遠近法

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二点透視図法による立方体
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対象物からの光線が画面を貫き視点に届く様子。透視図法の基本概念を表す。

遠近法(えんきんほう、: perspective)は、広義には絵画や作図などにおいて、遠近感を持った表現を行う手法を指す。ここでは特に、目に映る像を平面に正確に写すための技法である「透視図法」(透視法、線遠近法ともいう)について記す。

透視図法によって描かれた図のことを透視図という。英語では「遠近法」「透視図法」「透視図」などを総称して perspective(パースペクティブ)といい、日本では遠近法、透視図のことをパースと称することが多い。(例:「建築パース」「パースがきつい」など)

遠近法の2大特徴として

  • 同じ大きさの物でも、視点から遠いほど小さく描く
  • ある角度からの視線では物はひずんで見える (短縮法)

ことが挙げられる。

なお、透視図法によらない遠近法の代表としては、近くを明確に描き遠くを不明瞭かつ沈んだ彩度で描く「空気遠近法」がある。

基本的な概念

遠近法の基本は視点の前に置いた「投影面」に、それを通過する光を写し取ることであり、それは窓ガラスを通して見える光景を窓ガラス表面に直接描画することに似ている。ガラスに写し取られた図は3次元の光景を縮小し2次元平面上に変換したものとなる。

図法として一点透視図法: one-point perspective)、二点透視図法: two-point perspective)、三点透視図法: three-point perspective)などがある。これらは美術にとどまらず、建築映画アニメコンピュータグラフィックスなど、視覚表現の分野で広く使用されている。

関連する概念

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地平線へと延びる線路。線路の先が消失点。
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写真で見る遠近法。中央が消失点。

遠近法で描かれた絵画の代表は線遠近法 (linear perspective)を用いた透視図 (perspective drawings) である。透視図は視点と対象物の距離関係によって拡大あるいは縮小されて描画される。元の対象物の形状は距離に応じて変化するため、正円は楕円となり、正方形台形となってあらわされることもある。こういったひずみは、短縮法により、距離に応じて物体の様々な部分が、それぞれ独自に拡縮されることにより発生する。

透視図には一般的に水平線 が必要とされる。これは視点の真正面に位置し、視界に存在するすべてのものは遠ざかれば遠ざかるほど水平線へと近づいていく。それはちょうど、我々がよく知る地上の地平線、海上の水平線似するものである。

多くの透視図には消失点が存在する。一点透視図法とは水平線上に1つの消失点を持つものであり、視界に存在するすべての平行な直線は、距離に比例してこの消失点へと近づいていき、やがて消える。右上の参考写真のようなまっすぐ地平線の彼方へと消える2本の線路を想像すればわかりやすい。 二点透視図法では平行な直線が2組存在し、水平線上に消失点が2つ存在する。異なる角度の平行線は距離に応じてそれぞれこの2つの消失点へと近づいていく。消失点はいくつあっても良く、様々な角度を持つ平行な直線がどれだけあるかによって、消失点の数も変わってくる。

人工構造物の場合、数多くの平行線の組み合わせから成っており、いわゆる「直交座標系」と平行な直線だけで構成されることは稀である。単純な構造の家屋でさえ、5通りの角度を持つ平行線が存在し、5つの消失点が必要となる。

ここで注意すべきなのは、右上の参考写真のようなレールや道路など直線的な被写体であっても、人間の眼やカメラレンズを通した見ている画像は、正確には直線として見えていないことである。消失点に近い部分においては、直線的な構造物は限りなく直線として認識されるが、消失点から離れれば離れるほどレンズによる歪みが出てしまい湾曲していく。広角レンズを使った写真が中心から外周へ離れるほど歪んでしまうのはそのためである。これに対して、レンズの画角を絞込み消失点に近い部分を拡大してみせる望遠レンズ画像は、レンズ曲面による歪みが少なく、透視図法で再現する描画状態に近い画像になる。どちらにしても、そう言った意味で透視図法はあくまで擬似的な立体描画方であると理解しておいた方がいい。

一方、自然の風景などにはこういった平行線は存在せず、消失点を設定しても正確な絵画は描けない。自然を描くのに有効な手法の1つは、これまで述べたような線遠近法(透視図法)ではなく、遠くのものほどかすんで見えるという空気遠近法 (atmospheric perspective)である(例:レオナルド・ダ・ヴィンチ作『モナ・リザ』の背景)。これはルネッサンス期の絵画や東洋の水墨画などによく見られる手法である。なお、空気遠近法と色彩遠近法は混同されることが多いが、実際には、色彩遠近法は空気遠近法の一部(例:大気の影響で、遠くの方ほど青みがかっているなど)に使われている技法であり、同じではない。

