ローガン・オンドルーセック
ローガン・ジャレッド・オンドルーセック(Logan Jared Ondrusek , 1985年2月13日 - )は、アメリカ合衆国・テキサス州ラバカ郡ハレッツビル出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。2018年現在は、独立リーグ・アトランティックリーグのロングアイランド・ダックスに所属。
NPBの東京ヤクルトスワローズに所属していた時期には、ローガン・オンドルセクという登録名を用いていた[1][2]。ただし、名前の発音記号が「on-DREW-sek」であることから、「オンドルーセク」という表記が原音に近い。
Contents
経歴
プロ入り前
セントポール高校からマクレナン・コミュニティ大学へ進学。
プロ入りとレッズ時代
2005年のMLBドラフト13巡目(全体392位)でシンシナティ・レッズから指名され、プロ入り。
2010年には、4月5日のセントルイス・カージナルス戦に4番手投手としてMLBデビューを果たすと、MLB公式戦60試合に登板した。
2012年までは、3年連続でMLB公式戦60試合以上に登板。ただし、同年はFIPが5点台を記録するなど、投球内容が安定しなかった。
ヤクルト時代
2014年12月29日に、NPBの東京ヤクルトスワローズと契約したことが球団から発表された。推定年俸120万ドルに出来高の条件を付けた1年契約で、背番号は「58」。登録名はオンドルセクで、2016年の契約選択権を球団が保有していた。
2015年には、クローザーのトニー・バーネットにつなぐセットアッパーとして、一軍公式戦72試合に登板。セントラル・リーグ1位タイの33ホールドと、リーグ2位の38ホールドポイント(5勝33ホールド)を記録するとともに、チームのリーグ優勝に貢献した。この活躍によって、シーズン終了後には、球団との間で新たに1年契約を結んだ。
2016年には、バーネットの移籍を背景にクローザーへ転向。セ・パ交流戦が終了した6月下旬の時点で、3勝1敗2ホールド11セーブを記録していた。
ヤクルト退団騒動
2016年6月26日の対中日ドラゴンズ戦(神宮球場)で、3点リードの9回表から登板したところ、中日打線の連打や左翼手・比屋根渉の失策などから同点に追い付かれて救援に失敗。この回限りで降板すると、首脳陣やチームメイトに対して、ベンチ内で悪態を付いたり暴言を吐いたりするなどの行為に及んだ。そのため、試合中にもかかわらず、一軍監督の真中満からクラブハウスへの引き上げを命じられた(試合は延長11回の末にヤクルトがサヨナラ勝利)[3]。
オンドルセクは、チームの外国人選手のリーダー格だったバーネットの退団以降、「傍若無人」と受け取られかねないような振る舞いを度々示していた。球団は、そのことも背景に、この試合におけるオンドルセクの態度を問題視[3]。翌27日には、オンドルセクの出場選手登録を抹消するとともに、オンドルセクを無期限の自宅謹慎に処した[4][5]。
オンドルセクは、6月29日に球団幹部へ謝罪したことで、自宅謹慎処分を解除された。解除を機に二軍の練習へ合流した[6]が、球団から有給休暇を取得したうえで、7月17日に家族のアメリカ帰省へ同行[7]。帰国後には、「首脳陣との対立から精神的に立ち直ることが困難」という理由で、代理人を通じて球団に退団を申し出た。球団では、この申し出を受理したうえで、7月21日にオンドルセクとの契約を解除することを発表。同日付でウェイバー公示の手続きに入る[8]と、27日にNPBから自由契約選手として公示された[9]。
ヤクルト退団後
2016年7月29日にボルチモア・オリオールズとの間で単年のメジャー契約を結び、契約後には救援投手としてMLB公式戦6試合に登板した。だが、防御率が6.75に達するなど振るわなかったため8月11日に傘下AA級ボウイ・ベイソックスへの降格を命じられた[10]。8月25日にメジャー復帰を果たしたが、当日の対ワシントン・ナショナルズ戦で1回を投げて3失点を喫したことからMLB公式戦での防御率が9.95にまで悪化し[11]、球団は故障者リストに入っていた救援投手のT.J.マクファーランドを8月26日付でMLB25人枠へ復帰させるため、DFAとなった[12]。8月30日に40人枠から外れAA級ボウイに降格し、11月4日にFAとなった[13]。12月13日には、メジャー契約で再び締結したことが球団から発表された。年俸65万5000ドルの単年契約で20試合以上の登板で10試合ごとにつき10万ドルの出来高が盛り込まれた。さらに2018年の年俸150万ドルでの契約延長オプションを球団側が有することになった[14][15]。
