朝倉浩之
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朝倉 浩之(あさくら ひろゆき、1973年9月23日 - )は、東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)の報道局報道部長。元日本海テレビジョン放送(NKT)、中国国際放送のアナウンサー。
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人物・来歴
奈良県奈良市出身。平城東中学校、同志社国際高等学校から同志社大学法学部政治学科進学。卒業後、1996年NKT日本海テレビジョン放送にアナウンサーとして入社。入社3年目から『ズームイン!!朝!』を担当。鳥取・島根担当キャスターとして、特にグルメ系レポートが多かった。それと同時にローカル情報番組『Go!5!知っテレビ』でもメイン司会を務め、同社の「柔らか系」アナウンサーとして活躍する。一方で、スポーツ中継にかける情熱は人一倍で、高校野球、サッカー、バレーボール、バスケットなど幅広いジャンルの実況でアナウンサーとしての幅を広げた。その後、退社し、ディレクターとしてスポーツ番組、ドキュメンタリー制作などに携わる。
2003年から中国の北京語言大学に留学。 2005年8月21日、中国国際放送に入局し日本語放送を担当するアナウンサーを務め、スポーツ番組『スポーツ中国』でパーソナリティを担当した。それと同時に、中国スポーツの取材、執筆を行い、フリーライターとしても活動した。また各種ラジオ番組の出演やコラム執筆なども行った。島根県の地方紙山陰中央新報では「朝倉浩之の美好北京」を連載していた。
2009年、中国国際放送を退局して日本に帰国。その後TOKYOMXに入社し報道局で都政キャップ、報道センター担当部長を歴任。2015年7月から現職[1]。
エピソード
- NKT入社1年目、ニュース日本海プラス1の番組内でNKT前庭からの天気予報でデビューしたが、冒頭でコメントを忘れてしまい、困った表情のアップだけが延々とお茶の間に流れた。この部分が1997年のNNN系列アナのハプニングを集めた「全国美人キャスター対決輝け!全日本ニュース大賞!NG名珍場面&衝撃の瞬間!』で放送された。
- 日本けん玉協会認定の1級を小学生のときに取得。その腕前を24時間テレビで披露。1億人の大質問!?笑ってコラえての日本列島 テレビ局の旅で「けん玉アナウンサー」として紹介された。
- 中国在住のライターとして、独自な視点から中国のスポーツ事情をレポートし、日本の新聞・テレビメディアと異なる論調や内容から、注目を集めた。一部では「中国側の工作員ではないか」「非国民」などと、日本のネット上では批判的に取り上げられることが多かった。
- 執筆したコラムは中国語にも翻訳され、中国国内の一般紙やスポーツ紙をはじめ、ネット上にも転載された。特に「中国サッカーが末期症状だ」という書き出しから始まるコラムは各メディアでも取り上げられ、凋落傾向にあった中国のサッカー界において、関係者やファンの賛同と批判の嵐が巻き起こり、大きな波紋を呼んだ。
- 2008年8月8日から始まった北京五輪ではジャーナリストとして取材する一方、ソフトボール会場の外国人ボランティアとして日本のメディア対応を担当。その後、北京五輪の会場運営の内幕などをリポートするコラムも発表した。
NKT時代の主な担当番組
- ズームイン!!朝!
- Go!5!知っテレビ
- 日曜お昼は3色パン
- スポーツ中継
脚注
- ↑ “東京メトロポリタンテレビジョン株式会社人事のお知らせ” (プレスリリース), 東京メトロポリタンテレビジョン株式会社, (2015年6月17日) . 2015閲覧.