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(放射能の影響: 表外字の除去)
 
(核実験による被害)
 
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[[Image:Trinity shot color.jpg|thumb|1945年7月16日に行われた人類初の核実験。詳細は[[トリニティ実験]]を参照。]]
+
[[ファイル:Operation Crossroads Baker Edit.jpg|サムネイル]]
[[Image:Upshot-Knothole GRABLE.jpg|thumb|1953年に行われた[[W9 (核砲弾)|W9]]の発射実験。[[M65 280mmカノン砲]]を使用した。核出力は広島に投下されたのと同じ15kt。]]
 
 
{{大量破壊兵器}}
 
{{大量破壊兵器}}
'''核実験'''(かくじっけん)とは、[[核爆弾]]の新たな開発や性能維持を確認したり、維持技術を確立したりするために、実験的に核爆弾を爆発させることを指す。1945年から約半世紀の間に2379回(その内大気圏内は502回)の核実験が各国で行われた。そのエネルギーは[[TNT換算]]で530メガトン(大気圏内は440メガトン)でこれは広島へ投下された[[リトルボーイ]]の3万5千発以上に相当する<ref>国連科学委員会[http://www.unscear.org/docs/reports/2008/09-86753_Report_2008_Annex_B.pdf UNSCEAR Annex B]255頁 閲覧2011-7-17</ref>。
+
(かくじっけん)
  
== 核実験の種別 ==
+
核爆発装置を実際に爆発させて性能や効果を試してみること。
[[File:Types of nuclear testing.svg|thumb|right|核実験の種別:1.大気圏内、2.地下、3.大気圏外、4.水中]]
 
核実験は、実施された場所と高度により4つの種別に分類される。
 
  
'''1.大気圏内核実験'''
+
世界最初の核実験は1945年7月16日、アメリカの[[アラモゴード]]の砂漠で行われた。
地上、海上、及び空中で行われる核実験である。実験方法には、棟上、[[気球]]、船舶、離島、及び航空機からの投下が用いられる。また数は少ないが、[[高高度核爆発]]実験も[[ロケット]]により行われる。地上近くの核爆発では、土砂とチリが[[キノコ雲]]により巻き上げられ大量の[[放射性降下物]]が発生してしまう。また高々度での核爆発では強力な[[電磁パルス]]が発生し、周辺の電子機器に深刻な障害を引き起こす。
 
  
'''2.地下核実験'''
+
核実験の目的には、新しい核兵器の開発、核爆発の効果の検討、貯蔵核兵器の信頼性の確認、安全管理法の確立、人員や施設の機能の維持などがある。これまでに行われた核実験の約3分の2は、新しい核兵器体系の開発に関するものであったと推定されている。
地表面下の様々な深度で行われる核実験である。実験の手法は、冷戦時に米国及びソ連にて確立されたが、本実験以外の手法は1963年に締結された[[部分的核実験禁止条約]] (PTBT) で禁止された。核爆発が完全に地中で収束した場合には、放射性降下物は殆ど発生しない。しかし爆発によって地面に穴が空いてしまった場合には、そこから大量の放射性降下物が発生してしまう。地下核実験では、その[[核出力]]と爆弾の構造に応じた[[地震波]]が発生するが、多くの場合で地殻の陥没による[[クレーター]]も生成される。1974年には、地下核実験の最大核出力を150キロトンとする[[地下核実験制限条約]] (TTBT) が米国とソ連の間で署名されている。
 
  
'''3.大気圏外実験'''
 
大気圏外で行われる核実験であり、実施にはロケットが使われる。この実験の目的は、主に敵国から発射された[[ICBM]]を大気圏外で迎撃すること、及び敵国の衛星(主にスパイ衛星)を破壊することの検証である。ただし宇宙空間には大気が無く、核爆発の衝撃波によるターゲットの破壊が出来ないため、目的の達成には近接距離の核爆発による熱線・放射線によるターゲットの物理的な破壊、および電磁パルスによるターゲットの“電子的”破壊(無能化)が必要になる。しかし核爆発で生ずる電磁パルスは、地上の電子機器にまで影響を及ぼすこと、及びターゲットの物理的破壊は近年特に問題になっている[[スペースデブリ]]を大量に発生させることから、PTBTにて実験が禁止された。
 
