チャールズ・ゴードン=レノックス (第6代リッチモンド公爵)

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第6代リッチモンド公爵チャールズ・ヘンリー・ゴードン=レノックス: Charles Henry Gordon-Lennox, 6th Duke of Richmond, KG, PC1818年2月27日 - 1903年9月27日)は、イギリスの政治家、貴族。

ヴィクトリア朝中期から後期の保守党政権で閣僚職を歴任した。父が爵位を継承する1819年までセトリントン卿 (Lord Settrington)、1819年から自身が爵位を継承する1860年までマーチ伯爵 (Earl of March) の儀礼称号で称された。

経歴

第5代リッチモンド公爵チャールズ・ゴードン=レノックスEnglish版とその夫人キャロライン(初代アングルシー侯爵English版ヘンリー・パジェットEnglish版の娘)の間の長男としてロンドンの自邸リッチモンド・ハウスEnglish版に生まれる[1]

ウェストミンスター・スクールを経てオックスフォード大学クライスト・チャーチへ進学[1]

1841年から爵位を世襲する1860年までウェスト・サセックス選挙区English版選出の保守党庶民院議員を務めた[1]。1860年10月に爵位を世襲して貴族院議員に列する[2]

第三次ダービー伯爵内閣期の1867年3月、クランボーン子爵(後のソールズベリー侯爵)が第二次選挙法改正に反対して辞職し、その後任に通商大臣サー・スタッフォード・ノースコート准男爵が就任したのに伴う玉突き人事で通商大臣English版に就任した[3]。続く第1次ディズレーリ内閣でも留任した[4]

野党期の1869年暮れに保守党貴族院院内総務English版を務めていたケアンズ伯爵が辞職したのに伴い、温和な人物だったリッチモンド公がその後任となる。以降、党首ディズレーリがビーコンズフィールド伯爵に叙されて貴族院に移籍する1876年8月までその地位にあり、ディズレーリの方針を貴族院から支持した。しかし当時のディズレーリの貴族院保守党に対する影響力は微妙であり、そのため党内反ディズレーリ派の間にはソールズベリー侯爵を保守党貴族院院内総務に推す声が根強くあった[5]

1874年2月に成立した第2次ディズレーリ内閣には陸軍大臣English版としての入閣を希望していたが、ディズレーリはそのポストを財政に強い庶民院議員から任命したがっていたため、結局リッチモンド公は枢密院議長貴族院院内総務として入閣することになった[6]。農業問題に精通していたため、その分野で活躍した[7]

リッチモンド公はヴィクトリア女王のお気に入りの貴族であったため[7]、1876年1月13日に新たに連合王国貴族爵位としてゴードン公爵を与えられた[1]。これによりゴードン=レノックス家は4つの公爵位を保持する唯一の家柄となった。四公位の所領全て合わせた土地面積は28万エーカーにも及ぶという[7]

1885年から1886年に成立した第1次ソールズベリー侯爵内閣では通商大臣English版スコットランド担当大臣を務めた[1]

1903年9月27日スコットランドマレーフォッシャバーズEnglish版にあるゴードン城English版において死去した。85歳だった[1]

栄典

爵位

1860年10月21日に死去した父から以下の爵位を継承した[8][1]

1876年1月13日に以下の爵位を新規に与えられた[8][1]

勲章

その他


家族

1843年にアルジャーノン・グランヴィルEnglish版の娘フランセス・ハリエット・グランヴィル(1824年 - 1884年)と結婚し、彼女との間に以下の6子を儲ける[1]

  • 第1子(長女)キャロライン・ゴードン=レノックス(1844年 - 1934年)- 結婚せず
  • 第2子(長男)チャールズ・ヘンリー・ゴードン=レノックス (1845年 - 1928年)- 第7代リッチモンド公爵位を継承。政治家
  • 第3子(次男)アルジャーノン・チャールズ・ゴードン=レノックス(1847年 - 1921年) - 陸軍軍人
  • 第4子(三男)フランシス・チャールズ・ゴードン=レノックス(1849年 - 1886年) - 陸軍軍人
  • 第5子(次女)フロレンス・ゴードン=レノックス(1851年 - 1895年) - 結婚せず
  • 第6子(四男)ウォルター・チャールズ・ゴードン=レノックスEnglish版(1865年 - 1922年) - 政治家。

脚注

注釈

出典

  1. 1.00 1.01 1.02 1.03 1.04 1.05 1.06 1.07 1.08 1.09 1.10 Lundy, Darryl. “Charles Henry Gordon-Lennox, 6th Duke of Richnond” (英語). thepeerage.com. . 2013閲覧.
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  3. ブレイク(1993) p.537
  4. ブレイク(1993) p.570
  5. ブレイク(1993) p.602-603/617
  6. ブレイク(1993) p.630
  7. 7.0 7.1 7.2 森(1987) p.203
  8. 8.0 8.1 Heraldic Media Limited. “Richmond, Duke of (E, 1675)” (英語). Cracroft's Peerage The Complete Guide to the British Peerage & Baronetage. . 2015閲覧.

参考文献

外部リンク

無効なパラメータ
先代:
ジョン・レノックス卿English版
サリー伯爵
西サセックス選挙区English版選出庶民院議員
1841年1860年
同一選挙区同時当選者
チャールズ・ウィンダムEnglish版 1841–1847
リチャード・プライムEnglish版 1847–1854
ヘンリー・ウィンダムEnglish版 1854–1860
次代:
ヘンリー・ウィンダムEnglish版
サー・ウォルター・バートテロット準男爵English版
公職
先代:
サー・スタッフォード・ノースコート准男爵
イギリスの旗 通商大臣English版
1867年1868年
次代:
ジョン・ブライト
先代:
初代アバーデア男爵
イギリスの旗 枢密院議長
1874年1880年
次代:
第5代スペンサー伯爵
先代:
第2代グランヴィル伯爵
イギリスの旗 貴族院院内総務
1874年 - 1876年
次代:
初代ビーコンズフィールド伯爵
先代:
ジョゼフ・チェンバレン
イギリスの旗 通商大臣English版
1885年
次代:
エドワード・スタンホープ閣下English版
先代:
新設
イギリスの旗 スコットランド担当大臣
1885年1886年
次代:
サー・ジョージ・トレヴェリアン准男爵English版
名誉職
先代:
第5代ファイフ伯爵English版
バンフシャー州知事English版
1879年1903年
次代:
第7代リッチモンド公爵
党職
先代:
初代ケアンズ伯爵
保守党貴族院院内総務English版
1870年1876年
次代:
初代ビーコンズフィールド伯爵
イングランドの爵位
先代:
チャールズ・ゴードン=レノックスEnglish版
25px 第6代リッチモンド公爵
1860年1903年
次代:
チャールズ・ゴードン=レノックス
イギリスの爵位
新設 25px 初代ゴードン公爵
1876年1903年
次代:
チャールズ・ゴードン=レノックス