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{{改名提案|銀座 (東京都中央区)|date=2018年7月}}
 
{{脚注の不足|date=2013年4月}}
 
{{Otheruseslist|[[東京都]][[中央区 (東京都)|中央区]]にある商業地区|[[封建制|封建時代]]([[近世]])の日本の政権において、[[銀貨]]の[[鋳造]]を行った機関|銀座 (歴史)|[[パチンコ]]・[[パチスロ]]メーカー|銀座 (企業)|全国にある地名の銀座|銀座 (地名)}}
 
 
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}}
  
'''銀座'''(ぎんざ)は、[[東京都]][[中央区 (東京都)|中央区]]の[[地名]]で、旧[[京橋区]]の[[地域]]にある。現行行政地名は銀座一丁目から銀座八丁目。[[郵便番号]]は104-0061<ref name="postal" />。[[地域ブランド]]としても知られている。
+
'''銀座'''(ぎんざ)
 
 
== 概要 ==
 
[[日本]]有数の[[繁華街]]であり[[下町]]の一つでもある。東京屈指の高級な商店街として、日本国外においても戦前より[[フジヤマ]]、[[ゲイシャ]]、[[ミキモト]]、[[赤坂 (東京都港区)|赤坂]]などとともに知られる。「銀座」の名は一種の[[ブランド]]になっており全国各地の[[商店街]]には「○○銀座」と呼ばれる所がそこかしこに見受けられる。銀座の地名の由来は、[[江戸時代]]に設立された[[銀]][[貨幣]]の鋳造所のことで、[[1601年]](慶長6年)に[[京都]]の伏見に創設されたのが始まり{{sfn|浅井建爾|2001|p=154}}。1606年(慶長11年)に[[駿府]](現・静岡市)の置かれていた幕府の銀座鋳造所(銀座役所)が、[[1612年]](慶長17年)に[[江戸]]に移され{{sfn|浅井建爾|2001|p=154}}、その後[[1800年]]に[[東京]]の[[日本橋蛎殻町|蛎殻町]]に移転して以来、元の「新[[両替町]]」の名称に代わって「銀座」として親しまれるようになり<ref>{{Cite web|url=http://www.ginza-machidukuri.jp/column/column1-5.html|title=銀座八丁―町名の変遷|publisher=銀座まちづくり会議・銀座デザイン協議会|work=ウェブサイト|accessdate=2018-02-17}}</ref>、銀座役所が[[日本橋 (東京都中央区)|日本橋]]に移転されたあともこの地名が定着した。また、銀座四丁目交差点周辺は[[商業地]]として日本一[[地価]]の高い場所としても知られる。
 
 
 
== 地理 ==
 
[[ファイル:Car Free Ginza 201806.jpg|thumb|[[中央通り (東京都)|中央通り]]の[[歩行者天国]]]]
 
[[File:銀座ー1.JPG|thumb|オリンピック凱旋パレード(2012年8月19日撮影)]]
 
[[File:銀座ー2.JPG|thumb|巨人軍優勝パレード(2009年11月22日撮影)]]
 
東京都中央区の西部に位置し、西を[[千代田区]]、南を[[港区 (東京都)|港区]]に接する。北側より銀座一丁目から銀座八丁目まで存在する。また、[[江戸城外堀]]を埋め立てた[[東京高速道路]]の1・2階部分は商店街となっているが、行政区画が未確定な部分もあり、俗に銀座九丁目・銀座西◎丁目地先などと呼ばれる。こうした事情から、銀座は4丁目と5丁目を除き、1番地が存在しない。こうした未整理区域が在ることを利用し、銀座八丁目と新橋の間には銀座九丁目を示す「銀座ナイン」と呼ばれる商業施設が3棟あり<ref>行政区画上、銀座八丁目の管轄となっている。なお、建物の上は道路になっている。</ref>、2号館には「銀座九丁目」というおでん屋が入居している。
 
 
 
街路に関しては、[[仙台市|仙台]]、[[秋田市|秋田]]、[[会津若松市|会津若松]]、駿府([[静岡市|静岡]])、[[名古屋市|名古屋]]、大坂([[大阪市|大阪]])、[[広島市|広島]]など多くの[[近世]][[城下町]]の[[町人]]地と同じく、[[直交]]街路を基本としており、これは近隣の[[日本橋 (東京都中央区)|日本橋]]、[[京橋 (東京都中央区)|京橋]]地区と同様である。
 
 
 
しかし、[[大阪市|大阪]]の[[船場]]や[[名古屋市|名古屋]]の[[錦三丁目|錦]]周辺、あるいは[[京都市|京都]]の[[四条通|四条]][[室町通|室町]]周辺などと異なり、街区は[[正方形]]ではなく細長い[[長方形|短冊形]]となっている。これは、京都のうち[[豊臣秀吉]]による都市改造を受けた地域や、大阪の[[上汐|平野町]]や[[天満]]周辺、[[松山市|松山]]などと共通する。
 
 
 
また、街路網は北東から南西に向かう'''[[中央通り (東京都)|中央通り]]'''を中軸として設計されており、[[大阪市|大阪]]、[[京都市|京都]]、[[名古屋市|名古屋]]、[[札幌市|札幌]]のように東西南北の方位を基準とした構造を有していないばかりか、銀座における中央通りの軸線は、[[京橋 (東京都中央区)|京橋]]、[[日本橋 (東京都中央区)|日本橋]]、[[神田 (千代田区)|神田]]における軸線と異なる方向を向いている。これは、[[徳川家康]]による当初の都市計画の際、[[#江戸前島|江戸前島]]以来の[[微高地]]の[[尾根]]筋沿いに、地形に沿った主軸線として通町筋(とおりちょうすじ、現在の中央通り)を設定し、そこから両側に向かう道路を設けることにより、効率的な[[排水]]の便を図ったものといわれる。
 
 
 
[[近代]]になってからの[[都市計画]]に基づきさらに整備が加えられている。[[関東大震災]]後、[[後藤新平]]による震災復興の[[都市計画]]における目玉として、中央通りの東側に、新たな北東-南西軸([[東京]]全体の南北軸の一部)として[[昭和通り (東京都)|昭和通り]]が設けられた。また、[[数寄屋橋]]から銀座四丁目交差点、[[歌舞伎座]]前を経て[[勝どき橋]]方面へ至る、北西-南東方向の主要な直交街路として[[晴海通り]]が大通りとして整備され、銀座街区の西側には[[東京都道405号外濠環状線|外堀通り]]が整備された。
 
 
 
このような整備にも関わらず、銀座内部の街路は昔ながらのものであり、通りから通りへと抜ける[[路地]]が多く点在し銀座らしい空間を醸し出している。
 
 
 
地域の[[郵便番号]]は104-0061で統一されている。
 
 
 
=== 区域 ===
 
南東側を現在の[[首都高速都心環状線]]、その他を[[東京高速道路]]にぐるりと囲まれた地域である。かつては、東を[[三十間堀川]]、西を江戸城外堀、南を[[汐留川]]、北を[[京橋川 (東京都)|京橋川]]に囲まれた人工の島であった。
 
 
 
[[昭和通り (東京都)|昭和通り]]の南東に位置する地域は、かつて[[木挽町]]と呼ばれる地域だったが、三十間堀川の埋め立てにより銀座と地続きとなったことから銀座東と改名し、1960年代後半に銀座西と共に銀座に統合された。首都高速都心環状線を挟んだ地域も含めて[[東銀座駅]]を最寄りとする一帯は、一般的に'''東銀座'''と呼ばれている。
 
 
 
一方、[[数寄屋橋]]を中心とする地域はかつて銀座西という町名だったが、地下鉄[[東京メトロ丸ノ内線|丸ノ内線]]の[[西銀座駅]](現在の[[銀座駅]])があったことなどから、町名が銀座となった今でも'''西銀座'''の名を冠した施設も散在する(例:[[西銀座デパート]]・西銀座チャンスセンター・西銀座通り)。
 
 
 
<!---この名残からか、[[第一勧業銀行]]の店舗で、銀座五丁目の店舗を'''銀座支店'''(と銀座通支店)、銀座一丁目の店舗を'''西銀座支店'''としていた。[[みずほ銀行]]発足後、前者は、銀座四丁目の[[富士銀行]]数寄屋橋支店(みずほ銀行数寄屋橋支店)所在地に移転の上、同支店との[[ブランチインブランチ]]の後に統合し、現在は[[数寄屋橋富士ビル]]の建てかえに伴い、旧有楽町支店所在地に仮店舗を設置している。後者は、旧富士銀時代の銀座支店であった銀座中央支店に統合されている(このほか、第一勧銀時代の数寄屋橋支店がみずほ銀行銀座外堀通支店として銀座七丁目にあったが、銀座通支店に統合されている)。--->
 
 
 
==== 区域・町名の変遷 ====
 
[[ファイル:Ginza-townmap-kyobashiward.png|thumb|[[土地区画整理事業|区画整理]]実施前後の<br />町名町域対照地図<br />([[1930年]]3月)]]
 
* [[1869年]](明治2年)5月
 
*: 江戸町名改正により新両替町と三十間堀西側等をあわせて銀座一丁目から銀座四丁目が起立。
 
*: 当時の銀座一丁目から銀座三丁目は、東西南北をそれぞれ現在の三原通り、観世通り、松屋通り、桜通り(東京高速道路)に囲まれた四角形、銀座四丁目は、東西南北をそれぞれ現在のあづま通り、観世通り、晴海通り、松屋通りに囲まれた四角形にあたる。
 
* [[1930年]](昭和5年)3月4日
 
*: [[区画整理]]により現在の晴海通り北側の4町域を銀座一丁目〜銀座四丁目に編入。また、現在の晴海通り南側の9町域を統合して銀座五丁目〜銀座八丁目とし、同時にこれら「銀座」地区と外堀に挟まれた18町域を統合して銀座西一丁目〜銀座西八丁目とした。
 
*: この時点での銀座一丁目〜銀座四丁目は、東西南北をそれぞれ現在の三原通り、西五番街、[[晴海通り]]、桜通りに囲まれた四角形にあたる。また、当時の銀座五丁目〜銀座八丁目は、東西南北をそれぞれ現在の三原通り、西五番街、御門通り、晴海通りに囲まれた四角形にあたる。「銀座西」は「銀座」と西側にある外堀に囲まれた地域。
 
* [[1951年]](昭和26年)8月1日
 
*: 三十間堀川の埋め立てにより木挽町と陸続きになることから、この木挽町一丁目を銀座東一丁目(銀座東二丁目〜銀座東八丁目も同様)と改名した(埋め立ては[[1952年]]7月に完了した)。
 
* [[1968年]](昭和43年)10月1日
 
*: [[住居表示]]実施により、銀座西一丁目と銀座一丁目を統合し、これを改めて銀座一丁目(銀座二丁目〜銀座八丁目も同様)として<ref>1968年(昭和43年)12月28日自治省告示第243号「住居表示が実施された件」</ref>銀座西が消滅(ただし[[東京高速道路]]下にある店舗などは未だに何区に帰属するか確定していないため、暫定的に「中央区銀座西◎丁目地先」と名乗っている)。
 
* [[1969年]](昭和44年)4月1日
 
*: 住居表示実施済みの銀座一丁目に未実施の銀座東一丁目を編入し、これを改めて銀座一丁目(銀座二丁目〜銀座八丁目も同様)として<ref>1969年(昭和44年)7月2日自治省告示第113号「住居表示が実施された件」</ref>銀座東が消滅。
 
 
 
{|class="wikitable"
 
|-
 
!実施後
 
!実施年月日
 
!実施前(特記なければ各町名ともその全域)
 
|-
 
|rowspan="2"|銀座一丁目
 
|[[1968年]][[10月1日]]
 
|銀座西一丁目、銀座一丁目
 
|-
 
|[[1969年]][[4月1日]]
 
|銀座一丁目、銀座東一丁目
 
|-
 
|rowspan="2"|銀座二丁目
 
|1968年10月1日
 
|銀座西二丁目、銀座二丁目
 
|-
 
|1969年4月1日
 
|銀座二丁目、銀座東二丁目
 
|-
 
|rowspan="2"|銀座三丁目
 
|1968年10月1日
 
|銀座三丁目、銀座西三丁目の一部
 
|-
 
|1969年4月1日
 
|銀座三丁目、銀座東三丁目
 
|-
 
|rowspan="2"|銀座四丁目
 
|1968年10月1日
 
|銀座西四丁目、銀座四丁目、銀座西三丁目の一部
 
|-
 
|1969年4月1日
 
|銀座四丁目、銀座東四丁目
 
|-
 
|rowspan="2"|銀座五丁目
 
|1968年10月1日
 
|銀座西五丁目、銀座五丁目
 
|-
 
|1969年4月1日
 
|銀座五丁目、銀座東五丁目
 
|-
 
|rowspan="2"|銀座六丁目
 
|1968年10月1日
 
|銀座西六丁目、銀座六丁目
 
|-
 
|1969年4月1日
 
|銀座六丁目、銀座東六丁目
 
|-
 
|rowspan="2"|銀座七丁目
 
|1968年10月1日
 
|銀座西七丁目、銀座七丁目
 
|-
 
|1969年4月1日
 
|銀座七丁目、銀座東七丁目
 
|-
 
|rowspan="2"|銀座八丁目
 
|1968年10月1日
 
|銀座西八丁目、銀座八丁目
 
|-
 
|1969年4月1日
 
|銀座八丁目、銀座東八丁目
 
|}
 
 
 
==== 隣接する地区 ====
 
{|
 
|style="vertical-align:top;"|
 
* 東 - [[新富 (東京都中央区)|新富]]、[[築地]]
 
* 西 - [[内幸町]]、[[有楽町]]、[[丸の内]]
 
|style="vertical-align:top;"|
 
* 南 - [[浜離宮庭園]]、[[東新橋]]、[[新橋 (東京都港区)|新橋]]
 
* 北 - [[八重洲]]、[[京橋 (東京都中央区)|京橋]]、[[八丁堀 (東京都中央区)|八丁堀]]
 
|}
 
 
 
== 歴史 ==
 
=== 江戸時代 ===
 
[[江戸時代]]以前、現在の[[丸の内]]から[[日比谷]]にかけては[[日比谷入江]]と呼ばれ海になっており、その東には[[隅田川]]の運んできた砂によって[[#江戸前島|江戸前島]]という[[砂州]]が形成されていた。その先端が現在の銀座にあたる<ref>岡本 12頁</ref>。
 
 
 
* 江戸前島
 
:'''江戸前島'''は銀座付近にあった半島。[[中央通り (東京都)|中央通り]]付近を尾根筋とし、[[汐留]]付近を先端としていた。江戸時代初めの[[日比谷入江]]の埋め立てにより、日本橋台地と呼ばれる微高地になっている<ref>{{cite web|title=江戸の道路と地形-地図趣味のすすめ|url=http://mapfreak.sakura.ne.jp/column/nihonbashi.html|accessdate=2012/12/25}}</ref>。
 
 
 
[[1600年]]、[[徳川家康]]が[[関ヶ原の戦い]]に勝利し、[[1603年]]に[[江戸幕府]]を樹立すると、第一回目の[[天下普請]]が行われ、[[日比谷入江]]の埋め立てと京橋地区の整備が進められた。[[1604年]]には[[東海道]]が整備されたが、銀座の都市基盤の整備は[[1612年]]の第二回目の天下普請まで待つことになる<ref>岡本 26頁</ref>。整備は、[[間|京間]]10間とした東海道(銀座通り)を中心にグリッド状に設計され、それぞれの[[街区]]の中央には[[会所地]]が設けられた。町割りは[[金座]]御金改役で家康の側近でもあった[[後藤庄三郎]]を中心に行われた。
 