  
'''4.水中核実験'''
+
==核実験による被害==
水面下で行われる核実験であり、実施には船舶や[[はしけ]](これらは実験時の爆発で破壊されてしまう)が用いられる。この実験の目的は、水中核爆発の艦船への効果([[クロスロード作戦]]等)と、艦船用兵器([[爆雷]]や[[魚雷]])への核兵器の転用可能性を検証することである。しかし海面近くの核爆発では、放射性の水及び蒸気を大量に拡散させ、近くの艦船や建物を汚染してしまう。
+
1950年代に、アメリカ、旧ソ連、イギリスの3国はおびただしい数の核実験を行った。そのほとんどが大気圏内で行われたために、放射性降下物による被害が生じた。とくに54年3月1日、太平洋の[[ビキニ環礁]]で行われたアメリカの水爆実験の際には、150キロメートルも離れた所にいた静岡県焼津(やいづ)の漁船[[第五福竜丸]]は、大量の放射性降下物を浴び、23人の乗組員全員が急性放射線障害にかかり、そのうちの1人久保山愛吉が半年後に死亡した。また海洋の汚染によってその後も多数の漁船が汚染し、大量の汚染魚類が検出された。この実験ではロンゲラップ環礁、ウトリック環礁、アイリングナエ環礁の三つの島の住民243人も大量の放射性降下物を浴びている。ビキニ環礁、エニウェトク環礁などのいくつかの島は、現在も放射能汚染で居住禁止となっている。放射性降下物は全世界に広がり、地球全体を汚染するようになった。全世界で核実験禁止の世論が強まり、国連でも54年10月、インドのネルー首相が政治委員会で原水爆実験の休止協定を呼びかけた。55年12月、国連総会は、これもインドの提案による放射能影響調査科学委員会を設置し、この作業は現在も続いている。国連科学委員会では、これまでの核実験で生じた放射線が人類に与える影響を、北半球の場合、天然放射線の数%と推定している。
  
== 歴史上重要な核実験 ==
+
==部分的核実験禁止条約==
歴史上重要な核実験の一覧を次に示す。広島と長崎の原子爆弾の投下に加え、既定の兵器のその国における初の核実験、さもなければ、例えばこれまでに最も大きな核実験だったなど顕著だった核実験が含まれる。すべての[[核出力]](爆発力)は、推定エネルギーと等価とされる[[トリニトロトルエン|TNT]]の質量(kt)で与えられる。
+
アメリカ、旧ソ連、イギリスの3国は、63年8月、[[部分的核実験禁止条約]]、略して部分核停条約(PTBT)に調印し、大気圏内、水中、宇宙空間での核実験は禁止された。ただし地下での核実験は、違反の検証が困難であるという理由で禁止されず、抜け穴として残された。また60年代になって核実験を始めたフランスと中国はこの条約に加わらなかった。部分核停条約までに、アメリカは293回、旧ソ連は164回、イギリスは23回、フランスは8回、合計488回の核実験を行った。部分核停条約によって、大気圏内の放射能の増加は抑えられたが、核爆発の回数や威力にはなんの制限効果もなかった。核実験競争は主として地下爆発で続けられ、97年末までに、総計でアメリカは1030回、ロシア(旧ソ連時代に行われた実験を含む)は751回、イギリスは45回、フランスは210回、中国は45回、インドが1回の核実験を、さらに98年5月にインドが24年ぶりに5回、それに対抗する形で新しくパキスタンが5回の地下核実験を行い、合計2000回以上となった。地下核実験の技術も進み、71年11月にはアメリカはアムチトカ島で5メガトンの核実験を行っている。
  
表中の「実用兵器/非実用兵器」は、実験された装置が(理論実証装置と対照的に)実際の戦闘において仮定として使われることができたかどうかを意味する。
+
==包括的核実験禁止条約==
 +
1974年7月、米ソ頂上会談で制限付き核実験禁止条約が調印され、両国は150キロトン以上の地下核実験を行わず、また実験は特定の実験場のみで行うことを約束した。この条約は発効せず、両国の行う核実験にはほとんどなんの制約にもならなかった。また76年5月には、普通、平和目的核爆発条約とよばれている条約も調印され、これも上限を150キロトンに制限したが、この条約も発効しなかった。150キロトンというのは広島原爆の10倍以上という高い数値である。
  
核爆発を起こすために大規模な機器に取り囲まれているような初期の実験用核爆弾は、実用的な兵器とは言えない。「多段階/非多段階」は、それがいわゆるTeller-Ulam構成の“本当の”水素爆弾か単に増幅核分裂兵器の形態であったかどうかを意味する。
+
1996年9月、国連総会で包括的核実験禁止条約が採択され、核爆発を伴う核実験は行われないことになった。しかし、インドなど条約の発効に必要ないくつかの国は反対の意見を表明しており、また米ロは臨界前核実験(未臨界核実験)で、核爆発を伴わない核実験を行っている。98年5月のインド、パキスタン両国の核実験により、条約は有名無実化の危機にたたされている。加えて、2006年10月には北朝鮮が地下核実験を行ったと発表。アメリカの調査では、実験があったとみられる地域から微量ながら放射能も検出されており、[[国連安全保障理事会]]は北朝鮮に対し全会一致で国連憲章第7章に基づく制裁を定めた決議を採択した
  
なお、[[ツァーリ・ボンバ]]と[[1998年]]のインドとパキスタンによる実験の核出力のように、いくつかの核実験の正確な核出力の推定は、専門家との間で論争となっている。
 
