タイヤチェーン
タイヤチェーン(英: tire chains、snow chains)とは、自動車やオートバイで積雪路や凍結路を走行する際に、タイヤの外周に装着する滑り止め器具である。
概要
タイヤチェーンは1904年にアメリカのハリー・D・ウィード[1]によって発明され、同年8月23日の米国特許に「Grip-Tread for Pneumatic Tires」として特許権を取得した[2]。発明者のひ孫のジェームズ・ウィード[3]によると、20世紀初頭では運転手が縄や植物のつるをタイヤに巻いて、泥道や雪道で駆動力確保するのが一般的であったのを見て、それらよりも耐久性の高いチェーンをタイヤに巻くことを思いついたと伝えられている[4]。
タイヤサイズに応じて、タイヤチェーンにも異なるサイズがいくつか用意されている。また、米国自動車技術界(SAE)によって、自動車の駆動輪の周囲の最小間隙に適合するタイヤチェーンなどの冬用駆動補助装置を区分する"SAE Clearance"が規定されている。SAE Clearanceは、タイヤトレッドから最も近い障害物までの距離と、内側サイドウォールから最も近い障害物までの距離との両方で規定される。“W”、“U”および“S”の3段階あり、適合するタイヤ周辺の間隙は“W”が最も大きく、“S”が最も小さい[5]。
4輪車ではタイヤチェーンを2輪のみに巻く場合と、4輪全てに巻く場合がある。4輪全てにチェーンを巻いた場合は乗り心地が悪化する一方で、2輪のみに巻いた場合より高い雪道走破性を発揮する。2輪にチェーンを巻く場合は駆動輪の左右両輪に装着するように指示されていて、四輪駆動車の前後どちらでも装着可能な場合は前輪に装着することを勧める製品もある[6]。ただし、四輪駆動車の場合はそれぞれの車両の取扱説明書に記載されている装着輪は車種によって異なり、一般的には前輪駆動ベースであれば前輪、後輪駆動ベースであれば後輪に装着するように指示されている[6]。前輪駆動車の場合は、旋回中や制動時だけでなく、直進中でも後輪が滑ってスピンの危険性があり、特に急制動で発生しやすい[7]。後輪駆動車の場合は、旋回中や制動時に前輪が滑ってステアリング操作が効かなくなることがある。また、駆動力をかけすぎるとチェーンを装着していても後輪が滑ってスピンする場合がある[7]。各製品の説明書によると、最高時速は金属製のチェーンで30km/h程度、硬質ポリウレタンまたはゴム製のチェーンで50km/h程度に設定されている。また、取り付けの不備があったり限度を超えた使用をすると、チェーンが破損し車体に損傷を及ぼすこともある。このように操縦性や安定性には制約を伴うが、一般的な自動車に大きな改造を施すことなく、駆動力向上を図ることができる。
タイヤチェーンはスタッドレスタイヤ以上に積雪路での滑り止め効果が高く、雪が深く積もった状況ではスタッドレスタイヤに重ねてチェーン装着を要する場合もある[8]。日本の高速道路では「タイヤチェーン規制」が出ることがあり、この場合は駆動輪へのチェーン装着あるいは全車輪に冬用タイヤを装着することが義務付けとなっており、それ以外のタイヤ状態での走行はできない。但し場所によっては冬用タイヤの全車輪装着ならびにタイヤチェーンの携行(装着)が必要となる場合もある[9][10]。チェーンの脱着には自動車を停めて、車外で作業を行う必要があり、路上や路肩で脱着作業を行うと渋滞や事故の原因となる場合がある[11]。こうした事故や渋滞の発生を防ぐため、積雪地域では国道や高速道路などにチェーン脱着場が設けられていて、道の駅やサービスエリア・パーキングエリアが兼ねているところもある[12]。
一方で、関越自動車道の関越トンネルでは金属製チェーンを装着しての走行が禁止されており[13]、財団法人日本自動車交通安全用品協会(JASAA)認定品[14]の非金属製のチェーンのみが使用可能となっている[15]。また、車輪の周囲に十分な隙間が確保されていない車種ではチェーンがサスペンションや車体に当たってしまうので装着できない[16]。
自衛隊車両では夏期でも携行されており、降雨時における演習場の悪路を走行する際に装着する。はしご形や亀甲形の金属製チェーンが用いられる。自動車競技のうち、ラリーやクロスカントリー競技といった泥濘地を走行することがある競技では、冬期以外でも泥濘地での滑り止めとしてチェーンを活用する事例がある。
種類
- 金属チェーン(ハシゴ型、ラダー型[17])
- 部材として鎖を用い、ハシゴ型につないだ構造である。前後方向のグリップ性能に優れる[17]。ただし、接地部が進行方向に対して横に並んだ部材のみで構成されているためで他のタイプに比べると横滑りに弱い。非金属チェーンよりも比較的安価だが乗り心地では劣る[17]。これはタイヤが太い鎖を乗り越えて進むためである。なお、このタイプでは切れても補修できる補修部品が用意されている製品が多い。
