官僚制
本記事では官僚制(かんりょうせい、英: bureaucracy)について解説する。
Contents
概説
広辞苑では、官僚制 bureaucracyは「専門化・階統化された職務体系、明確な権限の委任、文書による事務処理、規則による職務の配分といった諸原則を特色とする組織・管理の体系」と説明されている[1]。
スーパー・ニッポニカの解説では、今日において「官僚制」という用語・概念は次の3つの意味合いを含んでいる、とされている[2]。
- 官僚制の特徴
官僚制はヒエラルキー(位階、階層)構造を持ったシステムである。基本的な特徴としては、以下の点が挙げられる。
- 形式的で恒常的な規則に基づいて運営される。
- 上意下達の指揮命令系統を持つ。
- 一定の資格を持った者を採用し、組織への貢献度に応じて地位、報償が与えられる。
- 職務が専門的に分化され、各部門が協力して組織を運営していく分業の形態をとる。
特に政府の装置としての行政官僚制が重要視される[1]が、上記の特徴を備えた官僚制的システムというのは政府に限らず、大政党・大政治団体、大企業、大きな労働組合、大きな社会福祉団体、大規模なNGOなどにも広く存在している。
古代ローマでは政治家は軍人であり行政官でもあったが、軍政と民政を兼務することは効率が悪く軍人皇帝時代に混乱を引き起こしたため、ディオクレティアヌスは武官と文官のキャリアを分離するなど官僚制を整備した。
アルビン・トフラーは1970年代に、官僚制bureaucracyを乗り越える概念・組織論であるadhocracyを提唱した。→アドホック#adhocracy アドホクラシー
官僚制の研究
官僚制についての本格的な研究は、ドイツの社会学者、マックス・ヴェーバーに始まる。ヴェーバーは、近代社会における特徴的な合理的支配システムとしての近代官僚制に着目し、その特質を詳細に分析した。上に記した官僚制の基本的な特徴もヴェーバーの定義に基づいている。
ヴェーバーによって指摘された合理的組織としての官僚制の特徴
近代官僚制は、前近代に見られる家父長制的な支配に基づく家産型官僚制[注 1] とは異なり、組織を構成する人間の関係は、能率を重視する非人格的(非人間的ではない)な結びつきによって成り立っているとされる。つまり、血縁によるつながりや感情的な結びつきなどではなく、合理的な規則に基づいて体系的に配分された役割にしたがって人間の関係が形成されているということである。なお近代官僚制は、以下のような特質を備えていることがヴェーバーによって指摘されている。
- 権限の原則
- 階層の原則
- 専門性の原則
- 文書主義
ヴェーバーは、近代官僚制のもつ合理的機能を強調し、特に機能障害については論じておらず、官僚制は優れた機械のような技術的卓越性があると主張した。ただし、官僚制支配の浸透によって個人の自由が抑圧される可能性や、官僚組織の巨大化によって統制が困難になっていくといった、近代官僚制のマイナス面については予見している。
マートンによって明らかにされた官僚制の逆機能(官僚主義)
ヴェーバーが詳しく言及しなかった近代官僚制のマイナス面については、ロバート・キング・マートン、アルヴィン・グールドナー、フィリップ・セルズニック、ハロルド・ラズウェルなどのアメリカの社会学者・政治学者たちの官僚制組織の詳細な研究によって明らかにされた。
なかでも、マートンによる「官僚制の逆機能」についての指摘は有名である。
- 規則万能(例: 規則に無いから出来ないという杓子定規の対応)
- 責任回避・自己保身(事なかれ主義)
- 秘密主義
- 前例主義による保守的傾向
- 画一的傾向
- 権威主義的傾向(例: 役所窓口などでの冷淡で横柄な対応)
- 繁文縟礼(はんぶんじょくれい)(例: 膨大な処理済文書の保管を専門とする部署が存在すること)
- セクショナリズム(例: 縦割り政治、専門外管轄外の業務を避けようとするなどの閉鎖的傾向)
これらは、一般に官僚主義と呼ばれているものである。例えば、先例がないからという理由で新しいことを回避しようとしたり、規則に示されていないから、上司に聞かなければわからないといったようなものから、書類を作り、保存すること自体が仕事と化してしまい、その書類が本当に必要であるかどうかは考慮されない(繁文縟礼)、自分たちの業務・専門以外のことやろうとせず、自分たちの領域に別の部署のものが関わってくるとそれを排除しようとする(セクショナリズム)、というような傾向を指し示している。
なお現代では、民間企業の同様の組織システムの問題点については「大企業病」と呼ぶことも行われている。
辻清明による日本の官僚研究
日本の政治学者・行政学者である辻清明は、明治時代以来の日本における官僚機構の特質を研究し、その構造的特質の一つとして「強圧抑制の循環」という見解を表明した。
彼は『新版・日本官僚制の研究』 (1969) にて、戦前において確立された日本の官僚は特権的なエリートによる構造的な支配、すなわち支配・服従の関係が組織の中核を成しており、さらに組織外の一般国民にまでその構造が拡大されている状況を指摘した。つまり、組織内部において部下が上司の命令に服従するのと同様に、日本社会では軍人・官僚への国民(臣民)の服従を強要する「官尊民卑」の権威主義的傾向を有していたとする説である。