 
 
[[町人地]]として整備が行われた銀座には、[[1612年]]に[[駿府]]にあった[[銀座 (歴史)|銀座役所]](現在の[[静岡市]][[葵区]][[両替町]]一丁目)が移転し、銀貨の鋳造が行われた。当時、通町京橋より南一丁目〜四丁目までを拝領して新両替町と称し銀座人らが住居を構え、新両替町二丁目東側南角に[[大黒常是|常是役所]]、この北隣に銀座役所が設けられた。常是役所は現在の[[第一三共|第一三共ビル]]付近、銀座役所は現在の[[ティファニー|ティファニー銀座ビル]]の位置に相当する。[[1715年]]には[[大判座]]の[[後藤四郎兵衛|後藤屋敷]]が一丁目に移転してきた。これらの場所は現在の銀座一丁目から四丁目にあたる。銀を特権的に扱う銀座は相当な利益があり、銀座役人の不正事件が多発したことから、銀座そのものは1800年に蛎殻町(現在の[[日本橋人形町]]一丁目付近)に移転させられるが、呼び名としての銀座は当地の通称としてそのまま残った<ref>[http://www.ginza.jp/history ヒストリー]銀座Tokyo Ginza Official</ref>。
 
 
 
現在の五丁目〜八丁目は、尾張町、竹川町、出雲町と呼ばれていた。現在の銀座七丁目付近には[[朱座]]が設けられた。また、徳川家康に親しまれ、幕府の式楽となった[[能]]の四座のうち三座も銀座に置かれた。このほかにも、[[槍]]や[[鍋]]といったものを供給する職人たちが多く居を構えた。
 
 
 
[[1657年]]、[[明暦の大火]]により江戸は大半を焼失し、銀座も大きな被害を出した。これを機に江戸の大規模な都市改造が試みられ、銀座でも[[三十間堀川]]沿いの[[河岸]]の増設や、道路の新設による街区再編などが行われた。
 
 
 
江戸時代の銀座は、[[御用達]]町人地として発展したものの「職人の町」としての側面が強かった。江戸研究家の[[三田村鳶魚]]も、京橋や日本橋よりも街の賑わいは劣っていたと、自著『銀座』内で語っている。
 
 
 
=== 明治時代 ===
 
[[ファイル:Tokyo-edohakub-ginza.jpg|thumb|銀座煉瓦街のミニチュア(江戸東京博物館)]]
 
[[ファイル:Ginza in 1880s.JPG|thumb|1880年代の銀座]]
 
銀座に転機が訪れたのは、[[明治維新]]後の[[1869年]]と[[1872年]]に起こった2度の大火だった。特に、1872年の銀座大火は[[和田倉門]]内の[[兵部省]]添屋敷から出火し、銀座一円が焼失するという大規模なものであった。そこで、[[東京府知事]]・[[由利公正]]の主導により、大規模な[[区画整理]]と、[[トーマス・ウォートルス]]設計による[[ジョージアン様式]]の[[銀座煉瓦街]]の建設が行われた。この政策は、火事の多かった東京を不燃都市化すること、また同年秋に開業予定だった[[横浜市|横浜]]〜[[東京]]間を結ぶ鉄道の終点・[[新橋駅]]と、当時の東日本経済の中心地であった[[日本橋 (東京都中央区)|日本橋]]の間に位置する銀座を[[文明開化]]の象徴的な街にしたい、との思惑があったとされる。[[ロンドン]]の[[リージェント・ストリート]]に倣って、街路樹(当初は松・桜・もみじ)やガス燈、アーケードなどが造られた<ref>{{YouTube|PTWUeI6kcFM|The Ginza in the late 19th century, with Japanese narration}}([[藤森照信]]、Massachusetts Institute of Technology, 2009)</ref>。煉瓦街はまず[[1873年]]、[[銀座通り]]沿いに完成し、[[1877年]]に全街区の建設が完了した。
 
 
 
しかし、その一方で、住民たちは自らの住所に帰ることができなかった。煉瓦街の整理後も煉瓦家屋の払下げ価格が高価なうえに支払い条件が厳しく、多くの住民たちは銀座を後にせざるを得なかった。かわりに、他の地区で成功を収め、煉瓦街に進出してきた商人たちが銀座の表通りで商売を始めた。現在、「銀座の老舗」とされている店の多くは、それ以降に進出してきた店である。
 
 
 
こうして新しく出発した銀座には2つの特色があった。まず、[[実用品]]の[[小売]]を中心とした町であったこと。そして、[[京橋区]]という下町にありながら、顧客は主に[[山の手]]([[番町]]、[[市谷]]、[[赤坂 (東京都港区)|赤坂]]、[[麻布]]など)に住む[[華族]]や[[財閥]]といった[[特権階級]]([[上流階級]])や、[[中産階級]]、[[ホワイトカラー]]の人々だったということである<ref>小野一成「繁華街としての銀座」『銀座 街の物語』 81頁</ref>。当時の下町の人々の盛り場は、古くから栄えた[[浅草]]・[[上野]]だった。一方、明治維新後に東京へ出てきた人々は、同じく明治に入って急速な発展を遂げた銀座に集うようになり、こうした地方出身者と中産階級の増加に伴って、銀座も発展をしていった。
 
 
 
=== 大正・昭和戦前 ===
 
[[ファイル:Ginza circa 1920.JPG|thumb|1920年頃の銀座]]
 
[[ファイル:Ginza after Great Kanto earthquake.JPG|thumb|関東大震災直後の銀座通り]]
 
[[ファイル:Ginza in 1933.JPG|thumb|1933年の銀座通り]]
 
[[1923年]][[9月1日]]に発生した[[関東大震災]]で銀座は町の大半を焼失し、壊滅的な被害を受けた。国の援助を受けて[[東京市]]は大規模な帝都復興計画を実施し、都市機能の拡充を行った。銀座でも、煉瓦家屋のほとんどの取り壊し、[[昭和通り (東京都)|昭和通り]]の整備、[[晴海通り]]や[[東京都道405号外濠環状線|外堀通り]]の拡幅が行われたものの、街区の整備に手をつけられることはなく、1872年の区画整理時の町並みが残された。
 
 
 
なお戸越の商店街は震災後の排水処理に困っていた為、銀座から撤去されたレンガを貰いうけて排水処理に利用した。この由来から『[[戸越銀座]]』と名乗るようになって、全国初の「○○銀座」となった<ref>大石学『駅名で読む江戸・東京』、237頁</ref>。その後、全国各地に「○○銀座」と名付けられた[[商店街]]が数多く形成されていくようになった。
 
震災後は、[[東京駅]]の開業に伴う[[丸の内]]の発展や[[東京市電]]の整備などにより、[[百貨店]]や[[劇場]]、[[喫茶店]]([[カフェー]])などが次々と登場し、[[震災恐慌]]や[[金融恐慌]]などで日本中が不景気に見舞われるなかでも発展を続けてゆく。昭和初期には[[アール・デコ]]の影響を受けたモダンボーイ([[モボ・モガ|モボ]])やモダンガール([[モボ・モガ|モガ]])と呼ばれる人々が町を闊歩し、散策する「[[銀ブラ]]」が全盛を極める<ref group="†">「銀ブラ」の語源については諸説あるが、安藤更生『銀座細見』によれば大正4、5年頃、[[慶應義塾]]の学生が使い始めた言葉であるという説などがある。<!---パウリスタの宣伝に関する記述を除去。[[カフェーパウリスタ]]と[[銀ぶら]]で言及あり。このページのノート参照 → 意味不明です。[[銀ぶら]]ではパウリスタ以上に慶應義塾についてもっとも言及されているが。---></ref><ref>[http://www.youtube.com/watch?v=1c2ElCTJ998#t=39 1930年代の銀座] - 銀座を練り歩く資生堂石鹸の[[キャンペーンガール]]たち(Massachusetts Institute of Technology所蔵)</ref>。
 
 
 
しかし、日本が戦争へ介入するに伴って銀座もその影響を受けるようになる。戦局の悪化に伴い[[1940年]]に贅沢品の製造販売禁止令(七・七禁令)や電力制限による[[広告灯]]・[[ネオンサイン]]の消滅、[[1944年]]には[[警視庁]]によって劇場・料理店・待合芸妓屋・バー・酒屋が閉鎖され、銀座は大打撃を受けた。その一方で、軍隊の行進や、贅沢を諫める運動なども街頭で行われた。[[第二次世界大戦]]末期の[[1945年]]1月27日に銀座は初めて空襲を受け多数の死者・重傷者を出した。爆弾は[[中央区立泰明小学校|泰明国民学校]]にも直撃し教員4人が死亡、2人が重軽傷を負った<ref>『銀座 街の物語』 119頁</ref>。その後も3月10日、4月28日、5月25日の空襲で銀座は七・八丁目と六丁目の一部を除いて壊滅的な被害を受ける事となる。
 
 
 
=== 戦後 ===
 
[[ファイル:Ginza circa 1960.jpg|thumb|1960年頃の銀座]]
 
[[ファイル:Morinaga Ginza Neon sign 19530420-2.JPG|thumb|[[森永ミルクキャラメル]]の地球儀型ネオン広告塔(1950年代後期)]]
 
第二次世界大戦が終わると、[[服部時計店]]、[[松屋 (百貨店)|松屋]]や銀座東芝ビル<ref group="†">[[東急不動産]]に買収されて後の銀座TSビル。[[阪急百貨店#数寄屋橋阪急|モザイク銀座阪急]]が入居していた。[[2012年]]9月に取り壊され現存しない。</ref>など、多くの商業施設が[[連合国軍最高司令官総司令部|連合国軍]]の[[PX]]として接収された。その傍らで、銀座の復興も商店主たちの手によって着々と進められ、被災した商店は[[バラック]]や[[露店]]で営業を再開した。[[華僑]]・[[王長徳]]による一等地買占めが行われたのもこの時期である。[[1946年]]には銀座復興祭が行われ、銀座の復興は軌道に乗り出した。[[1951年]]に[[連合国軍最高司令官総司令部|GHQ]]の命令により露店は廃止になったが、その頃から接収解除になる建物が増え、銀座は賑わいを取り戻していった。
 
 
 
銀座は明治維新以来の事情から伝統的に不燃建物が多く、戦災を免れた建物も比較的多かったが、復興の過程では戦災を免れた建物もかなり多くのものが取り壊され、建物の(当時としては)高層化が進み、中央通り沿いの景観は、[[建築基準法]](当時)の[[百尺規制]](約31m、1尺≒303mm)で建物の高さが揃うまでになっていった。また、[[1964年]]の[[前東京オリンピック|東京オリンピック]]開催に合わせて東京の都市インフラ整備も急速に進められ、[[1949年]]の[[三十間堀川]]の埋め立てを皮切りに、銀座を取り囲んでいた掘割の埋め立てが行われ、銀座西端の旧外堀、南端の[[汐留川]]、北端の[[京橋川 (東京都)|京橋川]]を埋め立て、1964年に[[東京高速道路]]が完成するなど、掘割は道路へと変貌を遂げていった。
 
 
 
そんな銀座であったが、銀座には暗い影が忍び寄りつつあった。上述のように、明治維新以来、銀座の主要な顧客であり銀座の個性的文化を創ってきたのは、地方から上京して[[山手]]地区に住む[[ホワイトカラー]]層であったが、[[関東大震災]]以降、山手の住宅街は、[[東京急行電鉄]]や[[小田急電鉄]]、[[西武鉄道]]等の沿線住宅開発により、[[武蔵野台地]]を急速に西へ西へと広がっていた。これら電鉄会社は、大阪の[[阪急電鉄]]に倣ってそれぞれの都心側[[ターミナル駅]]の繁華街建設を進めており、[[渋谷]]、[[新宿]]、[[池袋]]に代表される[[副都心]]の鉄道ターミナル繁華街が勃興しつつあったのである。[[山手線]]よりはるかに西に住むようになったホワイトカラー層の主力にとって、銀座は遠い繁華街になりつつあった。[[1964年]]の[[みゆき族]]、[[1971年]]の[[マクドナルド]]1号店の開店、[[1970年]]の[[歩行者天国]]の開始などを最後に、東京の繁華街の文化的中心としての銀座は、山手在住の若者文化の中心としての地位を[[渋谷]](「[[シブヤ系]]」も参照)や[[原宿]]に、庶民的な要素も含めた総合的な筆頭繁華街としての地位は、[[新宿]]に奪われることになっていく。[[1980年代]]後半には、[[バブル景気]]に伴う[[地価]]高騰の象徴として、銀座の天文学的地価が連日報道され、[[高級クラブ]]に代表される夜の街としてのステータスは盤石ながらも、総合的な繁華街としては首都圏における鉄道沿線文化の色分けに組み込まれていき、銀座は、[[千葉弁]]が飛び交う、東京東部の一繁華街に落ち着きつつあった。
 
 
 
[[1990年代]]後半になると、東京郊外の西への拡張が一段落し、都心[[再開発]]のブームが起きて、[[都心]]としての銀座が再び脚光を浴びるようになる。銀座の各所で再開発が促され、[[ヨーロッパ]]の高級ブランド各社も銀座の持つブランド性に再び着目するようになった結果、海外の高級ブランド店が、中央通りや晴海通りなどに表通りに軒を連ねるようになった。他方、都心再開発は、遠く遠ざかっていた東京西部郊外の住民を、一定程度銀座にも呼び戻すことになった。彼らによって、総合的繁華街としての副都心の雰囲気が銀座にも持ち込まれるようになり、長期不況に伴う小売業態の変化も手伝って、[[ドラッグストア]]や[[飲食店]]の[[チェーン店]]なども開業するようになった。その結果、[[戦前]]や[[高度経済成長]]期のような「独特な高級繁華街」としての雰囲気は、随分薄くなっていると言える。
 
 
 
[[2010年代]]になると、[[中国人]][[観光客]]によるいわゆる爆買に代表される外国人観光客が目立つようになった。それにあわせ外国人向け免税店や既存の店舗の中に外国人向け免税コーナーや免税手続き所を設ける店舗が多くなっている<ref>http://diamond.jp/articles/-/77270 銀座の免税店競争が過熱、ラオックス、三越にロッテも参入 週刊ダイヤモンド編集部2015年8月25日</ref>。
 
 
 
== 地域 ==
 
=== 世帯数と人口 ===
 
[[2017年]](平成29年)[[12月1日]]現在の世帯数と人口は以下の通りである<ref name="population"></ref>。
 
{| class="wikitable"
 
![[丁目]]!![[世帯|世帯数]]!![[人口]]
 
|-
 
|銀座一丁目
 
|style="text-align:right"|944世帯
 
|style="text-align:right"|1,513人
 
|-
 
|銀座二丁目
 
|style="text-align:right"|447世帯
 
|style="text-align:right"|638人
 
|-
 
|銀座三丁目
 
|style="text-align:right"|201世帯
 
|style="text-align:right"|284人
 
|-
 
|銀座四丁目
 
|style="text-align:right"|126世帯
 
|style="text-align:right"|179人
 
|-
 
|銀座五丁目
 
|style="text-align:right"|34世帯
 
|style="text-align:right"|52人
 
|-
 
|銀座六丁目
 
|style="text-align:right"|38世帯
 
|style="text-align:right"|59人
 
|-
 
|銀座七丁目
 
|style="text-align:right"|186世帯
 
|style="text-align:right"|244人
 
|-
 
|銀座八丁目
 
|style="text-align:right"|463世帯
 
|style="text-align:right"|575人
 
|-
 
|style="text-align:center"|計
 
|style="text-align:right"|2,439世帯
 
|style="text-align:right"|3,544人
 
|}
 
 
 