歴史

初期の発展

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ペルジーノのこの『ペテロへの鍵の授与』(1481年1482年作) というフレスコ画では遠近法が用いられている。この絵のあるシスティーナ礼拝堂ルネサンスローマへ伝える役割を果たした。

遠近法以前、絵画や線画などではその精神的主題によって対象物を描き分けてきた。特に中世の美術では絵画は写実性ではなく象徴性が重んじられ、距離によって人物を大小に描き分けることなどせず、ただ距離を表す唯一の手法は「遠くの人物は手前の人物の陰に隠れる」ことだけだった。

もっとも初期の遠近法は、紀元前5世紀頃の古代ギリシャ舞台美術に使われたものだった。舞台の上に奥行きを与えるために、平面パネルを置いてその上に奥行きのある絵を描いたという。哲学者アナクサゴラスデモクリトスはその透視図法に幾何学的理論を当てはめた。アルキビアデスは自分の家にこういった透視図を飾ったという。ユークリッドは透視図法に関して数学的な理論を打ち立てたが、これが現代の画法幾何学と全く同じものであるかについては論争があり定説がない。

11世紀ペルシャ数学者で哲学者でもあったイブン・アル=ハイサムは、その著作で視点に投影される光は円錐形をなす事に触れており、これは対象物を写実的に描画するもっとも基本的な理論となるものだった。だがアル=ハイサムの関心は絵画ではなく光学にあったため、この理論が絵画に利用されることはなかった。

中世以後初めて透視法的表現を用いたのは、13世紀 - 14世紀のイタリアの画家チマブーエ(「荘厳の聖母[1]」)、ピエトロ・カヴァッリーニ(「聖母の誕生[2]」)、ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャ(「荘厳の聖母」)らであった。ルネサンスの先駆者ジョット・ディ・ボンドーネ代数を利用した透視図法を試みている。しかし線形比率の問題は等間隔に置かれた複数の線形間の距離が正弦依存して減少することであり、各々の線形比率を決定するには帰納的な比率の適用が不可欠となる。これは20世紀になってエルヴィン・パノフスキーによってはじめて解決されたものである。ジョットは作品「大祭司カヤファの前のイエス[3]」ではじめて自らの透視図法を利用した。それは現代の画法幾何学と同じものではないが相応の奥行き感を表しており西洋絵画における大きな前進であった。ジョットの透視図法は精密の度を増してゆき(「礼拝堂の眺め[4][5]」)[6]、また、ジョットを承けたアンブロージョ・ロレンツェッティは、遠ざかる平行線を一点で消失するように描いている(「聖告[7]」)[8]

遠くにあるものが小さく描かれる、あるいは、描き手から遠ざかる平行線が互いに近づくといった表現は、イタリア以外の地域でも認められる(「信貴山縁起 尼公の巻」、「天帝の図[9]」〈代、霊雲寺蔵〉、ロベルト・カンピンメロードの祭壇画」、ヤン・ファン・エイクアルノルフィーニ夫妻像」「ルッカの聖母[10]雪舟秋冬山水図・秋景[11]、「北野宮曼荼羅[12]」〈室町時代北野天満宮蔵〉、「那智参詣曼荼羅[13]」、「六道珍皇寺参詣曼荼羅」)。初期フランドル派の作品はイタリアへと輸出され、フィレンツェのルネサンス遠近法に影響を与えた。

数学的な基礎

ジョットから100年後の1400年代初め、建築家ブルネレスキは鏡面にフィレンツェ建築の輪郭を写し取り、遠近法を幾何学的な手法で実証することに成功した。かれはあらゆる建築物の輪郭が、すべて地平線に集約されることに気付いた。そこで彼はサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の、当時未完成であったサン・ジョバンニ洗礼堂を正確な透視図法で描写し、洗礼堂入り口に面してその絵画を置き、相対する位置に鏡を設置した。絵画には小穴が開けられており、絵画の裏からその小穴を覗くと正面の鏡に「未完成であるはずの」洗礼堂内部が映し出されたという。それは本物と見まがうばかりであった。

そのあとすぐフィレンツェのあらゆる画家は幾何学的な透視図法を利用し始めた。中でもドナテッロが「キリストの誕生」で描いた、厩舎のチェック模様の床は特筆されるものである。それは厳密には正確さを欠いていたが、幾何学的な透視図法の基本原則に沿って描かれたものであった。直線はすべて消失点へと収束し、距離によって狭まる直線幅は正確な描画が行われていた。この手法は15世紀西洋美術において不可欠なテクニックとなった。遠近法によって、それまでバラバラな要素の組み合わせだった絵画が、一つの統一された場面を表現できるようになった。