- 金属チェーン(亀甲型、リング型[17])
- ハシゴ型と同様に鎖を部材としているが、進行方向に対して縦方向と斜め方向を組み合わせて亀甲型の構造となっている。近年は金属チェーンの主流となっている。前後方向のみならず横方向のグリップ性能もよく走破性に優れる[17]。非金属チェーンよりも比較的安価だが乗り心地では劣る[17]。切れても補修できるものもあるが相対的に重くなる。また、細くて強い合金を用いて乗り心地を向上させ軽量化されている製品もある。これらの高機能の製品では価格帯は高くなる。
- 金属チェーン(スプリング型、ワイヤー型、ケーブル型)
- 接地部を構成する部材により、スプリングチェーン、ワイヤーチェーン、ケーブルチェーンなどと呼称される。いずれの場合もハシゴ型に配置された製品がほとんどを占める。路面に接触する部材は鎖に比べると細く、走行性能や装着性能、乗り心地、耐久性、収納性が向上していると謳われている[18][19][20]。補修パーツが存在し切れても補修可能。
- 非金属(ウレタン)チェーン
- 接地部がウレタンで作られていて、金属チェーンに比べると部材が細かい網目状に配置されている。接地部材の表面の硬度が金属よりも柔らかくなるため圧雪やアイスバーンに対する食いつきは劣るが、これを補うために金属製のチップを接地面に配した物が多い。タイヤの接地面全体を覆う形状のもの(タイヤ接地面に「チェーンのない部分」がないタイプ)ほど振動を抑制でき、且つ制動性能も高い[17]が、装着の容易さでは劣る。反対に接地面を断続的に覆う形状のものは簡単に装着できることを優先しているが、振動や制動性能では劣る。中には、タイヤ接地面の半分程度しか覆われておらず、チェーンの効果が小さい製品もあり注意が必要。折りたたみが十分にできないため収納スペースを大きく取るが、パーツごとに分割できる製品もある。分割できる製品は切れてしまった場合に部分的に補修できる場合がある。金属チェーンに比べると高価である。
- 非金属(ゴム)チェーン
- 接地部がゴムで作られていて、金属チェーンに比べると部材が細かい網目状に配置されている。接地部材の表面の硬度が金属よりも柔らかくなるため圧雪やアイスバーンに対する食いつきは劣るが、これを補うために金属製のチップを接地面に配した物が多い。多くの場合、厳しい圧雪(氷のように固い)以外では、総合的に優秀な性能を示す。タイヤの接地面全体を覆う形状のもの(タイヤ接地面に「チェーンのない部分」がないタイプ)がほとんどで、またウレタンよりも柔らかいため振動の少なさでは定評があり、イエティスノーネットなど救急車の装備として正式採用されている銘柄もある。タイヤに対して滑り難く、低温で硬くなる性質もあるため、「かぶせるだけ」という単純な装着手順とは言え、ある程度は腕力に頼る面もある。面積が大きい分だけ、収納スペースを大きく取る。金属チェーンに比べると高価である。
- 非金属(布)チェーン
- タイヤソックス、タイヤストッキングともいわれ、特殊な繊維で織られた布をタイヤの接地面全体に被せる物が主流。他のタイプに比べると着脱が容易で、折りたたんでコンパクトに収納でき騒音と振動も少ないという利点がある[17]。また、非常に薄いため、他のタイプのチェーンを装着できない車種でも利用可能な場合がある[17]。ただし、他のタイプに比べて耐久性は大幅に劣り、積雪に対するグリップでもやや劣る[17]。値段は金属チェーンより高くウレタンタイプに近いが、近年、安価な製品も増えてきている。比較的新しい種類のタイヤ滑り止めであるが、大手自動車会社も純正品として取り扱いを始めている[21]。ただし、一般には緊急時などに短期的に使用する用途向きであり、冬の期間にタイヤの滑り止めがたびたび必要となる地域で使うには向いていない。また、積雪のないアスファルト路面などを走ると繊維を激しく傷めてしまう。布チェーンには注意書きでチェーン規制時には現場係官の指示に従うように表示されている[21]。なお、特殊繊維(アラミド)を用いたチェーンの中には、形状が「布」ではなく、ロープを網目状に組んだようなタイプ(形状はゴム製チェーンに酷似している)もある(例:ミシュラン Easy Grip、日本ではライセンスの問題などで「ミシュラン」の表示は無し)。こちらは「布」と違って金属パーツを備えており、その点でもゴム製チェーンに似ている。
- オートバイ用
- オートバイ用のタイヤチェーンも古くから製品化されていて、新聞配達、郵便配達用のオートバイで広く用いられている。金属チェーンと接地面にスパイクを配した非金属チェーンがあり、いずれもハシゴ形である。
脚注
- ↑ 英: Harry D. Weed
- ↑ 特許番号: 768495
- ↑ 英: James Weed
- ↑ “A History of Tire Chains”. Chain Quest. . 2011-8-23閲覧.
