鈴鹿関
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鈴鹿関(すずかのせき)は、伊勢国にあった古代東海道の関所である。三関のひとつ。
701年(大宝元年)に創設され、789年(延暦8年)7月に廃された。しかし、その後も即位、大喪、反乱のある際には(時代が下るにつれて儀礼化が進んだものの)かならず三関を警護し、このときは南の伊賀路すなわち加太越を通った。
光孝天皇の886年(仁和2年)、鈴鹿山の新道(阿須波道)が開かれた。すなわちこれが鈴鹿峠である。
関址は、三重県亀山市関町新所とする説が有力。2006年(平成18年)同所の観音山公園東経136度23分06秒北緯34.857119度 東経136.384929度から北辺城壁と見られる築地が発見され、発掘調査が続いている。