南紀 (列車)
南紀(なんき)は、東海旅客鉄道(JR東海)、伊勢鉄道および西日本旅客鉄道(JR西日本)が、名古屋駅 - 新宮駅・紀伊勝浦駅間を関西本線・伊勢鉄道伊勢線・紀勢本線経由で運行する特別急行列車である。
なお、本項では同一経路で運転されている臨時列車および、紀勢本線新宮駅以東を運転していた優等列車の沿革についても記述する。
Contents
概要
特急「南紀」は、1978年10月2日に紀勢本線和歌山駅 - 新宮駅間の電化が完成したことにより、従来天王寺駅 - 名古屋駅間を紀勢本線経由で運転していた「くろしお」の運転系統を分断することになった。このため、「くろしお」の新宮駅以東の運転は廃止され、名古屋駅 - 紀伊勝浦駅間に特急「南紀」を新設したのが始まりである。
列車名の由来
「南紀」の列車名は、 紀伊半島の南部を表す言葉の「南紀」にちなんでいる。なお、JR東海は1996年より新型車両で運転されている列車には「(ワイドビュー)」を冠しており、「(ワイドビュー)南紀」として運転している。
運行概況
2012年3月17日現在の運行概況は次の通り[1]。
名古屋駅 - 紀伊勝浦駅間に3往復、名古屋駅 - 新宮駅間に1往復の合計4往復が運転されている。多客時には、臨時列車として2往復が運転されている。名古屋駅で東海道新幹線「のぞみ」との接続が考慮されている[注釈 1]。
臨時列車の運行がない限り、1号、5号は紀伊勝浦駅で折返し、それぞれ6号、8号となる。紀伊勝浦駅ではJR西日本メンテックによる折返し清掃が行われている。3号は紀伊勝浦駅到着後、新宮駅まで回送され、夜間滞泊ののち、翌日の4号に運用される。7号も新宮駅で夜間滞泊し、翌日の2号となる。
かつては新宮駅 - 紀伊勝浦駅間の初列車と終列車の役割を担うため、上りの2号と下りの9号(現在の7号)は、この区間を普通列車として運転されていたが、2001年3月に系統分割され、新宮駅以南は電車による普通列車となった。この普通列車は2002年3月23日ダイヤ改正で毎日運転の臨時列車に格下げされた後[2]、2010年3月13日ダイヤ改正で廃止された[3]。従って、新宮駅発着列車は、新宮駅以南との連絡列車はそれ以降ない。
列車番号は3001D - 3008Dと運転線区で変更がなく、下りが号数+3000の奇数、上りが号数+3000の偶数である。また臨時列車もこの規則に準じて8001 - 8004Dとされている。
停車駅
名古屋駅 - 桑名駅 - 四日市駅 - 鈴鹿駅 - 津駅 - 松阪駅 - 多気駅 - 三瀬谷駅 - 紀伊長島駅 - 尾鷲駅 - 熊野市駅 - 新宮駅 - 紀伊勝浦駅
- このほか、沿線のイベントに合わせて臨時停車する駅がある。
使用車両・編成
南紀 | ||||||||||
← 名古屋 紀伊勝浦・新宮 →
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運転開始当初はキハ82系気動車が使用されていたが、1992年からJR東海の名古屋車両区に所属するキハ85系気動車が使用されている。通常は4両編成で、そのうち1両が自由席であり、座席指定席は2.5両、グリーン車は0.5両であるが、多客期は最大6両編成で運転されている。
登場当初は通常4両編成であり全室グリーン車である「南紀」専用のキロ85形が用いられていた。2001年に南紀における需要の低迷による編成の見直しによってグリーン車は「ひだ」へ転用され、代わりに「ひだ」用のキハ85形に置き換えられてグリーン車が廃止され、キハ84形中間車の捻出も含め通常は3両編成で運転されるようになった。グリーン車は多客時のみ「ひだ」専用だった半室グリーン車キロハ84(4列座席)が連結されていたが、2009年3月14日から半室グリーン車の連結が通年に変更され、再び通常4両編成で運転されるようになった。
キハ85系の投入により加減速性能・最高速度(120km/h運転化)・曲線通過性能の向上(最大本則+15km/h)といったメリットを活かしたスピードアップが実施されて、1991年3月16日のダイヤ改正により起きていた名古屋駅 - 多気駅間の所要時間が快速「みえ」よりも長いという逆転現象が1年ぶりに解消された[注釈 2]。
担当車掌区所
かつては新宮駅 - 紀伊勝浦駅間もJR東海の乗務員が担当したが、運転士は2010年3月13日のダイヤ改正より、車掌は2013年3月16日ダイヤ改正をもってJR西日本の担当に変更され、現在は新宮駅にて運転士・車掌とも交代している。
臨時列車