  
核実験は、軍事的・科学的な実験に留まるものではなく、政治的なプロパガンダの役割を果たす場合も少なくない。特にソ連や中国においては、「米帝」などに対する「やむにやまれぬ」「苦渋に満ちた」核実験であると表明するケースも少なからずあり、同時に国力を誇示する役割を果たす場合も少なくない。こうした例は、中国の記録映画『中国の核実験』の作成・上映などといった形態で見ることが出来る。北朝鮮の核実験もまた、同様の性質を持っているといえよう。
+
{{核兵器}}
 
 
{| class="sortable wikitable" style="line-height:1.4em; font-size:95%;"
 
|+'''歴史的重要度の高い核爆発・核実験'''
 
!年月日
 
!名称(実験名)
 
! [[核出力]] (kt)
 
!実施国
 
! 重要性
 
|-
 
||[[1945年]][[7月16日]]
 
|style="white-space:nowrap;"|'''[[ガジェット (爆弾)|ガジェット]]'''([[トリニティ実験]])
 
|align="right"|19
 
| style="white-space:nowrap;" |{{USA1912}}
 
||人類史上初の[[原子爆弾]]実験
 
|-
 
||[[1945年]][[8月6日]]
 
||'''[[リトルボーイ]]'''
 
|align="right"|15
 
||{{USA1912}}
 
||人類史上最初の実戦使用([[広島市への原子爆弾投下]])
 
|-
 
||[[1945年]][[8月9日]]
 
||'''[[ファットマン]]'''
 
|align="right"|21
 
||{{USA1912}}
 
||人類史上最後の実戦使用([[長崎市への原子爆弾投下]])
 
|-
 
||[[1949年]][[8月29日]]
 
||'''[[RDS-1]]'''(ジョー1)
 
|align="right"|22
 
||{{SSR1923}}
 
||ソビエト連邦による初の[[原子爆弾]]
 
|-
 
||[[1952年]][[10月3日]]
 
||'''[[ハリケーン作戦|ハリケーン]]'''
 
|align="right"|25
 
||{{GBR}}
 
||イギリスによる初の[[原子爆弾]]
 
|-
 
||[[1952年]][[11月1日]]
 
||'''[[アイビー作戦|アイビー マイク]]'''
 
|align="right"|10,400
 
||{{USA1912}}
 
||人類史上初の多段階熱核反応兵器実験(非実用兵器)
 
|-
 
||[[1953年]][[8月12日]]
 
||'''[[RDS-6]]'''(ジョー4)
 
|align="right"|400
 
||{{SSR1923}}
 
||ソビエト連邦による初の[[水爆]](非多段階、実用兵器)
 
|-
 
||[[1954年]][[3月1日]]
 
||'''[[キャッスル作戦|キャッスル ブラボー]]'''
 
|align="right"|15,000
 
||{{USA1912}}
 
||[[水爆]](人類史上初の多段階、実用兵器)、[[放射性降下物]]事故([[第五福竜丸]]が被曝)
 
|-
 
||[[1955年]][[11月22日]]
 
||'''[[RDS-37]]'''
 
|align="right"|1,600
 
||{{SSR1955}}
 
||[[水爆]](ソビエト連邦による初の多段階、実用兵器)
 
|-
 
||[[1957年]][[11月8日]]
 
||'''グラップル X'''
 
|align="right"|1,800
 
||{{GBR}}
 
||[[水爆]](イギリスによる初めて成功した多段階)
 
|-
 
||[[1960年]][[2月13日]]
 
||'''[[ジェルボアーズ・ブルー]]'''
 
|align="right"|70
 
||{{FRA}}
 
||フランスによる初の[[原子爆弾]]
 
|-
 
||[[1961年]][[10月31日]]
 
||'''[[ツァーリ・ボンバ]]'''
 
|align="right"|50,000
 
||{{SSR1955}}
 
||人類史上最大の[[水爆]]実験
 
|-
 
| style="white-space:nowrap;" |[[1964年]][[10月16日]]
 
||'''[[596 (核実験)|596]]'''
 
|align="right"|22
 
||{{CHN}}
 
||中国による初の[[原子爆弾]]実験
 
|-
 
||[[1967年]][[6月17日]]
 
||'''実験 No. 6'''
 
|align="right"|3,300
 
|style="white-space:nowrap;"|{{CHN}}
 
||中国による初の[[水爆]]実験
 
|-
 
||[[1968年]][[8月24日]]
 
||'''カノープス'''
 
|align="right"|2,600
 
||{{FRA}}
 
||フランスによる初の[[水爆]]実験
 
|-
 
||[[1974年]][[5月18日]]
 
||'''[[インドの核実験 (1974年)|微笑むブッダ]]'''
 
|align="right"|12
 
||{{IND}}
 
||インドによる初の核分裂爆発実験
 
|-
 
||[[1998年]][[5月11日]]
 
||'''[[インドの核実験 (1998年)|シャクティ I]]'''
 
|align="right"|43
 
||{{IND}}
 
||インドによる初の[[潜在核融合増幅兵器]]実験(正確な核出力は25 kt〜45 ktの間で議論されている)
 
|-
 
||[[1998年]][[5月11日]]
 
||'''[[インドの核実験 (1998年)|シャクティ II]]'''
 
|align="right"|12
 
||{{IND}}
 
||インドによる初の[[原子爆弾]]実験
 
|-
 
||[[1998年]][[5月28日]]
 
||'''[[パキスタンの核実験 (1998年)|チャガイ-I]]'''
 
|align="right"|9-12?
 
