ケーリュケイオン
ケーリュケイオン(古希: κηρύκειον, kērukeion)は、ギリシア神話における神々の伝令であるヘルメースの持物である。柄に2匹の蛇が巻きついている杖であり、その頭にはしばしばヘルメースの翼が飾られる。長母音を省略してケリュケイオンとも表記される。カードゥーケウス(ラテン語: caduceus, cādūceus、長母音を省略してカドゥケウス、伝令使の杖の意)ともいう。以下、カドゥケウスと表記する。
カドゥケウスの図像は、現代では商業や交通のシンボルとして利用されることが多い[1]。
概説
カドゥケウス(ギリシア語のケーリュケイオン、伝令使の杖[2])はギリシア神話のヘルメース神の携える杖である。一般的に使者が手にする杖でもあり、例えばヘーラーの使者であるイーリスも同じ杖を持っていた。2匹の蛇が巻きついた短い杖であり、時には双翼を上部に戴いている。古代ローマの図像表現では、神々の使者であり、死者の導き手にして商人・羊飼い・博打打ち・嘘つき・盗人の守護者であるメルクリウスが左手に持っているさまが描かれることが多かった[3]。
象徴物としてヘルメース(または古代ローマのメルクリウス)を表しており、その延長で、その神と結びつけて考えられる商売や職業や事業を象徴する。古代後期にはカドゥケウスは水星を表す惑星記号の基になった。そしてそれは、占星術と錬金術におけるその用法を通じて、同名の金属元素〔メルクリウス=水銀〕を表すようになった。この棒は眠っている人を目覚めさせ、目覚めている人を眠りにいざなうと言われる。死にゆく人に用いれば穏やかになり、死せる人に用いれば生き返るという[4]魔法の杖である。
メルクリウスおよびヘルメースとの結びつきの延長で、カドゥケウスは現代では、釣り合いのとれたやり取りや互恵関係が理想とされる二つの領野である商取引と交渉とを表す、一般に認められたシンボルでもある[5][6]。メルクリウスと商業との結びつきは古くからのものであり、古典古代から現代まで一貫している[7]。カドゥケウスは印刷を表すシンボルとしても用いられるが、やはりメルクリウスの属性(この場合は執筆と雄弁)の延長によるものである。
カドゥケウスは医術の伝統的なシンボルであるアスクレーピオスの杖と混同されるため、特に北米では、誤って保健医療団体や医業のシンボルとして用いられることが多い。しかしアスクレーピオスの杖の方は蛇は一匹だけで、翼が描かれることはない。
神話
ヘルメースの黄金杖 (χρυσόρραπις) は葦笛と引き換えに[8]、あるいは友好のしるしとして[9]アポローンからもらった黄金造りの牛追い棒(または小枝)だという神話があり、『ホメーロス風讃歌』の第四番ヘルメース讃歌に謡われている[10]。
日本
日本ではカドゥケウスの翼や蛇や杖のデザインが伝統ある商業教育機関の校章に採用されていることがある。ベルギーのアンヴェルス高等商業学校に範を取って一橋大学に導入されたのが最初で、以後全国に広まった[11]。
スポーツ用品メーカーのアシックスが、陸上競技および長距離種目、マラソンや駅伝用ブランド GONA にデザインとして採用していた時期がある。
解釈
この杖は「弁証法原理」を表しており、絡み合う2匹の蛇は、「光と闇、善と悪、陽と陰、正と反」などの相反する性質と、繰り返される「2匹の蛇の闘争=相克」(正→反→合→正→反→合→繰り返し・・・)を、中心の杖は「合」を、表しており、2匹の蛇が杖を中心に上方向に螺旋運動しながら、杖の頂点にある「終焉、究極目的、根源、第一原因、一者、太極、神」を目指して、歴史が進行し、人類が霊的に向上する過程を表している。
類似のシンボル
世界保健機関を始め世界各国の医療機関で用いられている、医の紋章である「アスクレーピオスの杖」は本来ヘビが1匹の意匠。しかし、2匹の蛇が巻きつく杖のシンボルが「medical caduceus」という名で、欧米の医療機関の標章として、また、軍隊では医療部隊章として、広く用いられている。日本でも多数の医院で採用されており、カドゥケウスの名を冠した医療系のゲームソフトも発売されている。
符号位置
記号 | Unicode | JIS X 0213 | 文字参照 | 名称 |
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☤ | U+2624 |
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☤ ☤ |
CADUCEUS |
脚註
- ↑ ハンス・ビーダーマン 『図説 世界シンボル事典』 八坂書房、2000年、383頁(「ヘルメスの杖」)。
- ↑ ラテン語 cādūceus (カードゥーケウス)は、 使者・伝令使・使節を意味する κῆρυξ (ケーリュクス)に由来する、伝令使の杖(棒)を意味するギリシア語 κηρύκειον (ケーリュケイオン)のラテン語版である。Liddell and Scott, Greek-English Lexicon; Stuart L. Tyson, "The Caduceus", The Scientific Monthly, 34.6, (1932:492–98) p. 493
- ↑ Hornblower, Spawforth, The Oxford Classical Dictionary, 3rd Ed., Oxford, 1996, pp. 690–691
- ↑ William Godwin (1876年). “Lives of the Necromancers”. p. 37. . 2014-2-24閲覧.
- ↑ 例えばユニコード規格では「ヘルメスの杖」は「商業用語または商業」を示す。Walter J. Friedlander, The Golden Wand of Medicine: A History of the Caduceus Symbol in Medicine, Greenwood, 1992, p. 83 も参照。
- ↑ ある専門的なシンボリズム研究はこう記している。「メルクリウスは商業の神であるため、現代においてカドゥケウスは商業のシンボルを表している。」 M. Oldfield Howey, The Encircled Serpent: A Study of Serpent Symbolism in All Countries And Ages, New York, 1955, p. 77
- ↑ 「メルクリウスという神の名が、商品を意味する merx と関係があることは否めない。そのように古代人は感じていた。」 Yves Bonnefoy (Ed.), Wendy Doniger (Trans.), Roman and European Mythologies, University of Chicago Press, 1992, p. 135; 「メルクリウスはギリシアの神ヘルメースのローマにおける名であった。そのラテン名は merx または mercator (すなわち商人)に由来していたようである。」 Michael E. Bakich, The Cambridge Planetary Handbook, Cambridge University Press, 2000, p. 85.
- ↑ アポロドーロス 『ギリシア神話』 高津春繁訳、岩波書店〈岩波文庫〉、改版1978年、145頁。
- ↑ ホメーロス 『ホメーロスの諸神讃歌』 沓掛良彦訳、筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉、2004年、246-247頁。
- ↑ 呉茂一 『ギリシア神話(上)』 新潮社〈新潮文庫〉、昭和54年、230頁。
- ↑ 碓井和弘「ギリシア神話のヘルメスとマーケティング教育」(2014年3月31日閲覧)