- ↑ “SAE Vehicle Clearance Classes for snow tire chains”. Quality Chain Corporation. . 2011-8-23閲覧.
- ↑ 6.0 6.1 テンプレート:Cite manual
- ↑ 7.0 7.1 テンプレート:Cite manual
- ↑ “JAF|クルマ何でも質問箱:ドライブ運転テクニック|チェーン規制時にスタッドレスタイヤは有効か?”. 一般財団法人日本自動車連盟. . 2014閲覧. “通常のタイヤと比べると、雪上でのグリップ力は格段に優れていますが、雪道での走破性を考えると、やはりチェーンには敵わないものがあります。”
- ↑ “JAF|クルマ何でも質問箱:ドライブ運転テクニック|チェーン規制に使用できるチェーンは?”. 一般財団法人日本自動車連盟. . 2014閲覧. “高速道路でのタイヤチェーン規制に関しては、「駆動輪へのチェーン装着」または「全車輪に冬用タイヤ装着」することとされています。”
- ↑ “よく頂くご質問 [JARTICインフォメーション 公益財団法人日本道路交通情報センター JARTIC]”. 公益財団法人日本道路交通情報センター. . 2014閲覧. “全車輪に冬用タイヤを装着していても、チェーンを装着しなければ通行できない、いわゆる 「チェーン装着車以外通行止」 の場合があります。”
- ↑ “タイヤチェーン等を未装着の車が原因で立ち往生となり渋滞が発生した例”. 国土交通省四国地方整備局徳島河川国道事務所. . 2014閲覧.
- ↑ “登坂不能車は社会の大迷惑”. 国土交通省北陸地方整備局 高田河川国道事務所. . 2014閲覧.
- ↑ “非金属チェーンバイアスロンシリーズ”. 株式会社カーメイト. . 2011閲覧. “関越トンネルは、金属タイヤチェーン装着車の走行を禁止しています。”
- ↑ タイヤチェーンの「認定品」とは財団法人日本自動車交通安全用品協会
- ↑ “タイヤ滑り止め装置認定品”. 財団法人日本自動車交通安全用品協会. . 2011閲覧.
- ↑ “toyota.jp ノア | Si“G's Version EDGE”/Si“G's”/S“G's” | スペック | 主要装備 | 一覧表”. トヨタ自動車株式会社. . 2011閲覧. “専用18インチアルミホイール装着車は、タイヤとボディの隙間が狭くタイヤチェーンを装着することができませんのであらかじめご了承ください。”
- ↑ 17.0 17.1 17.2 17.3 17.4 17.5 17.6 17.7 17.8 17.9 “チェーンの種類と特徴”. 日本自動車連盟. . 2013閲覧.
- ↑ スプリングチェーン(北越メタル)
- ↑ タイヤチェーン(SCC JAPAN)
- ↑ 簡単装着タイヤチェーン「スムージー」(石原金属化工)
- ↑ 21.0 21.1 “チェーン規制に使用できるチェーンは?”. 日本自動車連盟. . 2013閲覧.
関連項目
外部リンク
- 一般財団法人 日本自動車交通安全用品協会
- 雪道に備えて「タイヤチェーンの取付け方」 日本自動車連盟
- JAFチャンネル|練習しておきましょう。タイヤチェーンの付け方 日本自動車連盟
- あなたの運転は大丈夫?雪道走行の心得 国土交通省 山形河川国道事務所