識字
識字(しきじ)(literacy)
文字の読み書きができること。特定の国や地域における識字者の割合を識字率 literacy rateと呼び,国際連合教育科学文化機関 UNESCOは成人識字率を 15歳以上の識字者の,人口に占める割合と定義している。どの程度の能力をもって識字とみなすべきかは,対象となる社会や言語などによって異なり,専門家の間でも見解が分かれる。自分の名前を書けるか,ある程度実用的な読み書きができるかなど,多様な基準がとられる。識字は教育の基礎となり,経済発展や社会の発展と密接に結びついているため,識字率は重要な経済社会指標として人間開発指数の要素ともなっている。
中世以前は,庶民には教育を受ける機会や日常で接する文字や書物の量が乏しく,識字による便益も少なかったため,識字者は官吏や聖職者,学者などにかぎられた。ヨーロッパでは近代に印刷技術が発展,宗教改革と相まって大衆に書物が普及し,市民社会の成熟とともに近代的な公教育制度が整備され,識字が広まった。日本では近世に文書の流通が増加し,また寺子屋が庶民の教育に寄与したため識字率は同時代の世界で比較的に高水準だったとされるが,地域間や男女間,階層間での差が大きく,能力の程度はまちまちだったとする説もある。明治期,学校教育の確立(学制),就学率の向上により識字率は飛躍的に高まった。今日,日本では公的な識字率の調査は実施しておらず,義務教育の就学率をもって識字率としている。
識字の定義は多様だが,21世紀初めにおいて,世界の男性の 8割,女性の 7割がおおむね識字者とされた。識字率は,欧米や日本など先進国では 100%に近いが,南アジアやサハラ以南のアフリカなどの発展途上国では低い。一地域内でも,社会経済的地位などにより格差があり,女性の教育が軽視される地域では性差が大きい。UNESCOの発表によると,1950年から 2000年までに世界の非識字率は 44%から 20%となったが,非識字者の数は 7億人から 8億6000万人へと増加した。国際連合は 1990年を国際識字年に,2003~12年を「国連識字の10年」と定めキャンペーンを展開した。今日,UNESCOをはじめとする国際機構や各国政府,非政府組織 NGOなどが識字教育を推進している。