実作としては、ギベルティ彫刻レリーフ1425年 - )やマザッチョの描いた絵画(1426年 - )が最も早いものである。透視法によって三次元の世界を二次元の世界に移しながら、奥行きのある表現が可能になった。

フィレンツェでは遠近法を利用した芸術が急速に開花し、ブルネレスキなどその数学的理論を理解する画家もいたが、それをおおっぴらにすることはなかった。彼は友人に数学者のトスカネッリがおり、それも数学の理解の一助になったと思われる。数十年後ブルネレスキの友人であり人文学者のアルベルティは透視図法の詳細な論文『絵画論』(1435年)を書いている。この論文の最大の功績は円錐図法の小難しい数式を示すことではなく、投影面とそこを通過する光点の道筋を公式化・理論化したことだった。かれは2つの相似三角形と昔ながらのユークリッド幾何学を用いて、投影面への座標を算出することが出来ることを示した。

1474年ピエロ・デラ・フランチェスカはその著作で視野内の全ての物体に遠近法を適用する手法を示した。アルベルティの数学的な解説をよりわかりやすく、図入りで解説したのも彼の著作が最初である。

フィレンツェで発見された遠近法の原理はしばらくこの地を出ることが無く、イタリアで起こっているこの大発見が他の国の画家にも広まるのはもう少し後になる。

レオナルド・ダ・ヴィンチ

ブルネレスキの透視図法は、視点に非常に近い対象に対する考慮がされていなかったため、ダ・ヴィンチは自ら光線の軌道を厳密に計算し直し、より正確なものを構築した。それだけでなくダ・ヴィンチは新たな発見もした。幾何学的な透視図法に「遠くのものは色が変化し、境界がぼやける」という空気遠近法の概念を組み合わせたのだ。彼は遠近法の理解が芸術にとって非常に重要であることを悟り、「実践は強固な理論のもとでのみ構築される。遠近法こそその道標であり、入り口でもある。遠近法無しではこと絵画に関して期待できるものは何もない」と述べている。

ただし、彼の遠近法は正しいものと比較すると、パースが強く設定されており、誤りがある。

コンピュータグラフィックスにおける遠近法

3次元コンピュータグラフィックスにおいては、遠近法は透視変換(透視投影)というプロセスで実現される。目的によってはあえて、立体感のみで遠近感のない平行投影(十分に遠くから超望遠レンズで見たような感じ)にすることもある。

コンピュータの3次元描画プログラムは、画家のようにその場にあるすべての光源を気にかける必要はない。モニターに描画される1ピクセルにつき1つの光線をシミュレートし、それが何に当たるのかをチェックすればよい。その他何百万という光線はモニターに戻ってくる光線とはならないため、プログラムでは完全に無視される(レイトレーシング。なお、受光点から逆にたどる通常のレイトレーシングの制限を越えるために、光源の側から処理するラジオシティなどを併用したりすることもある)。

また、遠くのものの描画は薄くする、簡略化するなどの一種の空気遠近法のような手法も使われることがある。

コンピュータグラフィックスにおいて、計算機でおこなう処理は、絵画図法における「2倍の奥行きにあるものは半分の大きさに見える」等といった法則を整理・公式化(形式化)したものであり、線型代数の応用でもある。

さまざまな図法

透視図の分類としては消失点の数によるものが代表的である。厳密にはこれらの図法は完全に直角に交わる直線のみから成る場面でのみ有効となる。

一点透視図法

視点の前に架空のキャンバスがあるとして、一点透視図法ではキャンバスに平行なすべての平行線群は平行線として描かれ、キャンバスと垂直に交わる直線はすべて1つの消失点へと収束するように放射線状に描かれる。この場合キャンバスはデカルト座標系の2つの軸に平行で、1つの軸に垂直である。

二点透視図法

二点透視図法は、一点透視図法から視点を少しずらして見た対象物を投影するものである。たとえば建物を斜め横から見た場合など、視点の前のキャンバスと斜めに交わるような平行線が2組あるとして、1組は右の消失点へ、もう1組は左の消失点へ収束していく。この場合キャンバスはデカルト座標系の1つの軸と平行であり、残り2つの軸とは平行でも垂直でもない。

三点透視図法

三点透視図法は二点透視図法の視線から少し仰角に(あるいは俯角に)視線を移したときに見た対象物を投影するものである。たとえば建物を角から見下ろした場合、左右の壁面は水平線上の消失点へと集約していき、上下の壁面は地面より下にある消失点へと集約していく。この場合キャンバスはデカルト座標系のXYZ軸いずれとも平行ではない。