さらに辻は、この社会的特質は戦後の改革の中でも根強く生き残り、政治的な民主化への阻害要因になっているともしている。この「強圧抑制の循環」という見解は、日本の官僚が政治家よりも大きな政策決定への影響力を有するという前提に立つものであり、政治学および行政学における官僚優位論の代表的研究と見做された[注 5]。
パーキンソンの法則
この他にも、イギリスの歴史学者・政治学者であるシリル・ノースコート・パーキンソンによる指摘もよく知られている。パーキンソンによる官僚組織の非合理性についての指摘は「パーキンソンの法則」[注 6]と呼ばれている。これは、実際にこなさなければならない仕事量に関係なく、官僚の数はどんどん増え続けていくというもので、官僚組織の肥大化の特質を示している(成長の法則)。もちろん官僚が増えれば、その分仕事がなければならないが、それは実際に必要ではない仕事を創造することでまかなわれる。つまり、無駄な仕事ばかりが増えていくということである(凡俗の法則)。
これらのことは、官僚自体が膨大なエネルギーを費やして官僚組織の維持に努めていること、そして、なによりも政治家が官僚に依存している状況において、官僚組織を統制するための制度としての「民主主義」が十分に整備されていなかったことの表れである。つまり、組織管理の体系として民主主義制度は官僚制に勝るものとして十分に確立されていないということ指し示しているのである。
用語
- 代表的官僚制
- 行政官僚制の職員構成に、社会の構成を反映させる制度
脚注
注釈
- ↑ 中世の家臣団やローマ帝国の家長が私的に抱える官僚などが典型的な例。
- ↑ 以上のウェーバーによる指摘に関する補足情報。ヴェーバーは、『経済と社会』 (Wirtschaft und Gesellschaft) の中で「官僚制的装置が、これまた、個々のケースに適合した処理を阻むような一定の障碍を生み出す可能性があるし、また事実生み出している…」 (Weber, 1976: 570) と指摘し、そのような官僚制の問題を「新秩序ドイツの議会と政府」(ウェーバー、 2005:319-383)の論文において検討している。そこでは、官僚制に関して以下のような3つの問題が提起されている。 a. 官僚制化に対する個人主義的な活動の自由の確保 b. 専門知識をもつ職員の権力の増大、それに対する制限と有効な統制 c. 官僚制の限界(ウェーバー, 2005:330-331) 上記「a」は組織に対する個人の人格的な自由の問題であり、組織論では常に問題となる。「b」は「官僚支配」と官僚の恣意的な利害動機の問題である。「官僚支配」は「テクノクラシー」と同義である。マートンの「逆機能」でいえば「セクショナリズム」に該当し、ニスカネン (Niskanen, W.A.) の官僚制理論は、この問題に適用される。そして上記「c」をヴェーバーは最も重要と考えた。この問題は、今日の視点からすれば、「組織のイノベーション」の問題に該当する。ヴェーバーが指摘するように「官僚制組織」はイノベーションにおいて全く無力という限界がある。それを R.K.マートンのように「逆機能」と指摘することも可能だが、問題の本質を見失うかも知れない。“NASA”は最もイノベーティブな組織の一つだが、“NASA”のような巨大組織が「官僚制」の管理システムに接合されていなければ、一日たりとも事業運営の継続ができなくなることも事実である。またファースト・フード・チェーンの「マクドナルド」のマニュアルによる管理は官僚制的であり、その成功の理由の一つは徹底した官僚制的管理の活用である(村上, 2014:41)。マクドナルドは「イノベーション・プロセス自体を官僚制的に、工業的に、中央集権的に変え、その成果を慎重に組織全体に還元している(フィスマン & サリバン, 2013:136)。
- ↑ なお、村上は2014年に(村上, 2014: 92)、マートンのヴェーバー批判にも限界がある、とした(と主張した)。「なぜなら官僚制の「デメリット」(逆機能)を指摘することも、「メリット」(順機能)を指摘することも、「コインの表裏」である。「規則万能」が杓子定規だからと言って、「規則遵守」の要請が消失する訳ではない。例えば、臓器移植の場合の脳死判定の規則は厳格に遵守されねばならない。食品衛生法、建築基準法の諸規則もまた然りである。それらが状況に応じ、功利主義的に利害状況に左右され、解釈や適用が恣意的に変化し運用されたらどうだろうか、規則は規則であり、遵守される必要がある。「悪法」も「法」か、それとも「悪法」はもはや「法」ではないのか、むしろ組織において機能上の矛盾関係が内包されており、そのような矛盾関係をどのように組織論的に示すかがより重要」と村上は主張した。
- ↑ 「」
- ↑ しかし、このような官僚優位論に対しては、村松岐夫より、戦後の日本政治は官僚による支配というよりも自由民主党による政治主導の下で統治が行われているとの批判もある(詳細は政党優位論を参照)。しかし、自民党も政策決定において官僚に依存(または議員が立法能力を有しない)しているところから、政治家主導による統治が行われているとする主張にも疑問が提起されている。
