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'''熊襲'''(くまそ)とは、日本の[[記紀神話]]に登場する、[[九州]]南部に本拠地を構え[[ヤマト王権]]に抵抗したとされる人々で、また地域名を意味するとされる語である。[[古事記]]には'''熊曾'''と表記され、[[日本書紀]]には'''熊襲'''、筑前国[[風土記]]では'''球磨囎唹'''と表記される。
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'''熊襲'''(くまそ)
  
== 諸説 ==
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「記紀」の伝承で,九州中南部に住み,長く大和朝廷に服属しなかった種族。「風土記」では,球磨噌唹 (クマソオ) と連称しており,「クマ」は肥後国球磨郡地方を,「ソオ」は大隅国噌唹郡地方をさし,熊襲はこれらの地方に勢力をふるった種族と考えられるが確かなことは不明。人種,民族の系統は不明であるが,[[隼人]] (はやと) と同一種族で,南方系民族とする説もある。
[[肥後国]][[球磨郡]](くまぐん。現[[熊本県]][[人吉市]]周辺。[[球磨川]]上流域)から[[大隅国]][[曽於郡]](そおぐん。現[[鹿児島県]][[霧島市]]周辺。現在の[[曽於市]]、[[曽於郡]]とは領域を異にする)に居住した部族とされる。また5世紀ごろまでに大和朝廷へ臣従し、「[[隼人]]」として仕えたという説もある([[津田左右吉]]ら)。なお、隼人研究家の[[中村明蔵]]は、球磨地方と贈於地方の考古学的異質性から、熊襲の本拠は、都城地方や贈於地方のみであり、「クマ」は勇猛さを意味する美称であるとの説を唱えている。<!--また、ソは「背」に通じるなどの説がある。(語源学的には正しいが関係不明なためCOしておきます)-->
 
  
また、[[魏志倭人伝]]中の[[狗奴国]]をクマソの国であるとする説が、[[内藤湖南]]、[[津田左右吉]]、[[井上光貞]]らにより唱えられている。ただし、この説と[[邪馬台国]]九州説とは一致するものではない。
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文献資料ではなく、土器の分布の面からは、免田式土器(弥生期から古墳初期にかけて)が熊襲の文化圏によって生み出されたものではないかと[[森浩一]]は考察している<!-- 森浩一 門脇禎二編 『ヤマトタケル 尾張・美濃と英雄伝説』 大巧社 1995年 ISBN 4-924899-08-9 p.105 - p.106より -->。
 
 
 
== イサオ・タケル制 ==
 
景行朝の記述として、熊襲は頭を'''渠師者'''(イサオ)と呼び、2人おり、その下に多くの小集団の頭たる'''梟師'''(タケル)がいたと記している。大和王権は武力では押さえられないので、イサオの娘に多くの贈り物をして手なずけ、その娘に、父に酒を飲ませて酔わせ、弓の弦を切り、殺害した(ヤマトタケルが弟彦(オトヒコ)という武人を美濃国に求めた神話においても、敵を酔わせて殺害する戦法を取っている)。
 
 
 
== 神話・伝承 ==
 
=== 国産み神話 ===
 
[[古事記]]・[[国産み]]神話においては、[[隠岐]]の次、[[壱岐]]の前に生まれた筑紫島(九州)の四面のひとつとして語られ、別名を「建日別(タケヒワケ)」といったとされる。
 
:次生、筑紫島。此島亦、身一而、有面四。面毎有名。故、[[筑紫]]国謂、白日別。[[豊国]]、言、豊日別。[[肥国]]、言、建日向日豊久士比泥別。'''熊曾国、言、建日別'''。
 
 
 
=== 服属神話 ===
 
南九州がヤマト王権に臣従する過程が記紀神話に語られたもの。
 
==== ヤマトタケル神話 ====
 
古事記には、[[景行天皇]]の皇子である[[ヤマトタケル]]によるクマソタケル(熊襲建、川上梟帥)の征伐譚が記され、日本書紀においては、それに加え、ヤマトタケルに先立つ景行天皇自身の征討伝説が記される。特に前者は、当時小碓命と名乗ったヤマトタケルが、女装しクマソタケル兄弟の寝所に忍び込み、これらを討ち、その際に「タケル」の名を弟タケルより献上されたという神話で有名である。
 
 
 
==== 景行天皇九州征伐神話 ====
 
日本書紀に記述される神話。
 
 
 
== 関連項目 ==
 
*[[熊襲の穴]] - [[鹿児島県]][[霧島市]][[隼人町]]にある、熊襲の首領である熊襲建、川上梟帥の兄弟が居住にしていたと伝わる洞穴。川上梟師が女装したヤマトタケルに誅殺された場所とも伝われており、「一名嬢着の穴」とも言われる。
 
*[[隼人]]
 
*[[国栖]]
 
*[[蝦夷]]
 
*[[多禰]]
 
*[[佐伯]]
 
*[[山窩]]
 
*[[家船]]
 
<!-- *[[タタラ]] -->
 
*[[鶴峯戊申]]
 
*[[東北熊襲発言]] - 大阪商工会議所会頭[[佐治敬三]](当時サントリー社長)による差別発言問題
 
*[[和人]]
 
*[[熊襲踊り]] - [[宮崎県]][[都城市]]庄内町に伝わる、熊襲征伐をモチーフとした、竹編みの「バラ」を叩きながら踊る民俗芸能。宮崎県指定[[無形民俗文化財]]。
 
 
 
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[[Category:日本の古代国家]]
 
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2018/12/30/ (日) 12:46時点における最新版

熊襲(くまそ)

「記紀」の伝承で,九州中南部に住み,長く大和朝廷に服属しなかった種族。「風土記」では,球磨噌唹 (クマソオ) と連称しており,「クマ」は肥後国球磨郡地方を,「ソオ」は大隅国噌唹郡地方をさし,熊襲はこれらの地方に勢力をふるった種族と考えられるが確かなことは不明。人種,民族の系統は不明であるが,隼人 (はやと) と同一種族で,南方系民族とする説もある。



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