[[1908年]]には27,689人が暮らしていたが、[[関東大震災]]や戦争を機に郊外流出が進み、[[1955年]]に15,582人にまで減少した。さらに[[高度経済成長|高度経済成長期]]には人口減少に拍車がかかり、[[1970年]]の人口は6,257人、[[1998年]]は2,963人にまで減少したが、それ以降は[[都心回帰]]に伴う投資[[マンション]]の建設ラッシュによって多少は増加に転じているもののそれらマンションの実態は事務所使用が著しく多い。
 
 
 
=== 小・中学校の学区 ===
 
区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる<ref name="school">{{Cite web|url=http://www.city.chuo.lg.jp/kosodate/gakkokyouiku/nyugaku/kuritugakkoannai.html|title=区立学校一覧|publisher=中央区|date=2017-08-17|accessdate=2017-12-31}}</ref>。
 
 
 
{| class="wikitable"
 
!丁目!!番地!!小学校!!中学校
 
|-
 
|rowspan=2|銀座一丁目||2〜10番<br/>11番1〜2号||[[中央区立泰明小学校]]||rowspan=12|[[中央区立銀座中学校]]
 
|-
 
||11番3号<br/>12~28番||rowspan=2|[[中央区立京橋築地小学校]]
 
|-
 
|rowspan=2|銀座二丁目||10〜16番
 
|-
 
||2〜9番||rowspan=2|中央区立泰明小学校
 
|-
 
|rowspan=2|銀座三丁目||2〜8番
 
|-
 
||9〜15番||rowspan=2|中央区立京橋築地小学校
 
|-
 
|rowspan=2|銀座四丁目||9〜14番
 
|-
 
||1〜8番||rowspan=5|中央区立泰明小学校
 
|-
 
||銀座五丁目||全域
 
|-
 
||銀座六丁目||全域
 
|-
 
||銀座七丁目||全域
 
|-
 
||銀座八丁目||全域
 
|}
 
 
 
=== 景観 ===
 
[[ファイル:Ginza-WAKO 2012.JPG|thumb|[[和光 (商業施設)|和光]]本館]]
 
銀座の建物は戦後復興の[[1960年代]]までに建設されたものが多く、当時の[[建築基準法]]により高さ31mに制限され、統一された[[景観]]を形成してきた。しかし、老朽化した建物の建て替えに際して、多くの建物が[[容積率]]制度の導入される[[1964年]]以前に建設されたものであることから、建て替え前よりも小さい規模での建設を余儀なくされることや、建物の高層化により統一した景観が阻害されることを懸念した地元と[[中央区 (東京都)|中央区]]が協議し、[[1998年]]に地区計画「'''銀座ルール'''」が制定された。ルールでは、道路幅に応じて高さ13〜56mにまで制限し、容積率も基準を800%、最大でも1100%とし、開発に大幅な制限をした<ref>三枝進「銀座の未来」『銀座 街の物語』 111頁</ref>。
 
 
 
しかし、[[2002年]]に[[都市再生特別措置法]]の「緊急整備地域」に指定されたために、容積率が大幅に緩和され、銀座においても再開発による建物の高層化の機運が高まることとなった。これとは別に、[[2005年]]に[[都市計画法]]の[[特定街区]]制度を活用して銀座八丁目に121mの[[三井ガーデンホテル銀座プレミア|銀座三井ビルディング]]が建設された。この流れを受けて、[[2004年]]に地元企業は[[資生堂]]名誉会長の[[福原義春]]を代表とする「銀座街づくり会議」を発足させた。
 
 
 
そのなかで、 [[松坂屋]]が[[森ビル]]と共同で松坂屋銀座店と隣の街区を合わせて大規模な再開発をする計画が浮上。また、ほぼ同時期に[[歌舞伎座]]でも建て直しに伴う一部高層化の計画が発覚し、再び「銀座ルール」の見直しがされることとなった。[[2006年]]に施行された新ルールでは、[[昭和通り (東京都)|昭和通り]]より西の銀座中心部では一切の例外を禁止して建物の高さを56mに抑え、今まで規定のなかった[[屋上広告]]についても最大で10mまでとした。
 
 
 
一方で、昭和通りより東では、区長が「文化等の維持・継承に寄与する大規模開発」と判断した場合に限って56mを超える建物の建設が許可されることになり、歌舞伎座の再開発は認められた。また建物の建設に際して[[建築確認]]の前に「銀座街づくり会議」が選出した学者や地元商店主らによって構成された「銀座デザイン協議会」と建物のデザインや用途などについて協議することを求めている。
 
 
 
=== 象徴 ===
 
[[ファイル:Ginza03s3200.jpg|thumb|三愛ドリームセンター]]
 
銀座のシンボルとされているのが[[ヤナギ|柳]]である。また、銀座4丁目交差点に建つ[[和光 (商業施設)|和光本館]]の時計台と[[三愛ドリームセンター]]は完成時より銀座の[[ランドマーク]]的存在である。
 
 
 
==== 銀座の柳 ====
 
銀座発祥の地、[[堺市|堺]]から移住してきた[[銀細工職人]]が故郷を懐かしんで移植したのが起源とされる<ref>[http://blog.sakai-tcb.or.jp/spot/%e8%a6%b3%e5%85%89%e6%a1%88%e5%86%85%e6%9d%bf%ef%bd%a2%e5%a0%ba%e3%81%ae%e6%98%94%e3%81%b0%e3%81%aa%e3%81%97%ef%bd%a3-4/ 堺観光ものがたり 観光案内版「堺の昔ばなし」]</ref>。現在では、「中央区の木」にも指定されている。[[1874年]]に日本初の[[街路樹]]として、[[サクラ|桜]]・[[マツ|松]]・[[カエデ|楓]]が銀座通りに植樹されたが、埋立地である銀座の土地が水分の多いことから根腐れを起こしてしまい、[[1877年]]に湿地に生育する柳に植え替えられた。[[1921年]]には車道の拡幅にともない[[イチョウ|銀杏]]へと植え替えられたものの、銀座の柳に対する思いは強く、[[1929年]]に発表された[[西條八十]]作詞の『[[東京行進曲]]』でも銀座の柳をなつかしむ歌詞が登場する。[[1932年]]に[[朝日新聞社]]の寄贈で銀座通りに柳が復活し、同年4月には第1回柳まつりが開催された。その後も、『[[東京ラプソディ]]』や『[[東京音頭]]』で歌われるなど、柳は銀座のシンボルとして定着していった。
 
 
 
しかし、[[1968年]]に銀座通りの[[共同溝]]工事のために柳は伐採され、[[東京都]][[日野市]]の[[建設省]]街路樹苗圃に移植された。その柳もどんどん枯れていき、[[1984年]]には3本しか残っていなかった。それを知った地元商店主が柳の枝を譲り受けて挿し木を行い、自宅の庭などで育てたものを銀座をはじめ、全国各地に植樹を行った。銀座に柳を復活させる運動は続いており、現在では[[東京都道405号外濠環状線|外堀通り]]や銀座柳通り、御門通りに柳が植えられている。また、外堀通りでは[[2006年]]から毎年[[5月5日]]に「[http://www.ginza.jp/nishiginza/yanagi/index.html 銀座柳まつり]」が開催されている。
 
 
 
== 経済 ==
 
東京[[都心]]部に位置する銀座は、[[明治|明治時代]]より商業の中心地として日本でも有数の繁華街を形成している。
 
 
 
商業地域は[[銀座通り]](中央通り)沿いの地域を軸とした銀座の西部、特に[[晴海通り]]と交わる銀座四丁目交差点の周辺を中心としている。また、七丁目や八丁目周辺は[[高級クラブ]]や[[飲食店]]などが立ち並んでいる。
 
 
 
一方で、東銀座地域は企業の社屋などが立ち並ぶオフィス街となっており、[[新橋演舞場]]のある六丁目から八丁目にかけては[[新橋 (花街)|新橋]]の[[花街]]が形成されている。
 
 
 
=== 商業 ===
 
[[ファイル:Ginza Mitsukoshi 2012.JPG|thumb|銀座[[三越]]]]
 
銀座は、東京の中心的な商業地の一つであり、[[有楽町]]エリアを合わせた[[2002年]]の[[日本の年間商品販売額一覧|年間商品販売額]]は4088億2100万円で、東京都内では[[新宿駅]]東口地域に次ぐ規模である。
 
 
 
[[明治|明治時代]]に舶来品などが並んだ銀座は高級商店街として発展してきた。昭和初期の[[百貨店|デパート]]進出などにより、銀座は東京随一の盛り場としての地位を確実なものにしていくが業態は少しずつ変化していった。従来は高級婦人服飾店といえば[[銀座セキネ]]、[[銀座マギー]]、[[マミーナ]]、[[マミーナ]]、[[小松ストア]]、[[銀座ダイアナ]]、[[三愛]]、創作洋品店([[オートクチュール]]店舗)、日本初のセレクトショップである[[サンモトヤマ]]などが代表だったが[[1990年代]]のバブル崩壊以後は海外の有名ブランドが続々と旗艦店を銀座に構えた、その一方で[[カラオケ店]]、ブランド品買取専門の[[質店]]などといった大衆的な業種のチェーン店化が活発になってゆく。
 
 
 
[[ファイル:Matsuya Ginza 2012.jpg|thumb|[[松屋 (百貨店)|松屋]]銀座店]]
 
銀座は、老舗の集積地でもあり、[[松屋 (百貨店)|松屋]]・[[三越]]のほかにも、隣接する[[有楽町]]に[[ルミネ]]・[[阪急百貨店|阪急MEN'S TOKYO]]が立ち並ぶ。しかし、[[有楽町駅]]再開発・[[一億総中流]]社会解体によって、有楽町[[そごう]]は2000年、有楽町[[西武百貨店|西武]]は2010年、有楽町[[阪急百貨店|阪急]]は2011年、[[松坂屋]]は2013年、[[プランタン銀座]]は2016年に閉店しており、百貨店は7店から2店にまで急減している。
 
 
 
1966年には[[ソニー]]が[[ソニービル]]を建設するのを皮切りに家電メーカーがオーディオ製品を中心にしたショールームを銀座に相次いで開設した([[パナソニック|松下電器]]=[[テクニクス]]銀座ショールーム、[[日立製作所]]=[[Lo-D]]プラザ、[[東芝|東京芝浦電気]]=東芝銀座セブン、[[日本ビクター]]=ニッパーズギンザ<ref group="†">所在地は新橋1丁目だった。</ref>)。また、[[日産自動車]]も[[日産ギャラリー|銀座ギャラリー]]を開設した。
 
 
 
近年では、新築された[[東急プラザ銀座]]や[[銀座プレイス]]、[[GINZA SIX]](ギンザ シックス)、改装された[[メルサ|イグジットメルサ]](旧ニューメルサ)などの大型の複合商業施設が数多く並ぶ。
 
 
 
=== 情報通信業 ===
 
かつて銀座に[[マスメディア]]の集中が見られた時期があった。明治時代、[[銀座煉瓦街]]の建設に伴い、[[丸の内]]や[[日本橋 (東京都中央区)|日本橋]]に近い銀座に、多くの新聞社が集中した。一時期は、[[東京日日新聞]](現・[[毎日新聞]])、[[東京朝日新聞]](現・[[朝日新聞]])、[[読売新聞]]や[[國民新聞]]などといった新聞社のほとんどが銀座に集中し、それに伴って[[印刷業]]や[[広告代理店]]なども集中した時期もあった。しかし[[関東大震災]]により東京在来の新聞社が壊滅的打撃を受けると、読売が大手町へ移転するなど銀座への集中も途絶えることとなった。現在は、隣接する[[築地]]に[[朝日新聞]]東京本社が、隣接する[[汐留]]に[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]がそれぞれ社屋を構えていることが目立つくらいである。
 
 
 
また、日本電報通信社(現・[[電通]])が銀座に設立されたことにより、広告原稿の受け渡しの利便性から[[地方紙|地方新聞社]]の多くが銀座周辺に東京支局を構えた。このことから、現在でも地方の[[ローカル局|テレビ局]]・ラジオ局などのうち、比較的小規模なものを中心に、銀座に支局や支社を構えるところが少なからず存在する([[地方民間放送共同制作協議会]]も、銀座に事務所を置く地方ラジオ局支社長達が「火曜クラブ」として定例会合を開いたことにちなむ)。
 
 
 
[[出版社]]や大手出版取次店をはじめとする印刷出版業に関しては、東京における集中地区は、主要な[[大学]]にほど近い[[本郷 (文京区)|本郷]]をはじめとする[[文京区]]内や[[千代田区]][[神田神保町]]周辺を含む、[[皇居]]の北側のエリアに一大中心地があり、銀座は中心地とは言えない。しかし、前述したような事情から、明治時代から社屋を構える[[教文館]]や[[実業之日本社]]など、古い出版社には銀座に本社を残しているところも残存する。
 
 
 
=== 銀座に本社を置く企業 ===
 
[[ファイル:RICOH Company Head Office Building 2007-1.jpg|thumb|[[リコー]]本社が入居していた[[銀座三井ビルディング]]。現在、[[三愛ドリームセンター]]に同社のフォトギャラリーがある。]]
 
<!-- 現在本社を置く企業のみ -->
 
{| width="100%"
 
|style="vertical-align:top;"|
 
* [[鳩居堂]]
 
* [[和光 (商業施設)|和光]]
 
* [[伊東屋]]
 
* [[マロニエゲート]](旧[[プランタン銀座]])
 
* [[松屋 (百貨店)|松屋]]
 
* [[中越パルプ工業]]
 
* [[王子製紙]]
 
* [[紀文食品]]
 
* [[阪和興業]]
 
* [[資生堂]](実質的な本社機能は[[港区 (東京都)|港区]][[東新橋]]にある)
 
<!--* [[リコー]] → 馬込に移転。-->
 
* [[ヤマトホールディングス]]
 
* [[大和自動車交通]]
 
* [[電源開発]]
 
<!--* [[三城]] → 本社は港区港南-->
 
* [[東映]]
 
* [[高島 (商社)]]
 
* [[日本香堂]]
 
* [[弘電社]]
 
* [[東京高速道路]]
 
|style="vertical-align:top;"|
 
* [[J.フロント リテイリング]]
 
* [[東京テアトル]]
 
* [[博品館]]
 
* [[天賞堂]]
 
* [[山野楽器]]
 
* [[東京海上日動あんしん生命保険]]
 
* [[時事通信社]]
 
* [[ぎょうせい]]
 
* [[実業之日本社]]
 
* [[大日本図書]]
 
* [[マガジンハウス]]
 
* [[読売広告社]]
 
* [[ピーアークホールディングス]]
 
* [[駅探]]
 
* [[リクルート]]
 
* [[安田松慶堂]]
 
<!--* [[銀座コージーコーナー]] → 本社は新宿区-->
 
<!--* [[コロンバン]] → 現在、原宿本店とのこと-->
 
|style="vertical-align:top;"|
 
|}
 
 
 
== 文化 ==
 
明治時代、[[銀座煉瓦街|煉瓦街]]建設や横浜と新橋を結ぶ鉄道の開業、また築地([[明石町 (東京都中央区)|明石町]])鉄砲洲([[湊 (東京都中央区)|湊]])に[[外国人居留地]]があったために[[舶来品]]の往来が盛んとなった銀座にはそれらの品を扱う商店が軒を連ね、銀座は西洋文化の発信地として日本文化の近代化に大きな役割を果たした。
 