||{{PAK}}
 
||パキスタンによる初の[[原子爆弾]]実験
 
|-
 
||[[2006年]][[10月9日]]
 
||'''[[北朝鮮の核実験 (2006年)]]'''
 
|align="right"| 1.5-15?
 
||{{PRK}}
 
||北朝鮮による初の[[原子爆弾]]実験
 
|-
 
||[[2009年]][[5月25日]]
 
||'''[[北朝鮮の核実験 (2009年)]]'''
 
|align="right"| 4-20?
 
||{{PRK}}
 
||北朝鮮による二度目の[[原子爆弾]]実験
 
|-
 
||[[2010年]][[11月18日]]
 
||'''[[アメリカの臨界前核実験 (2010年)|ポルックス]]'''
 
|align="right"| ?
 
||{{USA}}
 
||アメリカによる「[[Zマシン]]」と呼ばれる装置を使った初の臨界前核実験 このZマシンに関してはこの後2014年11月までの間に12回の実験が繰り返されている
 
|-
 
||[[2013年]][[2月12日]]
 
||'''[[北朝鮮の核実験 (2013年)]]'''
 
|align="right"| 10-45?
 
||{{PRK}}
 
||北朝鮮による初の[[強化原爆]]実験?
 
|-
 
||[[2016年]][[1月6日]]
 
||'''[[北朝鮮の核実験 (2016年1月)]]'''
 
|align="right"| 10?
 
||{{PRK}}
 
||北朝鮮による初の[[水素爆弾]]実験(懐疑的な意見もある)
 
|-
 
||[[2016年]][[9月9日]]
 
| style="white-space:nowrap;" |'''[[北朝鮮の核実験 (2016年9月)]]'''
 
|align="right"| 25?
 
||{{PRK}}
 
||北朝鮮による5度目の核実験
 
|-
 
||[[2017年]][[9月3日]]
 
| style="white-space:nowrap;" |'''[[北朝鮮の核実験 (2017年)]]'''
 
|align="right"|
 
||{{PRK}}
 
||北朝鮮による6度目の核実験
 
|}
 
 
 
== 各国の核実験 ==
 
{{see also|核実験の一覧}}
 
[[File:世界各国の核実験回数1945年から2014年.jpg|800px|世界各国の核実験回数1945年から2014年]]
 
=== アメリカ合衆国 ===
 
==== ニューメキシコでの核実験 ====
 
[[1945年]][[7月16日]]に[[アメリカ合衆国]]が[[マンハッタン計画]]で人類史上初めて行った核実験([[トリニティ実験]])では、長崎に投下した[[ファットマン]]」と同型のプルトニウム爆縮型原子爆弾([[ガジェット_(爆弾)|ガジェット]])を[[ニューメキシコ州]][[アラモゴード]]にある実験場で炸裂させた。
 
* 爆発で火球の中に舞いあげられた砂漠の砂が溶けて液体になって降り積もったガラス質の緑色鉱石([[トリニタイト]])が生成され、今なお中レベルの放射能を帯びている。ほとんどは[[1952年]]に埋め立てられ、持ち出し禁止になっている。
 
* 実験から50年以上が経過した現在でも、実験場跡地では通常環境の約10倍の残存放射線が検出される。
 
{{main|トリニティ実験|マンハッタン計画}}
 
ニューメキシコでの核実験は現在でも続けられていて、最近では2010年11月から2012年11月まで「Zマシン」と呼ばれる装置を使った爆発を伴わない新たなタイプの核実験を計4回実施している。
 
 
 
==== マーシャル諸島での核実験 ====
 
[[1946年]][[7月1日]]からアメリカ軍占領下にある日本の[[委任統治|委任統治領]]である[[マーシャル諸島]]の[[ビキニ環礁]]で核実験を行い、1947年にアメリカ領となった後も核実験を継続し、[[エニウェトク環礁]]と合わせて67回の核実験を行った<ref>[http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/marshall/data.html 国名:マーシャル諸島共和国(Republic of the Marshall Islands)] 外務省 </ref><ref>[http://japanfocus.org/-Yoichi-Funabashi/1576 Islanders Want The Truth About Bikini Nuclear Test] International Herald Tribune/Asahi Shimbun, March 2, 2004. Posted at Japan Focus on March 3, 2004</ref>。
 
 
 
[[1946年]]7月、[[原子爆弾|原爆]]実験[[クロスロード作戦]]では、[[日本]]の[[長門 (戦艦)|戦艦長門]]など約70隻の艦艇が標的として集められ、そこを原爆で攻撃して効果を測定した。1回目は[[7月1日]]に実験(エイブル)し、2回目(ベイカー)は[[7月25日]]に行なわれた。
 
 
 
