リドリー・スコット

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サー・リドリー・スコット(Sir Ridley Scott、1937年11月30日 - )は、イギリス映画監督映画プロデューサー

主にアメリカで活動している。映画監督のトニー・スコットは弟、同じく映画監督のジョーダン・スコットEnglish版は長女、映像監督のジェイク・スコットは長男、映画監督のルーク・スコットEnglish版は次男。

経歴

ウエスト・ハートブール美術大学でグラフィックデザインや絵画、舞台美術を学び、その後、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートに進学し、グラフィック・デザインを専攻する。卒業後、BBCにセット・デザイナーとして入社。やがてドキュメンタリーやテレビドラマの演出をするようになるが、テレビディレクターに限界を感じ、退社した後、CFの制作会社を設立。数多くのCFを制作し、各国の国際映画祭で数々の賞を受賞。手がけたCFの本数は1900本以上にのぼる。

デビュー作『デュエリスト/決闘者』(1977)でカンヌ国際映画祭新人監督賞を受賞。1979年の監督作『エイリアン』の世界的大ヒット以降は、活動の拠点を米国に移す。

フィリップ・K・ディックSF小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を映画化した『ブレードランナー』(1982)では、映像化は困難とされていた原作を卓越した手腕で描き、数多くのファンを獲得する。

1998年にイギリスのサンダーランド大学・人文学の名誉博士、2015年にロイヤル・カレッジ・オブ・アートから名誉博士号を授与される[1]

1億ドルを超える制作費と破格の宣伝費を費やした大作『グラディエーター』(2000)で、第73回アカデミー賞作品賞並びに第58回ゴールデングローブ賞ドラマ部門作品賞を受賞。興行的にも世界的大ヒットを記録し、名実ともに不動の地位を確立した。2003年にはナイトの称号を授与されている。

2008年、トニー・スコットとともにマイケル・クライトン原作『アンドロメダ病原体』のテレビミニシリーズの製作を担当。

2015年、『オデッセイ』で、ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞 2015・監督賞を受賞。作品としては主演男優賞、脚色賞も受賞した[2]ゴールデングローブ賞 映画部門 作品賞 (ミュージカル・コメディ部門)を受賞。

人物

BBC時代から映像製作に関するすべての作業に熟知しており、絵コンテの執筆や撮影などを自らの手で行うことも多い。特に作品のイメージをまとめた絵コンテやイメージボードの画力はハイレベルであり、映画愛好家のコレクターズアイテムともなっている。また、撮影に関しては使用するフィルムからレンズ、照明についても熟知しており、そのため、アメリカで映画撮影を行う際には、オペレートなどの点で仕事の範囲を侵犯するため撮影監督と対立し、トラブルを引き起こしたケースも少なくない。

映画界屈指の映像派として知られ、初期の作品では幻想的な映像美が見られるが、美術から照明など細部にわたり構築していく完璧主義がたたり、製作ペースの遅れやスタジオとの対立から数多くのディレクターズカット版が作られるなど辛酸をなめたケースも少なくない。

自他ともに認める几帳面な性格の持ち主。『マッチスティック・メン』公開時のインタビューによると神経質な主人公のキャラクターには自身の性格が投影されているとのこと。

英国の自宅豪邸に日本人女性の高尾慶子(イギリス人に関するエッセイ多数)をハウスキーパーとして雇っていたことがあり、高尾の著書「イギリス人はおかしい」で、スコット家の私生活、性格やその母親とのエピソードを知ることができる。

評価

広告業界では既に成功を収めており、『デュエリスト/決闘者』で映画監督デビューする前に、既に数千本のCMを監督していた。

『テルマ&ルイーズ』(1991)以降は一時期低迷したが、『グラディエーター』(2000)と『ハンニバル』(2001)の世界的ヒットで名声を取り戻した。テレビ業界では、多数のテレビドラマで製作総指揮を担当している。

監督賞には縁が薄く、1977年のカンヌ国際映画祭で新人監督賞(『デュエリスト/決闘者』)を受賞したのみ。これまでにアカデミー監督賞3回、ゴールデングローブ賞監督賞2回、英国アカデミー賞監督賞2回にノミネートされているが、いずれも受賞を逃している。

作品によっては、『エイリアン』や『ブレードランナー』など映画史に残る傑作と評されることもあるが、『レジェンド/光と闇の伝説』や『ロビン・フッド』などのように酷評されること(『ブレードランナー』も1982年当時は酷評され[3]、興行的にも赤字だった為に失敗作の烙印を捺された)や、もしくは『悪の法則』のように賛否両論激しいことも多いなど、評価が極端に分かれる監督である。

スタッフ

音楽家のヴァンゲリスは『ブレードランナー』、『1492 コロンブス』のサウンドトラックを担当している。また、ドイツ人作曲家ハンス・ジマーは、1989年の『ブラック・レイン』以降の作品のほとんどに曲を提供している。

編集では『JFK』でオスカーを受賞したシチリア人編集者のピエトロ・スカリアが97年の『G.I.ジェーン』以降、ほぼ全てのスコット作品を編集している。

ロサンゼルスとロンドンに製作会社RSA(リドリー・スコット・アソシエーツ)社を置く。スコットが27歳の時に設立したプロダクションで、CMとミュージックビデオの製作を受注、10名前後の若手監督達が所属している。

監督作品

プロデュース

製作及び製作総指揮作品は『ゆかいな天使/トラブるモンキー』『明日にむかって…』を除いて、2013年までは全てトニー・スコットと共同でプロデュースしている。また、ジョーダン・スコットやジェイク・スコット監督作品をプロデュースすることもある。

脚注

脚注

外部リンク

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