 
 
=== 食文化 ===
 
[[ファイル:Ginza Restaurant Renga tei (01).jpg|thumb|煉瓦亭]]
 
食においても、銀座は西洋の味覚を紹介する場となった。[[1871年]]、「文英堂」(現・[[木村屋總本店]])が尾張町にて創業し、[[あんパン]]の販売を始めた。また、[[1895年]]には洋食屋の「[[煉瓦亭]]」が開業した。銀座で調剤薬局を営んでいた[[資生堂]]は[[1902年]]、店舗内に「ソーダ・ファウンテン」(現・[[資生堂パーラー]])を併設し、[[ソーダ水]]や[[アイスクリーム]]を売りだした。他にも、[[1897年]]に開業した「[[千疋屋|銀座千疋屋]]」は輸入果物の販売や日本初のフルーツパーラーを開業するなど銀座には様々な食文化が流入した。
 
 
 
[[1911年]]3月、[[パリ]]の[[カフェ]]を模した「[[カフェー・プランタン]]」が開店し、作家や画家などの[[文化人]]の[[サロン|社交場]]となった。その後も「[[カフェー・ライオン]]」<!-- 1911年8月 -->や「[[カフェーパウリスタ]]」<!-- 1911年12月 -->などが続々と開店し、学生なども出入するようになり、[[文壇]]の議論が盛んに行われた。しかし、[[関東大震災]]を境に関西資本の[[カフェー]]が進出し、カフェーは女給による濃厚なサービスを行う場に変貌していった。昭和初期には[[アンダーグラウンド (文化)#文化としてのアンダーグラウンド|エロ・グロ・ナンセンス]]の流行とともに大衆化・俗化し、カフェーは全盛を極めることとなった。また、この頃に関西の[[料亭]]の進出も相次いだ。
 
 
 
戦後、銀座は徐々に世界各国の高級料理店が進出し、代表的なフランス料理店の[[レカン]]、[[マキシム・ド・パリ]]や[[高級クラブ]]などが林立する街として認知されるようになってゆく。[[1980年代]]後半に差し掛かるとそれまでとは比較にならない勢いで世界の一流レストランが挙って出店する一方、外食フランチャイズも盛んになる。まず[[1971年]]に「[[マクドナルド]]」、「[[ダンキンドーナツ]]」の1号店が銀座に開店。[[1990年代]]後半には「[[スターバックスコーヒー]]」や「[[タリーズコーヒー]]」が相次いで進出し、その後も「[[サンマルクカフェ]]」や銀座四丁目交差点で[[銀座和光]]と並ぶ[[ランドマーク]]的な存在である[[三愛ドリームセンター]]内に「[[ドトールコーヒー#ル・カフェ・ドトール|ル・カフェ・ドトール]]」の1号店が開店、銀座は戦前とは異なる形態のカフェ激戦地となり、カフェブームを全国へ広げる舞台として躍進する。
 
 
 
=== ファッション ===
 
[[ファイル:Armani Ginza Tower.jpg|thumb|アルマーニ銀座タワー]]
 
服飾文化においても、銀座は西洋ファッションを紹介する場となった。そのなかで、資生堂は[[化粧品]]を扱うなど、ファッション文化の発展に大きく貢献する。
 
 
 
関東大震災後の大正末期から昭和初期にかけては[[モボ・モガ]]と呼ばれる当時の世界的流行である[[アール・デコ]]の影響を色濃く受けた若者たちが現れた。
 
 
 
[[1964年]]に並木通りや[[みゆき通り (東京都)|みゆき通り]]周辺で「[[みゆき族]]」と呼ばれる若者が出現した。男性は流行していた[[アイビー|アイビー・ルック]]か[[コンチネンタル]]ルック、女性はロングスカートのバックに[[共布]]のリボンベルトを結び、二つに折ったハンカチーフを頭にかぶるというスタイルで、手には流行を扇動した「[[ヴァンヂャケット|VAN]]」や「[[JUN]]」の紙袋かコーヒー豆の麻袋を持つというスタイルだった。しかし、同年に開催される[[前東京オリンピック|東京オリンピック]]を前に風紀の乱れを懸念した警察によって一斉取締りが行われ、みゆき族はひと夏で姿を消す。
 
 
 
[[1990年代]]後半からは海外ブランドの進出が活発になり、並木通りを中心として次第に晴海通り、銀座通り(中央通り)へと多くの海外高級ブランド店が進出。しかし、[[2007年]][[8月]]に[[アメリカ合衆国|アメリカ]]で起きたバブル崩壊と経済危機の煽りで、海外ブランドの閉鎖が相次ぎ、2割ほどが撤退すると予想されている。近年では、[[プランタン銀座]]と[[マロニエゲート]]の間を南北に走る銀座マロニエ通りに、カルティエ、シャネル、ルイヴィトン、ブルガリ等のラグジュアリーブランドが軒を連ねている。
 
最近では[[ユニクロ]]や[[FOREVER21]]等の[[ファストファッション]]専門店が進出し様変わりしている。
 
 
 
=== 文化施設 ===
 
[[1900年代]]から[[1920年代]]前半にかけて、[[歌舞伎座]]や[[東京宝塚劇場]]など、銀座・有楽町周辺には多くの[[劇場]]が開場した。
 
 
 
[[1950年代]]以後は[[カントリー・ミュージック]]や[[ジャズ]]などをバンドの生演奏で楽しむ[[ジャズ喫茶]]の開店が相次ぎ、[[1960年代]]に入ると[[銀座ACB]]が盛況を博し、シャンソン喫茶「[[銀巴里]]」は多くのシャンソン歌手を生んだ。しかし、1970年頃より、[[新宿]]や[[御茶ノ水]]などへ音楽の拠点は移っていった。
 
 
 
劇場や[[映画館]]は1970年代までと比べ減少したが、現在では[[コンサートホール]]などの文化施設が多く存在している。特徴的なのは、ヤマハホールや王子ホールといった企業の[[企業メセナ|文化支援活動]]の一つとして開いているものが多いことである。また、[[画廊]]は全国の4分の1が銀座に集約しているとされる。
 
 
 
==== 主な文化施設一覧 ====
 
{| width="100%"
 
|style="vertical-align:top;"|
 
;劇場
 
* [[歌舞伎座]]
 
* [[新橋演舞場]]
 
* [[博品館劇場]]
 
* [[ル テアトル銀座 by PARCO]]
 
; 映画館
 
* [[ヒューマックスシネマ|銀座シネパトス]](2013年3月末閉館)
 
* [[東京テアトル|銀座テアトルシネマ]](2013年5月末閉館)
 
* [[シネスイッチ銀座]]
 
* [[丸の内TOEI]]
 
|style="vertical-align:top;"|
 
; 音楽ホール
 
* [[王子ホール]]
 
* [[ヤマハホール]]
 
; ギャラリー
 
* [[ガーディアン・ガーデン]]
 
* [[ニコンサロン]]
 
* [[資生堂|資生堂ギャラリー]]
 
* [[富士フイルム|富士フォトサロン]]
 
* [[ポーラ (企業)|ポーラ・ミュージアム・アネックス]]
 
|style="vertical-align:top;"|
 
|}
 
 
 
[[ファイル:Kabuki-za theater 2010.jpg|thumb|[[歌舞伎座]](2010年)]]
 
== 交通 ==
 
銀座へは[[地下鉄]]とバス網が整備されており、またJRの[[有楽町駅]]、[[新橋駅]]からも徒歩圏内にある。このため、1998年に行われた銀座への交通手段に関するアンケート調査では地下鉄利用者が半数以上を占め、JRの利用者も3割以上だったことから、大半が鉄道を利用して銀座へ来ていることが分かった。
 
 
 
=== 道路 ===
 
[[ファイル:Wako Ginza Chuo Tokyo 1 16 November 2003.jpg|thumb|晴海通り]]
 
[[晴海通り]]や[[中央通り (東京都)|中央通り]]、[[昭和通り (東京都)|昭和通り]]などの大通りが[[縦貫]]し、これらの通りでは自動車の交通量が多いことに因り渋滞が深刻化している。
 
 
 
銀座全域が首都高速道路に囲まれた形になっており、直に利用する以外にも目印等の用途がある。
 
 
 
==== 道路 ====
 
; 南北に延びる道路を西からの順
 
* 銀座コリドー通り
 
* 数奇屋通り
 
* [[東京都道405号外濠環状線]](西銀座通り・外堀通り) - 数寄屋橋交差点より南西側が「西銀座通り」
 
* ソニー通り
 
* 並木通り
 
* 西五番街
 
* 金春通り・すずらん通り・ガス灯通り
 
* [[中央通り (東京都)|中央通り]] - 銀座通過部分は「銀座通り」
 
* 信楽通り・あづま通り
 
* 三原通り
 
* [[昭和通り (東京都)|昭和通り]]
 
; 東西に延びる道路を北からの順
 
* 銀座桜通り
 
* 銀座柳通り
 
* 銀座マロニエ通り
 
* 松屋通り
 
* [[東京都道304号日比谷豊洲埠頭東雲町線]]([[晴海通り]])
 
* みゆき通り
 
* 交詢社通り(沿道に[[交詢社]]があるため)
 
* 花椿通り(かつては出雲通りだったが資生堂が買収)
 
* 御門通り
 
 
 
==== 首都高速道路・出入口 ====
 
* [[首都高速都心環状線]]
 
** [[京橋出入口 (東京都)|京橋出入口]]
 
** [[新富町出口]]
 
** [[銀座出入口]]
 
* [[東京高速道路]]
 
** [[西銀座入口]]
 
** [[新京橋出口]]
 
** [[東銀座出口]]
 
 
 
=== 鉄道 ===
 
[[ファイル:Ginza-sta-a9.JPG|thumb|銀座駅]]
 
[[1882年]]に[[東京馬車鉄道]]が[[新橋 (東京都港区)|新橋]]〜[[日本橋 (東京都中央区)|日本橋]]間で開業した。[[1903年]]、馬車鉄道は「東京電車鉄道」と名を変え電化し、同年には[[数寄屋橋]]〜[[神田橋]]間に東京市街鉄道が開業した。これらの鉄道路線は、後に[[東京市電]]として公営化し、路線・系統の拡大がされた。[[1934年]]には[[東京地下鉄道]]によって敷設された[[地下鉄]](現・[[東京メトロ銀座線]])が銀座まで延伸した。
 
 
 
[[1950年代]]より地下鉄整備が着々進められ、西銀座駅の[[東京メトロ丸ノ内線|丸ノ内線]]が開業したことを機に整備されてゆく。その一方で自動車の増加に因り[[東京都電車|都電]]は徐々に撤去されていった。
 
; 鉄道駅
 
[[東京地下鉄]](東京メトロ)
 
* [[銀座駅]](<span style="color:#f39800">'''○'''</span>[[東京メトロ銀座線|銀座線]]、<span style="color:#9caeb7">'''○'''</span>[[東京メトロ日比谷線|日比谷線]]、<span style="color:#e60012">'''○'''</span>[[東京メトロ丸ノ内線|丸ノ内線]])
 
* [[東銀座駅]](<span style="color:#9caeb7">'''○'''</span>日比谷線)
 
* [[銀座一丁目駅]](<span style="color:#d7c447">'''○'''</span>[[東京メトロ有楽町線|有楽町線]])
 
[[東京都交通局]]([[都営地下鉄]])
 
* 東銀座駅(<span style="color:#ff66bb">'''○'''</span>[[都営地下鉄浅草線|浅草線]])
 
 
 
== 主な店舗・施設 ==
 
[[法人]]については本店・[[旗艦店]]ないし路面店、あるいはそれに準ずるもののみ掲載。[[ゲームセンター]]の類が無く、[[家電量販店]]・[[カラオケボックス]]・[[パチンコ店]]・[[ファストフード]]店は他の繁華街に比較して少ない。それらの店は隣の[[有楽町]]や[[新橋 (東京都港区)|新橋]]などに集中している。<!--料理店は、とりあえずミシュラン二つ星以上を中心に、寿司清など大型店を加味して掲載してみた。さらに、基本的に、グーグル等の口コミが数十〜百あり評価が4前後以上のその他お店を適宜抜粋掲載した。-->
 
 
 
{| width="100%"
 
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; 1丁目
 
<!--* [[くすりの福太郎]]銀座1丁目店 →キリがないので、本店旗艦店に準ずるもののみで。-->
 
<!--* [[三菱東京UFJ銀行]]京橋支店 →下記の地銀と異なり本店機能が置かれていない。 -->
 
* [[ハリー・ウィンストン]]銀座店
 
* [[オンワード樫山#ライセンスブランド|トッカ]]ストア銀座店<ref group="†">1994年、[[ミッドタウン|ミッドタウン・マンハッタン]] ガーメント地区 ([[:en:Garment District, Manhattan|en]]) 発の[[イタリア|イタリアン]]スタイルのブランド。日本には1996年に東京[[南青山]]で開店し、2014年に銀座店が開店した(「[https://www.vogue.co.jp/tag/beauty-brand/tocca トッカ / TOCCA]」 [[ヴォーグ (雑誌)|VOUGUE]])。[[オンワード樫山]]による[[ライセンス]]ブランド店で、同社の[[レーベル]]([[ブランド]])の一つになる。</ref>
 
* [[三城ホールディングス|パリミキ]]MIKISSIMES GINZA
 
* [[大塚家具|IDC大塚家具]]銀座本店
 
* キラリトギンザ<ref group="†">[[ジュエリー]]や[[ブライダル]]、レストラン等の[[ショッピングモール]]。</ref>
 
** 貴和製作所<ref group="†">アクセサリー[[パーツ]]や[[ビーズ]]の[[ラボ]]とカフェとの複合店舗。[[原宿]]にもカフェ併設店舗がある。</ref>
 
* [[銀座アスター食品|銀座アスター]]本店([[中華料理]]店)
 
* [[銀座コージーコーナー]]本店([[洋菓子]]店)
 
* ドミニク・ブシェ([[フランス料理]]店)
 
* [[リプトン]]・ブルックボンドハウス([[ティールーム]])
 
* 雪ノ下銀座([[カフェ]])<ref group="†">2000年、大阪[[梅田]]発の[[パンケーキ]]や[[かき氷]]のカフェ(「[http://hatenanews.com/articles/201311/16870 分厚いパンケーキ&かき氷カフェ 雪ノ下 東京銀座に…]」 はてなニュース 2013年11月1日)。</ref>
 
* [[ポーラ (企業)|ポーラ ミュージアム アネックス]]
 
* [[ホテル西洋銀座]]
 
* [[ホテルモントレ|ホテルモントレ ラ・スールギンザ]]<ref group="†">銀座では他に、ホテルモントレ銀座が松屋銀座裏手銀座2丁目にある。</ref>
 
* [[佐賀銀行]]東京支店
 
* 奥野ビル<ref group="†">1932年、"銀座アパートメント"として築造された[[レトロ]]ビル。現在は[[骨董品店|アンティークショップ]]や[[ギャラリー]]、[[アトリエ]]等が入居。<!-- 中央区HP  http://www.city.chuo.lg.jp/bunka/timedomeakashi/kindai_kentikubutu_tyousa/kindai60.html など参照--></ref>
 
 
 
; 2丁目
 
* [[メルサ|メルサGinza-2]]
 
** [[東京ますいわ屋]]([[和服]]店)<ref group="†">1946年、[[大阪]]で創業した高級[[呉服]]ないし和服[[専門店]]の[[チェーンストア]]。2003年から[[さが美]]の子会社。銀座では他に、[[銀座コア]]店がある。</ref>
 