その後、[[太平洋核実験場]]として指定され、[[1954年]][[3月1日]]ビキニ環礁で[[水素爆弾|水爆]]実験([[キャッスル作戦]])では、実験計画では数Mtクラスの爆発力と見積もっていたものが、実際には15Mtの爆発力があったため予想よりも広範囲に[[死の灰]]が拡散して、多数の被曝者を出した。
 
* [[ビキニ環礁]]の島民は、強制的に[[ロンゲリック環礁]]へ移住させられ、現在に至るまで帰島出来ていない。
 
* [[日本]]のマグロ漁船[[第五福竜丸]]など数百〜千隻の漁船が、死の灰で被曝した。
 
* 240km離れた[[ロンゲラップ環礁]]にも死の灰が降り、実験の3日後に住民全員が強制避難させられた。
 
* ビキニ環礁面積の80%のサンゴ礁が回復しているが、28種のサンゴが原水爆実験で絶滅した。
 
 
 
==== ネバダ州での核実験 ====
 
[[File:NTS Barrage Balloon.jpg|thumb|250px|1957年8月7日ネバダ核実験場における核実験([[プラムボブ作戦]])で破壊された米海軍の飛行船。この飛行船は軍事効果実験のため爆心地点から5マイル以上離れた地点を無人で浮遊中だったが、爆発の衝撃波で崩壊した。]]
 
南太平洋での実験は費用が掛かるため、[[ハリー・S・トルーマン|トルーマン]]大統領の提案により[[1951年]]に[[ネバダ州]]の砂漠に[[ネバダ核実験場]] (NTS,Nevada Test Site) が設置された。その後、フォールアウト(放射性降下物)の測定や建物・動物などへの影響を調べるための実験が地上・地下含めて928回行われた。
 
 
 
核実験の振動が[[ラスベガス]]の建物に影響を与えたため、[[核出力]]5Mtの爆発実験の前段階として、[[1968年]][[1月19日]]にラスベガスの北130kmにある[[トノパー]]近郊で1Mtの地下実験"FAULTLESS"が行われた。これが[[アメリカ合衆国本土]]で行われた最大の核爆発であった。その結果、衝撃で地上に大きな[[断層]]ができてしまったために本土で実験は行わないことになり、5Mtの実験は[[アラスカ]]の[[アムチトカ島]]で行うことになった。
 
 
 
[[1997年]][[7月2日]] 地下実験場で初の[[臨界前核実験]]が行われた。
 
 
 
*928回繰り返された核実験の放射能で、多くの人々がガンになって死んでいるというドキュメンタリーがある<ref>[[広瀬隆]]「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」文藝春秋、改訂版([[1988年]]8月)、ISBN-13:978-4163424903</ref>。
 
 
 
{{main|ネバダ核実験場}}
 
 
 
==== ニューメキシコ州での核実験 ====
 
2010年11月18日 [[Zマシン]]([[サンディア国立研究所]])と呼ばれる[[核融合]]実験装置/[[X線]]発生装置を使い、核爆発を伴わない「新型核実験」に成功している(この実験はマスメディアなどでは一応臨界前核実験とは区別して新型核実験と呼ばれている)。これは強力なX線を発生させ、超高温、超高圧の核爆発に近い状況を再現し、プルトニウムの反応をみる実験である。この実験は2014年11月まで続いており計12回行われている。<ref>[http://www.recna.nagasaki-u.ac.jp/datebase/nucleartest/z-machine/ 米国がこれまでに実施したZマシン核実験と未臨界実験 - 長崎大学 核兵器廃絶研究センター(RECNA)]</ref><ref>[http://www.hiroshimapeacemedia.jp/mediacenter/article.php?story=20110523134828660_ja 米、新型の核実験 プルトニウム少量使用 「臨界前を補完」]、[[中国新聞]]、[[2011年]][[5月24日]]、[[2012年]][[9月20日]]閲覧</ref>。
 
 
 
==== アムチトカ島での核実験 ====
 
* 1965年から1971年までに[[アラスカ州|アラスカ]]の[[アムチトカ島]]で3回実験が行われた。[[1971年]][[11月6日]]の"CANNIKIN"は地下実験最大の5Mt([[弾道弾迎撃ミサイル|迎撃ミサイル]]「[[LIM-49 (ミサイル)|LIM-49A スパルタン]]」のW71核弾頭を使用)であり、各国の抗議を引き起こした。[[グリーンピース (NGO)|グリーンピース]]は、この実験を契機として発足した[http://www.nv.doe.gov/news&pubs/photos&films/0800041/default.htm]。
 
 
 
==== その他の核実験 ====
 
[[1955年]][[5月14日]] [[ウィグワム作戦]] [[カリフォルニア州]][[サンディエゴ]]南西500マイルで行われた、[[核爆雷]]の検証を目的とする実験。
 
[[1961年]]から[[1973年]]まで、衝撃波の測定や[[天然ガス]]採掘など、平和利用の実験のために小規模(150kt未満)の原爆実験がアメリカ各地で行われた(プラウシェア計画、[[:en:Operation Plowshare|Operation Plowshare]])。
 
