「固有多項式」の版間の差分
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線型代数学において、固有多項式(こゆうたこうしき、characteristic polynomial)あるいは特性多項式(とくせいたこうしき)とは、正方行列に付随して得られるある多項式を指し、その行列の固有値、行列式、トレース、最小多項式といった重要な量と関連している。相似な行列に対しては同じ固有多項式が定まる。
またグラフ理論において、グラフの固有多項式とは、グラフの隣接行列の固有多項式のことを指す。この多項式はグラフの不変量となっている。すなわち同型なグラフは同じ固有多項式を持つ。
動機
n 次正方行列 A に対し、A の固有値をすべて求めることを考える。
あるスカラーλが A の固有値であるとは、Av = λv を満たすベクトル v ≠ 0 が存在することである。条件 Av = λv は (λI − A)v = 0 と同値である(ここで I は単位行列)。したがって λ が A の固有値である必要十分条件は、一次方程式
- [math](\lambda I-A)v=0[/math]
の非自明な解 v ≠ 0 が存在すること、つまり det(λI − A) = 0 となることである。
以上から、与えられた n 次正方行列 A のすべての固有値は、n 次方程式 det(λI − A) = 0 の解として求まる。
また、この方程式 det(λI − A) = 0 を固有方程式あるいは特性方程式と言う。
定義
K を体(例えば実数全体や複素数全体)とする。K の元を成分とする n 次正方行列を A とする。A の固有多項式とは、
- [math]p_A(t)=\det(tI-A)[/math]
で定義される多項式 pA(t) のことである。ここで I は単位行列である。
(pA(t) = det(A − tI) を定義とする場合もあるが、n が奇数のときに限り符号 −1 がつくだけなので本質的に違いはない。)
例
次の実行列 A の固有値を求める。
- [math]A=\begin{pmatrix} 3 & -2\\ 1& 0 \end{pmatrix} [/math]
そのためには、A の固有多項式、すなわち
- [math]t I-A = \begin{pmatrix} t-3&2\\ -1&t \end{pmatrix} [/math]
の行列式を計算すればよく、それは
- [math]p_A(t) = (t-3)t - 2(-1) = t^2 - 3t + 2 = (t - 1)(t - 2)[/math]
となる。よって A の固有値は 1 と 2 である。
性質
- つまりA の固有値を λ1, …, λk とし、mi を各固有値の重複度とすると
- [math] p_A(t) = (t - \lambda_1)^{m_1} \dotsb (t - \lambda_k)^{m_k}[/math]
- が成り立つ。
- 固有多項式の定数項 pA(0) は、(−1)n det(A) となる。また、tn − 1 の係数は −tr(A) である。
- 例えば2次正方行列の固有多項式は
- [math]t^2 - \operatorname{tr}(A)t + \det(A)[/math]
- と簡単に表すことができる。
- また、3次正方行列の固有多項式は、
- [math]t^3-{\operatorname{tr}}(A)t^2+c_2t-\det(A)[/math]
- と表すことができる。ここで c2 を主小行列式 (principal minor) の総和である。
- 奇数次の実数係数多項式は少なくともひとつ実根を持つことから、奇数次の実数係数行列は、少なくともひとつ実固有値を持つ。実根をもたない偶数次の多項式は存在するが、代数学の基本定理によれば、複素数の範囲で、n 次多項式は重複を込めて n 個の根を持つ。実数係数多項式の実数でない根は複素共役との組で現れることから、実数係数行列の実数ではない固有値も共役複素数の組で現れることがわかる。
- ケーリー・ハミルトンの定理:固有多項式において t を A に置き換えて得られる行列 pA(A) は、零行列に等しい。
- [math]p_A(A)=O[/math]
- この定理により、A の最小多項式は、pA(t) を割り切ることがわかる。
- 相似な2つの行列は、同じ固有多項式を持つ。
- ただし逆は正しくない。すなわち、同じ固有多項式を持つ行列でも相似ではないものがある。例えば、
- [math]\begin{pmatrix} 1 & 1\\ 0 & 1 \end{pmatrix},\ \begin{pmatrix} 1 & 0\\ 0 & 1 \end{pmatrix}[/math]
- の固有多項式はともに (t − 1)2 だが相似ではない。(前者の最小多項式は (t − 1)2であるが、後者は t − 1 である。)
- A と A の転置行列の固有多項式は一致する。
- A が三角行列に相似であることと、体 K 上で固有多項式が一次式の積に分解することとは同値である。(この場合、A はさらにジョルダン標準形とも相似になる。)
- 2行列の積に対する固有多項式
- A と B を n 次正方行列とするとき、AB と BA の固有多項式は一致する。すなわち
- [math]p_{AB}(t)=p_{BA}(t)[/math]
- が成り立つ。
- より一般に、A が m × n 行列、B が n × m 行列で m ≤ n とするとき、AB は m × m 行列で、BA は n × n 行列である。このとき
- [math] p_{BA}(t) = t^{n-m} p_{AB}(t)\,[/math]
- が成り立つ。