* [[マロニエゲート銀座1]]
 
** [[東急ハンズ]]銀座店
 
** [[トミー・ヒルフィガー]]銀座マロニエゲート店
 
** [[ユナイテッドアローズ]]銀座店<ref group="†">[[銀座駅]]構内にも[[エチカ|エチカフィット]]店がある。</ref>
 
** ブラッスリー [[ポール・ボキューズ]](フランス料理店)<ref group="†">[[リヨン]]で[[ブラッスリー]]を展開するポール・ボキューズのライセンスブランド店で、''ひらまつ'' によるレーベルの一つになる。</ref>
 
* [[マロニエゲート|マロニエゲート銀座3]]
 
** [[バナナ・リパブリック]]銀座店
 
* 銀座ベルビア館<ref group="†">[[三井ショッピングパーク]]が運営。</ref><!--以下、https://mitsui-shopping-park.com/urban/velviakan/floorguide.html 参照-->
 
** 銀座[[ロフト (雑貨店)|ロフト]]
 
** CK [[カルバン・クライン]]銀座店
 
** [[三陽商会#ブランド|三陽山長]]<ref group="†">「[[和]]」をコンセプトとした紳士靴を中心にドレスシャツやスーツ等を扱う[[三陽商会]]のオリジナルブランド。</ref>
 
** ル・ドーム (Le Dome EDIFICE et IENA)銀座店<ref group="†">[[パリジャン]]を意識したメンズブランド"エディフィス"<!--"パリジャン"については、http://edifice.baycrews.co.jp/concept/ 参照-->と、[[16区 (パリ)|パリ16区]]の[[パリ|パリジェンヌ]]<!--"イエナ"の名は、イエナ広場やイエナ橋がある高級住宅街パリ16区を想起させるものゆえ「パリ16区」を挿入した。-->を意識したレディースブランド"イエナ"とを融合した店舗。2つとも、"ジャーナルスタンダード"などを扱う日本のベイクルーズグループによるオリジナルブランド(「[https://www.timeout.jp/tokyo/ja/%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%83%94%E3%83%B3%E3%82%B0/le-dome-edifice-et-iena-%E9%8A%80%E5%BA%A7%E5%BA%97 Le Dôme ÉDIFICE et IÉNA 銀座店]」 タイムアウト東京 2018年)。</ref>
 
* 銀座ブロッサム<ref group="†">中央区立の結婚式場やイベントホール、貸し会議室。</ref>
 
* [[矢場とん]]東京銀座店([[味噌カツ]]店)
 
* 銀座メゾン[[アンリ・シャルパンティエ]]([[パティスリー]]、[[カフェ]])
 
* [[デビアス]]銀座店
 
* [[ショパール]]ブティック銀座店
 
* [[ティファニー]]銀座本店・ブライダルブティック
 
* [[ダンヒル]]銀座本店
 
* [[エルメネジルド・ゼニア]]銀座店
 
* [[青山商事|洋服の青山]]銀座本店
 
* 銀座スイス本店([[洋食]]店)<ref group="†">1947年に銀座7丁目で創業。常連客の[[読売ジャイアンツ|巨人軍]]選手[[千葉茂]]の注文で始まったとされる「[[カツカレー]]」発祥店<!--http://ginza-swiss.com/episode/参照-->として知られている。なお「カツカレー形式の洋食」の発祥に関しては、[[浅草]]の「河金丼」も知られている(「[http://asakusanews.com/erudition/3259 カツカレー発祥の店が、実は浅草だった! 河金]」 浅草smartニュース 2015年1月29日)。[[築地]]にバー&グリル銀座スイス店がある。</ref>
 
* [[ウインズ銀座]]
 
* [[伊東屋]]本店
 
* [[カルティエ]]銀座ブティック
 
* [[ブルガリ]]銀座タワー
 
 
 
; 3丁目
 
* [[松屋 (百貨店)|松屋]]銀座店<ref group="†">[[東京高速道路]]下の専門店街「銀座インズ」で、[[ワールド (企業)|ワールド]]などの各レーベルショップが入る"プチプチマルシェ"のプロデュースをしている。</ref><!--特に断りが無ければ、銀座三越内店舗、銀座旗艦店などと重複する以外、銀座だと松屋内の店舗のみ記載-->
 
** [[バカラ (ガラス)|バカラ]]松屋銀座店
 
** [[スワロフスキー]]松屋銀座店
 
** [[モニッケンダム]]松屋銀座店<ref group="†">1890年、[[オランダ]]の[[アムステルダム]]で創業。1914年[[第一次世界大戦]]勃発で[[ロンドン]][[カムデン区]]の宝石商街ハットンガーデン ([[:en:Hatton Garden|en]]) を拠点とした。1948年には[[エリザベス2世|エリザベス王女]]の結婚指輪のカットイヤリングを担当した"世界3大[[カッティング]](カッターズ)ブランド"の一つ。日本での販売総代理店(ライセンスブランド店)はムラキ。<!--https://monnickendam.norennoren.jp/contents/page/history.html、 https://www.world-luxury-diamonds.com/brand/monnickendam、 
 
https://www.monnickendam-dia.com/、
 
https://www.muraki-ltd.co.jp/about/ -->  </ref>
 
** [[クリスチャン・ルブタン]]松屋銀座店
 
<!--** [[ディオール]]松屋銀座店→三越含め百貨店共通の化粧品売場ゆえコメントアウト-->
 
** [[ロジェ・ヴィヴィエ]]松屋銀座店<ref group="†">1937年、[[エコール・デ・ボザール|ボザール]]出身のロジェ・ヴィヴィエにより[[8区 (パリ)|パリ8区]]ロワイヤル通りに創業、[[フランス]]発の高級靴ブランド。[[エリザベス・テイラー]]や[[ケーリー・グラント]]、[[エヴァ・ガードナー]]、[[マレーネ・ディートリッヒ]]、[[ビートルズ]]、[[ジャクリーン・ケネディ・オナシス]]、[[カトリーヌ・ドヌーヴ]]、[[ブリジット・バルドー]]らに愛用され、また、1953年[[エリザベス2世]]の女王戴冠式にも採用された。<!--出典付いた当ブランドフランス語版参照--></ref>
 
** [[シャーロット・オリンピア]]松屋銀座店<ref group="†">2010年、[[ウエスト・エンド (ロンドン)|ウェスト・エンド・ロンドン]]の[[メイフェア]]地区マドックス・ストリート (Maddox Street) 創業、[[イギリス]]発の婦人靴ブランド。<!--出典付いた当ブランド英語フランス語版参照--></ref>
 
** [[イヴ・サン=ローラン|サンローラン]]松屋銀座店
 
** [[セリーヌ]]松屋銀座店
 
** [[ランバン]]松屋銀座店
 
** [[プラダ]]松屋銀座店
 
** カルバン・クライン松屋銀座店
 
** [[ラルフ・ローレン|ポロ ラルフ・ローレン]]松屋銀座店
 
** [[フェンディ]]松屋銀座店
 
** [[ジル・サンダー]]松屋銀座店
 
** [[モラビト]] ブラン松屋銀座店<ref group="†">モラビトのライセンスブランド店になる。</ref>
 
** [[コーチ (企業)|コーチ]]松屋銀座店
 
** [[エルベシャプリエ|エルベ・シャプリエ]]松屋銀座店
 
** [[タグ・ホイヤー]]松屋銀座店
 
** [[ヨーガン・レール]]松屋銀座店
 
** [[アンテプリマ]]松屋銀座店<ref group="†">1993年、日本人の[[荻野いづみ]]が[[ミラノ]]で創業したイタリア発のバッグなど革アイテムのブランド。<!--https://www.anteprima.co.jp/company/brand/ --></ref>
 
** [[ヒロフ]]松屋銀座店<ref group="†">1977年創業、紳士靴から始まった、主に女性用バッグやシューズ等の日本発の革アイテムブランド。<!--http://hirofu.co.jp/corporate/、http://www.matsuya.com/m_ginza/exhib_gal/honmono/details/150318_01.html
 
--></ref>
 
** トッカ松屋銀座店<!--銀座にあるのは、上記トッカストアと松屋のみ-->
 
** [[ワールド (企業)#ブランド|アンタイトル]]松屋銀座店<!--クーデシャンス等様々なブランドが松屋にあるワールドブランドの中で、アンタイトルは代表的ブランドで、かつ銀座界隈であるのは松屋のみ-->
 
** [[ワールド (企業)#ブランド|クードシャンス]]松屋銀座店<!--銀座では、松屋とマロニエ2のみにある。-->
 
** [[山本耀司|ヨウジ・ヤマモト]]松屋銀座店
 
** [[三宅一生|イッセイ・ミヤケ]]各[[ライン]]松屋銀座店
 
** [[ケイト・スペード|ケイト・スペード ニューヨーク]]松屋銀座店
 
** [[ステラ・マッカートニー]]松屋銀座店
 
** [[ラコステ]]松屋銀座店
 
** [[ソニア・リキエル]]松屋銀座店
 
** [[ロクシタン]]松屋銀座店
 
** [[日比谷花壇]]松屋銀座店<ref group="†">銀座では他に、銀座インズ店がある。</ref>
 
** 築地宮川本廛松屋銀座店([[ウナギ|鰻]]料理屋)<ref group="†">[[深川 (江東区)|深川]]宮川の廃業を受けて明治26年(1893年)、築地で創業した全国の「宮川」の「[[総本山]]」(「[https://allabout.co.jp/gm/gc/406624/ 築地本願寺近く、宮川の総本山 つきじ宮川本廛]」 [[All About]] 2013年3月4日)。その松屋内の店舗。</ref>
 
** [[豆源]]松屋銀座店
 
** [[ユーハイム]]松屋銀座店
 
** [[メゾン・カイザー]]ショップ松屋銀座店([[ベーカリー|ブーランジュリー]])<ref group="†">[[木村屋總本店]]6代目長男が創業者。銀座では他に、&COFFEE MAISON KAYSER が銀座1丁目にある。</ref>
 
** [[ガトーフェスタ・ハラダ]]松屋銀座店([[パティスリー]])
 
** [[デメル]]松屋銀座店(パティスリー)
 
** [[ゴディバ]]松屋銀座店(パティスリー)
 
** [[ラ・メゾン・デュ・ショコラ]]松屋銀座店([[パティスリー]])<ref group="†">1977年、パリ8区フォーブール・サントノレ通り創業、フランス発の[[ショコラ]]パティスリー。</ref>
 
** [[ピエール・エルメ|ピエール・エルメ・パリ]]松屋銀座店(パティスリー)
 
** [[アニエス・ベー]]松屋銀座店<!--ルイヴィトン同様、松屋の1棟貸し切りの路面店ないし旗艦店-->
 
** [[ルイ・ヴィトン]]松屋銀座店(銀座店)
 
* [[シャネル]]銀座店(シャネル銀座ビル)
 
** ベージュ [[アラン・デュカス]](フランス料理店)
 
* [[ショーメ]]銀座本店<ref group="†">ヴァンクリーフ&アーペル、ブシュロン、モーブッサン、メレリオ・ディ・メレーと共に、[[パリ]]の[[ヴァンドーム広場]]界隈に本店を構える"[[グランサンク]]"と(日本でのみ)括られる高級宝飾店の一つ。[[ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネ|ジョゼフィーヌ]]以来、欧州王室による[[ティアラ]]着用の発祥店とされている。</ref>
 
* [[ヴァンクリーフ&アーペル]]銀座本店
 
* [[ラザール・ダイヤモンド]]ブティック銀座店<ref group="†">1903年、[[ベルギー]]の[[アントワープ]]で創業。モニッケンダム同様、1914年の第一次世界大戦勃発で[[ニューヨーク]]に本拠地を移した。1946年以来からの「サイトホルダー([[デビアス]]から直接ダイヤモンド原石供給を受けられる[[特権]]<!--https://www.lazarediamond.jp/sp/history/ 参照-->。日本では1994年から[[TASAKI]]<!--https://www.tasaki.co.jp/about-tasaki/diamond/ 参照-->)」。"世界の三大カッティング(カッターズ)ブランド"の一つ<!--https://takeuchi-bridal.com/reason/diamond-top-brand/ 参照-->。日本での販売総代理店(ライセンスブランド店)は[[佃 (東京都中央区)|佃]]にあるプリモ・ジャパン。2003年に同銀座ブティックを開店。<!--https://www.primojapan.co.jp/ja/business/brand.html、https://www.primojapan.co.jp/ja/company/history.html 参照--></ref>
 
* [[マロニエゲート|マロニエゲート銀座2]]
 
** クードシャンス マロニエゲート銀座2店
 
** [[ニコル (アパレル)|ニコル]]銀座店
 
** [[アインズ&トルペ]]マロニエゲート店<ref group="†">[[札幌]]の[[アインファーマシーズ]]が展開する化粧品中心の[[ドラッグストア]]チェーン店。銀座では他に、銀座8丁目に銀座並木通り店がある。</ref>
 
** [[ニトリ]]マロニエゲート店
 
* [[シップス]]銀座店
 
* [[丸の内TOEI]]
 
* [[銀座十字屋]]ハープ&フルートサロン<ref group="†">銀座では他に、銀座4丁目にハープ&フルートサロン Hanare店がある。</ref>
 
* [[東和銀行]]東京支店
 
* とんかつ銀座にし邑([[東銀座]]にある[[豚カツ|とんかつ]]屋)
 
* [[煉瓦亭]](老舗高級[[洋食]]店)
 
* 銀座ハゲ天本店([[天ぷら|天ぷら屋]])
 
* 白いばら([[キャバレー]])
 
* [[Apple Store]] Ginza
 
 
 
; 4丁目
 
* [[天賞堂]]本店
 
* [[木村屋總本店]]<ref group="†">「[[あんパン]]」発祥店として知られている。</ref>
 
* [[教文館]]
 
* [[山野楽器]]本店
 
* [[ミキモト]]本店
 
** レカン(フランス料理店)<ref group="†">銀座では他に、銀座5丁目にロテスリーレカン銀座店がある。</ref>
 
* 銀座[[和光 (商業施設)|和光]]本店
 
** [[メレリオ・ディ・メレー]]銀座和光店<ref group="†">ショーメ、ヴァンクリーフ&アーペル、ブシュロン、モーブッサンと共に、パリのヴァンドーム広場界隈に本店を構える"グランサンク"と(日本でのみ)括られる高級宝飾店の一つ。</ref>
 
* 銀座[[三越]]
 
** サンローラン銀座三越店
 
** セリーヌ銀座三越店
 
** [[ジバンシー]]銀座三越店(化粧品売場)
 
** [[エスティ・ローダー]]銀座三越店(化粧品売場)
 
** プラダ銀座三越店
 
** [[ケンゾー]]銀座三越店
 
** ポロ ラルフ・ローレン銀座三越店
 
** [[ロンシャン (フランスの企業)|ロンシャン]]銀座三越店
 
** [[ザディグ・エ・ヴォルテール]]銀座三越店<ref group="†">東京には銀座と[[南青山]]店がある。パリ16区パッシー通り、[[1区 (パリ)|パリ1区]][[サントノーレ通り|サントノレ通り]]、[[ル・マレ|マレ地区]][[4区 (パリ)|パリ4区]]フラン・ブルジョワ通りなどパリ市内各所で展開する、1997年創業のフランス発のブランド。</ref>
 