 
 
=== ソ連 ===
 
; [[セミパラチンスク核実験場|セミパラチンスク]]での核実験
 
* [[1949年]][[8月29日]] 初の原爆実験(長崎型)。22kt。[[コードネーム|コード名]]"[[RDS-1]]"。アメリカ側のコード名"ジョー(=[[ヨシフ・スターリン|スターリン]])-1"。
 
* [[1953年]][[8月12日]] 『初の』水爆実験。400kt。コード名"[[RDS-6]]"。アメリカ側のコード名"ジョー4号"。
 
: 放射性降下物の分析より核融合ではなかったと言われている。
 
* [[1955年]][[11月22日]] 水爆実験。1.6Mt。コード名"[[RDS-37]]"。アメリカ側のコード名"ジョー19号"。
 
: ソ連初の水爆実験成功。
 
 
 
; ノヴァヤゼムリャでの核実験
 
* [[1961年]][[10月30日]] [[ノヴァヤゼムリャ]]で、[[ツァーリ・ボンバ|史上最大の水爆実験]]が行われた。爆弾([[ツァーリ・ボンバ]])の[[核出力]]は50 Mtで[[ファットマン]]の3000倍近い出力。
 
 
 
=== イギリス ===
 
[[Image:OperationHurricane.png|thumb|right|イギリス初の核実験を伝える西オーストラリア新聞]]
 
; [[モンテベロ諸島]]と西オーストラリアの間の[[珊瑚礁]]([[オーストラリア]])での核実験。
 
* 1952年10月3日 初の原爆実験。コードネーム[[ハリケーン作戦|ハリケーン]]。
 
 
 
; [[エミュー (地名)|エミュー]](オーストラリア)での核実験
 
1953年実施
 
 
 
; [[マラリンガ]]での核実験
 
[[1957年]]に[[アントラー作戦]]が行われ、3度の実験を行っている。
 
 
 
; [[キリスィマスィ島|クリスマス島]]での核実験
 
[[1957年]][[5月15日]] 初の水爆実験。
 
 
 
=== フランス ===
 
; [[サハラ砂漠]]での核実験
 
[[1960年]][[2月13日]] 初の原爆実験([[ジェルボアーズ・ブルー]])。[[イスラエル]]の科学者が同席。事実上イスラエルとの共同実験。
 
 
 
[[1968年]][[8月24日]] 初の水爆実験。
 
 
 
; [[フランス領ポリネシア|フレンチポリネシア]]での核実験。
 
[[1966年]]から[[1996年]]1月までに約200回実施。
 
 
 
{{main|フランスの大量破壊兵器}}
 
 
 
=== 中華人民共和国 ===
 
[[Image:Chinese nuclear bomb - A2923.jpg|thumb|right|中国初の核爆弾(模型)]]
 
* [[1964年]][[10月16日]] 初の核実験「[[596 (核実験)]]」。[http://maoist.web.fc2.com/nuc/nuc001.htm][http://maoist.web.fc2.com/nuc/nuc011.htm]
 
* [[1967年]][[6月17日]] 初の水爆実験。[http://maoist.web.fc2.com/nuc/nuc002.htm]
 
{{Main|中国の核実験}}
 
  
=== インド ===
+
{{テンプレート:20180815sk}}
{{Main|インドの核実験 (1974年)|インドの核実験 (1998年)}}
 
* [[1974年]][[5月18日]] [[ラージャスターン州|ラジャスタン州]][[ポカラン|ポカラン砂漠]]で初の原爆実験。
 
* [[1998年]][[5月11日]]・[[5月13日|13日]] 熱核反応装置(水爆に相当)実験に成功。
 
  
=== パキスタン ===
 
{{Main|パキスタンの核実験 (1998年)}}
 
* [[1998年]][[5月28日]]・[[5月30日|30日]] [[チャガイ]]で初の原爆実験。5月30日の原爆実験はプルトニウム型である事が判明しており、北朝鮮の代理核実験である可能性が高い<ref>[http://www.nytimes.com/2004/02/27/international/asia/27NUKE.html?ex=1078462800&en=6ac34c60c5e5d2b9&ei=5062&partner=GOOGLE Pakistan May Have Aided North Korea A-Test] New York TIMES 2004-2-27</ref>。
 
 
=== 朝鮮民主主義人民共和国 ===
 
{{Main|北朝鮮の核実験 (2006年)|北朝鮮の核実験 (2009年)|北朝鮮の核実験 (2013年)|北朝鮮の核実験 (2016年1月)|北朝鮮の核実験 (2016年9月)|北朝鮮の核実験 (2017年)}}
 
