偏光

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偏光(へんこう、: polarization)は、電場および磁場が特定の(振動方向が規則的な)方向にのみ振動するのこと。電磁波の場合は偏波(へんぱ)と呼ぶ。光波の偏光に規則性がなく、直交している電界成分の位相関係がでたらめな場合を非偏光あるいは自然光と呼ぶ。 光電界の振幅は直交する2方向の振動成分に分解できることが分かっている。普通のは、あらゆる方向に振動している光が混合しており、偏光と自然光の中間の状態(部分偏光)にある。このような光は一部の結晶光学フィルターを通すことによって偏光を得ることができる。

物理現象としての偏光

古典論

光は電磁波であり、電磁場は進行方向と垂直に振動する横波である。このことはマクスウェルの方程式を解くことにより得られる。偏光は一般に楕円偏光であるが、直線偏光、円偏光もある。

直線偏光
電場(および磁場)の振動方向が一定である。直線偏光の向きと言った場合、通常は電場の向きをさす。
円偏光
電場(および磁場)の振動が伝播に伴って円を描く。回転方向によって、右円偏光と左円偏光がある。角運動量を持つ。
楕円偏光
直線偏光と円偏光の一次結合で表現される、最も一般的な偏光状態。電場(および磁場)の振動が時間に関して楕円を描く。右楕円偏光と左楕円偏光がある。

量子論

量子力学的には光は光子である。光子スピンには +1, −1 の2つの状態があり、それぞれ円偏光の右旋光、左旋光と対応している(逆に対応付けている場合もある)。

偏光を作り出す光学素子

偏光子

ファイル:Wire-grid-polarizer.svg
偏光子
左側 : 偏光していない自然光。
中央 : 偏光子が電場の水平方向成分を吸収する。
右側 / 垂直方向成分のみを持った直線偏光が得られる。

自然光(非偏光)や円偏光から直線偏光を作り出すものを、偏光子(へんこうし)と呼ぶ。例:

吸収型偏光子
ある方位の電場を吸収し、それに垂直な方位の電場を透過することにより直線偏光を作り出すもの。鉱物では電気石(トルマリン)など。人工の物としてはポラロイド社などのポリマーで作られたフィルム偏光子がある。これは廉価である。一般的にセロハンテープなどのように1方向に引き伸ばされて作られる高分子には偏光特性がある。
結晶
方解石などの複屈折性の結晶を利用したもの。古くから用いられている。これは高価である。
反射式偏光子
反射面に対し角度を持って反射した光が部分的に偏光することを利用し、多段階の反射を用いて直線偏光を作り出すものである。反射光が一般に偏極するということはフレネルの式で記述される。

波長板

直交する偏光成分の間に位相差を生じさせる複屈折素子のことである。位相板とも呼ばれる。位相差π(180度)を生じるものをλ/2 板(にぶんのラムダばん)または半波長板と呼び、直線偏光の偏光方向を変えるために用いる。位相差π/2(90度)を生じるものをλ/4 板(よんぶんのラムダばん、しぶんのラムダばん)または四分の一波長板と呼び、直線偏光を円偏光(楕円偏光)に変換、また逆に円偏光(楕円偏光)を直線偏光に変換するために用いる。これらは光を吸収せず、位相のみを変える。

プラスチックフィルム
ポラロイド社などからプラスチックの薄い板を用いた波長板が市販されている。廉価であり、波長特性も可視光全域でほぼ一定になるように作られている。
結晶
水晶雲母などの結晶を用いて位相を変える素子。素子の厚さによって特性が決まり、用いる光の波長によって特性が異なるため代表的なレーザー波長に対して専用の素子が市販されている。
反射式
菱形プリズム内の全反射を利用した光学素子フレネルロムのような波長板も存在する。波長特性はプラスチックフィルムよりも良いが高価である。

物性としての偏光

物質の一部には、偏光を入射すると透過した光の偏光面が右ないし左によじれる性質を持つ物がある。この物性を旋光性とよび、旋光性をもつ化合物を光学活性であると言う。

偏光面のよじれ具合を旋光度と呼び、単位は角度(度)で右によじれる場合を + とする。旋光度は透過した距離と光学活性物質の濃度に比例し、旋光度を光路長と濃度で割って規格化した値を比旋光度と呼ぶ。比旋光度は温度、溶媒、光の波長が同じであれば、各物質に固有の値であるので、天然物などの化合物の同定にも用いられる。

偏光の工学的応用

カメラ偏光フィルターを装着すると、方向により反射光の光量をコントロールできる。このため、水辺などの撮影において反射光を抑制したい際に有用である。

液晶ディスプレイの表面と裏面には、特定の直線偏光のみを通す「偏光フィルター」が貼られており、液晶によって各画素ごとに旋光性や複屈折性をコントロールすることで、映像を表示している。

