仙台藩
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仙台藩(せんだいはん)
江戸時代,陸奥国宮城郡仙台地方 (宮城県) を領有した外様大藩。藩主は伊達氏。藩祖政宗の代は 58万 5000石で,玉造郡の岩出山に居城があったが,慶長5 (1600) 年2万石加増,同8年に仙台に移った。同 11年に常陸で1万石,寛永 11 (34) 年に近江に 5000石の加増があり 62万 5000石となったが,その内高は 100万石以上といわれた。それは藩政初期からの新田開発により買米という米の専売制を基調としていたからである。仙台藩では地方知行 (じかたちぎょう) 制を幕末まで継続させ,石高制を用いずに玄米 10石を1貫文とする貫文制を使用していたが,このように旧制度をそのまま残存させ,そのうえ買米制度を設けて享保4 (1719) 年以降,宝暦期 (51~64) 頃まで仙台米によって江戸市場を独占した。しかし,その後は他藩の廻米に押されて藩財政は困窮し,幕末には大坂の蔵元升屋平右衛門の番頭山片蟠桃に藩財政が掌握されてしまう。その間,万治3 (1660) 年綱村は一関藩,岩沼藩各3万石を分立したが,寛文 11 (71) 年,いわゆる伊達騒動のあと,一関藩を廃して旧領に戻した。明治維新のときは,宗基が奥羽越列藩同盟の中心として新政権に反抗したため 28万石に削られ廃藩置県にいたる。江戸城大広間詰。