* [[1986年]]3月、アメリカの偵察衛星が北朝鮮の核施設のある[[寧辺]]を撮影、高性能爆発実験の痕跡を示す幾つかの円筒状のクレーターを発見。
 
* [[2006年]][[10月9日]] [[咸鏡北道]][[吉州郡]][[豊渓里]]で初の核実験。
 
* [[2009年]][[5月25日]] 咸鏡北道吉州郡豊渓里で2回目の核実験。
 
* [[2013年]][[2月12日]] 咸鏡北道吉州郡豊渓里で3回目の核実験<ref>[http://sankei.jp.msn.com/world/news/130212/kor13021214510011-n1.htm 北朝鮮が核実験を強行 朝鮮中央通信通じ発表] 産経新聞 2013年2月12日閲覧</ref>。
 
* [[2016年]][[1月6日]] 咸鏡北道吉州郡豊渓里で初の水爆実験。しかしこの実験の水素爆弾というのは疑わしい見方も多い。
 
* [[2016年]][[9月9日]] 5回目の核実験。
 
* [[2017年]][[9月3日]] 6回目の核実験。北朝鮮は「水爆実験」と主張している<ref>[http://www.sankei.com/world/news/170903/wor1709030024-n1.html 北、水爆実験に「完全成功」と報道 「核戦力完成へ総力戦」] 産経新聞 2017年9月3日閲覧</ref><ref>[http://www.kcna.kp/kcna.user.article.retrieveNewsViewInfoList.kcmsf 大陸間弾道ロケット装着用水爆の実験で完全に成功] 朝鮮中央通信 2017年9月3日閲覧</ref>。
 
 
== 核実験の探知 ==
 
東西[[冷戦]]中には、[[アメリカ合衆国]]が地下核実験の探知を目的として世界中に[[地震計]]を設置した。おもに[[ソビエト連邦]]が実施した地下核実験によって生じる[[地震波]]をとらえた。いっぽう、核実験実施国も自然地震と見せかけるために巧妙な核実験を行った。たとえば爆弾を並べて短時間に順に爆発させていき[[断層]]破壊と偽ったり、2発の爆弾を短時間に続けて爆発させ自然地震特有のpP波<!--pP波は誤記ではありません。核実験ではP波は必ず発生します。pP波は自然地震では発生しますが、本来核実験では発生しません-->に似た波を発生させたりしていた。
 
 
このような経緯で設置された地震計は、現在では純粋に地震学の分野で大きく活用されている(たとえば[[地震波トモグラフィー]])。
 
 
なお、地震計による核実験探知については、ブルース・A・ボルト著『地下核実験探知』に詳しく記してある。
 
 
== 核実験の禁止 ==
 
大気圏内で行う核実験は、大気中に[[放射性物質]]が飛散することになるため、これを禁止する国際条約が締結されることになった。[[1963年]]に、核実験を地下に限定する[[部分的核実験禁止条約|大気圏内、宇宙空間及び水中における核兵器実験を禁止する条約]](通称部分的核実験禁止条約:PTBT) が締結され、同年中に発効した。この条約には100ヶ国以上が調印しており、アメリカ合衆国及びソ連も批准している。フランスや中華人民共和国は署名していないが、後には大気圏内核実験を取りやめた。PTBT自体は、実験の規模や回数を制限していない。アメリカ合衆国とソ連は1974年に[[地下核実験制限条約]](TTBT)を締結、1976年には平和目的地下核爆発制限条約を締結し、地下核実験における核出力を150ktに制限し、相互に検証することに合意したが、これらの条約の発効は冷戦終結後の1990年までずれ込んだ。
 
 
地下核実験も禁止対象とする[[包括的核実験禁止条約]] (CTBT) が提案され、1996年より署名が開始された。この条約は、発効の条件とされた特定の44カ国全てにおける批准が実現されておらず、2011年時点では有効な条約にはなっていない。また、臨界前核実験も CTBT では禁止されていない。
 
 
== 放射能の影響 ==
 
核実験により多量の[[放射性物質]]が、[[放射性降下物]](いわゆる「死の灰」・「[[黒い雨]]」)として、広範囲に拡散をする事で大気汚染・土壌汚染・海洋汚染・生物汚染を引き起こす。このため短期・長期の様々な影響がある。
 
 
* 核実験が行われるようになって以降、北部[[大西洋]]の中層でも[[放射性同位体]]比が上昇している。これは海洋表層に散布された放射性元素が[[海洋大循環]]によって沈み込んだためである。
 
* 核実験で[[放射性同位元素]]の[[炭素14]]が大気中に散布されたため、[[放射性炭素年代測定]]法による年代測定は、1950年頃以降を特定するための年代測定としては、従来の手順では使えなくなった。
 
 
== 脚注 ==
 
<references/>
 
 
== 関連項目 ==
 
* [[核武装論]]
 
* [[核抑止]]
 
* [[気象庁松代地震観測所]]
 
* [[ヴェラ (人工衛星)|ヴェラ]] - 核実験監視衛星
 
* [[第五福竜丸]]
 
* [[地球平和監視時計]]
 
* [[ロプノール]]
 
* [[核の指紋]]
 
* [[臨界前核実験]]
 
* [[ラッセル=アインシュタイン宣言]]
 
* [[放射性降下物]]([[死の灰]])
 
** [[黒い雨]]
 
* [[キノコ雲]]
 