** ステラ・マッカートニー銀座三越店
 
** [[ヴァレンティノ]]銀座三越店
 
** アンテプリマ銀座三越店
 
** ヒロフ銀座三越店
 
** [[モーブッサン]]銀座三越店
 
** [[ブシュロン]]銀座三越店
 
** ヴァンクリーフ&アーペル銀座三越店
 
** ティファニー銀座三越店
 
** ショパールブティック銀座三越店
 
** ケーファー銀座三越店([[デリカテッセン]])<ref group="†">1930年、[[ミュンヘン]]創業の[[ドイツ]]発の惣菜からハム、ソーセージ、ワイン、ビールまでの食料品店(デリカテッセン)。以降、レストランから配達([[ケータリング]])まで展開している総合食料品事業を本国や欧州で営む。日本では、1992年以降、三越全店内で店開している。<!--https://mitsukoshi.mistore.jp/store/common/kafer/history.html 参照--></ref>
 
** [[ジョアン]]銀座三越店(ブーランジュリー)<ref group="†">1942年、パリの[[モンパルナス]]地区で創業した[[ベーカリー|ブーランジュリー]]。日本では1983年に銀座三越店の第一号店開店から、三越各店内中心に16店舗がある。<!--https://mitsukoshi.mistore.jp/store/common/johan/johan.html 参照--> </ref>
 
** ゴディバ銀座三越店(パティスリー)
 
** [[ラデュレ]]銀座三越店(パティスリー)
 
** [[ダロワイヨ]]銀座三越店(パティスリー)
 
** レ・ロジエ・エグスキロール銀座三越店(フランス料理店)
 
* [[ロイヤル・アッシャー]]銀座本店<ref group="†">1854年、アムステルダムで創業した"三大カッティング(カッターズ)ブランド"の一つ<!--https://takeuchi-bridal.com/reason/diamond-top-brand/ 参照-->。1980年にオランダの[[ユリアナ (オランダ女王)|ユリアナ女王]]から"アッシャー"に"[[ロイヤル]]"の名を冠され、現社名となった。<!--https://www.royalasscher-jp.com/history/ 参照--></ref>
 
* [[グッチ]]銀座店
 
* ランバンブティック銀座店
 
* [[ゼニス (時計)|ゼニス]]ブティック銀座
 
* [[フルラ]]銀座店<ref group="†">1927年、[[ボローニャ]]で創業したイタリア発のバッグなど革アイテムのブランド。</ref>
 
* [[エミリオ・プッチ]]銀座店
 
* [[マイケル・コース]]銀座店
 
* イッセイ・ミヤケ銀座店
 
* [[コシノヒロコ|ヒロコ・コシノ]]銀座店・KHギャラリー
 
* [[ギャップ (企業)|GAP]]フラッグシップ銀座
 
* [[ビームス]]銀座
 
* [[帝人|テイジンメンズショップ]]銀座店
 
* [[日本香堂]]ビル
 
** [[エステバン|ESTÉBAN Tokyo]]<ref group="†">読み方は"エステバン"。マレ地区パリ4区フラン・ブルジョワ通り本店や[[サン=ジェルマン=デ=プレ]]地区[[6区 (パリ)|パリ6区]]レンヌ通りにある1979年創業、[[南フランス|南仏]]発の香水店。1996年、日本香堂傘下のグループ会社になった。<!--https://www.nipponkodo.co.jp/company/outline02.php 参照--></ref>
 
* みかわや(老舗高級洋食店)
 
* 寿司清銀座四丁目店([[寿司屋]])<ref group="†">[[築地]]に総本店がある。銀座では他に、銀座8丁目に博品館店がある。</ref>
 
* [[王子ホール]]
 
* [[塚本素山ビル]]
 
** [[野田岩]]銀座店(鰻料理屋)
 
** [[小野二郎 (寿司職人)#すきやばし次郎|すきやばし次郎]](寿司屋)
 
* [[銀座クリスタルビル]]
 
** [[リーガルコーポレーション|リーガルシューズ]]銀座数寄屋橋店
 
* [[シネスイッチ銀座]]
 
* [[歌舞伎座]]
 
** [[歌舞伎座タワー]]
 
* 銀座木挽堂書店([[古書店]])<ref group="†">それまであった老舗古書店の奥村書店が閉店したのにともない、2010年、同書店員が同じ歌舞伎座界隈に独立開業した古書店。[[歌舞伎]]や映画を中心とする[[古本]]屋。<!--https://www.google.com/amp/s/gamp.ameblo.jp/yamato-ru/entry-10725451334.html 参照--></ref>
 
* ナイルレストラン([[東銀座駅|東銀座]]にある[[インドカレー]]屋)
 
* [[日本基督教団]][[銀座教会]]
 
* [[七十七銀行]]東京支店
 
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; 5丁目
 
* [[中央区立泰明小学校]]
 
* [[東急プラザ銀座]](旧銀座東芝ビル (銀座TSビル))
 
** [[マリー・クヮント]]プラザ銀座店<ref group="†">隣接する[[日比谷]]側の[[有楽町]]に路面店ないし旗艦店がある。</ref>
 
** [[JUN#主なファッションブランド|サロン アダム エ ロペ]]
 
** [[シネクァノン]]<ref group="†">東京には銀座の他、[[青山 (東京都港区)|青山]][[Ao (複合商業ビル)|Ao]]や[[渋谷]][[東急百貨店|東急百貨店本店]]に店舗がある。1973年サン=ジェルマン=デ=プレ地区パリ6区フール通り発祥、フランス各地で展開するブランド。</ref>
 
** [[バリー]]銀座店<ref group="†">パリジェンヌの靴に惹かれ制作された革靴からスポーティブシューズ、バッグなど革アイテムからアパレルまで取り扱う1851年創業[[スイス]]発のブランド(「[https://gqjapan.jp/brand/bally DICTIONARY バリー]」GQジャパン、NO.177 2018年3月3日号)。</ref>
 
** [[パンドラ (ジュエリー)|パンドラ]]プラザ銀座店
 
* 旧[[ソニービル]]
 
** [[マキシム]]・ド・パリ(2015年閉店)<ref group="†">[[アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック|ロートレック]]の作品など[[アールヌーヴォー]]の店内装飾で知られるパリ8区ロワイヤル通り[[マキシム (フランスのレストラン)|マキシム本店]]のライセンスブランド店だった。[[GINZA SIX]]の「THE GRAND GINZA (ザ・グラン銀座)」でマキシムの"苺の[[ミルフィーユ]]"が販売されている。<!--http://bg-mania.jp/2017/09/28222236.html--></ref>
 
* 銀座あけぼの本店([[和菓子]]店)<ref group="†">1948年に現在地で創業した、[[おかき]]を主とした[[米菓]]・和菓子店。銀座では他に、松屋銀座や銀座三越にある。</ref>
 
* 鹿乃子本店&和喫茶室(和菓子店)<ref group="†">1946年に現在地で甘味とかき氷店として創業した和菓子屋。2階は[[あんみつ]]や[[お汁粉]]等の[[甘味]]喫茶室(「[https://cake.tokyo/1820 愛情が直に伝わる老舗和菓子店 銀座 鹿乃子の、親子2代…]」 CAFE.TOKYO 2015年12月20日)。</ref>
 
* [[マネケン|銀座マネケン]]<ref group="†">1986年に日本で初めて[[ワッフル|ベルギーワッフル]]を販売した大阪発の店舗。<!-- https://ginza.kokosil.net/ja/place/00001c0000000000000200000016b862 参照--></ref>
 
* [[三愛ドリームセンター]]
 
** [[ドトールコーヒー|ル・カフェ・ドトール]]
 
* [[鳩居堂|東京鳩居堂]]本店<ref group="†">[[江戸時代]]から[[京都]]に店舗を構える[[文房具|書画用品]]や[[香]]の専門店。銀座には、[[銀座煉瓦街]]の時代から路面店を構える[[老舗]]。</ref>
 
* [[TASAKI]]本店
 
* [[銀座プレイス]]
 
** [[日産ギャラリー|NISSAN CROSSING]]
 
** ティエリー・マルクス(フランス料理店)<ref group="†">[[ミシュランガイド]]2つ星のパリ1区サントノレ通り本店のライセンスブランド店になる。</ref>
 
** [[サッポロライオン|銀座ライオン]]([[ビヤホール]]、[[ブラッスリー]])
 
* [[銀座コア]]
 
** 銀座萬年堂本店(和菓子店)<ref group="†">江戸時代の[[元和 (日本)|元和]]3年に京都で創業。1872年の[[東京遷都]]と共に東京[[八重洲]]に移転し、[[関東大震災]]や[[第二次世界大戦]]等で店舗が消失したのを期に銀座に移転。<!--http://www.mannendou.co.jp/index/history.html、 https://myrecommend.jp/japanese-sweets-24/ 参照--></ref>
 
** 池田屋東京銀座店<ref group="†">1950年、静岡の[[清水区|旧清水市]]で創業。[[ランドセル]]や、[[印伝|甲州印伝]]のバッグ専門店。</ref>
 
** ひだまり本舗<ref group="†">[[エベレスト#登頂史|エベレスト登山隊]]にも採用された、[[肌着]]専門店(「[http://www.zakzak.co.jp/smp/economy/pressrelease/news/20150930/prl1509301552108-s1.htm 保温力でエベレスト登山隊に貢献…]」 [[zakzak]]、2015年9月30日)。</ref>
 
** [[ワコール|ワコール・ザ・ストア]]
 
** [[つばめグリル]](老舗洋食店)<ref group="†">1930年、[[新橋駅]]近くで創業した[[ドイツ料理]]風ステーキ等の洋食屋。銀座では他に、銀座1丁目に和牛グリルつばめやがある。</ref>
 
* [[メルサ|イグジットメルサ]](旧ニューメルサ)
 
** [[文明堂|銀座文明堂]]、BUNMEIDO CAFE GINZA<ref group="†">BUNMEIDO CAFE は併設のカフェレストラン。銀座では他に、[[歌舞伎座]]横のカフェレストラン併設の東銀座店の他、松屋銀座、銀座三越にある。</ref>
 
* [[ラオックス]]銀座本店
 
* 銀座[[千疋屋]]本店<ref group="†">銀座では他に、銀座三越、GINZA SIX に店舗がある。</ref>
 
* [[ピエールマルコリーニ|ピエール・マルコリーニ]]銀座本店(パティスリー、カフェ)
 
* リーフルダージリンハウス銀座([[ティールーム|サロン・ド・テ]])<ref group="†">赤坂[[トゥール・ダルジャン]]など数店の高級フランス料理店にも卸す、1988年創業の[[茶葉]]専門店。銀座では他に、銀座三越に店舗がある。<!--http://shop.leafull.co.jp/html/newpage.html?code=6、 http://shop.leafull.co.jp/html/newpage.html?code=4 参照--></ref>
 
* [[マリアージュフレール|マリアージュ・フレール]]銀座(サロン・ド・テ)
 
* 銀座メゾン[[エルメス]]
 
* [[アルマーニ]]銀座タワー
 
* コーチ銀座店
 
* [[ディオール]]ブティック
 
* [[森英恵|ハナエ・モリ]]銀座店
 
* プラダ銀座店
 
* ロンシャン銀座店
 
* アンテプリマ銀座店
 
* ケイト・スペード ニューヨーク銀座店
 
* カルティエ銀座並木通りブティック
 
* ブシュロン銀座本店
 
* モーブッサン銀座フラッグシップストア
 
* [[フランク・ミュラー]]ウォッチランド東京
 
* エスパス タグ・ホイヤー銀座
 
* [[ドルチェ&ガッバーナ]]銀座店
 
* [[銀座山形屋]]銀座店<ref group="†">創業100年の[[オーダーメイド]]スーツチェーン店。銀座界隈のオーダーメイドスーツ店は他に、銀座SAKAEYA、銀座テーラーなどがある。<!--銀座山形屋については、https://www.ginyama.co.jp/shops/ 等を参照。なお、銀座山形屋本店は中央区湊とのこと。 → https://www.ginyama.co.jp/corporate/profile/ 参照。--></ref>
 
* [[日動画廊]]
 
* [[靖山画廊]]
 
* 銀座さわ田(寿司屋)
 
* 近藤(天ぷら屋)
 
* 小十(こじゅう、[[日本料理]]店)
 
* [[エスキス]](フランス料理店)
 
* [[時事通信ビル]]
 
<!--* くすりの福太郎銀座5丁目店 →キリがないので、本店旗艦店に準ずるもののみで。-->
 
* [[ピーアークホールディングス|ピーアーク]]銀座店([[パチンコ店]])
 
 
 
; 6丁目
 
* ギンザコマツ<ref group="†">[[第二次世界大戦]]後、流行の先端を牽引した婦人服や雑貨を取り扱う小松ストアーがあった地。小松ストアーを開業した小坂武雄の父[[小坂梅吉]]は[[松本楼|日比谷松本楼]]開業者で、松本楼の発祥地である銀座松本楼(小松食堂)があった地にもなる。</ref>
 
** 東館
 
*** [[ユニクロ]]銀座店<ref group="†">銀座では他に、マロニエゲート2に店舗がある。</ref>
 
** 西館
 
*** ドーバー ストリート マーケット ギンザ・[[コム・デ・ギャルソン|コム デ ギャルソン]]
 
*** ローズベーカリー銀座<ref group="†">[[サクレ・クール寺院]]南側の[[9区 (パリ)|パリ9区]]マルティル(殉教者)通りに、イギリス人夫婦が2002年に開店した[[カフェ]]のライセンスブランド店になる<!--パリのHPは、http://rosebakery.jp/ -->。</ref>
 
*** KOMATSU BAR
 
* [[アバクロンビー&フィッチ]]銀座店
 
* かねまつビル
 
** [[道場六三郎|懐食みちば]](日本料理店)
 
** 銀座かねまつ 銀座6丁目本店<ref group="†">1947年、[[数寄屋橋]]で創業した靴&バッグ等の革アイテムブランド店。銀座では他に、元の本店であった<!--http://www.ginza-kanematsu.co.jp/recruit/company/history.html 参照-->銀座4丁目店がある。</ref>
 
* 菊水・ダイアナ共同ビル
 
** [[ダイアナ]]銀座本店<ref group="†">1948年、銀座[[東京すずらん通り連合会|すずらん通り]](現在地裏手付近)で創業した靴&バッグ等の革アイテムブランド店。銀座では他に、マロニエゲート銀座2店がある。</ref>
 
** [[銀座ヨシノヤ]]<ref group="†">1907年、[[尾張町]](銀座6丁目)で創業した靴専門店。</ref>
 
** 銀座菊水([[喫煙具]]店)<ref group="†">1903年、現在地で創業した、[[パイプ]]等の喫煙具専門店。</ref>
 
* [[コメ兵]]銀座店
 
* [[交詢社]](交詢ビル)
 
** [[今半]]銀座店
 
** [[バーニーズ・ニューヨーク]]銀座本店
 
** スリオラ([[スペイン料理]]店)
 
* [[GINZA SIX]](ギンザ シックス、旧[[松坂屋]]銀座店<ref group="†">元の場所にあった松坂屋銀座店は2013年6月30日を以って閉店。ただし、公式サイトでは「[http://www.matsuzakaya.co.jp/ginza/ 一旦営業を終了]」という記述があり、公式見解では営業再開を前提としていると思われたため、"完全閉店"ではないと一部で見られていた。</ref>)
 