2018年3月27日にロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結ぶが、7月17日に解雇となる。7月25日に独立リーグ・アトランティックリーグのロングアイランド・ダックスと契約。
投球スタイル
平均球速約149km/h、最速157km/hの速球を投げる[16]。93 - 96マイルのフォーシームとツーシーム、90 - 95マイルのカッター、77 - 82マイルのカーブの4球種がメインで、他にチェンジアップとスライダーとスプリットも投げることがある[17]。2013年頃からスプリットの投球割合が増えており、奪三振率、与四球率、FIP(実際の防御率よりも投手本来の力を反映しているとされる疑似防御率)等の各数値が大きく向上してきている[16]。
詳細情報
年度別投手成績
2010 | CIN | 60 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 0 | 0 | 6 | 1.000 | 240 | 58.2 | 49 | 7 | 20 | 1 | 0 | 39 | 2 | 0 | 25 | 24 | 3.68 | 1.18 |
2011 | 66 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 5 | 0 | 14 | .500 | 268 | 61.1 | 55 | 6 | 28 | 7 | 2 | 41 | 6 | 0 | 25 | 22 | 3.23 | 1.35 | |
2012 | 63 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 2 | 2 | 13 | .714 | 243 | 54.2 | 51 | 8 | 31 | 4 | 3 | 39 | 5 | 0 | 23 | 21 | 3.46 | 1.50 | |
2013 | 52 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 1 | 0 | 6 | .750 | 233 | 55.0 | 53 | 8 | 16 | 1 | 1 | 53 | 5 | 1 | 26 | 25 | 4.09 | 1.25 | |
2014 | 40 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 3 | 0 | 4 | .500 | 189 | 41.0 | 50 | 5 | 16 | 1 | 1 | 42 | 3 | 0 | 26 | 25 | 5.49 | 1.61 | |
2015 | ヤクルト | 72 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 2 | 0 | 33 | .714 | 276 | 70.1 | 52 | 2 | 22 | 1 | 0 | 62 | 0 | 1 | 17 | 16 | 2.05 | 1.05 |
2016 | 30 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 1 | 11 | 2 | .750 | 121 | 29.1 | 23 | 0 | 11 | 1 | 0 | 29 | 0 | 0 | 10 | 8 | 2.45 | 1.16 | |
BAL | 7 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | .000 | 29 | 6.1 | 9 | 1 | 3 | 0 | 0 | 4 | 0 | 0 | 7 | 7 | 9.95 | 1.89 | |
MLB:6年 | 288 | 0 | 0 | 0 | 0 | 21 | 11 | 2 | 44 | .656 | 1202 | 277.0 | 267 | 35 | 114 | 14 | 7 | 218 | 21 | 1 | 132 | 124 | 4.03 | 1.37 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
NPB:2年 | 102 | 0 | 0 | 0 | 0 | 8 | 3 | 11 | 35 | .727 | 397 | 99.2 | 75 | 2 | 33 | 2 | 0 | 91 | 0 | 1 | 27 | 24 | 2.17 | 1.08 |