* [[放射能汚染]]
 
* [[アトミック・カフェ]]
 
* [[アトミック・ソルジャー]]
 
 
== 外部リンク ==
 
{{Commons|Nuclear tests}}
 
* [http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kaku/ctbt/ 包括的核実験禁止条約(CTBT) (外務省内)]
 
* [http://www.atomictestingmuseum.org/ Atomic Testing Museum (Nevada)] ネバダ州核実験博物館
 
 
{{核兵器}}
 
{{Normdaten}}
 
 
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[[Category:核実験|*]]
 
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[[Category:反核兵器運動]]
 
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[[Category:実験]]
 
[[Category:実験]]

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Operation Crossroads Baker Edit.jpg

(かくじっけん)

核爆発装置を実際に爆発させて性能や効果を試してみること。

世界最初の核実験は1945年7月16日、アメリカのアラモゴードの砂漠で行われた。

核実験の目的には、新しい核兵器の開発、核爆発の効果の検討、貯蔵核兵器の信頼性の確認、安全管理法の確立、人員や施設の機能の維持などがある。これまでに行われた核実験の約3分の2は、新しい核兵器体系の開発に関するものであったと推定されている。


核実験による被害

1950年代に、アメリカ、旧ソ連、イギリスの3国はおびただしい数の核実験を行った。そのほとんどが大気圏内で行われたために、放射性降下物による被害が生じた。とくに54年3月1日、太平洋のビキニ環礁で行われたアメリカの水爆実験の際には、150キロメートルも離れた所にいた静岡県焼津(やいづ)の漁船第五福竜丸は、大量の放射性降下物を浴び、23人の乗組員全員が急性放射線障害にかかり、そのうちの1人久保山愛吉が半年後に死亡した。また海洋の汚染によってその後も多数の漁船が汚染し、大量の汚染魚類が検出された。この実験ではロンゲラップ環礁、ウトリック環礁、アイリングナエ環礁の三つの島の住民243人も大量の放射性降下物を浴びている。ビキニ環礁、エニウェトク環礁などのいくつかの島は、現在も放射能汚染で居住禁止となっている。放射性降下物は全世界に広がり、地球全体を汚染するようになった。全世界で核実験禁止の世論が強まり、国連でも54年10月、インドのネルー首相が政治委員会で原水爆実験の休止協定を呼びかけた。55年12月、国連総会は、これもインドの提案による放射能影響調査科学委員会を設置し、この作業は現在も続いている。国連科学委員会では、これまでの核実験で生じた放射線が人類に与える影響を、北半球の場合、天然放射線の数%と推定している。

部分的核実験禁止条約

アメリカ、旧ソ連、イギリスの3国は、63年8月、部分的核実験禁止条約、略して部分核停条約(PTBT)に調印し、大気圏内、水中、宇宙空間での核実験は禁止された。ただし地下での核実験は、違反の検証が困難であるという理由で禁止されず、抜け穴として残された。また60年代になって核実験を始めたフランスと中国はこの条約に加わらなかった。部分核停条約までに、アメリカは293回、旧ソ連は164回、イギリスは23回、フランスは8回、合計488回の核実験を行った。部分核停条約によって、大気圏内の放射能の増加は抑えられたが、核爆発の回数や威力にはなんの制限効果もなかった。核実験競争は主として地下爆発で続けられ、97年末までに、総計でアメリカは1030回、ロシア(旧ソ連時代に行われた実験を含む)は751回、イギリスは45回、フランスは210回、中国は45回、インドが1回の核実験を、さらに98年5月にインドが24年ぶりに5回、それに対抗する形で新しくパキスタンが5回の地下核実験を行い、合計2000回以上となった。地下核実験の技術も進み、71年11月にはアメリカはアムチトカ島で5メガトンの核実験を行っている。

包括的核実験禁止条約

1974年7月、米ソ頂上会談で制限付き核実験禁止条約が調印され、両国は150キロトン以上の地下核実験を行わず、また実験は特定の実験場のみで行うことを約束した。この条約は発効せず、両国の行う核実験にはほとんどなんの制約にもならなかった。また76年5月には、普通、平和目的核爆発条約とよばれている条約も調印され、これも上限を150キロトンに制限したが、この条約も発効しなかった。150キロトンというのは広島原爆の10倍以上という高い数値である。

1996年9月、国連総会で包括的核実験禁止条約が採択され、核爆発を伴う核実験は行われないことになった。しかし、インドなど条約の発効に必要ないくつかの国は反対の意見を表明しており、また米ロは臨界前核実験(未臨界核実験)で、核爆発を伴わない核実験を行っている。98年5月のインド、パキスタン両国の核実験により、条約は有名無実化の危機にたたされている。加えて、2006年10月には北朝鮮が地下核実験を行ったと発表。アメリカの調査では、実験があったとみられる地域から微量ながら放射能も検出されており、国連安全保障理事会は北朝鮮に対し全会一致で国連憲章第7章に基づく制裁を定めた決議を採択した





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