鈴鹿グランプリ
「鈴鹿グランプリ」は、鈴鹿サーキットにおいてFIA(国際自動車連盟)主催F1世界選手権日本グランプリが開催される週末に運転される臨時特急列車で、名古屋駅 - 鈴鹿サーキット稲生駅間で運転される。2006年以前には、「鈴鹿F1」という列車名で運行されていた。停車駅は桑名駅と四日市駅で、定期の「南紀」とは異なり鈴鹿駅は通過する。全車指定席となることが多い。
運行本数は年および曜日によって変わる。例として2010年は、土曜日に名古屋発が2本、鈴鹿サーキット稲生発が1本、日曜日に名古屋発が3本、鈴鹿サーキット稲生発が2本運転された。当列車はその性格から、特に上り列車の切符は発売直後に売り切れる場合が多い。そのため、臨時列車としては珍しい立席特急券の発売もおこなわれる。
熊野市花火(2012年以降は設定なし)
「熊野市花火」は、毎年8月17日に行われる熊野大花火大会の開催日と翌日の未明に運転されていた臨時急行列車である。使用車両はキハ85系・キハ75系であり、下りは熊野市行が2本、上りは熊野市発が2本運転されていた。運転区間は年度により異なっていたが、2009年は津駅と亀山駅発着が設定された。2011年は名古屋駅発の1本のみが設定され上りは設定されず、2012年以降は上下とも設定されていない。
花火大会は天候により延期や中止もあるため、大会当日の朝6時に開催決定が発表された場合に限り、7時から急行券・座席指定券・グリーン券が発売されていた。また、1号と4号の急行券は発売駅が限定されていた。
なお、2012年以降は花火大会開催日には優等列車では特急「南紀」のみが臨時に名古屋駅 - 熊野市駅間で運行されている。この臨時「南紀」は定期列車とは異なり全席指定席となり、上記の熊野市花火号と同様に当日の朝7時より発売される。
運賃・料金
1992年3月より特急料金がB特急料金からA特急料金に変更され割高になった。ただし名古屋駅 - 新宮駅間に特定特急料金が設定されており、30kmまでの区間の自由席特急料金は通年320円、31km - 50kmの区間の自由席特急料金が通年650円と割安になっている。
伊勢鉄道を挟む前後の運賃・料金は通過連絡運輸が適用されるため、前後のキロ数を通算して運賃・料金を計算し、それに伊勢鉄道の運賃510円と特急料金310円を加算する。伊勢鉄道のグリーン料金は不要である。伊勢鉄道転換当初は伊勢鉄道の特急料金も不要であり[4]、なおかつ南近畿ワイド周遊券で「南紀」に乗車する場合は伊勢鉄道の運賃も徴収していなかったが[5]、1989年3月よりこれらの取り扱いは廃止された。
紀勢本線新宮駅以東優等列車沿革
紀勢本線全線開業後の展開
- 1959年(昭和34年)
- 1961年(昭和36年)
- 1963年(昭和38年)10月1日:ダイヤ改正により次のように変更。
- 1964年(昭和39年)10月1日:「那智」の運転区間が東京駅 - 紀伊勝浦駅間まで延長。
- 1965年(昭和40年)3月1日:天王寺駅 - 名古屋駅間で、特急「くろしお」1往復が運転開始。
- 1966年(昭和41年)3月5日:「うしお」「くまの」が急行列車になる。
- 1967年(昭和42年)10月1日:紀伊勝浦駅 → 名古屋駅間で「うしお」が1本増発され、2往復になる。
- 1968年(昭和43年)10月1日:ヨンサントオのダイヤ改正により、次のように変更。
- 「うしお」が「紀州」に統合されて廃止。「紀州」は4往復になる。
- 「那智」が「紀伊」(きい)に改称されて廃止。
- 「なぎさ」が「はまゆう」に改称されて廃止。
- 1973年(昭和48年)9月1日:河原田駅(国鉄時代の起点は南四日市駅) - 津駅間を短絡する伊勢線(現在の伊勢鉄道伊勢線)が開通したことにより、特急「くろしお」と急行「紀州」5往復のうち3往復が、亀山駅経由から同線経由になる。
- 1975年(昭和50年)3月10日:ダイヤ改正(1975年3月10日国鉄ダイヤ改正)により、「紀伊」は14系客車が使用された寝台特急列車になる。
紀勢東線特急「南紀」登場
- 1978年(昭和53年)10月2日:ゴーサントオのダイヤ改正により、次のように変更。
- 「くろしお」が新宮駅で系統分割され、名古屋駅 - 新宮駅間が廃止。
- 名古屋駅 - 紀伊勝浦駅間(伊勢線経由)で特急「南紀」3往復が運転開始。
- 「紀州」は名古屋駅 - 紀伊勝浦駅間(亀山駅経由)の2往復、名古屋駅 - 紀伊勝浦駅間(伊勢線経由)の1往復になる。