光磁気ディスクには、磁気によって偏光面が回転する性質(磁気光学カー効果)を持った物質が含まれており、レーザー光を照射して反射してきた光の偏光面を検出してデータを読み取る。

立体映画の手法としても用いられる。左右の映像にそれぞれ縦横の偏光をかけて重ねて映写し、観客は偏光フィルターの付いたメガネを装着することで、左右の映像を分離して知覚できるため、立体像を鑑賞することが可能となる。比較的低コストでカラー映像を映写できる利点があるが、非平面スクリーンでは偏光がズレてしまうため映写できない。また直偏光では顔やメガネが傾くと正常に立体視できない事があり、近年は円偏光が用いられる方式が多い。

刑務所などの扉の窓には、偏光板が貼られたものがある。これは、通路の両側にある部屋の窓の偏光を、片方は垂直、片方は水平に偏光させることにより、看守は両側の部屋の内部を見ることができるが、向かいの部屋の囚人同士は互いを見られなくすることができる。

生物の眼と偏光の認識

人間の眼は光の強度と色を識別することはできるが、偏光はほとんど識別することができない。わずかに網膜の中心部に偏光特性があり、注意深く見ればハイディンガーのブラシとして知られるかすかな黄色と青色の筋が見えるが、これには個人差がある。 そのため一般には人間が偏光を識別するためには偏光子を通して見なければならない。

一方、昆虫は偏光を識別できる。昆虫の複眼の中には、特定の偏光方向に敏感な視細胞が色々な方位に規則正しく集合しているからである。昆虫は自然界の偏光をうまく利用している。例えば、ハチは天空の光の偏極を元にして太陽の見えない曇空であっても方向を間違えずに長距離を飛ぶことができる。また、ある種のカゲロウは生殖期になると水溜まりの反射光の偏光を頼りに集合する。カメムシタマムシなどの一部の昆虫の体は液晶のような構造色を持っており、片方の円偏光のみを選択的に反射する。さらにシャコにいたっては、円偏光の回転方向を識別できる[1]

ポアンカレ球

任意の偏極状態は球上の点で表現できる。左円偏光は +z 極、右円偏光は −z 極である。水平偏極を +x とすると鉛直偏極は −x であり、+y と −y は対角方位の偏極となる。赤道上の他の全ての点は他の方位の直線偏光である。二色性波長板を通ることは球を回転することに等しい。偏極子の y 軸を横切る偏極 x の振幅の大きさは x 軸と y 軸の鏡面との距離の 1/2 となり、すなわち強度は [math]\tfrac{xy+1}{2}[/math] となる。

球による表現はアンリ・ポアンカレによって考えられたものであり、ウィリアム・シュルクリフ (William A. Shurcliff) によって英語で拡張されて論じられた。

反射と偏光

偏光に関係する概念として、以上のような「光それ自体」に関するものとは別に、異なる物質間の境界面で光が反射するときの「入射面」と「電場または磁場の振動方向」によって定義される概念がある。光学では、s波(s偏光)とp波(p偏光)とに区別される。定義や他の呼称については下記の「偏光の呼称」の表を参照のこと。光が境界面に入射するときには、その光をs波成分とp波成分とに分けることができ、全体としての反射率は(s波成分の割合×s波の反射率)+(p波成分の割合×p波の反射率)で表される。円偏光の場合には常に、s波成分の割合が50%、p波成分の割合が50%となる。p波の反射率は、どの入射角でもs波よりも以下である。ブリュースター角において反射率が0になるのはp波のみである。

注意が必要なのは、s波p波の概念は、入射面が存在するときしたがって光が異なる物質間の境界に入射するときにのみ定義される概念だということである。空気中を進む直線偏光を、その電場の振動方向(重力に対して水平か垂直か)によってs波あるいはp波と呼ぶことがあるが、誤りである。また、境界面に対して光が垂直に入射するときには、s偏光とp偏光との区別はない。

偏光の用語

電波を扱う電気工学を扱う光学が歴史的に別の学問として発展してきたため、同一の偏光に複数の名称があることがある。なお、導波管FDTD法での偏光の名称は電気工学と同様であるが、その定義は逆である。

電磁波の性質 電界成分が入射面に垂直な電磁波 電界成分が入射面に平行な電磁波
電気工学
光学
  • s波(入射面に垂直、senkrecht, ドイツ語)
  • σ光
電界成分の図 200px 200px
電磁波の性質 進む方向に向かって時計回りの電磁波 進む方向に向かって反時計回りの電磁波
電気工学 右旋偏波(進む方向に右回り) 左旋偏波(進む方向に左回り)
光学 左円偏光(受け止める側から見て左回り) 右円偏光(受け止める側から見て右回り)
  • 直交偏波と垂直偏波が異なり、また水平偏波と平行偏波が異なる点に注意

脚注

  1. Tsyr-Huei Chiou et. al., Curr. Biol., 18, 429-434 (2008)

関連項目