井深梶之助

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井深 梶之助(いぶか かじのすけ、嘉永7年6月10日1854年7月4日) - 昭和15年(1940年6月24日

プロテスタントの教育家。明治学院教授、同学院総理。東京・麹町(こうじまち)教会牧師。会津藩校日新館学頭の長男として、藩命を受けて洋学を学ぶべく横浜ブラウン塾に入り、入信。受洗して横浜バンドの一人となる。東京一致神学校(明治学院の前身の一つ)、北米ユニオン神学校を卒業。ヘボンの後任として明治学院総理となり、キリスト教主義教育に尽力した。法定学校における宗教教育の停止をねらう文部省訓令に反対し、抗議するなど、ときには教育行政と対立しつつ、キリスト教主義学校における聖書講義、礼拝執行の方針を貫いた。数次にわたり日本基督(キリスト)教大会議長、世界キリスト教大会日本代表などを務めた。