- 1980年(昭和55年)10月1日:ダイヤ改正(1980年10月1日国鉄ダイヤ改正)により、「くまの」が廃止。
- 1982年(昭和57年)5月17日:夜行の「紀州」が廃止され、2往復になる。このうち伊勢線経由だった1往復が亀山駅経由に変更。
- 1984年(昭和59年)2月1日:ダイヤ改正(1984年2月1日国鉄ダイヤ改正)により、「紀伊」が廃止。
- 1985年(昭和60年)3月14日:ダイヤ改正(1985年3月14日国鉄ダイヤ改正)により次のように変更。
- 「紀州」「はまゆう」が廃止。
- 「南紀」が1往復増発されて4往復になる。
- 「南紀」の1本が、紀伊勝浦駅 → 新宮駅間で普通列車として運転されるようになる。
- 1986年(昭和61年)11月1日:「南紀」の1往復が、紀伊勝浦駅 - 新宮駅間で普通列車として運転されるようになる。
国鉄分割民営化後の運行展開
- 1989年(平成元年)3月13日:ダイヤ改正(一本列島)により、「南紀」が1往復増発されて5往復になる。また、名古屋駅 → 紀伊勝浦駅間(亀山駅経由)に臨時夜行快速「スターライト」が運転開始(1992年まで)。
- 1990年(平成2年)3月20日:「南紀」が1往復削減され4往復になる。名古屋駅 - 紀伊勝浦駅間で快速「みえ」が運転開始(熊野市駅以南は各駅停車)。
- 1992年(平成4年)3月14日:ダイヤ改正により、次のように変更。
- 「南紀」の使用車両がキハ82系からキハ85系に変更され、キハ82系の定期運用が終了。名古屋駅 - 紀伊勝浦駅間はキハ80系と比べて42分短縮の3時間23分で運転。
- 特急料金がA特急料金に変更。
- 「南紀」が1往復増発され、5往復となる。
- 1993年(平成5年)12月1日:この時から翌年夏まで鳥羽駅 - 紀伊勝浦駅間に臨時特急「鳥羽・勝浦」が1往復運転される。
- 1995年(平成7年)1月21日:キハ82系による「メモリアル南紀」号が運転される。運転区間は名古屋 - 新宮間
- 1996年(平成8年)7月25日:列車名に"ワイドビュー"が冠され「(ワイドビュー)南紀」になる。
2000年代の動き
- 2001年(平成13年)3月3日:「南紀」のグリーン車連結が通年から多客期に変更。全区間特急列車として運転されるようになる。
- 2005年(平成17年)10月1日:31km - 50kmの区間の自由席特急料金を通年630円に値下げ。
- 2006年(平成18年)3月18日:ダイヤ改正により、「南紀」が伊勢鉄道鈴鹿駅と三瀬谷駅に全列車停車。
- 2009年(平成21年)
2010年代の動き
脚注
注釈
出典
- ↑ 『JR時刻表』2012年3月号、交通新聞社。
- ↑ 『JR時刻表』(弘済出版社→交通新聞社)2001年12月号、314頁および319頁では当該普通列車は定期列車扱い、2002年6月号、316頁および321頁では毎日運転の臨時列車扱い。
- ↑ 『JR時刻表』(交通新聞社)2009年11月号、314頁および321頁では当該普通列車は毎日運転の臨時列車扱い、2010年3月号、314頁および321頁では記載なし。
- ↑ 川島令三『全国鉄道事情大研究 名古屋都心部・三重篇』草思社、1996年。ISBN 4-7942-0700-X。
- ↑ 種村直樹『鉄道旅行術』日本交通公社出版事業局、1987年。ISBN 4-533-00846-1。
- ↑ 受動喫煙防止の取り組みについて -JRおでかけネット 西日本旅客鉄道
- ↑ 列車運休・復旧情報 - 台風12号の災害で長期間の運休が見込まれる区間も(2012年7月10日時点のアーカイブ) - マイコミジャーナル 2011年9月8日
- ↑ 紀勢本線の運行計画(9月8日以降)について (PDF) (2011年9月30日時点のアーカイブ) - 東海旅客鉄道 2011年9月7日
- ↑ 待ちわびた特急1号 JR紀勢線3カ月ぶり復旧 和歌山(2012年7月21日時点のアーカイブ) - 朝日新聞 2011年12月3日
- ↑ “平成25年3月ダイヤ改正について” (PDF) (プレスリリース), 東海旅客鉄道, (2012年12月21日) . 2015閲覧.
参考文献
- 今尾恵介・原武史『日本鉄道旅行歴史地図帳-全線・全駅・全優等列車- 7号・東海』新潮社、2010年。ISBN 978-4-10-790041-8。
- 今尾恵介・原武史『日本鉄道旅行歴史地図帳-全線・全駅・全優等列車- 8号・近畿』新潮社、2010年。ISBN 978-4-10-790042-5。