暗黙知

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暗黙知(あんもくち)とは、認知の過程あるいは言葉に表せる知覚に対して、(全体的・部分的に)言葉に表せない・説明できない身体の作動を指す。

概要

暗黙知とは「知識というものがあるとすると、その背後には必ず暗黙の次元の「知る」という動作がある」ということを示した概念である。この意味では「暗黙に知ること」と訳したほうがよい。

たとえば自転車に乗る場合、人は一度乗り方を覚えると年月を経ても乗り方を忘れない。自転車を乗りこなすには数々の難しい技術があるのにもかかわらず、である。そしてその乗りかたを人に言葉で説明するのは困難である[1]。つまり人の身体には、明示的には意識化されないものの、暗黙のうちに複雑な制御を実行する過程が常に作動しており、自転車の制御を可能にしている。

それゆえ知識から人間的要因を「恣意的」として排除しようとすると、決して操作に還元しえない「知る」という暗黙の過程をも否定することになり、知識そのものを破壊してしまう。「暗黙知」を単純に「語り得ない知識」と同一視することが広く行われているが、これは安冨歩が指摘したように誤解である。

準拠枠 (: frame of reference) など関連する研究はあるが、暗黙知の認知的次元を経営学社会学的に理論化する試みは、未だ発展途上の段階にある。

ポランニーのタシット・ノウイング

ハンガリー出身の化学者哲学者社会学者マイケル・ポランニーが著作「暗黙知の次元」[2][3] において、タシット・ノウイング(: tacit knowing)という科学上の発見(創発)に関わる知[4]という概念を提示し、「あるもの」をそれぞれ遠隔的項目・近接的項目と呼んだ。このような傾向を近代の学問の中に見出したため、ポランニーは化学者から哲学者へと転向した[5]

知識経営論における「暗黙知」

ポランニーの用語を利用した理論に、ナレッジマネジメントの分野で使用される、野中郁次郎の「暗黙知」がある。

野中は「暗黙知」という言葉の意味を「暗黙の知識」と読みかえた上で「経験や勘に基づく知識のことで、言葉などで表現が難しいもの」と定義し、それを「形式知」と対立させて知識経営論を構築した。野中は「暗黙知」を技術的次元とは別に認知的次元を含めた2つの次元に分類している。この野中の暗黙知論はポランニーの理論とは根本的に異なっており、野中独自の「工夫」と見た方が良い。ただし、同概念そのものまで野中独自の創案だとする一部見解は、ボランニーを引用しつつ野中同様「暗黙知」認識を展開した例は他にもあることから過大評価だと言える。

従来の日本企業には、職員が有するコツやカン、ノウハウなどの「暗黙知」が組織内で代々受け継がれていく企業風土・企業文化を有していた。そうした暗黙知の共有・継承が日本企業の「強み」でもあった。しかし合併・事業統合・事業譲渡・人員削減など経営環境は激しく変化している。加えてマンパワーも派遣労働の常態化、短時間労働者の増加、早期戦力化の必要性など雇用慣行の変化により「同一の企業文化の中で育ったほぼ均等な能力を持つ職員が継承していく」といった前提は崩れ、このようなステマに変化つつある。このため現場任せで自然継承を待つだけでなく「形式知」化していくことが必要とされる。その方法として文章マニュアルなどがある。

こうした「形式知」化はナレッジマネジメントの目的の一つとしている。すなわち個人の有する非言語情報はそのままでは共有しにくいので、明文化・理論化し、知識の共有化を進めていこうという論法である。情報システムはそうした形式知化・共有化に貢献しうるのではないかとされている。

しかし形式知化しようとすると、漠然とした表現かつ膨大なデータ量となり、検索が困難で共有化が難しいとの指摘がなされている。ただ近年、形式的・分析的な管理手法が企業を席巻するなか、暗黙の次元の重要性を経営者に意識させた効果があったとされる。

脚注

  1. 例えばある一定以上の速さで自転車を右に旋回させるには、実はハンドルを左にも切る必要がある。また右旋回から直進状態に戻すためにも、ハンドルを左のほか右にも切る必要がある。これらの運転技術は自転車のバランスを取るために要求されるが、ふつう意識されることはない。
  2. The Tacit Dimension」、1967年、ISBN 9780226672984
  3. Polanyi, Michael [1967] 高橋勇夫訳 (2003(平成15年)-12-10). 『The Tacit Dimension』, ちくま学芸文庫 (日本語), 24. ISBN 4480088164. “暗黙知(: tacit knowing、タシット・ノウイング)という行為においては、あるものへと注目する(: attend to)ため、ほかのあるものから注目する(: attend from)(中略)我々が語ることができない知識をもつというときには、それは近接的項目についての知識を意味している” 
  4. 松岡正剛の千夜千冊 マイケル・ポランニー 『暗黙知の次元』 第千四十二夜【1042】2005年5月30日
  5. Giulio Angioni, Doing, Thinkink, Saying, in Sanga & Ortalli (eds.) , Nature Knowledge, Berghahm Books, New York-Oxford, 2004, 249-261

参考文献

関連項目

外部リンク