- ↑ パーキンソンの法則は、単なる官僚組織の非合理だけを指摘したものではない。例えば、議会における傾向の1つとして、演説や法案の修正などに多くの時間を費やしているが、これは単なる時間の浪費であって、実際には議会の中間派の票を獲得することが議決に大きく作用する(中間派の理論)という指摘もされている[5]。
出典
参考文献
- マックス・ヴェーバー『支配の社会学I』世良晃志郎訳、創文社、1960年。
- マックス・ヴェーバー『支配の社会学II』世良晃志郎訳、創文社、1962年。
- ウェーバー,M.,阿部行蔵他訳,2005,「新秩序ドイツの議会と政府――官僚制度と政党組織の政治的批判」,『ウェーバー政治・社会論集(世界の大思想23)』,河出書房新社,pp. 319–383(Parlament und Regierung im neugeordneten Deutschland ― Zur politischen Kritik des Beamtentums und Parteiwesen, 1918, Gesammelte Politische Schriften).
- ロバート・キング・マートン『社会理論と社会構造』森東吾他訳、みすず書房、1961年。
- シリル・ノースコート・パーキンソン『パーキンソンの法則』森永晴彦訳、至誠堂〈至誠堂選書〉、1996年。
- レイ・フィスマン & ティム・サリバン、土方奈美訳、『意外と会社は合理的』、日本経済新聞社、2013年。
- 辻清明『日本官僚制の研究』新版、東京大学出版会、1969年。
- 村松岐夫『戦後日本の官僚制』東洋経済新報社、1981年。
- 西尾勝『行政学』新版、有斐閣、2001年。
- 村上綱実 『非営利と営利の組織理論―非営利組織と日本型経営システムの信頼形成の組織論的解明―(第二版)』 絢文社、2014年。
- Alberbach, J. D., Putnam, R. D., Rockman, B. A. 1981. Bureaucrats and politicians in western democracies. Cambridge, Mass.: Harvard Univ. Press.
- Almond, G. A., Verba, S. 1963. The civic culture. Princeton: Princeton Univ. Press.
- Bennis, W. G. 1973. Beyond bureaucracy. New York: McGraw-Hill.
- Crozier, M. 1964. The bureaucratic phenomenon. Chicago: Univ. of Chicago Press.
- Heady, F. 1959. Bureaucratic theory and comparative administration. in Administrative Science Quarterly 3: 509-25.
- Heper, M. ed. 1987. The state and public bureaucracies: A comparative perspective. New York: Greenwood Press.
- Jacoby, H. 1973. The bureaucratization of the world. Berkeley: Univ. of California Press.
- Merton, R. 1952. Reader in bureaucracy. New York: Free Press of Glencoe.
- Morstein Marx, F. 1957. The administrative state: An introduction to bureaucracy. Chicago: Univ. of Chicago Press.
- Nachmias, D., Rosenbloom, D. H. 1978. Bureaucratic culture. London: Croom Helm.
- Niskanen, W. A., 1971, Bureaucracy and Representative Government, New York: Aldine Atherton.
- Peters, B. G. 1984. The politics of bureaucracy. 2nd edn. New York: Longman.
- Peters, B. G. 1988. comparing public bureaucracy. Tuscaloosa: Univ. of Alabama Press.
- Rowat, D. C. ed. 1988. Public administration in developed democracies. New York: Marcel Dekker.
- Weber, M., 1976, Wirtschaft und Gesellschaft, 5.Aufl., besorgt von Johannes Winckelman, Tübingen: J.C.B. Mohr.