零点透視図法

消失点は、視野内に平行線がある場合にのみ存在する。したがって、直線的ではない場面をキャンバスに写し取ったとしても消失点は存在せず、零点透視図法が生じる。典型的な例としては山々の景色などが挙げられる。

風景写真などを見れば明らかなように、遠くの山ほど小さく描けば消失点のない透視図法においても遠近感を与えられる。

その他の透視図法

一点透視図法・二点透視図法・三点透視図法は観察される場面の構成に依存する。これらは厳密なデカルト(直交)座標系のために存在する。

3つの空間軸のどれとも平行でない一群の平行線をデカルト座標系に挿入することで、別の新しい消失点が作られる。したがって、もし観察される場面がデカルト座標系ではなくさまざまな向きを持つ無数の平行線群から構成されるなら、無数の消失点を持つ透視図法が存在しうる。

遠近法の用い方

遠近法を用いた透視図は以下の方法で描ける。

  • 手書きでスケッチする(美術において)
  • 水平線、消失点を定め、透視図法に則って作図する(建築パースなど)
  • 透視図用の格子状用紙(グリッド)を利用
  • 透視投影演算(3Dコンピュータグラフィックスにおいて)
  • 比例コンパス(バリスケーラーとも)などのツールを使用

例:透視図における四角形

チェス盤を用意すればすぐに一点透視図法の水平線と消失点がどこにあるか分かるだろう。チェス盤は単純ではあるが有効な手法を提供してくれる。チェス盤のマス目に対して水平に覗き込めばそれは一点透視図法の世界であるし、少し盤を左右に傾ければ二点透視図法の世界が広がる。盤を上下に傾ければ三点透視図法となる。

短縮法

短縮法とは、対象物が視線に対して斜めになるに従って実際より短く見えるようになるという視覚効果(あるいは錯視)を用いて2次元へ投影することをいう。3次元のものを2次元に透視投影するとき、短縮法は非常に重要な要素となる。ただし透視投影法を用いない短縮法もあり、例としては平行投影法が挙げられる。

建築パース

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建築パースの例。クライスト・チャーチ・カレッジ講堂。

建築物の完成予想図や俯瞰図などを透視図法に則って描いたものを「建築パース」または「建築透視図」という。設計図面に基づいて下絵を描き、場合によっては着彩まで行う。正確に消失点を取る必要があり、建築学科デザイン学科などの専門知識を要する。近年は3D-CADソフトによって作成されたCGパースが広く利用されている。

逆遠近法など

遠近法は視覚への対応から、遠近図を挟む事によって視覚をいかに面白く再表現 (representasion) するかという行為に変化してきた。逆遠近法という、遠くの物が大きく、近くの物が小さいという手法や、5点、6点を用いた多数消失点混在型遠近法、天井の物を描くときは逆からも消失点を扱うので、点を増やしたりするのに始め、双曲線 (hyperbola)、放物線 (parabola) 等を用いた双曲線遠近法や、地平線曲線分割型の天使遠近法、直線分割型の地上遠近法等、現在拡張の程を見せている。また、中国式遠近法「三遠」(高遠=空高く見上げる)、(深遠=空間深く見通す)、(平遠=地平を見回す)との関連、複合による新式遠近法も思考される。また、碁盤の目の様に線を引いた後に、想像力から偶発的に生まれる遠近法の線組織状態が、(prospettiva accidentale) とも言い、遠近術の想像力を試す楽しさの追求にもなる。


ルネサンスの前後での遠近法の変化

東京芸術大学名誉教授である辻茂は自著「遠近法の発見」のなかで、ルネサンス以前の距離点がない透視図法を「天使の遠近法」、ルネサンス以降の距離点がある透視図法を「地上の遠近法」と名付けている[8]

参考文献

  1. 荘厳の聖母
  2. 聖母の誕生
  3. 大祭司カヤファの前のイエス
  4. 1
  5. 2
  6. Hoffmann, Volker (2010) "Giotto and Renaissance Perspective", Nexus Network Journal, 12-1, pp.5-32, Basel: Springer.
  7. 聖告
  8. 8.0 8.1 辻茂 著 『遠近法の発見』 現代企画室 1996年 ISBN 978-4-7738-9615-2
  9. 天帝の図
  10. Elkins, James (1991) "On the Arnolfini Portrait and the Lucca Madonna: Did Jan van Eyck Have a Perspectival System?", The Art Bulletin, 73-1, pp.53-62, College Art Association.
  11. Ienaga, Saburo (1978) Japanese Art: A Cultural Appreciation, New York: Weatherhill.
  12. 北野宮曼荼羅〈部分〉
  13. 那智参詣曼荼羅

関連項目

外部リンク