単葉正則関数とすれば、 f (z) は単葉正則な逆写像 f −1(ω) を持ち、f −1(z) の微分 f −1′(ω) は、合成関数の微分則から、

f −1′(ω) = 1 / f′(z)

(ただし ω = f (z) )で与えられる。

関連する定理

単葉関数と関連する重要な定理がいくつか知られているが、ここでは次の一例のみを紹介する(この定理はリーマンの写像定理を証明する際に必要となる)。

定理 (単葉正則関数の収束定理)

複素平面のある領域 D で定義された単葉正則関数の列 { fn(z) } ( [math]n \in \mathbb{N}[/math] ) が f (z) に広義一様収束するのであれば、f (z) は D で単葉正則関数かまたは定数となる。

証明

まず、 { fn(z) } が単葉正則関数であっても f (z) が定数となる例として fn(z) = z / n がある。当然 f (z) は定数 0 となる。

次に、 Df (z) が定数でも単葉関数でもないと仮定する。この場合、少なくとも、f (z1) = f (z2) = α となる D 内の異なる2点、z1z2 が存在するはずである。

gn(z) = fn(z) − α、g (z) = f (z) − αと定義すれば、 { gn(z) } は D で定義された単葉関数の列であり、g (z) に広義一様収束する。

z1z2 を含み、その閉包 [math]\overline{D'}\ [/math]D に含まれる有界な領域 [math]D'\ [/math] を選ぶことができる。 [math]\overline{D'}\ [/math] は有界な閉集合としてコンパクトであり、 { gn(z) } は[math]\overline{D'}\ [/math]g (z) に一様収束する。

上の仮定の下では、[math]\overline{D'}\ [/math]g (z) の零点の個数は有限である。なぜなら、零点が無限個存在するとすれば、[math]\overline{D'}\ [/math]はコンパクトであるからボルツァーノ=ワイエルシュトラスの定理により全ての零点の集合は少なくとも1個の集積点を持つことになり、一致の定理から g (z) は D で 0 となるが、これは f (z) が定数でないという仮定に反するからである。

[math]D'\ [/math]の境界 [math]\partial D'\ [/math]上に g (z) の零点があると都合が悪いので、そのような場合には[math]\overline{D'}\ [/math]の内側に、z1z2 を含み、しかもその境界上に g (z) の零点が来ないように領域を取り、これを改めて [math]D'\ [/math]とする(このような操作は g (z) の零点が有限個であるから可能である)。

g (z) は [math]\partial D'\ [/math]に零点を持たず、また [math]\partial D'\ [/math] はコンパクトであるから、 [math]\partial D'\ [/math] 上の|g (z) | の最小値は正数である。これをεとする。 { gn(z) } は[math]\overline{D'}\ [/math]g (z) に一様収束するから、ある N[math]\mathbb{N}[/math] が存在して nN であれば |gn(z) − g (z) | < εとできる。

従って、 n が十分大きな自然数であれば、 [math]\partial D'\ [/math] 上で |g (z) | > |gn (z) − g (z) | とでき、ルーシェの定理により[math]D'\ [/math] での gn (z) と g (z) の零点の個数は一致するはずであるが、gn (z) は単葉関数であるから零点の個数は高々1であり(上記基本定理から単葉正則関数の微分は 0 にならないのでその零点の位数は1である)、一方 g (z) のそれはz1z2 を含めて2以上であるから矛盾である。従って、 Dg (z) は定数でなければ単葉関数であることになる。

[math]|a| \lt 1[/math] である任意の複素数 a に対して [math]\phi_a(z) =\frac{z-a}{1 - \bar{a}z}\ [/math] と定義すると、 [math]\phi_a[/math] は単位開円板 [math]\{z \mid |z| \lt 1 \}[/math] をそれ自身に写像するが、これは単位開円板を定義域とする単葉関数となる(この関数もリーマンの写像定理を証明する際に何度も繰り返して使用され、重要な働きをする)。

実関数との比較

複素解析関数 (正則関数に一致する) の場合と異なって、実解析関数の場合では、上記のような性質は成り立たない。例えば ƒ(x) = x3 を考えると、これは

[math]f: (-1, 1) \to (-1, 1) \, [/math]

であり、この定義域で明らかに単射であるが、その微分はx = 0 で 0 であり、その逆写像は区間 (−1, 1)に渡って解析的ではない。ただし逆写像はx = 0 を除いて区間 (−1, 1)に渡って微分可能である。

脚注

参考文献

  • John B. Conway. Functions of One Complex Variable I. Springer-Verlag, New York, 1978. ISBN 0-387-90328-3.
  • John B. Conway. Functions of One Complex Variable II. Springer-Verlag, New York, 1996. ISBN 0-387-94460-5.
  • 遠木幸成・阪井章 『関数論』 学術図書出版社、1966年。

関連項目