** サンローランGINZA SIX店
 
** セリーヌGINZA SIX店
 
** フェンディGINZA SIX店
 
** ヴァレンティノGINZA SIX店
 
** [[ジミー・チュウ]]GINZA SIX店
 
** [[マルニ]]GINZA SIX店<ref group="†">1994年ミラノ創業の革アイテム中心のイタリアブランド。海外ではパリ8区モンテーニュ大通り等にある他、日本上陸は2002-12年南青山にあった旗艦店から(「[https://www.vogue.co.jp/tag/brand/marni マルニ / MARNI]」 [[ヴォーグ (雑誌)|VOUGUE]]<!--青山旗艦店の開店時期はvougueでは2000年と記載あるが、2002年。以下を参照
 
https://www.fashion-press.net/shops/572-->)。銀座・[[有楽町]]界隈では他に、松屋銀座、銀座三越、[[阪急百貨店|阪急メンズ東京]]にある。</ref>
 
** ケンゾーGINZA SIX店
 
** Discord ヨウジ・ヤマモト(アクスサリー店)
 
** ディオール・ビューティー、ハウス・オブ・ディオール 銀座ハウス<ref group="†">[[ピエール・エルメ]]監修の[[ディオール]]の[[カフェ]]ないし[[ブラッスリー]]。</ref>
 
** アレクサンドル ドゥ パリGINZA SIX店(オートコワフュール<ref group="†">[[フランス語]]で[[オートクチュール]]の性格を[[美容院]]に置き換えたような"高級美容院"の意<!--(「[https://www.fashionsnap.com/the-posts/2016-09-17/alexandredeparis/ 八木通商 アレクサンドルドゥパリ株取得] 」 fashionsnap.com, 2016年9月17日 参照)-->。1957年にパリ8区フォーブール=サントノレ通り120番地に開店した美容サロンが発祥。2017年、南青山5丁目とGINZA SIXに直営サロンを開店。銀座では他に、松屋銀座店内に店舗がある。現在は、ヘアアクセサリーブランドやコスメ([[ロレアル]]製造)も展開。[[ウィンザー公爵夫人]]、[[グレース・ケリー]]モナコ大公妃、[[ローレン・バコール]]、[[マリア・カラス]]、[[ミシェル・モルガン]]、[[オードリー・ヘップバーン]]、[[グレタ・ガルボ]]、[[ソフィア・ローレン]]、[[ロミー・シュナイダー]]・・らが顧客だったとのこと。2016年から日本の[[八木通商]]の所有ブランド(公式HP「[http://www.alexandredeparis-accessories.com/histoire.htm?changelangue=IT アレクサンドルドゥパリ 美しい物語]」「[https://alexandredeparis.co.jp/ 同 about]」「[http://www.alexandredeparis.jp/brand/ 同 ブランド紹介]」、仏公式HP「[http://www.alexandredeparis-coiffure.com/histoire-1.php Alexandre de Paris]」、fashionsnap.com. 「[https://www.fashionsnap.com/the-posts/2016-09-17/alexandredeparis/ 八木通商 アレクサンドルドゥパリ株取得] 」2016年9月17日 ・・など参照)。</ref>)
 
** [[植村秀|シュウ ウエムラ]]GINZA SIX店<ref group="†">現在は[[ロレアル]]傘下の化粧品コスメブランド。</ref>
 
** [[シチズン]]フラッグシップストア東京
 
** [[モワナ]]メゾン銀座<ref group="†">パリのサントノレ通りなどに店舗がある[[トランク]]など革製品のフランス老舗高級ブランド。</ref>
 
** ヴァンクリーフ&アーペルGINZA SIX店
 
** [[カルチュア・コンビニエンス・クラブ|銀座蔦屋書店]]
 
** [[観世能楽堂]]<ref group="†">施設の老朽化等を理由に、2017年に渋谷の[[松濤]]から移転。</ref>
 
* [[ライカ]]銀座店・銀座サロン
 
* [[オメガ]]ショップ銀座
 
* [[新橋演舞場]]
 
* [[銀座天一]]本店(天ぷら屋)
 
* 寿司幸本店(寿司屋)
 
* モンロワール銀座みゆき通り店(パティスリー)<ref group="†">[[神戸]][[岡本 (神戸市)|岡本]]に本店があるショコラパティスリー。東京では他に、南青山6丁目や[[麻布十番]]に路面店がある。<!--https://www.monloire.co.jp/shop.html--></ref>
 
* [[くすりの福太郎]]銀座店<ref group="†">現在はドラッグストアとしては閉店。暫く空きテナントとなっていたが、再び「くすりの福太郎」が入居し、調剤薬局として営業している。銀座では他に、銀座1丁目店、銀座5丁目店がある。</ref>
 
 
 
; 7丁目
 
* [[虎屋|とらや]]銀座店、虎屋菓寮<ref group="†">銀座では他に、松屋銀座店、銀座三越店がある。</ref>
 
* 清月堂銀座本店、喫茶清月茶房(和菓子店)<ref group="†">銀座では他に、松屋銀座店がある。</ref>
 
* [[洋菓子舗ウエスト|銀座ウェスト]]本店
 
* [[リンツ&シュプルングリー|リンツ]]ショコラカフェ銀座店
 
* [[サッポロライオン]](ビヤホールライオンや銀座ライオン等がある)
 
* [[安田松慶堂]]本店
 
* [[ジーユー]]銀座本店
 
* [[H&M]]銀座店<ref group="†">2008年9月13日に開店した同銀座店は同社の日本第1号店であったが、2018年7月16日をもって閉店。</ref>
 
* [[ザラ (ファッションブランド)|ZARA]]銀座本店
 
* [[モンブラン (企業)|MONT BLANC]]銀座本店
 
* [[ダミアーニ]]銀座タワー店<ref group="†">パリの[[ベル・エポック]]に触発された1924年、イタリアの[[ヴァレンツァ]]で創業したジュエリーブランド<!--ベル・エポックについては、公式HP http://www.damiani.com/jp/ を参照-->。</ref>
 
* [[ピアジェ]]ブティック銀座店
 
* パンドラ銀座フラッグシップストア
 
* [[サルヴァトーレ・フェラガモ]]銀座本店
 
* クリスチャン・ルブタン銀座店
 
* [[ブレゲ]]ブティック銀座店
 
* [[セイコー]]プレミアムブティック
 
* [[スウォッチ]]銀座、スウォッチグラスヒュッテオリジナルブティック銀座
 
* [[ロンジン]]ブティック東京
 
* [[ヴァシュロン・コンスタンタン]]銀座ブティック 
 
* [[金田中]]([[料亭]])
 
* ロオジエ(フランス料理店)
 
* とよだ(日本料理店)
 
* 尹家(ユンケ、[[韓国料理]]店)
 
* 銀座梅林本店(とんかつ屋)
 
* 俺のうなぎ(鰻料理屋)
 
* [[ガーディアン・ガーデン]]
 
* [[ヤマハホール]]
 
* [[ニコンサロン]]
 
* [[電通銀座ビル]]
 
 
 
; 8丁目
 
* スワロフスキー銀座本店
 
* [[フォリフォリ]]銀座店
 
* [[バーバリー]]銀座店
 
* 三陽銀座タワー<ref group="†">2015年9月に開店した三陽商会のレーベル(ブランド)を集積したビル(「[https://www.fashion-press.net/news/18278 三陽銀座タワーがオープン - マッキントッシュ ロンドンなど三陽商会の展開ブランドが集結]」 fashion-press)。</ref>
 
** [[ポール・スチュアート (ファッションブランド)|ポール・スチュアート]]<ref group="†">三陽商会のレーベル(ブランド)の一つになり、三陽銀座タワー内にある旗艦店。銀座・有楽町界隈では他に、松屋銀座や阪急メンズ東京に店舗があり、また、1981年以来[[神宮前 (渋谷区)|神宮前]]に路面店がある。</ref>
 
** 三陽山長
 
** マッキントッシュ・ロンドン
 
** ブラックレーベル・クレストブリッジ
 
** ブルーレーベル・クレストブリッジ
 
* [[オンワード樫山#オリジナルブランド|23区]]GINZA<ref group="†">オンワード樫山のオリジナルブランド。銀座では他に、松屋銀座、マロニエゲート2&3 <!--https://shopblog.onward.co.jp/brand/23ku-bag-selection/shop/gp-marronnier-ginza/e1dddb67-de0f-44a8-97e0-fe32a6acca8c?categories%5B0%5D=%E6%96%B0%E7%9D%80%E6%83%85%E5%A0%B1&categories%5B1%5D=Pick+Up&title=%E3%83%9E%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%A8%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%88%E9%8A%80%E5%BA%A7%EF%BC%92+23%E5%8C%BA%E3%83%90%E3%83%83%E3%82%B0&archive=2017.10.23&shop=gp-marronnier-ginza 参照-->に店舗がある。</ref>
 
* [[アシックス]]ストア東京<ref group="†">銀座では他に、アシックスウィメンマロニエゲート銀座2、アシックスウォーキング銀座インズ、同イグジットメルサ(期間限定店)に店舗がある。</ref>
 
* [[和真|和真メガネ]]銀座本店
 
* [[月光荘]]
 
* [[カフェーパウリスタ]]
 
* [[吉兆|東京吉兆]]本店(料亭)
 
* [[竹葉亭]][[木挽町]]本店(鰻料理屋)
 
* 銀座久兵衛本店(寿司屋)<ref group="†">「[[軍艦巻|軍艦巻き]]」発祥店として知られている。</ref>
 
* 鮨よしたけ(寿司屋)
 
* 銀座いわ Ginza IWA(寿司屋)<ref group="†">1921年(大正10年)、築地創業の寿司岩が本店。築地本店の他に、銀座では同店と銀座三越店がある。</ref>
 
* 福樹(日本料理店)
 
* 一期銀座(いちごぎんざ、日本料理店)
 
* カーエム(フランス料理店)
 
* 銀座天國本店(天ぷら屋)
 
* [[銀座三河屋]]
 
* [[マツモトキヨシ]]BeautyU店<ref group="†">銀座では他に、銀座5丁目に銀座5th店がある。</ref>
 
* [[ドン・キホーテ (企業)|ドン・キホーテ]]銀座本館
 
* [[博品館]]
 
** [[博品館劇場]]
 
* [[東京銀座資生堂ビル]]
 
** [[資生堂パーラー]]
 
** ファロ資生堂([[イタリア料理]]店)
 
* [[銀座三井ビルディング]]
 
* ソサエティ・オブ・スタイル<ref group="†">略称SOS、現在はSOSモデル・エージェンシーとも、1957年に[[菅原文太]]、[[岡田眞澄]]ら総勢8名で発足した日本初の男性専門モデル・クラブ、後年には女性も所属。</ref>
 
* [[中央区立銀座中学校]]
 
* [[銀座郵便局]]<ref group="†">旧・[[東京南部小包集中局]]。更に遡って明治時代には旧[[逓信省]]もここにあった。</ref>
 
* [[中銀カプセルタワー]]
 
; 未確定地域
 
* [[西銀座デパート]]、銀座インズ、銀座ファイブなど[[東京高速道路]]の[[オフィスビル|テナントビル]]街
 
** キプリング<ref group="†">銀座ファイブ内にある。その他に、パリ6区・[[7区 (パリ)|パリ7区]]境界界隈セーヴル通りなど国内外で店舗展開している。1987年、アントワープ創業のベルギー発のカジュアルバッグのブランド。<!--http://ginzafive.com/shoplist/1F-31.html--></ref>
 
** パンジー<ref group="†">銀座ファイブ内にある。その他、[[表参道 (原宿)|表参道交差点]]界隈[[北青山]]等にも路面店がある。[[ミナミ|大阪ミナミ]]発のイタリアンスタイルの靴のブランド。<!--http://ginzafive.com/shoplist/1F-09.html--></ref>
 
** 誠友堂(美術[[刀剣]]店)<ref group="†">銀座ファイブ内にある。[[日本刀]]、刀装具、[[火縄銃]]、[[甲冑]]・・等の[[武具]]を銀座で販売している店舗として[[メディア]]に取り上げられる事が多い。</ref>
 
; その他
 
* [[川本源司郎#丸源ビル|丸源ビル]]
 
|style="vertical-align:top;"|
 
|}
 
 
 
== 銀座を舞台・背景とした作品 ==
 
[[日本映画]]の黎明期から黄金期となる[[戦後混乱期]]から[[高度経済成長]]期まで、東京を代表する町として頻繁に銀座が登場。[[歌謡曲]]でも銀座を歌った歌が数多く、『[[東京行進曲]]』や『[[東京音頭]]』などといった東京の歌の歌詞にも銀座が登場する。
 
; 映画
 
 
 
{{columns-list|2|
 
* [[銀座カンカン娘]](1949年、新東宝)
 
* [[銀座化粧]](1951年、新東宝)
 
* [[ゴジラ (1954年の映画)|ゴジラ]](1954年、東宝)
 
* [[銀座二十四帖]](1955年、日活)
 
* [[太陽の季節]](1956年、日活)
 
* [[夜の蝶]](1957年、大映)
 
* [[嵐を呼ぶ男]](1957年、日活)
 
* [[銀座のお姐ちゃん]](1959年、東宝)
 
* [[銀座旋風児]]シリーズ(1959年 - 1963年、日活)
 
* [[秋立ちぬ]](1960年、東宝)
 
* [[女が階段を上る時]](1960年、東宝)
 
* [[セクシー地帯]](1961年、新東宝)
 
* [[銀座っ子物語]](1961年、大映東京)
 
* [[銀座の恋人たち]](1961年、東宝)
 
* [[銀座の若大将]](1962年、東宝)
 
* [[閉店時間]](1962年、大映東京)
 
* [[銀座の恋の物語]](1962年、日活)
 
* [[風速七十五米]](1963年、大映)
 
* [[二人の銀座]](1967年、日活)
 
* [[007は二度死ぬ]](1967年、[[ユナイテッド・アーティスツ]])
 
* [[続組織暴力]](1967年、東映)
 
* [[女の警察]](1969年、日活)
 
* [[続 女の警察]](1969年、日活)
 
* [[夜をひらく 女の市場]](1969年、日活)
 
* [[女の警察 国際線待合室]](1970年、日活)
 
* [[女の警察 乱れ蝶]](1970年、日活)
 
* 経験(1970年、東映)
 
* [[赤頭巾ちゃん気をつけて]](1970年、東宝)
 
* [[実録 私設銀座警察]](1973年、東映)
 
* [[逆襲! 殺人拳]](1974年、東映)
 
* [[白昼の死角]](1979年、東映)
 
* [[ロスト・イン・トランスレーション]](2003年)
 
}}
 
 
 
; ラジオドラマ
 
* [[君の名は]](1951年)
 
; テレビドラマ
 
* 君の名は(1991年)
 
* [[教師びんびん物語]](1988年)
 
* [[孤独の賭け]](1963年)
 
* [[白い魔魚]](1965年)
 
* [[銀座わが町]](1973年)
 
* [[東京大地震マグニチュード8.1]](1980年)
 
 
 
; 小説
 
* [[黒蘭姫]]([[横溝正史]]、1948年)
 
* [[女が見ていた (小説)|女が見ていた]](横溝正史、1949年)
 
* [[魔弾の射手 (小説)|魔弾の射手]]([[高木彬光]]、1950年)
 
* [[女王蜂 (横溝正史)|女王蜂]] (横溝正史、1951年)
 
* [[にっぽん製]]([[三島由紀夫]]、1953年)
 
* [[暗闇の中の猫]] (横溝正史、1956年)
 
* [[黒革の手帖]]([[松本清張]]、1980年)
 
* [[ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり]]([[柳内たくみ]]、2010年)
 
 
 
; 漫画
 
{{columns-list|2|
 
* [[女帝 SUPER QUEEN|女帝]]([[倉科遼]]作、[[和気一作]]画)
 