- 2017年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
記録
- MLB
- 初登板:2010年4月5日、対セントルイス・カージナルス戦(グレート・アメリカン・ボール・パーク)、8回表に4番手で救援登板、1回無失点
- 初奪三振:2010年4月13日、対フロリダ・マーリンズ戦(サンライフ・スタジアム)、8回裏にホルヘ・カントゥから空振り三振
- 初ホールド:2010年4月17日、ピッツバーグ・パイレーツ戦(PNCパーク)、7回裏に3番手で救援登板、1回1/3を無失点
- 初勝利:2010年7月23日、対ヒューストン・アストロズ戦(ミニッツメイド・パーク)、7回裏に2番手で救援登板、1回無失点
- 初セーブ:2012年5月9日、対ミルウォーキー・ブルワーズ戦(ミラー・パーク)、9回裏2死に4番手で救援登板・完了、1/3回を無失点
- NPB
- 初登板・ホールド:2015年3月27日、対広島東洋カープ1回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、7回裏2死に2番手で救援登板、1回1/3を無失点
- 初奪三振:同上、8回裏に丸佳浩から空振り三振
- 初勝利:2015年4月8日、対中日ドラゴンズ2回戦(明治神宮野球場)、10回表に3番手で救援登板、完了、1回を無安打無失点
- 初セーブ:2016年4月8日、対横浜DeNAベイスターズ1回戦(横浜スタジアム)、9回裏に3番手で救援登板、完了、1回を無安打無失点
背番号
- 66 (2010年 - 2014年)
- 58 (2015年 - 2016年7月27日)
- 51 (2016年途中 - )
脚注
- ↑ 個人年度別成績 【オンドルセク (東京ヤクルトスワローズ)】. 日本野球機構.
- ↑ オンドルセク. 東京ヤクルトスワローズ.
- ↑ 3.0 3.1 首脳陣に暴力行為のオンドルセク追放も…過去には登板拒否に仲間批判 (『スポーツニッポン』2016年6月28日付記事)
- ↑ ヤクルト・オンドルセク最悪退団も 代役は秋吉(『日刊スポーツ』2016年6月28日付記事)
- ↑ ヤクルト・真中監督 大暴れのオンドルセクに言及「チームの士気に関わる」(『東京スポーツ』2016年6月27日付記事)
- ↑ ヤクルト・オンドルセクが謝罪、二軍練習に合流へ(『日刊スポーツ』2016年6月30日付記事)
- ↑ 【ヤクルト】オンドルセク、有給休暇取得し帰国(『日刊スポーツ』2016年7月15日付記事)
- ↑ オンドルセクがヤクルト退団「心の中では葛藤が…」(『日刊スポーツ』2016年7月21日付記事)
- ↑ 2016年度自由契約選手 NPB(日本野球機構)公式サイト(2016年7月27日閲覧)
- ↑ “元ヤクルト守護神オンドルセクが2Aに降格 オリオールズで防御率6.75”. Full-Count (2016年8月12日). . 2016年8月15日閲覧.
- ↑ “オリオールズ 元ヤクルト・オンドルセクを戦力外 防御率9点台”. スポーツニッポン (2016年8月28日). . 2016年8月28日閲覧.
- ↑ “オンドルセク オリオールズを戦力外に メジャー25人枠から外れる”. スポーツニッポン (2016年8月27日). . 2016年8月27日閲覧.
- ↑ 13.0 13.1 MLB公式プロフィール参照。2017年3月16日閲覧。
- ↑ “オリオールズ 元ヤクルトのオンドルセクと再契約 18年のオプションも”. スポーツニッポン. (2016年12月13日) . 2016年12月13日閲覧.
- ↑ “元燕オンドルセクとオリオールズの再契約に地元メディア「奇妙に映る」”. Full-Count. (2016年12月14日) . 2016年12月25日閲覧.
- ↑ 16.0 16.1 “スプリットで勝負! ヤクルト待望の守護神候補・長身右腕オンドルセクの実力はいかに?”. ベースボールチャンネル. (2014年12月30日) . 2015年1月7日閲覧.
- ↑ Brooks Baseball · Home of the PitchFX Tool - Player Card: Logan Ondrusek
関連項目
外部リンク
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