* [[哀愁荒野]]([[梶原一騎]]作、[[松久由宇]]画)
 
* [[虹色仮面]]([[高口里純]])
 
* [[おいしい銀座]]([[酒川郁子]])
 
* [[XXXHOLiC]]([[CLAMP]])
 
* [[バーテンダー (漫画)|バーテンダー]]([[城アラキ]]作、[[長友健篩]]画)
 
* [[銀座の番ねこ]]([[高梨みどり]])
 
* [[銀座ギャラクシー]]([[長尾謙一郎]])
 
* [[江戸前の旬]]([[九十九森]]作、[[さとう輝]]画)
 
* [[美味しんぼ]]([[雁屋哲]]作、[[花咲アキラ]]画)
 
}}
 
 
 
; アニメ
 
* [[アイドルマスター XENOGLOSSIA]](2007年)
 
 
 
== 出身者 ==
 
*[[岸田劉生]] - [[洋画家]]
 
*[[吉田暁芳]] - [[浮世絵師]]
 
*[[池田彌三郎]] - [[民俗学|民俗学者]]
 
*[[稲山嘉寛]] - [[実業家]]。第5代[[経済団体連合会|経団連]]会長、[[新日本製鐵]]初代社長
 
*[[福原信三]] - 実業家、[[写真家]]。[[資生堂]]社長、[[日本写真会]]会長
 
*[[福原路草]] - 写真家
 
*[[篠沢秀夫]] - [[仏文学者]]、[[学習院大学]]教授。[[タレント]]教授の走り
 
*[[矢代静一]] - [[劇作家]]。実家は[[銀座ヨシノヤ]]。
 
*[[岸田辰彌]] - [[演出家]]、[[オペラ歌手]]。
 
*[[居作昌果]] - 元[[TBSテレビ|TBS]]<!--<ref group="†">会社法人としては現在の[[東京放送ホールディングス]]。放送局としては現在の[[TBSテレビ]]・[[TBSラジオ]]。</ref>→不用な注釈では?-->[[プロデューサー]]
 
*[[和泉雅子]] - [[女優]]、[[冒険家]]。実家は銀座・三原橋で三代続いた寿司[[割烹]]店であった。現在は自社ビルとなっている。
 
*[[柄本明]] - [[コメディアン]]。出生地は[[岩手県]]
 
*[[泉ピン子]] - 女優
 
*[[なぎら健壱]] - [[シンガーソングライター]]
 
 
 
== 脚注 ==
 
{{脚注ヘルプ}}
 
 
 
=== 注釈 ===
 
{{Reflist|group="†"}}
 
 
 
=== 出典 ===
 
{{Reflist|2}}
 
 
 
=== 参考文献 ===
 
* {{Cite book |和書 |author=浅井建爾 |edition= 初版|date=2001-11-10 |title=道と路がわかる辞典 |publisher=[[日本実業出版社]] |isbn=4-534-03315-X |ref=harv}}
 
*[[大石学]] 『駅名で読む江戸・東京』 [[PHP研究所]] (PHP新書)、2003年1月、ISBN 978-4569625720
 
* 岡本哲志『銀座四百年 都市空間の歴史』([[講談社]]・2006年)
 
* 川崎房五郎『[[国史大辞典 (昭和時代)|国史大辞典]]』4巻「銀座」(吉川弘文館、1984年)
 
* 三枝進ほか『銀座 街の物語』([[河出書房新社]]・2006年)
 
* 田谷博吉『近世銀座の研究』([[吉川弘文館]]、1963年)
 
 
 
== 世界各地の"銀座" ==
 
* [[シャンゼリゼ通り|シャンゼリゼ大通り]]([[8区 (パリ)|パリ8区]])、モンテーニュ大通り([[:fr:Avenue Montaigne|fr]]、パリ8区)、ジョルジュ=サンク大通り([[:fr:Avenue George-V|fr]]、パリ8区) - シャンゼリゼは銀座と友好提携関係を結んでいる。上記3つの[[アベニュー|アヴニュー]]に囲まれた周辺界隈が[[ラグジュアリー]]関連の"黄金の三角地帯 ([[:fr:Triangle d'or|fr]])"と呼称されている。また、下記フォーブール=サントノレ通りがシャンゼリゼ通り北側を並走している。
 
* [[フォーブール=サントノレ通り]]([[:fr:Rue du Faubourg-Saint-Honoré|fr]]、パリ8区)、[[サントノーレ通り]]([[1区 (パリ)|パリ1区]]) - ロワイヤル通りを挟んで続くこの2つの通り界隈は、世界屈指の高級[[ブランド]]店街。
 
* [[ヴァンドーム広場]](パリ1区)、オペラ地区([[2区 (パリ)|パリ2区]]・[[9区 (パリ)|パリ9区]]) - ヴァンドーム界隈の高級宝石商街から[[ガルニエ宮]]([[オペラ座]])のあるオペラ広場周辺の、劇場映画館、[[プランタン (フランスの百貨店)|プランタン]]や[[ギャラリー・ラファイエット|ギャルリー・ラファイエット]]などのグラン・マガザン([[百貨店]])街へ続く界隈。
 
* [[ナイツブリッジ]]([[シティ・オブ・ウェストミンスター]]) - [[ウエスト・エンド (ロンドン)|ウェスト・エンド・ロンドン]]にある、百貨店[[ハロッズ]]や[[ハーヴェイ・ニコルズ]]など高級商業施設が集積する地区。
 
* ニュー・ボンド・ストリート、オールド・ボンド・ストリート([[:en:Bond Street|en]]、シティ・オブ・ウェストミンスター) - "[[ボンド・ストリート]]"はウェスト・エンドの[[メイフェア]]地区にある高級ブランド店の集積地。
 
* [[オックスフォード・ストリート]]、[[リージェント・ストリート]]、[[ピカデリー]](シティ・オブ・ウェストミンスター) - メイフェア地区を中心とするこれら通り一帯は、ブランド店から劇場までが集積するウェスト・エンドにある代表的な歓楽街。
 
* [[オコンネル通り]]([[ダブリン]])
 
* [[モンテナポレオーネ通り]]([[:en:Via Monte Napoleone|en]]、[[ミラノ]])
 
* [[コルソ通り]]([[ローマ]])
 
* [[グランビア通り]]([[マドリード]])
 
* [[ランブラス通り]]([[バルセロナ]])
 
* [[5番街 (マンハッタン)|5番街]]、[[ブロードウェイ (ニューヨーク)|ブロードウェイ]]<!--日比谷の映画街のみならず、東銀座の歌舞伎座からの類推-->([[ミッドタウン|ミッドタウン・マンハッタン]])
 
* 47番街のダイヤモンド地区([[:en:47th Street (Manhattan)#Diamond District|en]]、ミッドタウン・マンハッタン)- 上記5番街と[[6番街 (マンハッタン)|6番街]]との間にある高級宝石商街。
 
* [[ロデオドライブ]]([[ビバリーヒルズ]])
 
* [[ヤング・ストリート]]([[トロント]])
 
* [[西ベルリン#西ベルリンの商業地区|クアフュルステンダム通り]](通称クーダム通り、[[ベルリン]])
 
* [[メンケベルク通り]]([[ハンブルグ]])
 
* [[カイザー通り]]([[フランクフルト・アム・マイン]])
 
* [[トゥヴェルスカヤ通り]](旧[[ゴーリキー通り (モスクワ)|ゴーリキー通り]]、[[モスクワ]]) - [[ロシア革命]]前からロシア随一の[[メインストリート]]であり、古くから多数の日本人駐在員より「モスクワ銀座」とも呼ばれている。首都モスクワと(ロシア革命前まで首都であった)[[サンクトペテルブルグ]]を結ぶ幹線道路の(モスクワ側からの)始点でもある。
 
* [[ネフスキー大通り]]([[サンクトペテルブルク]])
 
* [[スヴェトランスカヤ通り]]([[ウラジオストク]])
 
* [[レーニナ通り|レーニナ通り(旧豊原大通り)]]、[[サハリーンスカヤ通り|サハリーンスカヤ通り(旧真岡通り)]]、[[ミーラ大通り]]([[ユジノサハリンスク]])
 
* [[フレシチャーティク]]([[キエフ]])
 
* [[マーシャル通り]]、[[イェロゾリムスキェ通り]]([[ワルシャワ]])
 
* [[ナロードニ通り]]、[[ヴァーツラフ広場]]([[プラハ]])
 
* [[アンドラーシ通り]]、[[ヴァーツィー通り]]([[ブタペスト]])
 
* [[ヴィクトリア通り]]、[[マゲル通り]]([[ブカレスト]])
 
* [[ヴィトシャ通り]]([[ソフィア]])
 
* [[クネズ・ミハイロヴァ通り]]([[ベオグラード]])
 
* [[イリツァ通り]]([[ザグレブ]])
 
* [[アマリアス通り]]([[アテネ]])
 
* [[イスティクラル通り]]([[イスタンブール]])
 
* [[バリアス通り]]([[テヘラン]])
 
* [[コンノートプレイス]]、[[パハールガンジ|パハールガンジ(別名「メインバザール」)]]([[ニューデリー]])
 
* サリットセンター、[[ウェストゲート (ケニア)|ウェストゲート]](ウェストランド・[[ナイロビ]])<!--参照として、http://new-jun-jun.jugem.jp/?eid=90、https://www.tripadvisor.jp/ShowUserReviews-g294207-d4137727-r264160567-Black_Diamond-Nairobi.html、https://www.tour.ne.jp/blog/chocotakeda/92182/ など-->
 
* [[サントン]]([[ヨハネスブルグ]])
 
* [[パウリスタ通り]]([[サンパウロ]])
 
* [[アトランティカ通り]]([[リオデジャネイロ]])
 
* [[フロリダ通り]]([[ブエノスアイレス]])
 
* [[レフォルマ通り]]([[メキシコシティ]])
 
* [[頂好]]([[台北]])
 
* [[狎鴎亭]]、[[明洞]]([[ソウル特別市|ソウル]])
 
* [[黎明通り]]([[平壌]])
 
* [[人民大街]]([[長春]])
 
* [[王府井街]]([[北京]]) - 古くから多数の日本人駐在員より「北京の銀座」とも呼ばれている。
 
* [[南京路 (上海)|南京東路]]([[上海]])
 
* [[銅鑼湾]]([[香港]])
 
* [[オーチャード・ロード]]([[シンガポール]])
 
* [[サイアム・スクエア|サイアム]]([[パトゥムワン区|バンコク都パトゥムワン区]])
 
* [[ドンコイ通り]]([[ホーチミン市|ホーチミン(旧サイゴン)]])
 
* ジョージ・ストリート([[シドニー]]) - 同ストリートの[[クイーン・ヴィクトリア・ビルディング (シドニー)|クイーン・ヴィクトリア・ビルディング]]周辺界隈が高級商業施設街。
 
 
 
== 関連項目 ==
 
{{Commonscat|Ginza}}
 
* [[金座]]
 
* [[両替町]] - 銀座のルーツ
 
* [[築地警察署]] - 銀座周辺の管轄にあたる。
 
* [[ホステス]]
 
* [[御堂筋]]・[[北新地]]・[[心斎橋]] - 大阪の商業中心地区。西の高級飲食店街や高級[[ブランド]]店集積地域。
 
* [[栄 (名古屋市)|栄]] - 名古屋の商業中心地区。
 
* [[表参道 (原宿)|表参道]] - 銀座同様に東京の高級ブランド店集積地域。
 
* [[読売ジャイアンツ]] - 優勝パレードを当地で行っている。
 
* [[アーケード]]・[[地下街]] - <!--大都市の繁華街でありながら-->当地には存在しない。[[晴海通り]]・銀座通り([[中央通り (東京都)|中央通り]])等の[[目抜き通り]]地下に、[[地下鉄]]の各駅や各ビルをつなぐ「地下通路」のみがあり、小規模な商店街をつくっている。
 
* [[東京都の観光地]]
 
  
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東京都中央区南西部の地区。日本を代表する繁華街。1~8丁目まである。 JR有楽町駅,新橋駅,首都高速都心環状線に囲まれた地域にあたる。[[徳川家康]]の江戸入城後埋立てにより商業地となった。地名は駿府の銀座 (銀貨鋳造所) を江戸のこの地へ移したことに由来。明治以後は浅草と並んで東京下町の繁華街として発展。高級専門店,デパート,高級飲食街を形成し,東京の流行をつくる町ともなった。関東大震災,第2次世界大戦で焼土と化したが復興し,東京の都心商店街となった。大戦後,外堀や三十三間堀なども埋立てられ,高層ビル,高速道路の建設が進んだ。しかし東京の拡大とともに,新宿,渋谷,六本木,青山などが発展して,昔日の圧倒的地位は相対的に低下している。
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==脚注==
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== 外部リンク ==
 
== 外部リンク ==
 
* [http://www.city.chuo.lg.jp/ 中央区ホームページ]
 
* [http://www.city.chuo.lg.jp/ 中央区ホームページ]
* [http://www.city.chuo.lg.jp/kusei/syokai/tyomeiyurai/kyobashi/ginza.html 銀座・銀座西地区 町名の由来 - 中央区ホームページ内]
 
* [http://www.city.chuo.lg.jp/kusei/syokai/tyomeiyurai/kyobashi/ginzahigashi.html 銀座東地区 町名の由来 - 中央区ホームページ内]
 
 
* [http://www.ginza.jp/ 銀座コンシェルジュ] - 銀座公式サイト
 
* [http://www.ginza.jp/ 銀座コンシェルジュ] - 銀座公式サイト
 
* [http://www.ginza-machidukuri.jp/ 銀座街づくり会議 銀座デザイン協議会]  
 
* [http://www.ginza-machidukuri.jp/ 銀座街づくり会議 銀座デザイン協議会]  
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2018/8/29/ (水) 22:18時点における最新版

日本 > 東京都 > 中央区 > 銀座

銀座
—  町丁  —
銀座の位置
銀座
銀座の位置
座標: 東経139度45分54.0秒北緯35.671222度 東経139.765度35.671222; 139.765
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Tokyo Prefecture.svg 東京都
特別区 Flag of Chuo, Tokyo.svg 中央区
地域 京橋地域
面積
 - 計 0.87km2 (0.3mi2)
標高 4.4m (14ft)
人口 (2017年(平成29年)12月1日現在)[1]
 - 計 3,544人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 104-0061[2]
市外局番 03[3]
ナンバープレート 品川
※座標・標高は銀座四丁目交差点付近

銀座(ぎんざ)

東京都中央区南西部の地区。日本を代表する繁華街。1~8丁目まである。 JR有楽町駅,新橋駅,首都高速都心環状線に囲まれた地域にあたる。徳川家康の江戸入城後埋立てにより商業地となった。地名は駿府の銀座 (銀貨鋳造所) を江戸のこの地へ移したことに由来。明治以後は浅草と並んで東京下町の繁華街として発展。高級専門店,デパート,高級飲食街を形成し,東京の流行をつくる町ともなった。関東大震災,第2次世界大戦で焼土と化したが復興し,東京の都心商店街となった。大戦後,外堀や三十三間堀なども埋立てられ,高層ビル,高速道路の建設が進んだ。しかし東京の拡大とともに,新宿,渋谷,六本木,青山などが発展して,昔日の圧倒的地位は相対的に低下している。

脚注

  1. 町丁目別世帯数男女別人口”. 中央区 (2017年12月5日). . 2017閲覧.
  2. 郵便番号”. 日本郵便. . 2017閲覧.
  3. 市外局番の一覧”. 総務省. . 2017閲覧.

外部リンク




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